明瞭な夢、曖昧な現実

【その31:まどう ―迷子―】

「さてと。これはまた……ハナちゃんと僕以外、満身創痍だよねぇ。大丈夫?」
 倒れている面々の方へと向き直ると、玄金はいつも通りの、「底の見えない笑顔」で声をかけた。
 だが、それを向けられた方の視線は険しい。「刺すような視線」とはよく言うが、本当に視線にそう言った効果があるのなら、間違いなく玄金は彼らの視線で全身くまなく串刺しにされていた所だろう。
 そんな視線に気付いているのか、彼は困ったように軽く唸ると、やおら視線をアルビノジョーカー……純一に向けた。
 純一からは逆光になって、その表情は見えない。ただ、彼の口が三日月のような弧を描いているように見えるのは気のせいだろうか。
「……ねえ、純一君。ここはお互いに手を引くって事で手を打たない?」
「何を、ふざけた事を言っているのです」
「ふざけてないよ、大真面目さ。だって、サクヤ君やムツキ君は使い物にならない状態だし、君自身も……『俺の体はボロボロだ!』って感じでしょ?」
 一瞬だけ橘の方を見やり、玄金は意地悪い口調でそう告げる。その言葉を聞いた橘が軽く顔を顰めるが、玄金の悪意ある揶揄いなのだと気付いて溜息を吐き出すだけに留めた。
 一方で言われた方は、ちぃと軽く舌打ちをならすと、玄金を睨みつけたままよろりとその場に立ちあがる。
 自身の体を見下ろすと、玄金の言った通り「満身創痍」と呼ぶに相応しい格好になっている。
 橘と鎌田、両方から受けた攻撃で出来た傷口からはヒトと同じ赤い血が溢れ出し、未だ止まる気配はない。玄金の後ろにいる面々に比べ、立ち上がれた所を鑑みれば、多少は人間よりも回復が早くなっているのかもしれない。だが、目の前に立つ「本物のアンデッド」と相手に戦うとなると、流石に今の純一では分が悪い。
 「人間の姿」へ戻るのは自在なのか、「アルビノジョーカー」から「海東純一」の姿に戻り、彼は忌々しげな視線を向けたまま、ポツリと言葉を吐き出す。
「ここで見逃した事、後悔しますよ?」
「……そうだろうね。君のやろうとしている事が、僕の考えている通りなら」
 純一の言葉に、玄金は何とも言えない表情でそう答えた。純粋に楽しそうな笑顔とは違う。苦笑、と言うのもまた異なる。だからと言って、怒っているでも嘆いているでもなく……強いて表現するなら「哀れんでいる」ように、純一には見える。
 その表情を見た瞬間、純一には理解できた。目の前に立つ「本物のアンデッド」は、「自分がやろうとしている事」を正確に理解しているのだと。そしてその内容を知りながら、止めるつもりはない事も。
「……酷い人ですね、あなたは」
「『ヒト』じゃないからね。それに……仮に僕が止めたとして、君は止まらないって気がする」
「……そうですね。俺を止められるのは…………だけだ」
 俯きがちに放たれた「人名」は、呟いた本人以外には聞こえないくらい小さな物。聞き取れはしなかった物の、ハナには呟いた純一の顔が、どこか寂しげな色を宿しているように見えた。
 ひょっとしたら、止めて欲しいのかもしれない。彼の「やろうとしている事」を、その「止められる人」に。
 しかし、純一はすぐにその寂しげな表情を消し……
「お言葉に甘えて、失礼します。次に会う時は……今度こそ、ライダーの皆さんを始末して差し上げますよ。世界の崩壊を防ぐ為に」
 にっこりと、玄金に負けず劣らず嘘くさい満面の笑みを浮かべて純一はそう言うと、傷だらけで呻くサクヤとムツキを強引に立たせると、くるりと背を向け……そのまま、この荒れ果てた場を立ち去った。
 まるで、何かを振り切ろうとしているかのように。
 残された面々も、渋い表情で何とかその場に立ち上がり……何とも言えない表情を浮かべて、無言のまま玄金を囲むようにして近付いていく。
 その、据わりきった瞳に何か嫌なものでも感じたのだろうか。玄金はその顔に微苦笑を浮かべ、ジリリと後ろへと退る。
「……あれ? ちょっと何か皆、殺気立ってる?」
「一応、その辺の空気は読めるのね、アンタでも」
 玄金の声に、ハナがにっこりと笑顔を向けて言い放った次の瞬間。
 完全に彼を取り囲んだ面々は、やはり無言のまま彼に一発ずつ蹴り、もしくは拳を叩き込んだ。
 唯一、五代だけはそう言った暴力には出なかったものの……止める事もしないのだが。
「ちょっ!? え? 待っ……!? えええっ、僕、何か悪い事した!?」
「お前の存在そのものが、悪だろ」
 冷たく言い放ちながら、加賀美はその頭を拳で叩き。
「俺も今まで、『悪魔』やら『破壊者』やら呼ばれてきたが、お前程じゃないだろうな」
 安堵と呆れの混じった声で呟きながら、士は足を払い。
「もう黙れ玄金。アンデッドなら、大人しく俺に封印されろ」
 そしてかなり本気な声で橘がラウズカードを構えながら、バランスを崩した相手の背中を蹴り飛ばし。
「あんた、本っ当に救いようのない奴ね。橘さんのカードの中で反省しなさい」
 そしてハナが、トドメとばかりに倒れた彼の後頭部を、躊躇なく踏みつけた。
 ちなみに、カズマ、春香、禍木の三人も、各々拳と肘でその合間を縫うようにしながら攻撃を食らわせていたのは、言うまでもない。
「……あう~、何だろうこの既視感デジャ・ヴ。って言うか、前よりも更に扱いが酷いって気がする~」
「人が増えた分、攻撃回数も増えてますからね」
「ちょっ、雄介君? にっこり笑顔、サムズアップ付きを向けてないで、助けてくれると嬉しいんだけど」
「嫌です」
「即答!?」
 その場に突っ伏す玄金に、五代が珍しく目の笑っていない笑顔を向けて言い切ったのは、言うまでもない。

 さて、一通りの制裁を受けた後。彼がへこませた土の上で正座をさせられた玄金は……未だに物凄く敵意の篭った視線をその身に受けながら、改めて己の正体を彼らに明かした。
「僕の本名はバジリスクアンデッド。伝説で『玄武』とか『バジリスク』とか呼ばれてるのは、実は全部僕。ちなみに、カードに封印されるとダイヤのページ」
「ページ? ……そんなカテゴリーは聞いた事がない」
「言った事ないし、マイナーどころだしね。そもそも僕達はバトルファイトへの参加資格を持たないから、普通のアンデッド達にも知られていない。あの中で僕らの事を知っているのは、上級アンデッドくらいじゃないかな?」
「……バトルファイトへの参加資格がないだと?」
「うん。僕……もとい、僕達『カテゴリーページ』と呼ばれる存在の仕事は、異世界からの侵略の阻止。並びに、バトルファイト勝利者と、その眷属の守護。それ故、『イレギュラーアンデッド』、『蹴散らす異形』、『永遠の迷子まよいご』なんて揶揄されている。ちなみに僕達のカテゴリーは共通して『PRISON』という能力を持つ。強者を封じ、弱者を守護する為の檻を作る者。その中でも僕は、大地の力を司る。土その物も操るけど、主に『重力』って形で効果を発動させることが多いかな? 凄いでしょ」
 橘の言葉に、何故か誇らしげに胸を張って答える玄金。えっへん、という擬音すら聞こえそうだ。
 恐らく、彼には彼なりの誇りのような物があるのだろうが……いかんせん、今の状況が状況なだけに、その態度が反って腹立たしい。そしてその感情をストレートに表すのが……ハナだ。
「そんな反則みたいな力があるなら……」
「はへ?」
 ぎゅりっと音がする程硬く握り締められた彼女の拳に、嫌な物でも感じたのだろうか。玄金は間の抜けた声を上げる。
 額に一筋の冷や汗が流れているのは、本能的にまずいと感じ取ったからなのか。
「何でそれをさっさと使って、色々な事を止めなかったのよ、この馬鹿!」
「おうかくまくっ! ちょっ、無意識の内に陛下の力を拳に込めて殴るのは勘弁してって! いくら僕がアンデッドだからって、流石にその力は死ねるから! 冗談抜きで!」
 正座を崩し逃げようとした所へ叩き込まれた鳩尾への一撃が余程効いたのか、玄金はうっすらと目に涙を浮かべ、プルプルと震えながら彼女に懇願する。
 ……相手はアンデッドであり、しかも殴ったのは傍目から見て年端の行かぬ少女だ。いかにパンチングマシーンの数値が驚異的だったとはいえ、玄金が涙を浮かべる程の威力は、ないと思うのだが。
 そんな事を思い……ふと、ハナは彼の言葉に妙な引っ掛かりを感じた。即ち……「陛下」。
「……誰よ、『陛下』って?」
「え? あ? うーん……これはあまり、人間にはバラしちゃいけない事なんだけど……」
「もう一発、殴るわよ?」
「洗いざらい吐かせて頂きます、殿下。だからその拳は仕舞って頂けるとありがたいですハイ」
 はあと拳に息を吹きかけるハナを見て、本気でこれ以上殴られたくないのか、彼はその場に思い切り土下座をして、情けない表情で答えると……次の瞬間には、見かけた事がないくらいの真剣な表情を周囲の面々に向け、語りだした。
 彼の言う、「陛下」の事を。
「えーっとね。僕達の住んでいる世界は、『皇帝』と呼ばれる『カミサマ』が統治、管理してるんだ。そしてその存在の事を、僕達は『陛下』と呼んでいる」
「……は? いきなり何言ってるんだ、お前?」
「神様、ですか?」
「うぅわ、何その『ありえない』って顔。グロンギやワームを見ているくせに、『カミサマ』を信じないってどうなのさ」
 訝るような表情で言った加賀美と五代に、玄金は心外と言いたげな表情で言葉を返す。
 どうやら、本気で言っているらしい。確かに、グロンギやワームと言った異形は、「普通に考えて」存在するとは思えない物だ。
 「化物がいるなら、神様もいる」というのが彼の言い分らしいのだが……正直、五代にも加賀美にも、その実感は沸かなかった。
 だが、唯一彼の言葉に別の反応を示したのは……橘だった。
「神がいると言うのなら………なぜバトルファイトの際、始の真の願いを聞き入れなかった!?」
 彼は思い切り玄金の胸座を掴み、そう噛み付くように怒鳴る。
 ……納得が、行かなかった。
 もしも神が本当にいるのだとしたら、仲間の一人……相川始の、「本当の願い」を聞き入れなかったのか。聞き入れられていたのなら、相川始も、そして別の仲間……剣崎一真も、あんな結末を選ばずに済んだはずなのに。
 だからこそ、橘は思った。「神などいない」と。そう思わなければ、納得など到底できない決着だったのだから。
「あのね朔也君。『カミサマ』は『万能』じゃないんだよ。僕達が『カミサマ』と呼ぶ存在は、あくまでその力の強大さ故の呼称に過ぎない。ヒトが思い描く全知全能な『神様』とは違う。……世界を創り、命を創り、そしてヒトを生み出す事が出来ても、彼らには感情がある。……その時点で、僕らの指す『カミサマ』は、完璧なんかじゃない」
 強大な力と、ヒトから見れば「永遠」と呼んで差し支えない程の永い生を持っているが為に、ヒトは彼らを敬意と畏怖の念を込めて、「神」と呼ぶのだ。自分達を、遥か超越した存在……そう認識して。
 だが、それは違う。感情を持つ存在であるが故に、邪心を抱く事もあれば、過ちを犯す事もある。ヒトの思う、「完璧な神様」からは程遠い存在だと、静かな声で玄金は告げた。
 「彼ら」と言う種に対し、あえて呼び名をつけるなら「神」。それだけの事だ、と。
「それに、あの時のモノリスは『敵』に奪われていたからね。本来の陛下の意を伝える中継機って役割が歪められてしまっていたし、仲間が取り返した時には既に一真君はジョーカーになってしまっていた。そもそもあの戦いは、正式なバトルファイトじゃない」
「正式ではないと言うのは、天王路が……人間が意図してアンデッドを解放したからか?」
「違う」
 橘の低い問いに、玄金はふるふると首を横に振った。
 正直な話、春香や禍木、それにカズマには良く分らない話であり、不審げに顔を歪めている。
 「バトルファイト」の事を教えられた事のある五代や加賀美、士でさえも、付いていくのがやっとなのだが……雰囲気に呑まれているのか、口を挟むような真似はしない。
 それを見越してなのか、玄金は低く、だがはっきりと通る声で、言葉を放つ。
「バトルファイトの正式な開始合図は……僕達、カテゴリーページ全員が封印される事だからさ」
「お前達が封印される事、だと?」
「そう。僕達四人を封印すれば、自動的に全てのアンデッドは解放され、正式なバトルファイトが開始される。つまり、僕達四人は……バトルファイトのトリガーだ」
 その一言に橘は、そしてその場にいた面々は……完全に沈黙する。
 それを見計らうと、玄金は口の端に寂しそうな笑みを浮かべ……
「まあとにかくさ。僕とハナちゃん以外は、本当に皆ボロカスなんだから、一旦BOARDに帰って手当てしよう。ね?」
 そう言うと、彼は乗ってきたらしいBOARDのマイクロバスに彼らを軽々と放り込んで、その場から立ち去るのであった。
 小さく、こんな呟きを落として。
「……本当の悲劇は、多分、これからはじまるんだから」
 と。

「失敗か?」
 闇の中。せせら笑うような底意地の悪い「大首領」の声に、海東純一は心底申し訳なさそうな表情で包帯を巻いた頭を下げた。
 罵られた方が、まだ幾分か心が楽であるのに、目の前の存在はそんな事もしてくれないらしい。「彼」はフンと鼻で笑うと、純一の顔を見もせずに呟く。
「お前の事だ。止めて欲しかったんじゃないのか。…………昔の仲間とやらに」
「……そんな事は、決して」
「ない訳がないだろ。事が運んでしまえば、お前は二度と戻れない。ラルクやランス、それに……弟にも会えなくなる。お前は親友を、そして家族を置いていくんだ」
 その言葉に、純一はびくりと体を震わせた。
 ……大首領には見抜かれている。自分が持つ迷いを。
 禍木慎や三輪春香は、確かに彼にとってかけがえのない仲間だった。騙していたとは言え、それは事実だ。ただ、彼らとは「平和」に対する考え方が違っていただけで。心安らぐ親友である事は、敵対している今も変わらない。
 だから、その未練を断ち切ろうと思った。全ての世界の平和の為に。
 それに、彼の弟も……きっと、自分のやろうとしている事を知ったら、血相を変えて止めるだろう。彼は何だかんだで兄離れが出来ていない。
 自分がやろうとしている事は、彼らを捨て、そして自分の命すらも捨てる行為だ。
 彼の思う「平和」の為に、自身の命を惜しんではいない。だが、自分を想ってくれている彼らを残してしまう事は、純一にとっては非常に心苦しい物があった。
 きっと、いや間違いなく、彼らを悲しませる結果になるのだから。
 俯く純一の瞳の奥で揺れる惑いに、大首領は気付いているのか。椅子の上で大きな溜息を一つ吐き出すと、それまでの意地の悪い声から一変して、事務的な声で問いを投げた。
「それで? お前が失敗した原因は何だったんだ?」
「……ハートのキングが邪魔をしてきました。それすらも、異界から来たと思しき、見知らぬアンデッドに封印されましたが」
「…………成程な。大体分った」
 そう言うと、「大首領」は自身の首にかかる紫の欠片を弄ぶとふと口元に笑みを浮かべ……
 すっと席から立ち上がると、自分の為に作られたドライバーを手に取った。
 その行動に、まさかと純一は焦る。「大首領」がドライバーを手に取ると言う事は、即ち彼自身が戦場に赴くという事。
 滅多に動かない「彼」が動く。全てのライダーを破壊し、全ての世界の融合を防ぐ為に。
 世界の融合が進めば、この世界のように「異なる二つの世界」が混じり合い、互いに混乱する。その混乱は混乱を招き、やがては全てが死滅する。
 それは「破壊」ではない。「滅亡」だ。「何者か」が存在していなければ、何かが「創造」される事はない。
「行くぞ海東。ライダーは全て滅ぼす。奴らは『破壊』を食い止めてはいるが、『滅亡』を招いている。ただの偽善者だ」
――俺も、だろうがな――
 心の中でのみ、「大首領」は呟くと、軽くその顔に苦笑を浮かべた。
 自分がこれからやろうとしている事は、決して「正義」などではない。それを自覚しており……そして、これから自分がやろうとしている事が、「海東純一」を消してしまう行為だとも、分っていたからだろう。
「まずは全てのキングのカードを集める。そして、この世界の古代の遺産を手に入れる。ライダーを滅ぼすには、充分に役立つ力だ」
「……はい」
「…………覚悟は、出来ているな? 今ならまだ、引き返せるぞ?」
 振り返りもせず、問うて来た大首領に対し、純一は一瞬だけ目を伏せると……軽く首を横に振り、己の意志を告げた。
「引き返しはしません。これは……私の出した平和への『答え』ですから」
「……そうか。……愚問だったな、忘れろ」
「いえ。お心遣い、感謝します。大首領」
「行くぞ海東。……全てを破壊してやる」
 その言葉に、無言の返事を返し……純一は、彼の背を追う。
 全てを破壊し、全てを創造する為に。
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