明瞭な夢、曖昧な現実

【その3:うがつ ―胡乱―】

 食事も終え、しばらくして後。列車が辿り着いたのは「ターミナル」と呼ぶに相応しい場所だった。混んでいる訳ではないが、閑散としている訳でもない。ちらほらと人の姿は見えるし、それなりに賑わっている。
 新幹線のホームが、一番「それらしい」かもしれない。
「……ここ、駅なんですか?」
「そう。時間の流れから零れてしまった人達が、自分の時間に向かう為の『駅』。結構賑わってるでしょ?」
「や~あ、どうも~」
 五代の声に玄金が答えたのとほぼ同時に、掠れたような高い声が響いた。
 声のした方向を振り返れば、そこには白ずくめの男の姿。中年と呼ぶには歳を経ているようだが、壮年と呼ぶにはまだ若かろうという、表現し難い見た目と雰囲気を持っている。服装は通常世界の駅員の制服を白ベースに変えたような物で、その顔にはどこか嬉しそうな笑顔が浮かんでいる。胸元や帽子に付けられた飾りが派手な所を見ると、この「駅」の偉い人だろうか。
「やあ、駅長君。久し振り。元気そうだね」
「ええ! デンライナーのオーナーとの炒飯対決が間近に迫っていますからね! 今回は勝ちますよぉ」
 玄金のにこやかな挨拶に、これまたにこやかな笑顔で返す、「駅長」と呼ばれた男。そう言われれば、確かに納得出来る雰囲気を持っているのだが……しかし何故だろう、今の彼からは、妙な気迫が感じられるのは。
 考え付くのは先程彼の言っていた「炒飯対決」とやらだが……美味い炒飯でも作って対決するのだろうか? しかしその割に、いつの間にか両の手に金色に輝くスプーンを持っているのが気になる。という事は大食い対決の方だろうか?
 などと考える加賀美をよそに、玄金はさっさと本題に入る。
「あっはっは、頑張って。……ところで、『分岐点』の彼女はドコかな? あの方に用事があるんだけど」
「分岐点の少女なら、あちらで~す」
 「分岐点」という単語で互いに通じるのか、玄金の問いに対し、駅長は右手に持ったスプーンの先を、ある一点へ差し向けた。
 俗にいう「エキナカ」だろうか。彼の指し示した先は、改札を出ない場所にある、多種多様なショップが立ち並ぶ中の一画。一際派手な音と光の溢れる店舗だった。
「あそこか、ありがとう。オーナー君には、彼女は僕が責任を持って預かっておきますって事、伝えといてくれる? 会えないのは心苦しいんだけどさー」
「は~い。承知しました」
 びしり、と敬礼し、自分達を見送る駅長を尻目に、玄金はさも当たり前のように「ある場所」へと向かう。
「玄金、どこへ行く気だ?」
「言ったでしょ? もう一人を迎えに行くって。楽しみだなぁ、彼女に会うの」
 心底楽しみであるかのように笑いながら、てくてくと「ある場所」……ゲームセンター、あるいはアミューズメントストアと呼ばれるそこに向かう。
 「彼女」と呼んでいたので、もう一人は女性なのだろう。駅長は「少女」とも言っていたので、加賀美よりも年下かもしれない。
――樹花ちゃんくらいの年齢かな?――
 やたら元気でテンションの高い「親友の妹」の姿を連想しつつ、加賀美はぼんやりと玄金の後を追う。
 そしてようやくそこへ到着した瞬間。
 如何とも名状しがたい……強いて言うなら破裂音に近い打撃音が響いた。思わずびくりとして、音の方を見る三人。
 ……そこにはパンチングマシーンで、その小さな体からは想像し難いハイスコアを叩き出している、一人の少女の姿。
 見た目は二桁の年齢に達しているかどうか。短く切りそろえられた髪、白い上着に黒いふわふわのスカート。とても可愛い部類に入るのだが、今はパンチングマシーンに突き出された右拳の威力と、醸し出している怒りのオーラのせいで、思わず半歩後ずさる程に、その可愛らしさは損なわれてしまっていた。
 正直に言えば、怖い。
 女性の怒りを買うと恐ろしいのは、加賀美も五代も橘も、それぞれに何となく経験があるので分かっているつもりだが、今の彼女は小さな体全体からその「凄み」を発している。それを纏った人間に不用意に近付けば、理不尽な八つ当たりをされる事が多い事も分かっている。
 それだけに、出来れば彼女の周辺には行きたくないと思う。遠目に見ているだけで充分だ。
「……うわぁ、凄いな。あの子」
「あっはっはー、やっぱり怒ってるー」
 顔を引きつらせながら言った加賀美に対し、何故か嬉しそうに言い放つ玄金。
 その様子に、何となく嫌な予感がして……今度は五代が、やや引きつった笑みで玄金を見やり、問う。
「まさか、もう一人って……あの子じゃ、ないですよね?」
「あの子だよ? あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いていない!」
 平然と答えた玄金に、思わず突っ込む橘。
 何しろ自分は、「ギャレンとして」呼ばれたと自覚している。それはとりもなおさず、戦いになるという事だ。そんな中に、あんな少女を巻き込んで良い物か……そんな思いが彼の胸を過ぎる。
 一方、少女はと言うと……怒りの形相を隠そうともせず、パンチングマシーンを睨みつけながら地団太を踏んでいた。今なら先程よりも更に高得点を叩き出せるかも知れない。
「もうっ! 何なのよあの人! モモ達だけ連れて、勝手にデンライナーでどこかに行っちゃうなんて……あいつらが大人しくしてるはずないじゃない!」
「こんにちは。いやぁ、予想通りの大荒れだねぇ。流石はあのお方の『愛娘』なだけはあるよ。そういう顔、してるでしょ?」
 そんな彼女の怒りのオーラもなんのその。
 玄金はにこやかな笑顔を顔に浮べたまま、少女に近付き、何食わぬ顔で声をかけた。
 その声にはむしろ、感心したような響きさえある。
「あなた……誰?」
「僕は、ゼロライナーのオーナー。初めまして、ハナちゃん」
 にこ、と悪意のなさそうな笑みを浮かべる玄金に対し、ハナと呼ばれた少女は力の限り顔を顰め……
「あなたが、オーナー?」
「あ、すっごい疑われてるって気がする」
 さして傷付いたような気配も見せず……だが声だけは傷付いたような印象を持たせながらも、玄金は服が汚れる事も厭わずその場に膝をつき、目線をハナの高さに合わせると、彼女の手を尊いものを扱うかのように恭しい態度で取って言葉を続ける。
「実はね、君について来て欲しいんだ。世界の存続に関わる事態でね。だから、今来てすぐ来て早く来て」
「おいおいおいおい! 普通に傍で聞いてたら誘拐犯みたいだぞ、それ!」
「行動そのものからして誘拐犯ですよ、玄金さん」
「何言われたって強制的に連れて行くつもりだし、第三者に見返りを求める気はないから、拉致が正しい」
「更に性質が悪いじゃないの!」
 横にいた加賀美と五代に突っ込まれつつも、あははと笑って取っていたハナの手を引き、彼女を抱え上げる玄金。
 ……完璧に変質者もしくは誘拐犯にしか見えないその様子に、思わず橘は頭痛を覚える。
 しかし周囲の客達は何故か生温かい笑顔でこちらを見つめている。ジタバタと暴れ、玄金の腕から逃れようとする彼女に気付いていないはずがない。それなのに、玄金の行動は日常茶飯事、あるいはそれが「必要な事」だと分かっているかのような態度をとっている。
「詳しい話は後でするよ。とにかく乗って。事は急を要するんだ」
「ちょっと……ナオミちゃんやオーナーは!?」
「彼らは駅長君との炒飯対決で忙しいらしいから、邪魔しちゃ悪いと思って。こっちは君がいれば事足りるしね」
 ハナの抵抗など無意味だと言いたげな態度でひょいとゼロライナーに乗り込むと、五代達が乗ったのを確認し、玄金はゼロライナーを発車させた。
 ゼロライナーが完全にターミナルから離れたことを確認してようやく、玄金はハナの体を椅子の上に卸すと、再度床に片膝をつき、頭を下げた。
「非礼は何卒お許しを。僕は、玄金武土って名乗ってる。肩書よりもこっちで呼ばれる方が嬉しいから、僕の事は『玄金』って気安く呼んで。あ、敬語はいらないからね、ハナちゃん」
「……侑斗の言った通り、マイペースって言うか変な人って言うか……」
「あはは、一部の間じゃ『白衣の変人』って呼ばれてまーす。僕の事はさておき、君達もお互いに自己紹介した方が良くない? 僕は君達の事を知ってるけど、君達はお互いの事を知らないでしょう? せいぜい名前を知ってるかなー、程度? ハナちゃんに至っては、この人達の名前すら知らないだろうし」
 ハナに貶されているのを特に気にした様子もなく、玄金は場を和ませるような口調で返すと、すっくと立ち上がってそう言った。
 何故立ち上がった時に白衣を翻す必要があるのかとか、そう言えば自己紹介がまだだったとか、そして何より、玄金の「空気の変え方」の唐突さに、五代は一瞬だけ驚いたような表情を浮べる。
 恐らくは玄金の持つ「技」のようなものなのだろう。こちらの持つ警戒に肩透かしを食らわせつつも、ある程度の警戒心を残しておく。それは結構な高等技術だ。
 喰えない人だと思いながらも、自己紹介は必要だと思ったらしい。五代はにこりと笑うと、自作の名刺を全員に手渡し、渡された方は反射的にそれに目を落とす。そこには「夢を追う男、二千の技を持つ男 五代雄介」と書かれている。
「俺は五代雄介、冒険家です。よろしく」
 右手でサムズアップをしつつ、爽やかな笑顔で名乗った五代に触発されたのか、それともこの異様な状況に、追いつきそうにないツッコミを逐一入れる事を諦めたのか、今度は橘が深い溜息を吐きながら自己紹介を始める。
「……橘朔也。今は人類基盤史研究所、BOARDの研究員だ。名刺がなくてすまないが、柑橘の『橘』に、新月を意味する『さく』、後は『なり』という字を書く。ああ、ネームプレートがあったな」
 首から下げていたBOARDの入館証兼ネームプレートを見せた橘に触発されたのか、今度は加賀美が警察手帳を見せながら……
「あ、加賀美新です。交番勤務の警官やってます」
 言い終わると同時に、ビシと敬礼しつつ、周囲を見つめる。
 そして最後に。
「ハナって言います。よろしく」
 ぺこりと頭を下げ、ハナは三人に向かって飛び切りの笑顔を向ける。ターミナルで見せていた怒りのオーラは既にない事に安心し、三人はほっと胸を撫で下ろす。
 そこでようやく何かに気がついたらしい。橘は彼女の姿をまじまじと見つめ……
「以前、君とは会った事があるな。…………剣崎が消えた、あの時に」
「あ、はい。……その節は」
 以前……「西暦二〇〇五年のトンネル事件」の際、ハナと橘は確かに出会っている。
 橘からすれば既に何年も前の出来事だが、ハナにとってはつい最近の事だ。恐らく橘の記憶の中の自分と今の自分は、そう変わらない姿形をしている事だろう。だからこそ、あの時に出会ったのが自分だとすぐに理解できたのだろうが……訝る様子がないのは少し不思議に思う。
 しかしその考えも、すぐに橘の言葉で霧散した。
「彼女の姿が変わった様子がないのは、ここが『時間の中』とやらで、この列車がタイムマシンのような物だからなのか?」
「うわぁ驚いた。すんなりこの状況を受け入れてるよ、朔也君。ま、実際その通りなんだけど」
「……世の中には人間の想像の範疇を超えた物が存在する事は、よく分っているつもりだからな」
 ふぅと溜息混じりに言いながら、橘は心配そうに自分を見上げるハナに目を向ける。
 アンデッドとの戦いの最中、自分の想像を遥かに凌駕する存在や出来事には幾度となく直面してきた。
 宙を駆けるこの列車とて同じだ。自身の理解の範疇を超えてしまっている。それでも自分なりに理解しようと思った時、最もしっくり来たのが、これが「列車の形をしたタイムマシンである」という考え方だった。
 信じ難いが、事実を事実として受け入れるだけの心の余裕は、幸か不幸かかつての戦いの中で身についた物の一つ。
 そう自覚すると、無意識の内に橘の口元に苦笑が浮かぶ。それ程歳を食ったわけでもないのに、随分と達観してしまった物だと思って。
 そんな彼の顔を見て何を思ったのか。今まで黙っていた加賀美が、恐る恐る……そしてどこか訝しげな表情を橘に向けて、声をかけた。
「あの、橘さんは人類基盤史研究所の職員……なんだよな?」
「そうだが?」
「……研究所が人体実験してるって噂は、本当なのか?」
「…………何?」
 いきなりの言葉に、橘の顔が軽く歪む。だが、その表情から窺えるのは「不快」ではなく「疑問」や「困惑」。強いて例えるなら、「鳩が豆鉄砲を食らったような顔」だろうか。
 それに気付き、加賀美は自分が研究所近辺を警邏するようになった理由を簡単に説明する。
 研究所近辺で発生している無差別失踪事件と、研究所に纏わる噂、そして研究所を調べた捜査員の身に降りかかる謎の失踪を。
 それを聞き終えるや、橘は頭痛を堪えるように自身の額を押さえ、深い溜息を一つ吐き出した。
「……BOARDにそんな噂が立っていたとはな。……まず、最近の失踪事件とやらだが。これに関しては完全否定させてもらう。人体実験も、今はない」
「『今は』って事は、昔はあったって事ですか?」
 橘の言葉が、どこか引っかかったのだろう。きょとんとした顔で五代が問う。
 別に揚げ足を取るつもりではないのだが、純粋にそこを疑問に思ったらしい。その問いに一瞬だけ橘の表情が曇り……
「……トライアルシリーズへのデータ提供を、人体実験と呼ぶのなら、あったと認めるしかない。例え人間の体に直接手を加えるような物でなかったとしてもだ」
 正直、どこまでを実験と呼ぶべきかは分らない。ライダーシステムの使用も、急造システムを用いた一発本番に近い形だっただけに、一種の人体実験と呼べるだろう。天王路が見せた「ケルベロスとの同化」も「結果の見えている実験」と取れなくもない。
 だが、あからさまな……恐らく加賀美や五代が思っているような「人体実験」は、過去も現在も行っていない。
「……じゃあ、研究所を調べていた捜査員の、謎の失踪は?」
「それこそデマだ。恐らくその『失踪した捜査員』の情報収集能力や身体能力を買って、BOARDが職員として引き抜いただけの可能性もある。雇用契約の関係で、仕事の内容を口外出来ない事にはなっているが、それ以外の拘束はない」
 はあと深い溜息を吐き出し、橘は改めて痛感する。例え小さい物であったとしても、隠し事をしていれば相手にはこちらの意図が捻れて伝わってしまうのだという事を。
 BOARDはその研究の性質上、どうしても余所に口外できない部分が多い。だがそれは、決してやましい事があるからではなく、逆に相手を慮っての秘密。
 その事が伝わったのか、加賀美もようやく納得したような表情で小さく頷いた。
 ……実際、ZECTに属していた間、加賀美も同じような秘密を抱えていた。だからこそ分る。橘が顔を歪める理由が。唯一そんな「秘密」とは縁遠かった五代だけは、素直に感心しているようだが。
 ある程度落ち着いたのか、加賀美はふと今度は玄金に向かって視線を向け、口を開く。
「そう言えば、玄金さん」
「『玄金』でも『武土』でも良いよ。ハナちゃんにも言ったけど、僕は呼び捨ての方が好きなんだ」
「じゃあ玄金。『クウガ』って何なんだ? 俺、さっきBOARDの前で逢った青い女の人に、『今世のクウガ』とか言われたんだけど」
「……そっから説明しなきゃなんないの? 面倒だなぁ。龍水ちゃんもその辺を説明してくれてるとありがたかったんだけど」
「仕方ないだろ。あの人、研究所に入った直後に消えたんだから」
 加賀美の言葉に、玄金は一瞬だけ顔を歪めた。その表情が、妙に加賀美の心をざわつかせる。それは、あの女性を追いかけた時に感じた物と似ていた。
 放っておいてはいけなかった。何か、取り返しのつかない事になってしまったのではないか……そんな感覚が。
「ま、聞いてないものは聞いてないで仕方ない。この際だから最初っから説明しようか」
 玄金は笑顔に戻すと、パチンと指を鳴らす。刹那、ゼロライナーの壁に、何やらクワガタのような白い怪物の姿が映し出された。
「西暦二〇〇〇年から二〇〇一年にかけて、『未確認生命体』と呼ばれる者達が現れたって話、知ってる?」
「未確認?」
「そ。警察の中では『未確認生命体』、学者の間は『グロンギ』って呼ばれてる。彼らは、自分達のルールに従って人々を襲う『ゲゲル』……ゲームを行っていた」
「人を襲うゲームだと!?」
 思いもかけない単語に、橘の眉がピクリと跳ね上がる。同じように加賀美も憤ったような表情になった。
 逆に五代はそれを辛そうに聞いていたのが、ハナには気になるのだが……とりあえず今は玄金の言葉に耳を傾ける事に専念する。
「ゲームって言っても、彼らにとっての昇進試験みたいなものだね。決められた期間に、一定以上の人間……彼ら曰く『リント』を殺す。階級によっては条件も決められる。そして、それをクリアする事で、彼らは昇格できるって事。一種の狩りみたいな感覚かな」
「そんな連中がいたのか!?」
「うん。それもかなりの昔からね。対抗手段は、リントと呼ばれていた古代の人類が残した『未来の遺産』の一つ、霊石『アマダム』。それに蓄えられている膨大な力により、グロンギは倒せる」
 そもそも、リントはその力でグロンギを封じていたようなものだし、と言いながら、玄金は再びパチンと指を鳴らす。直後、壁に映し出された映像は、白い異形からどこかの山らしき物へと変わった。
「この山にあった遺跡から、アマダムを組み込んだベルト『アークル』と呼ばれるそれが見つかった。でも、まさかそれがグロンギへの切り札とは知らなかった警察が、証拠品として保管してたんだけどね、危機に際し、そこの彼……雄介君が冒険者の勘でそれを着用、同化しちゃった」
「冒険者の勘って……」
「正確には、アマダムに選ばれたんだけどね。一般人なら、着用したくらいじゃ何も変わらなかったはずだ」
 呆れたような声で言う加賀美に返すように、玄金はにこやかに自身の言葉に説明を加える。
 ……五代がアークルを装着した理由を、勘で片付けるのは容易い。だが、それでは彼が見たビジョンの説明がつかない。彼がかつて見たイメージ……赤い戦士が異形と戦うその映像は、アマダムが彼に見せていた物だと、玄金は言っているのだ。
「その戦士の名前が、『クウガ』。漢字で書くと『空我』。『目に見えぬ物を掴み、我が物とする』という意味を持つ。ちなみに警察内での通称は未確認生命体四号」
「え? 四号?」
「クウガも一応、当時の人間からすれば未確認生命体扱いだったからね。四番目に観測された未確認生命体って意味で、四号」
 確かに、知らぬ者からすれば、変身後の姿は異形と大差ないのかもしれない。それはギャレンもガタックも同じだ。人を守る者でありながら、人に似つかぬ戦士。故に、未確認生命体扱いされたのだろう。
「俺がベルトをつけてから、一年近くかけて、さっき映っていた〇号……未確認の王、みたいな存在を倒しました。一方で俺も、ベルトを破壊されて、クウガになる事は出来なくなった……と、思っていたんですけど」
「風虎ちゃん……雄介君を案内した、白い女の人ね。彼女がそれを修復、さっき君に返した。」
 どこか辛そうな五代に笑顔を向けながら、玄金は言葉を続ける。
 だから、またクウガに変身出来るよ、と付け加えて。
「それが、クウガのお話。ところが実は、未確認生命体に認定されている中には、奴ら以外の存在もあるんだ」
「え……何ですって!?」
 その話は初めて聞いたのか、今まで沈痛な面持ちだった五代が、驚いたようにその顔を上げる。
 それはそうだろう。グロンギ以外の敵と戦った記憶などないのだから。
「その中の一つが、朔也君が戦ってきた、アンデッド」
「……確かに、その頃にアンデッドは解放されたが……まさかそんな物に認定されていたとはな」
「どのスートのどいつの話かは忘れたけど、一部図に乗った下級のアンデッドが警察資料の中に『未確認』として残ってしまっている。とっととその資料を削除したいんだけど、なかなか『こっち』の警察には手が回らなくってさー」
 はあ、と溜息を一つ吐きながら、玄金はまたしてもパチンと指を鳴らすと、クワガタと思しきいかつい異形が映しだされた。先程映し出された白いクワガタとは異なり、体色は金。どこかスマートな印象を抱かせた先のクワガタとは異なり、こちらは前線に出て攻撃してきそうな印象を受ける。
「アンデッドっていうのは、その名の通り、不死の生物」
「死なないって……そんな物、どうやって倒すって言うんだよ!?」
「実際、完全に倒す事はできない。だから封印という形をとる。……このカードにな」
 加賀美の問いに答えるように言って、橘は渡されていたラウズカードを見せる。
 その中でも、今映し出されている金色の異形……カテゴリーキングと呼ばれるそれを封じた、ダイヤのキングのカードを。
「これ、トランプ……ですか?」
「そう見えるが、実際はこの中にアンデッドが眠っている」
 言われ、加賀美はびくりとしたようにカードから手を離し、逆に五代は興味深そうにそのカードをしげしげと眺めている。
 見た目はごく普通のカードだ。彼らが言うような「不死の生物」がその中に封じられているとはとても思えない。
「リントが滅びた直後くらいかな……その頃に一度、アンデッドは解放された。バトルファイトを行う為に」
「アンデッドは、地上にいる様々な動物の始祖と言われている。それらが戦い、敗者を封印し、最後の一体となった者に、地上を支配する権利が与えられる……それがバトルファイトだ」
「その戦いで、人間の始祖であるヒューマンアンデッドが勝利。地上の守護者は、再び人間に決定された」
 親切とは言い難い玄金の言葉を補完するように、橘がバトルファイトの説明をし更に玄金がその言葉を継ぐ。顔に、なにやら意味深な笑みを浮かべて。
「再び? どう言う意味ですか?」
「実は、リントって言うのはバトルファイト前に栄えた『人類』なんだよ。人類が滅び、再び人類が栄えたってワケ。あれ? 言ってなかったっけ?」
「……ちょっと待て。まさか、一万年前のバトルファイトが起きた原因は……」
「そ。グロンギによって、前の『人類』であるリントが全滅したから。単純でしょ?」
 さも当然のように……むしろ見てきたかのように、玄金はあっさりと橘の問いに答える。
 「バトルファイトは、地上の覇権を決めるための戦い」。
 「覇者が消えれば、自動的にバトルは開始される」。
 まさか五代が戦っていたと言うグロンギと、橘が戦っていたアンデッドの間に、こんなつながりがあるとは思っていなかったのだろう。二人共驚きの表情を隠せないでいる。
 一方でそれほど話の中身と関係を持たないハナと加賀美は、まだついて行けていないのか、そんな物なのかと何となく納得する程度であった。
「ところがね、本題はここから。十年近く前に、BOARDは封印されていたアンデッド……正確には、このラウズカードを見つけちゃったんだよ」
「……人間の進化の過程を調査、研究するのがBOARDだ。そのために、ラウズカードを持ち帰った。……封印されている分には、今のように問題はなかったからな」
「だけどある日、アンデッドの半数近くが封印から開放され、その結果、バトルファイト再開」
「ちょっと待て、再開って!」
 あっけらかんとした表情で、しかも物凄くあっさりと言い切った玄金に、思わず突っ込む加賀美。
 何故この男は重大な事を、こんなにあっさりと……しかし聞き流せないように言えてしまうのだろうか。
「アンデッドは、最後の一体になるまで戦い続ける。そして最後の一体はこの地上の覇権を得る。ヒューマンアンデッド以外が勝利すれば、人類は滅びてしまう。……そうならないように、俺達は戦ってきた」
「朔也君は主に『金貨』……もとい、ダイヤスートの力を使って変身、アンデッドを封印してきたんだ」
「俺はスタッグビートルアンデッド、つまりクワガタムシの始祖の力を使い、変身する。そのコードネームがギャレンだ」
 言いながら、橘は自分の持つギャレンバックルとダイヤのエース、「チェンジスタッグ」のカードを差し出し、見せる。それを眺め……ふと思い出したように、五代は彼に声を投げた。
「でも、今は戦士じゃなくて研究員なんですよね?」
「あ。って事は、バトルファイトは終わったって事か! 俺達が生きてるって事は、ヒューマンアンデッドの勝利で」
「…………違う」
「……え?」
「俺達がアンデッドに対抗する手段として、ライダーシステムを開発した時には、既にヒューマンアンデッドは封印されていた」
「それじゃあ、どうして?」
「バトルファイトは終わらない。……永遠に」
 橘はそれ以上、言葉を紡ぐ事ができないのか、苦しそうな表情で俯く。
 そんな彼に代わるかのように、玄金は僅かに表情を引き締め……
「現在、バトルファイトの参加資格を持つアンデッドは二体。彼らは、現状維持を望んでいるので、永遠に決着をつけないよう、お互い離れて暮らしている。どちらが封印されても、人類は滅亡するって結論になっちゃうからね。で、その『決着』に落ち着いたのが西暦二〇〇五年の一月なんだけど……知らない? 一時期ダークローチって化物が街に溢れたの」
「え、あれって、ワームの一種じゃなかったのか!?」
「あー……確かに見た目それっぽいけど、全然違うから。って言うかヤだよ、ダークローチがクロックアップするとかいう話になったら。ますますゴキっぽくなるじゃない」
 驚きの声を上げた加賀美に、玄金が眉を顰めて返す。
 その言葉で思い返してみれば、確かに記憶の中にあるダークローチという存在は、少し家庭内害虫に似たシルエットを持っている気がする。
 五代も旅先で数多のダークローチに囲まれた記憶がある。囲まれた直後、唐突にその姿が消えた事も。
「あの。ワームって何ですか?」
「そう、これもグロンギとは別種の未確認生命体。アンデッドの他に、ワームもいたんだ。こいつらはサナギ態ね。警察資料に載ってるのは、確か脱皮した奴じゃなかったかな」
 純粋に分からないと言いたげな五代に答えるように、玄金はどこか嬉しそうに頷くと、再びパチンと指を鳴らす。今度は緑色の、なにやら昆虫の幼虫を連想させる異形が群れで映し出された。
 確かに記憶の中のダークローチと重なる部分がある。しかしどこかで、根本的に違う生き物だという直感も働く。
「それがワームか?」
「そ。事の起こりは一九九九年十月十九日。渋谷に巨大隕石が落下したんだ。通称『シブヤ隕石』」
「隕石? 待て玄金、そんな物は……」
「いいから、最後まで聞いて朔也君。で、そのシブヤ隕石にくっついていた地球外生命体が、こいつら。通称『ワーム』。ほら、外見虫っぽいでしょ?」
「地球外生命体って、宇宙人って事?」
「そんな良い物じゃない」
 ハナの疑問の声に、加賀美は低く、沈んだ声で否定する。
 その声に、どこか憎悪のような物が混じっているのに、橘も五代も気付く。それは、大切な者を奪われた者が発する声。加賀美もまた、奪われた者なのだろうと、その予測は容易に出来た。
「奴らは、人間を殺して、その殺した人間に擬態するんだ。記憶も、姿形も、何もかも同じ存在に」
その存在ワームに感応して、封印されていたグロンギが復活したんだけど」
「え? アークルが解放されたからじゃないんですか!?」
「それもあるけど……アレ? 言わなかったっけ? グロンギとワームって、元は同じモノだって事」
 さも当たり前と言わんばかりに言い放った玄金に、一瞬空気が凍りつく。
 先程見た「グロンギ」の姿と、今映っている「ワーム」の姿は、どう見ても似つかない。ダークローチの方がまだ似ている。「同じ物」と言われても、今一つピンと来ない。
 しかし一方で、何故か納得している部分もある。理解とかそう言った次元ではなく、本能的な部分で「そう」なのだと分かっている部分がある。
 そんな彼らの戸惑いを無視するかのように、玄金はにこやかな笑顔でワームの説明を続ける。
「それはともかく、隕石のせいで渋谷地区は壊滅。エリアXって名前を付けられ、封鎖されるようになった」
「ワームは次々と人を襲って擬態し、増殖していく。それに対抗して作られた組織が、ZECT。……俺がかつて所属していた組織です」
「そのZECTは、対ワーム戦闘用に、マスクドライダーシステムなる物を開発。ワームに対抗した」
「その中の一つが俺の持つガタックゼクター……こいつです」
 ブンと音を立て、青いクワガタムシのようなものが加賀美の周りを飛んでいる。いつから、そしてどこから飛んできたのかは不明だが、それが加賀美の物だというのは理解できた。
「で、西暦二〇〇七年一月。ワームは見事全滅しましたとさ。ちゃんちゃん」
「ちょっと待て玄金、何だその省略ぶりは」
「いやぁ、面倒なんだもん、実は西暦一九七一年から、ワームと同型のネイティブって連中がいた事とか、そいつらとワームが敵対していて、ZECTはネイティブの発案で立ち上げられた組織だって事とか、実は連中の目的が、『人類のネイティブ化』だった事とか、それを阻止する為にZECTの『表向きの最高責任者』の人間が、実はこっそりガタックとカブトに、戦い続けるための『暴走スイッチ』を組み込んだ事とかを説明するの。説明したってきっと、半信半疑になるって気がする」
「何気に全部説明してるじゃないか」
 さらりと重大な事を一息に言い切り、一旦ここで区切るかのように、軽く息を吐き出す玄金。その際、加賀美のツッコミは無視したが、この短時間で多少は慣れたのか、流された事には文句を言わない。
 ただ、何とも言えぬ違和感が、この空間を漂うのであった。
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