明瞭な夢、曖昧な現実

【その9:けす ―決別―】

「ユウスケ……?」
 呆然と。
 士は変身を解き、今までユウスケがいた場所を眺めながら、彼の名を呼ぶ。
 ……消えたなど、何かの冗談に違いない。ユウスケの事だ、ひょっこりと「何て顔してんだよ、士」とか言って現れるに違いない。
 そう思いたいのに、本当に跡形もなく消えている。
 最悪の想像が彼の脳裏をかすめ、それを振り払うかのように士は声を荒げて彼の名を呼ぶ。
「おい、どこ行った、ユウスケ!?」
「小野寺さん!? 返事して下さい!」
「そんな馬鹿な!?」
「……まさか、小野寺は……」
 士ほどではないにしろ、加賀美や橘も混乱したようにその場に駆け寄り、周囲を見回す。
 二体のグロンギも、ユウスケの痕跡すらもないそこに、彼らは悔しげな表情を浮かべるが……玄金だけは、滅多に浮かべない真剣な表情でユウスケがいた大地に触れると……静かに言葉を放った。
「いや……恐らく、異なる世界に飛ばされたんだ。……彼だけね」
「何!?」
「僅かだけど、歪みを感じる。多分、さっき雄介君達が砕いた『石』の欠片による作用なんだろうけど……それが働いたのが、偶然なのか必然なのかまでは分らない」
 低く唸りながらも、彼は真剣な表情のままそう呟く。
 それは、周囲に向けられた言葉ではなく、自身に向けられた言葉なのかもしれないが。
「なあ、小野寺は生きてるんだよな!?」
「それは……僕には何とも言えないよ、新君。僕だって万能じゃない」
 襟首を掴まれながら、それでも玄金は冷静な声で加賀美に言葉を返す。
 加賀美とて、分かっている。今の自分の行為が、八つ当たりである事くらいは。だが、それでも、当たらずにはいられない。
 ……折角仲間になれると思った人物が、目の前で消えてしまった。おまけに行方どころか生死も不明。それは、ある意味目の前で仲間が死んでしまう事よりも、更に残酷な事なのかもしれない。
 そんな、落胆の空気が流れ始めたその瞬間。空気を壊すような、間の抜けた電子音……と言うより着信メロディーが、玄金の白衣のポケットから流れた。
「あ、ごめん電話。……はい、もしもし……」
『おい、玄金武土』
「スーちゃん!?」
 電話の向こうから、不機嫌この上ない女の声を聞きとめるや否や、玄金は驚いたように声をあげる。
 彼の持つ携帯電話は、時の列車に備えられている電話を応用して、異なる世界間でも扱えるようにした代物であるが、そんな事はこの際どうでも良い。
 玄金が驚いたのは、余程の事がない限り電話などかけて来ない仲間……自分達とは異なる「危機」の対処をしているはずの存在が電話をかけてきた事の方であった。
 電話の向こうの「白い独裁者」は、呆れたように溜息を一つ吐くと……刺々しい声で玄金に言葉を放つ。
『貴様のドジのお陰で、仕事が一つ増えた。どうしてくれる、この阿呆めが』
「へ?」
『だから。小野寺ユウスケがこちらに飛んできた、と言っている』
 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
 しかし、それが言葉通りの意味だと理解した時……彼は一瞬だけ、安堵の笑みを浮かべ、直後には驚いたような……それでいて、いつもの底の見えない笑顔になった。
「……マジで!? ユウスケ君が!?」
 玄金のその声に、会話が聞こえていない他の面々は思わず彼の方を見やる。
 今、この男はユウスケと言った。
 しかも驚いたような声で。ひょっとすると、電話の向こうの人物は、ユウスケの安否を彼に伝えているのかもしれない。
 そう思うと、彼が電話を切らない事がもどかしかった。
『こちらの仕事が終わり次第、『十番目』の元へ連れて行く。これは推測だが、貴様らの仕事を、『奴ら』が黙って見ているとは思えんのでな』
「ありがとう! だから風虎ちゃんって大好きさ!」
『死ね』
 冷たい言葉と、それに見合った冷徹な声。その直後には、ブツンと容赦なく電話が切られた音。
「うわーん、切られたー」
「おい、今お前、ユウスケがどうのって言っていたな!?」
「あ、うん。彼は無事だって。僕の仲間の元に飛ばされたらしいよ」
 加賀美に代わり、今度は士が彼の胸座を掴み、責めるように問い、それに返ってきた答えに、全員がほっと安堵の溜息を漏らす。
「良かった……小野寺さんは無事なんですね」
 変身を解き、五代は安心したようにそう呟きながらその場に座り込む。
 他の面々も同様にその場に座り込んだ。
 ……無事でいてくれるなら、それで良い。そう思いながら……

「よっしゃ。一つ目、ゲット」
 暗く深い闇が広がる洞窟で。
 紫色の石を掲げつつ、赤毛の少年は小さくガッツポーズを取りながらそう呟く。
「あいつらが囮役を買ってくれたお陰で、俺も仕事がやりやすいってモンだけど……」
 輝くその石を見つめつつ、彼は足元に転がる翼竜のような怪人を足で踏みつける。
 まだ息があるらしい。踏みつけられ、そいつは女のような声で呻く。いや、女そのものと言うべきか。顔はてらてらと奇妙な光沢を放っており、白い髪を振り乱してはいるが、それなりに美人の部類に入る。
 ……勿論、「顔だけ見れば」の話だが。
「貴様、よくも!」
「はぁ? 質の悪いレプリカの石を使って、グロンギ復活させときながらよく言うぜ。お前なんか、『地の石こいつ』がなけりゃ、ただの怪人じゃん」
 そう言って少年……朱杖炎雀は倒れている怪人の腹を思い切り蹴り飛ばす。
 ごっと言う鈍い音が響き、怪人は女の顔から低い呻き声と血を同時に吐き出した。
「なあ、ビシュムさんよぉ。殺される前に教えな」
 どちらが悪人なのか、分からないような構図。
 なまじ、怪人……いや、「大怪人」の肩書きを持つビシュムを足蹴にしている存在が少年の姿なだけに、見ている者がいれば何とも言えぬ恐怖を感じられた事だろう。
「『十番目』の両親を殺し、『地の石』の紛い物である『増幅器』を妹である門矢 小夜に渡して『ビシュム』に仕立て上げた。それが失敗したら、今度はこの世界で二人の〇号を蘇らせ、この世界を滅そうとした……そうだな?」
「だったら……何だと言うの?」
 フン、と鼻で笑うビシュムに、朱杖はもう一度彼女の腹部に蹴りを入れる。
 見た目以上に威力があるのか、ビシュムは蹴られた腹部を押さえ、その場にのたうつ。その口の端からは、血がひたすらに流れ落ちている。
 そんな彼女の様子を気にする気配もなく、朱杖は悪人その物の笑みを浮かべ、彼女の髪をぐいと引っ張ってその顔を無理矢理上げ……何の感情もない声で、更に問いかける。
「それをアンタに命令したのは、誰だ?」
「それを聞いてどうする?」
「気にいらねえから、どんな手を使ってでもぶっ潰す」
 言いながら、朱杖の目が楽しげに細められる。彼の底に潜む残虐さで、その目は爛々と輝いていた。
 見上げていたビシュムが、それに気付いていないはずはないのだが……彼女も「組織ゴルゴム」の大神官として名を連ねた事のある身、そう簡単に口を割るまいと歪んだ笑みを浮かべる。
「ならば、絶対に答えるものか」
「あっそ。だったら良いや」
「何? ……あぐぅっ!」
 掴んでいた髪を離し、その頭を躊躇なく踏みつける朱杖。
 ……その顔に浮かぶは、愉悦と嗜虐の笑み。彼は、現状を楽しんでいた。
「アンタの他に、まだ二人残ってるもん。そいつらをいたぶって聞けば良い」
 それだけ言うと、彼はにんまりと笑う。楽しそうな顔とは対照的に、その目だけは、これっぽっちも笑っていないが。
「消え失せろ。偽りの預言者」
 彼の、その言葉と同時に。
 翼竜の怪人、ビシュムと呼ばれたそいつは、その身から炎を上げる。
 高温を示す、蒼白い炎。それが、瞬時に彼女の身を包み、悲鳴を上げる暇すら許さず、その身を灰へと変えていく。
「さて、残る石は三つ。まだまだ先は遠いなぁ……」
 燃え落ちる彼女には、もはや何の関心もないかのように、朱杖は嫌そうに吐き捨てると……チャリ、と自分の懐に、紫の石……「地の石」と呼ばれるそれをしまい、洞窟の外へ向かって歩き出す。
「次は、『海の石』かねぇ?」
 彼の呟きは、ただ洞窟を反響して……そしてやがて、元の静寂を取り戻した。

「そうですか、ユウスケが……」
 落胆したように言ったのは、玄金に迎えられて士達と合流した夏海だった。
 ハナも幾分がっかりしたような表情を浮かべているが、生きていると分かっている分、心に余裕があるらしい。
「……どうやら僕達のやるべき事は『グロンギの完全壊滅』だったみたいだね。もう先に行かなきゃいけない」
 言いながら、空気の読めないその男はゼロライナーを呼び、自分の後ろに控えさせる。
 ……後日、この世界の新聞に、「怪奇! 空を舞う列車!」と言う見出しで記事になるのだが、そんな事を思ってもいないらしい。
「ユウスケ君の件なんだけど、僕の仲間の一人が送ってくれるって。でも、それがいつになるかは分からない」
「すまない。小野寺を探せなくて」
 深々と頭を下げる橘を見つめ、一瞬だけ士は苦しそうに顔を顰める。彼らには彼らのやるべき事がある。それが分かるだけに、無理は言えない。そう、分かっていたから。
 だが……すぐにいつもの仏頂面に戻ると、彼は一つ、溜息を吐いた。
「おい、そこのハガネ。俺も、お前らの旅に連れて行け。途中でユウスケと会うかもしれないだろ」
「……ああ、確かにその可能性はなくはないね最終目的地はある意味ユウスケ君がいるはずの場所だし、良いよ。それと、僕はハガネじゃなくて『玄金』」
 唐突な士の提案……と言うか命令に驚いた様子もなく、むしろあっさりと同行を許可する玄金。もう少し悩んでも良いようなものだと思うのだが。
 そんな玄金の言葉の方に、ハナ達は驚いたが……士の気持ちも分かるのか、特に抗議するでもなく黙って彼らのやり取りを眺めた。
「ただし、ナツミカンと爺さんはここに置いていく」
「な……何言ってるんですか!? 私も行きます!」
「俺達がこいつと同行して、ユウスケと入れ違いになるかもしれない。そうならないように、お前がユウスケを迎えろ」
 ついでに、文句も言っておけと付け加え、士は迷う事なくゼロライナーに足をかける。
 ……彼の言葉に納得したのかどうかは分からない。だが、夏海は小さく……だが、力強く頷くと、真っ直ぐに士を見つめて、きっぱりと言葉を放った。
「……絶対、帰ってきて下さいね」
「何だ、俺の心配でもしてくれるのか?」
「違います。現像代やフィルム代、ついでに家に居候している際の食費なんかを支払ってもらってません。だから、帰ってきてもらわないと困るんです」
 あまりにも現実的なその要求に、一瞬橘達はがくりと肩を落とすが……すぐに、気付く。それが彼女なりの、彼に対する精一杯の応援だと。
 単純に「心配してる」と言うよりも、現実的な応援。それこそが、彼女が待つ日常なのだ。
「……だから、帰ってきて下さいね。待ってますから」
「ああ。行って来る」
 軽く自分のカメラを持ち上げて、そう士は軽く笑うと……その身をゼロライナーへと滑り込ませた。
 全ての乗客が乗り込んだ後……ゼロライナーは再び宙を滑り、次なる世界へと向かって行った。
 ……次の舞台の「渋谷」がどうなっているのか……全く予想もせずに。
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