明瞭な夢、曖昧な現実

【その7:きまる ―起因―】

 グロンギサーチャーの指し示した山……地元民は「火灯山ひときやま」と呼ぶそこに到着した橘と加賀美は、先程の異形、グロンギと対峙していた。
 五体のうち一体は、先程見た時とは別の人間を抱えている。その人物が、やはり既に息絶えている事が理解でき……加賀美は悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「ゲームで人間を殺すなんて……」
「アンデッドもそうだが、連中にとって、自分の種以外はどうでも良いようだな」
 ゆらりと、橘の瞳に怒りの炎が宿る。静かな、それでいて鮮烈な怒りの炎。
 はっきりと怒っている加賀美よりも、橘のように静かに怒る者の方が恐ろしい。
 そんな二人の怒気を感じ取ったのか、グロンギ達はくるりと彼らの方を向き……
「ドドドギギドボソビ、リントグギス」
「ボソギデ、ゲゲルゾググソソガゲスバ」
「ゴゴザバ、バズロガグ」
 クックと喉の奥で笑いながら、グロンギ達は抱えていた屍を放り捨てると、ゆっくりとした足取りで二人の方へ近付いていく。
 その二人に、戦う術がある事も知らずに。
「……来ましたね」
「ああ。行くぞ新」
「了解です、橘さん!」
『変身!』
 二人の声が重なり、彼らは自分の変身モーションを取る。
 橘は腰のバックルをひっくり返し、加賀美は飛んできたガタックゼクターを掴んで腰のベルトに装着した。
『TURN UP』
 電子音が響き渡り、橘のバックルからは、緑色の、クワガタムシを模した紋様の浮かんだ光の壁が展開、近付いてきたグロンギはその壁に弾き飛ばされ、逆にそれを通った橘は赤い戦士……BOARDの開発した、最初のライダーシステム、ギャレンへと変身する。
 基本色はスーツの赤、その上を覆うようにして銀色の鎧。面の目の色は緑。どことなくクワガタにもトランプのダイヤにも見える面の形。手に持つ武器は、醒銃ギャレンラウザー。
『Henshin』
 一方の加賀美もまた、ベルトから少し低い電子音が響く。六角形の、金属で出来た細胞のような物がベルトを中心に加賀美の体を包み、「戦いの神」の二つ名を持つ戦士……ガタック、マスクドフォームへと変え、その装甲で襲い来るグロンギの一撃を受け止める。
 彼を覆う銀色の鎧。面の奥に光る赤い瞳。どことなくサナギを連想させる強固な装甲に、両肩には大口径の火器、ガタックバルカン。
 二人がその姿へと変身したその時。
 後を追うように走ってきた士とユウスケ、そして五代がようやく到着した。
「ブレイドの世界で見た仮面ライダーと、カブトの世界で見た仮面ライダー!?」
「だが、変身している人間が違う。どういう事だ……?」
 驚きの表情でグロンギと戦う二人を見つめるユウスケと士。
 それもそのはず、彼らにとってガタックとギャレンは、同居する事のない……異なる世界の仮面ライダーのはずだからだ。
 それにそもそも、彼らが自分達の知る「ギャレン」と「ガタック」の装着者ではない事も、驚きに値する。
「橘さん、加賀美さん……」
 驚く士達とは対照的に、五代の方は砲撃メインで攻撃する彼らを見やりながら、僅かに悲しそうな顔を浮かべる。
 それは、暴力で物事を解決しなければならない現状になのか、それともその手段を迷いなく選択した橘達へなのか。
 本人にもはっきりと言葉に出来ない思いを抱きながらも、すぐにその表情を消し……彼もまた決意したのか、きゅっと真面目な表情を浮かべると同時に、自らの腹部へ逆三角を描くように手を当て……宣言する。
 ……全ての人の笑顔を、守るために。
「変身!」
 五代の声に、ユウスケは思わず振り返る。
 先程の話が本当ならば、彼もまたクウガであるから。
 そんなはずはない。ないと思う。
 しかし……五代が変身した姿は、まさしく自分と同じ「クウガ」。ただ、その姿は僅かに違う。
 普段ユウスケが変身する「マイティフォーム」によく似ているが、五代の姿は施された装飾がもう少し華美であるように思う。
 黒のスーツ、赤い鎧は金色でやや太めに縁取られている。ユウスケの知るクウガとは違い、腰にあたる部分も金色で縁取られている上、右足には金色のアンクレットが光っている。
 バチリと鎧から、わずかな放電も起きている事から、ひょっとすると彼は電気の力をも扱う事が出来るのかもしれない。
――本当に、五代さんもクウガだったのか――
 そう、ユウスケが心の中で呟いた瞬間。
「赤の金のクウガで行きます!」
 五代が宣言すると、彼はすぐに橘達の側に駆け寄る。
 それを見た二人は、一瞬驚いたように息を飲んだがすぐに納得したらしい。小さく頷き、彼に声をかけた。
「それがお前の変身……クウガか、五代」
「はい。これが俺の変身。いえ、超変身です」
「俺や橘さんと違って、何と言うかこう……金属って感じはしませんね」
 それぞれに構えつつも、そんな風に言えるのは、やはり彼らが歴戦の勇士だからだろうか。
 確かに、人工的な印象を抱かせるギャレンやガタックに比べると、クウガは生物に近い印象を受ける。
 一瞬だけ和やかな空気が三人の間で流れるが、それもすぐ、襲い掛かってきたグロンギ達の攻撃によってかき消された。
「俺は……みんなの笑顔を、守りたい。だから、戦うっ!」
 言うが早いか、襲い掛かるグロンギの攻撃をかわすと、カウンターの要領で相手の顔面に拳を叩き込む。
 ……仮面の下で、辛そうな表情を浮かべながら。
「俺も手伝います五代さん!」
「小野寺さん……」
「ここは俺の世界。それなのに、俺が戦わなくてどうするんですか!」
 強い光をその目に湛え、そう言ったのは……ユウスケ。
 彼は、五代の背を守るようにして立つと、五代と同じポーズをとり……
「変身!」
 ユウスケの声にアークルが反応、何とも表現し難い音が、響き……彼の体を変質させる。
 黒地に赤、赤い瞳。クウガの基本形態……マイティフォームへと。
「赤のクウガですね」
「そんな風に呼ぶんですか?」
「あれ、そう呼ばないんですか?」
 お互いに驚いたように言いながら、それでもグロンギの攻撃をかわし、逆に攻撃を加える。
 それに触発されるかのように、橘や加賀美もまた、躊躇容赦一切なしでグロンギ達に攻撃を仕掛けていた。
「仕方ない。俺も手伝ってやるか」
 今まで傍観を決め込んでいた士も、ユウスケが参戦した事で意を決したのか、心底面倒そうにそう言い放つと……
「変身」
『KAMEN RIDE DECADE』
 虚像が重なり、実像となる。
 マゼンタ色の仮面ライダー、ディケイドとなって他の面々の輪に加わった。
 これで、数の上では五対五。勢いから考えると、互角以上の戦いが出来る。
「凄い……本当に、クウガが二人……」
 呆然と呟いたのは、草陰でその様子を見ていた夏海。その横には不思議そうな顔をしたハナと、いつの間にやら彼女達に追いついていた玄金の姿もある。
 いつも通り、何を考えているか分からない、底知れぬ笑みを湛えて。
「僕達の世界のクウガと、この世界のクウガ。本来なら出会う事のない存在が、こうやって出会う。おまけに『十番目』こと、『世界の破壊者』までいると来た。これって偶然かな? それとも誰かさんの掌の上?」
 クスと、「邪悪な笑み」と言う表現が最もしっくり来る笑みを浮かべて言いながらも、彼は視線をディケイドではなくグロンギへ固定する。
 ライダー達に殴られ、撃たれ、それでも戦い続ける、戦闘種族達に。
 その一方で、夏海は玄金の言葉を不快に思ったらしい。グロンギを見つめる玄金に鋭い視線を投げながら、彼女は半ば怒鳴るように否定の言葉を放った。
「士君は、世界の破壊者なんかじゃありません! むしろその逆です、世界を守ってきました!」
「……う~ん、ひょっとして夏海ちゃん、『世界の破壊者』の意味、間違って捉えてる?」
「え?」
「僕が言っているのは、真なる意味での事。アレ? 言ってなかったっけ?」
 グロンギに固定している視線を外す事なく、邪悪その物の笑みを浮かべたまま、玄金は夏海の反論に事もなげに答える。
 だが……彼の言葉の意味が分らない。「世界の破壊者」とは、「様々な世界を破壊する者」と言う意味を示しているのではないのか。そうでないと言うのなら、彼の言う「真なる意味」とは一体何なのか。
「君が何と言おうと、彼は『世界の破壊者』だよ。それは変わらない」
 すいと……まるで獲物を見つけた蛇のように目を細めながら、玄金は心底楽しそうに言葉を続ける。
 グロンギと仮面ライダーの戦いを、まるで楽しんでいるかのように。
「それにね、こぉんなイレギュラー、そうそうないよ? 豪華すぎて嫌な予感しかしない。そういう顔、してるだろ?」
「あんたのその顔、満面の笑みにしか見えないわよ」
「いやいや、これでも僕は不安なんだよ? 何か……とんでもない連中が、出て来そうでさ」
 彼はぽつりと呟くと、ようやくグロンギから視線を外し……ゆっくりと、闇のわだかまる遺跡の方へと視線を向けなおした。
 まるでそこに、何かがいる……いや、「ある」かのように。
「バボレ! バボンゼグゴビゾズズジソ!」
「クウガグドググジンゼガソソドバンベベザギ!」
 玄金が視線を外した瞬間、グロンギのうちの一体がそう叫ぶ。
 その言葉に、唯一彼らの言語が理解できる士が反応したが、一瞬だけ反応が遅れたせいか、五体のグロンギは自分達の思惑通りぐるりと仮面ライダー達を囲むと、一斉に攻撃を仕掛ける為、距離を詰める。
 だが……この、明らかに不利な状況下で、たった一人だけ仮面の下で不敵に笑っている存在がいた。
 ……それは……
「キャストオフ!」
『Cast Off』
『Change Stag Beetle』
 そう。まるで狙っていたかのような加賀美の宣言と共に、彼の装甲が一斉に弾け飛ぶ。
 その銀の欠片を喰らい、グロンギ達もまた大きく弾き飛ばされるが……橘達が驚いたのはそこではなく、加賀美のフォームチェンジの方であった。
 銀のサナギを連想させる姿から脱皮し、ガタックは今、青いクワガタムシへと変身したのだ。
「凄い……青になった」
「成程な、フォームチェンジか」
「はい。こっちの方が、本気で戦えますから!」
 感心したような五代と、納得したような橘に言葉を返す加賀美。それに乗せるように、士はふっと不敵に笑うと……
「それじゃあ、反撃開始だな」
『ATTACK RIDE BLAST』
 ディケイドの武器、ライドブッカーをガンモードにした上で、彼はライダーカードをセット、弾き飛ばされたグロンギ達を躊躇なく撃ち抜く。
 その攻撃をまともに喰らったグロンギが一体、断末魔の悲鳴と共にその場で爆発し、消え逝く。
 そんな士に触発されたのか、橘もギャレンラウザーを構えると、そこにカードを一枚通す。通したカードは「ダイヤの2」、その効果は……
『BULLET』
 「バレット」。ギャレンラウザーの弾丸の威力を上げるカード。その攻撃により、生き残ったグロンギがまた一体、悲鳴と共に爆散する。
「五代さん、俺達も行きましょう!」
「……はい!」
 そう言って駆け出す二人のクウガ。そしてその先には残った三体のグロンギ。
 それを眺めた士は、ライドブッカーから一枚のカードを取り出すと、小さく溜息を吐いて呟く。
「手伝ってやるか」
 その言葉と共に、彼はカードをディケイドライバーにセットする。その仮面の下で、意地の悪そうな笑みを浮かべながら。
『FINAL FORM RIDE K・K・K KUUGA』
「ちょっ……士!?」
 その電子音を聞き止め、そしてその効果によって「自分の身に降りかかる災い」を連想したらしい。ユウスケは思わず足を止めて振り、抗議の声を上げるのだが……そんな事お構いなしに士は軽くユウスケの背を叩いて……
「ちょっとくすぐったいぞ」
 士のその宣言と共に、ユウスケの姿が変形する。
 黒い、人間より少し大きめの、金属のクワガタムシと表現すればしっくり来るだろうか。
「え……えええっ!?」
「あれは!?」
「ゴウラム!」
 その姿に、加賀美、橘、そして五代の驚きの声が上がる。
 特に五代にしてみれば、見慣れた「馬の鎧」の姿と化したユウスケ……自分とは異なるクウガに、それこそ吃驚仰天と言った所だろう。
「え~っと……すみません、小野寺さん! 捕まらせて下さい!」
 真っ先にその、人体の構造を無視した変形に慣れたのか、五代はそう言うとユウスケ……否、クウガゴウラムの足に捕まる。ゴウラムにするのと同じように。
 その意志を汲み取ったのか、クウガゴウラムは五代と共に飛び上がると、空中から逃げるグロンギを追い詰めにかかる。
「それじゃ、こいつでどうだ?」
『FINAL ATTACK RIDE K・K・K KUUGA』
 その電子音に反応するように、クウガゴウラムは五代を足から降ろし、グロンギ達をその角で挟み上昇、そして急降下していく。
 その行動の意図を理解したらしい。降ろされた方……五代は小さく頷くと右足に力を集中させ……
 大きく飛び上がり、クウガゴウラムが挟んだグロンギ達に向かってライジングマイティキックを放つ。……ただし、自分のその行動に一抹の不安を覚えながら。
 一方でグロンギ達はと言うと、二つの強大な力に挟み潰された結果三体の内二体は爆発、一体は何とか生き残った物の、ダメージが大きいのか動きは鈍い。
「爆発が……小さい……?」
 ライジングマイティキックは、通常、その強大な力ゆえに、半径三キロメートルを壊滅させる程の爆発を引き起こす。五代が懸念していたのはそこだ。
 勢いで繰り出したとは言え、「赤の金のクウガ」によるキックをあの距離で放てば、周囲で戦う橘達を……もっと言えばクウガゴウラムと化していたユウスケを巻き込む可能性が高かった。
 しかし今回の爆発は、三キロどころか三メートルあるかどうかと言った威力しかない。
 自分の力が弱まっているのか、それとも何か他の理由があるのかは定かではないが、何とはなしに五代の気にかかる。
 勿論、周辺への被害が小さい事に越した事はないのだが。
「ビゲベダ……」
 状況が不利と判断したのか、残されたグロンギは、ちぃと舌打ちすると、くるりと踵を返して脱兎の如く去っていく。傷付いた体を引き摺りながら。
 しかし、重症とは言え相手を逃がす訳には行かない。これ以上放置しておけば、また無駄に人の命が散らされる事を、彼らは知っていたから。
 その中で真っ先に動いたのは、加賀美だった。
「逃がすか、クロックアップ!」
『Clock Up』
 彼が吠えた瞬間、その姿が……消える。次の瞬間には、逃げようとしていたグロンギが何かに斬られたような痕跡を残し、爆発、四散した。
「一体、何が……!?」
『Clock Over』
 呆然と呟いた橘に答えるように、電子音が再び響く。そして……グロンギが爆発したそこには、悠然と二本の刀、ガタックダブルカリバーを振りぬいた姿の加賀美がいた。
「これで、終わりかな」
「とりあえず、一難去りましたね」
 ふう、と加賀美が呟き、それに五代も安堵したように返した瞬間。
 ……辺りを、闇が覆った。
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