明瞭な夢、曖昧な現実

【その29:へだてる ―閉口―】

 ドン、と橘の足元が爆ぜる。それを宙へ飛ぶ事でかわすが、白いジョーカーの追撃は止まない。
 続け様に衝撃波を放たれ、それを何とかかわすのに精一杯だ。少し離れた場所では、いつの間に湧いたのか黒いローチ以外に白いローチも姿を見せ、誰彼構わず襲い掛かっている。
 人の多い街中でなかった事は幸いだが、気を取り戻したばかりのムツキと、ボロボロになっているサクヤにまで襲い掛かっている所を見ると、本当に見境がないらしい。
「くそ。倒しても倒してもキリがない!」
「アンデッドと違って、封印する必要がないのは救いだけど……」
「でも、このままじゃジリ貧ですよ!?」
 カズマの悪態に、加賀美と五代が声を返す。ローチはアンデッドと違って、攻撃すれば消滅する。そう言った点では、不死であるアンデッドよりも戦いやすい相手ではあるが……やはり数が多い。
 それに、先程の純一の「変身」が、春香と禍木の二人に衝撃を与えた事も大きい。驚愕のあまり、彼らの動きは明らかに鈍っていた。
「嘘よ……何で純一が……!?」
「……フォーティーンのように、お前まで人間じゃなくなったって言うのかよ、純一ぃぃっ!」
 目の前にいる白いローチと斬り結びながら、彼らはそれでも「海東純一」を信じたいのか、悲痛な声を上げる。
 彼らの知る海東純一という男は、口下手だが優しい奴だった。冷静で、リーダーシップを発揮して自分達と共にローチと戦っていた。
 それが自分達を欺き、不穏分子を潰す為の罠だと分った後でも、彼らは心のどこかで純一を信じていた。自分達と一緒に戦ったあの日々は、決して偽りではなかったから。
 彼の気持ちも、分らない訳ではない。事実、フォーティーンが支配……いや、「管理」していた頃は、皆が他人に対して非常に優しく、犯罪はおろか「嫌な事」など起きようもなかった。例えそれが、強制された優しさであっても、平和である事には違いなかった。
 しかし、禍木と春香が選んだのは、「強制された偽りの平和」ではなく、「悪意の存在する余地のある自由」。自由なくして、真の平和は得られないと考えている。だからこそ……「何者か」の意思に縛られ、人間の姿さえも捨ててしまった純一を相手にするのは、苦痛だった。
「……本当に人間の為を思うなら、ライダーとしての力を捨てるべきなんだよ、慎、春香」
「どういう意味だよ、それ?」
 向かってくる橘を軽くいなしながら、純一……否、アルビノジョーカーは二人に向かって言葉を放つ。
 それ程大きな声ではない。むしろ囁き声に近しい声なのに、何故か二人の耳にははっきりと届いた。
 だからだろうか。今まで精彩を欠いていた禍木の攻撃がようやくいつものような力強さを伴って、襲い掛かるローチを一気に薙ぎ払ったのは。
 人間の為に、ライダーを辞める事。それはおそらく、仮面ライダーと言う強大な「力」が、混乱を招くかもしれないからと言いたいのだろう。それは分る。
 だが、だからと言って純一がジョーカーになる理由にはならない。
「人間の為を思うなら、だぁ? お前こそ人間の事を思ってないだろ!」
『MIGHTY』
 勢いに任せ、禍木は己の武器にカードを読み込ませると、そのまま群がる黒と白のローチを思い切り薙ぎ払う。
 緑の軌跡が槍の穂先をなぞるように現れた後、その軌跡上に存在したローチ達は、一瞬だけその身を硬直させた後、粒子となってザラザラと散っていく。その間にも、禍木は一直線にアルビノジョーカーへ向かって駆け出して行き……
「本当に人間の事を思ってたら、そんな姿になんてなる訳ねぇだろぉぉぉっ!!」
 そう怒鳴った。
 その声に気圧されたのか、それとも何か思うところがあったのか。一瞬だけアルビノジョーカーの動きが止まる。
 だが、すぐに気を取り直すと、彼は向かい来る禍木に向かって衝撃波を放ち、狭まった距離を再び開けた。
 放たれた衝撃波は、狙いを僅かに反れたのか、禍木の目の前に着弾、大地を爆ぜさせた。
 それに怯む様子もなく禍木の方は真っ直ぐに「海東純一」を見つめると、悲壮な声で怒鳴りつけた。
「お前も人間だろうがよ! なのに、そんな姿になって……自分を省みない奴が、他人の事を本当に考えられると思ってるのかよ!?」
 怒っているようにも、泣いているようにも聞こえる禍木の声が、一瞬だけ戦場を支配する。
 アルビノジョーカーや、それと対峙する橘は勿論、ローチ達と切り結んでいた五代、加賀美、士、そしてカズマさえもその声に耳を傾けていた。
 ……もっとも、すぐにローチの攻撃で現実に引き戻されはしたが。
「…………だからお前は甘いんだよ、慎」
「何だと?」
「自分を省みているようでは……休みながらじゃ、間に合わない。ライダー達の力のせいで、このままでは全ての世界が消滅してしまうんだよ。……俺達の本来の世界のように」
 言うと同時に、再びアルビノジョーカーは衝撃波を放つ。しかも今度は、禍木に避ける隙さえ与えない程、大規模な物。
 気付いた時には既に遅く、禍木の体は衝撃波をまともに食らっており、アルビノジョーカーの足元へと吹き飛んでいた。
 衝撃の大きさで禍木のベルトは外れ、変身は当然解除される。外れたベルトは勢いで地を滑り、禍木の手の届かない場所で転がっている。
 それでもベルトに向かって必死に手を伸ばす禍木に、アルビノジョーカーはその手を踏みつけ、爪先でその手の甲を躙る。
「うぐあっ!?」
「禍木!?」
 禍木の口から漏れた悲鳴に、カズマが心配げな声を投げる。禍木のベルトは、カズマから程近い位置に転がっているのだが、拾おうにも群れてくるローチが邪魔でベルトの位置までは進めない。
 そんなカズマの声に返すように、禍木は泥と血で汚れた顔を彼に向けた。その目には悔しげな光が宿っており、口元は辛そうに息と血を吐き出している。
 だが、すぐに彼は視線をカズマから側で自分を見下ろすアルビノジョーカーへと向け直すと……それでも一縷の望みと言わんばかりに、目の前の存在の名を呼ぶ。
 人間としての、相手の名を。
「純、一……これで、満足かよ……?」
「…………ああ。満足だよ。ライダーの一人が消えるのだから」
 未だ禍木の手を踏み躙ったまま、感情の読めぬ声で返すと、アルビノジョーカーはそれこそ止めと言わんばかりにその腕を振り上げる。手の先には、赤い……禍々しい色をした衝撃波の塊。
「純……一っ」
「駄目……やめて、純一っ!」
 禍木と春香の声が重なった、まさにその瞬間。衝撃波が乗っていた白い手に、数発の弾丸が着弾した。
 それが、士と加賀美、そして橘の三人による銃撃だと気付くのにそうは時間がかからなかった。撃たれた事によりコントロールを失った衝撃波は、その場で炸裂せんと僅かに膨らむが……
「させるか!」
『SLASH』
 五代の気迫の篭った声と、カズマがブレイラウザーに読ませたカード名が上がったのは同時。まずは近くの鉄筋を元にしたらしきライジングドラゴンロッドを持った「青の金」……ライジングドラゴンフォームに超変身した五代が、爆ぜそうになる衝撃波を思い切り上空へと叩き上げ、飛んでいったそれをカズマの真空の刃が断ち割る。
 一瞬の静寂の後、すぐに轟音が響いて、アルビノジョーカーが生んだ衝撃波は、誰の迷惑もかからない遥か上空で爆ぜた。
「……ああ。失念していましたよ、あなた方の存在を。そう言えばいたんでしたっけね」
 ……邪魔をされた事に何を感じたのか分らない表情で、アルビノジョーカーは視線を禍木から橘の方へと移すと、足元に転がる禍木の腹を勢い良く蹴り飛ばす。
 自分は橘を倒す為にこの姿になったのだったと、今更のように思い出して。
「……本当に失念していたのか?」
「……あなたは、何を仰りたいんです?」
 禍木が自身の間合いから離れた事に少しだけ安堵しつつ、橘はばさりと上空へ飛び上がる。行動の意味を汲みきれず、アルビノジョーカーは訝しげに彼を見上げながらも再び衝撃波を放つ。
 それを最小限の動きでかわしながら、橘は目の前に立つ「白いジョーカー」の行動を振り返る。
 ライダーを……少なくとも自分を倒す、その為に今の姿となった。そのはずなのに、彼が手を出したのは橘ではなく、かつての戦友だった禍木。多少はこちらに向かって攻撃を仕掛けていたが、あれは牽制だったと思う。
 本気のジョーカーの攻撃は、あんな物ではない。個人に向けるようなせせこましい真似をせずとも、周囲一帯を破壊できるだけの攻撃を繰り出す事も可能のはず。そうすれば、邪魔なライダーは一掃出来た。
 仮に全員が倒れなかったとしても、ある程度の大打撃にはなったはずだ。それなのにそれをしなかった。
 ならば、考えられる事は二つ。一つは彼にとって、この場所は「破壊してはならない場所」だった場合。だが、それならば戦いながら移動し、別の場所へおびき寄せるくらいの事はするだろう。
――だとすれば、この海東という男……――
 もう一つの可能性を考えながらも、橘は二枚のカードをギャレンラウザーに読ませる。
『DROP』
『FIRE』
『BARNING SMASH』
 宙に舞う橘がギャレンラウザーに読ませたカードはダイヤの「5」と「6」。その組み合わせで生まれるのは、炎を纏った強烈な二段蹴りである「バーニングスマッシュ」。しかも、今回はジャックフォームによる上空からの急降下による加速付きだ。
 かわしきれないと悟ったのか、慌ててアルビノジョーカーは脳天への直撃を避けるべく、右腕は頭部をかばい、左腕は相手の勢いを殺すべく衝撃波を解き放つ。
 橘の一撃目は衝撃波を中和させ、次の攻撃がアルビノジョーカーの右腕に炸裂する。
「く……ぐっ!」
 衝撃の強さに、アルビノジョーカーの口から苦悶の声が上がる。が、やはりダメージとしては甘かったらしく、すぐに腕を振るって橘の蹴りを払った。
「浅かったか」
 体勢を立て直しつつ橘はそれだけ呟くと、今度は無言のままギャレンラウザーで狙いをつけ、エネルギー弾を連射する。
 一方で撃たれている方は、右腕をかばうようにしながらその銃撃をかわしていた。かわしきれない時は、衝撃波で相殺しながら、彼は軽やかな足取りで辺りを逃げ回る。
――おかしい――
 そんなアルビノジョーカーの動きに、橘は撃ちながらも妙な違和感を覚える。
 自分の知るジョーカーと同じなら、もう既に右腕のダメージは軽くなっているはずだ。完治とは言えないまでも、それに近いところまできているはず。だが、そんな様子はどこにもない。むしろ普通の人間と同じように、まだそのダメージを引き摺っているように見える。
 そう思い、目を凝らすと……彼の疑いは確信へと変わった。アルビノジョーカーの傷は癒えていない。それどころか、彼は……海東純一は、アンデッドですらない。
 橘の攻撃によって負った傷から流れている血の色は、アンデッド特有の濁った「緑」などではなく、人間と同じ「赤」。
 今の彼は、「アンデッドと半分同化した人間」……即ち、ケルベロスと同化した時の天王路と同じ状態と言う訳だ。
「やはりお前は……」
「…………だったら、何だと言うのです?」
 橘の言おうとしている事に気付いたらしい。返された低く、苦々しい純一の声の中に、僅かながら安堵にも似た正の感情が含まれていた事に、一体何人が気付いただろうか。おそらく本人さえも意識していないだろう。
「アンデッドになろうとは思いません。しかし、仮面ライダーであろうとも思わない!」
「それは、ライダーが世界を破壊するからか?」
「……ええ、そうです。だから、あなたも僕の敵なんです」
 少し離れた場所で、ローチと切り結びながら言った士に対し、純一は何度目かの衝撃波を放とうと手を伸ばした、その瞬間。
 鎌鼬に似た疾風の刃が、その場にいた全員目掛けてどこからともなく襲い掛かってきた。
「なっ!?」
 驚愕の声は、一体誰の物だったのだろう。
 それを確認する暇もないまま、その場にいた全員……それこそ仲間であるはずのローチに襲われ、既に動けないくらい消耗していたサクヤやムツキまでも……その風に斬られ、大地へと伏した。
 苦しげに呻く彼らを見下ろしているのは……蟷螂を連想させる、アンデッドの姿。
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