明瞭な夢、曖昧な現実

【その26:はなす ―反芻―】

 駆け出すライダー達に取り残される形で、ハナと玄金はBOARDの食堂で困ったように互いの顔を見合わせていた。
 アンデッドサーチャーがあれば彼らの後を追う事は可能だが、それを持っているのは橘だけ。この会社のいアンデッドサーチャーは重役室にあるらしく、食堂にいてもアンデッドの居場所は分らない。
「……さて、と。ここでまったりしていてもしょうがないし、探検にでも行こうか」
「探検って、会社の中を?」
「うん。とりあえず、この会社の社長室に行って、社長さんに会うのとか、どう?」
 「にっこり」と言うよりも「にんまり」とした笑みを浮かべ、玄金はハナを抱きかかえると、問答無用と言わんばかりに会社の最上階……社長室へと向かって歩く。
 通常、社長室に行くまでの間には警備員や重役などがいそうなものだというのに、今はまるで彼女達を迎えるかのようにその道程には誰もいない。
 不自然なまでの静けさと順調さが、ハナに不信感を抱かせた。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「ん? 何が?」
「この状況よ! 明らかにおかしいじゃない」
「僕の予想が正しければ、多分……待っててくれてるんだよ」
 にこにこ~っと笑いながら、玄金がとうとう「社長室」と書かれたガラス製の扉を押し開く。
 その部屋の主は、彼らを見止めると皮肉気な笑みを浮かべ、軽く左手を上げた。ちなみに右手にはソーダ水のようなものがコップに注がれている。
「……で? アンデッド出現したって言うのに、何をのんべんだらりと砂糖水飲んでまったりしてるんです?」
 部屋の主に向かって、玄金は心底不思議そうに問いかけた。
 問われた方は、ストローから口を離すと、眼鏡をかけなおしてその口の端を奇妙に歪める。
 そしてハナはと言うと……驚いたような表情を浮かべた直後、敵意を剥き出しにしてその「社長」……ダイヤのカテゴリーキングこと、金居と名乗る男を見やった。
「やあ、玄金と……ハナちゃんだっけ? 俺が出て行ってどうしろって言うんだ? ここの社長なのに?」
「いや、何で社長なんかやってんですか」
「この世界ではバトルファイトは起きていない」
「……そりゃあまあそうでしょう。ここは『皇帝の世界』じゃないんだから」
「そんな所で戦うのも、馬鹿らしいだろう? 望むものは手に入らない。だからこうやって、社長をしながら、のんびりしてるのさ」
 言いながら、金居は手元にある書類に「許可」の判を押す。おそらくはカズマが変身するための許可決済書類だろう。
 しかし、何故アンデッドであるこの男が、ライダーに手を貸すのか……ハナには、正直分らなかった。
 異世界とは言え、ここには「アンデッド」がいて暴れている。
 彼の事だから、ひょっとすると最後の一体が残るまで、争わない気なのかも知れないが。
「……僕にはバトルファイトへの参加資格がない。地上を僕達の種族が支配する事は絶対にあり得ないので、馬鹿らしいと思うその感覚も分かりません」
「羽根が生えた蛇だらけの世界か。少しだけ、見てみたい気もするけどな」
「お断りです。僕みたいな壊れた奴が、あの世界を支配できるとお思いですか? 半日で世界が破綻しますよ」
 きゅうっと眉根を寄せ、さも当然の如く答える玄金。
 その物言いは、まるで玄金がアンデッドであるかのように、ハナには聞こえる。
 ハナの懸念通り、「玄金武土」と言う男の正体は「バジリスクアンデッド」なる異形なのだが、彼女にそれを知る由はない。
 ただ、金居と玄金の会話においていかれるだけだ。
「人間は愚かだ。己の利益のためにケルベロスを生み出し、この世界ではジョーカーまで生み出した」
「うーん、人間が愚かだって意見には、概ね同意なんですけどね。いい加減あなたには戻って頂かないと困るんです、我々の世界を存続させる為にも」
「その為に、また彼に封印されるって言うのも、何だか癪だな」
 そう言って金居はまた一口、コップの中の炭酸の抜けきったソーダ水を飲む。
 もはやただの砂糖水なのだが、そこは鍬形の祖である為か、結構この「砂糖水」が好みらしい。
 軽く言う金居に対し、玄金はにこやかな笑顔のまま……それでも口調だけはどこか困ったような印象を持たせ、ひょいと肩を竦める。
「我儘言わないで下さい。我々ダイヤスートの、キングともあろうお方が」
「この世界で生まれ育ったアンデッドなら、ただ戦うために存在できるんだろうけどなぁ……」
「あっはっは~。不穏な事考えてるようなら、今すぐ僕があなたを封印しますよ?」
「出来るかな、君に?」
「今の条件なら、出来なくはないって気がします。試してみます?」
 そう言った玄金を見上げた瞬間。ハナは、絞め殺されるかと思った。
 まるで、獲物を狙う蛇のような瞳で、金居を見つめていたから。
 その視線を真っ直ぐに受け止めた方はと言うと……カテゴリーキングたる余裕からなのか、余裕気な笑みのまま、ひょいと肩を竦め……
「……止めておくさ。お前に封印されるくらいなら、もう一度彼に封印された方がマシだ」
「目一杯、抵抗はするけど……でしょう?」
「勿論。俺に倒されるようでは……俺を解放したアイツには勝てない」
「承知しております。その為にも……奴を出し抜く為にも、朔也君にはあなたの力が必要なんです。『クウガの世界』で雄介君がアルティメットクウガに、そして先程までいた『神速の歴史』で新君がハイパーフォームになったように」
「彼にはキングフォームを、か。やれやれ。俺の責任は重大だな」
 玄金の言葉に、金居は呆れ混じりの溜息を吐き出すと、軽く首を横に振った。
 何故かその顔に、嬉しそうな笑みを浮かべて。
 そして唐突に何かを思い出したらしい。彼はああ、と小さく呟くと、机の引き出しを漁り、中からペンダントに似た何かを取り出した。
 茶色い皮紐の先に、紫色の欠片がついたそれを見た瞬間、玄金の顔がひくりと引き攣る。
「これ、『地の石』の欠片ですよね?」
「そう。奴が俺をも操ろうとした証拠さ」
 そう言うと、金居はその姿をギラファアンデッドに変え、即座にその「欠片」を切り捨てる。
 切られたそれは、パキンと小さな音を鳴らした後、粉々になって床に落ち、直後には幻のようにその場からすぅっと消えた。
「誰かに縛られる人生って奴は嫌いでね。操られる前に逃げ出したって訳さ」
「地の石? それに、操られるって……どう言う意味よ?」
 ヒトの姿に戻り、再び席について書類にぺたぺたと印を押す金居と、それを苦笑気味に見つめる玄金に対して、ハナは心底分らないと言いたげに声を上げた。
 先程から彼らの間で話が行き交っているのだが、金居のとった行動と玄金の表情に何かを感じたらしい。普段なら「聞いても無駄」と思って聞かないような事なのだが、今回ばかりは聞かずにはいられなかった。
 その事に気付いているのだろう。金居は書類に目を落としたまま、ハナに向かって言葉を返した。
「さっきの欠片は、持ち主に強大な力を与える代わりに、その神経を侵食し、君達の言う『元凶』の良いように操る為のアイテムなんだ。お嬢ちゃんも今回の旅の中で、見た事があるんじゃないか?」
「え……?」
 言われて思い出すのは、「クウガの世界」で見かけた二体の「グロンギの王」。彼らを見たのも一瞬だったが、その首に先程のペンダントに似た何かがかかっていたような気がする。
 ひょっとすると自分が知らないだけで、前にいた場所でも同じような物を提げた敵がいたのかもしれない。
「じゃあ、あなたも逃げなかったら、操られていたかもって事?」
「ああ。あれだけの時間もあったし、きっと問答無用で君達に斬りかかっていたかもしれない」
 ぺたんと最後の書類に印を押し、ようやく金居は顔を上げると、そう言ってハナに向かってニヤリと嫌な笑みを向ける。
 ただ、その笑みに悪意はない。意地が悪そうとか皮肉っぽいとか、そう言った印象は受けるが、決してこちらに向かって害を為そうとしているような雰囲気ではない。
「もっとも、実際はこの通り。お嬢ちゃんに剣を向けるでもなく、こうやって大人しく書類に印鑑を押している訳だけどな」
「……よく潰れないよね、この会社」
「俺の経営手腕を侮るなよ玄金。これでも俺は『金貨の王』、本来はビジネスや成功を司る存在だ」
 玄金の茶化すような言葉に、金居はさして気を悪くした様子も見せず、グイと椅子の背にもたれて反り返りながら言葉を返す。
 どうやら机仕事ばかりで体が固まったらしい。
 随分と人間臭い仕草をするものだと、思わず感心してしまう。何も知らなければ、ごく普通の人間だと認識してしまう所だろう。
「さっきの欠片が、とんでもない物だって事は分ったわ。じゃあ、地の石っていうのは何なの?」
「今話題に上がっている『地の石』っていうのは、欠片の元になった宝玉の事でね。欠片になる前は、士君の妹である小夜ちゃんが持っていたんだ」
「士さんの……妹?」
「そ。彼女もまた、長い年月をかけて『今回の元凶』に利用されていたんだけど……ある出来事を境に、『地の石』を壊し、奴の呪縛を解いた」
「だが結局その欠片は、元凶である『奴』が回収し、方々に撒いて回っている訳さ」
 玄金の言葉を金居が継ぎ、彼は横に置いていた砂糖水を呷る。まるで、不快に歪んだ自分の顔を、ハナ達に見せないように。
「恐らく、俺を操る事が出来なかった奴は、別の誰かを操っているはずだ。俺はそれが、ローチを率いている大ショッカー連中の誰かだと睨んでいるけどね」
「可能性は高いですね。……あー……嫌な予感しかしないって気がする……」
 底意地の悪そうな声で言った金居に、玄金が心底憂鬱そうに言葉を返す。
 もしもローチを率いている誰かが、その欠片によって操られているのならば、橘達が危険なのではなかろうか。
――どうか、皆無事で……――
 玄金ではないが、嫌な予感が胸を占め……ハナは小さく祈るのであった。

 双頭の鷲の旗の下、海東純一の「主」は、何を思ったのか唐突に言葉を紡ぎだした。
 その声は、無感情のようにも、怒気を含んでいるようにも、そしてどこか懐かしんでいるようにも聞こえるという……何とも表現し難い声音だった。
「……大ショッカーの誇るドライバー……そのうち二つのドライバーは盗まれた。一つはお前の弟の手にあるらしいな、海東」
「……? はい。ディエンドライバーを」
 ディエンドライバー。
 純一の弟である海東大樹が大ショッカーから盗み出した、「ライダーシステム」とも呼ぶべき代物の一つ。基本は水色の銃であり、変身した後には「別のライダーを呼び出せる」と言う特徴を持つ。
 どうやって大ショッカーからそれを盗み出したのかは定かではないが、純一の弟はその力を存分に使って、様々な世界でトレジャーハンターという名の泥棒稼業に精を出しているらしい。
 自分が知っている時の、真面目で人懐っこい弟と真逆の印象を受けるのは、ひょっとしたらそれまで真面目に人々を「管理」していた反動なのかもしれない。
 そう思うと、情けないような、それでいてどこか嬉しいような……そんな複雑な心境に陥る。
「そして、『ディコード』は奴の手に……」
「ディコード……『解読』、ですか?」
 ディコード。純一もはじめて聞く名に、ピクリとその眉を跳ね上げる。
 考えるならば「Decode」、先にも述べた通り「解読」を意味する英語。そんなドライバーがあったとは、聞いた事がない。そして、今現在……それもまた盗まれた物らしい。
「『終焉』のディエンド、『破壊』のディケイド、そして『解読』のディコード。この三本の力で、完全な支配が可能だった。本来なら、な」
 自身が他のライダーに変わる「ディケイド」、他のライダーを呼ぶ「ディエンド」、そして……
「他のライダーを別のライダーに変える、『ディコード』……それを持っている者が向こうにいれば……厄介な事になるな、多分」
「お言葉ですが……何故、急にそのような事を?」
「気配がした。俺達のドライバーの気配が」
「それが、今回の『新手』の中に……?」
「……可能性の話だ。忘れろ」
 ふいと横を向き、「彼」はそれ以上語らなくなる。
 全てのライダーを滅ぼす。それが、世界を守る事につながる。
 自分に言い聞かせるように、小さくそう呟いただけで……
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