明瞭な夢、曖昧な現実

【その4:える ―獲物―】

「さて、ここまでで何か質問はある?」
 静かになった彼らをくるりと見渡し、玄金はにこやかな笑顔で……まるで教師が生徒に向かうかのような口調で問いかける。
 その問いに最初に手を挙げたのは、不思議そうな表情の五代だった。
「あの……加賀美さんの『ガタック』でしたっけ? それには『戦い続けるための暴走スイッチ』があるって今……」
「うん、言ったね」
「それは、アマダムの『侵食』に似ているような気がしたんです。何か関係があるんですか?」
 初めて聞く「侵食」という単語に、橘達が不審そうな表情を浮かべる。恐らく彼の脳裏には、キングフォームの影響を受けて暴走した、かつての仲間の姿がよぎったのだろう。
 それに気付いたのか、玄金は軽く頷いてその問いに答えた。
「雄介君の持つアマダムは、装着者にグロンギと戦う力を与える代わりに、ある条件を満たすと神経に作用し、最終的には装着者をただの殺戮兵器にする。勿論、そこに本人の意思は存在しない。一方でZECTが有するガタックとカブトの暴走スイッチもまた、一度入ってしまえば本人の意思とは無関係に、ワームを、そしてネイティブを殲滅し続ける」
「確かに、戦い続けるって意味では、暴走スイッチもアマダムも似てるわね……」
「しかし妙だな。何故、そこまで類似点がある?」
 頷くハナにかぶせるように、橘も訝しげに問う。
 そんな彼らの顔を、玄金はどこか楽しそうな笑みを浮かべながら見やった。
 裏がありそうな、純粋からは程遠い笑顔。何かを企んでいるのが分かるのに、それに踊らされざるを得ない状況は、妙に腹立たしく思えた。
「言ったろ? 『グロンギとワームは元が同じ』……同じようなシステムで対抗しようとするのは、当然の結論だよ。カブトゼクターとガタックゼクターは、アマダムのデータを元にして造った物だし。そもそも、アマダムを発明したのもデンライナーの元オーナーでもある風虎ちゃんだし」
 さらりと投下された爆弾発言に、思わず全員が色めき立つ。
 それもそうだ。少なくともグロンギと古代人類リントの戦いが、一万年以上前に起こった事ならば……彼女は既に、齢一万を超えている事になる。
 そんな人間、存在できるはずがない。
「待て、彼女がどちらも開発したと言うのなら、時間が合わない! あいつがアンデッドでもない限り」
「……物凄く長生きとか?」
「リントの生き残りって言うのもありますよね。自分を仮死状態にして現代まで眠ってたとか。実際に前のクウガの装着者も、仮死状態で眠っていたって聞いてます」
「そもそも、デンライナーの元オーナーなんでしょ? infinityのチケットを使って、過去に行って作ったって考えるのが自然じゃない?」
 口々に自分の意見を言う四人。
 ……まさかそこに、真実があるとも知らず。
 そんな彼らに、玄金はニヤリと奇妙な笑みを浮かべ……
「さあ、どうだろうね。他に質問は?」
 回答を濁された事に少々不快を覚えるが、彼がそういう態度を取る時は、絶対に答えないと暗に言っているような物。
 付き合いが長い橘が真っ先にそれを悟ると、ふうと諦めたように溜息を一つ吐き出し……そして別の、今回の根幹とも呼ぶべき疑問を口に出した。
「何度も遮られたが、今度こそ答えてもらうぞ。……シブヤ隕石は、なかった。少なくとも、俺の記憶では」
「俺も、そうです。大気圏内で燃えつきたって聞いています」
 流れを断ち切られ、どことなく気まずそうな空気の中、橘と五代が不思議そうな表情で問う。二人の言葉に、やはり納得していないのだろう。加賀美の表情は怪訝な物に変わり、一方の玄金の顔からは笑みが消えた。
「そう、そこなんだよねぇ。炎雀も言ってたけど、それこそが今回の問題点」
 深い溜息を吐いた後、玄金は自分に向けられた視線を真っ直ぐに受け止め……
「……『女帝』だか誰かの統治する世界でもあった事なんだけど、隕石が落ちた瞬間に世界が『分離』しちゃったんだよ。あっちは確か、ダイノアースとアナザアースって言ったかな」
「世界が、分離?」
「と言っても分かり難いだろうから……そうだなぁ、スライムで出来たボールを想像してみてくれる?」
 唐突に言われ、一瞬たじろぐが……各々、頭の中でゲル状の丸いボールを思い浮かべる。同じ色を四つ揃えたらぽよんと消えそうな形の物を。
「そこに、何か……そうだな、小さな鉄球を勢い良くぶつけると、どうなる?」
 玄金の言葉に言われた通り想像し……全員が全員、頭の中でそのボールにパチンコ玉のような物をスライムにぶつけてみる。
「うーん……私は、鉄球がスライムの中に入り込んだけど……」
「俺は、スライムを通過しました」
「え、俺はスライムが二つに割れた!」
 ハナ、五代、加賀美の順で各々の頭の中のスライムの状況を説明する。
 それらを聞いた瞬間、橘ははっとしたように顔を上げた。
「…………そうか、そういう事か!」
「あ、朔也君、分かった?」
 一足先に気付いたらしい橘に、飛び切り嬉しそうな笑顔を向け、玄金はパチンと指を鳴らす。
 壁に映された画像が切り替わり、闇の中で青い惑星……地球と思しきそれが、明るく光っている。
「地球……この世界がスライムで、シブヤ隕石が小さな鉄球だとしたら……」
「そう。二つに割れた後、安定しようとする」
 勿論、物理的にではないけどね、と付け加えつつも、玄金は再び指を鳴らす。
 すると、映像の地球に一つの隕石がぶつかる。直後、ゆらりと地球が歪み、分裂したのだ。それこそ、まるで細胞が分裂する時のように。
「……二つのうち、一つは鉄球の被害が少ない方、つまり朔也君や雄介君がいた『シブヤ隕石が燃え尽きた歴史』。もう一つが、鉄球の被害が大きい方、新君がいた『シブヤ隕石が落ちてきた歴史』。世界が持つ、元に戻ろうとする力……復元力とか安定力とか言われる『それ』が、その時変な方向に働いちゃったみたい。でも、それならそれで良かったんだよ。二つに分かれたなら、それなりに。それぞれの道を歩んでいた訳だし。けど……」
「最近になって、一つに戻り始めた。そういう事か?」
「ピンポーン。さっすが朔也君、話が早いねぇ!」
 その言葉と同時に、壁に映し出された「分裂した地球」が、互いを食い合うようにして融合し始める。ゆっくりと、だが、確実に。
 その映像に、何故かゾクリと寒気が走る。奇妙だと思う前に、自分達の本能が、それは危険な兆候だと告げていた。
「融合し始めた原因は色々考えられるけど、有力なのは、最近色んな世界をぶつけ合って全ての世界を崩壊させようとしている奴がいてね。その影響じゃないかって気がする」
 笑みを消し、憎悪すらこもった瞳を窓の外に向ける玄金。
 それは、はじめて見る、玄金の素の……本当の感情だったかもしれない。
「シブヤ隕石によって生まれた二つの世界は、元々一つだったせいか、完全には分離せず境界も曖昧。つまりある場所で、ほんの僅かではあるけれど、繋がっている。だからダークローチが二つの世界を偶然行き来する事が出来たし、グロンギもワームの存在を感知する事が出来た」
「どこかで繋がってるから、か?」
「そ。ちなみに最近になって増えた接点の一つが、BOARDの研究所。最近新君の住んでいる世界の住人が迷い込む事が多くてねぇ。おかげでそっちじゃ『神隠し』とか『行方不明』とか言われちゃうし、こっちはこっちで迷い込んだ人が色々と困惑しちゃうし。……新君も心当たりあるでしょ? 『困惑しちゃう側』の」
「シブヤ隕石の話が通じない事か?」
「違う違う。もっと前。視覚的な意味合いで、だよ」
 不意に話を振られ、一瞬だけ加賀美は戸惑いを見せた。
 シブヤ隕石を知るのが自分だけという状況を考えれば、恐らく「迷い込んだ」のは自分の方だろう。つまり、自分は神隠しに逢った側の人間。
 しかし、困惑したのはシブヤ隕石の話をしたからであって、その前に困惑するような事など…………
 そこまで考えて思い出す。自分が見た「人類基盤史研究所」と、中に入って以降の「人類基盤史研究所」……否、「BOARD」の差異を。
「……『人類基盤史研究所』の外観!?」
「そういう事。『シブヤ隕石が落ちてきた歴史』では、『人類基盤史研究所』は衰退して廃墟と化した。それどころじゃなかったからね」
「そうだよ! 俺が青い人に会った時、『人類基盤史研究所』は全体を蔦に覆われていて、人体実験の噂も本当なんじゃないかって思えるような外観だった!」
「一方で『シブヤ隕石が燃え尽きた歴史』では、逆に研究が盛んになり、綺麗な研究所が作られる程の資産を持っている。君は、龍水ちゃんを追いかけている間に、『こっち側』に来てしまった」
「じゃあ、最近の行方不明者は……その、『シブヤ隕石がなかった世界』に迷い込んだって事か!?」
「当ったり~」
 どこから取り出したのか、玄金はクラクション……俗に「パフパフラッパ」と呼ばれるそれを鳴らし、空いている手でぶわさっと紙吹雪を散らした。
 恐らくは祝福の意が籠っているのであろうが、何故か馬鹿にされているように思え、苛立たしさを覚える。彼は人を苛立たせる天才なのではないかとさえ思えたが、ここでそれを突っ込んでは話が前に進まないので、ぐっと堪えて無言で睨み付けて、先を促す。
「他の世界は完全に孤立しているし、境界もはっきりしてる。つまり『完全に分離している』から、行き来なんて普通は出来ない。そもそも統治している管理者……俗に『カミサマ』なんて呼ばれている連中も異なる」
「つまり、加賀美さんが住んでいる世界と、橘さんや五代さんが住んでいる世界は、完全な『異世界』じゃない」
 ハナの呟きに、玄金は嬉しそうに目を細める。
 まるで我が子を愛でるような、そんな印象を、それを見ていた五代は受けた。
「流石に異世界に行った事のある子は理解が早いね。その通り。何しろ、隕石がぶつかるまでは一つの世界であり、一つの歴史の上に成り立ってたんだ」
「たった一つの出来事が違うだけで、その後の歴史も変わってしまった……」
 深刻そうな表情で呟くハナ。
 それもそうだろう。彼女自身、「たった一つの変化で変わってしまった」人間なのだから。
「でも、一つに戻ったら何かまずい事でもあるんですか? 元に戻るんですから、良い事だと思うんですけど」
 そう不思議そうに言ったのは、五代。
 確かにその通りだ、と言わんばかりに、横では加賀美がこくこくと首を縦に振っている。
 だが……玄金はうーんと唸り、苦笑いのような表情で彼らに向かって口を開く。
「『なくはない』って表現が適切かな? 考えてみて。一方では渋谷はまるまる無事だったのに、一方では壊滅状態。復元するとしたら……どっちが優先されるんだろうね?」
「……そうか、仮に渋谷が無事な場合、新のように『シブヤ隕石があった世界』の住人が混乱し、渋谷が壊滅状態になった場合、俺達『シブヤ隕石がなかった世界』の住人が混乱する。さっきまでの俺達のように」
「どちらにしろ、混乱が生じるって訳ね」
「そ。あるいは、人によって、渋谷が壊滅しているように見えたり、普段通りに見えたりするかもね」
 杞憂であってくれれば良いんだけど、と呟きつつも、どこか確信めいた口調で玄金は語る。
 まるで、そうなった世界を見てきたかのような、そんな暗い表情で。
「人の記憶こそが、時間だから……」
「うん。二つの記憶がぶつかり合えば、何が起きるか……ハナちゃんなら、わかるよね?」
「歴史が混乱して、世界その物が、崩壊するかもしれない?」
 ハナの言葉に、玄金は黙って頷く。真剣なその空気は、先程までとはまるで違う。それが分かったのか、五代も橘も加賀美も、思わず黙り込んでしまった。
 だが、その空気を打ち破るかのごとく、玄金は短く溜息を吐くと、今までの暗い口調から一変していつもの明るい……何を考えているかさっぱり分からない口調に戻る。
「さて、ここまで話したところで、本題に入ろうか」
 にこりと笑みを浮かべ、ついでにクラクションを一回パフっと鳴らすと、彼はそれをぽいと背後に放り投げて、人差し指を聞いていた面々に突きつけた。
「今回君達に集まってもらった目的は、そうならないように、今回の鍵……渋谷を、どうするか決めてもらう事にある。……つまり、渋谷を崩壊させるか、崩壊などなかった事にするか」
「崩壊しなかった場合は、どうなるんです?」
「ちょっとしたパラドックスが起きるねぇ。シブヤ隕石が『なかった』事になるから、ワームは現れない。したがって、それと戦っていたZECTなる組織はなかった事になる」
「俺が、ガタックじゃじゃなくなるって事か」
「未確認は? 玄金さんの話だと、ワームの存在を感知したから、未確認は目覚めたんですよね?」
「少し違う。ワームを感知したから、目覚めが早まっただけで、目覚めない訳じゃない。クウガの力が必要な事は変わらないけど、多少の余裕は出来る。場合によってはBOARDの助力もあるかもしれない」
 加賀美と五代のの言葉に、嬉しそうな顔でこくりと頷きつつ、玄金は更に言葉を続ける。
「逆に、シブヤ隕石が『あった』事になると、崩壊しちゃってる渋谷では戦えないし、ワームと、それに反応したグロンギのダブルパンチだ」
「……アンデッド解放どころの話ではなく、下手をするとBOARDはZECT統合されていた可能性がある訳か」
「うん。どちらの歴史が優先されるにせよ、雄介君はクウガのままだけど、シブヤ隕石が『あった』場合は、支援母体が警察からZECTに変わる可能性は高い。何しろ、二つの歴史の間では警視総監すら異なる人物だからね」
 言いながら、玄金は視線を四人から窓の外、線路のつながっていないトンネルに向ける。
 そのトンネルの先に何があるのかを知っているのか、ほんの僅かにその眉を顰めて。
「僕としては正直、現状維持……この薄らぼんやりとした曖昧な境界を保ったまま、二つの歴史を存続させた方が楽なんだけどね。つながったままになっちゃうから、多少の『神隠し』は起こるかもしれないけど。……だけど、その現状維持ってのは、僕の力じゃ無理らしい」
「……どうして俺達なんですか?」
 心底悔しそうに呟いた玄金に、五代はずっと抱いていた疑問をぶつけた。
 自分の場合、わざわざ破壊されたアマダムまで修復したのだ。自分達でなければならない理由が、何かあるのかもしれない。
 ……戦う事になるかどうかはさて置いて、誰かの……皆の笑顔に繋がるのであれば、五代は既に協力する気でいた。
 そしてそれは、橘も加賀美も、ハナも同じ。半ば強引にこの列車に乗せられ、巻き込まれたような形ではあるが……世界が滅びるかもしれないと言われて、放っておける程冷たい人間でもない。
 それを感じたのか、玄金は少しだけ目元を緩めると、再度彼らの方へ向き直ってその口を開く。
「今、『鍵』を固定できるのは、アマダムを持つクウガと、『FUSION』のカードを使いこなせる『人間』のギャレン、そしてハイパークロックアップが可能なガタック……三人の鍬形クウガだけなんだ」
「玄金、クウガと言うのは五代の事だけじゃないのか? 何度か俺達の事も『クウガ』と呼んでいるが」
 玄金の放った「三人のクウガ」と言う単語に、橘が不思議そうな表情で問いかける。
 ギャレンのバックルを渡された際も、彼は自分の事を「銃撃のクウガ」と呼んでいた。それに、今までの話の中で加賀美もまた、彼を案内した人物に「クウガ」と呼ばれたらしい。しかし、「クウガ」という単語は五代が変身した姿を指す言葉であって、自分達のコードネームではないはずだ。
 その問いでようやく、自分が説明していなかった事を思い出したらしい。
「僕や炎雀が言う『クウガ』は鍬形をモチーフとした戦士全般を指す。ただ、ギャレンやガタックにはそれぞれのコードネームがあるから、一般的には雄介君の『空我』を指すことが多いってだけ。ちなみに、雄介君が変身するクウガは『悟りの鍬形』、朔也君が変身するギャレンは『銃撃の鍬形』、そして新君が変身するガタックは『今世の鍬形』って、僕達は呼んでいる。……方言やビジネス用語みたいなものさ」
 確かにギャレンはスタッグビートルアンデッドの力を……クワガタムシの祖の力を借りている。玄金の言葉の通りなら、五代のクウガも、加賀美のガタックもクワガタムシを連想させる姿をしているのだろう。
 理解すると同時に、分かってしまえば随分と分かりやすい隠語だと苦笑が浮かぶ。
「……なあ、ハイパークロックアップが必要だって言うなら、カブトでも……天道でも大丈夫じゃないのか? 何でわざわざ俺なんだ?」
「『クウガ』の力を揃えることで、相乗効果で互いの力が増幅されるから、今回の件は新君に任せたいな。それに、総司君は今回の作戦を実行する資格を失っている。『大干渉』できるのは、人生の内に一回きりだ」
 心底不思議そうに問うた加賀美に、玄金は軽く笑いながら言葉を返す。
 五代や橘、そして加賀美の力を使った場合、モチーフが同じである事から何かしらの増幅効果を見込めるという事なのだろう。だが、後半の言葉の意味がよくわからない。
――天道は資格を失っている? どういうことだ?――
「じゃあ私は? 何の為にあんたは私を連れてきたの?」
「ハナちゃんの役目は『証人』。特異点の君が『固定した結果』を覚えていれば……それが『時間』、つまり『歴史』となる」
 言うと同時に気を取り直すかのように一つ溜息を吐き……再びその顔を完璧な笑みの形に変え、極力明るい声音で重くなった空気を切り替えるべく言葉を放った。
「真っ直ぐ現場に行きたかったんだけど、今回動かざるを得なくなった元凶がね、厄介な道筋を設定してくれやがって。だからちょっと遠回りをするよ。それに、言っても俄かチームだしね。親睦を深める為にも、回り道は必要って気がする」
 そう言って、彼は線路の繋がってないトンネルの一つへ、強引に列車を進めた。
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