明瞭な夢、曖昧な現実

【その36:やく ―厄介―】

 とすりと、「ディケイド」が地に足を下ろす。
 同時に大地は彼が放つ威圧感に負けたのか、ズンと低い音を鳴らして微かに凹んだ。
 吊り上がった目は全てを破壊する決意を秘め、暗いマゼンタはこれから呼ぶ闇と流すライダーの血の色を暗示しているのか。
 額の紫が鈍く光り、前へ進む毎に大地は「ディケイド」の存在を拒むかのように凹む。
「お前……ぐっ!」
 何かを言おうとした士に対し、「ディケイド」は無造作に彼の首を正面から掴み、持ち上げる。
 まるで、それ以上の言葉は必要ないとでも言いたげに。
「お前達の存在を破壊する。……それこそが、全ての世界が平和になる、唯一の方法だからだ」
 言いながら、「ディケイド」は空いた手でソードモードに変えたライドブッカーを構えた。士の体を斬り裂く為に。
 その事に気付いたのだろう。即座にカズマはブレイラウザーを構え……
「ウェェェェェイッ!」
 気迫と共に「ディケイド」に向って駆け、その切っ先を大きく振り上げた。だが……「ディケイド」は慌てた様子もなくカズマの方へ向き直ると、自身の眼前に士の体を掲げた。
 ……カズマからの盾にする為に。
「っ!」
 その意図に気付き、カズマは慌てて振り下ろしかけたブレイラウザーを宙で止める。だが、当然そこには大きな隙が生まれる訳で。
「フン。やはり、甘いな」
 「ディケイド」は嘲笑うような声でそう言うと、持ち上げていた士の体をカズマに向って投げつけ、更にそこへ追い討ちをかけるようにガンモードに変形させたライドブッカーの銃弾を浴びせる。
 放たれた弾丸は、普段士が使う物よりも更に強力なのか「仮面ライダー」としての鎧ごと、カズマの両腿と士の左肩を撃ち抜いたらしい。地に倒れ込んだ彼らの周囲にはジワリと赤い液体が広がっていく。
「剣立さん、門矢さん!」
「他人を案ずるあまり、自分が疎かになる。お前の悪い癖のようだな」
 響いた声がした方を向けば、そこには銃口をこちらに向けた「ディケイド」の姿。
 危険を瞬時に判断し、五代は慌てて身を低くして左側へ転がると、それまで自身のいた場所近辺を「ディケイド」の放ったエネルギーの弾が通り抜けた。
 避けなければ、今頃は五代の両腕を貫いていただろう。そう考えると、ぞくりと冷たい物が走る。だがそれは、「ディケイド」の本気を感じ取ったからでも、まして自身の死を予感したからでもない。
 どう表現すれば良いのか、五代自身も分らない。強いて言葉にするなら……「悲しさから来る恐怖」だろうか。
 そんな摩訶不思議な感覚を覚えつつ、五代が真っ直ぐに「ディケイド」へ視線を向けた、その瞬間。
――をををおぉぉぉぉぉぉ――
少し離れた位置から、そんな「鳴き声」が響いた。そして直後、「声」の位置から眩い光が溢れ、五代の……そして「ディケイド」の目を射抜いた。勿論、地に伏していたカズマと士の目も、その光を捉えている。
「この光は……!?」
「どうやら……あいつらは14を倒したらしいな」
 五代の声に、いち早く状況を把握したらしい士が身を起こしながらも答えを返す。左腕からは相変わらず血がぽたぽたと流れ落ちているが、他にこれと言った怪我はないらしく足元はしっかりとしている。腿を撃たれたカズマの方は、近くの瓦礫に寄りかかるようにしているものの、やはり他の部分に大きな怪我はないのか、じっと「ディケイド」を見据えていた。
 そして14を倒したらしい橘達もまた、「ディケイド」を取り囲むようにして駆け寄ってきた。
「……随分と早いと思ったが……そうか、キングフォームって奴があったな」
「全ての大ショッカーは倒した。残っているのは、お前一人だ……『ディケイド』」
 駆け寄ってきた面々も含め、七人の仮面ライダーに囲まれているにもかかわらず、「ディケイド」は余裕そうな声で言う。口ぶりからすると、14が倒される事はある程度予想していたのかもしれない。
 そんな彼に、橘はキングフォームのまま静かな口調で言葉を放つと、そのままランチャー状に変化したままのギャレンラウザーを構えた。そしてそれに倣うように、他の面々も油断なく「ディケイド」に向って己の武器を向ける。
 勿論、相手が「かつての士」である以上、こちらも本気で戦う事は難しい。だが、本気で戦わねば倒されるのがこちらである事もまた事実。仮に「ディケイド」を動けなくしたところで、その後の問題もある。放置しておくには、今の「ディケイド」はあまりにも危険な存在だ。
 ジレンマを感じながら、それでもジリジリと囲んでいた面々が「ディケイド」との距離を縮めた……その刹那。
「……フッ」
 小さく、「ディケイド」が笑った。
 そしてそれに気付いた時には既に遅く。
『FINAL ATTACK RIDE D・D・D DECADE』
 「ディケイド」を中心にして放射線状に、ディケイドを示す紋章が描かれたエネルギーのカードがそれぞれライダー達に向って列を為す。上空から見れば「米」の字のように見えただろうか。
 そしてそれに……「ディケイド」に捕えられたのだと気付いた時には既に遅く。中央に立っていた「ディケイド」は、くるりとその場でターンをしながら、ライドブッカーの銃弾をカードの列に向けて放った。
 元より鎧を貫通する威力を持つ弾丸は、エネルギーを纏った事で更にその威力を上昇させ、それぞれの体を捕らえ、貫く。
 貫かれた面々はそのダメージの大きさ故に変身を解かれ、その場で声にならない悲鳴を上げて倒れ込んだ。
 その場にじわじわと血の染みを広げ、呻く面々の中央で「ディケイド」だけが悠然と立っているその姿は、まさに「悪魔」の二つ名に相応しい。
「あのタイミングで、咄嗟に致命傷を避けるとは……流石、と褒めてやるべきなんだろうな」
 倒れる彼らを見下ろしながら、「ディケイド」は感情の篭っていない声で言い放つ。
 それでも、己の優位は確信しているのだろう。悠然とした足取りで倒れ伏すそれぞれ側へ歩み寄ると、その顔を覗き込んだ。
 誰から先に「物語を終わらせるか」を決めようとしているのだろう。
 そして、「ディケイド」が五代の前に立った、まさにその瞬間。倒れた面々の中でも、ダメージは然程大きくなかったのか、五代は手を伸ばし、「ディケイド」の足首を掴み、相手の顔をゆっくりと見上げた。
「まだ、です……」
 呻くように言いながら、五代は「ディケイド」に縋るような格好で、ふらりとその場に立ち上がる。
 その顔に、苦悶と悲しみの混じった表情を浮かべて。
「あれを喰らって立てるのか。どうやらお前から破壊した方が良さそうだな」
 一方で「ディケイド」は淡々とした口調でそう言うと、パンパンと埃を払うように軽く手を叩き、ファイナルアタックライドのカードを五代の前にかざした。
 だが、五代はそれに怯む様子を見せず、真っ直ぐに「ディケイド」を見つめたまま……やはりふらりとよろめきながらも、今度ははっきりとした声で言葉を紡ぐ。
「俺、言いましたよね? 『皆が笑顔でいられる明日を迎える』って」
「聞いたな。そして俺も言ったはずだ。『お前達に明日は来ない』と」
 返って来た「ディケイド」の言葉に、五代は一瞬だけ哀しげに目を伏せ……しかし次の瞬間、彼はゆっくりと変身の構えを取った。
 己の言葉を、貫く為に。
「『皆』には、あなたも入るんですよ、『門矢』さん!!」
 そう、声高に宣言すると同時に。
 五代の体を「黒い光」が覆い、彼の姿を変えた。
 黒い光その物を具現化したような色の体色、どことなく威厳を感じる鋭いフォルム、そして何より、光を見据える為の真紅の瞳。
 「クウガの世界」でも見せた超変身である「凄まじき戦士」。それが、「ディケイド」の前に立ち塞がった。
 それは「ライダー大戦」の光景に酷似しており、士はそこに立つ「凄まじき戦士」に、己の親友を重ねてしまう。
 ひょっとすると、あの時のユウスケも、今の五代と同じ気持ちだったのかもしれないと……そんな考えを抱きながら。
「俺、『あなた』が笑ってる顔を見てません。ずっと……ずっと、何かを堪えてるような、辛そうな表情でした」
「黙れ」
「黙りません。俺は、『あなた』の笑顔が見たい。少なくとも、『俺達と一緒にいる門矢さん』の笑顔は悪くなかった」
 ちらりと、赤い目が士を捕らえる。
――こいつの笑顔は悪くない――
 ……士が、かつてユウスケの住まう「クウガの世界」で言った言葉。あの時はユウスケを指した言葉が、今は士自身に向けられている。
――こいつは、どこまで……――
 どこまでユウスケに似ているのだろうか。
 体の痛みを忘れ、思わず士の口の端に笑みが浮く。
「だから、『あなた』の笑顔だって、悪くないはずなんです。誰にだって、笑顔になる権利はあるんですから!」
「笑顔? はっ! そんな物、とっくの昔に捨てた! 約束の為にな!」
 笑う士とは対照的に、「ディケイド」は忌々しげにそう吐き捨てると、ライドブッカーを大きく振りかざし、五代に向けて振り下ろす。しかし五代は振り下ろされたライドブッカーごと「ディケイド」の顔を殴りつけた。
 「凄まじき戦士」の二つ名は伊達ではないらしい。「ディケイド」はその勢いに押されて大きく仰け反り、ライドブッカーは離れた場所で見つめているハナ達の足元に転がった。
 頭を揺さぶられ、眩暈にも似た感覚を覚えながらも、「ディケイド」は何とか体を起こし……しかし、その瞬間。拳を振りかざした漆黒のクウガの姿が、自分の眼前に迫っているのが見えた。雷の力を込めた拳を、白く光らせて。
 殆ど、脊椎反射の領域だっただろうか。「ディケイド」もまたそれを迎え撃つべく、己の拳を握り締めた。精一杯の力を込め、拳から暗い光を発した状態で。
 互いが抱く力が大きすぎるのだろうか。互いに拳を握っているだけだというのに、音なき音が未だ大地に伏す他の面々の鼓膜を叩いて、他の音の存在を許さない。
 音と言う情報を遮断され、視覚による情報のみを頼りに、無理矢理身を起こせば。丁度その瞬間、「ディケイド」と五代の拳が、互いの拳を捉えるところだった。
 大きな力がぶつかり合い、沈黙の後そこを中心にぶわりと、生温いような、冷たいような如何とも言い難い風が広がる。
 この場に夏海がいたら、このシーンを見て思った事だろう。彼女が見た夢と似ていると。
 永遠とも思える一瞬が、その戦場を支配する。誰も動かない、誰も喋らない。
 ただ伏した者達の描く円の真中で、五代と「ディケイド」が拳をぶつけ合ったまま。
 ……どれ程の時間が経っただろうか。最初の変化は……ほんの微かな「音」だった。
 小さく何かが砕けるような音。それが、「ディケイド」の額……正確にはそこに埋め込まれていた「紫の欠片」から鳴ったかと思うと、それはパラパラと細かく砕け、地に落ちていった。
 同時に、まるでその欠片に力を吸い取られてしまったかのように「ディケイド」の変身が解け、その場にがくりと膝をついた。
「『門矢』さん……もう、終わりにしませんか? こんな方法じゃなくても、皆が笑顔になれる明日を迎える方法は絶対にあるって、俺、思うんです」
 変身を解き、ぜぇぜぇと肩で息をしながら、五代はサムズアップと共に笑顔で「士」に向って言葉をかける。
 だが、「士」はそれを忌々しげに見上げると、明るい五代とは対照的な、暗く澱んだ声で言葉を吐き出した。
「約束を、したんだ。絶対に連れ出してやるって。絶対に守ってやるって。……そして絶対に救ってやるって」
 下手をすれば倒れそうな体を無理に起こし、「士」はゆっくりと五代達から距離を取る。
 まだ終わっていない……終わらせないとでも言いたげに。
「破壊するのは世界じゃない。ライダーだ。ライダーがいるから危険が生まれる。ライダーがいるから、力なき者が虐げられる。俺が小夜に見せたい世界は、俺が純一に望まれた世界は、そして俺があいつに誓った世界は、そんな物じゃないんだよ!」
「だからって、『誰の記憶にも残らない』なんておかしいです! 少なくとも俺は、門矢さんの事も……そして『あなた』の事も忘れたくありません!」
 五代の言葉に、「士」が一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべたように見えたのは、士の気のせいだろうか。
 だがその表情もすぐに消し去ると、「士」はフンと鼻で笑って……
「お前とは、やはり考えが合わないようだな」
 一度体勢を立て直すべく「士」が身を翻そうとした、その刹那。
 間の抜けたような声が、そのすぐ後ろから響いた。
「ああ、成程。士君じゃないけど、大体分った」
 気配はなかった。否、今もない。
 それなのに、自分の背後には奇妙な笑顔を浮かべた玄金が立っている。姿が見えなければ、そして声が聞こえなければ、本当に存在しているのかと疑いたくなる程に。
「いつの間に……」
「ん? 今さっき。……そうそう。士君さ、僕に会った事があるって言ってたね」
「ああ。言ったな。……それがどうした?」
「その意味、今になってやぁっと分かったよ」
 ニヤリ、と笑いながら玄金は背後から「士」の首を絞めるように掴んで、士に向かってそう言った。
 刹那。軽い眩暈と共に、鋭い痛みが士の頭を襲う。最初はズキズキと、次第にガンガンと。
 最初に玄金にあった時、どこかで会った事があるような気がした。玄金本人は、全く記憶にないと言う風に振舞っていたし、それが嘘だとも思えなかった。
 だが、今のこの状況。
 過去の自分がいて、それが玄金によって首を締め上げられている。それはかつて自分が経験した事のはずだ。確か、不利だと判断して逃げようと思った。だが、玄金と言うイレギュラーによって阻まれ、そして……
「そうか……俺の、記憶は……」
「うん。どうやら君の記憶を封じたの、僕らしいね」
 その言葉と同時に玄金は首にかけた手を放し、今度は頭を鷲掴みにする。同時に空いている方の手で、彼のベルト……ディケイドライバーを無理矢理奪い、どこかへと投げ捨てる。
「貴様、何を!?」
「悪いねぇ。君には、自分の名前とライダーに関する知識以外、一旦全部忘れてもらう」
「何?」
「君が、真の意味で、『世界の破壊者』になるその時までね」
 綺麗な笑顔と共に、そう彼が言った……刹那。
 「門矢士」の口から、絶叫にも似た悲鳴が響く。まるで、脳髄に直接電撃を食らっているかのような、そんな悲鳴が。
「お前、何やってんだよ!?」
「人の記憶こそが時間。時間は零れ落ちる砂。対象が『砂』なら、僕の操作範囲だ。時の砂を用いた記憶の封印くらい、訳ないよ」
 そして。
 「門矢士」の意識が完全に途切れ、その場に崩れ落ちたのを見計らうと、玄金は奇妙な笑みを浮かべて、ある方向を指し……
「『彼』は僕が何とかするから、君達は早く迎えに行った方が良いんじゃないかな?」
「え?」
「純一君。まだ生きてるって気がする」
 まるで、悪魔のような凄絶な笑みを浮かべて。
 彼はそう、クスクスと笑いながら、そんな事を言い放ったのである。
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