明瞭な夢、曖昧な現実

【その34:めざめる ―明瞭―】

「さあ、俺のモノとなれ。偉大なる力よ」
 仄暗い闇の中、一枚のカードを石碑に向け、漆黒のディケイドが言葉を放つ。
 その声は、どこか寂しそうで……それでも、曲げられない信念のような物を秘めていた。
「お前の復活の為に……『人間』の命を捧げよう」
――仮面ライダーは世界を滅ぼす。お前も、また「仮面ライダー」であるが故に、消さなければならない。それが人類の為だ――
 そう、海東純一に向かって言った時の事は、今でもよく覚えている。
 彼はそれを聞いた時……自分に向って鮮やかな笑顔を見せたのだ。
 その直後、この石碑を発見した。あらかじめ得ていた情報では、人間の命によって「古代の力」が手に入ると言う事もわかっていた。
 その時だっただろうか。彼が、こう言ったのは。
――私の命で平和になるのなら、喜んで捧げますよ――
 ライダーが世界を破壊する元凶ならば、元から死ぬつもりだった。だが、14の復活にその命を使うなら……そしてそれが、人類の平和に役立つなら安い物です、とも。
 幾度となく、彼は純一を止めた。彼にはまだ利用価値があったし、人類を思う気持ちは本物だった。出来る事ならこれからもサポートして欲しいとさえ思っていた。
 だが…………心の片隅では、本気で止めようとしていなかったのかも知れない。止まらないならそれでも良い。それどころか、「丁度良い」とさえ思った。それは否定しない。
「案外と、寂しいものだな。……近しい『友人』を失うのも」
 地響きが鳴り、海東純一の命を吸った石碑が割れて……そこから巨大な異形が飛び出す。「それ」を見上げ、彼は仮面の下で皮肉気に笑う。
 「それ」に意思があるのかは分らない。だが、少なくとも目も口も手もある。思った程化物じみた格好ではない。五体満足と言って差し支えないだろう。
 鳴き声にも似た声をあげ、宙へと舞う「それ」を見つめ……そして、彼は振り向き様にこう言った。
「……行くぞ海東。全てのライダーを破壊しに、な」
 その言葉の意味を、「それ」は理解しているのだろうか。
 今までよりも一際高く鳴き声を上げると、歩き出す彼の後を追うようにして、その場を飛び去るのであった。
 ……「それ」の復活を嘆くかのような、豪雨の中を……

「門矢! さっきのあれは……あいつは、何者なんだよ?」
 自分達の足止め目的なのか、未だ襲い来るローチ達と切り結びながら、加賀美は不思議そうに問いかける。
 橘と五代も同じ事を思っているらしく、何とか相手を退けながら、顔だけを士の方に向けていた。
 だが、この世界の住人であるカズマ、春香、そして誰よりも真っ先に食いつきそうな禍木の三人は、黙ったままひたすらに目の前の敵を斬り払っていた。
 斬る中に、サクヤだったローチと、ムツキだったローチがいない事を確認した上で。
「言っただろう。あれは、かつての俺。大ショッカーの大首領として、ライダー討伐に出ていた時の俺だ」
「ライダー討伐って……何でそんな事してたんだよ!?」
「……それが世界を救い、そして妹の為になると、本気で信じていたからだ」
『ATTACK RIDE BLAST』
 加賀美の言葉に返しながら、周囲のローチを一掃するかのように、士は銃弾を相手に浴びせる。
 かつて、月影ノブヒコと言う男に担がれ、士は大ショッカーの大首領と言う地位に立ってライダー討伐を行っていた。
 「仮面ライダーの力が、世界を引き寄せ破壊する原因」と言う言葉を信じて。
 担がれていた事を、言い訳にする気はない。自分がやって来た事は間違っていたし、罪を消す事は出来ない。その罪が、まさか「過去の自分と対峙する事」で見せ付けられるとは、思ってもみなかったが。
「いくら妹の為だからって、ライダー討伐なんてして良いと思ってるのか!?」
「新。門矢を責めるのは後でも出来る。今は目の前の敵に集中しろ」
 今にも掴みかかりそうな勢いの加賀美を制し、橘は冷静に相手を撃つ。
 無論、橘も士に対して色々と問い質したい気持ちがある。
 大ショッカー、大首領、黒いディケイド、ライダー討伐、世界の崩壊、過去の「門矢士」。
 分らない事だらけで混乱しそうになるが、今は混乱している暇も与えてもらえない。目の前の敵を討つ事が先決だ。
 だが……少なくとも、「今ここにいる門矢士」は自分達の味方。それだけ分っていれば、今は充分だと思う。
「……後できちんと説明しろよ、門矢」
「説明だけで良いのか?」
「良い訳ないだろ。ついでに一発殴るから、覚悟しとけ」
「……ま、生きていたらな」
 そう、言葉を交わした瞬間。それまで鬱陶しい程に動き回っていたローチの動きが一斉に静止、直後にはまるで糸の切れたマリオネットの如くその場に倒れこんだ。
 それと同時だっただろうか。低い地鳴りと共に、空は暗く厚い雲に覆われ、パタパタと落ちてきた雨の滴は、あっと言う間に暴風を伴った強い雨となって地上にある全てを叩き始めた。
 突然の豪雨を不思議に思う間もなく、風の唸りに紛れて、何者かの咆哮が彼らの耳に届く。
 ……その声の主が、古代の力……14と呼ばれる「それ」だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「蘇ったんだ! 眠っていた古代の力が!」
 橘の怒鳴るような声に、他の面々もまた、仮面の下で雲間から現れた「それ」を睨む。
 禍木と春香からすれば、もう一度見るとは思わなかった姿……かつて自分の世界を支配していた異形と同じ名と姿を持つ「古代の力」……14を。
 その前を、悠然とした足取りで黒いディケイドが歩いている。
「もはや誰も、こいつの力を封印する事はできない」
 感情を殺したような声で、黒いディケイド……「過去の士」は、14を顧みる事なく言い放つ。その声に応えるかのように、14は巨大な躯体で群がるライダーを蹴散らし、右手の剣で薙ぎ払い、左手の聖杯型の電撃発生装置を用いて電撃を落とした。
「この、光景って……」
 そんな凄絶な戦いの中、「絶対に安全な場所」と言っても過言ではない位置……「玄金の側」にいたハナが、その戦いからは少しだけ離れた場所で呟きを落としていた。
 「既視感」などと言う生易しい物ではない。彼女が今見ているそれは、完全に「かつて彼女が見た光景」をトレースしていた。
 勿論、色々と違う所はある。だが、基本的には同じだ。
 14の攻撃によって、ライダーはダメージを負い、変身解除されているところも、そこに追い討ちをかけるかのように攻撃を繰り出す14も。
「どうするのよ、このままじゃ橘さん達が……」
「大丈夫。今の戦力なら、14の破壊は簡単だよ。朔也君にはキングフォームがあるし、雄介君にはアルティメットがあるし、新君にはハイパーガタックがある。もっと言えば、士君にはコンプリートがあるから、はっきり言って14は敵じゃない。ただし、物理的にはと言う条件がつくけど」
 玄金の言葉の裏に隠された「何か」に気付いたのだろうか。ハナは軽く眉を顰めると、奇妙な笑顔を崩さないアンデッドをじろりと睨みつけ……
「だけどあれは、禍木さんや春香さんにとっては……」
「そう、海東純一だ。それが分っているから、彼らも迂闊に手を出せない。……そこにいる、菱形ローチと黒葉ローチを相手にした時と、同じようにね」
 そう言って玄金が見た方向には、他のローチとは異なり、元気に動き回るサクヤとムツキだったローチ二匹。
 その彼らが、ぼんやりと立っているこちらに気付くと、真っ直ぐに向かって進んできているのが見て取れた。
「他のローチは弱いから、14の圧倒的な気配に圧されて行動不能になったけど……彼らは曲がりなりにも『仮面ライダー』だった。他に比べて中途半端に強いから、平気なんだろうね」
 そう言って、玄金は軽く指を振る。刹那、その二匹は彼の重力に捉えられたのか、がくりと膝をついて地にめり込んでいく。
 彼らを圧迫しているのだと気付き、ハナは彼の手にしがみつくと、キッとその顔を睨んだ。
「ちょっと! そこまでしなくても良いでしょ!? 人間に戻せば良いじゃない!! 大体あんた、さっきは躊躇ってたのに、何で……!?」
「そうだね。躊躇ってた。今だって、出来る事ならこんな所で力を使いたくない。でも、ハナちゃんに害が加えられると言うのなら殺す」
「何で、私?」
「ごめん、それには答えられない。強いて言うなら、『英雄集いて、愛娘と守れ』が僕に下った命令だとしか言えない。……それに、彼らみたいに一度混ざってしまった物はね、どう頑張っても元通りに分離なんて出来ないんだよ」
 彼が浮かべているのは、にこやかな笑顔なのに。放たれた声は、普段の彼からは想像も出来ない程低く、虚ろだった。聞きようによっては、怒りを押し殺しているようにも聞こえるが……
「彼らは、人間には戻れない。剣崎一真が、人間に戻れないのと同じようにね」
 その言葉の間にも、二体のローチは声にならない悲鳴をあげ、あり得ぬ重力の元でその場にめり込んでいく。
「一真君は、自らの意思でアンデッドになった。でも、彼らは違う。第三者の介入で、あんな姿に変わった。そして、元には戻れない。それなら……いっそ殺してあげる事こそ、慈悲って気がする」
「あんたのそれは……慈悲なんかじゃないわよ!」
「……そうかな? うん。そうかもしれないね」
 ハナの声に答えはするが、果たして彼の耳にその声が届いているのだろうか。
 攻撃の手が緩められた様子は全くなく、むしろ加速しているようにも見えた。そして……
「僕はただ、彼らが鬱陶しいだけさ」
 その言葉と、ほぼ同時に。
 表現したくない、残酷な音と共にその二体のローチはその場で地面と一体となってしまっていた。
「酷い……」
「何を言ってるのさ、ハナちゃん。僕が酷いのは、今に始まった事じゃないだろう? 普通のローチが死ぬのは良くて、元人間は死ぬのはダメなの?」
「それは……」
 答える事はできなかった。
 今まで彼女が戦ってきたイマジンだって、元を正せば人間だ。それを、自分は手を汚していないとは言え、屠ってきた事実もある。
 玄金の行動が正しいとは思えないが、間違っているとも言えない。
 無力な自分が何を言った所で、それは机上の空論、夢物語だと一蹴されるのがオチだ。
「14との戦いから、目を反らしちゃダメだよハナちゃん。どんなに苦しくて、悔しくて、悲しい結末が待っているとしても……ね」

「どうした? 随分とボロボロだな」
 14の傍らに立つ黒いディケイドが、変身の解けた彼らを見下ろしながら言い放つ。士と同じ声、同じような喋り方で。
 それに対して、それぞれがどう思ったのかは分らないが……彼らは口元を伝う血をぐいと拭ってから相手を睨み据えると、もう一度変身する為のポーズを取る。
 それを見て黒いディケイドは鼻で笑い、呆れたように軽く肩をすくめた。
「……案外と、仮面ライダーってのは諦めが悪いモノだな」
「命ある限り戦う。それが、仮面ライダーってモノらしいからな」
 ディケイドに対して士が答えると、全員の口元に軽い笑みが浮ぶ。
 止める。
 改めて、そう決心した為の笑みなのか。
 そして……
『変身!』
 全員の声が重なり、皆がその姿を仮面ライダーに変えた。
『TURN UP』
『FUSION JACK』
『Henshin』
『KAMEN RIDE DECADE』
 即座に橘は飛翔能力のあるジャックフォームへと変身し、空中から14を攻撃。加賀美はクロックアップを駆使して相手を翻弄する。そして長い蛇のような体を駆け上りながら、禍木と春香は左右の腕を切り落とした。
――ぎおぉぉぉ――
 痛覚はあるのだろうか、四本あった腕の二本を失い、14は痛みにのたうつように体を捩り、咆哮を上げる。
 それでも最後の抵抗とばかりに、14はその巨大な体をくねらせて体を駆け上がる二人を叩き落とし、宙を舞う橘に向かって残った腕で応戦する。
――こいつを倒す事で、あの男を戻せるとは思えないが――
 海東純一の選んだ答えは、剣崎一真が選んだ選択肢に似ている。
 自分の信念の為、人類の為、「自分」と言う人間を捨てて、異形と化すと言う選択。
 異なるのは、彼らの言う「人類」の範囲に、「仮面ライダー」が含まれているか否かだ。
 思いながらも、橘はラウザーから一枚のカードを取り出す。描かれているのは金の鍬形。普段使う「変化チェンジ」のカードとは似て非なる「進化エヴォリューション」の札。
――必要になったら、俺の力を使うと良い。お前の求める平和の為に――
 つい先程、己が封印した存在の言葉を思い出し、苦笑を浮かべる。
――早速必要になったぞ――
 心の中でのみ呟き……そして彼は、腕に着けているラウズアブゾーバーへと、そのカードを入れた。
 そのカードとは、無論……
『EVOLUTION KING』
 電子音が告げると共に、橘の鎧が金色に光り、強化される。
 ブレイドの……剣崎一真の「進化」とは異なる、もう一つの「進化」。
 十三体のアンデッドの力を引き出して取り込むのではなく、ただキングの持つ進化の力のみを引き出し、その感覚を、そして力を増幅させる力。
 ギャレンラウザーも強化され、今までのような拳銃型から、更に大型のランチャーのような形になっている。
「これが本当の、キングフォームという事か」
 かつて所長である烏丸が言っていた「キングフォームの本来の形」である事を理解し、一人で納得し……橘は近くで膝をつく禍木と春香に手を伸ばし、ゆっくりと立たせた。
 自分の後ろには、クロックアップから回帰した加賀美もいる。
「……アレを倒して、あの男が返って来るとは限らない。最悪の可能性もある」
「……覚悟はしてるわ。でも、ね」
「何だかんだで、結構信じてるんだ、俺。純一はこんな事で死ぬような奴じゃねぇってさ」
 春香の言葉を禍木が継ぐ。その声に、自分がかつて感じたような絶望や失望の色はない。止められなかった自分を悔いてはいるようだが、「絶対に戻す」という意思の方を強く感じられた。
 その声に、橘は軽く頷き、ギャレンラウザーを構える。
「……銃がこの大きさだと、俺も小回りはそう利かない。悪いが、援護と細かい部分は頼む」
 それだけ言うと、橘は肩幅に足を開き、ギャレンラウザーを構えながら五枚のカードをホルダーから取り出した。
 その行為に、何か予感めいた物でも感じたのだろうか。14は一際大きく吠えると、その尾を橘に向けて振るい……しかしそれは、禍木と春香の武器が止めた。
「させるかよ! 例えお前が純一の意思によって生み出された物でも!」
「こんな力で抑え込んだ平和なんて……破壊の後に生まれた、誰もいない平和なんて、望んでないでしょう! 純一!!」
 いつの間にマイティのカードを読み込ませたのか。春香のやじりが赤く、そして禍木の槍の穂先が緑に光り、捕えていた尾に二つの大きな穴が穿たれる。
 そしてその二つの穴をつなぐようにして、加賀美の持つ双剣が奔り、相手の尾を半ばからばっさりと切り落とした。
「橘さん、今です!」
『DIA TEN、JACK、QUEEN、KING、ACE』
 加賀美の声に、橘の代わりに電子音が答える。その度に、相手の顔と橘の銃口の間を、黄金色のカードを模したエネルギーの幕が相手の視界を遮るように展開した。
『ROYAL STRAIGHT FLUSH』
 五体のアンデッドの力を纏った砲撃が、巨大な異形の顔面部分に直撃する。身をくねらせ、その砲撃から逃れようとするが、既に遅く。ジリジリと焦げ付くような音を立てながら、その光線にも似た砲撃は、14の体を縦に焼き切っていく。
 断末魔の悲鳴をあげながら、14は苦しげにのたうちまわり……そして、砲撃が完全にその身を縦二つに焼き切ると……
――をををおぉぉぉぉぉぉ――
 声の衝撃だけで、周囲を破壊できるのではないかと思える程の声をあげ……だが、その身は焼かれた部分から力が暴走するのか、眩い光を放つ。
 そして次の瞬間。身の内で暴走した力は、光と言う形でこの世に放出され……14と言う殻を粉々に破って、世界へと還元されたのである。
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