明瞭な夢、曖昧な現実

【その8:くろい ―苦界―】

 一瞬、その場にいた全員が「夜が来たのか」と思った。
 だが、すぐにそうでない事に気付く。何故なら、先程まで太陽は中天を差し掛かっていた所だったし、今もまだ、闇の中で太陽は光っているからだ。
 深い……漆黒よりもなお黒く暗い闇が、彼らの前で徐々に収束し、形を取る。
 形は二つ。二つとも、人とは似て非なる影。
「一体、何が……」
 警戒したように呟きつつも、橘はギャレンラウザーの銃口を油断なく「闇」へ向ける。本能的に理解したらしい。その「闇」が孕む、圧倒的な「悪意」を。
「……嫌な予感、的中。『隠者』とは、ちゃんと和解は済んでると思ったんだけどなぁ……」
 最初にその闇の正体に気付いたらしい玄金が、両腕を広げ、ハナと夏海を守るようにして彼女達を背に回す。
 しかしそれでも分かる。闇の奥に潜む、寒気を覚える程の殺意と悪意が。
 玄金と言う一種の「壁」に守られた二人ですら分るのだ。仮面ライダーと言う鎧を纏っているとは言え、闇の近くにいる五代達には、もっと鮮烈に感じられている事だろう。
――こんなの……怖いです――
 本能的な恐怖に思わず目を瞑り、夏海が心の内で呟いた瞬間。収束を終えた闇はその役目を果たしたのか、生温い風と共に霧散した。
 その闇が退いた後に立っていたのは、二体の異形。
 一方は白い鍬形、もう一方は赤い狼のような姿。
 それを見た瞬間、全員が驚きの表情を浮かべる。特に、五代とユウスケが。
 そんな彼らなど気に留めた様子もなく、赤い狼は自らが存在している事を確かめているかのように、両手を握ったり開いたりして呆然と呟く。
 人間と同じ言語で。
「何故、殺されたはずの俺が甦った?」
 赤い狼……この「クウガの世界」におけるグロンギの王。名をン・ガミオ・ゼダ。
 かつてこの世界に「究極の闇」……人類のグロンギ化をもたらした、最悪の存在。
 そして、白い鍬形もまた驚いたように……だがそれを上回る楽しげな声で、呆然と立ち尽くす五代達に言葉を放つ。
「それは僕も同じかな。ねえ、どういう事か……教えてくれるよね?」
 少年のようなその声が、いかつい異形の姿には似合わない。それが逆に怖い。
 白い鍬形……五代の世界におけるグロンギの王、人間からは〇号と呼ばれていた存在。名をン・ダグバ・ゼバ。
 かつて自分の笑顔のために「究極の闇」……大量殺戮を行った災厄その物。
 二体の「最悪の災厄」が、今、彼らの目の前に並び立っていた。それも以前と、ほぼ同じ姿で。異なる部分と言えば、首から提げた紫色の欠片だろうか。
「ああ、これは『隠者』じゃなくて、そっちのせいか……」
 ぐっと拳を握り締め、玄金は彼らしからぬ真剣な表情で二体のグロンギを見つめると、心底忌々しそうに言葉を紡ぐ。
「『運命の輪』は、全ての世界の融合を諦めてなかった、か。馬鹿馬鹿しい」
 そう吐き捨てると同時に、彼は何かに気付いたのか勢い良く後ろ……夏海とハナの方を振り返ると、二人を突き飛ばすようにしてその場を離れる。
 刹那、今まで彼女達がいた空間に、一瞬だけだがオレンジ色の炎が上がる。
 ジッと空気の焦げる音が小さく響くが、それ以上燃やす物がないせいか、即座にその火種は消えた物の……もしも自分達が玄金に突き飛ばされていなかったらと思うとぞっとする。
「何よ、今の……」
「あれ、外れちゃった。凄いな、今のはちょっと予想外で楽しかったよ」
 呆然と呟いたハナに、ダグバは楽しそうに笑う。言葉から察するに、先程の火種を生んだのはダグバらしい。
 それを聞きとめるや、玄金はチイと大きく舌打ちを鳴らすと、ハナと夏海の腕を引いてその場を離れるように走り出した。
「待って下さい、どうして逃げるんですか!?」
「君も見ただろ。ダグバはガミオと違って、発火能力を持つ」
「さっきの……」
「あのままじゃ、君達は足手纏いになる。それを避ける為にも、ここは離れた方が得策だ。例え、君が『神子』で、そしてハナちゃんが『殿下』であっても。体の造りは、ニンゲンのそれと同じでしかないんだから」
「神子?」
「何よ、殿下って?」
「……こっちの話。知らないなら、その方が良い話だよ」
――逃げても、同じかもしれないけど――
 心の中でのみ呟きながらも、彼は油断なく周囲を見回し……ささやかに聞こえる水音がする方へと迷う事なくひたすら走る。
 到着したのは湖だろうか。先程のまでの深い闇でも侵食出来ない、清浄な空気が周囲に満ちている。
「ここなら、大丈夫かな」
 ふう、と一つ溜息を吐くと、玄金はごそごそと懐から二枚のカードを取り出し、彼女達の手に握らせた。
 赤い背に、トランプのダイヤのマークが書かれているが、メインとなるはずの動物の絵は書かれていない。テキストボックスには「PRISON」の文字がかろうじて書かれているが、それも消えそうなくらい薄い。
「このカード……」
「持っていて。即席で作った物とは言え、ダグバの炎くらいなら防げるはずだ。僕の力でもね。……それからキバーラちゃん」
「あら、私の事、忘れてなかったのね~」
 いつになく真剣な表情で呼んだ玄金の声に応え、どこからともなく白い色をした、蝙蝠に似た生物が彼女達の前に姿を現す。
 掌よりも小さいその存在は、長い睫を瞬かせながら、ふよふよと夏海とハナの周囲を飛び回って玄金に視線を送る。
「キバーラ! 一体どこに行っていたんですか!?」
「うふふ。ちょっと野暮用でね~」
 夏海の苦情にも似た声をさらりと流しながら、その存在……「キバの世界」からずっと夏海達と共に旅をしている「仲間」の一人、キバット族のキバーラは、するりと夏海の肩に止まった。
 そんな彼女を苦笑気味に見つめながらも、玄金は早口に言葉を紡ぐ。
「出来れば君の力は借りたくないけど。……一応、奴らの事は食い止めておくつもりだけど、万が一って事もあるからね。……この二人の事、頼んだから」
「……そうね~。私も夏海ちゃんは好きだし。その代わり、後でちゃぁんとご褒美頂戴ね?」
「はいはい分かったよ。流行色のアイシャドウを用意しておく」
 呆れたような笑みを浮かべてそう言うと、玄金はくるりと彼女らに背を向けて、元の道を駆け出したのであった。

 玄金がハナと夏海を連れて逃げた頃、白い鍬形……ダグバは視線をか弱い女子供から五代に移し、どこか楽しそうに声をかけた。
 彼女達を殺す事は、いつでも出来ると……そう判断したらしい。
「……ねえ、あの時の続きをしようよ。今度は負けないよ」
「また、あんな……」
 戦いの為の戦い。それを、ダグバは望んでいる。
 そしてそれは、五代にとっては、最もやりたくない「戦い」でもあった。
 だからと言って、このまま相手を野放しにしておけば、「異世界」とは言えこの世界はダグバによって滅ぼされる。それは、とりもなおさず他人の笑顔を奪う行為に当たる。
 やりたくなくても、やらなければいけないのであれば……五代は、戦う。自分の笑顔を犠牲にしても。
 その一方で、赤い狼……ガミオの方は、何の感情も抱いていないような瞳を、かつて自分を倒した二人の戦士に向け、静かに言葉を放つ。
 まるでそれが、彼の義務であるかのような口調で。
「全ての人間をグロンギに変える。それが、この世界が生き残る術となる。……蘇ったと言う事は、俺が世界に必要とされている証拠だ」
「グロンギ補完計画ってトコか。だがな、人間は他人の為に戦える」
 仮面の下で睨みつけながらも、士はガミオに反論する。
 その言葉を聞いていたのか、ガミオの隣に立つダグバは可笑しそうにクスクスと笑うと、少年のようなその声で言葉を続けた。
「君達は僕と同じだよ。僕と同じ、戦う事で笑顔になれる。……自分の笑顔の為に、戦うんだよね」
「ふざけるな! 五代さんはそんな人じゃない!」
 ダグバに怒声で返したのは……加賀美。
 その手は怒りに震えており、今にも斬りかからんばかりの勢いだ。
 それでも動かないのは、迂闊に動いては痛い目を見るであろう事が分かっているからか。
「まだ、出会って少ししか経ってないけど、それでも分かる。五代さんは、他人ひとの笑顔のために戦ってる!」
「小野寺さん……」
「少なくとも、お前らみたいに、自分の為だけに戦っている訳じゃない。会ったばかりだがそれくらいは分かる。……多分」
「門矢さんも……」
 ユウスケと士の言葉に感動したような五代に、後ろから加賀美と橘もぽんと肩を叩いて軽く頷く。
 ……五代は、ダグバとは違う。
 戦う事を良しとしていないのは、この戦いの中で良く分かる。
 だからこそ、言える。五代雄介は、目の前にいる異形とは違う。戦いを楽しむ存在にはならないと。
「ふぅん、つまんないなぁ。……ねえ、君達、何者?」
「通りすがりの仮面ライダーだ。……覚えておけ!」
 変身を解かず、ダグバの問いに士が答えたのが合図になったかのように……その場に、戦場の風が流れ始めた。
 最初に動いたのは、ユウスケ。
 超変身、と言う掛け声と共に、黒く尖った印象の姿へと変わる。いかつい、と言った方が良いのだろうか。金で縁取られたその姿に、加賀美はどことなく凶悪さを感じてしまう。血のような赤い目の色すらも、恐怖を抱くに足る気がする。
 橘も、その姿の持つ禍々しさに戸惑う。
 だが……ユウスケのその「超変身」に誰よりも驚いたのは五代であった。
 ……自分の予想と同じならば、面の目が「赤い」事は救いなのかもしれないが。
「小野寺さん、その格好……」
「俺の最強フォーム、ライジングアルティメットクウガです」
「えーっと……『凄まじき金の戦士』って事ですかね?」
「そう言われる方がわかんないですって」
 先程までと同じ、朗らかな声で言葉を返された事に、五代は我知らず安堵の溜息を吐き出す。少なくとも、「小野寺ユウスケ」としての自我がある。
 ……破壊を考えるだけの、グロンギのような存在になっていない事に少し安心する。「凄まじき金の戦士」であるその力を制御できる彼の精神力の強さに感嘆を覚える反面、それが折れた時の反動に恐ろしさを感じるのも確かではあるのだが。
――俺も本気でかからないと、彼を止める事はできない。でも――
 自分も、ユウスケと似た強大な力を持つ。ただしそれは、暴走の危険を孕み、自身の身の内にあるアマダムからも警告された姿だ。
 以前ダグバと戦った際は、自身の確固たる意志……「人々の笑顔を守りたい」という願いの強さ故、暴走は免れた。しかしそれは、アマダムを壊された事も、大きく関与している可能性が高い。
 以前が上手く行ったからと言って、今回も上手く行くとは限らない。暴走し、人々を巻き込む可能性が全くないとは言い切れない。
――俺は……――
 迷う五代に、いつの間に戻ってきたのか、玄金が軽く肩を叩いた。
 その顔に浮かぶのは満面の笑み。ただし、人を安心させるために浮かべられた物だと、直感できる表情だ。
「知ってる? 『凄まじき戦士』にはね、『清らかなる戦士 心の力を極めて戦い邪悪を葬りし時 汝自らの邪悪を除きて究極の闇を消し去らん』って言葉も送られているんだよ」
「え……?」
「ぶっちゃけた話、君が他人の事を案じていられる間は、暴走の心配なんてないんじゃないかって事。相手を憎む故の戦いではなく、誰かを守る為の戦いをする事が、クウガの本来の役目だから」
――誰かを守る為の戦いが、クウガの役目――
「……分かりました、玄金さん。玄金さんの言葉、信じてますから」
 ぐっと力強くサムズアップを玄金に向け……五代は、己の中にある躊躇を振り払うかのように首を横に振ると、今度は真っ直ぐにダグバに視線を向けて宣言する。
「超変身!」
 声と共に、五代の姿も変ずる。
 今のユウスケの姿と近しい印象を受ける物の、それよりは華美さに劣る。
「俺はもう一度、倒す! 皆の笑顔の為に!」
「フフ。あの時の再現だね」
 嬉しそうにダグバは言うと、発火能力を使って五代の体に火をつける。
 それに反撃するように、五代もまた、その姿が持つ発火能力で、ダグバとガミオの体に火をつけ、一気に相手に向かって殴りかかった。
「うわあぁぁぁっ!」
「あははっ……あははははははっ!」
 始まった殴り合いが合図になったかのように、思わず動きを止めていた面々も弾かれたように動き出す。
 殴られ、殴り返しながら哄笑をあげるダグバに向かって、橘が銃撃で牽制。
 ユウスケと加賀美は咆哮を上げるガミオに向かって駆け出し、自らの拳でその顔を真正面から殴りかかる一方で士が援護射撃を行う。
 だが、刹那。ガミオはやって来た黒と青の鍬形を鬱陶しそうに払い飛ばし、直後に士の体に足払いをかけ、ダグバも五代を派手に殴り飛ばした後、高らかに笑いながら橘に強烈な蹴りを喰らわせた。
「嘘、だろ……」
「前より、強くなってる!?」
 ユウスケと五代の声に、ガミオとダグバは楽しそうに笑い……倒れこむ二人のクウガを足蹴にし、踏み躙る。
「あはは……以前の僕と同じだと思っていたの?」
「この世界はもはやグロンギによって支配される事が確定している。貴様らもその礎となるが良い!」
 勝ち誇ったように言い放ち、彼らは足元のクウガ達を蹴り飛ばし、立ち上がりかけていた他の面々の脇腹を蹴って再度地に叩きつけた。
 それを見つめていた玄金が……唐突に、そして不審そうに呟いたのにも気付かずに。
「この、気配は……」
 軽く眉を顰め、まずは視線をダグバに向ける。視線を向けられている方は、少年のような声で笑いながら、楽しげに五代と橘の二人の背を踏みつけ、立ち上がらぬよう己の全体重をそこにかけているのが見える。
 その一方でガミオもまたユウスケと加賀美を蹴り飛ばし、体勢を立て直そうともがく士の腹を踏みつける。
「くっ……」
「重いんだよっ!」
 そこから逃れようと言う苦肉の策だったのか、橘と士が同時に相手めがけて発砲する。
 腹を踏まれている士はまだ狙いが付くが、背を踏まれうつ伏せの状態の橘は上手く狙いが定まるはずもない。とにかく、少しでも隙を作る事を目的とした一撃だったのだろう。
 乾いた音が響いた後、エネルギーの弾丸がそれぞれの鼻先を掠める。
「……危ないなぁ」
「くっ」
 流石に当たるのはまずいと分っているのだろう。二体はそれぞれにその場から飛び退ると、銃撃した相手を睨みながらも苦情を放つ。
 その瞬間、玄金は彼の言う「気配」の出所に気付いた。即ち……ダグバとガミオ、二人の首から提げられた紫色の欠片。この場で「蘇る」前にはなかったはずの物に。
――あれは……「彼女」が持っていた『地の石』の欠片? だけど、何でこんな所に?――
 苦々しげにその顔を歪めながら、玄金はジッと二人のグロンギ……否、その首にかかる欠片を見つめる。
 そんな玄金の様子に気付いたらしい。ユウスケと五代もまた、その視線の先にある物を見つめて顔を顰めた。
「……お揃いのペンダント……って訳じゃないよな」
「前に戦った時は、〇号はあんな物を持ってませんでした。……小野寺さん達の方は?」
「持ってませんでしたね、間違いなく」
 ゆっくりと立ち上がりながら、二人のクウガは言葉を交わす。
 なかったはずの紫の欠片。それが意味する物は何なのか。
「……こういう場合、増えた物が弱点って事が多いと思うの、俺だけかな?」
「いや、俺も新と同意見だ」
『BULLET』
『RAPID』
 頷きながら、橘は即座にカードを二枚読み込ませ、予備動作なしで相手の胸の前で揺れる石を狙い撃つ。
 その唐突な行動が読めなかったのだろう。勝てるという慢心もあったかもしれない。咄嗟の事であったが故に、二体は橘の弾丸をかわしきれないと判断したらしく、即座に自らの腕で石を弾丸から守った。
 反射的な物にせよ、その行動は彼らの仮説を裏付ける物。つまり、自らの弱点を明かしたような物だ。
「やっぱ、当たりらしいな」
「となれば、一点集中だな」
 加賀美と士、二人とも言葉を紡ぐと同時に行動に出る。
『Clock Up』
『ATTACK RIDE BLAST』
 加賀美は高速移動で二体をを翻弄しつつ斬りつけ、隙の出来たそこを士の連射が襲う。時折合間を縫うように橘の銃弾も飛び、二人のクウガは相手の真正面から相手を蹴り飛ばした。
「うっ!?」
「ぐぅおぅっ!」
 二人の黒いクウガのキックと、高速で繰り出される加賀美の斬撃、さらには合間合間で襲い来る銃弾の雨を浴びてよろめき、体勢を崩す二体。それを見て好機と捉えたのか、五人は一気に相手との距離を詰め……
『Rider Kick』
『BURNING DIVIDE』
『FINAL ATTACK RIDE D・D・D DECADE』
 まずは加賀美、橘、そして士の三人……正確には橘の「バーニングディバイド」の分身効果の為、四人分……のキックが、二体の頭部に命中する。
 大きく頭を揺さぶられた事で軽い脳震盪に似た症状を引き起こしたのか、二体は声にならない呻きを口から漏らしながらも、よろりと数歩後ろへ下がる。
 それでも、安定しない視線を無理矢理にも自身の「敵」……迫り来る「黒」へ向けるのは、戦闘種族としての本能と、その「王」としての誇りからか。
「あはははははは! 楽しいね! もっと僕を笑顔にしてよ!」
「許さん……貴様ら、許さん! この怒り、乾き……貴様らの血で贖うが良い!」
 白い「王」は歓喜の哄笑を、そして赤い「王」は憤怒の咆哮を上げながら、ぐっと拳を握り締め、二人のクウガに向けて振りぬく。
 だが、拳にスピードが乗っていない。恐らくは先程の三人の攻撃が思った以上に効いているらしい。
 ダグバの拳を五代が、そしてガミオの拳をユウスケがそれぞれ受け止め……
「う……おおおあああぁぁぁっ!」
「でぇやあああっ!」
 半ば吠えるような声をその口から解き放ち、二人の黒いクウガはそれぞれ眼前に立つ敵へ、真っ直ぐに拳を繰り出した。……その首にかかる石へむけて。
 刹那、「凄まじき戦士」の力を受けた小さな欠片が、軽い音と共に砕け散る。砕けた細かな欠片は、宙で更に小さな粒子と化し……地に着くよりも先に、風に舞って世界中へ四散した。
『ぐ……ああああぁぁぁっ!』
 石という核を失った事により、自身の形を保つ事が出来なくなったのか。二体の「王」の口からは断末魔の悲鳴が上がり、体は細かな黒い粒子となって崩れていく。
 それはあたかも、彼らを形作っていた「闇」が霧散していくように。
――これで……!――
 終わったと。彼らの姿を見て、そう判断したのが間違いだった。
「このままで、終わるものか……っ!」
「あははは……道連れに……してあげるよ」
「なっ!?」
 二人のグロンギの王は、怨嗟の篭った眼差しを、最も近くに立っていた者……「凄まじき金の戦士」であるユウスケに向け、纏わりつくように……しかし瀕死とは思えない力強さでその体を捕える。
「しまった!」
 ユウスケが慌てたような声を上げたのと同時に。決して大規模とは言えない……だが、小規模とも言えない爆発が起こった。
「うわぁぁぁぁっ!」
「ユウスケ!」
 煙と音がユウスケの姿と声を隠す。そして、それらの余韻が晴れた時……ユウスケの姿は、跡形もなく消えていた。
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