明瞭な夢、曖昧な現実
【その33:むきあう ―無垢―】
濛々と立ち上る砂嵐。
周囲に轟く爆発音。
それを聞きながら、彼……大ショッカー大首領は、じっと戦場を見下ろしていた。
組織の作った「アルビノジョーカー」のカードを使った「海東純一」を先頭に、多数のローチが七人の仮面ライダーを迎えている。
「ライダーの力が、世界を融合させている……か。確かに、この世界はそうらしいな」
世界の融合はライダーの力によるものだと、彼は腹心の部下とも呼べる存在から聞いている。
そして、この世界を鑑みれば……あながち間違いではないと思う。
世界が融合した結果、この世界の住人は混乱し、「滅び」へと着実に向かっている……少なくとも、彼の目にはそう映った。
世界が崩壊してしまう。それを止める為に、彼は支配するという選択肢を選んだ。統治者がいなければ、世界は混乱し崩壊するだけだ。そうなった世界を、いくつも見てきた。そしてこの世界の人間の一部もまた、支配者を望んだ。
統合される前、海東純一が属していた世界では「支配される事」に絶大な安心感を抱いていた者達が住んでいた。それ故に、彼らは大ショッカーと言う支配者を受け入れ、自らの支配を願った。
その一方で、菱形サクヤ、黒葉ムツキの属していた世界は、「支配される事」ではなく「支配する事」を強く望む者が多かった。その際たる例が、BOARDの社員システムだ。キングやクイーン、エースといった社員制度は、支配願望の結晶と言って良い。
だが、その支配願望はとても中途半端な物。それ故にこちらに「洗脳」される者も多い。確固たる自我、「支配されたくない」という信念が弱いから、エース社員であったはずのサクヤとムツキまでもがこちらの手に落ちた。
「……世界に必要なのは、絶対の支配者だ。正義の味方じゃ、ない」
呟きながらもぐっと強く拳を握り、やおら彼は戦場に立つ一人のライダーに目を向ける。
「……ディケイド。何故そこにいる……?」
不思議そうに眉を顰めながら、彼は事の成り行きを見守る。その場から動かず、首から提げた石を無意識の内に弄びながら、戦況を見つめていた。
ほんの僅かに悲しそうな色を浮かべた瞳を、アルビノジョーカーに向けて。
「ウェェェェイ!」
気合と共に、カズマの一閃が彼の周囲に立っていたローチを斬り払う。その一閃の直後に、カズマの間合いの外に立つローチを禍木が斬り裂き、止めと言わんばかりに春香の放った矢がローチの動きを止めた。
先程から、ローチはカズマと橘、そして玄金の三人にのみ向かい、他の面々には目もくれない。
やはり相手は、キングのカードを狙っているらしかった。
「純一! お前、本気で14を復活させる気なのかよ!?」
「ああ、そうだよ慎。古代の力を復活させて、その力でライダーを全て滅ぼす」
少し離れた場所、橘と壮絶な「撃ち合い」をしていたアルビノジョーカーに向かって怒鳴る禍木に、彼は淡々と言葉を返す。
感情をどこかに置いて来たかのようなその声に、思わず春香は仮面の下で顔を顰めてしまう。
どうして、こんな事になっているのか。
幾度となく浮んでは消えた問いが、またしても彼女の脳裏に浮ぶ。答えなど出やしないのに、それでも問わずにいられないのは、やはり自分が純一の事を想っているからなのだろう。
そう考えると、無性に腹が立った。
何度もこちらの想いを裏切る彼に、そして……そんな彼を嫌いになりきれない自分に。
「そんなの、させる訳ないじゃない!」
「口では何とでも言えるんだよ、春香。……止めたければ、俺を力ずくで止めてみろ」
言うと同時に、アルビノジョーカーは衝撃波の一つを春香に向かって放つ。だが、それは彼女の前に躍り出た禍木によって断ち割られ、偶々周囲で蠢いていたローチを巻き添えにして破裂するだけに留まった。
その向こうでは、加賀美の持つガタックダブルカリバーのうちの一本を、己の武器に変えてローチを斬り払うライジングタイタンフォームの五代と、クロックアップで次々と相手を翻弄、撃破する加賀美の姿があり、橘の側では士がライドブッカーでやはり相手を斬り払いながら援護している。
そんな混戦の中、玄金だけはハナを守るようにしながら、襲いくる二体のローチを相手に、押し潰す訳でも、動きを止めるでもなく、ただひたすらに攻撃をかわしていた。
「うーん……ハナちゃんがいるのに、この状況は不味いって気がする」
「だったら、あんたがやっつければ良いじゃない! さっきのアンデッドにやったみたいに」
「そうしたいのは山々なんだけどね、いくら僕が『壊れモノに要注意』なんて言われてる存在でも、流石に不味いでしょ。相手は元、人間。サクヤ君とムツキ君なんだから」
「……え!?」
とんでもない事をさらりと言われ、一瞬だけハナは呆けた後……慌てたように、自分達を襲う二体のローチを見やる。
見た目は普通のローチだ。ただ、言われてみれば確かに僅かだが体色が他の者と異なる。赤みがかった体に、緑の瞳を持つローチと、緑がかった体に、紫に光る目を持ったローチ。
その手には武器らしき物が握られているが、それも各々の武器を模したらしい銃と杖。
「そんな……サクヤ先輩とムツキを!?」
「あまりにも使えなかったので、彼らの意思を完全に消去し、ローチに変えました」
玄金の声が届いていたのか、驚いたようなカズマに対し、アルビノジョーカーはまたしても淡々と答える。
それが、下手に楽しそうに言われるよりもカチンときたらしい。感情に任せ、カズマは一直線にアルビノジョーカーに向かって駆け出した。
「カズマ! 無闇に突っ込んだら……!」
春香の制止も聞こえなかったらしい。間合いを詰め……
『THUNDER』
雷の力を剣に纏わせ、それを思い切り振りぬく。
だが、アルビノジョーカーはそれを紙一重でかわすと、あらかじめ掌に生んでいた衝撃波をカズマの胴に直接叩き込んだ。
「ぐぁっ!?」
腹部で何かが破裂するような鈍い衝撃を感じながら、一瞬カズマの視界が白く濁る。その僅かな間に、アルビノジョーカーはカズマの持つブレイラウザーを奪い、その中からキングのカードを抜き出した。
「これで、二枚目」
キングさえ手に入れば、もはや用はないのだろう。ブレイラウザーを無造作に投げ捨てた後、足元で蹲るカズマの胸を蹴って春香達の方へと飛ばすと、今度は視線を玄金の方に向ける。
「あれ? 狙い、定められちゃった?」
見られた方はあまり緊張感を抱かせない雰囲気を醸しながら、懐中に入れていたパラドキサのカードを、見せびらかすように取り出す。
これが欲しいんだろうと、言わんばかりに。
「うーん、僕はぶっちゃけどーなっても良いんだけどさ。こんな物のせいでハナちゃんを巻き込むのは嫌だなぁ」
「なら、こちらに渡してもらおうか」
「うん。そうする」
「……は?」
アルビノジョーカーの伸ばした手の上に、玄金は躊躇など一切なくパラドキサのカードを乗せると、ハナを抱えて戦線から少し離れた場所に退避した。
まさかそれ程あっさりと渡されるとは、アルビノジョーカーも思っていなかったらしい。ローチを除く全員が、一瞬何が起きたのかわからないと言わんばかりに硬直し……直後、玄金とアルビノジョーカーの手の上に乗るカードを見比べる。
やがて渡されたカードが本物だとわかったのか、軽く頭を振ると、アルビノジョーカーは気を取り直したように橘の方へと最後の目的を定めた。
「あんた、何であんな大切な物を渡してるのよ!?」
「お前……どれだけ空気を読まなきゃ気が済むんだ!?」
「いやいやいや、だってねハナちゃん、新君。僕の今回の最優先事項は、ハナちゃんの身の安全の確保な訳で」
怒鳴るハナと加賀美にそう返しつつ、玄金は視線をアルビノジョーカーに移す。
――正直、この世界や「彼」がどうなろうと知った事じゃないし――
などと、心の内でのみ呟きながら。
「残る一枚は……あなたが持っているんですよね、ギャレン!」
「だが、貴様に渡すつもりはない」
数多の衝撃波を繰り出す相手に対し、そう答えながら橘は襲ってくる衝撃波を撃ち落とし、時に相手の足を止める。
とは言え、先程ギラファ相手にカードをひたすらラッシュした為、初期に設定されていたアタックポイントと呼ばれる「力」は殆ど消費してしまっている。
むしろ、今までもった方が奇跡に近い状況だ。
士の援護があるとは言え、どこまで持つかわからない。
「渡して頂かなくても結構です。……どうせ、材料は揃っているのですから」
――……材料?――
言葉の意味が判らず、橘は仮面の下で軽く考えるように眉根を寄せた。
玄金の言う事が正しいならば、14とやらを復活させる為に必要な物は、四枚のキングと生贄になる人間のはず。
材料と言うのが「キングのカード」だけを指しているのならば、四枚とも奪い、「生贄の人間」の元まで持っていく必要がある。
だが、相手は「渡す必要はない」と……「材料は揃っている」と言った。それはつまり、この場に「生贄の人間」がいる事に他ならないのではないのか。
――なら、一体誰が……?――
そこまで考えたその時。橘の脳裏に、一つの可能性が浮かぶ。
その可能性に思い至った時、それまでのアルビノジョーカーの言動にも納得がいった。ならば、この場にいるのは……アルビノジョーカーの傍に立つのはまずい。
だが、その考えに至った時には既に遅く。
距離をとろうと反応するよりも先に、自分の眼前にアルビノジョーカーが静かに立ち塞がった。
「しまった!」
「もう、遅いですよ」
離れようとする橘の腕を掴んだ瞬間。橘が持つギラファを封じたカードが淡く光り、そして他の三枚と呼応するように展開。彼を……アルビノジョーカーを囲んだ。
「え……!?」
その驚愕は誰の声だったのだろうか。
アルビノジョーカーはその姿を、本来の海東純一の姿に戻し橘の腕を放す。
そして次の瞬間、彼の周囲で光る四枚のキングが反応、新たに生み出された一枚のカードの中に……彼を封じるべくその姿を吸い込み始めた。
「純一!?」
「そんな……まさか!?」
「言っただろう、春香、慎」
慌てて純一の側に駆け寄り、四枚のカードが生み出した光の壁を叩く二人に、その姿を薄れさせながらも純一は軽く苦笑いを浮べ……まるで、親友に対して接するかのような、優しい声で言葉を紡いだ。
「『俺を放っておいたら、後悔する事になる』ってさ」
その言葉を、士は知っている。
かつて、「ディエンドの世界」で、彼が自分の弟との別れ際に放った言葉だ。
その時はせいぜい、「フォーティーンのような独裁者になって、再び敵として立ちはだかる事になる」程度にしか思わなかった。
それは、春香と禍木も同じ。
だが、よく考えてみれば……思い当たる節はあったのだ。
「アルビノジョーカー」と言うアンデッドの力を手に入れておきながら、完全なアンデッドにならなかった事。
14を復活させるには、「人間の生贄」が必要だから……だから、彼は「アンデッドになろうとは思わない」と言ったのだ。
「そんな……そんな事だなんて、私……」
「ふざけんな純一! お前が……お前が14復活の鍵になるのかよ!?」
「そう。俺の命一つで、人類は滅びを免れるんだ」
――安いものだろう?――
その一言は、春香と禍木にのみ届き。
海東純一は、完全にカードに飲まれ、その姿を消した。
彼を飲み下したカードは、用済みとなった四枚のキングをその場に置き去りにし、ひゅんと空を切ってある方向へと飛んでいく。
そして、飛んできたカードを捕らえた男は、僅かにだが、寂しそうにそのカードを見つめ……そして、非情にも聞こえる言葉を落とした。
「よくやった、海東。お前の覚悟……見せて貰ったぞ」
「え……門矢さん?」
「……成程な。大体分った」
冷酷に響いた声に、真っ先に反応したのは五代と士。
そしてその視線の先にいる存在……海東純一を封じたカードを持つ男もまた、「門矢士」だった。
黒を基調にしたジャケットの背には、双頭の鷲を模った模様が入っている。首から提げられた紫の欠片が、陽を弾いて鈍く光っている。
「大ショッカーの大首領のお出ましって事か。まさか、ここで会う事になるとはね」
「大首領? ……奴は、門矢の双子か何かなのか!?」
「それとも、ワームの擬態とか!?」
不審げな橘と加賀美に対し、士は軽く首を横に振ると……そのまま、「もう一人の自分」を見つめ、低く呟いた。
「あいつは……過去 の、俺だ。多分な」
「過去の、門矢さん?」
「ああ。ライダー討伐に出ていた頃の……記憶を失う前の俺。……正真正銘、門矢士だ」
チャキ、とライドブッカーを構え、士は辛そうにそう呟くと、相手の方は軽く鼻で笑い……
「記憶喪失だか未来の俺だか知らないが、俺の邪魔をするなら……排除するだけだ」
そう言うと、「彼」は腰にディケイドライバーを当て、一枚のカードを構えた。
……士が普段やるのと、同じように。
「まとめて討伐出来るのは良いな。……変身」
『KAMEN RIDE DECADE』
普段聞く士のドライバーの音よりも、幾分低く濁った音がする。その認識と共に、彼の周囲を虚像が取り囲み……「闇色のディケイド」がその姿を現した。
「黒い……ディケイド!?」
「マジ……なのかよ!? 何なんだよ、あいつ!」
驚くハナと禍木に、その漆黒のディケイドは軽く笑い……そして、言い放つ。
「通りすがりの破壊者だ。覚えなくて良い。どうせお前達は、この世界で消えるんだからな」
「ふざけないで……純一を返して!」
『MIGHTY』
ふつふつと湧いた怒りに身を任せ、春香が渾身の一撃を放つ。
だが、相手はそれを軽くかわすと、真っ直ぐに彼女と禍木を見つめた。
「返せ? 笑わせる。海東を止められなかったのは、お前達の責任だ。仲間だ何だと言っておきながら、あいつの意思を読みきれなかった、お前達の」
「な……」
「海東を止める事が出来たのは、お前達二人と、奴の弟だけだった。それだけが、『仮面ライダーとしての海東純一』が生きた証だったからな」
投げられた言葉が、禍木と春香の胸に鋭く刺さる。
仲間だと思っていた。絶対に止めるつもりだった。
それなのに、二人共純一が「本当にしようとしていた事」に気付けず、今に至る。止める機会は幾度もあったはずなのに。
「海東の未練だったのにな。お前達はその事に気付かず、のうのうと……『いつもと同じ毎日』が来ると信じて、奴の決意を考えもしなかった。……それが、仮面ライダーと言う名の仮面を被った、お前達の業だ」
それだけ言うと、「闇色のディケイド」はちらりと海東純一が封じられたカードを見下ろす。
ディケイドと言う仮面を着けた今、彼の表情をうかがい知る事は出来ない。ただ、なんとなく……寂しそうだなと、五代は思った。
しかし、すぐに滲ませていた寂寥を消すと、相手は純一の封じられたカードとは別のカードを取り出し……
「悪いが、俺は海東の意思を完遂させてやる義務がある。お前達の相手は……また後でやってやるさ」
『ATTACK RIDE INVISIBLE』
言葉と同時にカードを読ませ、「闇色のディケイド」はその姿を消した。
その場に、何とも言えない後味の悪さを残して。
濛々と立ち上る砂嵐。
周囲に轟く爆発音。
それを聞きながら、彼……大ショッカー大首領は、じっと戦場を見下ろしていた。
組織の作った「アルビノジョーカー」のカードを使った「海東純一」を先頭に、多数のローチが七人の仮面ライダーを迎えている。
「ライダーの力が、世界を融合させている……か。確かに、この世界はそうらしいな」
世界の融合はライダーの力によるものだと、彼は腹心の部下とも呼べる存在から聞いている。
そして、この世界を鑑みれば……あながち間違いではないと思う。
世界が融合した結果、この世界の住人は混乱し、「滅び」へと着実に向かっている……少なくとも、彼の目にはそう映った。
世界が崩壊してしまう。それを止める為に、彼は支配するという選択肢を選んだ。統治者がいなければ、世界は混乱し崩壊するだけだ。そうなった世界を、いくつも見てきた。そしてこの世界の人間の一部もまた、支配者を望んだ。
統合される前、海東純一が属していた世界では「支配される事」に絶大な安心感を抱いていた者達が住んでいた。それ故に、彼らは大ショッカーと言う支配者を受け入れ、自らの支配を願った。
その一方で、菱形サクヤ、黒葉ムツキの属していた世界は、「支配される事」ではなく「支配する事」を強く望む者が多かった。その際たる例が、BOARDの社員システムだ。キングやクイーン、エースといった社員制度は、支配願望の結晶と言って良い。
だが、その支配願望はとても中途半端な物。それ故にこちらに「洗脳」される者も多い。確固たる自我、「支配されたくない」という信念が弱いから、エース社員であったはずのサクヤとムツキまでもがこちらの手に落ちた。
「……世界に必要なのは、絶対の支配者だ。正義の味方じゃ、ない」
呟きながらもぐっと強く拳を握り、やおら彼は戦場に立つ一人のライダーに目を向ける。
「……ディケイド。何故そこにいる……?」
不思議そうに眉を顰めながら、彼は事の成り行きを見守る。その場から動かず、首から提げた石を無意識の内に弄びながら、戦況を見つめていた。
ほんの僅かに悲しそうな色を浮かべた瞳を、アルビノジョーカーに向けて。
「ウェェェェイ!」
気合と共に、カズマの一閃が彼の周囲に立っていたローチを斬り払う。その一閃の直後に、カズマの間合いの外に立つローチを禍木が斬り裂き、止めと言わんばかりに春香の放った矢がローチの動きを止めた。
先程から、ローチはカズマと橘、そして玄金の三人にのみ向かい、他の面々には目もくれない。
やはり相手は、キングのカードを狙っているらしかった。
「純一! お前、本気で14を復活させる気なのかよ!?」
「ああ、そうだよ慎。古代の力を復活させて、その力でライダーを全て滅ぼす」
少し離れた場所、橘と壮絶な「撃ち合い」をしていたアルビノジョーカーに向かって怒鳴る禍木に、彼は淡々と言葉を返す。
感情をどこかに置いて来たかのようなその声に、思わず春香は仮面の下で顔を顰めてしまう。
どうして、こんな事になっているのか。
幾度となく浮んでは消えた問いが、またしても彼女の脳裏に浮ぶ。答えなど出やしないのに、それでも問わずにいられないのは、やはり自分が純一の事を想っているからなのだろう。
そう考えると、無性に腹が立った。
何度もこちらの想いを裏切る彼に、そして……そんな彼を嫌いになりきれない自分に。
「そんなの、させる訳ないじゃない!」
「口では何とでも言えるんだよ、春香。……止めたければ、俺を力ずくで止めてみろ」
言うと同時に、アルビノジョーカーは衝撃波の一つを春香に向かって放つ。だが、それは彼女の前に躍り出た禍木によって断ち割られ、偶々周囲で蠢いていたローチを巻き添えにして破裂するだけに留まった。
その向こうでは、加賀美の持つガタックダブルカリバーのうちの一本を、己の武器に変えてローチを斬り払うライジングタイタンフォームの五代と、クロックアップで次々と相手を翻弄、撃破する加賀美の姿があり、橘の側では士がライドブッカーでやはり相手を斬り払いながら援護している。
そんな混戦の中、玄金だけはハナを守るようにしながら、襲いくる二体のローチを相手に、押し潰す訳でも、動きを止めるでもなく、ただひたすらに攻撃をかわしていた。
「うーん……ハナちゃんがいるのに、この状況は不味いって気がする」
「だったら、あんたがやっつければ良いじゃない! さっきのアンデッドにやったみたいに」
「そうしたいのは山々なんだけどね、いくら僕が『壊れモノに要注意』なんて言われてる存在でも、流石に不味いでしょ。相手は元、人間。サクヤ君とムツキ君なんだから」
「……え!?」
とんでもない事をさらりと言われ、一瞬だけハナは呆けた後……慌てたように、自分達を襲う二体のローチを見やる。
見た目は普通のローチだ。ただ、言われてみれば確かに僅かだが体色が他の者と異なる。赤みがかった体に、緑の瞳を持つローチと、緑がかった体に、紫に光る目を持ったローチ。
その手には武器らしき物が握られているが、それも各々の武器を模したらしい銃と杖。
「そんな……サクヤ先輩とムツキを!?」
「あまりにも使えなかったので、彼らの意思を完全に消去し、ローチに変えました」
玄金の声が届いていたのか、驚いたようなカズマに対し、アルビノジョーカーはまたしても淡々と答える。
それが、下手に楽しそうに言われるよりもカチンときたらしい。感情に任せ、カズマは一直線にアルビノジョーカーに向かって駆け出した。
「カズマ! 無闇に突っ込んだら……!」
春香の制止も聞こえなかったらしい。間合いを詰め……
『THUNDER』
雷の力を剣に纏わせ、それを思い切り振りぬく。
だが、アルビノジョーカーはそれを紙一重でかわすと、あらかじめ掌に生んでいた衝撃波をカズマの胴に直接叩き込んだ。
「ぐぁっ!?」
腹部で何かが破裂するような鈍い衝撃を感じながら、一瞬カズマの視界が白く濁る。その僅かな間に、アルビノジョーカーはカズマの持つブレイラウザーを奪い、その中からキングのカードを抜き出した。
「これで、二枚目」
キングさえ手に入れば、もはや用はないのだろう。ブレイラウザーを無造作に投げ捨てた後、足元で蹲るカズマの胸を蹴って春香達の方へと飛ばすと、今度は視線を玄金の方に向ける。
「あれ? 狙い、定められちゃった?」
見られた方はあまり緊張感を抱かせない雰囲気を醸しながら、懐中に入れていたパラドキサのカードを、見せびらかすように取り出す。
これが欲しいんだろうと、言わんばかりに。
「うーん、僕はぶっちゃけどーなっても良いんだけどさ。こんな物のせいでハナちゃんを巻き込むのは嫌だなぁ」
「なら、こちらに渡してもらおうか」
「うん。そうする」
「……は?」
アルビノジョーカーの伸ばした手の上に、玄金は躊躇など一切なくパラドキサのカードを乗せると、ハナを抱えて戦線から少し離れた場所に退避した。
まさかそれ程あっさりと渡されるとは、アルビノジョーカーも思っていなかったらしい。ローチを除く全員が、一瞬何が起きたのかわからないと言わんばかりに硬直し……直後、玄金とアルビノジョーカーの手の上に乗るカードを見比べる。
やがて渡されたカードが本物だとわかったのか、軽く頭を振ると、アルビノジョーカーは気を取り直したように橘の方へと最後の目的を定めた。
「あんた、何であんな大切な物を渡してるのよ!?」
「お前……どれだけ空気を読まなきゃ気が済むんだ!?」
「いやいやいや、だってねハナちゃん、新君。僕の今回の最優先事項は、ハナちゃんの身の安全の確保な訳で」
怒鳴るハナと加賀美にそう返しつつ、玄金は視線をアルビノジョーカーに移す。
――正直、この世界や「彼」がどうなろうと知った事じゃないし――
などと、心の内でのみ呟きながら。
「残る一枚は……あなたが持っているんですよね、ギャレン!」
「だが、貴様に渡すつもりはない」
数多の衝撃波を繰り出す相手に対し、そう答えながら橘は襲ってくる衝撃波を撃ち落とし、時に相手の足を止める。
とは言え、先程ギラファ相手にカードをひたすらラッシュした為、初期に設定されていたアタックポイントと呼ばれる「力」は殆ど消費してしまっている。
むしろ、今までもった方が奇跡に近い状況だ。
士の援護があるとは言え、どこまで持つかわからない。
「渡して頂かなくても結構です。……どうせ、材料は揃っているのですから」
――……材料?――
言葉の意味が判らず、橘は仮面の下で軽く考えるように眉根を寄せた。
玄金の言う事が正しいならば、14とやらを復活させる為に必要な物は、四枚のキングと生贄になる人間のはず。
材料と言うのが「キングのカード」だけを指しているのならば、四枚とも奪い、「生贄の人間」の元まで持っていく必要がある。
だが、相手は「渡す必要はない」と……「材料は揃っている」と言った。それはつまり、この場に「生贄の人間」がいる事に他ならないのではないのか。
――なら、一体誰が……?――
そこまで考えたその時。橘の脳裏に、一つの可能性が浮かぶ。
その可能性に思い至った時、それまでのアルビノジョーカーの言動にも納得がいった。ならば、この場にいるのは……アルビノジョーカーの傍に立つのはまずい。
だが、その考えに至った時には既に遅く。
距離をとろうと反応するよりも先に、自分の眼前にアルビノジョーカーが静かに立ち塞がった。
「しまった!」
「もう、遅いですよ」
離れようとする橘の腕を掴んだ瞬間。橘が持つギラファを封じたカードが淡く光り、そして他の三枚と呼応するように展開。彼を……アルビノジョーカーを囲んだ。
「え……!?」
その驚愕は誰の声だったのだろうか。
アルビノジョーカーはその姿を、本来の海東純一の姿に戻し橘の腕を放す。
そして次の瞬間、彼の周囲で光る四枚のキングが反応、新たに生み出された一枚のカードの中に……彼を封じるべくその姿を吸い込み始めた。
「純一!?」
「そんな……まさか!?」
「言っただろう、春香、慎」
慌てて純一の側に駆け寄り、四枚のカードが生み出した光の壁を叩く二人に、その姿を薄れさせながらも純一は軽く苦笑いを浮べ……まるで、親友に対して接するかのような、優しい声で言葉を紡いだ。
「『俺を放っておいたら、後悔する事になる』ってさ」
その言葉を、士は知っている。
かつて、「ディエンドの世界」で、彼が自分の弟との別れ際に放った言葉だ。
その時はせいぜい、「フォーティーンのような独裁者になって、再び敵として立ちはだかる事になる」程度にしか思わなかった。
それは、春香と禍木も同じ。
だが、よく考えてみれば……思い当たる節はあったのだ。
「アルビノジョーカー」と言うアンデッドの力を手に入れておきながら、完全なアンデッドにならなかった事。
14を復活させるには、「人間の生贄」が必要だから……だから、彼は「アンデッドになろうとは思わない」と言ったのだ。
「そんな……そんな事だなんて、私……」
「ふざけんな純一! お前が……お前が14復活の鍵になるのかよ!?」
「そう。俺の命一つで、人類は滅びを免れるんだ」
――安いものだろう?――
その一言は、春香と禍木にのみ届き。
海東純一は、完全にカードに飲まれ、その姿を消した。
彼を飲み下したカードは、用済みとなった四枚のキングをその場に置き去りにし、ひゅんと空を切ってある方向へと飛んでいく。
そして、飛んできたカードを捕らえた男は、僅かにだが、寂しそうにそのカードを見つめ……そして、非情にも聞こえる言葉を落とした。
「よくやった、海東。お前の覚悟……見せて貰ったぞ」
「え……門矢さん?」
「……成程な。大体分った」
冷酷に響いた声に、真っ先に反応したのは五代と士。
そしてその視線の先にいる存在……海東純一を封じたカードを持つ男もまた、「門矢士」だった。
黒を基調にしたジャケットの背には、双頭の鷲を模った模様が入っている。首から提げられた紫の欠片が、陽を弾いて鈍く光っている。
「大ショッカーの大首領のお出ましって事か。まさか、ここで会う事になるとはね」
「大首領? ……奴は、門矢の双子か何かなのか!?」
「それとも、ワームの擬態とか!?」
不審げな橘と加賀美に対し、士は軽く首を横に振ると……そのまま、「もう一人の自分」を見つめ、低く呟いた。
「あいつは……
「過去の、門矢さん?」
「ああ。ライダー討伐に出ていた頃の……記憶を失う前の俺。……正真正銘、門矢士だ」
チャキ、とライドブッカーを構え、士は辛そうにそう呟くと、相手の方は軽く鼻で笑い……
「記憶喪失だか未来の俺だか知らないが、俺の邪魔をするなら……排除するだけだ」
そう言うと、「彼」は腰にディケイドライバーを当て、一枚のカードを構えた。
……士が普段やるのと、同じように。
「まとめて討伐出来るのは良いな。……変身」
『KAMEN RIDE DECADE』
普段聞く士のドライバーの音よりも、幾分低く濁った音がする。その認識と共に、彼の周囲を虚像が取り囲み……「闇色のディケイド」がその姿を現した。
「黒い……ディケイド!?」
「マジ……なのかよ!? 何なんだよ、あいつ!」
驚くハナと禍木に、その漆黒のディケイドは軽く笑い……そして、言い放つ。
「通りすがりの破壊者だ。覚えなくて良い。どうせお前達は、この世界で消えるんだからな」
「ふざけないで……純一を返して!」
『MIGHTY』
ふつふつと湧いた怒りに身を任せ、春香が渾身の一撃を放つ。
だが、相手はそれを軽くかわすと、真っ直ぐに彼女と禍木を見つめた。
「返せ? 笑わせる。海東を止められなかったのは、お前達の責任だ。仲間だ何だと言っておきながら、あいつの意思を読みきれなかった、お前達の」
「な……」
「海東を止める事が出来たのは、お前達二人と、奴の弟だけだった。それだけが、『仮面ライダーとしての海東純一』が生きた証だったからな」
投げられた言葉が、禍木と春香の胸に鋭く刺さる。
仲間だと思っていた。絶対に止めるつもりだった。
それなのに、二人共純一が「本当にしようとしていた事」に気付けず、今に至る。止める機会は幾度もあったはずなのに。
「海東の未練だったのにな。お前達はその事に気付かず、のうのうと……『いつもと同じ毎日』が来ると信じて、奴の決意を考えもしなかった。……それが、仮面ライダーと言う名の仮面を被った、お前達の業だ」
それだけ言うと、「闇色のディケイド」はちらりと海東純一が封じられたカードを見下ろす。
ディケイドと言う仮面を着けた今、彼の表情をうかがい知る事は出来ない。ただ、なんとなく……寂しそうだなと、五代は思った。
しかし、すぐに滲ませていた寂寥を消すと、相手は純一の封じられたカードとは別のカードを取り出し……
「悪いが、俺は海東の意思を完遂させてやる義務がある。お前達の相手は……また後でやってやるさ」
『ATTACK RIDE INVISIBLE』
言葉と同時にカードを読ませ、「闇色のディケイド」はその姿を消した。
その場に、何とも言えない後味の悪さを残して。