潜んでいるのは仮面の変人

【真・実・偽・装】

 弦太朗が吼えてから少し経って。
 後味の悪そうな表情を浮かべたまま去っていった弦太朗達を見送ると、弓と硝子はめいめいに「欠けたメダル」を拾い上げ……そして忌々しげに顔を歪めた。
 だが、何故だろうか。その表情は弦太朗達のような怒りと悔しさの入り混じった物ではなく……まるで悪戯を受けた者のような、そんな苦い表情であるのは。
「……あンの変人……俺達への報酬拒否の為に、ばっくれやがったなっ!」
 言うと同時に、弓の手の中のメダルがぎゅりっと悲鳴を上げて握り潰される。
 その言葉を聞くや、硝子は然程驚いた様子も見せず弓の方に顔を向け……
「弓さんは、クークが死んでいないと?」
「じゃあ逆に聞くが硝子。お前はアレが死んだと思うか?」
 質問を質問で返された事に然程腹を立てた様子も見せず、硝子は即座に首を横に振って無言の答えを返す。
 そんな二人を不思議そうに見あげながらも、霧雨は楽しそうにメダルの欠片をジグソーパズルのように並べて遊んでいる。
「クークが、大人しく殺されるような殊勝さを持ち合わせているとは思えません。それも、あんなに簡単に」
「……これもまた、『嫌な信頼』だよなぁ」
「ええ」
 疲れたように吐き出した言葉に同意しながら、硝子は霧雨の手で組み合わされ、一枚の絵柄となったメダルと、砕かれたメモリの破片に視線を落とす。
 メダルの方は三種あったらしい。捩じ切られたせいでいびつではあるが、それぞれにシャチ、ウナギ、タコの絵が描かれているように見える。
「そもそも、マスカレイドメモリは他メモリと異なり、メモリブレイクの時点で爆発するはずです。それもありませんでしたし」
 マスカレイドメモリ本体には小型の爆弾が仕掛けられており、メモリが破壊されると同時にそれも爆発するように作られている。それは、万が一財団の構成員が何者かに捕まった際、機密保持のための安全策なのだとクークは言っていた。
 だが今回、クークはメシエによってメモリを物理的に破壊されていながら、爆破は起きず、メモリの筐体らしき残骸が残っている。
 更にクーク曰く、マスカレイドメモリを利用する者は、コネクタを打ち込む際にメモリに仕組まれている物と同じ爆弾を体内に仕込まれるらしい。真偽の程は定かではないが、少なくともマスカレイドドーパントは「死体が残らない」のは確かだ。
「マスカレイドは死体にならない。つまり、さっきのゾディアーツもドーパントも……ついでに言えばこのメダルばら撒いた奴の存在も、クークの死を偽装するための存在。壊れたメモリもフェイク……って事か」
「恐らくは」
 ひょいとメモリの欠片を拾う弓に、霧雨がきゃっきゃと笑う。
 ……どうやら彼女は、家にこの破片を持ち帰って組み立てるつもりらしい。彼女にとっては、これもパズルの一つなのだろう。
 そんな彼女の頭を硝子が軽く撫でると、霧雨はふと思い出したように彼女に問う。
「ねえねえ。クーちゃん、手が痛そうだったけどだいじょうぶかな?」
「……大丈夫だと思いますよ。どうせ、私達の赴任期間が終わる直前くらいにひょっこり現れて、また厄介な仕事を押し付けるに決まっているんですから」
「……うわ、リアルにその状況が想像出来て嫌なんだけど、俺」
 どこか疲れたような、そんな遠い目をしながら。
 二人は自身の娘に優しく言葉を返すと、その手を取って夜の帳が降りた校舎の合間を歩き……そしてふと、二人同時に同じ方向を見つめ……
「……と、言う訳ですので『出来るだけ早く顔を見せろ』と、クークにお伝え下さい」
「あと、『報酬は払え。じゃなきゃあ殴る』ともな。頼んだぜ、『お二人さん』」
 ニヤリと。「善人には見えない笑み」を二人して浮かべてそう言うと、今度こそ彼らはそこから立ち去ったのであった。

「ぶえっくしょっ。……うぅ、風邪でもひいたかなぁ……」
 おもちゃ箱をひっくり返したような部屋の中央にあるベッドの上で。
 顔の半分を隠すような仮面を着けた「彼女」は、盛大なくしゃみの後、ずび、とその鼻をすすった。
 そのベッドの脇には、彼女を刺し殺したはずの「監視者メシエ座」……カストス・メシウムゾディアーツが恭しい態度で佇み、そして彼女の両手を刺し貫いたマカイロドゥスドーパントは、慣れた手つきで彼女の手に包帯を巻いている。
 そしてメシエの横には、心底疲れたと言いたげな表情の女性が一人、鈍色のメダルを手の中で弄びつつ、「彼女」を見つめていた。
『うぅぅぅぅ、クー様ぁ、いくらなんでも無茶しすぎにゃぁ。血がドバドバ出てるにゃぁぁぁぁ』
『そいつの言う通りです。何と精神衛生上好ましくない任務だった事か。何ですか、いつものごとく、僕達への嫌がらせですか』
 苦々しい口調でマカイロドゥスとメシエはそう言うと、それぞれに己の「変身」を解く。そこから現れたのは、ガイアメモリを持った古道伴都と、アストロスイッチを持った袖井魁雅の二人。
 そして脇に佇んでいるのは、シャチの絵が描かれている鈍色のメダルを握りしめた、繰糸愛だ。
 苦い表情を浮かべている三人とは対照的に、「彼女」……クークはあっはっはっはと楽しげな声で笑っている。
「いやー、勿論キミ達への嫌がらせもあるけど、それ以上にライダー部の面々やらゾディアーツ連中やらを誤魔化す必要があった訳だし。アレくらいしないと、どこで見てるか分らない、我望光明にバレる可能性が十分にあったしさ」
「そうであったとしても、心臓に悪すぎますクーク様!」
「アートと同意見ナリ。何も本当に僕の剣を手にぶち込む必要なかったはずにゃ」
「流石にその他の部分はメシエの幻覚能力で誤魔化しましたが…………それにしても、無茶をしすぎです」
「だってー、実際の流血がないと、誤魔化しきれそうになかったんだもーん。……でもこれで、ボクは天高から自然に消えられた。後の監査はキミ達『五人』に任せるよ」
 ひらひらと手を振りつつ、面倒ごとから解放された嬉しさ九割、上司としての威厳を一割といった風情の声で彼らに告げた。
 正直に言えば、クークにとって天高はさほど魅力的な場所ではなかった。彼女にとって「面白い」と思える事象やら人物は存在せず、監査対象である我望の目的も、壮大な夢であることは認めるが、大人特有の凝り固まった概念で動いているように見え、夢へと続く過程をひどく「つまらない作業」にしていた。その程度ならば、別段自分が動くほどのことでもない。
 しかし、この数か月……刺激を求めて灰猫弓や彩塔硝子を巻き込んだ時期は、まあまあ楽しめた。それだけでも良しとしよう。
 そこまで考え……ふと、疑問に思ったことを魁雅に投げる。
「ところで魁雅。財団規程第十六条第四項ってさ、『長期の休暇を取得する際は、その旨を所定の書類に記入し、財団基幹職の押印を求めるものとする』だよね?」
「ええ」
「コレを破ったと? ボクが? いつ?」
「ご自分で申請して、ご自分で許可の押印をするのは、立派な違反です」
「ボクだって、自称シタッパだけど、一応財団でもそれなりに偉い、基幹職サマなんですけどー」
 「退場」を装う折、自分を処刑する理由として挙げられた事項……「財団規程第十六条第四項」の内容を、いった本人に確認する。
 確かに少し前に、「長期休暇」の申請を出し、そして自分で許可印を押して申請を通した。
 監査官という立場は、一応は文面でいう「基幹職」に相当するのだから、別にいいのではないか?
 とクーク本人は思っていたのだが……
「いや、ダメでしょ」
「それが許されたら、基幹職の皆様方は休みたい放題になるにゃ」
「『自分で許可するのはダメ!』と明文化していない財団が悪い」
「ああ言えばこう言う!」
「大体、その程度で財団に殺されるのは納得いかない!」
「その他諸々の規定違反があります。僕達が把握している物だけでも全員の両手どころか両足の指を足しても、足りない程に」
「ペナルティレベルがブラック……一発アウト案件に至っては、軽く十件は上がってるにゃ」
「だったらそのどれかを言ってくれればよかったじゃないか! 何でわざわざそんな雑魚敵並みに小さい罪状での処分なんだよぅ」
 部下達からの集中砲火に口を尖らせながら、クークはあまりにもしょぼい理由での「偽りの処刑」が執行されたことへ抗議をする。しかも本来なら、もっと重い……それこそ財団にとって重大な違反事項に適用される「ペナルティレベル・ブラック」と呼ばれる事柄も、数多く犯してきているにもかかわらず、だ。
 そんな彼女の「納得いかない!」という感情を前面に出した表情を見やりながら、魁雅はしてやったりと言わんばかりの表情を浮かべ……
「その方が、クーク様への地味な嫌がらせになるかと思いまして。把握している限り、最もチャチでどうでも良さそうな罪状を述べさせて頂きました」
「……魁雅、いい性格になったね。ボクは嬉しいのか悲しいのか微妙な所だよ。あの偽告白の時は、本当に可愛かったのにさ」
「恋愛感情の有無はさておき、あの時の言葉は本心です。僕は貴女を守りたいと思っています。貴女が望むと望まざるとに関わらず」
「まあ、それは他のメンツも同じだとは思うけどね」
「だからこそ、僕らは違反してるの知ってても、上層部へチクったりしてにゃい訳なんだけど」
「……下剋上してくれて良いのよ?」
『面倒臭いことになるのが目に見えているからお断り』
 すっぱりと、異口同音に全員から断りの言葉を述べられ、クークは残念そうに眉根を下げる。
 悲しいかな、割と本気で言っているにもかかわらず……そしてそれだけの実力をつけてきているにもかかわらず、彼らは自身の能力の向上と比例して、自分に対する忠義のようなものを感じているようなのである。
「ま、その辺はまたおいおい実行してくれればいいと思うよ。それはそうと、皆が何と言おうと、今日の晩ご飯はボクが作るからね?」
「脈絡ない上に、その手で料理!? クーク、あんた本当にどれだけ馬鹿なの!?」
 それまで冷静を装っていたらしい愛が、とうとう我慢できなくなったように怒鳴りつける。
 一応愛もクークの部下ではあるのだが、見目の年齢が同じと言う事もあって言葉遣いに気をつけるような事はしないし、クークもそれを望んでいない。
 何しろ部下になった際の最初の命令が、「無理な敬語禁止」だったのだから。
「愛もお疲れ。体の調子はどう? 記憶障害はもう戻った? メダルとスイッチの併用の場合は、記憶障害が出るんだねえ」
「ちょっと、自分より私の心配する挙句、馬鹿呼ばわりは無視? 多分完治してるわよ、アンタの嫌がらせの数々とか、自分がしなきゃいけない事とかを思い出した程度には。霧雨ちゃんが私にメモリを使ったから、逆作用で回復が早くなったって言うのはあるみたいだし」
 愛は先日、「デルフィニス・ゾディアーツ」へと変化した。その時は自分が何のために……自分が持つ「メダルの力」と「スイッチの力」の反応を確認するという目的はもちろん、自分が何を大切にしていたか、自分の過去等、様々な「自身の根幹を成しえる情報」を忘れてしまうという症状が出てしまった。
 この実験その物は、誰かに強制されて行ったものではない。純粋に、「自分がスイッチを使ったらどうなるのか」という興味からだった。しかし、スイッチを使った瞬間に、心の奥底に沈めていた「風城美羽への嫌悪」が一気に表に出てきたと実感し、そしてそれが全てになってしまった。
「……今回使った屑ヤミー分のメダル、後で返してもらうわよ」
「ボクに欲望ないから無理!」
 いっそ清々しささえ感じる程のドヤ顔で言われ、思わず愛はこめかみを押さえる。
 クークの、「楽しい事しかしたくない」と言うのは、もはや欲望を通り越して信念でさえある事は、この十年の付き合いで、知っている。
 それに、彼女が「自身の命」に頓着しているところは見た事がない。少なくとも人間が持つと言う三大欲求は、目の前で両手に包帯を巻かれながらも、アハハと笑う変人には存在しないだろう。……だからと言って、死にたがっている訳でもないのが厄介だ。
 生にも死にも頓着していないからこそ、今回のような「死の偽装」を思いつき、演じたのだろうが……クークの事だ。あのまま本当に伴都と魁雅に殺されても良かったと思っているに違いない。何しろ、常に下剋上を望んでいる輩なのだから。
 同じ事を思ったのだろう。愛と魁雅がほぼ同時に溜息を吐き出した、瞬間。
 どばたんっと、やたら派手な音と共に、二人の女性がその部屋に転がり込んだ。
 女性二人は天高の生徒らしく、青いブレザーにチェックのスカートを履いている。一方は無表情でクークの側に歩み寄り、もう一方は目が悪いのか色々な物に躓きながら、何とか愛と魁雅の間に割って入るなり、唐突に言葉を放った。
「…………ご主人の生存、ルーク様達にバレてる」
「あと、ボク達もボスの部下だって事までバレてるっぽい。いやー、やっぱ凄いね灰猫センセ達。ボク、感激だよ。流石、ボスの友人!」
 その言葉に、伴都と魁雅はぎょっとしたように目を見開き、愛も微かに苦い表情を浮かべる。そんな中でクークだけは、アハハと楽しげに笑った。
「友人かぁ。……多分それ、灰猫っちが聞いたら憤死して灰になっちゃうかもしれないから、やめてあげてね、邑久。彼らが死んだら面白くない」
 目が悪い方……愛の実妹にして、クークの部下でもある織笛邑久は、その顔にうっすらと灰色の影を浮かび上がらせながらも、びしりと敬礼を返す。
 その横ではもう一方……かつてクークに「扇大地」と名付けられた女性は、顎から頬にかけてうっすらとステンドグラスのような模様を浮かび上がらせ、伴都の顔を覗き込んだ。
「……伴都」
「何、大ちゃん? って言うか何を興奮してるの?」
「……魁雅に撃ち込んだ矢……結局、どちらだったんだ?」
 表情こそ無表情だが、声には微かに興奮の色が混じっている。何より顔に件の「模様」が浮かんでいる時点で、何らかの興奮状態にある事は理解出来る。
 目がキラキラと輝いているのは、彼女がやはり興奮しているからだろう。
 そんな彼女に引いてしまう伴都に代わり、「撃ち込まれた方」である魁雅が、呆れ混じりの溜息を吐き出して答えを返した。
「撃ち込まれてない。僕も伴都も、スイッチに手を出してからの流れは全て、演技だから」
「うん。そりゃあアートは僕の大切な相棒だし、離れられるのは嫌だけどさぁ。そこまでアートには執着してないにゃ」
「……なん、だと……?」
 「全部が演技」。その事実にあまりにも驚いたのか、大地は顔から模様を消し、ぎょっと目を見開いて二人を見やる。邑久も同じように驚いているのか、ええっと大仰に驚きを見せ、愛は何となく分っていたのか呆れ返った視線をクークに向けている。
 恐らく、今回の「伴都が魁雅に依存していると思わせる」事を発案したのがクークなのだと理解しているのだろう。伴都と魁雅を見つめるクークのニマニマとした笑みが、異様に悪人めいて気持ち悪い。
「何だよそれ。ボク、伴都の事だから、てっきり魁雅に金色ぶち込んだんだって思ってたのにっ!」
「万が一間に合わなかった場合は、鉛の矢を撃ち込まれて、最初に見た存在……伴都をとことんまで嫌うと言う設定でしたけどね」
「クー様にはマジで撃ち込んで、僕らを捨てないよーにしちゃおーかとか、物凄く本気で考えたけどにゃ」
「……ちっ。メシウマの種だと思ったのに。……鬼畜ヤンデレ萌え、ロリショタならなお良し」
「黙れ腐女子。僕達をネタにするんじゃない」
 さらりととんでもない事を言った伴都は無視し、大地の微妙な発言に、今にも絞め殺さんばかりの目付きで睨む魁雅。だがそんな視線を物ともせず睨まれている大地は小さくガッツポーズをしながら一人妄想の世界へと耽り、無表情のまま小さくうふふと不気味な笑い声を上げ、邑久をびくつかせていた。
 そんな彼らを、愛はぽんぽんと手を叩いて現実に引き戻すと、背筋を伸ばし、クークに向き直って言葉を投げる。
「……まあ、伴都のクークへの依存やら、大地の個人的な趣味やら、今回の、私達から見ればどこまでも気色悪い演技やらの件はひとまず置いておくとして。……クークの内臓の老化が早いのは事実でしょ? どうする気なのよ?」
「ああ、そこは正直もう問題ないんだ。何しろボク、内臓だけNEVERだから」
 投げられた問いに、クークはさらりと自然な口調で言葉を返す。それが、周知の事実であるとでも言いたげに。
 しかし……返された方にとっては初耳だったらしい。クークを除く五人全員がぴたりとその動きを止め……そしてぽかんとした表情で仮面に隠れた彼女の顔をまじまじと見つめた。
「…………今、何と?」
「内臓だけネバー。肝臓はレバー」
「くっだらない事言ってないで説明してくれる!? そもそもそんな事が可能なの!? ってかいつから!?」
「ふっ。財団Xの技術力舐めンな。部分ネクロオーバーの技術など、とっくの昔に確立済みよ! 事実、灰猫っち達と出会う前には既にレオってオルフェノクの左腕で実証済みだしね!」
 驚き、慌てる自身の部下達の顔を見るのが楽しいのか、クークはフフン、と得意気に鼻を鳴らし、魁雅と愛の声に胸を張って答える。
 確かに、方々に手を伸ばし、何やら厄介かつ面倒臭い研究を行なっている財団の事、「部分ネクロオーバー技術を確立している」と言われても不思議はない。
 それが本当に実用化されているのかは知らないし、いつの間にクークがそれを受けたのかと言う疑問が残るが……恐らくクークの言っている事は本当の事なのだろう。
 ……最近になって飲み始めた、あの「緑色の薬液」の事を考えれば。
「……それじゃあ、ご主人が飲んでいる薬は……」
「だーかーらー言ったでしょ? 『細胞維持酵素』だって。えー、何? 信じてなかったの?」
「申し訳ありません。いつものご冗談かと」
「アートに同じく」
 冗談だと思われていた事が、多少なりとも不服らしい。クークは少しだけ不貞腐れたように頬を膨らませると、拗ねたように近くのクッションを抱きしめた。
 きつく抱きしめたせいか、その両手の包帯に血がジワリと滲み、広がる。恐らくは傷が開いたのだろう。
 それを見て、あわあわと伴都が慌てふためくが、クークの方は然程気に留めた様子はない。そもそも傷口が開いている事に気付いているかも怪しい。
「クー様、手! 傷、開いてるナリ!!」
「うん? あ、ホントだ。……まあ良いか。どうせ料理するのに包帯邪魔だしねー」
 伴都に指摘され、ようやく包帯が自身の血で朱に染まりかかっている事に気付いたらしい。自身の手を見下ろしてそう言うと、彼女は伴都が再度手当てをしようと救急箱を取るよりも早く、つい先程巻かれたばかりの包帯とガーゼをハラハラと外した。
 その下から現れる、掌に穿たれた穴。そしてそこから流れ落ちる血。普通の人間ならば、痛みのせいで料理云々など言えるはずもないのだが、変人を自称するが故なのか、彼女は全く気に留めず立ち上がり……
「さーて、今日はグラタンだよー」
 スタタン、と。
 踊るようなステップを踏みながら、彼女は己の部屋を出て台所へ向うのであった。
 ……その後ろから、追いかけてくる部下達の悲鳴じみた声を楽しげに聞きながら。
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