明瞭な夢、曖昧な現実

【その28:ふさぐ ―複雑―】

「ああ、君に良い事を教えよう、玄金」
「何でしょ?」
 そろそろ、と言って社長室を出ようとした玄金とハナを呼び止めるように、金居は不敵な笑みと共にそんな言葉を放つ。
 金居の事だ、何か絶対に裏があるに違いない。
 そう思うハナとは対照的に、玄金の方は興味津々と言った表情で、再び金居の側に寄った。
「『欠落した存在』の事さ。この世界のアンデッドは、ダイヤスートのカテゴリージャックからキングが、融合の影響で完全に『消滅』した」
「……消滅する事なんて、あるの? 死なないのに?」
「俺達アンデッドは確かに死なない。だが、死なない事と消滅しない事はイコールじゃないのさ、お嬢ちゃん」
 ニヤリと不敵に笑いながら言い放つ金居の言葉を、ハナは心の中で反芻する。
 「死なない事」と「消えない事」は違う。その言葉の意味を上手く解釈できないでいる。
 その事に気付いたのか、玄金も金居と同じ不敵な笑みをその顔に浮かべると、ピッと人差し指を立て、まるで教師のような口調で説明しだした。
「例えばね、ハナちゃん。ずっとずっと過去……アンデッドが生まれる直前の時間に到着したとする」
「……ええ」
「そこで大暴れして、過去を変えたとしよう。極端な話、その時間に生きる物全てを皆殺しにしたとする」
 もし、そうなったら?
 アンデッドが生まれる直前の時間。アンデッドを知る者は存在しなくなり、アンデッドという存在そのものが時間の中の住人と化す。
 ……「アンデッドを覚えている者」が存在しなくなるのだから。
「成程ね……確かに、その方法なら消滅はするわ」
「特異点とは逆のイメージだね。ぶっちゃけて言えば反則的な力……それこそ世界の融合みたいな過剰な力がかかれば、アンデッドは消滅する。だって、死なないとは言え、一応は『生き物』なんだもん」
 確かに、言われてみればそうかもしれない。アンデッドだって「生物」だ。いつかは何らかの形で「終わり」を迎えるはず。
 その「終わり」が「死」と言う形で訪れないだけで。
「それで? その御三方が消えたからと言って、どこが良い事なんです?」
「そう慌てるなよ玄金。そいつらが……正確に言えば、この世界のギラファアンデッドが消えたから、『俺』がこの世界に連れて来られてしまったんだから」
「……あうわぁ。まさか」
「そのまさかだ。俺がここに……この世界に存在する理由は、この世界のギラファの代理、つまり穴埋めだ」
 その言葉を聞いた瞬間、普段変わらない玄金の表情が、ゆっくりと真顔になって行くようにハナは見えた。実際、瞬き一つせず、ゆっくりと笑顔を崩し、ハナを守るようにして回されている腕には、ぐいと力が込められている。
 つまり金居は、何者かによって「この世界のギラファアンデッド」の代用品という形で、この世界に連れてこられたという事らしい。
 しかし、何故金居だけだったのだろう。
 彼のみを「代用品」として呼ぶ理由が、ハナには分らない。
 春香達も言っていた事だが、互いに不足した分……消えた三体のアンデッドを補う形で、春香、禍木、そして純一が持つ「ケルベロス」が存在しているらしいと言う話だったはず。
 勿論、消滅した三体とは別物だから、完全な補完とは言い難いだろうが、数の上では充分な補充はされている。
 仮に「完全な補完」を行う気ならば、金居だけでなく、他の二体……ハナの知らぬダイヤスートのジャックとクイーンも橘から奪い、この世界に連れて来ておくべきだ。
 それを不思議に思い、首を傾げるハナとは対照的に、玄金にはその理由が分ったのだろう。
 呆れたような、疲れきったような何とも言えない溜息を一つ吐き出すと、彼はその顔に苦笑を浮かべ……
「成程。他の御二方は必要なくとも、キングであるあなただけは必要だったって訳か。おまけに『ディエンドの世界』と統合されたこの世界だ。想像以上に厄介な状況になってる。……あなたを封印してさっさと帰るだけでは事は終わらせてもらえないらしい」
「そういう事」
「……ホント、あいつって最悪だって気がする。いつになったら区切りがつくのさ……」
 がっかりと項垂れ、玄金が深い深い溜息を吐き出す。
――そんなに厄介な事が起こってるのかしら?――
 不思議そうに首を傾げ、ハナがじっと玄金の顔を見上げた瞬間。びくりと彼の体が震え、恐怖に慄いたように顔をあげ……
「……この、感覚は!」
「ああ、お前にも分かるか? そう……この世界で生み出された、もう一体のジョーカーだ」
 薄ら寒そうな玄金とは対照的に、金居の方は随分と楽しそうな声で言葉を返す。
 だが、それがハナには奇妙に感じた。
 ハナが知る金居と言う男は、ジョーカーの存在をあまり……と言うかこの上なく、快く思っていなかったはずだ。真正面からぶつかっても、封印する術がなかったから。
 それなのに、今は不快どころか楽しそうと言うのは、一体どう言う事なのか。
 そしてそれ以前に、アンデッドサーチャーもないのに何故玄金が「ジョーカーの気配」を感じ取れたのか。
「この世界のキングが欠け、その穴埋めに金居さん、あなたがいる。そしてもう一体のジョーカー。って事は……」
「わかるかい、玄金。『あいつ』がこの世界で何を企んでいるのかを」
 どこか楽しそうにも見える笑みを浮かべ、金居は深く椅子に腰かけて問いかける。
 声は玄金に向けた物だが、視線はどう言う訳か、ハナに向いている。哀れみにも、慈愛にも見える、奇妙な視線。だけど、それは決して蔑みなどではなく……
「『あいつ』って、あんたの言う元凶よね? その目的って……?」
「今回の元凶は『運命の輪』って呼ばれる『カミサマ』なんだけどね。彼の、この世界における目的は……」
「そう。フォーティーン……いや、古代兵器『14』の復活だ」
 「14」……その名前に、ハナは思わずびくりとその身を震わせる。
 かつて、彼女は自分が住む場所とは異なる世界に赴いた事がある。それは「クウガの世界」やこことも異なる世界だったが……限りなくこの世界に似ていて、それでも全く違う世界だったのを記憶している。
 その世界で見た物が、古代の兵器、「14」。強大で邪悪な力の塊だった。
「そんな! この世界にもあれが眠っているって言うの !?」
「言うんだよ、お嬢ちゃん。君が知っているという事は……解放される条件も知っているだろう?」
「四枚のキングのカードと、生贄になる人間の命……」
 ごくりと唾を飲みながら、ハナは自分の知る「14解放」の条件を口に出す。
 少なくとも、彼女の知る条件は……四枚のキングが生み出す空白の「バニティカード」に、生贄となる人間を封印、それを14の封印された祭壇に捧げると言うものだった。
 そして、ようやく先程の疑問にも答えが出た。
 金居だけがこの世界に連れてこられた理由。それが、「古代の力」である14を復活させる為、「カテゴリーキングだけは」必要だったからなのだと。
「本来なら『ブレイドの世界』と『ディエンドの世界』が融合し、ダイヤのカテゴリーキングが消滅した時点で、14の解放は不可能になった。キングが四枚揃う事がなくなったからね」
「けど、『運命の輪』はそれを快く思わなかった。世界を破壊するに足る力を、永遠に眠らせるつもりなどなかった」
「だから、あいつは俺をこの世界に連れて来た。そして『彼』を唆し、14の復活……いや、解放を目論んでいるのさ」
 にやりと笑う金居を見ながら、ハナは不思議そうな表情で金居を見つめる。
 彼にとっては自分の事のはずなのに、どうしてこんなにも冷静でいられるのか。勿論、彼が封印された後の話だから、と言うのもあるのだろうが……それだけではない何かを感じる。
 アンデッドである金居にとって、世界を牛耳る事が出来るであろう14の力はかなり魅力的な物のはずだ。発動条件に自分の封印が前提となっているとは言え、以前の……橘に封印される前の彼なら、その力を手に入れる為に、様々な方策を練っていたのではないだろうか。
 自分が封印される事なく、「古代の力」を手に入れる方法を。だが、それをしようとしている気配はない。
 積極的に封印されようとしているようにも見えないが、かと言って積極的に力を手に入れようともしていない。
 知っている事を淡々と、それこそ他人事のように述べているだけ。
 それとも、自分の読みが甘いのだろうか。何もしていないように見せかけて、実は裏で動いているのだろうか。
 そんな彼女の疑問を見透かしているのか、金居は眼鏡の奥で光る瞳をすっと細めると、どこか諦めたような溜息を一つ吐き出して言葉を紡いだ。
「ここに、俺が望む物はないのさ。言っただろ? 『バトルファイトは起きていない』と。『この世界のアンデッド』は、自分の種を存続させようとして戦っている訳じゃない。あいつらには、『生きたい』、『進化したい』という確固たる願いがない」
 そう言った金居の瞳に浮かぶのは、蔑みだろうか。だがその瞳を向けられているのは自分ではない。
 この場に存在しない、「この世界のアンデッド達」へ向けられた物だろう。
「そんな連中のいる世界を手に入れたって、やがては滅び行くだけさ。俺が欲しい平穏未来は、そんな緩慢な死への旅路じゃない。生への執着、欲望、そういった物が溢れる世界だ」
 そう言って、金居はにやりと笑う。
 彼の言葉は、おそらく生物の根幹の部分そのものだ。
 生きたい、先へ進みたい。そして、その願いを叶えたいと切望している。だからこそ……その願いを持たぬこの世界のアンデッドを蔑んでいるのだろう。
 ひょっとしたら、人間に対しても同じように思っているのかもしれない。
 生きたいと口では言いながら、ジョーカーという、崩壊をもたらす者を生み出す。それは、彼にしてみれば緩やかな死へ向かっているも同義だろう。
 思わず黙り込んでしまうハナを見て、満足したような笑みを見せると、金居は視線を玄金に向けなおし、言葉を紡ぐ。
「さて。俺は簡単に封印されてやる気もないし、まだこの世界にはハートのカテゴリーキングが残っている。と言う事は、まだ14解放までには余裕はある訳だが……」
「僕らに差し迫る問題は、『彼』って訳ですか」
「ああ。……大ショッカーの大首領。それが一番の問題だろうな」
 そう言うと、金居はにやりとその口の端を吊り上げ……
「……行かなくて良いのか、玄金? そろそろ彼らも苦戦を強いられている頃だと思うが?」
「そうさせて頂きますよ。それでは、あなたを封印する時にまたお会い致しましょう。……我らがダイヤスートを統べる王よ」
 にっこりと笑い、玄金は言葉と優雅な一礼を返すと……困惑と悲しみの混じった表情を浮かべているハナの手を引いて、その場から立ち去って行った。
 ……アルビノジョーカーの元へと、向かう為に。

「最後の石、ゲット!」
 手の中で光る「天の石」を眺め、朱杖は疲れたように溜息を吐き出した。
 彼の前には白っぽい色をした、虫を連想させるフォルムの異形が立っているのだが、朱杖は特に気にした様子もなくぐるりと肩を回した。
「あーもう、あの野郎、いろんな世界に出没しすぎなんだよ。アレがなきゃ、俺この世界に来れないトコだったじゃん」
 振り返った先には、青いラインの列車、「NEWデンライナー」と呼ばれるそれが、役目は終わったと言わんばかりに虚空へと帰っていくところであった。
「いや~、ターミナルにオーナーとナオミを置いておいて正解だったぜ。その辺の読みの深さに関しちゃ、武土の野郎は凄ぇよなぁ……悔しいけど」
 ガリガリと後ろ頭を掻きつつ、朱杖が視線を異形に戻した瞬間。相手は、人間と同じ顔を歪め、声にならない声を放った。
 それを認識すると、朱杖は軽く顔を顰め……
「おわ、危ねっ!」
 とん、とその場から飛び退った刹那。今まで彼が居た場所が、バシリと爆ぜる。
 相手……大怪人ダロムと呼ばれるそいつの能力である、サイコキネシスが炸裂したのだ。
「貴様、それを返せ!」
「嫌なこった。つか、いい加減気付けよ。お前ら全員『運命の輪』に操られてるって事に。元はあんたら、『世界』が作った『BLACKの世界』の存在だろ? だったら大人しく、あの世界の南光太郎を虐めてりゃあいいじゃねぇか」
 「BLACKの世界」。それは、南光太郎という名の男が、秘密結社ゴルゴムと戦っている世界。その世界は、「世界」と呼ばれる「カミサマ」が作りあげた物であり、ただひたすらに「南光太郎を苦しめる為だけ」に作った世界箱庭である。
 目の前にいるダロムは、そのゴルゴムの幹部、言い換えれば「世界」に最も近い存在の一人。
 今まで朱杖が戦ってきた存在は、全てそうだ。
 「地の石」を持っていたビシュム、「海の石」を持っていたバラオム、そして目の前にいる「天の石」を持つダロム。そのどれもが、本来なら「BLACKの世界の南光太郎」を苦しめる為に存在しているはずであり、他所の世界で悪事を働くような事をするはずのない面々なのである。
 勿論「世界」の最終的な目的を考えれば、絶対にないとは言い切れないのも、分かってはいるのだが。
 そこまで考えた時、ダロムがフンと鼻で笑った。どこか、馬鹿にしたような笑みさえも浮かべて。
「操られている? 違うな。他の連中はどうか知らんが、この俺は、自らの意思であのお方に付き従っているのだ!」
 ダロムのその言葉に、朱杖は軽く驚いたように目を開き……そして、すぐに苦笑を浮かべた。
 目の前にいる存在は、自分の主を裏切って「運命の輪」についたと言う。それは、ダロムと似たような立場にいる彼にとって、もっとも許し難い罪だ。己の主を裏切り、別の存在に付くなど。
「……最悪だな。本家の三神官……『太陽』の従者共より性質が悪い」
「何とでも言え。『神』に近しい者ほど、他の『神』が眩しく見えるのだ」
「だからって、俺には裏切る理由が分からねえよ」
「確かに、貴様には分かるまい。…………貴様には、な」
 そう言ってダロムは皮肉めいた笑みを浮かべる。
 朱杖と自分。仕えるべき相手は異なれど、「神」と直接関わり、その意思を代行する者という点では非常に似通った立場である。
 しかし、朱杖は自身の「神」を疑わないのに対し、ダロムは疑い、そして離反した。それはひとえに主である「神」の考え方の相違からくるものなのだろう。確かに朱杖が仕える「神」は、ダロムが仕えるべき「神」とは比較にならぬほど「聖人」に近しい性質を持つ。自身の「創造物」はもちろん、他の「神」が創りだした物にさえ慈愛を向け、大事に扱う。
 だからこそ、わからないのだろう。「親」からの愛情を向けられたことのない者の気持ちは。
 そして……過剰な愛情ゆえに疲れてしまった者の気持ちも。
「『天の石』は返してもらうぞ!」
「おいおい。人間、出来ない事は口にするもんじゃないぜ? って、ああ、アンタ、人間じゃなくて三葉虫か」
 苦笑混じりに呟いた朱杖の声は、彼の生んだ炎と、ダロムの放ったサイコキネシスの衝撃の両方に混じり、掻き消されたのである。

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