明瞭な夢、曖昧な現実

【その5:おう ―逢瀬―】

 トンネルを抜けると、列車は路上で止まり……プシュっという音と共に、その扉を開いた。
 遠くにそびえ立つ高い山が、どことなく先程ゼロライナーの中で見た「九郎ヶ岳」とやらに似ているような印象を受ける。
「到着。まずは、クウガの世界へようこそ」
「『クウガの世界』? それってどういう意味です?」
「ここは『隠者』って名前のカミサマ……まあグロンギを『創った』奴が、クウガを研究するために創った世界さ」
 言いながら、玄金はパチンと指を鳴らす。すると、ゼロライナーは宙を駆け……乗客を乗せぬまま、虚空へと消えて行く。
「お、おい!?」
「ちょっと……何でゼロライナーを帰したのよ!?」
「いやあ、道路を不法に占拠しちゃってたし。大丈夫だって、僕が呼べばきちんと来るよ。とにかく、まずはこの世界から抜け出す事を考えよう。……どうせ何かアクションを起こさなきゃ、ここから出られないように設定されてるんだろうから」
 にこ、と笑った玄金に、一瞬殺意が沸くが……それをグッと堪え、ハナはきょろきょろと周囲を見回す。
 あまり、異世界だと言う印象はない。少し閑散としている風にも見えるが、ごく普通の街並みだ。もっとも、かつて渡った「西暦二〇〇五年のトンネル」の向こうもそうだったが。
 商店街なのか、道沿いには様々な店が軒を連ねている。クリーニング屋に、喫茶店、定食屋にうどん屋に写真館まである。
――写真館?――
 ふと奇妙な違和感を覚え、ハナはその写真館の扉をじっと見つめたその時。
 中から、三人の男女が出てきた。
 その内の一人、背が低い方の男が、嬉しそうに伸びをすると……
「帰ってきたぞー!」
「な、何だ!?」
 唐突に叫んだ青年の声に驚いたのか、びくりとしたように加賀美が振り返る。
 同様に橘と五代も、呆気にとられた様子で青年に視線を向けるが、向けられた方は特に気にした様子もなく、なおもはしゃぐように連れ達に向かって言葉を放った。
「俺の世界、『クウガの世界』だよ、士!」
「ああ……そうみたいだな」
 士と呼ばれた方の青年は、呆れたような声音で返しながら、首から提げたトイカメラを構え、パシャリと一枚写真を撮る。
 そんな士の様子も気に留めず、青年はひたすらに……まるでこの世界を満喫するかのように、嬉しそうに目を細めて深呼吸を一つ。
「やっぱ良いよなぁ、こう、帰ってきたって感じで! ただいま、俺! お帰り、俺!」
「……はしゃぎすぎです、ユウスケ」
「ゴメンゴメン。いやー、つい嬉しくってさ」
 女性……多分、十代後半といった所か、彼女は渋い顔で青年、ユウスケと呼んだ彼を軽く睨む。
 そんな彼女に、全く悪気のない……と言うか反省の色すら感じられない、軽い謝罪を返し、ユウスケは呆然と眺めるこちら、特に加賀美に向かってびしっと一つ敬礼を送る。
「ご苦労様です!」
「あ、ご、ご苦労様です」
 満面の笑みと勢いに飲まれ、反射的に敬礼で返してしまう加賀美。
 何故敬礼なのかと一瞬だけいぶかったが、すぐに自分が警察官の制服を着ているからだと気付いた。
――あとで着替えた方がいいかな――
「あの人達、ひょっとして……」
「知り合いなの、ハナちゃん?」
 そんな彼らにハナは見覚えがあるらしい。ポツリと呟かれた彼女の言葉を聞きとめた五代が、不思議そうにそう言った瞬間、玄金の笑顔が、崩れた。眉根を寄せ、僅かに首をかしげ、まるで「ありえない物」でも見たかのような、そんな奇妙な表情になったのだ。
「どうした、玄金?」
「……あれ」
 橘の問いに、玄金はゆっくりと山の方を指し示す。それに応えるように、橘達もその方角に向かって、ゆっくりと向き直る。
 そこには、茶を基調とした体色の異形が五体。白い布を服のように纏い、その手には何か……いや、「誰か」を抱えている。
 だが、既にその誰かが息絶えているのは、一見しただけで分かる状態ではあったが。
「おっかしいなぁ? グロンギだ」
「そんな馬鹿な!?」
 玄金の言葉にそう声をあげたのは……先程まで嬉しそうに笑っていた、ユウスケと呼ばれていた青年。
 その顔には心底驚いたような、玄金と同じ、「あり得ない」と言わんばかりの形相がありありと浮んでいる。
 だがすぐに、彼は何かを決意したような表情になると、彼は自分の腰に逆三角形を作るように手を当て……刹那、その腰に銀色のベルトが現れる。
「変身!」
 その声と共に、その身を赤い戦士へと変えた。黒いスーツに赤い鎧、縁取りは金。面の目の色は鎧と同じ、真紅。
「えっ、赤のクウガ!?」
 その姿を見て、不思議そうな声をあげたのは五代。
 それもそのはず、何しろユウスケと呼ばれた青年が変身した姿は、紛れもない「クウガ」。自分が変身した姿と、同じ物だったのだから。
「夏海ちゃん、その人達を連れて逃げて!」
 女性……夏海に向かってそう言うと、「赤のクウガ」は猛然と五体のグロンギと呼んでいた異形に向かって突っ込んで行く。
「やれやれ。手伝ってやるか」
 もう一人の青年、士の方も、本当にやれやれと言った風に溜息を一つ吐き……どこからか取り出した白いバックルを腰に装着、ベルトと化したそれに、腰のホルダーから一枚のピンクの縁取りのカードを抜き出し、バックルのスロットの中へとセットした。
「変身」
『KAMEN RIDE DECADE』
 幾つもの残像が重なり、士はピンク……にしか見えないが、正確にはマゼンタ色と呼ばれる色の鎧を纏った戦士へと変身した。その身には黒く、漢数字の「十」にもアルファベットのの「X」にも見える模様があり、面には緑色の瞳が輝いている。
「あれは一体!?」
「『十番目』、ディケイドだねぇ。……でも、おっかしぃなぁ、何でまだグロンギがこの世界にいるのさ?」
 士の変身に驚いたらしい加賀美の声に答えると、玄金は本当に不思議そうな表情で戦士達が戦う相手……グロンギ達を見つめる。声に不審その物を露わにして。
「この世界の〇号は赤い狼。名をン・ガミオ・ゼダ。しかもここでの『究極の闇』は、雄介君の知っているような『大量殺戮』ではなく『人類のグロンギ化』なんだけど……」
「人類の……って、まるでネイティブじゃないか!?」
「さっきも言ったでしょ? 元は同じモノ。考えの行き着く先だって同じ。グロンギもワームもネイティブも、創ったのは『隠者』って奴だ」
「あいつらとワームじゃ、全然似てないぞ」
「そりゃあ、進化の過程が違うからね。でも、根本は同じだ」
 五対二で戦う彼らを見やりながら、玄金は相変わらず不審その物の表情で、驚きっぱなしの加賀美に答える。
 そして僅かにその視線を遠くにある山に移した。まるでそこに、親の仇でもいるかのような、険しい表情で。
「だけど『究極の闇』は、あそこにいる『この世界のクウガ』とディケイドが、ガミオを倒した事で止まったはずなのに……なぁんでまた、ほら出たやれ出た敵が出たって感じに?」
 その玄金の呟きを聞き止めたのか、夏海と呼ばれていた女性は不審そうな顔をこちらに向ける。
 そして、ふと視線をハナに止め……
「ハナちゃん!? ハナちゃんじゃないですか!」
「やっぱり、夏海さん。その節はどうも。ウチの馬鹿達がご迷惑を……」
「とんでもないです。士君にかけられる迷惑に比べたら、大した事ないですから」
 互いに顔見知りらしいハナと夏海。それに驚いたのか、橘は不思議そうな顔で彼女達を見る。
 非常時だというのに、割とのんびりしているように思えるのは気のせいだろうか。
 釈然としない印象を受けつつも、橘は再び視線を戦士達の方に向け、その戦いを見届ける。
「くっそ! 数が多い」
「なら、このカードだな」
『ATTACK RIDE ILLUSION』
 辛そうに言ったクウガ……ユウスケに対し、ディケイドこと士は、言葉を返しながら一枚のカードをベルトに差し込む。
 刹那、電子音がカードの名を告げると共に、ディケイドの姿が分裂、その姿を四つに増やした。
「ふ、増えた!?」
 素っ頓狂な声をあげて驚く加賀美。同じように五代も、一瞬だけ驚いていたようだが、すぐに目を輝かせてそれを見つめる。
 だが、橘だけはさほど驚いた様子もなく……
「俺の『GEMINI』のカードと似たような物か」
 などと呟く始末。
 更に驚きよりも感動の方が勝ったのか、目を輝かせていた五代の口からは
「便利そうだなぁ……俺、分身は技として持ってないんですよね……」
 と、緊張感の欠片もない声が漏れ出している。
「これで数の上なら互角だろ」
 士は軽く手に付いた埃を叩くような仕草を取りながらそう言うと、各々一対一の構図を描くようにグロンギ達と応戦する。
 ユウスケの方も相手が減って楽になったのか、余裕そうな雰囲気を見せて目の前の相手に専念する。
「……ボボララゼパ、ゲゲルグバジダダン!」
「ジブゾ!」
「クウガゾ、ゾゾデデゴブボバ!?」
「ギラパダゲソ」
 不利を察したか、グロンギ達は互いにそう言葉を交わすと、ユウスケ達から大きく距離をとり……
 一目散に山の方へと逃げ帰って行った。相変わらず、息絶えた「誰か」を抱えたまま。
「あ、おい待て!」
「逃がすか!」
「あ、深追いは禁物って気がする」
 グロンギ連中を追いかけようとする二人を止めたのは玄金。
 その顔には、何やら底の見えない笑みが浮かんでいる。
「あんた、何者だ?」
「僕? 玄金武土って呼ばれてる。心ない人からは、変態マムシって呼び名も貰ってるかな」
「何でマムシ?」
「あと、すっぽんとか」
「はぁ?」
 彼独特の雰囲気に毒気を抜かれたのか、素っ頓狂な声をあげるユウスケ。その傍らでは士もまた、胡散臭そうな視線を彼に送って様子を窺っている。
 正直に言ってしまえば、非常に怪しい。そしてそれは、彼の後ろで頭を抱えている連れ達も同じ事を思っていた。
 ……玄金武土は、人との交渉には向いていないと。彼に任せてしまうと「交渉」ではなく「哄笑」になってしまいそうで怖い。
 おそらく、四人が四人ともそう思ったに違いない。そこからの連携は素晴らしかった。
 ハナが玄金の鳩尾を殴り、それを介抱するふりをして五代がユウスケと士の二人から彼を引き離し、それに取って代わるかのように橘が玄金のいた場所に立ち、加賀美は呻く玄金にとどめの蹴りを一発お見舞いしていた。
「……悪かった。あの男の事は気にするな」
「馬鹿モモ達と同じくらい、性質が悪いですから」
「あうー、ハナちゃん達、酷い……」
 そう呻いた玄金の声は、誰の耳にも届かなかったと言う。
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