明瞭な夢、曖昧な現実
【その6:かくす ―仮面―】
変身を解いた二人の男を見つつ、橘は不思議そうな表情で彼らを観察する。
……正直、五代や加賀美が仮面ライダーだと言うのも信じ難い話だったが、その五代と「同じ姿」の仮面ライダーだったらしいユウスケと呼ばれた青年も気になる。
だがそんな風に思う橘をよそに、士と呼ばれていた青年はハナの頭をぐしゃぐしゃと撫で回し……
「久し振りだな、ハナマルコちゃん」
「だから、ハナです!」
撫で回す士の手をぱしりと払いのけ、不機嫌その物の……だが、見てる者には愛らしいと思わせるには充分な表情で返すハナ。
「さっきも聞いたけど、ハナちゃんはこの人達と知り合いなの?」
「あ、はい。以前ちょっと」
五代の問いに言葉を濁しつつ、ハナは困ったような表情でそう答える。
その様子を後ろで見ていた夏海も、どう説明すべきか悩んでいるような表情を浮べているし、士に至っては説明する気など皆無らしい。
詳しい説明は期待できそうにないと踏んだのか、それともどことなく気まずくなり始めた空気を壊すのが目的だったのか。ユウスケが割って入るように士の前に立つと、僅かに眦を下げて言葉を紡ぐ。
「それよりも、何でまだグロンギがこの世界にいるのかって事の方が大きな問題だよな。……ひょっとしてここは、いつか回った『ネガの世界』みたいな場所なのか?」
「それはないよ、小野寺ユウスケ君」
「うわっ復活早っ!」
深刻な表情のユウスケに答えるようにして言ったのは、無論玄金。
それに律儀に突っ込む加賀美だが、他の面々も……特に橘とハナは、頭痛を堪えるかのように軽く頭を押さえている。
「それはないって……じゃあ、やっぱりここは……」
「そ。正真正銘、まごう事なく君の生まれ育った世界。グロンギが未だゲゲルをやってるのには、僕も驚いたけどね」
そうユウスケに答える玄金を士は訝しげな表情で見つめ……そして唐突に、彼に向かってこう声をかけた。
「お前……どこかで会った事ないか?」
と。
その言葉に、一瞬玄金は自分の記憶を探るかのように眉根を寄せ……笑顔を消し、はっとしたような表情を浮べる。
その態度に、思わずその身を乗り出す士と夏海。もしや彼は、士の落とした記憶に関わっているのか。そう思ったのだが。
「…………僕、今まさか口説かれた!?」
「そんな訳あるか! こっちは純粋に、真面目に聞いてるんだ!」
「痛っ……まあ、冗談はともかくとして。おかしいなぁ。スーちゃんはともかく、僕は会った事ないはずだけど」
士に殴られた頭をさすりながら、玄金は心底不思議そうな表情で唸る。その表情に嘘偽りの色は見えない。
何を考えているのかよく分らない男ではあるが、今回ばかりは本当に心当たりがないようだ。
「士、記憶を取り戻したはずじゃ……?」
「どうやら、全てを思い出したって訳じゃないらしい。特に俺が記憶を失うきっかけ辺りが、まだ曖昧なんだ」
ユウスケの心配そうな声に、忌々しそうに士が答える。
どうやら話の流れから行くと、士と言う名の青年は記憶喪失だったらしい。あらかたの所は思い出したようだが、それでもまだ少し曖昧な部分が残っていて……その「曖昧な部分」には、玄金の影があったと言う事か。
――会った事がないって言うのが本当だとしても、何か知ってたりするんじゃないのか?――
そんな事思いつつ、加賀美は玄金に視線を移し……
「っておい、玄金!」
勝手に写真館の中に入って行く彼を追う。
その後ろでは苦笑いの五代と、心底憂鬱そうな表情の橘。そして彼の勝手な行動に怒り心頭らしきハナの姿があるが、玄金は特に気にした様子もなくすたすたと……まるで慣れているかのように奥へと進む。
「いらっしゃい。……おや、君は……」
「久し振り、栄次郎君。……三十年ぶり?」
ひょっこり顔を出した白髪の老人に、玄金は笑顔のまま挨拶を交わす。
その後ろにはようやく追いついたらしい橘が、不審な色を隠さずに二人を見比べる。
三十年ぶりと言う挨拶を交わすにしては、玄金は若すぎる。正直まだ二十代にしか見えない。にもかかわらず、栄次郎と呼ばれた老人はにこやかに笑いながら彼の言葉を肯定するように、うんうんと頷く。
「玄金さんじゃないか、久し振り。相変わらず若いねぇ」
「あっはっはー、良い男は歳を取らないんだよ」
「……おい」
「あ、雄介君、朔也君、新君、あーんどハナちゃん。記念に写真撮らない?」
ツッコミどころ満載の台詞を吐き出した玄金を、もはや呆れたように見つつも。
加賀美はそののほほんとした態度が気に食わなかったのか、つかつかと玄金に詰め寄り……
「のんびりしてる場合か!? さっきのグロンギって奴、いつまた人を襲うかわかんないんだぞ!?」
「もう、新君はせっかちだなぁ……朔也君、アンデッドサーチャーある?」
「あるが……どうする気だ?」
加賀美に襟首を掴まれ、かっくんかっくん揺さぶられながらも、玄金は橘に顔と右手を差し出してそう問いかける。
その仕草は、アンデッドサーチャーを渡せと言う意味だろうか。不審に思いながらも、橘は懐中に入れていたポータブル型のアンデッドサーチャーを彼に手渡す。
普段は奇人変人と称してもお釣りが出る程の性格破綻者だが、科学者としての腕は随一である事を知っている。
……付き合いも長いし、実際に目の前で色々と奇跡的な技量を見せられていても、信じ難い事ではあるのだが。
アンデッドサーチャーを精密機械と認識したのか、渋々といった風に加賀美は玄金を解放し、解放された方は自らの手に乗ったアンデッドサーチャーと、それの本来の持ち主である橘を交互に見つめると……ニヤリと、笑った。
「決まってるでしょ? ここのプログラムをこうして……そんでもってこの辺をこう書き足して……」
プログラム画面を立ち上げ、彼は素早い動きで文字を打ち込む。
数字と、アルファベットの羅列が信じられないスピードで書き足され、最後に彼は決定キーを押し……その顔を「ニヤリ」から「にこり」と表現できるものへと変える。
通常のマップ画面に戻された液晶に大きな変化は見られない。少しだけ検索範囲が広がったようにも思えるが、それだけだ。
そもそもアンデッドサーチャーはその名の通り「アンデッドを探す機械」である。それを弄 った所で、アンデッドがいなければ何の意味もない。
そんな考えから、無意識の内に橘の眉間に皺が寄る。それを見るや、玄金は手の中の機械を橘に返し……
「はい、グロンギサーチャーの出来上がり。ついでにワームとネイティブのサーチも出来るように、プログラム組み直したから。アンデッドを探すよりは検知範囲狭いけど、ま、どうにかなるでしょ」
「それは……凄いですね」
あまりのスピード……そして先程までのふざけたような雰囲気とのギャップに、思わず呟く五代。
他の面々も、今までの彼との差に驚いたのか、ぽかんとした表情で彼を見ていた。
一方で玄金は、そんな事を気にした様子もなく五代に向かい……
「いやあ、二千の技を持つ雄介君には負けるよ」
僕はそんなに技を極めてないからね、などと付け足し、笑う。
その間に、彼らの硬直も解けたのか。はっと気付いたように、夏海が五代の顔を覗き込みながら問いかける。
「『ユウスケ』? あなたも、ユウスケって言うんですか?」
「あ、はい。五代雄介です。よろしく」
にっこり笑って親指を立てる五代に、思わずつられて笑顔を向けるユウスケと夏海。ついでに名刺も貰ってしまう。
唯一、士だけはどこか不貞腐れたように顔を背け、笑顔にならなかったのだが……それを失礼と思ったのか、夏海がムッとしたような表情で士の前に立ち塞がる。
「……士君」
「何だ、ナツミカン」
「光家秘伝、『笑いのツボ』!」
首の、右横の辺りを夏海に押された瞬間。
今まで仏頂面だった士が、大声で笑い始めた。
「え? ええっ!?」
「あっはっはっはっは……ナツミカン、おまっ……はははっ、いつもいつも、意味が違うだろ。はははははっ」
「……うわぁ。無理矢理笑わされてる」
「……良いなぁ、俺の技に欲しいなぁ……」
「え?」
引きつったように言った加賀美とは対照的に、五代は心底羨ましそうにぽつりと呟く。
その反応が意外だったのか、ユウスケは信じられないと言わんばかりの表情で彼を見つめ返す。しかも、「え」に濁点が付いていそうな声で。
「人を笑顔に出来るって、良い事じゃないですか」
サムズアップをしながら、邪気など一切ない笑顔で言い切る五代。
純粋に、「人を笑顔に出来る事」に感動しているようなのだが……
「ははっ……は、はぁ……。やめろ、覚えるなそんな物。……やられる側はいい迷惑だ」
ようやく笑いが収まってきたらしい士も、ぜいぜいと息を整えながら、説得するように五代に言う。
ひょっとしたらこれ以上「笑いのツボ」の使用者が増えて、無理矢理笑わせられたくないからかもしれない。
そんな光景を見つめながら、ユウスケは思い出したようにぽんと自分の手を打ち……
「でも、奇遇ですね。俺もユウスケって言うんです。小野寺ユウスケ。で、そっちの無愛想な方が門矢士で、今『笑いのツボ』を使ったのは光夏海ちゃん」
「どうも。はじめまして」
ぺこりと頭を下げ、夏海はユウスケと五代を見比べる。
どことなく、二人は似てるかもしれない。眩しいばかりの笑顔とか、どことなく抜けてそうな……それでいて、芯が強そうな所とか。
そんな風に彼女が思った瞬間。さも当然のように声を出し、そして伸びやかになりかけた空気を壊したのは……やはり玄金。
「わーい、クウガとクウガのご対面って感じ?」
「……え?」
その言葉に、驚いたような声をあげるユウスケに対し、五代は今まで浮かべていた笑みを消し、その顔をきゅっと引き締める。
一緒にいた橘や加賀美、ハナも、そんな五代につられるように真顔になる。
「雄介君は見たでしょ? ユウスケ君がクウガに変身してるトコ」
「……はい。正直、驚きました。俺以外にも、クウガが!? ……って感じで」
「正確には、『異なる世界のクウガ』だよ。見た目は似てるけど、ちょっと君とは違う存在だ」
「そうですね。見た所、金や黒になる訳でもなさそうですし」
「金? 黒? その前に、クウガとクウガ?」
不思議そうな声を、ユウスケがあげた瞬間。
橘の手にあったアンデッドサーチャー改め、グロンギサーチャーが警告音を鳴らす。
その音に反応し、橘は条件反射的に画面を見下ろす。アンデッドならば緑色のポインターとその上部にカテゴリーとスートが表示されるのだが、今回は赤いポインターで上部に「UNKNOWN」の文字表記がされている。
「ここから近い所に五体。……さっきの連中かも知れない」
「また人が襲われるかもしれない……行きましょう橘さん。俺、放っておけません!」
加賀美の言葉に頷くと、橘はさっさと現地へと向かうべく出入り口へと向かう。
「ちょっと待って下さい! 何をする気なんですか!?」
「『人間を守る』。それが仮面ライダーの仕事だ。……そうだな、玄金」
「……ああ。そうなるんだろうね。僕は後から追うよ」
制止しようとするユウスケを振り切り、橘と加賀美はそのまま勢い良く現地へ向かって駆け出す。
「ちょっと……士、俺達も行こう」
「しょうがない。ハナマルコちゃんはここで良い子にして待ってろ」
「ちょっと、子供扱いしないで!」
ハナの怒鳴り声など気にも留めず、ユウスケと士も、橘達の後を追う。
残ったのはハナと夏海、そして玄金と五代。
「俺は……」
「拳での解決を良しとしないなら、それでも良いんじゃない? ここに残れば。力って、変にデカいと扱いに苦労するものだし」
戸惑うように、そして躊躇うように。外と中を見比べて呟いた五代に対し、玄金は特に何の感情も抱いていないかのような声で言い放つ。
その顔に、奇妙な笑みを浮かべたままで。
「それで君が、後悔しないって言うならね」
「……いえ。俺も行きます。俺、クウガだから」
吹っ切ったようにそう言うと、五代は橘達の後を追うように駆け出して行き、それを見ていた夏海も、意を決したような表情になって……
「やっぱり放ってはおけません。ハナちゃん、私達も行きましょう」
「ええ」
「それじゃ、コーヒーでも淹れて待ってるからね。早く帰って来るんだよ?」
出て行った夏海の後姿にそう声をかけながら、栄次郎はにこやかな笑顔で彼女達を見送る。
……後に残るは穏やかな笑顔を浮べている初老の紳士と、それを奇妙な笑顔で眺めている白衣の青年。
パタンと扉を閉めた栄次郎に、玄金は奇妙な笑顔のまま……棘を含んだ声で、彼に話しかけた。
「……物凄い好々爺っぷりじゃないか、『死神博士』のくせに。彼女の正体だって、知っているのにね」
「それ、夏海の前では言うなよ」
「ふ~ん。諸悪の根源である大ショッカー幹部も、孫娘として育ててきたうちに情でも湧いた?」
「黙れと言った。何なら今、ここで貴様を葬ってやろうか?」
低くそう言った栄次郎の姿が、一瞬だけ烏賊を思わせる異形へと変ずる。
……光栄次郎。その正体は、悪の組織、大ショッカーの幹部であり、怪人作りのスペシャリスト、死神博士。
普段は気の良いお爺さんだが、実際はそうではなく、様々な世界の「悪」を大ショッカーに引き入れる役割を担っていた存在である。
それを知っていて話しかけているのか、玄金はあからさまに蔑んだ瞳を栄次郎に向け、言葉を続ける。
「何それ、『葬る』とか新手のジョーク? 今は君と関わってる時間なんてないの。僕達は『運命の輪』のせいで忙しいんだから」
「……『奴』か」
「そう言う事。……で? 君はこの世界に戻ってきて、誰を引き入れようとしてるのかなぁ?」
「今回の出来事は、私も巻き込まれただけだ。意図してこの世界に来たのではない」
「あっそ。……一応言っとくけど……」
奇妙な笑顔を、ますます歪ませて。
玄金は最終警告と言わんばかりの冷たい声で、彼に言い放つ。
「僕の邪魔はするなよ、イカデビル」
「い……いやいやまさか! もうあんな思いは懲り懲りだよ。結構痛いんだよ、殺されるのって。まあ、アンデッドの君には分からないだろうけどね」
敵意を消し、いつもの……本当に、「良いお爺さん」の顔に戻った栄次郎が、薄ら寒そうに答える。
それでようやく気付いたのだろう。玄金は、その顔にいつも通りの、人生が楽しくて仕方ないかのような笑顔を浮べると、納得したように手をぽんと叩き……
「ああ、成程。今の君達は、大ショッカー壊滅後の時間から来てるのか」
クスと笑い、玄金もまた、玄関へと向かう。
「おや、君も出かけるのかい?」
「まあね。さっきからどうも、嫌な予感しかしない」
にこりと、満面の笑みを浮かべながら。玄金は更に言葉を放つ。
「僕、そう言う顔、してるだろ?」
変身を解いた二人の男を見つつ、橘は不思議そうな表情で彼らを観察する。
……正直、五代や加賀美が仮面ライダーだと言うのも信じ難い話だったが、その五代と「同じ姿」の仮面ライダーだったらしいユウスケと呼ばれた青年も気になる。
だがそんな風に思う橘をよそに、士と呼ばれていた青年はハナの頭をぐしゃぐしゃと撫で回し……
「久し振りだな、ハナマルコちゃん」
「だから、ハナです!」
撫で回す士の手をぱしりと払いのけ、不機嫌その物の……だが、見てる者には愛らしいと思わせるには充分な表情で返すハナ。
「さっきも聞いたけど、ハナちゃんはこの人達と知り合いなの?」
「あ、はい。以前ちょっと」
五代の問いに言葉を濁しつつ、ハナは困ったような表情でそう答える。
その様子を後ろで見ていた夏海も、どう説明すべきか悩んでいるような表情を浮べているし、士に至っては説明する気など皆無らしい。
詳しい説明は期待できそうにないと踏んだのか、それともどことなく気まずくなり始めた空気を壊すのが目的だったのか。ユウスケが割って入るように士の前に立つと、僅かに眦を下げて言葉を紡ぐ。
「それよりも、何でまだグロンギがこの世界にいるのかって事の方が大きな問題だよな。……ひょっとしてここは、いつか回った『ネガの世界』みたいな場所なのか?」
「それはないよ、小野寺ユウスケ君」
「うわっ復活早っ!」
深刻な表情のユウスケに答えるようにして言ったのは、無論玄金。
それに律儀に突っ込む加賀美だが、他の面々も……特に橘とハナは、頭痛を堪えるかのように軽く頭を押さえている。
「それはないって……じゃあ、やっぱりここは……」
「そ。正真正銘、まごう事なく君の生まれ育った世界。グロンギが未だゲゲルをやってるのには、僕も驚いたけどね」
そうユウスケに答える玄金を士は訝しげな表情で見つめ……そして唐突に、彼に向かってこう声をかけた。
「お前……どこかで会った事ないか?」
と。
その言葉に、一瞬玄金は自分の記憶を探るかのように眉根を寄せ……笑顔を消し、はっとしたような表情を浮べる。
その態度に、思わずその身を乗り出す士と夏海。もしや彼は、士の落とした記憶に関わっているのか。そう思ったのだが。
「…………僕、今まさか口説かれた!?」
「そんな訳あるか! こっちは純粋に、真面目に聞いてるんだ!」
「痛っ……まあ、冗談はともかくとして。おかしいなぁ。スーちゃんはともかく、僕は会った事ないはずだけど」
士に殴られた頭をさすりながら、玄金は心底不思議そうな表情で唸る。その表情に嘘偽りの色は見えない。
何を考えているのかよく分らない男ではあるが、今回ばかりは本当に心当たりがないようだ。
「士、記憶を取り戻したはずじゃ……?」
「どうやら、全てを思い出したって訳じゃないらしい。特に俺が記憶を失うきっかけ辺りが、まだ曖昧なんだ」
ユウスケの心配そうな声に、忌々しそうに士が答える。
どうやら話の流れから行くと、士と言う名の青年は記憶喪失だったらしい。あらかたの所は思い出したようだが、それでもまだ少し曖昧な部分が残っていて……その「曖昧な部分」には、玄金の影があったと言う事か。
――会った事がないって言うのが本当だとしても、何か知ってたりするんじゃないのか?――
そんな事思いつつ、加賀美は玄金に視線を移し……
「っておい、玄金!」
勝手に写真館の中に入って行く彼を追う。
その後ろでは苦笑いの五代と、心底憂鬱そうな表情の橘。そして彼の勝手な行動に怒り心頭らしきハナの姿があるが、玄金は特に気にした様子もなくすたすたと……まるで慣れているかのように奥へと進む。
「いらっしゃい。……おや、君は……」
「久し振り、栄次郎君。……三十年ぶり?」
ひょっこり顔を出した白髪の老人に、玄金は笑顔のまま挨拶を交わす。
その後ろにはようやく追いついたらしい橘が、不審な色を隠さずに二人を見比べる。
三十年ぶりと言う挨拶を交わすにしては、玄金は若すぎる。正直まだ二十代にしか見えない。にもかかわらず、栄次郎と呼ばれた老人はにこやかに笑いながら彼の言葉を肯定するように、うんうんと頷く。
「玄金さんじゃないか、久し振り。相変わらず若いねぇ」
「あっはっはー、良い男は歳を取らないんだよ」
「……おい」
「あ、雄介君、朔也君、新君、あーんどハナちゃん。記念に写真撮らない?」
ツッコミどころ満載の台詞を吐き出した玄金を、もはや呆れたように見つつも。
加賀美はそののほほんとした態度が気に食わなかったのか、つかつかと玄金に詰め寄り……
「のんびりしてる場合か!? さっきのグロンギって奴、いつまた人を襲うかわかんないんだぞ!?」
「もう、新君はせっかちだなぁ……朔也君、アンデッドサーチャーある?」
「あるが……どうする気だ?」
加賀美に襟首を掴まれ、かっくんかっくん揺さぶられながらも、玄金は橘に顔と右手を差し出してそう問いかける。
その仕草は、アンデッドサーチャーを渡せと言う意味だろうか。不審に思いながらも、橘は懐中に入れていたポータブル型のアンデッドサーチャーを彼に手渡す。
普段は奇人変人と称してもお釣りが出る程の性格破綻者だが、科学者としての腕は随一である事を知っている。
……付き合いも長いし、実際に目の前で色々と奇跡的な技量を見せられていても、信じ難い事ではあるのだが。
アンデッドサーチャーを精密機械と認識したのか、渋々といった風に加賀美は玄金を解放し、解放された方は自らの手に乗ったアンデッドサーチャーと、それの本来の持ち主である橘を交互に見つめると……ニヤリと、笑った。
「決まってるでしょ? ここのプログラムをこうして……そんでもってこの辺をこう書き足して……」
プログラム画面を立ち上げ、彼は素早い動きで文字を打ち込む。
数字と、アルファベットの羅列が信じられないスピードで書き足され、最後に彼は決定キーを押し……その顔を「ニヤリ」から「にこり」と表現できるものへと変える。
通常のマップ画面に戻された液晶に大きな変化は見られない。少しだけ検索範囲が広がったようにも思えるが、それだけだ。
そもそもアンデッドサーチャーはその名の通り「アンデッドを探す機械」である。それを
そんな考えから、無意識の内に橘の眉間に皺が寄る。それを見るや、玄金は手の中の機械を橘に返し……
「はい、グロンギサーチャーの出来上がり。ついでにワームとネイティブのサーチも出来るように、プログラム組み直したから。アンデッドを探すよりは検知範囲狭いけど、ま、どうにかなるでしょ」
「それは……凄いですね」
あまりのスピード……そして先程までのふざけたような雰囲気とのギャップに、思わず呟く五代。
他の面々も、今までの彼との差に驚いたのか、ぽかんとした表情で彼を見ていた。
一方で玄金は、そんな事を気にした様子もなく五代に向かい……
「いやあ、二千の技を持つ雄介君には負けるよ」
僕はそんなに技を極めてないからね、などと付け足し、笑う。
その間に、彼らの硬直も解けたのか。はっと気付いたように、夏海が五代の顔を覗き込みながら問いかける。
「『ユウスケ』? あなたも、ユウスケって言うんですか?」
「あ、はい。五代雄介です。よろしく」
にっこり笑って親指を立てる五代に、思わずつられて笑顔を向けるユウスケと夏海。ついでに名刺も貰ってしまう。
唯一、士だけはどこか不貞腐れたように顔を背け、笑顔にならなかったのだが……それを失礼と思ったのか、夏海がムッとしたような表情で士の前に立ち塞がる。
「……士君」
「何だ、ナツミカン」
「光家秘伝、『笑いのツボ』!」
首の、右横の辺りを夏海に押された瞬間。
今まで仏頂面だった士が、大声で笑い始めた。
「え? ええっ!?」
「あっはっはっはっは……ナツミカン、おまっ……はははっ、いつもいつも、意味が違うだろ。はははははっ」
「……うわぁ。無理矢理笑わされてる」
「……良いなぁ、俺の技に欲しいなぁ……」
「え?」
引きつったように言った加賀美とは対照的に、五代は心底羨ましそうにぽつりと呟く。
その反応が意外だったのか、ユウスケは信じられないと言わんばかりの表情で彼を見つめ返す。しかも、「え」に濁点が付いていそうな声で。
「人を笑顔に出来るって、良い事じゃないですか」
サムズアップをしながら、邪気など一切ない笑顔で言い切る五代。
純粋に、「人を笑顔に出来る事」に感動しているようなのだが……
「ははっ……は、はぁ……。やめろ、覚えるなそんな物。……やられる側はいい迷惑だ」
ようやく笑いが収まってきたらしい士も、ぜいぜいと息を整えながら、説得するように五代に言う。
ひょっとしたらこれ以上「笑いのツボ」の使用者が増えて、無理矢理笑わせられたくないからかもしれない。
そんな光景を見つめながら、ユウスケは思い出したようにぽんと自分の手を打ち……
「でも、奇遇ですね。俺もユウスケって言うんです。小野寺ユウスケ。で、そっちの無愛想な方が門矢士で、今『笑いのツボ』を使ったのは光夏海ちゃん」
「どうも。はじめまして」
ぺこりと頭を下げ、夏海はユウスケと五代を見比べる。
どことなく、二人は似てるかもしれない。眩しいばかりの笑顔とか、どことなく抜けてそうな……それでいて、芯が強そうな所とか。
そんな風に彼女が思った瞬間。さも当然のように声を出し、そして伸びやかになりかけた空気を壊したのは……やはり玄金。
「わーい、クウガとクウガのご対面って感じ?」
「……え?」
その言葉に、驚いたような声をあげるユウスケに対し、五代は今まで浮かべていた笑みを消し、その顔をきゅっと引き締める。
一緒にいた橘や加賀美、ハナも、そんな五代につられるように真顔になる。
「雄介君は見たでしょ? ユウスケ君がクウガに変身してるトコ」
「……はい。正直、驚きました。俺以外にも、クウガが!? ……って感じで」
「正確には、『異なる世界のクウガ』だよ。見た目は似てるけど、ちょっと君とは違う存在だ」
「そうですね。見た所、金や黒になる訳でもなさそうですし」
「金? 黒? その前に、クウガとクウガ?」
不思議そうな声を、ユウスケがあげた瞬間。
橘の手にあったアンデッドサーチャー改め、グロンギサーチャーが警告音を鳴らす。
その音に反応し、橘は条件反射的に画面を見下ろす。アンデッドならば緑色のポインターとその上部にカテゴリーとスートが表示されるのだが、今回は赤いポインターで上部に「UNKNOWN」の文字表記がされている。
「ここから近い所に五体。……さっきの連中かも知れない」
「また人が襲われるかもしれない……行きましょう橘さん。俺、放っておけません!」
加賀美の言葉に頷くと、橘はさっさと現地へと向かうべく出入り口へと向かう。
「ちょっと待って下さい! 何をする気なんですか!?」
「『人間を守る』。それが仮面ライダーの仕事だ。……そうだな、玄金」
「……ああ。そうなるんだろうね。僕は後から追うよ」
制止しようとするユウスケを振り切り、橘と加賀美はそのまま勢い良く現地へ向かって駆け出す。
「ちょっと……士、俺達も行こう」
「しょうがない。ハナマルコちゃんはここで良い子にして待ってろ」
「ちょっと、子供扱いしないで!」
ハナの怒鳴り声など気にも留めず、ユウスケと士も、橘達の後を追う。
残ったのはハナと夏海、そして玄金と五代。
「俺は……」
「拳での解決を良しとしないなら、それでも良いんじゃない? ここに残れば。力って、変にデカいと扱いに苦労するものだし」
戸惑うように、そして躊躇うように。外と中を見比べて呟いた五代に対し、玄金は特に何の感情も抱いていないかのような声で言い放つ。
その顔に、奇妙な笑みを浮かべたままで。
「それで君が、後悔しないって言うならね」
「……いえ。俺も行きます。俺、クウガだから」
吹っ切ったようにそう言うと、五代は橘達の後を追うように駆け出して行き、それを見ていた夏海も、意を決したような表情になって……
「やっぱり放ってはおけません。ハナちゃん、私達も行きましょう」
「ええ」
「それじゃ、コーヒーでも淹れて待ってるからね。早く帰って来るんだよ?」
出て行った夏海の後姿にそう声をかけながら、栄次郎はにこやかな笑顔で彼女達を見送る。
……後に残るは穏やかな笑顔を浮べている初老の紳士と、それを奇妙な笑顔で眺めている白衣の青年。
パタンと扉を閉めた栄次郎に、玄金は奇妙な笑顔のまま……棘を含んだ声で、彼に話しかけた。
「……物凄い好々爺っぷりじゃないか、『死神博士』のくせに。彼女の正体だって、知っているのにね」
「それ、夏海の前では言うなよ」
「ふ~ん。諸悪の根源である大ショッカー幹部も、孫娘として育ててきたうちに情でも湧いた?」
「黙れと言った。何なら今、ここで貴様を葬ってやろうか?」
低くそう言った栄次郎の姿が、一瞬だけ烏賊を思わせる異形へと変ずる。
……光栄次郎。その正体は、悪の組織、大ショッカーの幹部であり、怪人作りのスペシャリスト、死神博士。
普段は気の良いお爺さんだが、実際はそうではなく、様々な世界の「悪」を大ショッカーに引き入れる役割を担っていた存在である。
それを知っていて話しかけているのか、玄金はあからさまに蔑んだ瞳を栄次郎に向け、言葉を続ける。
「何それ、『葬る』とか新手のジョーク? 今は君と関わってる時間なんてないの。僕達は『運命の輪』のせいで忙しいんだから」
「……『奴』か」
「そう言う事。……で? 君はこの世界に戻ってきて、誰を引き入れようとしてるのかなぁ?」
「今回の出来事は、私も巻き込まれただけだ。意図してこの世界に来たのではない」
「あっそ。……一応言っとくけど……」
奇妙な笑顔を、ますます歪ませて。
玄金は最終警告と言わんばかりの冷たい声で、彼に言い放つ。
「僕の邪魔はするなよ、イカデビル」
「い……いやいやまさか! もうあんな思いは懲り懲りだよ。結構痛いんだよ、殺されるのって。まあ、アンデッドの君には分からないだろうけどね」
敵意を消し、いつもの……本当に、「良いお爺さん」の顔に戻った栄次郎が、薄ら寒そうに答える。
それでようやく気付いたのだろう。玄金は、その顔にいつも通りの、人生が楽しくて仕方ないかのような笑顔を浮べると、納得したように手をぽんと叩き……
「ああ、成程。今の君達は、大ショッカー壊滅後の時間から来てるのか」
クスと笑い、玄金もまた、玄関へと向かう。
「おや、君も出かけるのかい?」
「まあね。さっきからどうも、嫌な予感しかしない」
にこりと、満面の笑みを浮かべながら。玄金は更に言葉を放つ。
「僕、そう言う顔、してるだろ?」