潜んでいるのは仮面の変人

【監・査・変・人】

「了解した。君は引き続き、彼らと共に行動したまえ」
「……ああ。分ったよ、タチバナさん」
 物陰に隠れて、朔田 流星は彼の背後で指示を出す存在、「反ゾディアーツ同盟」の「タチバナ」に連絡を取っていた。
 と言っても、それは通常の定時報告に過ぎない。これと言って大きな進展はなく、「牡羊座」……アリエスゾディアーツに進化する可能性のあるゾディアーツの存在もなかなか見当たらず苛立ちは募るが、それを表面に出す事は避けている。
 ……否、避けているつもりだった。
 それでも、語気に含まれる小さな棘と、本人も気付かぬ内に吐き出した嘆息に気付いたのだろう。「タチバナ」は冷たさを感じさせる声で、流星に向って声をかけた。
「随分と、焦っているようだね」
「……焦りもする。アリエスが見つからないどころか、当たりの連中も少ないんだ」
「だが、焦りすぎて君がメテオである事は知られないように」
「それも、分ってる」
「……では。期待しているよ」
 その言葉を最後に、タチバナからの通信は途絶えた。
 それを確認するや、流星は苛立たしげに近くの柱を殴りつけ……しかし直後、大きく一つ深呼吸をするや、その顔に人の良さそうな笑みを作って、その場を立ち去っていった。
 そして彼が立ち去ったその後に。どこに隠れていたのか、この学園の制服に身を包んだ生徒らしき人物が一人、興味深そうに自身の唇を撫でつつ、小さく呟きを落とす。
「うーん、流石にこれは財団に報告すべきかねぇ?」
 トントンとその場でタップを踏むその存在。手の中には、「M」と描かれた、大きめのUSBメモリに似た物体……ガイアメモリがある。その中でも汎用性のある「マスカレイドメモリ」と呼ばれる物だ。
 の存在、マスカレイドドーパントとしての通り名は「クーク」という。
 肩書きは「財団Xの監察官」。末端の者が扱うのと同じ「マスカレイドメモリ」を使い、自身も末端の者であるかのように振る舞っているが、実際はかなり高い地位にいるエージェントである。
 しかしながら、「己の享楽の為に動く」をモットーにしているせいか、上からのウケは一部を除きすこぶる悪い。
 綿密な計画を立てるくせに、「面白くない」の一言で、己が立てた計画を全て台なしにし、楽しかったと大笑いする……そんな存在であった。
 そんなクークの現在の仕事は、財団が学園の理事長、我望 光明へ資金提供を行なっている「アストロスイッチ」に関するデータ収集、並びに利用価値の有無に関する監査。
 その仕事の最中、偶然にも先程の流星とタチバナの会話を立ち聞いてしまったのである。
 反ゾディアーツ同盟。恐らくその名の通り、この学園の理事長である我望率いる「ゾディアーツ」に反抗する組織なのだろう。
「朔田流星。仮面ライダーメテオ。そしてその後ろにいる『タチバナ』って人かぁ……」
 タチバナ。漢字に変換するなら、「立花」か「橘」だろうか。もしかすると、「タチバナ」は偽名かもしれない。あまりにも情報が足りなさすぎる為に、敵とも味方とも言い難い。
 いや……敵であれ味方であれ、自身の享楽に繋がるのであれば何者でも構わない。
 財団自体はそうは思わないだろうが、彼らが動くか否かはクークの報告如何による。
「……ま、いっか。ここへの出資が無駄になろうと、財団にとっては然程大きなダメージにはならないでしょう」
――あるいは、もしかするとそっちにも出資してるかも知れないし?――
 口の端に笑みを浮かべ、クークは心の中でのみそう呟くと、手元のマスカレイドメモリをポケットにしまい、何事もなかったかのようにその場を立ち去ったのであった。

 ゾクゾクと身を震わせる寒さの中。ここ数日、さして大きな事件もないのを良い事に、如月 弦太朗はまだ友達になっていない生徒と友達になる為に、校内をうろうろと彷徨っていた。
 担任だった園田 紗里奈の病は弦太朗が思うよりも重い物だったらしく、彼女が退職したのだと校長が告げたのはつい最近の事だ。
「園ちゃん、命に関わる病気じゃなきゃ良いけどなぁ……」
 はあ、と溜息を一つ吐き出しながらも、彼はとぼとぼと歩く。
 「友情は病気の特効薬」とは言えど、相手は友人ではなく教師。否、相手が教師あっても恐らく彼ならば友人として接するであろうが、何分にも教員の住所は「個人情報だから」、「すでに退職した人間の物だから」という理由で一切公開されていない。
 見舞いに行きたくても家が分らないのであれば行きようがないではないか。
 もう一度溜息を吐き出しつつ歩いていると、ふとどこからか軽快な音楽が流れてきた。
「……何だ?」
 耳をそばだてて音源を捜せば、近くの校舎裏かららしい。まるで何者かに誘われるように、弦太朗は不思議そうにその音の出所へ歩みを進め、音源を見つけた。
 どうやら、淡い桃色のプレーヤーから流れている音楽らしく、その前では一人の女子生徒の姿がある。
 彼女はチア部に属しているらしく、この寒い中、ユニフォームである赤いノースリーブを纏い、金色のポンポンを持って、音楽に合わせて踊っている。
 顔に笑みが浮いているのは、「踊る者」の反射なのか、心底から踊る事を楽しんでいるのか、あるいはその両方なのか。軽快な音楽に乗せて、誰に見せる訳でもなく踊る彼女の動きに、思わず弦太朗はじっと見入ってしまっていた。
 仮面ライダー部の部長にしてこの学園のクイーンである風城美羽。彼女のダンスも魅力的だったが、目の前で踊る彼女の動きもキレがあり、躍動感に満ちている。
 やがて音楽が終わり、踊っていた彼女の動きもぴたりと止まる。その瞬間、思わず弦太朗は手を打ち鳴らし、彼女に近寄っていった。
「すげえな! お前、美羽に負けず劣らず、ダンスが上手じゃねえか」
「へ?」
 ぐい、と己の腕で額から滴る汗を拭った彼女は、まさか人がいるとは思っていなかったらしい。きょとんとした顔で弦太朗を見つめると、その一瞬後には持っていたポンポンで大袈裟なまでに顔を隠し……
「ひきやあぁぁぁぁっ!?」
「って、そんな驚く事ねぇだろ!?」
「だだ誰もいないと思ってたんだから、驚きますよ! ど、どどどどどっどちら様、ですか!?」
「俺は如月弦太朗。この学校の全員と友達になる男だ!」
 悲鳴をあげ、そして出来る限り弦太朗から離れるようにして逃げた彼女に、弦太朗はにかっと笑うと真っ直ぐに拳を突き出した。
 一方で彼女の方は、今にも泣き出しそうに顔を歪め、ポンポン越しにチラチラと弦太朗の顔を伺い見ている。プルプルと震えているように見えるのは、弦太朗の「スカジャンの下に短ランにボンタン、おまけにリーゼント」なる、所謂「バッドボーイ」と呼ばれる外観のせいだろうか。
 弦太朗本人は、外観からは見合わない人懐っこさと熱さを備えた「良い奴」なのだが。
「学校の全員と……友達……?」
「おう。だから、お前とも友達ダチになる。なあ、名前は?」
孤桜こおう……けい、です」
「へえ、京か。俺の事は弦太朗で良い。よろしくなっ」
 今にも泣き出しそうな声で答えを返す彼女に、弦太朗はうんうんと頷くと、そのまま敵意などないと言いたげに手を差し出す。
 友達になるにはまず握手……触れ合う事から始めるべきだという信念からの行動なのだろう。
 しかし京の方は、差し出された手をポンポン越しに見るだけで、取ろうとはしない。むしろ、余計に体を縮めてビクビク、ぶるぶると震えるだけ。
 それを訝しく思ったのか、弦太朗は不思議そうな表情を浮かべると、もう一歩分、彼女との距離を縮め……しかし次の瞬間、彼女はブンブンと首を横に振りながら弦太朗の脇をすり抜けた。
「友達、なんて……無理です、無理っ! 絶対に無理ですぅぅぅっ!」
「お、おい!?」
 引きとめようと手を伸ばしたものの、脱兎の如く駆け出した彼女に触れる事は叶わず、その手は虚しく空を掻くだけで終わる。
 残されたのは彼女が踊るのに使用していたプレーヤーと、困惑顔の弦太朗、そして偶々通りがかったらしい、白衣を着た教師だけ。
 教師の方は、口にシガレットチョコを咥え、きょとんとした表情で逃げていく京の後姿を見つめていたのだが、すぐに何が起こったのかを把握したらしく、カリカリと自身の後ろ頭を掻きながら弦太朗の側に歩み寄った。
「なあ如月。さっきの、三年の孤桜さんだよな」
「ああ、灰猫センセ。いや、ダチになろうと思って声をかけたら、今の勢いで逃げられちまって……」
 咥えていたシガレットチョコを口から離し、教師……数ヶ月前からこの学園で化学の臨時講師をしている灰猫 弓に問われ、弦太朗は困惑その物の表情で彼の顔を見やる。
 顔の造形が良い為なのか、弓は女子生徒からの人気が高い。男子からも頼れるお兄さんのように扱われている事が多い。
 現に、弦太朗も彼を「教師」という目では見ていない。それは弓が……否、「彼ら」が持っている秘密を知っているからと言うのもあるが……それ以前に、彼があまり教師扱いされたがっていない事を見抜いていたからかもしれない。
 形式上は「先生」と呼びはしているものの、友達の延長のような存在に思っている。
 弓もそれで構わないのか、然程気にした様子も見せず、やれやれと言いたげに溜息を一つ吐き出した。
「……如月、お前もう少し自分の格好が一般的に怖い印象を抱かせるって事を自覚した方が良いぞ」
「えぇっ!? 俺のどこが!?」
「全部だ、全部。俺も他人の事を言えた義理じゃあないけどさ、もう少し見た目整えれば、充分モテるだろうに。勿体ない」
 僅かに苦笑を浮かべ、まるで煙草の煙を吐き出すかのような仕草を取った。繰り返すが、咥えているのはシガレットチョコであるにも関わらず、だ。
 それなのに、本当に煙を吐かれたような気がして、弦太朗はちらりと迷惑そうに弓の顔を見やり、一方で弓の方はニヤリと悪人のような笑みを浮かべた。
 「教師」としての仕事をしている彼は、決してそういった笑みを浮かべない。弓と派閥を二分する臨時講師の彩塔 硝子が「エセホスト」と評す程、嘘くさいまでに爽やかで人当たりが良いのが彼の特徴だ。
 弦太朗に対してそう接して来ないのは、恐らく「演じる必要がない」と判断してもらっているからなのだろう。それは嬉しいようなくすぐったいような、何とも言えない感覚ではある。
「……っつっても、孤桜さんのアレはお前に限った事じゃないからなぁ……」
「そうなのか?」
「ああ。俺も担当してる訳じゃないから、詳しい事は良く分らないんだが、極度の人見知りらしくてな。詳しく知りたければ風城さんに聞くと良い。彼女はチア部だし、それにクラスも一緒のはずだ」
「そっか。サンキュ」
 全ての生徒と友達になる。その為にはまず相手の事を知らなければ始まらない。人見知りだと言うのならなおの事、友達になって話をたくさんしてみたい。
 それに……これはちょっとした野望ではあるのだが……彼女と美羽が一緒に踊っている所も見てみたいと思うのだ。咄嗟にポンポンで隠してはいたが、存外に可愛らしい顔立ちでもあったし。
 美羽が「女王」なら、京は「王女」といった雰囲気だろうか。踊っている時の彼女は、心底楽しそうだった。
 そんな風に思いを馳せていると、校舎の角からひょっこりと一人の青年が顔を出した。
 雰囲気はライダー部の一年生部員、JKに似ているだろうか。カラフルなシャツに、長めの髪は金に近い茶に染められており、背は弦太朗よりも少しだけ高い。ヘッドフォンを首から提げ、左手には黒いプレーヤーを持っている。
「あれ? やっほーゲンタロ。おっと、灰猫っちも一緒にゃ?」
「こんにちは、古道こどう君」
「よお、伴都はんとじゃねえか。お前もここでダンスの練習か?」
「イエス! ブレイクダンスは練習しておくに限るからね! それにここ、結構練習には良い場所なのだ。窓ガラスが鏡代わりになるし、場所広いし、何より人目につかないにゃ」
 古道 伴都と言うらしいその生徒は、右手を招き猫のように己の顔の横に上げながら、彼らに説明をする。
 伴都やJKは、学園内では「遊び人」と言うカテゴリーに分類される。一見すると軽薄で、顔が広く、そして誰に対しても然程物怖じしない。世間一般で言う「がり勉」……あるいは学園内で「ブレイン」等と呼ばれる存在からは嫌悪の眼差しで見られる事が多いが、話してみると気の良い連中が多い。
 伴都もまた、弦太朗の「友達」の一人だ。「遊び人」のグループの中でも、取り分け「ブレイクダンス」を好む一派のリーダー格で、夢は一流のダンサーになる事だと聞いている。
「んー、それにしても、灰猫っちは相変わらず堅いにゃぁ。もっと人生楽しく生きなきゃ」
「堅いかな? どこかの誰かからは、『エセホスト』のみならず、最近では『結婚詐欺師』とまで呼ばれているんだけど」
「え、灰猫っちと彩塔チャン、まーだ仲悪いの?」
「あちらが突っかかって来るんだよ。俺としては、仲良くして欲しいと思っているんだけどなぁ」
 伴都の言葉に、弓がアハハと乾いた笑いと共に言葉を返す。
 灰猫弓と彩塔硝子。彼らは赴任してからずっと仲が壮絶に悪い間柄として生徒の間では知られている。そのきっかけは、弓がデートに誘ったのを硝子が無下に断ったからだとも、硝子が淹れた茶を弓が散々コケにしたからだとも、あるいは双方共に「相手の事を受け付けない」からだとも言われている。
 とは言え、今や何がきっかけなのかは問題ではない。実際顔を付き合わせれば互いに厭味の応酬を繰り返し、いまや「エセホスト」と「猫かぶり」は彼らの代名詞として定着してしまっている。
 ……だが、実際の二人の関係が、そんな険悪な物ではなく、むしろベッタベタに甘い関係……恋人であるという事実を、弦太朗は知っている。そして、彼らが「表向きの敵対」を演じている事に、何かしらの理由があるらしい事も。
 それもまた、大人の事情と言う奴らしく、はっきりとは教えてくれないが。
 だが、伴都はそんな「事実」など知らない。ただ、我関せずと言いたげにひょいと肩をすくめるだけだった。
「ま、僕は楽しければそれで良いから、別に良いんだけど。あ、それよりゲンタロ。この間よーやく星女セージョで一番ガードが固いと言われていた、ノエルちゃんの連絡先をゲッツ! 合コンの約束を取り付けたナリ!」
「マジか!?」
「マジ。ってな訳で、近日中に皆で星女の子と合コンに行くにゃりヨ~。星女の『三姫』揃い踏み確定だから、男連中が張り切ってるにゃ」
 そこはやはり「遊び人」と言うべきか。この天ノ川学園高校から駅三つほど向こうにある星雲女子学園高等学校……略して星女の生徒の連絡先を手に入れたらしい。
 共学に通う男子生徒からすれば、女子校の話は興味の対象なのだろう。
 ……「道に空き缶が落ちていたら」と呼ばれる有名な話があり、その中で女子校は三種に分けられる。
 一つは参考書を読んでいて全く空き缶に気付かない「お勉強タイプ」。一つは拾ってゴミ箱に捨てる「お嬢様タイプ」、そして最後の一つが、「よし、缶蹴りしよう!!」と言って遊びはじめる「お転婆タイプ」。
 星女がどれに属するのか、恋人のある身である弓には然程興味もないが、「女子校」というブランドだけで見ていると痛い目に合うぞと心の中でのみ呟きつつ、生温かい目ではしゃぐ彼らを見やった。
 ……そして、弓とは別に。弦太朗達に向って冷ややかな視線を投げる生徒が一人、伴都が現れたのとは逆方向から姿を見せた。
「相変わらず煩い男だな、伴都」
「おっつーアート。にゃに? 僕の事気になっちゃうカンジ? でもごめーん、僕、女の子の方が好きなんだよねー」
「お前のその馬鹿げた台詞は聞き飽きた。言っておくが、僕も人並みに女子の方が好きな、健全な男子だ。それから、僕の名は『魁雅かいが』であって、『アート』じゃない。僕の名と『絵画』をかけて『アート』と呼ぶのをやめろと、何度言えば覚えてくれるんだ?」
 「魁雅」と名乗ったその青年は、眼鏡の奥で軽く眉を顰め、この上なく深い溜息を吐きながら軽口を返す。
 かっちりと崩される事なく着られた制服と、彼の手元にある参考書から察するに、「ブレイン」と呼ばれる頭脳派の集団にカテゴライズされる人物なのだろう。
 とは言え、ガチガチに堅苦しい生徒という訳でもないのだろう。返って来た答えはどことなく楽しそうに聞こえなくもない。
「なあ伴都、あいつは?」
「んにゃ? ゲンタロはまだ知らない? 袖井そでい 魁雅って言って、僕の幼馴染。僕と同じ一年」
「……ただの腐れ縁だ」
「まったまたぁ~。小、中、高とこの十年間、ずーっと同じクラスの仲じゃないか~」
「言っておくが、そこに幼稚園の年少、年中、年長も入るから計十三年だ。……ああもうっ、抱きつくな鬱陶しい。おまけに見た目にキモい」
 がばっと腕を広げ、真正面から抱きついてきた伴都に、魁雅も慣れているのかべりっとその体を引き剥がし、心底鬱陶しそうに言葉を返す。
 確かに、十三年の付き合いは「腐れ縁」と呼んでも構わないだろう。そうなるともはや親友というよりも相棒に近い。阿吽の呼吸、ツーカーの仲。そんな表現がしっくり来るような間柄に見える。
 性格が全く異なるからこその関係なのだろう。そう思うと何だかひどく微笑ましく見えた。
「俺は如月弦太朗だ。よろしくな」
「袖井魁雅です。……よろしくお願いします」
 差し出された手を軽く無視しつつ、魁雅はぺこりと頭を下げる。無視する、という言い方は正しくないのかもしれない。何しろ、彼の右手は伴都の襟首を掴んでいるのだから。
 だからといって左手で握手をするのも無礼に当たると思ったのだろう。だからこその会釈だと、弦太朗も気付いた。
「申し訳ありませんが、そこの馬鹿を借りても良いですか? 大事な話があるので」
「にゃっ! やっぱり愛の告白!?」
「…………いい加減にそのボケから離れんとはったおすぞ、伴都。何なら『あの事』を学年全域に公開しても良いんだが?」
「にゃー、嘘うそ、冗談だってば、アート。そんじゃゲンタロ、またにゃ~」
「『魁雅』だっ!!」
 ずるずる~っと魁雅に引き摺られ、去っていく伴都達を見送りながら弓は苦笑を浮かべ、弦太朗は楽しそうな笑みを浮かべた。
 十人十色と言うけれど、本当にこの学園には色々な人間がいて面白い。友達になり甲斐がある人間ばかりだ。
 先の袖井魁雅とも、きちんとした友達になりたいと思うし、逃げられてしまったが孤桜京とも友達になりたいと思う。
 うん、と伸びをして、弦太朗が当面の方針を見出そうとしたその瞬間。
 隣に立っていた弓の顔が真剣な物になったかと思うと、次の刹那には弦太朗の腕を引いて大きく右に飛んだ。
 唐突の事でバランスを崩し、弦太朗は引っ張られるまま右へ移動し……そして更に次の瞬間、今まで自身の体があった場所を、何かが通り抜け、後ろの壁に「突き立った」のを見た。
「うわっ! 何だこれ……矢!?」
 そう。それは鋭く尖った鈍色の矢。弓に引かれなければ、おそらくその矢は自身の心臓に当たって、今頃は冷たい骸と化していただろう。
 そう思うと、弦太朗の背に冷たい物が走る。
「ちっ。風切り音が聞こえたと思ったらこれか。如月、怪我はないな?」
「ああ。灰猫センセのお陰でな」
 自分には聞こえなかったが、弓の耳には矢を射る際の音が聞こえたらしい。忌々しげに吐き出された言葉に、弦太朗も緊張を含んだ声で答えながら、ベルトを腰に巻きつけて周囲を見回す。
 矢の飛んできた方角に目を向ければ、そこにはどことなくムカデのようなデザインが入った異形の姿。
 体には「Y」の字を寝かせたような形で球状の飾りが並んでいる。そして両の手首にはぐるりと囲むように鈍色の矢が付いている。
「どうやら、こいつがそこの矢の持ち主らしいな」
 ちらりと一瞬だけ背後の矢に視線を巡らせてから、弓が低く唸るように呟く。
 弦太朗も、それに無言で頷くと真っ直ぐに相手を睨むように見つめている。相手は間違いなく「アストロスイッチ」と呼ばれる物で変質した、「ゾディアーツ」と呼ばれる異形だ。ならば、対抗できるのは同じくアストロスイッチの力を用いた者である「仮面ライダーフォーゼ」か「仮面ライダーメテオ」のどちらかであろう。
 弓にもアストロスイッチとは異なる「戦う手段」がある事は知っているが、だからと言って頼って巻き込む訳にも行かない。
『……悲しいけど、フォーゼとメテオを殺せば、認めてもらえるんだ。だから……殺すよ、フォーゼ』
 機械で加工されたような奇妙な声でそう言うと同時に、相手は弦太朗に向って真っ直ぐにその腕を伸ばす。そして次の瞬間、腕に付いていた矢が一斉に彼めがけて放たれた。
 距離と速度、そして矢の本数から、かわす事は不可能と判断したらしい。即座に弦太朗は腰のベルトのレバーを引くと、白い戦士……フォーゼへと変身した。
 変身の際に生まれる風圧で、矢は散り散りに飛ばされ、フォーゼに当たる前に地面に落ちる。
「宇宙、キター!!」
 ぐっと伸びをして、アストロスイッチを通して身体を巡るコズミックエナジーを感じてそう言うのは、最早彼の癖と言って良いだろう。
 直後、彼は右の拳を真っ直ぐに相手に向けて突き出すと……
「仮面ライダーフォーゼ。タイマン張らせてもらうぜ!」
 その宣言と共に、彼はゾディアーツをここから……正確には弓から離すべく突進する。
 そんな彼の意図に気付いたのだろう。弓は僅かに悩んだ素振りを見せるが……
「生徒同士の喧嘩に、教師は手出し不要……か」
 苦笑を浮かべつつ、その場から離れていく弓の気配を感じながら、弦太朗は躊躇なく相手に向かって攻撃する。
 彼の存在の狙いが自分だと言うのなら、弓を追いかけるような真似はしないと踏んだのだが……その予想は正しかったらしい。相手もどこかへ向かって駆けていく弓を黙って見送ると、再びフォーゼに向ってその手を突き出したのであった。
 そして、そんな彼らの戦いを。屋上から見下ろす影があった。
 多足類を連想させる白い模様の浮かぶ黒い面を持つ異形。手は黒い手袋をしているが、着ている服がこの学園の制服なので色合い的にはひどくミスマッチな印象を与える。
 タタン、とその場でステップを踏んでいるそのマスカレイドドーパントは、ゾディアーツ同様機械加工されたような声で、フォーゼとゾディアーツの戦いを見下ろしていた。
『今回は矢座サジッタかぁ。うーん……結構面白い事になってるね。あのまま行くと最輝星が輝いて、ホロスコープス行きかなぁ。それならやっぱ予想通りの射手座サジタリアスあたり? それはそれで捻りがないなぁって言うか、面白くない』
 そう呟いたマスカレイドの後ろに、唐突に人の気配が生まれる。だが、マスカレイドは驚いた様子も見せず、ただ下の戦いに目を向けるだけ。
 その反応に何を思ったのか、気配の主……灰猫弓は、深い溜息を一つ吐き出すと、そのマスカレイドに向って、心底嫌そうな表情を浮かべて声をかけた。
「……おいコラこの制服着たマスカレイド」
『うん? にゃにかにゃ?』
「『何かな』じゃないだろ。そもそも可愛くないから、可愛い子ぶるな、クーク」
『大当たりー。よくボクがクークだって分ったね~』
 マスカレイド……クークはそう言うと、弓に向ってパチパチと拍手を送ってからくるりとその場でターンを踏む。
 「仮面舞踏会の記憶」を記録しているメモリを使っているからなのか、はたまた単純に本人が踊る事が好きなのかは定かではないが、常にクークは踊っていて止まることは滅多にない。
「わからいでか! スタタンスタタンと奇妙な足音立てるマスカレイドなんぞ、お前しかいないだろ! 大体、どうしてお前が制服着てやがる?」
『ん? 学校の中にいるのに、この方が違和感ないでしょ? きちんと学校指定の制服を着てる訳だし、校則にだって違反してないよ?』
「マスカレイドの顔で天高の青ブレザーは違和感だらけだ! 百歩譲って潜入の為って理由で制服着ている事を納得してやるとしても……何で着ているのが女子の制服なんだ」
 そう。クークは天高の制服を着ている。学校指定の、青いブレザーに、黒と赤のチェックのスカートと言う、女子の出で立ちで。
 ご丁寧に学園指定の黒ニーハイまで履いているのだから、なかなか本格的な女子生徒の格好だ。
『そりゃあ勿論、着たかったからに決まってるじゃないか!! どう? 似合う? 絶対領域には気を使ってるんだよ、これでも』
「……お前それ、まじめに変態だぞ。既に変人の域を超えてる」
『酷いなぁ。良いじゃないか、スカートを履いたマスカレイドがいたって。プンスカ』
「だから、可愛くない」
『あ、酷い。オトメゴコロは、今深く傷付いたのだ!』
「…………乙女……? いや、突っ込んだら限がないな」
 何かどこかを諦めたように遠い目をして言うと、弓は真剣な表情を浮かべてクークの隣に並び、ポケットから新しいシガレットチョコを取り出して咥える。
 視線の先にはフォーゼとサジッタゾディアーツの姿があり、互いに一歩も退かぬ戦いを展開している。
「とりあえず、この間の……『蛇』の件の百万は確認した。正直、もう少し出して欲しいところなんだがな、俺としては」
『ボクのポケットマネーだから、無理。アレでも精一杯出したんだよぉ?』
「言ってみただけだ。……生活にはそれ程困ってない」
 ガリ、とシガレットチョコを齧り、その長さを短くしつつ、彼はどことなく苛立った様子でサジッタに視線を固定する。
 弓自身、己が戦う際に弓矢を使う事が多いせいか、彼の存在が放つ弓の攻撃に躊躇がない事を理解する。
「それより……まだ居やがるんだな、ああ言った『スイッチを使った怪人』」
『ま、この学園その物が実験場であり、ゾディアーツの幹部養成場でもあるからね。まだ現れていない幹部……『ホロスコープス』の連中を見つけるのに、躍起なんだよ』
「ホロスコープス?」
『通称『マント付き』。君も会った事あるでしょ? スコーピオンとかリブラとか』
「……アレか」
 以前見かけたスコーピオンとリブラを思い出してか、弓の顔がきゅうっと歪む。
 それを見て、クークはあははと楽しげに笑い声を上げた。
 とことんまで嫌な性格をしているせいか、弓のああいった嫌そうな顔を見るのを好んでいる節がある。
「アレは、依頼の対象外か?」
『お金は出ないけど、干渉もしない。どーせスコーピオンは帰って来れないみたいだし、ぐっちゃぐちゃに引っ掻きまわせば良いと思うよ』
 下ではサジッタが逃げた事で戦闘は一応終了したらしい。
 そうなるとこの場にはもう興味がなくなったのか、タタンタタンとステップを踏みながらそう言うと、クークは弓から離れ、校舎内へつながる唯一の出入り口にその身を置く。そしてそのまま優雅な仕草で一礼をし……
『そんじゃ、またにゃ~』
 そう言って、その場から姿を消したのであった。
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