明瞭な夢、曖昧な現実
【その35:もがく ―猛追―】
どこかの高層ビル。その中の最上階の一室で、一人の紳士が鼻歌混じりに、樫で出来たワークデスクには、そこに乗るにはひどく不似合な巨大ケーキが乗っており、紳士は手元の絞り器を巧みに操って飾り付けを施している。
そんな彼を、突然の来客……朱杖炎雀はワクワクとした表情で見つめていた。
「ってなワケで。俺としちゃあ、あんたに『彼』を目的地まで誘導するのを手伝って欲しいんだが」
朱杖の言葉が終わると同時に、紳士の動きがぴたりと止まる。
ただ、それは彼の言葉に反応したからではなく、ケーキがほぼ完成したかららしい。持っていた生クリームを机上に置くと、紳士は朱杖ににこやかな笑みを向けると、短く答えを返した。
「断る」
その答えを、ある程度予想していたのだろう。朱杖の顔に然程驚いた様子は見えない。
「一応聞いて良いかな? 何が不満?」
「君がやろうとしている事は、新しい世界の誕生! その妨げではないのかね?」
「ま、それは否定しない。統合の結果がどう転んでも、おそらくそれは『新しい世界』と呼べる」
こくりと一つ頷きを返しながら、朱杖は大袈裟に顔を顰める相手に肯定を返す。
シブヤ隕石の有無を決める。たったそれだけの事柄であれ、誰かの中にある歴史が書き換えられるのは確かだ。そして書き換えられた結果、生まれるのは「新しい歴史」。それはある意味、「新しい世界」と呼んで差し支えないだろう。
紳士の行動の根底にあるのは、「誕生」だ。大なり小なり、何かしらが誕生する事に価値を見出している。
だが、朱杖の提案はあくまで「現状維持」。即ち「新しい世界の誕生」を阻む物と認識したのだろう。
「現状維持など、つまらない。何も生まれない」
「そうかな?」
笑みを消し、軽くだが眉を顰めて言う紳士の言葉を待っていたのだろうか。朱杖は口の端に何かを企んでいるような笑みを浮かべると、即座に紳士に言葉を返した。
「少なくとも俺は『無限の王』の参入によって、『現状維持』という『新たな選択肢』が誕生すると思っているんだけど?」
朱杖の言葉に何を思ったのか、紳士は僅かに俯き数秒間黙り込む。
それを機と取ったらしい。朱杖は畳み掛けるように言葉を続けた。
「それに、現状維持ってのは、今動いている連中が持つ、強大な欲望の結果とも言える。世界の統合が一人の『カミサマ』が見せた欲望の結果なら、現状維持は無数の人間が抱く欲望の結果。どっちがより大きく、強い欲望なのかと問われれば、俺は迷わず後者を選ぶね」
その言葉が終わらない内に紳士は唐突にその顔を上げると、先程作ったばかりのケーキへ再び向き直り、心底楽しそうな表情でチョコペンを握る。
そしてケーキに書き込んだのは……「Happy Birthday」の文字。
「新たな可能性! ハッピーバースデイ!! 素晴らしい!」
チョコペンを置き、空いた両腕を大きく広げると、高らかに笑う。大きく目を見開き、笑う姿はどこかネジでも外れたかと疑わしく思える程だ。
それを見つめながら、朱杖はしてやったりと、心の内でほくそ笑んだ。
この流れそのものが、彼の計略通りだからだ。
紳士の性格はある程度把握している。「誕生」と「大きな欲望」。この二つが彼の行動を決めるファクターであり、逆に「停滞」や「崩壊」は彼の最も嫌う物。言い方は悪いが、その辺りを上手く利用すれば、乗ってくると確信していた。
そして紳士もまた、自身のこういった性格を理解しているのだろう。笑い声を止めると、真っ直ぐに朱杖に視線を向け……
「私を利用してまで新しい可能性の誕生に奔走しようという君のその欲望! それもまた素晴らしい。欲望の為にどんどん利用したまえ!」
「……そりゃ、どーも。アンタに褒められても、あまり嬉しくないぜ……『力』の半神」
「それは違う。私の名は『欲望』だよ」
利用されている事すら楽しいのか、紳士は再び高らかに笑う。
それに苦笑を返しながらも、朱杖は心の内でのみ呟きを落とした。
――後は三人のクウガ。あんたらの出方次第だ――
と。
橘達が14と対峙していたその一方で、士達はもう一人の敵と対峙していた。
その存在から放たれる圧倒的な威圧感に、気圧されそうになりながら。
「成程な。ブレイドにクウガ、それに……ディケイドか。大体分った」
もう一人の敵……「黒いディケイド」こと「過去の士」が、何の感慨もなさそうに呟く。それと同時にライドブッカーから繰り出される射撃をかわしつつ、五代は相手を見つめた。
相手は「かつての門矢士」だと聞いている。恐らくそれは本当だろう。動きや攻撃の仕方が、士によく似ている。
ただ、その攻撃に躊躇はない。本気でこちらを殺そうとしてきているのが分るだけに、こちらも手加減は出来そうにない。
「俺は、全てのライダーを破壊する。それはお前も例外じゃない、ディケイド」
『ATTACK RIDE ILLUSION』
士が普段使う時よりもやや低く濁ったような電子音が響くと、カードの効果か、黒いディケイドが三人に増える。
以前士が使った際にそのカードの力を見たが、随分と便利なカードだ。今回のように多数の敵を相手にする時には充分に役に立つ。ただし、味方の時はと言う条件付きで。敵として立たれるとこれ程厄介なカードはない。
「……さてと。誰から破壊してやろうか?」
「生憎と、破壊されてやるつもりはない。俺も……こいつらもな」
黒いディケイドの問いに答えながら、士が増えた相手のうちの一人に切りかかる。
それと同時に、カズマもブレイラウザーを振って別の黒いディケイドを袈裟懸けに斬りつけるが……それは事も無げに素手で止められてしまった。
「嘘だろ、片手で白刃取りって!?」
「この程度で驚くのか?」
カズマの驚きの声に、僅かに侮蔑の色を浮かべた声が拳と共に返ってくる。
その拳に頬を捉えられ、カズマの体は大きく吹き飛ばされて瓦礫の中へと突っ込んだ。
「畜生……やっぱり躊躇なしか……!」
「大丈夫ですか、剣立さん!?」
「生きてるな、カズマ!」
毒吐くカズマに、近くで戦っていたらしい五代と士が声をかける。そんな彼らの前にも、当然のように黒いディケイドの姿はある。
五代の方は、ライドブッカーをガンモードにして、彼めがけて銃撃を放っている。それを今のところ、綺麗にかわしている物の……攻撃もしあぐねている状態と言った所だろうか。近くに「撃ち抜く物」があれば、ペガサスボウガンに変えて応戦できるが、今のところ残念ながらそう言った武器は見当たらない。
仮にあったとしても、限界時間内で止められるとは、正直思えない。躊躇いがある分、どうしても動きが鈍くなるこちらに対し、相手には何の躊躇いもない。一瞬の動きの差異が、この状況では大きく戦況を分ける。
そして士の方はと言うと……自分よりも僅かながら重い剣戟を返され、押されていた。
普通に戦うならば、おそらく士と相手の実力は拮抗するだろう。相手は「自分自身」なのだから。
だがそれ故に、士の剣は鈍っている。ここで目の前の「黒いディケイド」……過去の自分を倒してしまった場合、タイムパラドックスが起こると知っているからだろう。
「未来」は「過去」を消せないが、「過去」は「未来」を消す事ができる。黒いディケイドは容赦のない攻撃を繰り出す事ができるが、士はそれが出来ないのだ。ここで相手を消せば、自分も自動的に消える。
夏海やユウスケ、海東大樹、そして様々な世界で出会った面々。彼らと出会ったという事実さえなかった事になってしまう。それは正直、遠慮したい。光写真館は、彼にとっての帰る場所になっているのだから。
「…………敵なんだけど士でもある。戦いにくいな、正直言って」
「何とか説得出来れば良いんですけど……」
カズマと五代の呟きが聞こえていたのか、二人の黒いディケイドが同時に肩で笑う。
「はっ。説得だと? ライダーは世界を破壊すると、分っているのにか?」
その話は偽りだ。
自分達と共にいた門矢士はそう言っていた。
彼との付き合いが長い訳ではないし、共に旅をしていても、どこか自分達とは一線を画そうとしている雰囲気もあるが……それでも五代は、士の言葉を信じられた。その時の彼の声が、僅かにだが悔しさと嘆きに彩られていたから。
「仮面ライダーは……少なくとも俺達は、世界の破壊なんて……」
「『していない』と、本気で言えるのか?」
反論するカズマの言葉を遮るようにして、黒いディケイドが静かに声を返す。
まるでカズマを哀れむかのような色さえ浮かべて。
「お前は犠牲に気付いていないだけだ。何しろ、この世界が紡ぎだす物語の主人公だからな」
「……何が、言いたいんだよ?」
「簡単な事だ。主人公が目立つ為には、当然敵が必要になる。なら、その『敵』とはどんな存在だ?」
「そりゃ人間を襲う奴が、俺の……俺達の敵だ」
「その通り。ライダーの敵は、『人間を襲う者』だ。言い換えれば、人間を襲う者がいなければライダーは不要になる」
言いたい事が、分らない。自分達が人間を襲っておきながら、何を言うのだろうか。
平和が一番。それは自分だって分っている。その平和を作る為に、彼は「人間を襲う者」……主にアンデッドやローチと言った存在を倒しているのだから。
「だが、それでは『仮面ライダーの物語』は紡げない。人が襲われなければ、仮面ライダーは活躍のしようがない」
「まさか、あなたの言いたい事は……」
ディケイドの言葉に、今まで黙っていた五代がようやく口を開く。彼の言いたい事が、何となくだが見えてきたから。
五代の声が、少し震えていた事に気付いたのだろう。ディケイドは一瞬だけ視線を五代に向けると、鼻で笑うように肩をピクリと跳ね上げ、言葉を紡いだ。
「『人間が襲われるから、仮面ライダーが活躍する』んじゃない。『仮面ライダーが活躍する為に、人間が襲われる』んだ」
「な……何、を……そんな訳ないだろう!? 俺達がいるから、人が襲われるって言うのかよ!?」
「その通りだ。馬鹿でも、それくらいは分るらしいな」
くつくつと、カズマや五代の知る士では、およそしないような嫌な笑い声を返し、ディケイドは二人に向かって銃口を向け、更に言葉を続けた。
「例え、世界の崩壊とやらが偽りの情報だったとしても、仮面ライダーの存在がただの一般人を傷つける原因である事に変わりはない。だから俺は、全てのライダーを破壊する。……そう、決めた」
『ATTACK RIDE BLAST』
低い声と共に、別の黒いディケイド……恐らくは先のイリュージョンで作った分身の一人が放った銃弾が、まずはカズマの足を捉えた。
「ぐぁっ!」
カズマの苦しげな声が漏れると共に、撃ち抜かれた腿からはじんわりと赤い血が滲む。撃たれた際の反動で、カズマの手からブレイラウザーが放り出され、五代の傍に突き立つ。
死に到るような攻撃ではないが、立ち上がるのは困難だろう。
「剣立さん!?」
「他人の心配をしている場合か?」
『ATTACK RIDE SLASH』
五代が声をかけると同時に、カズマを撃った分身とは別のディケイドが彼の背後に立ち、その背を浅く薙ぎ切る。
ちりっとした痛みを感じた直後、次に知覚したのは自分の背から流れ落ちる血潮の熱さ。
「それじゃ、消えてもらう」
「そういう訳には……行きません!」
トントン、と何かのカードの縁を叩きながら言ったディケイドに、五代は痛みを堪えながら声を返す。傷は、深くはないが決して浅くもない。少なくとも、立ち上がった際に眩暈を感じる程度には深い傷だ。
だが、それでも彼は真っ直ぐにディケイドを見つめると、一瞬だけ仮面の下の顔を悲しそうに歪め……
「俺達が……ライダーがいるから、人間が襲われるって言うのが本当なら、確かに俺達は存在しちゃいけないのかも知れない」
「五代?」
「だけど、そうじゃないかもしれない。そんなのは分らない。少なくとも、俺が今やらなきゃいけいないって思っている事は……あなたを止めて、そして、この世界にいる人の笑顔を守る事です!」
言うと同時に、五代はカズマの手放したブレイラウザーを引き抜くと、即座にその身を紫の金のクウガへと変ずる。
そしてライジングタイタンソードへ再構成したブレイラウザーを、眼前に立つ黒いディケイドの一人めがけて振りぬいた。
射程範囲外だと高をくくっていたのだろうか。そのディケイドは小さく呻いた後、灰色のモザイクとなって実体を失った。
「俺は……俺達は! あなたを止めて、皆が笑顔でいられる明日を迎えます!」
五代の宣言と分身を倒されたという事実に苛立ったのか、ちいと小さく舌打ちを鳴らすと、ディケイドは残った分身も消した。
いや、消したのではなく、消えたというべきか。カードの効果の一部である分身の一体が消えた事で、「イリュージョン」の効果その物が消えたのだろう。
それに気付いたのか、士は五代の隣に立ち……ディケイドがしているのと同じように、一枚のカードを取り出し、その縁をトントンと二回叩いてディケイドと対峙した。
刹那、ぴりりと空気が引き締まる。互いに次の一撃で決めるつもりなのだと、カズマと五代に理解出来る程の緊張感。
「……無駄だ。お前に……お前達に明日は来ない」
「どうかな? 明日ってのは来るもんじゃない。自分で掴み取る物だ!」
『FINAL ATTACK RIDE D・D・D DECADE』
ディケイドの言葉に、士が怒鳴るように返す。直後、二人のディケイドは、同時に必殺技を発動させる為のカードを読ませた。
寸分違わぬタイミングで全く同じ攻撃が宣言され、そして二人の間でエネルギーのカードが互いの存在を主張するかのように、真正面からぶつかり合う。ぶつかったエネルギーは小さく火花を散らしながらも、主の通る道を形成する。
そして……黒と赤、二人のディケイドが互いめがけて飛び上がった。
「おおおおおおっ!」
「はぁぁぁぁぁっ!」
覇気を纏った声が響き、エネルギーのカード同様、二人は中央で互いの力をぶつけ合う。
ぶつかり合った力は一度だけバチンという音と共に弾けると互いの体を弾き飛ばし、何もなかったかのような静寂を生んだ。
端で見ていた五代が完全な相殺だと気付いた時には、すでに二人とも次の行動に移っていた。黒いディケイドの方は、体勢を立て直すとライドブッカーをソードモードに変え、士の方は相手から僅かに距離をとって一枚のカードをライドブッカーから取り出す。
……黄色の縁取りのカードに描かれているのは、ブレイドの姿と彼の武器であるブレイラウザー。
「カズマ!!」
「何だ、士?」
「ちょっとくすぐったいぞ」
僅かに足を引きずりながら、不思議そうに問いかけたカズマに対し、不敵な様子でそう声をかけると、士は躊躇なくそのカードをベルトに放り込んだ。
『FINAL FORM RIDE B・B・B BLADE』
「ちょっと待っ……おわっ!」
電子音が響き、カズマの体はいつかのユウスケの時のように、人体構造を無視しまくった変形を見せる。
その姿は、カズマの持っていたブレイラウザーを人間大にしたような物。ブレイドブレードと呼ばれる姿である。
その姿に変じたと同時に、カズマの体は勝手に士の手元に引き寄せられ……そしてそのまま、士はディケイドを切り払う。
相手の攻撃を防ぎながらも、確実に一撃を叩き込む為に。
そして、その狙いは当たったらしい。ディケイドの手からはライドブッカーが弾き飛ばされ、そして彼の胸部には一本の横線が刻まれた。
「ちっ、その手があったか」
「悪いが、まだ終わりじゃない」
『FINAL ATTACK RIDE B・B・B BLADE』
忌々しげに見つめるディケイドに、ダメ押しと言わんばかりに士はブレイドブレードを構えると、その刀身からは蒼白い光が放たれ、徐々に巨大な光刃と化す。
その刃に質量はないのか、士はそれを軽々と扱い……そして、ディケイドの体を袈裟懸けに裂いた。
「がっ!」
刃に裂かれたダメージが、ディケイドライバーの許容範囲を超えたのだろう。相手の姿が黒いディケイドから「門矢士」へと戻った。
そんな彼を見下ろし、士はカズマのファイナルフォームライドを解くと、ライドブッカーを「士」の首筋に押し当て、押し殺した声で言葉を紡いだ。
「……それ以上はやめておけ。そして、もう少し冷静に考えたらどうだ?」
その言葉に、「士」はギリと奥歯を噛み……そして憎悪の篭った目で士を見上げると、胸元にかかっていた紫の欠片を掲げ、再びディケイドライバーを腰に当てた。
それがまるで、最後の手段であると言いたげに。
「まだやる気か?」
「当然だ。俺は……全てのライダーを破壊する。全ての力なき存在を守る為に。その為に俺は、俺の物語を持たない、誰の記憶にも残らない……通りすがりの仮面ライダーになったんだからな!」
叫ぶように「士」が言った瞬間。彼の持つカードに描かれた「ディケイド」の姿が変わった。
それまでは闇を連想させる漆黒であったのに対し、変わった姿は士の物よりも少しだけ暗いマゼンタ。緑の目は鋭く吊り上がり、額に付いている飾りの色は「欠片」と同じ紫。
「まさか……」
「変身!」
『KAMEN RIDE DECADE』
それまで低く曇っていた電子音も、士と同じ通った音に変わる。そして「士」が変身すると同時に、彼が掲げていた欠片は宙を舞い、仮面の額部分へとはまり込む。
変身が完了すると同時に、彼の体から溢れ出すエネルギーが白い光と化し、その勢いで周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
生まれたエネルギーの反動で「ディケイド」の体は宙を浮き……
「全てのライダーを破壊する。ディケイドの物語の痕跡を残さない為にもな」
光が引き、やっと視認出来た「ディケイド」の姿は、いつか士自身が「全てのライダーを破壊する」と決めた際の姿。
……激情態と呼ばれるそれであった。
どこかの高層ビル。その中の最上階の一室で、一人の紳士が鼻歌混じりに、樫で出来たワークデスクには、そこに乗るにはひどく不似合な巨大ケーキが乗っており、紳士は手元の絞り器を巧みに操って飾り付けを施している。
そんな彼を、突然の来客……朱杖炎雀はワクワクとした表情で見つめていた。
「ってなワケで。俺としちゃあ、あんたに『彼』を目的地まで誘導するのを手伝って欲しいんだが」
朱杖の言葉が終わると同時に、紳士の動きがぴたりと止まる。
ただ、それは彼の言葉に反応したからではなく、ケーキがほぼ完成したかららしい。持っていた生クリームを机上に置くと、紳士は朱杖ににこやかな笑みを向けると、短く答えを返した。
「断る」
その答えを、ある程度予想していたのだろう。朱杖の顔に然程驚いた様子は見えない。
「一応聞いて良いかな? 何が不満?」
「君がやろうとしている事は、新しい世界の誕生! その妨げではないのかね?」
「ま、それは否定しない。統合の結果がどう転んでも、おそらくそれは『新しい世界』と呼べる」
こくりと一つ頷きを返しながら、朱杖は大袈裟に顔を顰める相手に肯定を返す。
シブヤ隕石の有無を決める。たったそれだけの事柄であれ、誰かの中にある歴史が書き換えられるのは確かだ。そして書き換えられた結果、生まれるのは「新しい歴史」。それはある意味、「新しい世界」と呼んで差し支えないだろう。
紳士の行動の根底にあるのは、「誕生」だ。大なり小なり、何かしらが誕生する事に価値を見出している。
だが、朱杖の提案はあくまで「現状維持」。即ち「新しい世界の誕生」を阻む物と認識したのだろう。
「現状維持など、つまらない。何も生まれない」
「そうかな?」
笑みを消し、軽くだが眉を顰めて言う紳士の言葉を待っていたのだろうか。朱杖は口の端に何かを企んでいるような笑みを浮かべると、即座に紳士に言葉を返した。
「少なくとも俺は『無限の王』の参入によって、『現状維持』という『新たな選択肢』が誕生すると思っているんだけど?」
朱杖の言葉に何を思ったのか、紳士は僅かに俯き数秒間黙り込む。
それを機と取ったらしい。朱杖は畳み掛けるように言葉を続けた。
「それに、現状維持ってのは、今動いている連中が持つ、強大な欲望の結果とも言える。世界の統合が一人の『カミサマ』が見せた欲望の結果なら、現状維持は無数の人間が抱く欲望の結果。どっちがより大きく、強い欲望なのかと問われれば、俺は迷わず後者を選ぶね」
その言葉が終わらない内に紳士は唐突にその顔を上げると、先程作ったばかりのケーキへ再び向き直り、心底楽しそうな表情でチョコペンを握る。
そしてケーキに書き込んだのは……「Happy Birthday」の文字。
「新たな可能性! ハッピーバースデイ!! 素晴らしい!」
チョコペンを置き、空いた両腕を大きく広げると、高らかに笑う。大きく目を見開き、笑う姿はどこかネジでも外れたかと疑わしく思える程だ。
それを見つめながら、朱杖はしてやったりと、心の内でほくそ笑んだ。
この流れそのものが、彼の計略通りだからだ。
紳士の性格はある程度把握している。「誕生」と「大きな欲望」。この二つが彼の行動を決めるファクターであり、逆に「停滞」や「崩壊」は彼の最も嫌う物。言い方は悪いが、その辺りを上手く利用すれば、乗ってくると確信していた。
そして紳士もまた、自身のこういった性格を理解しているのだろう。笑い声を止めると、真っ直ぐに朱杖に視線を向け……
「私を利用してまで新しい可能性の誕生に奔走しようという君のその欲望! それもまた素晴らしい。欲望の為にどんどん利用したまえ!」
「……そりゃ、どーも。アンタに褒められても、あまり嬉しくないぜ……『力』の半神」
「それは違う。私の名は『欲望』だよ」
利用されている事すら楽しいのか、紳士は再び高らかに笑う。
それに苦笑を返しながらも、朱杖は心の内でのみ呟きを落とした。
――後は三人のクウガ。あんたらの出方次第だ――
と。
橘達が14と対峙していたその一方で、士達はもう一人の敵と対峙していた。
その存在から放たれる圧倒的な威圧感に、気圧されそうになりながら。
「成程な。ブレイドにクウガ、それに……ディケイドか。大体分った」
もう一人の敵……「黒いディケイド」こと「過去の士」が、何の感慨もなさそうに呟く。それと同時にライドブッカーから繰り出される射撃をかわしつつ、五代は相手を見つめた。
相手は「かつての門矢士」だと聞いている。恐らくそれは本当だろう。動きや攻撃の仕方が、士によく似ている。
ただ、その攻撃に躊躇はない。本気でこちらを殺そうとしてきているのが分るだけに、こちらも手加減は出来そうにない。
「俺は、全てのライダーを破壊する。それはお前も例外じゃない、ディケイド」
『ATTACK RIDE ILLUSION』
士が普段使う時よりもやや低く濁ったような電子音が響くと、カードの効果か、黒いディケイドが三人に増える。
以前士が使った際にそのカードの力を見たが、随分と便利なカードだ。今回のように多数の敵を相手にする時には充分に役に立つ。ただし、味方の時はと言う条件付きで。敵として立たれるとこれ程厄介なカードはない。
「……さてと。誰から破壊してやろうか?」
「生憎と、破壊されてやるつもりはない。俺も……こいつらもな」
黒いディケイドの問いに答えながら、士が増えた相手のうちの一人に切りかかる。
それと同時に、カズマもブレイラウザーを振って別の黒いディケイドを袈裟懸けに斬りつけるが……それは事も無げに素手で止められてしまった。
「嘘だろ、片手で白刃取りって!?」
「この程度で驚くのか?」
カズマの驚きの声に、僅かに侮蔑の色を浮かべた声が拳と共に返ってくる。
その拳に頬を捉えられ、カズマの体は大きく吹き飛ばされて瓦礫の中へと突っ込んだ。
「畜生……やっぱり躊躇なしか……!」
「大丈夫ですか、剣立さん!?」
「生きてるな、カズマ!」
毒吐くカズマに、近くで戦っていたらしい五代と士が声をかける。そんな彼らの前にも、当然のように黒いディケイドの姿はある。
五代の方は、ライドブッカーをガンモードにして、彼めがけて銃撃を放っている。それを今のところ、綺麗にかわしている物の……攻撃もしあぐねている状態と言った所だろうか。近くに「撃ち抜く物」があれば、ペガサスボウガンに変えて応戦できるが、今のところ残念ながらそう言った武器は見当たらない。
仮にあったとしても、限界時間内で止められるとは、正直思えない。躊躇いがある分、どうしても動きが鈍くなるこちらに対し、相手には何の躊躇いもない。一瞬の動きの差異が、この状況では大きく戦況を分ける。
そして士の方はと言うと……自分よりも僅かながら重い剣戟を返され、押されていた。
普通に戦うならば、おそらく士と相手の実力は拮抗するだろう。相手は「自分自身」なのだから。
だがそれ故に、士の剣は鈍っている。ここで目の前の「黒いディケイド」……過去の自分を倒してしまった場合、タイムパラドックスが起こると知っているからだろう。
「未来」は「過去」を消せないが、「過去」は「未来」を消す事ができる。黒いディケイドは容赦のない攻撃を繰り出す事ができるが、士はそれが出来ないのだ。ここで相手を消せば、自分も自動的に消える。
夏海やユウスケ、海東大樹、そして様々な世界で出会った面々。彼らと出会ったという事実さえなかった事になってしまう。それは正直、遠慮したい。光写真館は、彼にとっての帰る場所になっているのだから。
「…………敵なんだけど士でもある。戦いにくいな、正直言って」
「何とか説得出来れば良いんですけど……」
カズマと五代の呟きが聞こえていたのか、二人の黒いディケイドが同時に肩で笑う。
「はっ。説得だと? ライダーは世界を破壊すると、分っているのにか?」
その話は偽りだ。
自分達と共にいた門矢士はそう言っていた。
彼との付き合いが長い訳ではないし、共に旅をしていても、どこか自分達とは一線を画そうとしている雰囲気もあるが……それでも五代は、士の言葉を信じられた。その時の彼の声が、僅かにだが悔しさと嘆きに彩られていたから。
「仮面ライダーは……少なくとも俺達は、世界の破壊なんて……」
「『していない』と、本気で言えるのか?」
反論するカズマの言葉を遮るようにして、黒いディケイドが静かに声を返す。
まるでカズマを哀れむかのような色さえ浮かべて。
「お前は犠牲に気付いていないだけだ。何しろ、この世界が紡ぎだす物語の主人公だからな」
「……何が、言いたいんだよ?」
「簡単な事だ。主人公が目立つ為には、当然敵が必要になる。なら、その『敵』とはどんな存在だ?」
「そりゃ人間を襲う奴が、俺の……俺達の敵だ」
「その通り。ライダーの敵は、『人間を襲う者』だ。言い換えれば、人間を襲う者がいなければライダーは不要になる」
言いたい事が、分らない。自分達が人間を襲っておきながら、何を言うのだろうか。
平和が一番。それは自分だって分っている。その平和を作る為に、彼は「人間を襲う者」……主にアンデッドやローチと言った存在を倒しているのだから。
「だが、それでは『仮面ライダーの物語』は紡げない。人が襲われなければ、仮面ライダーは活躍のしようがない」
「まさか、あなたの言いたい事は……」
ディケイドの言葉に、今まで黙っていた五代がようやく口を開く。彼の言いたい事が、何となくだが見えてきたから。
五代の声が、少し震えていた事に気付いたのだろう。ディケイドは一瞬だけ視線を五代に向けると、鼻で笑うように肩をピクリと跳ね上げ、言葉を紡いだ。
「『人間が襲われるから、仮面ライダーが活躍する』んじゃない。『仮面ライダーが活躍する為に、人間が襲われる』んだ」
「な……何、を……そんな訳ないだろう!? 俺達がいるから、人が襲われるって言うのかよ!?」
「その通りだ。馬鹿でも、それくらいは分るらしいな」
くつくつと、カズマや五代の知る士では、およそしないような嫌な笑い声を返し、ディケイドは二人に向かって銃口を向け、更に言葉を続けた。
「例え、世界の崩壊とやらが偽りの情報だったとしても、仮面ライダーの存在がただの一般人を傷つける原因である事に変わりはない。だから俺は、全てのライダーを破壊する。……そう、決めた」
『ATTACK RIDE BLAST』
低い声と共に、別の黒いディケイド……恐らくは先のイリュージョンで作った分身の一人が放った銃弾が、まずはカズマの足を捉えた。
「ぐぁっ!」
カズマの苦しげな声が漏れると共に、撃ち抜かれた腿からはじんわりと赤い血が滲む。撃たれた際の反動で、カズマの手からブレイラウザーが放り出され、五代の傍に突き立つ。
死に到るような攻撃ではないが、立ち上がるのは困難だろう。
「剣立さん!?」
「他人の心配をしている場合か?」
『ATTACK RIDE SLASH』
五代が声をかけると同時に、カズマを撃った分身とは別のディケイドが彼の背後に立ち、その背を浅く薙ぎ切る。
ちりっとした痛みを感じた直後、次に知覚したのは自分の背から流れ落ちる血潮の熱さ。
「それじゃ、消えてもらう」
「そういう訳には……行きません!」
トントン、と何かのカードの縁を叩きながら言ったディケイドに、五代は痛みを堪えながら声を返す。傷は、深くはないが決して浅くもない。少なくとも、立ち上がった際に眩暈を感じる程度には深い傷だ。
だが、それでも彼は真っ直ぐにディケイドを見つめると、一瞬だけ仮面の下の顔を悲しそうに歪め……
「俺達が……ライダーがいるから、人間が襲われるって言うのが本当なら、確かに俺達は存在しちゃいけないのかも知れない」
「五代?」
「だけど、そうじゃないかもしれない。そんなのは分らない。少なくとも、俺が今やらなきゃいけいないって思っている事は……あなたを止めて、そして、この世界にいる人の笑顔を守る事です!」
言うと同時に、五代はカズマの手放したブレイラウザーを引き抜くと、即座にその身を紫の金のクウガへと変ずる。
そしてライジングタイタンソードへ再構成したブレイラウザーを、眼前に立つ黒いディケイドの一人めがけて振りぬいた。
射程範囲外だと高をくくっていたのだろうか。そのディケイドは小さく呻いた後、灰色のモザイクとなって実体を失った。
「俺は……俺達は! あなたを止めて、皆が笑顔でいられる明日を迎えます!」
五代の宣言と分身を倒されたという事実に苛立ったのか、ちいと小さく舌打ちを鳴らすと、ディケイドは残った分身も消した。
いや、消したのではなく、消えたというべきか。カードの効果の一部である分身の一体が消えた事で、「イリュージョン」の効果その物が消えたのだろう。
それに気付いたのか、士は五代の隣に立ち……ディケイドがしているのと同じように、一枚のカードを取り出し、その縁をトントンと二回叩いてディケイドと対峙した。
刹那、ぴりりと空気が引き締まる。互いに次の一撃で決めるつもりなのだと、カズマと五代に理解出来る程の緊張感。
「……無駄だ。お前に……お前達に明日は来ない」
「どうかな? 明日ってのは来るもんじゃない。自分で掴み取る物だ!」
『FINAL ATTACK RIDE D・D・D DECADE』
ディケイドの言葉に、士が怒鳴るように返す。直後、二人のディケイドは、同時に必殺技を発動させる為のカードを読ませた。
寸分違わぬタイミングで全く同じ攻撃が宣言され、そして二人の間でエネルギーのカードが互いの存在を主張するかのように、真正面からぶつかり合う。ぶつかったエネルギーは小さく火花を散らしながらも、主の通る道を形成する。
そして……黒と赤、二人のディケイドが互いめがけて飛び上がった。
「おおおおおおっ!」
「はぁぁぁぁぁっ!」
覇気を纏った声が響き、エネルギーのカード同様、二人は中央で互いの力をぶつけ合う。
ぶつかり合った力は一度だけバチンという音と共に弾けると互いの体を弾き飛ばし、何もなかったかのような静寂を生んだ。
端で見ていた五代が完全な相殺だと気付いた時には、すでに二人とも次の行動に移っていた。黒いディケイドの方は、体勢を立て直すとライドブッカーをソードモードに変え、士の方は相手から僅かに距離をとって一枚のカードをライドブッカーから取り出す。
……黄色の縁取りのカードに描かれているのは、ブレイドの姿と彼の武器であるブレイラウザー。
「カズマ!!」
「何だ、士?」
「ちょっとくすぐったいぞ」
僅かに足を引きずりながら、不思議そうに問いかけたカズマに対し、不敵な様子でそう声をかけると、士は躊躇なくそのカードをベルトに放り込んだ。
『FINAL FORM RIDE B・B・B BLADE』
「ちょっと待っ……おわっ!」
電子音が響き、カズマの体はいつかのユウスケの時のように、人体構造を無視しまくった変形を見せる。
その姿は、カズマの持っていたブレイラウザーを人間大にしたような物。ブレイドブレードと呼ばれる姿である。
その姿に変じたと同時に、カズマの体は勝手に士の手元に引き寄せられ……そしてそのまま、士はディケイドを切り払う。
相手の攻撃を防ぎながらも、確実に一撃を叩き込む為に。
そして、その狙いは当たったらしい。ディケイドの手からはライドブッカーが弾き飛ばされ、そして彼の胸部には一本の横線が刻まれた。
「ちっ、その手があったか」
「悪いが、まだ終わりじゃない」
『FINAL ATTACK RIDE B・B・B BLADE』
忌々しげに見つめるディケイドに、ダメ押しと言わんばかりに士はブレイドブレードを構えると、その刀身からは蒼白い光が放たれ、徐々に巨大な光刃と化す。
その刃に質量はないのか、士はそれを軽々と扱い……そして、ディケイドの体を袈裟懸けに裂いた。
「がっ!」
刃に裂かれたダメージが、ディケイドライバーの許容範囲を超えたのだろう。相手の姿が黒いディケイドから「門矢士」へと戻った。
そんな彼を見下ろし、士はカズマのファイナルフォームライドを解くと、ライドブッカーを「士」の首筋に押し当て、押し殺した声で言葉を紡いだ。
「……それ以上はやめておけ。そして、もう少し冷静に考えたらどうだ?」
その言葉に、「士」はギリと奥歯を噛み……そして憎悪の篭った目で士を見上げると、胸元にかかっていた紫の欠片を掲げ、再びディケイドライバーを腰に当てた。
それがまるで、最後の手段であると言いたげに。
「まだやる気か?」
「当然だ。俺は……全てのライダーを破壊する。全ての力なき存在を守る為に。その為に俺は、俺の物語を持たない、誰の記憶にも残らない……通りすがりの仮面ライダーになったんだからな!」
叫ぶように「士」が言った瞬間。彼の持つカードに描かれた「ディケイド」の姿が変わった。
それまでは闇を連想させる漆黒であったのに対し、変わった姿は士の物よりも少しだけ暗いマゼンタ。緑の目は鋭く吊り上がり、額に付いている飾りの色は「欠片」と同じ紫。
「まさか……」
「変身!」
『KAMEN RIDE DECADE』
それまで低く曇っていた電子音も、士と同じ通った音に変わる。そして「士」が変身すると同時に、彼が掲げていた欠片は宙を舞い、仮面の額部分へとはまり込む。
変身が完了すると同時に、彼の体から溢れ出すエネルギーが白い光と化し、その勢いで周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
生まれたエネルギーの反動で「ディケイド」の体は宙を浮き……
「全てのライダーを破壊する。ディケイドの物語の痕跡を残さない為にもな」
光が引き、やっと視認出来た「ディケイド」の姿は、いつか士自身が「全てのライダーを破壊する」と決めた際の姿。
……激情態と呼ばれるそれであった。