潜んでいるのは仮面の変人

【制・止・生・死】

 自称「変人」のマスカレイドドーパント、クークの素顔が孤桜京である事が判明し、更に吾妻霧雨を攻撃したと言う理由から、彼女の怒りを買ったリブラが攻撃されると言う事態に発展。クークの猛攻が、リブラを襲った。
 タタン、とステップを踏むような足音を鳴らしてリブラの武器であるディケを蹴り払うと、それを逆に奪い取ってバトントワリングの要領でそれをくるりと回すと、それをリブラの胴めがけて横薙ぎに払った。
 それをリブラは後ろに飛んでかわすと、チィと舌打ちを一つ鳴らし、触角から雷を放つ。だが、クークはそれを、壁を蹴って宙に飛び上がる事で回避、そしてそのまま宙でくるりと一回転すると、二段爪先蹴りバーニングスマッシュを相手の脳天に向かって直撃させた。
『ぐっ……』
 頭を直撃したせいだろう。リブラはふらりと足元をふらつかせ、それでも何とか自身の視界にクークを納めようと視線を彷徨わせる。
 ぐらぐらとぐらつく頭で視線を固定する事は難しいが、それでもクークの特徴的な黒い仮面は捉えられたらしい。不安定な視界の中、それでも得意とする短距離超高速移動でクークとの距離を縮めると、己の杖を取り返すべく手を伸ばす。
 ……が。
『温いな、リブラ。貴様は私を馬鹿にしているのか? 言ったはずだ。私は財団Xの監査官だと』
『なぁっ……!?』
 今までのふざけたような口調から一変。聞いているだけでもぞくりとするような無機質な声と共に、クークの膝がリブラの鳩尾に入る。攻撃するつもりが、逆に攻撃されていると言う事実に、リブラは驚きを隠せなかった。
 財団X。それは所詮、我望のスイッチの実験に融資をするだけの組織だと思っていたのに。おまけに目の前の存在は、その財団の中でも雑魚と呼べる者達が扱うマスカレイドと呼ばれる力を使っているだけに過ぎない。それなのに。
『外見で判断すれば痛い目を見る典型だ。私を一介のマスカレイドと思ってもらっては困る』
 歌うように言いながら、クークは更に流れるような動作でリブラの背を蹴り壁際まで追いやると、先程奪ったディケの柄でリブラの喉を押さえつけた。
 自身の杖で首を締め上げられるような格好となったリブラにとって、それは屈辱以外の何者でもない。
 冷静になってこの状況を打破する方法を考えようと思うのだが、首を押さえられた事による酸欠で考えが纏まらない。
 分るのは、目の前にいる存在を、孤桜京だとかマスカレイドだとか、そんな風に認識してはいけない「何か」だと言う事、そして……自分を「殺す」事に、何のためらいも持たない存在だと言う事。
『好きな方を選べ。このまま喉を潰されるか、それとも頭を垂れて許しを乞うか。……ああ、後者の場合、貴様にはこの場で正体を晒してもらう』
『ふざけた……事を……うぐぅっ』
 両方を拒否しようと口を開けば、クークはディケを更に強くリブラの喉に押し当て、持ち上げる。ほんの僅かにではあるが、リブラの体が浮き、ディケの柄と首にかかる体重が増し、更に自身の首が絞まる。
『う……ぐ、あ……』
『地に這い蹲って惨めに乞いへつらえ。その気がないなら、このまま殺す』
 楽しげな声とは対照的に、クークの無慈悲な腕が更にディケを上へ上げる。同時にリブラの足は更に地面から離れ、何とかそこから逃れようと足をばたつかせ、もがく。
 電撃を放ってクークの力を削ごうと画策する事もあるのだが、クークは絶妙のタイミングで締め上げを更に強め、リブラの集中力を奪っていく。
『ほら、どうした? 『ごめんなさい』のただ一言だけだぞ? 言えないなどと言う事はあるまい? 貴様は、導師マスターなのだろう?』
 くつくつと喉の奥で笑いながら、それでもやはり腕の力は緩めない。
 締め上げがきつくなっていくのとは対照的に、リブラの体からは徐々にその力が失われていくのが、傍目から見てもありありと分る。
 そこでようやく驚きから抜け出したらしい。はっとしたような表情を浮かべ、弦太朗がクークに向って手を伸ばし、叫んだ。
「京、それ以上やったら、マジでそいつ死んじまうぞ!」
『殺すつもりでやっているからな』
 クークは弦太朗の方を振り返らずにさらりと答えると、更に強く自身の腕に力を込める。
 ギシリとディケがリブラの重みとクークの握力の両方に悲鳴をあげ、リブラの呻きも小さく、弱い物へと変わっていく。
 それを見ていられなくなったのだろう。弦太朗がクークを止めようと一歩前に足を踏み出した、その瞬間。
「ああ、如月君。今は危険ですから、私の後ろに下がって下さい」
「へ?」
 硝子の放った言葉と同時に体を引かれ、半ば倒れこむように彼女の後ろに弦太朗の体が移動する。
 それと同時に彼女の隣にいた弓が、いつぞや見かけた赤い銃のような物と、鈍色のUSBメモリのような物を懐から取り出し……更にUSBには何かのパーツのような物を取り付けた。
――Bullet. Up Grade――
 響いた音声を聞きとめたらしい。それまでこちらを振り向こうともしなかったクークが、初めて彼らの方を向いた。
 一方で準備が整ったのか、弓はそのメモリを銃に挿し込むと、そのまま銃口を上空に向け……
集中豪弾バレットレイン
 ポツリと漏らすような宣言と共に、彼はその引鉄を引いた。
 それを見止めるや、クークは即座に押さえ込んでいたリブラから身を離すと、ディケを手にしたままタタンと壁を蹴って上空へと飛び上がる。
 解放されたリブラは地面にどさりと音を立てて膝をつき、酸素を求めるように数回の深呼吸を繰り返す。
 そしてもう一方で。上空に放たれた銃弾の形をしたエネルギー達は途中でくるりとその方向を変えると、呟かれた名の通り、まるで雨のように地上に向って降り注いだ。
 ……今までクークがいた場所から、硝子達の立つ場所のほんの少し前を狙うように。
 硝子が弦太朗の体を引かなければ、おそらく彼はこの銃弾の雨に射抜かれていた。そうなると分っていたからこそ、硝子は弦太朗を引きとめたのだろう。
 そうだと気付きはする物の、次の疑問が生まれる。……何故、このような攻撃を放ったのかと。クークを攻撃する為と言う考えもあるが、それならもっと早くにしているはずだし、真っ直ぐにクークを狙えば済む話だ。
 では、リブラを攻撃する為だろうか? それも真っ直ぐに狙えば良い。上に向って放つ必要はない。それならば、何を狙ったのか……その答えは、その直後、知らされる事になる。
 ……その銃弾の雨に射抜かれて落ちた、一つの影と言う形で。それは全体的に薄紅色をした、女性のようなフォルムの異形。射抜かれた際の影響だろうか、その周囲には、背に纏っていた物の一部らしき薄紅色の羽根が、銃弾による焦げ跡を残して散らばっている。
 そして倒れる相手の顔のすぐ横に、上空からクークが投げたらしいリブラのディケがドスリと音を立てて突き立った。
『う、ぐ……』
「奴は羽根付き!? いつから上に!?」
「今さっきってトコだな。気配を殺しきれてなかったから、気付けた」
 落ちて来た……いや、「堕ちて来た」影に驚き、目を見張る賢吾に、撃った弓がさらりと返す。その目をクークに向け、どこか残念そうに顔を顰めた状態で。
 そしてそんな顔を向けられているクークはと言えば、軽やかな足音と共に地面に降り立つと、ひょいと肩を竦めて弓を見つめ返していた。
『……いきなりは危ないなぁ。って言うか、ひょっとしてボクまで巻き込む気満々だった?』
「悪いが、お前の事は嫌な所で信頼してる。……アレくらい、簡単に避けられるって事は」
『えぇぇ? それは買いかぶりだよぉ』
「そうであってくれればどれだけありがたいか。正直、数発くらいは巻き込まれてくれればいいと思っていたんだがな」
 頭痛を堪えるようにこめかみに手をあて、苦笑気味に言葉を吐き出す弓に、言われたクークは口調をいつもの物に戻してあっはと笑うと、スタタンと特徴的なステップを踏んで落ちて来た「羽根付き」……乙女座のバルゴゾディアーツへと歩を進めた。
 踊るようなステップを踏んでいると言う事は、怒りがおさまったと見て良いのだろう。心なしか硝子と弓の顔に安堵の色が浮かんでいるのは、これ以上クークが「変な事」をやらかす心配がないと判断したからだろうか。
 だが、新たに現れたバルゴへの警戒を解く気はないのだろう。硝子は霧雨を自身の後ろに回し、弓は銃口をバルゴに向けている。勿論、クークから解放されて起き上がろうとしているリブラに対しても。
『やあ、バルゴ。にゃにかにゃ? キミもボクと遊んでくれるの?』
『君と遊ぶつもりはない。だが、今、リブラを倒されては困るのでね』
 スタタン、と歩み寄って明るい声で言ったクークとは対照的に、起き上がりながらも平坦な声で言うバルゴ。そしてそんなバルゴにゆっくりと近寄り、地に突き立ったディケを引き抜くリブラ。
 そんな二人を見やり……クークは軽く喉の奥で笑うと、まるでその二人からは興味を失したように手を振った。
 ボロボロになった彼らは、自分の敵ではないとでも言いたげに。
『ま、いいや。さっさと帰ってキミ達の上司に伝えておきなよ。……部下の躾はきちんとしておけって』
『貴様……』
『それとも……またボクに虐められたいの? 別に良いよ? キミ達が虫けらのように地面に這って屈服して、ボクの足にキスしてくれるって言うなら、それでも』
 先程までクークに与えられた屈辱に震えるリブラに、クークは更に楽しげな声でからかうように言葉を紡ぐ。その言葉に、多少なりとも本気の色が含まれていると言う事実に、その場にいた何人が気付いただろう。
 怒りに体を震わせ、しかしそれでもリブラが攻撃しないのは、今の自分では冷静な判断を下せそうにない事と、「裁判官」であるバルゴの目があるからだろう。そのバルゴもまた、弓が先程放った銃弾の雨でボロボロであり、クークの相手をするのは難しい状態。
 ましてこの場にフォーゼがいて、更には正体不明の「怪物」だという報告のある灰猫弓と彩塔硝子までいるのでは、如何にホロスコープスと言えど分が悪い。
『……ここは退こう』
 バルゴはそう一言だけ漏らすと、持っていた杖を振り……そしてリブラと共に、その姿を消した。
 それを見届けるや、クークはふう、と一つ大きな溜息を吐き出し……そしてマスカレイドドーパントの姿から、「孤桜京」としての姿に戻った。
 どこから取り出したのか、顔の半分を覆う仮面をつけて。
「さてと。ホロスコープスにボクの素顔がバレちゃった事だし、天高での監査もここまでかなぁ」
「う? クーちゃん、お引越しするの?」
 グイと伸びをし、呟いたクークに、霧雨が硝子の後ろからひょっこりと顔を出して問う。そして問われた方は、曖昧な笑みを浮かべるとまあね、と短く答えを返した。
 だがその笑みに、何か偽りめいた物を感じたのだろか。厳しい表情を浮かべた弦太朗が、つかつかと彼女の前まで歩み寄り、がしりとその両肩を掴んでその顔を見据えた。
「京、お前……何か隠してるだろ」
「まだそっちの名前で呼んでくれるんだ。……キミってホント、残酷なくらい真っ直ぐだよね」
「俺にとっては……いや、俺達にとっては、お前『クーク』って奴じゃねえ。恥ずかしがりだけどダンスが上手い、『孤桜京』だ」
 仮面で半分しか見えない顔を見据えたまま、彼はきっぱりと言い放つ。
 確かに、彼女が財団Xの関係者であり、マスカレイドドーパントでもあった事は驚きに値する。リブラを追いつめた時の彼女には、恐怖すら感じたのも事実だ。
 だが、それでも。
 彼女は流星を、ユウキを、そして弦太朗を。昨日サジッタから守ってくれた恩人だ。そこに何らかの思惑があったにせよ、助けてくれたと言う事実には変わりない。
 それに……孤桜京としての彼女も、本当の彼女だと確信している。
「前にも言っただろ? 俺はお前とも友達になるって。だから、本音でぶつかって来い!」
 右手を彼女の肩から離し、その手を真っ直ぐに前に差し出すと、弦太朗はニカッと笑って言葉を紡ぐ。
 だが、彼女は……微かに口の端を歪ませると、解放された手で仮面を押さえて自嘲気味に言葉を返した。
「『友達』ねえ……もうすぐ死ぬボクには、関係ない話だと思わない?」
 その言葉に驚いたのか、弦太朗は……そして端で聞いていた面々も、驚いたようにぎょっと目を見開いて彼女の顔を見やる。
 確かに、仮面に隠されていない方の顔は、心なしか青褪めているように見えるし、先程もかなりの吐血をしていたように見受けたが……
「もうすぐ死ぬって……クーク、お前それどういう意味だ?」
 皆を代表するように訝った声を上げた弓に、クークは軽く首を傾げると右肩にかかっている弦太朗の左腕を外すと、彼から半歩分だけ距離をとり……そしてやはり自嘲気味に笑ったまま、言の葉を紡いだ。
「ん? ボクは、財団Xに造られたモノって言ったでしょ。そのせいなのかなー、フツーの人より……内臓が、ボロボロになるのが早いんだ。『内臓に問題を抱えている』、『医者から二十年生きられるか分らないと言われている』……どっちも本当の事。嘘は吐いてない」
 ひょいと肩を竦め、どこか他人事のように言う彼女に、どう声をかければよいのか分らない。
 ただ、彼女は自分の死期を悟っている。そんな風に見えて、仮面ライダー部の面々は痛そうにその顔を顰めた。
「このマスカレイドメモリは、シャイなボクが顔を隠す為って言う作用も大きいけど……それ以上に、生命維持装置の代わりって意味合いが強いんだよ。コレは、体力強化の効力があるからね」
 トントンと弦太朗達から距離をとり、彼女は自身のメモリを見せてニコリと笑う。
 だがそれは、諦めたような笑みではない。純粋に、その人生すらも楽しんでいる笑みだ。
「言っただろ? 『友達になんて絶対無理』て。キミと友達になるより先に、死ぬんだからさ。まあ、もってあと二、三日ってトコ?」
 あっけらかんとした口調で彼女がそう言い、聞かされた事実に弦太朗が目を丸くした、次の瞬間。
『いいえ。貴公の命は、今ここで終わります』
『そゆコト』
 どこからか声が響いたと認識した直後、クークに向って黄色い影が奔った。
 その影に気付いたのだろう、クークはチィと一つ舌打ちを鳴らすと、何とかその影から身を捩ってかわす。だが、それでもかわしきれなかったのだろうか。彼女の着ていたチアのユニフォームの一部が裂け、ひらりと小さな赤い布片が舞った。
 それを見るや、弦太朗は……そして流星は本能的に危険を察知したらしい。駆けた影を目で追い、その先を睨みつける。
 そこにいたのは、二人の異形。方や体にゾディアーツ特有の「星」の模様が入った、杖を持った「男」と思しき存在。そして方や両手に短剣のような物を持った、大型の猫を連想させる存在。恐らく先の黄色い影はこの「猫」だろう。
 前者は明らかにゾディアーツなのだろうが、それが何座なのかが不明であり、後者はゾディアーツ特有の「星」を持たず、腹部に一つ、大きな球体を持つだけの格好。
「新しいゾディアーツか!」
『新しい? いいえ。今まで貴殿達の前に出た事がないだけですよ』
『ナァオ。こっちはゾディアーツじゃなくて、ドーパントなんだよォ?』
 どちらもはじめて見る存在に、思わず上がった弦太朗の声。そして丁寧にもその声に答える二人の異形。だが、彼らの視線はクークに固定されており、弦太朗達には興味を抱いていないように見えた。
 一方でクークの方も彼らを知っているのだろう。苦笑めいた……だがどこか楽しそうにも見える笑みを浮かべ、その口を開いた。
失われた星座ロスト・ゾディアーツの『監視者メシエ』に、スミロドンと双璧を為す剣歯虎サーベルタイガー、『マカイロドゥス』。『財団屈指の処刑人コンビ』が来るなんてねぇ。いやぁ、こんな瀕死のマスカレイド相手に、なんて過大評価だろう。嬉しすぎて涙が出ちゃうよ」
『過大評価? なぁに言っちゃってるの』
『貴公の危険性を充分に考慮しているからこそ、我々が来たのです。貴公は、一筋縄ではいかない方だ』
 「監視者メシエ」、そして「マカイロドゥス」と呼ばれた二人は緊張を含んだ声でそう言うと、手の中の得物を油断なく構えてじっとクークの出方を窺う。
 一方でクークもすっと目を細めると、トントンと爪先でリズムを刻み、口の端を吊り上げた。
「キミらが来たって事はつまり……財団はその『二、三日』も待てないって事かな?」
『ええ、その通りです。貴公を、財団規程第十六条第四項に反するとして、処分致します』
『君は幹部なのに、残念な結果になって悲しいなぁ』
「あれ? 何でかな? あんまり残念そうに聞こえないんだけど」
『……財団Xへの背信行為。それは、命をもって償ってもらいましょう。今ここで散りなさい』
『ニャァオ。狩りの時間だねぇ。今回は、狩り応えがありそうで嬉しいなぁ』
 マカイロドゥスが言ったと同時に動く。最初にクークへ一撃を向けた時と同じ、黄色の影となって。
 そしてメシエもまたその後を追うように走り、手の中の杖を真っ直ぐに構える。それに対抗しようと思ったのだろう、クークは再びメモリを構え……だが、次の瞬間。
『それは駄目にゃ』
 クークが思うよりも早く、マカイロドゥスが彼女の目の前に立ち塞がり、速度を殺さず両手の中の短剣でクークの掌を刺し貫いた。
 貫かれた反動でクークの手からマスカレイドメモリは転げ落ち、そしてそれはメシエの杖によって砕かれ、中で複雑に絡み合っていた配線が小さな火花を散らしながらその姿を現した。
――マスカレイドメモリは、生命維持装置の代わりって意味合いが強いんだよ――
 クークがそう言っていた事を思い出したのだろう。美羽がはっとしたように顔をあげ、両の手を刺し貫かれた彼女に、何とも言えない表情を向ける。
 泣きそうな、怒りそうな……複雑な表情を。
 一方で美羽のその表情に気付いたのか、貫かれた勢いで仮面が外れた彼女は、その顔を美羽に向け……そして、小さく笑って何事かを呟いた。
――ご、め、ん、ね――
 そう、唇が動いていたように見えたのは美羽の願望だったのだろうか。
 だが、それを確認するよりも先に、メシエの平坦な声が彼らの鼓膜を叩いた。
『さあ、終焉です』
 短い一言が放たれたと認識したのと。
 メシエの杖の先が、「彼女」の胸に沈んでいくのを見たのはほぼ同時だった。
「あ……」
 「彼女」の口から漏れた小さな声は、おそらく反射的な呻きだったのだろう。だが……撃ち込まれた場所が場所。それ故にそれ以上「彼女」は何も言わず、メシエにしなだれるように体を預けた。
 預けた、と言う言い方は正しくないのかもしれない。「彼女」はただ、メシエの方へ倒れただけに過ぎないのだから。
 胸から背にかけて刺し貫いている一本の杖に、垂れ下がった両手に残る二本の短剣。その三本から、ぱたりぱたりと地に落ち、吸い込まれていく赤い液体。
 あまりにも現実味の薄いその出来事に、それが事実だと思えないのだろう。美羽は思わず「彼女」に向って叫んだ。
「け、い……? ……京! 起きなさい! 京!!」
『あれ? 見て分んないかなぁ? コレ、もう死体なんだけど』
『これで生きているように見えるのでしたら……貴殿はなんとおめでたい頭をしているのでしょうね』
 クスクスと、それこそ、その場にいる全員を馬鹿にするように笑いながら、マカイロドゥスとメシエは「彼女」の体を抱えて踵を返す。
 これ以上、もうこの場には用はないと言いたげに。
「待ちなさい! 京を……その子を置いていきなさい!!」
『残念ですが、それは出来かねます』
『何しろコレは、財団の被験体だからねぇ。機密保持の為にも回収しなきゃいけないんだぁ』
 美羽の声に振り返りもせずそう言った二人の前に、今度は弦太朗と硝子が並ぶようにして立ち塞がった。
 否、正確に言えば、立ち塞がっているのは弦太朗だけ。硝子はそんな彼を止めようとついてきているだけらしい。困ったような表情を浮かべて、いきり立つ弦太朗に視線を向けている。
「逃がすか。俺は今、相当頭に来てるんだ」
「……如月君、やめなさい」
「そればっかりは聞けねえぜ、彩塔ちゃん! あいつらは、京を……」
 その先を口に出したくはないのか、弦太朗はくっと悔しげな吐息を一つ吐きだすと、きつく二人の異形を睨みつけてベルトを構えた。
 賢吾達も止める気はないらしい。弦太朗と同じ目で二人の異形を睨みつけている。
 その脇では、無表情な弓と、その後ろではメシエに抱えられた「彼女」を心配そうに見つめる霧雨の姿がある。
 そんな彼らを見渡すと、二人は楽しげに肩を震わせ……
『良いでしょう。後顧の憂いは断っておかねば』
『ニャァオ。なぁに? 殺っちゃうの? それならそれでも良いよぉ』
 こちらもまた、戦闘態勢に入ろうと構えた、その瞬間。
――メシエ、マカイロドゥス、不必要な戦いは避けなさい――
 それはどこから響いているのだろう。姿は見えないが、二人の異形を諌める女の声が響いた。そして直後、二人と弦太朗達の間に、鈍色の「何か」がばら撒かれる。
「あう? 欠けたメダル?」
 最初にばら撒かれた物の正体に気付いたらしい霧雨が、不思議そうにそう呟いたその刹那。霧雨曰く「欠けたメダル」が即座に人形を取り、出来損ないのミイラのような姿へと変わり、弦太朗達に襲い掛かった。
 まるで、そこから先には進ませないと言いたげに。
『あれぇ? 屑ヤミー? って事は……ロストちゃんも来たのかなぁ?』
――仕事は終わったでしょう? さっさと戻りなさい。私達の上司を、こんなつまらない事で待たせるつもり? 絶対今、退屈で死にそうになってるはずよ?――
『……それもそうですね。ならば、ここはロストのご好意に甘えると致しましょう。目的も達成した事ですし、退屈を嫌う我が主を、これ以上お待たせする訳にもいきません』
『えー? ……まあ、良いけどさ』
 メシエがそう言うと、マカイロドゥスは少しだけ不満そうな声をあげ……しかしここにいる意味もないと判断したのか、そのまま共に大きく校舎の壁を蹴って上……屋上へと上がって姿を消した。
「待て……待ちやがれ!!」
 弦太朗の怒声も、群がる屑ヤミーに掻き消され、押さえ込まれてしまう。
 ダスタードと同様、何とか追い払う事は可能なのだが……それでも数の暴力には敵わない。弦太朗が一体を蹴散らす間に、他の場所から現れた二体が彼らの体を押さえ込み、完璧な足止めを行なうのだ。
 やがて彼らの姿が完全に消えてなくなったのを見計らったかのように、屑ヤミーは、ぴたりと動きを止め、直後その姿を「欠けたメダル」へと戻した。
 最初から弦太朗達の足止めを目的としていたのだろう。そうと分るや、弦太朗は悔しげに己の拳を握り締め……
「ちっく……しょぉぉぉぉっ!」
 日が落ち、完全に闇と化した空に向って、悔しげに吼えるのであった……
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