明瞭な夢、曖昧な現実
【その24:ねがう ―念願―】
「かつてあった歴史」を抜け、そして乗り込んできた招かれざる客である「黄金のライダー」こと黒崎一誠……コーカサスビートルオルフェノクと呼ばれる異形を倒し、面々の表情に疲労感が漂う中。
トンネルを抜けたからなのか、それまでゼロライナーを覆っていた暗闇が晴れ、車窓からごく普通のビル街が姿を見せる。
「それで? ここは何の世界なんだ? あるいは、また『かつてあった歴史』とか言う奴か?」
「いや、ここは僕らの世界から見たら間違いなく『異なる世界』だよ。そして最後の寄り道だ」
異界を渡り慣れた士が放った溜息混じりの問いに、玄金はにっこりと笑いながら窓の外を見やる。
立ち並んでいるのはオフィスビルだろうか。時折スーツ姿の男性が、何やら書類の束を持って建物の中を慌てたように行き来しているのが見える。
「最後のって……ひょとして最初は『寄り道』は二箇所だけだったって事ですか?」
「いや、本当は『クウガの世界』とここの間に、さっきの『最悪の歴史』じゃなくて『カブトの世界』を経由するはずだったんだけどね」
「それを、お前が言う『元凶』が捻じ曲げたという事か?」
五代の言葉に答えた玄金に、橘が更に問いを投げる。
その問いに、彼は軽く頷き……それと同時に、ゼロライナーはするりと止まった。
「さて、それじゃあ降りようか」
いつも通りの口調で言われ、それに不本意ながらも慣れてしまった彼らは何の疑いも持たずそこから降りる。
だが、そんな彼らを迎えるかのように。一人の男が、特にゼロライナーの様子を不審に思っている風でもなく、その場に立っていた。
黒縁眼鏡にラフな格好。玄金ほどではないが、その顔には奇妙な笑みが張り付いている。ゆっくりとこちらに近付いてくるその男は、橘の姿を見止めると、軽く片手を挙げる。そして橘も、その男の顔に見覚えがあるらしく、ぎょっと目を見開いて相手を凝視した。
「やあ。久し振りだな」
「お前は……カテゴリーキング!?」
そう。目の前の男とは、かつて橘がその命を懸けて封印し、そして何者かに奪われたラウズカードに封じられていたはずの存在。
ダイヤスートのカテゴリーキング。その人間態であった。
橘が「かつてあった歴史」に行く前に失くした……玄金曰く「奪われた」カードに封印されていたはずの彼が、あたかも旧友に出会ったかのような気安さで出迎えている。
その事実に橘は瞬時に身構え、玄金もまたハナを自身の後ろに隠しながら、苦笑を浮かべて相手に声をかけた。
「……これはこれは。ギラファアンデッド……ダイヤスートを統治する御方。確か、そのお姿の時は『金居さん』でしたっけ?」
「ああ、君か。会う機会が少ないから、一瞬誰かと思ったよ」
「って言うか、実際にこうやってお会いする事ありませんでしたもんねー。ましてヒトの姿をしている貴方を見るのは新鮮だ」
相手がギラファアンデッドだと知っているらしい。妙に親しくも思える挨拶を交わしながらも、玄金の頬に一筋の汗が流れ落ちていくのを、ハナは見逃さなかった。
――怯えてる……?――
顔には、まるで悪友に会った時のような苦笑が浮いているが、直感的にそんな風に思う。
しかし、奇妙な話だ。BOARDの研究員だったはずだが、彼が何故目の前の存在と顔見知りなのだろう。橘ですら、殆ど顔を合わせた事などないのに。
「あなたのカードが奪われた時点で、何となくお会いできるとは思っていましたけど……まさかこの世界で、とは」
「そうか? ここ程俺に合った世界はないと思うけどねぇ」
そう言うと、金居はクックと喉の奥で笑い……そして蔑むような視線を、玄金の後ろにいる「人間」に向けた。
「どの世界でも、人間は愚かだ。憂いて奔走していながら、その実、自分の利益のためだけに動く」
「っ! そんな事ないわよ! 自分の利益以外のために闘う人だって、沢山いる!」
「君達にとっての『人間』と、俺にとっての『人間』は違うのさ」
金居の言葉に、ハナはすかさず反論するが……そんな彼女に対してすらも、彼は軽く嗤い、そう嘲りを含んだ声で返す。
金居とハナ……いや、ここにいる面々の持つ価値観は、まるで違うのだと、五代は直感的に理解した。
おそらく、彼はグロンギと同じだ。人間とは違う「理」で動き、その価値観を変えるつもりがないのだろう。アンデッドだと言うのだから、それは当然なのかも知れないが。
そんな五代の心境に気付いているのかいないのか、金居は唐突に、それこそ何かを思い出したようにその口を開いた。
……彼らが知るべき、「この世界」の事を。
「ここは……そうだな、『渋谷が完全に無事だった世界』。そう思えば良い」
「何? 何であんたがそんな事を知ってんだよ?」
「それには答えられないな。知りたければ、この世界を回ると良い。君の知らない、『完全に無事な渋谷』を見る事が出来る」
ひょいと肩をすくめながら加賀美の問いに答えると、金居は、用は済んだとばかりに踵を返す。
「それじゃ、せいぜい頑張ってくれ。俺はこう見えて忙しいんだ」
「待て!」
「じゃあ……また今度な」
ひらひらとその手を振って。金居は一瞬だけ自身の真の姿……黄金色の鍬形の異形、ギラファアンデッドとしての自分を見せると、再び「金居」に戻って、どこからか上がっている土煙の向こうへと消えていった。
――奴は一体、何の為に俺達の前に姿を現した?――
ふと、橘の脳裏にそんな疑問が過る。
自分を封印した存在である自分を倒す為に現れた、と言うのなら理解できる。だが、金居からは殺意や敵意と言った負の感情めいた物は感じられなかった。勿論、人間への蔑みは十二分に伝わったが……
だがそれ以上に、金居からは「哀れみ」に似た印象を感じ取る事ができた。その矛先までは、分からなかったが。
金居が完全に立ち去ったのを見計らい、玄金は安堵の溜息を大きく吐き出すと、どことなく震えているようにも聞こえる声で言葉を紡いだ。
「……金居さんが言った通り、この世界は『シブヤ隕石などまるっきりなかった世界』だ。その前の、ネイティブもいない。その代わり、アンデッドが跋扈する世界……別名、『ブレイドの世界』だ」
「ブレイドの、だと?」
「そうだよ、朔也君。ここに存在する異形はアンデッドのみ。『BOARD』が開発したライダーシステムでのみ、『不死の生物、アンデッド』を封印する事が出来る」
「グロンギやワームのいない世界なのね」
玄金の言葉に、どこか納得したようにハナが頷く。
アンデッドのみが蔓延る世界だと言うのなら、この世界に金居……ギラファアンデッドがいても違和感はない。
しかしおそらく、先程の話し方から考えるに、彼はこの世界に元から住んでいるギラファアンデッドではなく、自分達が住む世界のギラファアンデッド……即ちかつて橘が封印した存在その物なのだろう。
だが……それにしても、達観しすぎてはいないだろうか。
仮にも目の前に、かつて自分を封印した者、ギャレンこと橘朔也がいるのだ。復讐と称して斬りかかってきてもおかしくないだろうに……何故か、相手はそうしてこなかった。
むしろ、今まで見た事がない程に穏やかで凪いだ瞳をしていた。まるで、自分達と言う存在を歓迎していたかのようにすら……橘には思えてしまった。
「そして、ネイティブもいない。更に言えば、この世界では、『BOARD』は『研究所』じゃないよ」
「何?」
「企業なのさ。頭に超が付く程の一流企業、『BOARD』。ここではトランプの数字が社員の階級になっている。渋谷の一等地にオフィスを構えているっていうのも、『完全に渋谷が無事』と言える証拠じゃないかな」
ほら、と言って指し示した方向には、遠いが確かに橘にとって馴染みのある「BOARD」のロゴが入った、見慣れぬ商業ビルが建っている。
「え? じゃあここってもう渋谷なのか!?」
加賀美が驚くように言いながら、ぐるりと周囲を見回す。
ここから少し離れた場所には巨大なスクランブル交差点があり、駅前は待ち合わせの人々で溢れかえっている。
巨大スクリーンにはBOARDの打ち出すコマーシャルが流れ、何やらもそもそと伝えているようだが、人々のざわめきに掻き消されてその声は小さい。
「俺からすると『これ』が渋谷ですけど、加賀美さんは違うんですよね」
「……はい。俺の知る渋谷とは……エリアXとは、全然違う。活気に溢れてる……」
五代に言われ、加賀美はこくりと頷きを返す。
……渋谷が崩壊しなかったら。
そうしたら、こんな街並みが残って、数多の人が行き交う、活気溢れる街のまま発展していくのだろうか。
加賀美の知る渋谷は、未だエリアXとして封鎖されたままだ。ワームの脅威、ネイティブの野望、そして人間のエゴが詰まった場所故に、いつの間にか「手をつけてはならない場所」と言う暗黙の了解が出来ていた。
「……渋谷を守る選択をした場合、助かる人は多いですよね。俺はガタックになる事はなくなりますけど、弟も……それにひよりの両親だって助かる事になる」
あの日、傷を負った人は数知れない。目に見える傷、見えない傷。大小様々な傷を負わせ、そして生きた。
傷を負う事から逃げるつもりはないが、負わなくて良い傷なら、負わないに越した事はない。
だから、ガタックになる事がなくなっても……渋谷を残した方が良いに決まっている。
そう思い、ぐっと拳を固めたその時。加賀美の視界一杯に、玄金の顔が映った。
「うっわ!!」
「そんなに驚かないでよ、傷付くなぁ。でもさ、渋谷を守る選択をした場合、ひよりちゃんは、『君の知るひよりちゃん』になるのかな?」
「……どう言う事だよ?」
「ひよりちゃんは、自分がネイティブだとは知らずに育った。でもそれは、あの隕石で両親……日下部君に擬態したネイティブ達が死んだからだ」
確かに……仮にシブヤ隕石がなくなったとしても、その前の隕石……先程天道が飛ばしたと言われている「ネイティブがやって来た方の隕石」がなくなる訳ではない。
と言う事は。親友である天道総司の両親はやはり殺されるし、「日下部ひより」は相変わらずネイティブのままだ。
――もしも渋谷を守ったら……?――
ひよりの両親であるネイティブは生きる事になる。そして、いつかひよりも自分がネイティブであると知らされる事だろう。
そうなったら?
ひよりは自分の知るひよりなのか?
日下部に擬態したネイティブは、「ネイティブに対抗する手段を講じた日下部」を殺し、擬態した。ならば、少なくとも人類をネイティブに変えようとしていた連中と同じ考え方を持っていたと推測できる。
――そんな両親の元で育てられていたら?――
最悪の考えが、加賀美の脳裏を過ぎった。
仮に、ネイティブの野望を他の人間……橘の属するBOARDなどが知り、潰したとしても。その時の「敵」の中には……
「……ひよりが俺達の、敵になる……って事か!?」
「九割九分九厘九毛、そうなるだろうね。それとも、残りの一毛……万分の一の可能性に賭けたい? かなり分の悪い賭けになるけど」
「ダメだ! それじゃ、天道が俺と同じ思いを……自分の妹と戦う事になる!」
渋谷が無事で、そして大半の人が……自分の弟が生き延びたとしても。それとはまた別の悲劇が生まれる事には変わりない。まして「妹の為」に戦ってきた親友……天道が、その妹と戦う事になるのは……どうしても、駄目だと思った。
兄弟で戦い、そして喪う。そんな辛い思いをするのは、自分一人で充分だ。
だからと言って、シブヤ隕石の存在を容認すれば、それはそれで多くの犠牲が生まれてしまう。
「そんな……ここに来て、それはないだろ!! 俺は渋谷を残すべきだって、そう思ったのに! それでも悲劇が……それも、もっと悪い事態になるかもしれないなんて……どうすれば良いって言うんだよ!?」
「ま、渋谷を残した場合、総司君もカブトになるとは限らないけどね。それに、まだ少しだけ時間はあるんだ。考えておいてよ。どうするかを決めるのは君だけじゃない。それに……ひょっとしたら、君達なら第三の選択肢を実現させる事が出来るかもしれないし」
「第三の選択肢?」
「そう。僕が……僕達が諦めた選択肢を」
いつになく真剣な表情で加賀美の顔を見やりながら、玄金が言葉を紡ぐ。しかしその真剣な表情もまるで幻のように瞬時に消すと、いつも通りの奇妙な笑顔を浮かべ……
「まぁとにかく。この世界も色々あったんだけど、どうやら元通りに修復されたみたいだね」
「元通り、ね。なら、あの仮面ライダーについてはどう説明する気だ?」
「うん?」
士の言葉に、軽く首をかしげ、玄金が彼の指差す方向に目を向ける。そこにいたのは……
スキッドアンデッド。烏賊の祖であり、確か「クラブのカテゴリー9」だったはずだ。
……それは良い。ここは「ブレイドの世界」。アンデッドがいて当然だろう。だが問題は……士の言うように、仮面ライダーの方だった。
スキッドと戦っている二人のライダーは、仮面に「A」の文字を連想させるマークが付いており、スーツの色は黒を基調としている。
緑の「A」が付いた方は槍を、赤の「A」が付いた方の戦士はボウガンを、それぞれ構え、スキッドを斬り裂いている。
しかも街中だと言うのに、人々の反応はまちまちだった。
真っ先に逃げるのはある意味当たり前の反応だが、その様子を見せたのはおよそ半数のみ。残る半数のうち更に半数はぼんやりとその戦いを眺め、残りの者達は口々にライダーへの批難を浴びせている。
「…………あっれぇぇぇぇ!? ちょっ、これどうなってるの!? 逃げないとかおかしくない? おかしいよね? うん、おかしい。おかしけりゃ笑え、あっはっは」
「おかしいのはお前だ、ハガネ。少しは落ち着け」
仮面ライダーの存在もそうだが、街の人々の様子も予想外だったのか、玄金の顔が明らかに歪んだ。それは、不快な物を見たようにも見えるし、心底不思議に思っているようにも、加賀美には見える。
「ブレイド」を知らない五代と加賀美は、そのライダー達がそうなのかと思ったのだが……玄金や士、それに不審そうな表情の橘を見る限り、それはどうやら違うらしい。
特に玄金に至っては、いつもの笑顔が崩れ、慄いているような声を放った。
「更に何あれ何あれ!? 何でこの世界にラルクとランスがいるの?」
どうやら名は体を表すらしい。おそらくは槍使いの方が「ランス」で、ボウガン使いの方が「ラルク」と呼ばれる存在だろう。仮面ライダーに武器の名前を付けているのは、正直驚いたが……それはそれで分かりやすいかもしれない。
と、呑気に加賀美は思いながら、その戦いぶりを見やる。玄金はひたすらおろおろしているが、二人の仮面ライダーの連携はなかなかに素晴らしいものがある。
そこに更に、一人の青年が現れ……
「禍木、春香! 悪い、遅れた!」
「遅ぇよ!」
「だから悪かったって! 社食が混んでてさ! しかも承認が下りたのがたった今だったんだ!」
「言い訳は後で聞くから、さっさと変身して、カズマ!!」
遅れてきた青年……カズマと呼ばれた彼は、先に戦っていた二人の戦士にどやされ、苦笑を浮かべつつも……その腰に、ベルトのバックルのような物を押し当てる。
「あれって、橘さんのベルトと同じ?」
「でも、マークが違います。橘さんのはダイヤのマークですけど、あの人のは……」
訝しげに言った加賀美に、五代が冷静に答える。
そう、確かに橘のベルトとよく似ている。大きさや形、手に持っているカードまでそっくりだ。ただ、違うのは……五代の言った通り、ベルトに施された装飾とも言える「マーク」。緑地に金のダイヤをあしらった橘のベルトとは異なり、カズマと呼ばれた青年のベルトには、赤地に金のスペードのマークが施されている。
「まさか、奴がこの世界の……?」
「変身!」
橘の呟きをかき消すように、カズマは掛け声をあげ、その姿を変える。
青を基調としたボディスーツ。銀の鎧に、赤い瞳。仮面は、カブトムシにもスペードにも見える。手には剣を持ち、それで全てを斬り裂きそうな印象を抱かせる。
「やはり……あいつがブレイド……!」
そう。その姿はまさしく、橘が失った仲間と同じ……「剣」の名を持つ存在、「ブレイド」その物だった。
「かつてあった歴史」を抜け、そして乗り込んできた招かれざる客である「黄金のライダー」こと黒崎一誠……コーカサスビートルオルフェノクと呼ばれる異形を倒し、面々の表情に疲労感が漂う中。
トンネルを抜けたからなのか、それまでゼロライナーを覆っていた暗闇が晴れ、車窓からごく普通のビル街が姿を見せる。
「それで? ここは何の世界なんだ? あるいは、また『かつてあった歴史』とか言う奴か?」
「いや、ここは僕らの世界から見たら間違いなく『異なる世界』だよ。そして最後の寄り道だ」
異界を渡り慣れた士が放った溜息混じりの問いに、玄金はにっこりと笑いながら窓の外を見やる。
立ち並んでいるのはオフィスビルだろうか。時折スーツ姿の男性が、何やら書類の束を持って建物の中を慌てたように行き来しているのが見える。
「最後のって……ひょとして最初は『寄り道』は二箇所だけだったって事ですか?」
「いや、本当は『クウガの世界』とここの間に、さっきの『最悪の歴史』じゃなくて『カブトの世界』を経由するはずだったんだけどね」
「それを、お前が言う『元凶』が捻じ曲げたという事か?」
五代の言葉に答えた玄金に、橘が更に問いを投げる。
その問いに、彼は軽く頷き……それと同時に、ゼロライナーはするりと止まった。
「さて、それじゃあ降りようか」
いつも通りの口調で言われ、それに不本意ながらも慣れてしまった彼らは何の疑いも持たずそこから降りる。
だが、そんな彼らを迎えるかのように。一人の男が、特にゼロライナーの様子を不審に思っている風でもなく、その場に立っていた。
黒縁眼鏡にラフな格好。玄金ほどではないが、その顔には奇妙な笑みが張り付いている。ゆっくりとこちらに近付いてくるその男は、橘の姿を見止めると、軽く片手を挙げる。そして橘も、その男の顔に見覚えがあるらしく、ぎょっと目を見開いて相手を凝視した。
「やあ。久し振りだな」
「お前は……カテゴリーキング!?」
そう。目の前の男とは、かつて橘がその命を懸けて封印し、そして何者かに奪われたラウズカードに封じられていたはずの存在。
ダイヤスートのカテゴリーキング。その人間態であった。
橘が「かつてあった歴史」に行く前に失くした……玄金曰く「奪われた」カードに封印されていたはずの彼が、あたかも旧友に出会ったかのような気安さで出迎えている。
その事実に橘は瞬時に身構え、玄金もまたハナを自身の後ろに隠しながら、苦笑を浮かべて相手に声をかけた。
「……これはこれは。ギラファアンデッド……ダイヤスートを統治する御方。確か、そのお姿の時は『金居さん』でしたっけ?」
「ああ、君か。会う機会が少ないから、一瞬誰かと思ったよ」
「って言うか、実際にこうやってお会いする事ありませんでしたもんねー。ましてヒトの姿をしている貴方を見るのは新鮮だ」
相手がギラファアンデッドだと知っているらしい。妙に親しくも思える挨拶を交わしながらも、玄金の頬に一筋の汗が流れ落ちていくのを、ハナは見逃さなかった。
――怯えてる……?――
顔には、まるで悪友に会った時のような苦笑が浮いているが、直感的にそんな風に思う。
しかし、奇妙な話だ。BOARDの研究員だったはずだが、彼が何故目の前の存在と顔見知りなのだろう。橘ですら、殆ど顔を合わせた事などないのに。
「あなたのカードが奪われた時点で、何となくお会いできるとは思っていましたけど……まさかこの世界で、とは」
「そうか? ここ程俺に合った世界はないと思うけどねぇ」
そう言うと、金居はクックと喉の奥で笑い……そして蔑むような視線を、玄金の後ろにいる「人間」に向けた。
「どの世界でも、人間は愚かだ。憂いて奔走していながら、その実、自分の利益のためだけに動く」
「っ! そんな事ないわよ! 自分の利益以外のために闘う人だって、沢山いる!」
「君達にとっての『人間』と、俺にとっての『人間』は違うのさ」
金居の言葉に、ハナはすかさず反論するが……そんな彼女に対してすらも、彼は軽く嗤い、そう嘲りを含んだ声で返す。
金居とハナ……いや、ここにいる面々の持つ価値観は、まるで違うのだと、五代は直感的に理解した。
おそらく、彼はグロンギと同じだ。人間とは違う「理」で動き、その価値観を変えるつもりがないのだろう。アンデッドだと言うのだから、それは当然なのかも知れないが。
そんな五代の心境に気付いているのかいないのか、金居は唐突に、それこそ何かを思い出したようにその口を開いた。
……彼らが知るべき、「この世界」の事を。
「ここは……そうだな、『渋谷が完全に無事だった世界』。そう思えば良い」
「何? 何であんたがそんな事を知ってんだよ?」
「それには答えられないな。知りたければ、この世界を回ると良い。君の知らない、『完全に無事な渋谷』を見る事が出来る」
ひょいと肩をすくめながら加賀美の問いに答えると、金居は、用は済んだとばかりに踵を返す。
「それじゃ、せいぜい頑張ってくれ。俺はこう見えて忙しいんだ」
「待て!」
「じゃあ……また今度な」
ひらひらとその手を振って。金居は一瞬だけ自身の真の姿……黄金色の鍬形の異形、ギラファアンデッドとしての自分を見せると、再び「金居」に戻って、どこからか上がっている土煙の向こうへと消えていった。
――奴は一体、何の為に俺達の前に姿を現した?――
ふと、橘の脳裏にそんな疑問が過る。
自分を封印した存在である自分を倒す為に現れた、と言うのなら理解できる。だが、金居からは殺意や敵意と言った負の感情めいた物は感じられなかった。勿論、人間への蔑みは十二分に伝わったが……
だがそれ以上に、金居からは「哀れみ」に似た印象を感じ取る事ができた。その矛先までは、分からなかったが。
金居が完全に立ち去ったのを見計らい、玄金は安堵の溜息を大きく吐き出すと、どことなく震えているようにも聞こえる声で言葉を紡いだ。
「……金居さんが言った通り、この世界は『シブヤ隕石などまるっきりなかった世界』だ。その前の、ネイティブもいない。その代わり、アンデッドが跋扈する世界……別名、『ブレイドの世界』だ」
「ブレイドの、だと?」
「そうだよ、朔也君。ここに存在する異形はアンデッドのみ。『BOARD』が開発したライダーシステムでのみ、『不死の生物、アンデッド』を封印する事が出来る」
「グロンギやワームのいない世界なのね」
玄金の言葉に、どこか納得したようにハナが頷く。
アンデッドのみが蔓延る世界だと言うのなら、この世界に金居……ギラファアンデッドがいても違和感はない。
しかしおそらく、先程の話し方から考えるに、彼はこの世界に元から住んでいるギラファアンデッドではなく、自分達が住む世界のギラファアンデッド……即ちかつて橘が封印した存在その物なのだろう。
だが……それにしても、達観しすぎてはいないだろうか。
仮にも目の前に、かつて自分を封印した者、ギャレンこと橘朔也がいるのだ。復讐と称して斬りかかってきてもおかしくないだろうに……何故か、相手はそうしてこなかった。
むしろ、今まで見た事がない程に穏やかで凪いだ瞳をしていた。まるで、自分達と言う存在を歓迎していたかのようにすら……橘には思えてしまった。
「そして、ネイティブもいない。更に言えば、この世界では、『BOARD』は『研究所』じゃないよ」
「何?」
「企業なのさ。頭に超が付く程の一流企業、『BOARD』。ここではトランプの数字が社員の階級になっている。渋谷の一等地にオフィスを構えているっていうのも、『完全に渋谷が無事』と言える証拠じゃないかな」
ほら、と言って指し示した方向には、遠いが確かに橘にとって馴染みのある「BOARD」のロゴが入った、見慣れぬ商業ビルが建っている。
「え? じゃあここってもう渋谷なのか!?」
加賀美が驚くように言いながら、ぐるりと周囲を見回す。
ここから少し離れた場所には巨大なスクランブル交差点があり、駅前は待ち合わせの人々で溢れかえっている。
巨大スクリーンにはBOARDの打ち出すコマーシャルが流れ、何やらもそもそと伝えているようだが、人々のざわめきに掻き消されてその声は小さい。
「俺からすると『これ』が渋谷ですけど、加賀美さんは違うんですよね」
「……はい。俺の知る渋谷とは……エリアXとは、全然違う。活気に溢れてる……」
五代に言われ、加賀美はこくりと頷きを返す。
……渋谷が崩壊しなかったら。
そうしたら、こんな街並みが残って、数多の人が行き交う、活気溢れる街のまま発展していくのだろうか。
加賀美の知る渋谷は、未だエリアXとして封鎖されたままだ。ワームの脅威、ネイティブの野望、そして人間のエゴが詰まった場所故に、いつの間にか「手をつけてはならない場所」と言う暗黙の了解が出来ていた。
「……渋谷を守る選択をした場合、助かる人は多いですよね。俺はガタックになる事はなくなりますけど、弟も……それにひよりの両親だって助かる事になる」
あの日、傷を負った人は数知れない。目に見える傷、見えない傷。大小様々な傷を負わせ、そして生きた。
傷を負う事から逃げるつもりはないが、負わなくて良い傷なら、負わないに越した事はない。
だから、ガタックになる事がなくなっても……渋谷を残した方が良いに決まっている。
そう思い、ぐっと拳を固めたその時。加賀美の視界一杯に、玄金の顔が映った。
「うっわ!!」
「そんなに驚かないでよ、傷付くなぁ。でもさ、渋谷を守る選択をした場合、ひよりちゃんは、『君の知るひよりちゃん』になるのかな?」
「……どう言う事だよ?」
「ひよりちゃんは、自分がネイティブだとは知らずに育った。でもそれは、あの隕石で両親……日下部君に擬態したネイティブ達が死んだからだ」
確かに……仮にシブヤ隕石がなくなったとしても、その前の隕石……先程天道が飛ばしたと言われている「ネイティブがやって来た方の隕石」がなくなる訳ではない。
と言う事は。親友である天道総司の両親はやはり殺されるし、「日下部ひより」は相変わらずネイティブのままだ。
――もしも渋谷を守ったら……?――
ひよりの両親であるネイティブは生きる事になる。そして、いつかひよりも自分がネイティブであると知らされる事だろう。
そうなったら?
ひよりは自分の知るひよりなのか?
日下部に擬態したネイティブは、「ネイティブに対抗する手段を講じた日下部」を殺し、擬態した。ならば、少なくとも人類をネイティブに変えようとしていた連中と同じ考え方を持っていたと推測できる。
――そんな両親の元で育てられていたら?――
最悪の考えが、加賀美の脳裏を過ぎった。
仮に、ネイティブの野望を他の人間……橘の属するBOARDなどが知り、潰したとしても。その時の「敵」の中には……
「……ひよりが俺達の、敵になる……って事か!?」
「九割九分九厘九毛、そうなるだろうね。それとも、残りの一毛……万分の一の可能性に賭けたい? かなり分の悪い賭けになるけど」
「ダメだ! それじゃ、天道が俺と同じ思いを……自分の妹と戦う事になる!」
渋谷が無事で、そして大半の人が……自分の弟が生き延びたとしても。それとはまた別の悲劇が生まれる事には変わりない。まして「妹の為」に戦ってきた親友……天道が、その妹と戦う事になるのは……どうしても、駄目だと思った。
兄弟で戦い、そして喪う。そんな辛い思いをするのは、自分一人で充分だ。
だからと言って、シブヤ隕石の存在を容認すれば、それはそれで多くの犠牲が生まれてしまう。
「そんな……ここに来て、それはないだろ!! 俺は渋谷を残すべきだって、そう思ったのに! それでも悲劇が……それも、もっと悪い事態になるかもしれないなんて……どうすれば良いって言うんだよ!?」
「ま、渋谷を残した場合、総司君もカブトになるとは限らないけどね。それに、まだ少しだけ時間はあるんだ。考えておいてよ。どうするかを決めるのは君だけじゃない。それに……ひょっとしたら、君達なら第三の選択肢を実現させる事が出来るかもしれないし」
「第三の選択肢?」
「そう。僕が……僕達が諦めた選択肢を」
いつになく真剣な表情で加賀美の顔を見やりながら、玄金が言葉を紡ぐ。しかしその真剣な表情もまるで幻のように瞬時に消すと、いつも通りの奇妙な笑顔を浮かべ……
「まぁとにかく。この世界も色々あったんだけど、どうやら元通りに修復されたみたいだね」
「元通り、ね。なら、あの仮面ライダーについてはどう説明する気だ?」
「うん?」
士の言葉に、軽く首をかしげ、玄金が彼の指差す方向に目を向ける。そこにいたのは……
スキッドアンデッド。烏賊の祖であり、確か「クラブのカテゴリー9」だったはずだ。
……それは良い。ここは「ブレイドの世界」。アンデッドがいて当然だろう。だが問題は……士の言うように、仮面ライダーの方だった。
スキッドと戦っている二人のライダーは、仮面に「A」の文字を連想させるマークが付いており、スーツの色は黒を基調としている。
緑の「A」が付いた方は槍を、赤の「A」が付いた方の戦士はボウガンを、それぞれ構え、スキッドを斬り裂いている。
しかも街中だと言うのに、人々の反応はまちまちだった。
真っ先に逃げるのはある意味当たり前の反応だが、その様子を見せたのはおよそ半数のみ。残る半数のうち更に半数はぼんやりとその戦いを眺め、残りの者達は口々にライダーへの批難を浴びせている。
「…………あっれぇぇぇぇ!? ちょっ、これどうなってるの!? 逃げないとかおかしくない? おかしいよね? うん、おかしい。おかしけりゃ笑え、あっはっは」
「おかしいのはお前だ、ハガネ。少しは落ち着け」
仮面ライダーの存在もそうだが、街の人々の様子も予想外だったのか、玄金の顔が明らかに歪んだ。それは、不快な物を見たようにも見えるし、心底不思議に思っているようにも、加賀美には見える。
「ブレイド」を知らない五代と加賀美は、そのライダー達がそうなのかと思ったのだが……玄金や士、それに不審そうな表情の橘を見る限り、それはどうやら違うらしい。
特に玄金に至っては、いつもの笑顔が崩れ、慄いているような声を放った。
「更に何あれ何あれ!? 何でこの世界にラルクとランスがいるの?」
どうやら名は体を表すらしい。おそらくは槍使いの方が「ランス」で、ボウガン使いの方が「ラルク」と呼ばれる存在だろう。仮面ライダーに武器の名前を付けているのは、正直驚いたが……それはそれで分かりやすいかもしれない。
と、呑気に加賀美は思いながら、その戦いぶりを見やる。玄金はひたすらおろおろしているが、二人の仮面ライダーの連携はなかなかに素晴らしいものがある。
そこに更に、一人の青年が現れ……
「禍木、春香! 悪い、遅れた!」
「遅ぇよ!」
「だから悪かったって! 社食が混んでてさ! しかも承認が下りたのがたった今だったんだ!」
「言い訳は後で聞くから、さっさと変身して、カズマ!!」
遅れてきた青年……カズマと呼ばれた彼は、先に戦っていた二人の戦士にどやされ、苦笑を浮かべつつも……その腰に、ベルトのバックルのような物を押し当てる。
「あれって、橘さんのベルトと同じ?」
「でも、マークが違います。橘さんのはダイヤのマークですけど、あの人のは……」
訝しげに言った加賀美に、五代が冷静に答える。
そう、確かに橘のベルトとよく似ている。大きさや形、手に持っているカードまでそっくりだ。ただ、違うのは……五代の言った通り、ベルトに施された装飾とも言える「マーク」。緑地に金のダイヤをあしらった橘のベルトとは異なり、カズマと呼ばれた青年のベルトには、赤地に金のスペードのマークが施されている。
「まさか、奴がこの世界の……?」
「変身!」
橘の呟きをかき消すように、カズマは掛け声をあげ、その姿を変える。
青を基調としたボディスーツ。銀の鎧に、赤い瞳。仮面は、カブトムシにもスペードにも見える。手には剣を持ち、それで全てを斬り裂きそうな印象を抱かせる。
「やはり……あいつがブレイド……!」
そう。その姿はまさしく、橘が失った仲間と同じ……「剣」の名を持つ存在、「ブレイド」その物だった。