明瞭な夢、曖昧な現実

【その25:のたまう ―狼煙―】

『LIGHTNING SLASH』
「はぁぁぁっ!」
 電子音が響くと同時に、ブレイドは電光を纏った剣を振るい、スキッドの体を薙ぐ。元が烏賊の祖であるためか、電光はかなりのダメージになったらしい。傷口から緑白色の血を流し、相手はがくりとその場に膝をついた。同時に、その腰にあるベルトのバックルのような物がカシャンと音を立てて開く。
 それを見るや、ブレイドは一枚のカードを相手に向かって投げる。
 空を切り、スキッドの胸に刺さったカードは、緑色の光を放ちながら相手を吸い込み……そして、あっと言う間にその身の内に取り込んで、カードの持ち主……ブレイドの手元へと戻っていった。
「ま、カズマにしちゃ上出来だよな」
「そうね。奴らの手に渡らなかった点だけは、褒めてあげる」
 変身を解いたブレイドこと、カズマに歩み寄りながら、ラルクとランスだった二人もその変身を解除して、どことなく上から目線の物言いで声をかけた。
 彼らの言葉に苦笑を浮かべながらも、カズマはたった今封印したスキッドのカードを懐にしまうと……一瞬だけ周囲の人間達に目を向ける。
 未だ彼らにブーイングを向ける半数と、ぼんやりとしている残り半数を。
「いつもの事とは言え……ちょっと心が痛いよな」
「彼らにとっては、『ライダーは反逆者』だもの」
「いい加減慣れろよ。全員がブーイングかましてる訳じゃないだけ、まだマシだろ」
 カズマの言葉に春香と禍木が周囲を見回しながらも言葉を返す。
 だがその瞬間、ようやく橘達の存在に気付いたらしい。ブーイングでも無表情でもない、驚いたような顔をしている彼らに向かって、訝しげな表情を浮かべた。
 だが、それも一瞬の事。カズマの視線がその中の一人である士で止まると、彼はその表情を明るい物に変え、嬉しそうに彼に歩み寄った。
「士! 久し振りだな!」
「ああ。まあな」
 嬉しそうなカズマとは対照的に、士の方は随分と複雑そうな表情で言葉を返す。
 そんな彼には、橘の疑惑の視線が突き刺さっている。五代と加賀美、ハナに関して言えば、現状を理解しようとついて行くので精一杯の様子だ。
 そしてそれは、ラルクとランス……春香と禍木も同じらしい。軽く呆れたような視線をカズマに向け、カズマが懐いている相手にその視線を移すと……一瞬、きょとんとした表情を取り、その口を「あ」の形に開いた。
「……お前、確か……大樹と一緒にいた仮面ライダーじゃねーか」
「……って事は、やっぱりあんた達は海東の世界にいた連中か」
「え? 士、春香と禍木を知ってるのか?」
 今度はカズマがきょとんとした表情で問いかけ……しばらくの間、その場を混乱が支配するのではないか。そう不安に思った刹那。
 ドンと一発、銃声のような物が人々の合間を縫って響き、同時にカズマの足元の土が爆ぜる。
「銃撃ですか!?」
「一体どこから!?」
 言いながら、五代と加賀美は銃弾の飛んできた方向を見やり……唖然とした。そこにいたのは、赤い戦士。
 銀の面に、緑の眼、仮面の形は鍬形にもトランプのダイヤにも見える。
「あれって、橘さんと同じ!?」
「ギャレン!」
 そう。銃を構え、撃ってきたのは間違う事なく橘の変身した姿と同じ存在……ダイヤスートのBOARDの戦士、ギャレン。それが油断なく、醒銃ギャレンラウザーを構え、こちらにその銃口を向けている。しかもその隣には、クローバーの戦士、レンゲルの姿もある。
 その姿に、ブーイングは起こらない。それどころか、彼らを歓迎するような大きな歓声が沸き起こる。
 人垣の中を悠然と歩きながら、彼らは真っ直ぐにカズマを見据え……
「カズマぁ! 封印したスキッドのカードを渡せ!」
「カズマ先輩、無駄な抵抗はやめましょうよぉ?」
 怒鳴るギャレンに、嘲笑うかのようなレンゲル。その二人を半ば睨むように見つめながら、カズマは悔しげに奥歯を噛む。
「……菱形さん、ムツキ……」
「ちっ。カズマ、とにかくBOARDに戻るぞ!」
「えーっと、何がどうなってるのか分からないけど、逃げるって事なら任せてよっ!」
 現状に混乱しながらも、玄金は冷静に聞こえる声でそう言うと、軽く右腕を振り下ろす。その瞬間、地鳴りのような音が響き、ギャレンとレンゲルはその場に縫いとめられたようにぴたりと止まる。
 それを機ととったのだろう、一行はどこからか持ってきたマイクロバスに乗り込み、脱兎のごとくその場から離脱したのであった。

「一体、何が起こっているんだ?」
 「BOARD」の社員食堂にて。
 最初に口火を切ったのは橘だった。
 ここに来るまでに、簡単な自己紹介は済ませてある。橘の問いに、ランス……禍木慎が、忌々しげに声を上げた。
「簡単に言えば、仮面ライダーの勢力が二分してんだよ」
「BOARD派と、ローチ派でね」
 禍木の言葉を、ラルク……三輪春香が継ぐ。
 彼らの話によると、ある日この世界は、かつて起こった「世界の統合」によって、一度消滅したらしい。しかし、ある出来事のおかげで世界は復元され、全ては元に戻った。
 否。戻ったと「思った」。
 だが、戻ったと思った世界は、ほんの少し、元とは異なっていたらしいのだ。
「まさか……復元の際、この『ブレイドの世界』と『ディエンドの世界』が統合しちゃった?」
「そのまさか、よ」
「俺達も変身にラウズカードみたいな物を使うから、余計に混じりやすかったみたいだぜ。ほらコレ」
 言いながら禍木が見せたのは、確かにラウズカード。それも、エース……ケルベロスと書かれたカードだ。
「確かに、同じみたいですね……」
「ただ、俺達の世界……そいつの言う、『ディエンドの世界』には、アンデッドはいなかった。いたのはゴキブリみたいな連中、ローチだ」
 くいと首で玄金を指しながら、禍木は苛立たしげに吐き出す。思い出したくもない過去なのか、それとも現在進行形でむかつく相手なのかは分からないが。
 そんな彼らを見やりつつ、ブレイド……剣立カズマは「客人」の前にコーヒーを置く。一応、一行の中にいる士は、まだこの「社員食堂のチーフ」という肩書を持つ人物でもあるので。
「アンデッドとローチ、その二つと戦いながら人を守る企業が、俺達BOARD。禍木と春香は、ボランティアの協力者って立場だから、社長承認なしで変身できる」

「聞かせてくれ。BOARDは人を守る組織なら、何故さっきギャレンはお前達を攻撃した?」
「……それは……」
「今じゃ、ギャレンとレンゲルはローチの手先だからだ」
 橘の問いに、答え難そうに口ごもるカズマに代って、禍木もまたどこか辛そうに答える。同じように春香の方も軽く目を伏せている。
「成程、大体分った。つまり、洗脳されたって事か」
「……ええ」
 かつて、「ディエンドの世界」では。「優しい人々」を作るため、ローチと呼ばれる者達は、反抗的な人間を捕らえ、薬物で洗脳していた。
 それを知っていたからか、するりと出てきた士の言葉を、春香の方も悔しげに肯定する。
「しかも、ローチを率いているのは海東純一。仮面ライダーグレイブだ」
「ローチ達はアンデッドを封印して、ラウズカードを集めてる。連中の目的は分からないけど……」
 苦しそうに吐き出される言葉に、食堂の空気が重くなる。
 しかし少なくとも、ローチとアンデッドが手を組んだという訳ではないらしい。それは救いかもしれないが……ラウズカードの争奪戦である事には変わりない。
 かつて闇に……スパイダーアンデッドの「邪悪」に飲まれた上条睦月が、カードを集めて「最強」になろうとしていた時を思い出す。ひょっとすると、この世界のレンゲルとギャレンも、闇に飲まれたのかも知れない。そんな考えが、橘の胸中を過ぎる。
「ひょっとして……彼らは無作為にアンデッドを封印してるんじゃなくて、本当はキングのカードを集めてるんじゃ?」
 そう呟いたのは……ハナだった。
 彼女の唐突な呟きに、一同の視線が集中する。唯一、玄金だけは興味なさそうにコーヒーを啜っているが。
 そんな周囲の視線を真っ直ぐに受け止め、ハナは更に言葉を紡ぐ。
「キングのカードを集めると、何か巨大な力を得られるとか、そんな事が起きるんじゃないかしら? ……あくまでも、予想だけど」
 彼女は、現状とよく似た世界を見た事がある。
 そこは全てのアンデッドを封印してから、四年経った「別の未来」。剣崎一真がジョーカー……相川始を封じ、もう一人のジョーカーである「アルビノジョーカー」と呼ばれるそれが、強大な力を手に入れんと画策した世界。
 ランスである「禍木慎」、ラルクである春香に似た女の「三輪夏実」、グレイブである「志村純一」がいて、ケルベロスのカードで変身していた。
 実は志村純一こそが、キングのカードを集めるために潜り込んだアルビノジョーカーであり、四枚のキングのカードを集めて、「14」と呼ばれる強大な力を手に入れた世界。
 ……その時は、結局ブレイド達に倒されていたが……もしも、それと同じ状況なのだとしたら。
 この世界は、あまりにも「西暦二〇〇五年のトンネル」の向こうと似過ぎていると感じたのだ。これは果たして偶然なのか、それとも……
「……どうやら『シブヤ隕石のなかった世界』を見に来たつもりが、『中途半端に混じってしまった世界』を見に来ちゃったみたいだねぇ」
 心底がっかりしたように呟かれた玄金の言葉が、彼らの身の上に重くのしかかる。
 かつて、いくつかの世界が、互いを食い合うように融合を始めた事があった。
 その際、この「ブレイドの世界」も他所の世界……「キバの世界」と呼ばれる場所などと融合し、消滅した。
 しかし融合し、消滅したはずの世界達は「世界の破壊者」と呼ばれる存在の「死亡」により、復元され全ては元通りになった。元に戻った理由も、そもそも世界が融合しはじめた理由も、何も明かされぬままに。
 だが……復元の際に、多少の混乱があったらしい。
 一つは、「世界の破壊者」と呼ばれていた存在も復元された事。これは、彼の存命を願う存在達によって引き起こされた、小さな奇跡であり、必然でもあった。
 そしてもう一つは……よく似た性質を持つ世界同士の融合。その代表例がここ、「新生ブレイドの世界」である。「ブレイドの世界」の仮面ライダーの力と、「ディエンドの世界」の仮面ライダーの力が酷似していたためか、全く別物だったはずの二つの世界が一つに纏まってしまったらしい。互いにいくつかの「欠損」を補うように。
「欠損?」
「そ。例えば、カズマの方から見れば……」
「アンデッドが三体、確認できなくなったんだ」
 加賀美の問いに、春香、カズマの順に答える。カズマ曰く、本来なら純粋なアンデッドの数は五十二体であるはずなのだが、復元された世界では三体少ない四十九体の反応しかなかったらしい。そして、それを補うように三枚の「ケルベロスのカード」を持つ禍木、春香、そして純一の三人が現れたと言う。
 逆に、禍木達から見た場合はと言うと。ローチの親玉であるフォーティーンは復元されずにローチだけが復元され、フォーティーンの代わりに「謎の存在」がローチを率いている。もっと言うならば、「剣立カズマ」という人物が、禍木達にとってはこの場にいない仲間……海東大樹の「代わり」のような物と言えなくもない。
 それこそが、彼らがこの場に居る理由なのだろう。
「本当に、ここは融合してしまった世界なんですね……」
「おかげで、歴史やら価値観やら、そんな食い違いが起きて大変なんだよ。俺達はアンデッドを知らない。そしてカズマはフォーティーンを……ローチを知らない」
「この状況下で分かり合うの、結構大変だったよな~」
「何暢気な事言ってんのよ。良い? 今こっち側でアンデッドを封印できるのは、あんただけなんだからね、カズマ」
「歴史や、価値観の相違。それによって起こる混乱、か……」
 カズマ達のやり取りをききながら、小さな声で呟く五代の言葉の裏……そこにはおそらく、自身の世界の事がぎっているのだろう。
 もしも自分達の世界の融合が進んだなら、果たして混乱せずにいられるだろうか。
 この世界は、まだ「人間に対する脅威に打ち勝つ」という目的で、ライダー達が団結している。しかし、自分の世界はどうだろうか。
 脅威が全くないとは思えないが、それでも一致団結、皆仲良く、とは行かないような気がする。むしろ互いが互いを認められない、そんな世界になりそうな気がした。
 そう思うと……改めて、五代は自身に委ねられた決断の大きさに戸惑いを感じてしまう。
 皆が笑顔でいられる世界。それが彼の望みなのに、たった今差し出されている二択は、どちらを選んでも誰かの笑顔を消す結果になるのではないのか。それは果たして、最良の結果と言えるのだろうか。
「それにしても……謎の存在、ねぇ……」
 うーん、と今まで口を挟まなかった玄金が唸るように呟く。
 果たして本当に「謎の存在」なのだろうか。
 ローチを率いる存在と言えば、確かにフォーティーン以外に考えにくいのだが、それにしてはどうも違和感が残る。
「何となくだけど、奴の事もあるし……今回は大きいショッカーの皆さんの気配がするって気がする」
 低く、楽しげに玄金が呟いたその瞬間。警告音にも似た電子音が、橘の懐中から鳴り響いた。
 まるで、玄金の声を掻き消すかのように。
「アンデッド!」
 アンデッドサーチャーのアラームであると気付くと同時に、橘はその画面が指し示すマーカーの種類と位置を確認、その場に向かおうと勢い良く立ち上がると、そのマーカーの指し示す場所へと駆け出した。そしてその後を追うように、五代と加賀美も勢い良く駆け出す。
「え? ちょっと……素人がアンデッドを相手に首突っ込んだりしたら不味いだろ!」
「安心しろカズマ、あいつは素人じゃない」
「へ?」
 カズマの間の抜けた声をさらりと聞き流し、士は半ば強引に、カズマと禍木と春香を連れて外へと駆け出していった。

 そこに広がるのは、闇。
 闇の中に、無数のゴキブリのような異形……ローチがひしめいている。その真ん中には警察官の制服のような物を着た、笑顔の青年、海東純一の姿があり、その後ろでは変身を解いた菱形サクヤと黒葉ムツキが控えている。
「申し訳ございません。ブレイド、ラルク、ランスの始末に失敗した他、スキッドのカードも回収し損ねました」
 純一が、闇に向かって恭しい態度で報告する。前線指揮を執るのは純一だが、実際の黒幕はこの「闇」らしい。
 尊大な態度でレザーのソファーに腰掛けている。
「いかが致しましょう?」
「……次はない。今回は見逃してやるがな」
「承知致しました」
 にこやかな笑みのまま、純一は深く頭を下げると、さも当然のように答えを返す。
 相手は自分よりも若い青年。自分と袂を別った弟と同い年くらいか。「世界の崩壊」のせいで、多少記憶が混乱しているが……どこかで目の前に座る男を、見た事があるようにすら感じていた。
 だがその印象も、闇を纏う目の前の存在には無意味かつ無価値な物だろう。
 圧倒的な支配力。そして圧倒的な恐怖感。かつて彼が仕えていた「フォーティーン」など比にならぬ程、その青年は自分の心を支配した。
 創造は、破壊からしか生まれない。故に一度、全てを破壊する。……新たな世界を創造する為に。
 最初に出会った時、彼はそう言った。そして、約束してくれた。人々に、安寧をもたらすと。そのための支配なのだと。
「それから、もう一つ」
「何だ、海東?」
「ブレイド達とは別の邪魔者が現れたようです」
「フン。……邪魔するなら、倒せ。相手がライダーである場合以外は、出来るだけ生け捕りにしろ」
 その言葉の意味を、純一は正確に理解した。迂遠な物言いではあるが、彼はこう言ったのだ。
 即ち、「ライダーなら殺せ」と。
 目の前の青年は、自分達にいくつかのルールを強いている。一つ、アンデッドなら封印しろ。一つ、ライダーは殺せ。一つ、一般市民は傷つけるな。
 彼曰く、人間とは支配すべき存在……自身の財産であり、自身の財産を傷つける事は絶対に許されない事なのだそうだ。
 それは、とても「優しい支配」であると思う。勿論、力で押さえつけているし、恐怖だって感じる。そもそも支配に「優しい」も何もない。
 それでも彼は、目の前の存在に惹かれて止まなかった。それはきっと……「彼なら人間を、良い方向へ導いてくれる」と信じたからかもしれない。
「それでは……御前を失礼致します」
「ああ。何かあったら、呼ぶ」
 恭しく一礼すると、純一はにこりと笑い……そして、びしりと敬礼する。
 ……地球をその尾羽で刺し貫く、双頭のワシの「隊旗」と、その「隊」の頂点である、目の前の青年に向かって。
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