明瞭な夢、曖昧な現実

【その30:ほころぶ ―崩壊―】

 アルビノジョーカーとの戦いの最中、その戦闘に水を差すようにして現れた蟷螂を連想させるアンデッド。
 第三勢力とも呼べるその存在が放った風刃の攻撃により、その場で立っているのは、それを放った本人のみとなっていた。
「あなた方がアルビノジョーカーに気を取られてくれていたお陰で、随分と楽に事が運びました」
 瓦礫を踏み分け、クックと喉の奥で笑いながら、そのアンデッドはゆっくりと士の方へと近付いて行く。
 その声に、士はとカズマは聞き覚えがあった。この声は、ハートのカテゴリーキング。ヒトの姿の時は「鎌田」と名乗っていたが、正式な名はパラドキサアンデッドと言ったはずだ。
「馬鹿な……倒したはずのお前が、何故また……!?」
 よろりと体を傾がせながらも、士は心底不思議そうにパラドキサに向かってそう問う。
 彼の記憶が確かならば、士が以前この世界にやってきた際、このパラドキサアンデッドと人工的に作られたアンデッドであるジョーカーは、確実に倒したはずだ。それなのに……
 疑問に思う士達を鼻でせせら笑いながらも、パラドキサアンデッドはその姿を人間……鎌田に変え、ゆっくりとアルビノジョーカーの方へと歩を進めた。
 その瞳に浮かぶのは、蔑みと哀れみの入り混じった、何とも言えない色。
「人工のアンデッドなどで我々に対抗するつもりだったとは。大ショッカーもなかなか油断できない」
「大ショッカー、だと!?」
 再び士が驚きの声を上げると、鎌田はフン、と鼻で笑い……
「ご存知なかったのですか? この世界には今、我々アンデッドと、BOARD、そしてローチを率いている大ショッカー。この三大勢力が争っているのですよ」
「馬鹿な! まだ残党がいたのか」
「残党? 何を言っているのです?」
 今度はアルビノジョーカーが、心外と言わんばかりに言葉を返す。怒りとも、屈辱とも……そして、困惑とも取れる声で。
 その声の意味するところは、橘には分らないが……少なくとも、士の中では「大ショッカー」なる組織は既に壊滅、「終った組織」として認識されている。その一方で、アルビノジョーカーの中では、まだまだ「現役の組織」らしい。
 単なる認識のずれなのか、それとも何か他に理由があるのかは定かではないが、今はその「大ショッカー」よりも目の前にいる上級アンデッドを封印する事が優先だ。
 だが……体が思うように動かない。存外にダメージが大きかったらしい。
 ジャックフォームの自分を変身解除に追い込んだ事、そして先程の蟷螂のような外見から考えると、この男は自分の知らない上級アンデッド……元の世界では唯一解放されなかった、ハートのカテゴリーキングと見て間違いないだろう。
「この世界に存在する大ショッカーが、残党だろうと本体だろうと、私にはどちらでも良いのです。私達アンデッドが、この世界を支配するのならばね!!」
 目を見開き、勝ち誇ったような声で鎌田が言葉を放つ。同時に、倒れている面々に追い討ちをかけるかのごとく、再び自身の周りに風を纏い、風の刃を生み出そうとした……まさにその瞬間。
「うわぁ、うざったい事言うね~。キングの余裕って奴?」
 瓦礫の山と化したこの場に似合わぬ、間の抜けた声が響いた。
 ……聞いているだけで脱力しそうな、それでいてどこか恐怖を煽るような声。
 声に聞き覚えのある者達は、その声の主の顔を思い出して凄まじい勢いで顔を顰め、聞き覚えのない者達は軽く眉を顰めて辺りを見回す。
 そして……その声の主を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
 瓦礫と言う灰色がかった景色の中で、足場の悪さなど気にしないと言いたげに歩く「黒」。普段着ている白衣はなく、肩には少女を乗せている。
「玄金さん!?」
「何で来たんだよ、お前!」
 呻くように言った五代と加賀美の声に、現れた「黒」……玄金武土が、にっこりと嘘臭さしか感じられない笑顔と共に言葉を返す。
「何でって、マジバトルに向けたカウントダウンをしに? ついでに『偽りの白いジョーカー』を見に来たんだけど、いけなかったかな?」
 言いながら、玄金は未だ赤い血を流して地に伏すアルビノジョーカーを見やる。正確には、その胸元を。
――「地の石」はない。と言う事は、彼は奴に縛られている訳ではない、か――
 笑顔を浮かべたまま、心の中でのみ呟きを落としつつ、今度は他の面々に目を向ける。
 ……たった一人、鎌田を除いて。
「いやぁ、それにしても皆ボロボロだねぇ。なぁに、どうしたの? 相討ち?」
「あんた、わざと無視してるでしょ……」
「んー? 何を?」
 担いでいる少女、ハナに言われ、玄金はその笑みに潜む嘘臭さを更に増量させて声を返す。
 倒れている面々には……そして無視されている鎌田にも分る。
 玄金が鎌田に抱く感情は、悪意しか存在していないと言う事実が。
「あの人よ、あの人! 今この場で立ってるのは、あんたとあの人しかいないでしょ! さっきから聞いている感じだと、あの人、アンデッドみたいじゃないの!!」
「みたい、じゃなくて、この世界のアンデッドだよ。うーん、人の姿を取ってるし、キングの力はカズマ君とそこの白ジョーカーから一人ずつ感じるから……噛ませ犬と名高い、パラドキサアンデッドさんって所かな?」
「あんた、分ってて無視してる訳!?」
「無視だなんて……視界に入ってなかっただけだよ。古臭い言い方だと、アウト・オブ・眼中って奴」
 あっはっはと軽い……否、軽~い笑いをたてながら、玄金はゆっくりとハナをその肩から下ろす。下ろされた方は、呆れたような、怒ったような……少なくとも、とても友好的ではない表情で自分を担いでいた男を見上げている。
 とはいえ、流石にこれ以上玄金と漫才もどきをしている場合ではないと判断しているのだろう。それ以上何かを言う様子はない。
「何者かは知りませんが、安い挑発ですね。そんな物に、私が乗ると?」
「挑発してるつもりは微塵もないよ。だって僕は、常に本音しか言わないもん。っていうかさぁ、この世界アンデッドの勢力弱すぎない? BOARD対大ショッカーの二大勢力に、泡沫候補のアンデッドじゃない。三大勢力? 自意識過剰もイイトコだよ」
 心底そう思っているかのような口調で言いながら、玄金はゆっくりと自身の立ち位置を変えていく。ジリジリと、相手の射線上からハナ達を外すような位置へ。
 玄金の言葉に、流石にカチンときたのだろうか。彼が移動していると言う事実に気付いた様子も見せず、鎌田は軽く眉を顰め……そして人間態のまま、鎌鼬を玄金に向けて放った。
「うわお」
 しかしその攻撃は、さして緊張感を抱いていなさそうな声と共に蹴り上げられた瓦礫によって阻止、壊れた破片は何故か玄金を避けて飛んでいく。それはまるで、見えない壁に遮られているかのように。
「はっずれー。『安い挑発には乗らない』んじゃなかったの?」
「そのつもりだったのですがね。……どういう訳か、あなたには問答無用の殺意が湧くんですよ」
 ギロリと玄金を睨み、鎌田は再び腕を振るう。
 今度はそれを、半歩体をずらしてかわすと、玄金は困ったように頬を掻いた。
「あっちゃー……縛られているのはこっちの方か……」
「え?」
 玄金の「縛られている」という言葉に、ハナが小さく反応する。そして無意識の内に鎌田の首元に視線を向け……そこで揺れる、「紫の欠片」に気付き、愕然とする。
「まさか、『地の石』の欠片!?」
「多分、ね」
 ハナの声に、玄金が神妙な表情で頷きを返す。
 鎌田の首にかかっているのは、間違いなく「地の石の欠片」という名の首輪だ。
――14を復活させたい割に、キングを強化しているってのは腑に落ちないけど……――
 思う玄金に対し、鎌田の攻撃は止まない。それをのらりくらりと避けながら、彼は心の内で呟く。
 ある程度こちらを弱体化させた後、封印する算段なのかもしれない。もしかすると、金居とキング同士で戦わせ、相討ちを狙っている可能性も考えられる。
 とはいえ、考えた所で相手が自己の力を強化、増幅させる「地の石の欠片」を持っている事は事実。
 何とかこのまま、挑発と回避を繰り返して時間を稼ぎ、橘達仮面ライダーの体力を少しでも回復させておきたい。
 ちらりと視線を倒れていた面々に向ければ、ハナに助け起こされながらも彼らは物陰に退避しつつ、荒れた呼吸を整えている。
 その事実に、安堵の溜息を漏らした瞬間。
 鎌田の口元が、ニヤリと歪み、その体を反転させた。
「ふ。時間稼ぎのつもりだったのでしょうが、お見通しです」
 言うが早いか、鎌田は再度向いた方……橘達の退避した瓦礫の壁めがけて、鎌鼬を放つ。その直線上には、退避途中のハナの姿。
「ハナちゃん!」
「危ない!」
 五代と加賀美に腕を引かれ、ハナは倒れこむようにして二人の前に座り込む。
 同時にいつの間に戻ってきたのか、玄金がハナと鎌田の間に入り込むように立ち塞がると、もう一度足元の瓦礫を蹴り上げて鎌鼬の勢いを殺した。
 砕けた瓦礫の欠片が飛び、殺しきれなかった風の刃が、軽く玄金の頬を裂く。一瞬遅れて、裂かれた傷からはつうと彼の頬を血が伝った。
 ……だが、その色はヒトと同じ「赤」ではない。アンデッドである事を示す、「緑白色」。
「玄金が……アンデッドだと!?」
「……あーあ。見られちゃった。色々と面倒だから隠してたのに。でもまあ、ハナちゃんは無事だから良しとするかな」
 驚く面々に振り返り、心底困ったような表情を見せると、玄金はじろりと鎌田を見据える。
 一方で鎌田の驚愕も、橘達に負けず劣らず大きかったらしい。一瞬だけ目を見開くと、すぐに玄金を「危険な敵」と判断したのか、その姿を鎌田からパラドキサに戻し、身構える。
 一方で、玄金はぐいと頬から流れる血を拭い、無表情、そして無感情に口を開いた。
「いや、僕を攻撃するのは構わないんだ。君が何を考えていようと、正直それもどうでもいい。でもね……ハナちゃんまで手をかけようとしたのは、許せないなぁ。これもう全力でやっちゃって良いよね?」
 その声に、何かを感じたのだろう。パラドキサははっとしたようにその場から大きく跳び退る。だが、それよりも一瞬だけ、玄金が動く方が速かったらしい。
 視界から消えたと思った次の瞬間、パラドキサの後ろに彼は現れ、思い切りその背に蹴りを叩き込む。更に次の瞬間には、前に回ってパラドキサの首にかかっていた「紫の欠片」を奪い取っていた。
「貴様っ」
「言ったろう? 『全力でやっちゃう』って。本当はヒトにこの姿を見せるのは好きじゃないんだけどね。事後処理とか説明とか、本当に面倒事が押し寄せてくるから」
 奪った石を足で踏みつけ、グリグリと細かく砕きながらそう言った瞬間。
 玄金の姿が、変わった。
 漆黒の体に、どこか亀を思わせる姿。しかしその尾は蛇のようにも見える。目はぎょろりと、爬虫類特有の黒目がちな物になり、明らかに「どの生物の祖でもない」のが分った。
 見た事のないアンデッド。
 そう表現するしかなく、強いてあげるならティターンなどの「合成アンデッド」に近いだろうか。
 橘が思うと同時に、玄金だった「そいつ」はゆっくりと手を差し出して振り下ろす。
 すると、それに合わせたかのように、パラドキサの体がずどんと音を立てて沈む。
「な……何だ、これは!? 体が……重い!?」
「僕、腕力の面では仲間内で最弱なんだ。だから、特異な力の方で均衡を保っている。そして僕が扱う『特異な力』は『重力』だ。……ほら、ハナちゃんに……殿下に『ごめんなさい』は?」
 言葉を放ちながらも、パラドキサの体はどんどん沈んでいく。
 恐らくは、パラドキサにかかる重力が、時間と共に強くなっているのだろう。既に自身の体重を支えきれない程までに達しているのか、パラドキサはその場に膝をつき、土下座のような格好をしている。
「ぐ……ぎ、ぎぎ……私は……アンデッド、カテゴリーキング、です。人間ごときに……謝るなど……」
「アンデッド、ねえ。パラドキサ君、君は首を刎ね飛ばされて生きていられる自信ある? 心臓を生きたまま抉り出されたり、跡形も残らない灰にされたりしても、それでも生きていられる? 僕は生きていられる。どれ程原形を留めていなかろうが、すぐに元に戻る。……そういう風に創られている」
 「玄金だったモノ」は、玄金と同じ声で……しかし、普段の彼なら絶対に出さないような、嘆き悲しんでいるような声で言葉を紡ぐ。
 端から見れば、「玄金だったモノ」は手を前に差し出しているようにしか見えない。それなのに、パラドキサは地に頭を擦りつけ、平伏しているような格好で彼の言葉を聞いている。
 だが、彼が聞きたいのは「自身への謝罪」ではない。言動から察するに、「ハナへの謝罪」だ。それがない限り、彼は永遠にこの重力場に捉え続けるつもりなのだろう。
「ほら。殿下に『下僕の身で、攻撃などしてごめんなさい』って言いなよ。そうしたら、これくらいで許してあげるから」
「こと、わる。……どうせこの程度では、死な、ないの……だから」
 その言葉に、彼の口から諦めの溜息が漏れる。
「やはり所詮は『月』が作った紛い物か。『下僕』なのに、主やそれに類するものを攻撃しようとするなんて、あってはならない事だよ」
 声に含まれていた呆れの中に、徐々にだが苛立ちが混じる。
 その苛立ちに応えるように、パラドキサの体が、ギシギシと嫌な音を立てる。触角はおかしな方向へ曲がり、頭は半ばまで地面に埋まっている。
 何とか頭を上げようともがいているようではあるが、その反抗もほとんど意味を成していないらしく、おパラドキサの頭……いや、その全身は、完全に地にめり込んでしまっていた。
「確かにアンデッドは『不死の生物』だ。でも君は勘違いしている。『不死』って言うのはね、『死なない』って意味じゃない。…………『死ねない』って意味なんだよ!」
 最後の最後は、悲鳴にも似ていたかもしれない。
 重力のハンマーを振り下ろすと、完全に瓦礫の中に埋没したパラドキサを見下ろし……どこからか取り出したプロパーブランクにそれを封印する。
 戻ってきたカードを眺めると、彼は軽く溜息を吐き……そして、いつもの「玄金武土」の姿に戻った。
 ……曲がりなりにもカテゴリーキング相手だったと言うのに、まるで赤子の手を捻るかのような、一方的な闘い。
 頬についていた傷はない。僅かに緑色のかさぶたらしきものが付着しているのが見える程度である。
「……僕達を殺せるのは、『カミサマ』だけ。だからこそ、アンデッドというイキモノは絶望的なんだ」
 そう呟いた玄金の言葉は……やはりどこか、寂しげに聞こえたのは……ハナの気のせいだったのだろうか。
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