明瞭な夢、曖昧な現実

【その37:ゆめみる ―友情―】

「純一君。まだ生きてるって気がする」
 玄金が放ったその言葉に、真っ先に反応したのは禍木と春香。
 二人は大きく目を見開いて互いの顔を見合うと、こくりと小さく頷いて……玄金が指差した方向、「14」が現れた「石碑のある場所」へ向かって駆け出した。
 海東純一は死んでいない。
 そう信じているつもりだったが、やはり心のどこかでは覚悟をしている部分もあった。
 14という強大な力。それを生み出す為に支払う代償は、「人間の命」。出来るだけ早く14を倒したつもりだったが、既に全ての「命」を吸った後だとしたら……そんな考えがあったのも事実だ。
 だから、玄金の言葉に安堵した。
 例えもう一度敵対する事になるとしても、彼が生きているなら、まだ分かり合う機会も得られるだろうから。
 だが、そんな二人にカズマは困惑したような表情を向け、追いすがるように腕を伸ばす。
「ちょっ……禍木、春香!」
 カズマは、二人とは違う。海東純一とは最初から「敵」として対峙している、嫌悪の対象。
「士、俺達も行こう。奴が何をするか分らない以上、あの二人だけじゃ危険だ」
 カズマの言葉に士をはじめとする面々はこくり頷きを変えすと、駆け出した二人を追うように一歩前に足を踏み出し……だが、その瞬間。
 カズマを除く面々の足が、ずしりと地にめり込んだ。
 元々満身創痍ではあったし、貧血を起こしてもおかしくないような怪我もしている。だが、今感じている「これ」は、そう言った倦怠感から来る「重み」ではなく、もっと物理的な「重み」だ。
「えっ!?」
 疑問の声は誰のものだったのか。重みを感じた彼らの顔が一斉に玄金に向く。
 「こんな事」が出来るのは、そこで笑顔を浮かべて立っている、「重力を操るアンデッド」だけだからだ。
「玄金、お前、何考えてるんだよ!?」
「あ、僕達はもう帰るから、純一君の所に行くのは却下って事」
「何でですか?」
「だって、ねぇ。結構予定押してるし。余計な事をしてる暇はないって言うか」
 困惑そのものといった声を上げた加賀美と五代に軽く返しながら、玄金はパチンと指を鳴らす。同時に、牛の鳴き声にも似た汽笛の音が響き……彼らの前へ、進路を塞ぐかのように降り立った。
「当初の目的を忘れてもらっちゃ困るんだよね~。この世界では、キングを封印して『ワーム達の全く存在しない可能性』を見てもらうってだけなんだから」
 そう言って、彼は口の端をニィと歪め、その場で固まる一行を見やる。
 その顔に、今まで出会ったどの「敵」よりも邪悪な印象を受けるのは、五代の気のせいだろうか。本当の敵は、ひょっとするとこの男なのではとさえ勘繰ってしまう。
「まあ、とにかくさ。こっちも結構焦ってるんだよね~。純一君の事は慎君と春香ちゃん、それにそこにいるカズマ君に任せて平気って気がする」
「あいつが襲ってこない保証がない! むしろ、生きてるんならまた……」
「そこまで僕が……僕達が干渉する訳に行かないでしょう。ここから先の出来事は、全て『君達の世界』の事なんだから、自分達で何とかしなきゃ。少なくとも僕は、僕達の世界で手一杯なんだ」
 真っ直ぐに睨みつけて言い募るカズマにそう答えると、玄金ははひょいと肩をすくめ、更に言葉を続けた。
「この世界に永住する身ならともかく、僕達はただの『通りすがり』だ。そんな奴に助けてもらって、本当の解決になると思っているのかい? だとしたら……君はとんだ甘ちゃんだ」
「な……うくっ!?」
「自分で出来る事は、自分でやれ。『異色の力』に甘えるな。お前も人間なら……まして『仮面ライダー』の名を冠する者なら、それくらいは足掻いてみせろ」
 カズマの胸座を掴み、そして真っ直ぐに目を見つめて。玄金はらしからぬ口調で低く言い放つ。
 その声に、そして雰囲気に、カズマは図らずも自分の背に冷たい物が駆け抜けるのを感じた。恐怖……とは少し違う。強いて言うなら、自己嫌悪の強化版といった風な感情が、カズマの動きを封じたらしい。
 それに気付いたのか、玄金はいつもの、底の読めない笑顔を浮かべると共に、カズマからその手をぱっと放す。まるで先程までの表情が、嘘であったかのように。
「な~んて、ね。とにかく、僕達は次に行かなきゃいけない。だからこの後の事は、せいぜい自分達で頑張って」
 そう言うと、再度重力操作をしたのか、玄金は強引にカズマを除く面々をゼロライナーに押し込め……一瞬だけ、足元で倒れている「かつての士」に視線を送った。
 その視線に、感情はない。ただ、物を見ているのと変わらないように、カズマには映る。
「……この『士』は、連れて行かないのか?」
「連れて行かなくても、ちゃんとあるべき場所に辿り着くよ。それが決められた道筋……彼の『歴史』なんだから」
 その言葉と同時に、ゼロライナーの扉が閉まり……天空へとその姿を消してたのだった。

 頬に当たる冷たい感触で、彼はふと目を覚ました。
 ぼやけた視界に入るのは、周囲に散らばる無数の瓦礫。ここはどこかの遺跡の中だろうか。しかし天井は何かが突き破ったかのような大穴が開いているし、目の前にある石碑は真ん中辺りで二つに割れているという惨状。
 何かが……それも惨事と呼べるような事があったのは確かだろうが、それが何なのかはわからない。
――何で俺はこんな所で倒れていたんだろう。そもそも、ここはどこだ?――
 霞がかかったように、ぼんやりとしている頭を振って、何とか彼は思い出そうとするが……分らない。この惨状の理由はおろか、自分がここで倒れていた理由も。そして何より……
 ふ、と思った瞬間、誰かの足音が響いてきた。
 二人……いや、三人だろうか。音が反響して正確な事は分らないが、少なくともこちらに近付いてきている。
 誰だろうと首を傾げ、出入り口を見つめると……必死の形相の青年、禍木と、今にも泣きそうな女性、春香が、そしてその後ろではどこか不審そうな表情で見つめる別の青年、カズマの三人が、息を切らせながらその姿を現した。
 そんな彼らをじっと見つめていると、禍木と春香が「彼」……海東純一を見つけたらしい。目が合った刹那、二人は軽く驚いたように目を見開き……そして次の瞬間には、その顔に嬉しそうな笑みを浮かべて純一に向って駆け寄る。
「良かった、生きてて……本当に良かった!!」
「純一、お前……心配させるなよ……!」
「え……ああ、ごめん」
 感極まったように、春香が抱きついてくる。まるで純一が本当にこの場にいるかを確かめるように、その体をさすりながら。
「くっそぉ……会ったら絶対殴ってやるって思ってたのに。顔見たら、何か殴れなくなっちまったじゃねーか」
 一方で禍木は、そう言いながら軽く彼の額を小突く。
 殴れないんじゃなかったのかと言いたいが、これはきっと彼の中では殴るに分類されないのだろう。
 ぼんやりと思いながら、純一は二人の顔を見つめ、そして更には入り口近辺で立ち止まったままのカズマにも視線を送った。
 カズマの目には、やはり嫌悪や憎悪といった色が浮かんでおり、明らかに禍木や春香とは態度が異なっている。嫌われていると、簡単に察する事が出来るほどに。
「純一?」
 いつまでもなすがまま、黙りこくってぼうっとしている純一に、不信感を覚えたのか、春香が軽く首を傾げながらそう呟く。
 そしてはっとしたような表情を浮かべると、そろりと純一から体を離した。そんな彼女の後ろでは、禍木が哀しそうに顔を顰め、その更に後ろではカズマがきつく純一を睨みつけながら、自身の腰にバックルを押し当てている。
 カズマから向けられているのは、敵意、そして禍木と春香から向けられているのは困惑と失望だろうか。
 どうしてそんな感情を向けられているのか、純一にはよく分らない。分らないまま、軽く首を傾げると、春香は震える声で彼に問う。
「やっぱり……まだ、戦うの?」
「戦う?」
 緊張半分、悲しさ半分で放たれた問いの意味を図りきれないのか、春香の言葉を鸚鵡返しにしてしまう。
 「やっぱり」という事は、多少は彼女も戦う事になると覚悟していたのだろう。
――「まだ」って事は、俺は以前、彼女達と戦ったらしい――
 思いつつ、純一はぼんやりとした顔で、心底不思議そうに彼ら三人を見やる。
 その顔に敵意がない事に気付いたのか、カズマは不審げに眉を顰めながら、すっとバックルを降ろした。
 「何か」が違う。カズマの知る「海東純一」は、こんなにぼんやりした男ではなかった。少なくとも、自分達を「敵」だと判断していたし、この状況なら変身して自分達を蹴散らそうとするくらいはやってのける男だ。
 それなのに……相手は僅かに首を傾げているだけ。彼の近くに落ちているグレイブバックルを拾おうとする気配どころか、その存在にすら気付いていないように見える。
 まるでよく似た他人のようにさえ思え……カズマはようやく、彼に向って声をかけた。
「お前……本当に、海東純一なのか……?」
「……海東純一……それが、俺の名前なんでしょうか?」
 きょとん、と。心底不思議そうな表情で返された言葉に、一瞬だけ静寂が落ちる。
 彼の言葉は即ち、己の記憶の欠落を意味しているのだから。
 だが、禍木と春香には何故だか納得できた。
 道理で自分達の姿を見ても、何の反応もなかった訳だ。
 恐らく彼は、生き長らえる代わりに過去を失ってしまったのだろう。彼の上官であった、「かつての門矢士」と同じように。
 彼が記憶を失った事は、罰なのか、それとも赦しなのか。失った本人からすれば、取り戻したいと切実に願うだろう。己の過去、生きた証、それらを失ったも同然なのだから。ある意味において、「海東純一」は確かに「死んだ」のだ。
 だが……禍木や春香は、これで良かったのかもしれないと思う。
 今の彼は、自分達の事を知らない。
 仲間としてローチと戦っていた事も、敵として対峙していた事も。
 それなら……忘れられたのなら、もう一度「はじめまして」からスタートする事が出来る。もう一度、親友に……仲間になる事ができる。敵として立たれるよりも、よほど、良い。
「ああ、そうだよ。お前は海東純一。そんで俺は、禍木慎」
「私は、三輪春香。あなたの……仲間よ」
 にこりと笑い……そしてほんの僅か、その瞳にうっすらと涙を浮かべながら。二人はそう言って、純一に向って手を差し伸べる。
 その後ろに立つカズマだけは、僅かにその様子に顔を顰め……そして、思った。
 それでも、いつかは真実を伝えなればならない、と。
 何もかもを忘れてしまった彼に、「仲間である」という「自分達に都合の良い部分だけ」を伝えるのは……人々を洗脳し、操っていた時の海東純一と何も変わらない。
 それに……何よりも、カズマは彼を許せない。サクヤとムツキを操り、ローチに変え、結果的に彼らを死に追いやったのは、紛れもなく彼が原因なのだから。
 幸せの絶頂で、その事実を突きつけたらどうなるだろうか。果たしてその事実は、彼にとって罰になるのだろうか。
 そんな暗い考えを振り払い……それでも心の底からじわじわと滲む、どす黒い感情を抑えきれないまま、カズマはぼんやりと呟く。
「……因果は巡る……って事なのかな……」
 と。

「あの、門矢さん」
「……何だ、五代」
「あなたは、まだ『ライダーがいるから、一般人が襲われる』って思っているんですか?」
 ゼロライナーの中から、ぼんやりと時の砂漠を眺めていた士に、五代は不思議そうに問いかける。その顔に、敵意はない。純粋に不思議に思っている……と言う印象だ。
 確かに、かつての士はそう思っていた。それは、先程「ディケイド」に言われ、思い出した事でもある。だが……同時に、今なら否定の言葉を放つ事が出来る。
 そうではないのだ、と。
「あんなもん、物の見方の一面だろ。卵が先か、鶏が先かって話だ。そんな物、誰にも分らないのにな」
「じゃあ……今はどう思っているんですか?」
「さあな。俺にも良く分らん。だが、あの論理が違うんだろうってのは分る。…………何となく」
 少なくとも、今は否定できる。
 「ネガの世界」のように、ライダーその物が人間を襲っている場合もあるし、「アマゾンの世界」のように、人間がライダーの敵に回っている場合もある。
 だからこそ、「ライダーがいるから人が襲われる」と言う論理は間違っている。間違っていると、思う。
 様々な世界を巡り、そしてそのそれぞれの世界において、ささやかだが確かな「つながり」を持った。そのつながりのお陰で、士は今、ここにいる。そしてそのつながりは、自分が「通りすがりの仮面ライダー」だったから出来た物だ。
 それともう一つ。本当にあの考えは、「門矢士が自分で考えて導き出した結果」だったのだろうか。どうにもそれがしっくりこない。まるで、誰かに強要された考えであるかのように、中身のない言葉に思えて仕方がない。かつて自分の口から吐き出されていた言葉のはずなのに、どうしても「門矢士」の意志が載っているように思えなかった。
「何となくかよ」
「まあ、門矢らしいと言えばらしいんだろうな」
 まだどこか納得していないらしい加賀美と、特に何も感じていないらしい橘の声が飛んでくる。
 どうやら、こちらの会話を聞いていたらしい。
 ……まあ、それ程広い車両ではないので、聞こえるのも当然なのだが。
「橘さんや五代さんは納得してるんですか!? こいつは……」
「こいつが今でもライダーの消滅を目論んでいるなら、もっと早い段階で俺達を倒す機会はいくらでもあった。……違うか?」
「……それは、そうですけど……」
 橘の言う事はわかる。何だかんだ言って、士は今まで自分達と共に戦ってくれた。その気になれば、後ろからバッサリ、という事も可能だったにもかかわらず。
 それで信用できる訳ではない事も事実だが。
「……俺は、信用した訳じゃないからな」
「別に。信用しなくても良い」
 ギッと睨みつける加賀美の視線をさらりと流しつつ、士は窓の外を眺めながらも言葉を返す。
 その空気を打ち壊そうとでも思ったのか、一瞬だけ五代は思案顔を作り……そして、すぐに笑顔を浮かべると、加賀美と士の間に入って言葉を紡いだ。
「二人とも、そんな顔はやめませんか? 俺達がそんな顔をしていたら、守られる側は笑顔になれません。だからほら、笑って笑って」
「……何なんだ、その論理は……」
「イライラはイライラを呼んで、あっと言う間に世界中がイライラだらけになってしまう。だから俺は、最後まで笑顔でい続けようって決めたんです。笑顔って、人類最強の武器なんですよ?」
 呆れたような士の声に、五代は綺麗な笑顔とサムズアップで返し、きっぱりと言い切る。
 その顔に毒気を抜かれたのか、一瞬だけ士は……そして加賀美も……ぽかんとした表情になった後、つられたように軽い笑みを浮かべた。
 その瞬間だっただろうか。窓の外に広がっていた砂漠は消え去り、少し離れた場所に東京タワーが見えた。早朝なのか、街中に人の姿は少ない……と言うか、ない。
「ここは?」
「戻ってきたよ。本来の……『融合されつつある世界』にね」
 運転席から戻ってきたのか、いつの間にか現れた玄金が真面目な声と共にそう告げる。同時にゼロライナーはゆっくりと停車、空気の抜けるような音と共にその扉を開いた。
37/38ページ
スキ