明瞭な夢、曖昧な現実
【その23:ぬきさる ―烏玉―】
黒崎一誠。この世界のヒトは、彼を「最強の仮面ライダー」と呼んだ。
それは、ハイパーゼクターというプラスパーツを持っている事も挙げられるが、何よりも、無理も道理もどちらも通しかねない、純粋な強さも持ち合わせていた。むしろその強さ故に、ハイパーゼクターを預けられたと言っても良いだろう。
それは、己が最強であると認められたことに他ならなず、黒崎にとってハイパーゼクターを持っているという事実は、何よりも誇らしい事だった。
例え彼が、ヒトとは一線を画す存在……「ここ」とは異なる世界で生まれた異形、オルフェノクと呼ばれる種であるが故の力だとしても。
オルフェノクとは、彼が住んでいた世界では「死んだ人間が他の動植物の特性を持って蘇った者」を指した。また、オルフェノクに襲われた者は殆どが灰になって散るか、ごく僅かな人間だけがオルフェノクとして蘇るか……どちらにしろ、一度は「死」という結末を迎える。
何がきっかけとなって「この世界」へ来たのかは覚えていないが、故郷とも呼べる場所には何の未練もなかった彼は、この世界で「最強」であり続けた。
ただ、この世界に来てからは極力オルフェノクとしての姿を見せてはいないし、誰かを攻撃する時も「オルフェノクとして」ではなく「仮面ライダーとして」の力を使うよう心がけていた。
その背景に、「自分以外のオルフェノクはいらない」という考えがあった事は否定しないが。
「実は、ひょっとしたらとは思っていたんだ。君、ずっと『戦車の世界』で作られた『青い薔薇』を持っていたでしょ? ま、君がオルフェノクだと確信したのは、さっき使徒再生の触手を使って新君を攻撃したからなんだけど」
苦笑気味に言いながら、玄金は立ち位置を移動する。ゆっくりと、ハナを守るような場所へ。玄金のその行動と同時に、乗客達もいつでも変身できるように身構えた。
オルフェノクと呼ばれる存在がどういう物なのかは分っていないようだが、少なくとも彼らは黒崎の持つ悪意に反応しているらしい。
黒崎もその気配を察しているのか、彼もまたコーカサスに変身しようと構えを取る。
だが、自身に向かって飛んでくるはずだった金色の甲虫、コーカサスゼクターは黒崎の手に収まるよりも先に玄金によってその進路を阻まれ、挙句彼の者の手の中に囚われた。
「……何のつもりです?」
「ねえ、一誠君。ハイパーゼクターやマスクドライダーシステムばっかり使ってないでさ、たまには自分自身の力で戦ったらどうだい? って言うか、君にこいつが使われるのってすっごい腹立つ」
そう言う玄金の顔から、笑みが消える。同時に彼は手の中に捕えたコーカサスゼクターを自身の眼前へ掲げ……ピシリという、想像以上に軽い音を立てて、その機械の甲虫が砕け散った。
「な……に!?」
「……握り砕くって、凄い握力ですね、玄金さん……」
「僕の前では、どんな『硬さ』も意味を為さないんだよ」
驚愕の声をあげた黒崎とほぼ同時に、呆れ混じりに呟かれた五代の言葉に対し、玄金は軽くそう返すと、今度は黒崎に向かって視線を送る。
その顔に、「これでもう『最強のライダー』にはなれないだろう」と書かれているのが見える気がする。あからさまな侮蔑を送られ、黒崎はギシリとその奥歯を噛み鳴らすと、迷う事なくその姿を異形へと変えた。
ワームではない。勿論、仮面ライダーでもない。
限りなく白に近い灰色の体躯。見た目は甲虫によく似ている。右手には大きな剣を持ち、左手にはこれまた大きめの盾を持っている。
その姿を見た橘の脳裏には、色こそ違え、スペードスートのカテゴリーキングである、コーカサスビートルアンデッドの姿が被って見えた。
恐らくは、全く違うモノだと言うのに。
「こいつは!?」
「コーカサスビートルオルフェノク。黒崎一誠の正体さ。この歴史における『支配神 』になった『隠者』が呼んだって話だけど……目の前の彼にとってはどうでも良いんだろうね。ここがどこの世界だろうが」
驚く加賀美とは対照的に、まるで最初から知っていたかのような声で返す玄金。だが、そのこめかみから一筋の汗が流れているのは、やはり相手が「厄介な存在」だと分っているからなのだろう。
「オルフェノクだから、あの時ワームも人間も関係ないって言ってたのね」
黒崎の変わった姿を見て、ようやくハナの心に引っかかっていた疑問が氷解する。
この歴史の天道達と戦っていた「コーカサス」は、「人間」よりも「ワーム」という単語を先に放っていた。あの時も思った事だが、普通なら自分の種を先に言ってしまうような物なのに。だから、この男は実はワームなのではないかとも思っていたが……実際は見ての通り。人間でもワームでもない、全く別の異形だった。
「最強」でいられるなら、他のどんな種が周囲を囲もうが関係ないと言いきれる存在。
目の前に立つ灰色の異形に、思わず彼らの背に冷たい物が走る。
今まで出会ったどの敵よりも、暗く、陰鬱な瞳。隠す事をやめたのか、憎悪や怨嗟などという言葉では生温いとすら感じられる程の負の感情を撒き散らし、周囲の空気の温度を下げているようにすら感じられる。
視線だけでも、絞め殺されそうな、そんな気配。
「私にとって、世界など関係ありません。この世界では私を『最強』だと認めてくれる。それだけで充分なのです! 最強なのは……この、私です!」
吼えると同時に、黒崎……否、コーカサスビートルオルフェノクは、再び真っ直ぐ加賀美に向かって突き進み、手にある剣を振り上げた。
だが、その剣が振り下ろされるよりも先に、加賀美はガタックゼクターをベルトに装着、ガタック・マスクドフォームに変身し、その攻撃を受け止める。
オルフェノクの攻撃が及ぼす影響を知っている訳ではないが、直感的に嫌な物を感じたのだろう。加賀美は相手の切っ先が自身に触れないギリギリのところで攻撃を止めている。
「最強、最強って……そんな事の為に、人類を犠牲にする気なのか!?」
「『そんな事』だと?」
加賀美の言葉に、コーカサスが低く呟いた瞬間。ぎしり、と加賀美が受け止めた剣が鳴る。それは無理な力が加わった事による、剣の悲鳴。それが聞こえると同時に、加賀美は肩にあるガタックバルカンを斉射、再び相手との距離を開けた。
一方でコーカサスは、銃撃を喰らい、体から硝煙を僅かにあげているのだが、それでもなお「最強の仮面ライダー」であった名残なのか、数歩よろめくだけに留まると、再び加賀美に向かって突っ込んでいく。
「私にとって、最強である事は何よりの存在意義! その為なら、ちっぽけな人間でも、それに成りすます事でしか生きていけないワームでも、何だって犠牲にしましょう!」
「それは、お前の我儘じゃないのか!」
『Cast Off』
『Change Stag Beetle』
襲い掛かるコーカサスに向かって、加賀美は銀の外殻を弾き飛ばし、青き鍬形……ガタックの真の姿へ脱皮を遂げると、相手の剣を再びガタックダブルカリバーで受け止める。
灰色の甲虫と、青色の鍬形。二人がぶつかる度に、金属の悲鳴が上がり、見ている者の耳を劈く。
だが不思議な事に、これだけの熱戦が繰り広げられていると言うのに……ゼロライナーは何事もないかのように「次」に向かって走り、更に傍観者である士達への被害を与える気配もない。
加賀美が飛ばしたマスクドフォームを形成していた「銀の細胞」も、彼らに当たる寸前、まるで見えない壁に阻まれたかのようにストンと床に落ちる始末。
近いのに、遠い。そんな矛盾した印象を受ける程に奇妙な感覚を受けながらも、彼らはその二人の戦いを見届ける。
「最強である事こそが私の存在意義! 最強でない私など、私ではない! 私を最強と認めない世界など、存在する価値がない!」
「ふざけるな! お前なんか……最強じゃ、ない!」
『Clock Up』
加賀美が吠えると同時に、彼はクロックアップの世界に突入。そのままコーカサスを容赦なく攻撃する。
動きを視認出来ぬコーカサスに対して、加賀美は容赦なく相手を殴り飛ばし、宙を舞う相手を別方向へと蹴り飛ばす。
その光景は、先程ハナが見た物とよく似ている。立場は、先程と逆転してはいるが。
違うのは、コーカサスはそれだけの攻撃を受けてなお、膝をつくまいと耐えている点くらいだろうか。しかし、その差はやはり大きい。
持っている剣を支えにしつつ、それでも倒れないコーカサスのしぶとさは感心する。膝をつけば、その時点で「最強」でなくなるとでも思っているのだろうか。
『Clock Over』
一方で通常時間に回帰した加賀美は、仮面越しにじっと相手の様子を窺う。
一方的な攻撃を受けながらも、それでも倒れない相手に何を思っているのか。剣を構えはするものの、それ以上追撃はせず、ただ静かな声で言葉を紡ぐ。
「……力のある奴は、自分より力のない人を守る為に、その力を振るわなきゃいけないんだ。それなのに、お前は、自分の為だけにしかその力を振るわない。そんな奴、俺は最強とは認めない」
「黙れ……黙れ黙れ黙れぇぇぇぇっ!」
咆哮を上げ、まるで狂った獣のように加賀美に向かって剣を振り下ろすコーカサス。それを受け止め、時に弾き返しながら、加賀美は真っ直ぐにガタックの赤い瞳を、灰色の異形に向ける。
「君も……君もあの男と同じ事を言う! 最強なのはこの私なのに!」
その言葉を聞いた瞬間。玄金が納得の表情を見せた後……ニマリと歪んだ。
まるで悪戯を思いついた子供のように、純粋で残酷な印象を抱かせる笑みの形に。
その顔が、士の脳裏に引っかかる。いつかどこかで……この男の、こんな笑顔を見たような、そんな気がする。いつ、どこで見たのかははっきりしない。だが……
――君には、一旦全部……――
断片的にだが、そんな言葉も思い出す。瞬間、ズキリと頭の芯に鈍い痛みが走り……それ以上の事は、何も思い出せない。
やはり目の前に立つこの男は、自分がなくした記憶の中にも存在しているらしい。そう思いながらも、士はそれ以上追及するのをやめた。今は、目の前で繰り広げられている戦いを見届ける事が先だと、判断したのだろう。
「ねえ、一誠君。そんなにオーガの資格者になれなかったのが悔しいのかなぁ?」
「当然です! 最強の証である『帝王のベルト』は私が持つに相応しい。それなのに村上は私を認めず、あのような裏切り者に与えると言った……失望しましたよ!」
「オーガ」や「村上」と言うのが何者なのか、玄金以外の面々にはわからない。しかしその二つのキーワードが、目の前の灰色の異形を今回の凶行に駆り立てた存在らしい言うのは充分に理解できた。
最強でいられないのならば、自分が本来住まうべき世界を、躊躇なく捨てる事が出来る程に。
……それはひょっとしたら、「認められたい」と言う気持ちの裏返しだったのかもしれない。その方法が、「最強である事」と言うだけで。
その気持ちは分からなくもないが……だからと言って、このまま目の前にいる存在を放置しておく訳にいかないのも事実だ。
「私は最強なのです。最強とは……王者とは、決して膝を折らないもの。屈する時は己が死ぬ時のみ!」
周囲にと言うより、自身に言い聞かせているかのように呟きを落とし、コーカサスは勢い良く顔を上げ、再び加賀美に向かってその剣を振るう。
その一振りに、もはや最初にあった精彩は見えない。ただ力任せに振るっているだけ。それでも「死に物狂い」もしくは「火事場の馬鹿力」とよばれる力だろうか。加賀美が受け止めたその剣は、先に比べて格段に重い。
「力なき者が、最強を語るなどおこがましい! 最強は絶対的な力。圧倒的な暴力! そこに大義名分など不要! それこそが、私が歩んできた最強への道なのです!」
コーカサスの力に、ギシリと互いの剣が鳴く。堪えている加賀美の足も、いつか床にめり込むのではないかと思える程に相手の攻撃は重い。
だが、それでも負けられない。最強である事を、「圧倒的な暴力」であると勘違いしている存在には。
思うと同時に、加賀美は相手の剣を弾き返し、僅かに後ろへ飛んで距離を開けると、真っ直ぐに相手を見据えて言葉を紡いだ。
「俺には、あんたみたいな圧倒的な力はないし、天道みたいな絶対の自信もない。あるのはただ、誰かを守れる存在になりたいって思いだけだ」
「そんな物……何の力にもなりはしない。むしろ、最強になるには邪魔な感傷に過ぎません」
「……あんたの道と俺の道は違う。俺は、俺の道を往く! ……あいつみたいな天の道じゃない。あんたみたいな修羅の道でもない。俺は俺の……新たな道を、自分の足で!」
深紅の瞳で灰色の異形を真っ直ぐに捕らえ、青い鎧に覆われた足で大地を踏みしめるように、加賀美は大きく足を踏み出して床を鳴らすと、再びコーカサスに向かって奔る。
それを見るや、コーカサスは彼を迎え撃つべく剣を振り下ろし……その切っ先は加賀美の体に触れる直前、バキンと鈍い音を立て、刀身の半ばから砕け散った。
そして刀身を砕いた「犯人」は、その銀色の躯体をくるりと反転させると、静かに加賀美の手の内に収まる。
「あれは……」
「ハイパーゼクターよね」
加賀美の手の中でじっとしているそれの正体に気付き、五代とハナが小さく呟く。
天道が過去へ飛ぶ際に使った、強化ツール。かつてコーカサスが使っていた「最強の証」が今、加賀美の手の中で己の出番を今か今かと待っている。
「そんな、馬鹿な。あなたまで……ハイパーゼクターまで、私を見捨てると言うのですか!?」
「……俺に、力を貸してくれ。俺の道を往く為に」
混乱し、絶望の声をあげるコーカサスとは対照的に、加賀美は静かに掌に乗る「それ」に声を落とすと、すぐさま自身の腰に取り付け……
「ハイパーキャストオフ!」
『Hyper Cast Off』
『Change Hyper beetle』
音声と共に、ガタックの鎧が変化する。
二本の角は更に一回りほど大きくなり、横幅も普段に比べて太くなっている。胸部は赤く染まり、それまでの「キャストオフ」とは対照的に、鎧が追加されているが、それはその身に纏う強大な力を制御する為の追加装甲なのだろう。
姿が変じたと同時に、加賀美はハイパーゼクターの角を倒す。カブトが先程、コーカサスに……黄金のライダーの姿をとっていた彼にしていたのと、同じように。
『Maximum Rider Power』
「ハイパーキック!」
『Rider Kick』
電子音と共に、加賀美がトンと軽く飛ぶ。いつもの彼のライダーキックは飛び蹴りだが、今回はそこに回転を加えコーカサスの首……延髄の部分にその足の甲を思い切り蹴りこんだ。
蹴られた方はその口から小さな呻きを吐き出し、加賀美の回転をそのまま受け継いだかのように空中で回転しながら、勢い良く壁に背を打ちつける。
並の異形ならば、今の一撃で爆散していただろうが、コーカサスはその姿を保ったまま、苦しそうに咳き込みつつもその場に留まっている。足元はふらつき、杖となる剣も既に折られていると言うのに、それでもまだ倒れないのはもはや最強への執念と言って良いだろう。
よろりと足元が覚束ない印象を持たせながら、それでも彼は加賀美に向かって拳を握り、突き出そうと構える。
……だが。
「奴の体が灰に……」
「それに、青い炎が上がってますけど」
構えたはずの拳は灰となって彼の足元にわだかまり、歩む体の内側からは青白い炎がバチバチと燃え上がっていた。
彼が一歩前進する度、体を組成していた灰が零れ、残った部位も炎が嘗め上げて灰へと変えていく。
「……あれが、オルフェノクの最期だ」
橘と五代の声に答えながら、士は静かにその「最期」を見届ける。
「私は……わた、し、こそが……さいきょ、う……」
加賀美の直前で言いながら。
そこでコーカサスは力尽き……薔薇の花弁のように舞う炎に抱かれながら、彼はゆっくりとその全身を灰へと変えた。
その最期に何を思ったのか。加賀美は玄金に頼んでゼロライナーの扉を開けさせると、コーカサスの亡骸とも言える灰を、烏玉 の闇へと撒き散らした。
――……最後まで、倒れなかったな、あんた――
決して膝を折らぬと言った彼に、心の中でそう呟きながら。
黒崎一誠。この世界のヒトは、彼を「最強の仮面ライダー」と呼んだ。
それは、ハイパーゼクターというプラスパーツを持っている事も挙げられるが、何よりも、無理も道理もどちらも通しかねない、純粋な強さも持ち合わせていた。むしろその強さ故に、ハイパーゼクターを預けられたと言っても良いだろう。
それは、己が最強であると認められたことに他ならなず、黒崎にとってハイパーゼクターを持っているという事実は、何よりも誇らしい事だった。
例え彼が、ヒトとは一線を画す存在……「ここ」とは異なる世界で生まれた異形、オルフェノクと呼ばれる種であるが故の力だとしても。
オルフェノクとは、彼が住んでいた世界では「死んだ人間が他の動植物の特性を持って蘇った者」を指した。また、オルフェノクに襲われた者は殆どが灰になって散るか、ごく僅かな人間だけがオルフェノクとして蘇るか……どちらにしろ、一度は「死」という結末を迎える。
何がきっかけとなって「この世界」へ来たのかは覚えていないが、故郷とも呼べる場所には何の未練もなかった彼は、この世界で「最強」であり続けた。
ただ、この世界に来てからは極力オルフェノクとしての姿を見せてはいないし、誰かを攻撃する時も「オルフェノクとして」ではなく「仮面ライダーとして」の力を使うよう心がけていた。
その背景に、「自分以外のオルフェノクはいらない」という考えがあった事は否定しないが。
「実は、ひょっとしたらとは思っていたんだ。君、ずっと『戦車の世界』で作られた『青い薔薇』を持っていたでしょ? ま、君がオルフェノクだと確信したのは、さっき使徒再生の触手を使って新君を攻撃したからなんだけど」
苦笑気味に言いながら、玄金は立ち位置を移動する。ゆっくりと、ハナを守るような場所へ。玄金のその行動と同時に、乗客達もいつでも変身できるように身構えた。
オルフェノクと呼ばれる存在がどういう物なのかは分っていないようだが、少なくとも彼らは黒崎の持つ悪意に反応しているらしい。
黒崎もその気配を察しているのか、彼もまたコーカサスに変身しようと構えを取る。
だが、自身に向かって飛んでくるはずだった金色の甲虫、コーカサスゼクターは黒崎の手に収まるよりも先に玄金によってその進路を阻まれ、挙句彼の者の手の中に囚われた。
「……何のつもりです?」
「ねえ、一誠君。ハイパーゼクターやマスクドライダーシステムばっかり使ってないでさ、たまには自分自身の力で戦ったらどうだい? って言うか、君にこいつが使われるのってすっごい腹立つ」
そう言う玄金の顔から、笑みが消える。同時に彼は手の中に捕えたコーカサスゼクターを自身の眼前へ掲げ……ピシリという、想像以上に軽い音を立てて、その機械の甲虫が砕け散った。
「な……に!?」
「……握り砕くって、凄い握力ですね、玄金さん……」
「僕の前では、どんな『硬さ』も意味を為さないんだよ」
驚愕の声をあげた黒崎とほぼ同時に、呆れ混じりに呟かれた五代の言葉に対し、玄金は軽くそう返すと、今度は黒崎に向かって視線を送る。
その顔に、「これでもう『最強のライダー』にはなれないだろう」と書かれているのが見える気がする。あからさまな侮蔑を送られ、黒崎はギシリとその奥歯を噛み鳴らすと、迷う事なくその姿を異形へと変えた。
ワームではない。勿論、仮面ライダーでもない。
限りなく白に近い灰色の体躯。見た目は甲虫によく似ている。右手には大きな剣を持ち、左手にはこれまた大きめの盾を持っている。
その姿を見た橘の脳裏には、色こそ違え、スペードスートのカテゴリーキングである、コーカサスビートルアンデッドの姿が被って見えた。
恐らくは、全く違うモノだと言うのに。
「こいつは!?」
「コーカサスビートルオルフェノク。黒崎一誠の正体さ。この歴史における『
驚く加賀美とは対照的に、まるで最初から知っていたかのような声で返す玄金。だが、そのこめかみから一筋の汗が流れているのは、やはり相手が「厄介な存在」だと分っているからなのだろう。
「オルフェノクだから、あの時ワームも人間も関係ないって言ってたのね」
黒崎の変わった姿を見て、ようやくハナの心に引っかかっていた疑問が氷解する。
この歴史の天道達と戦っていた「コーカサス」は、「人間」よりも「ワーム」という単語を先に放っていた。あの時も思った事だが、普通なら自分の種を先に言ってしまうような物なのに。だから、この男は実はワームなのではないかとも思っていたが……実際は見ての通り。人間でもワームでもない、全く別の異形だった。
「最強」でいられるなら、他のどんな種が周囲を囲もうが関係ないと言いきれる存在。
目の前に立つ灰色の異形に、思わず彼らの背に冷たい物が走る。
今まで出会ったどの敵よりも、暗く、陰鬱な瞳。隠す事をやめたのか、憎悪や怨嗟などという言葉では生温いとすら感じられる程の負の感情を撒き散らし、周囲の空気の温度を下げているようにすら感じられる。
視線だけでも、絞め殺されそうな、そんな気配。
「私にとって、世界など関係ありません。この世界では私を『最強』だと認めてくれる。それだけで充分なのです! 最強なのは……この、私です!」
吼えると同時に、黒崎……否、コーカサスビートルオルフェノクは、再び真っ直ぐ加賀美に向かって突き進み、手にある剣を振り上げた。
だが、その剣が振り下ろされるよりも先に、加賀美はガタックゼクターをベルトに装着、ガタック・マスクドフォームに変身し、その攻撃を受け止める。
オルフェノクの攻撃が及ぼす影響を知っている訳ではないが、直感的に嫌な物を感じたのだろう。加賀美は相手の切っ先が自身に触れないギリギリのところで攻撃を止めている。
「最強、最強って……そんな事の為に、人類を犠牲にする気なのか!?」
「『そんな事』だと?」
加賀美の言葉に、コーカサスが低く呟いた瞬間。ぎしり、と加賀美が受け止めた剣が鳴る。それは無理な力が加わった事による、剣の悲鳴。それが聞こえると同時に、加賀美は肩にあるガタックバルカンを斉射、再び相手との距離を開けた。
一方でコーカサスは、銃撃を喰らい、体から硝煙を僅かにあげているのだが、それでもなお「最強の仮面ライダー」であった名残なのか、数歩よろめくだけに留まると、再び加賀美に向かって突っ込んでいく。
「私にとって、最強である事は何よりの存在意義! その為なら、ちっぽけな人間でも、それに成りすます事でしか生きていけないワームでも、何だって犠牲にしましょう!」
「それは、お前の我儘じゃないのか!」
『Cast Off』
『Change Stag Beetle』
襲い掛かるコーカサスに向かって、加賀美は銀の外殻を弾き飛ばし、青き鍬形……ガタックの真の姿へ脱皮を遂げると、相手の剣を再びガタックダブルカリバーで受け止める。
灰色の甲虫と、青色の鍬形。二人がぶつかる度に、金属の悲鳴が上がり、見ている者の耳を劈く。
だが不思議な事に、これだけの熱戦が繰り広げられていると言うのに……ゼロライナーは何事もないかのように「次」に向かって走り、更に傍観者である士達への被害を与える気配もない。
加賀美が飛ばしたマスクドフォームを形成していた「銀の細胞」も、彼らに当たる寸前、まるで見えない壁に阻まれたかのようにストンと床に落ちる始末。
近いのに、遠い。そんな矛盾した印象を受ける程に奇妙な感覚を受けながらも、彼らはその二人の戦いを見届ける。
「最強である事こそが私の存在意義! 最強でない私など、私ではない! 私を最強と認めない世界など、存在する価値がない!」
「ふざけるな! お前なんか……最強じゃ、ない!」
『Clock Up』
加賀美が吠えると同時に、彼はクロックアップの世界に突入。そのままコーカサスを容赦なく攻撃する。
動きを視認出来ぬコーカサスに対して、加賀美は容赦なく相手を殴り飛ばし、宙を舞う相手を別方向へと蹴り飛ばす。
その光景は、先程ハナが見た物とよく似ている。立場は、先程と逆転してはいるが。
違うのは、コーカサスはそれだけの攻撃を受けてなお、膝をつくまいと耐えている点くらいだろうか。しかし、その差はやはり大きい。
持っている剣を支えにしつつ、それでも倒れないコーカサスのしぶとさは感心する。膝をつけば、その時点で「最強」でなくなるとでも思っているのだろうか。
『Clock Over』
一方で通常時間に回帰した加賀美は、仮面越しにじっと相手の様子を窺う。
一方的な攻撃を受けながらも、それでも倒れない相手に何を思っているのか。剣を構えはするものの、それ以上追撃はせず、ただ静かな声で言葉を紡ぐ。
「……力のある奴は、自分より力のない人を守る為に、その力を振るわなきゃいけないんだ。それなのに、お前は、自分の為だけにしかその力を振るわない。そんな奴、俺は最強とは認めない」
「黙れ……黙れ黙れ黙れぇぇぇぇっ!」
咆哮を上げ、まるで狂った獣のように加賀美に向かって剣を振り下ろすコーカサス。それを受け止め、時に弾き返しながら、加賀美は真っ直ぐにガタックの赤い瞳を、灰色の異形に向ける。
「君も……君もあの男と同じ事を言う! 最強なのはこの私なのに!」
その言葉を聞いた瞬間。玄金が納得の表情を見せた後……ニマリと歪んだ。
まるで悪戯を思いついた子供のように、純粋で残酷な印象を抱かせる笑みの形に。
その顔が、士の脳裏に引っかかる。いつかどこかで……この男の、こんな笑顔を見たような、そんな気がする。いつ、どこで見たのかははっきりしない。だが……
――君には、一旦全部……――
断片的にだが、そんな言葉も思い出す。瞬間、ズキリと頭の芯に鈍い痛みが走り……それ以上の事は、何も思い出せない。
やはり目の前に立つこの男は、自分がなくした記憶の中にも存在しているらしい。そう思いながらも、士はそれ以上追及するのをやめた。今は、目の前で繰り広げられている戦いを見届ける事が先だと、判断したのだろう。
「ねえ、一誠君。そんなにオーガの資格者になれなかったのが悔しいのかなぁ?」
「当然です! 最強の証である『帝王のベルト』は私が持つに相応しい。それなのに村上は私を認めず、あのような裏切り者に与えると言った……失望しましたよ!」
「オーガ」や「村上」と言うのが何者なのか、玄金以外の面々にはわからない。しかしその二つのキーワードが、目の前の灰色の異形を今回の凶行に駆り立てた存在らしい言うのは充分に理解できた。
最強でいられないのならば、自分が本来住まうべき世界を、躊躇なく捨てる事が出来る程に。
……それはひょっとしたら、「認められたい」と言う気持ちの裏返しだったのかもしれない。その方法が、「最強である事」と言うだけで。
その気持ちは分からなくもないが……だからと言って、このまま目の前にいる存在を放置しておく訳にいかないのも事実だ。
「私は最強なのです。最強とは……王者とは、決して膝を折らないもの。屈する時は己が死ぬ時のみ!」
周囲にと言うより、自身に言い聞かせているかのように呟きを落とし、コーカサスは勢い良く顔を上げ、再び加賀美に向かってその剣を振るう。
その一振りに、もはや最初にあった精彩は見えない。ただ力任せに振るっているだけ。それでも「死に物狂い」もしくは「火事場の馬鹿力」とよばれる力だろうか。加賀美が受け止めたその剣は、先に比べて格段に重い。
「力なき者が、最強を語るなどおこがましい! 最強は絶対的な力。圧倒的な暴力! そこに大義名分など不要! それこそが、私が歩んできた最強への道なのです!」
コーカサスの力に、ギシリと互いの剣が鳴く。堪えている加賀美の足も、いつか床にめり込むのではないかと思える程に相手の攻撃は重い。
だが、それでも負けられない。最強である事を、「圧倒的な暴力」であると勘違いしている存在には。
思うと同時に、加賀美は相手の剣を弾き返し、僅かに後ろへ飛んで距離を開けると、真っ直ぐに相手を見据えて言葉を紡いだ。
「俺には、あんたみたいな圧倒的な力はないし、天道みたいな絶対の自信もない。あるのはただ、誰かを守れる存在になりたいって思いだけだ」
「そんな物……何の力にもなりはしない。むしろ、最強になるには邪魔な感傷に過ぎません」
「……あんたの道と俺の道は違う。俺は、俺の道を往く! ……あいつみたいな天の道じゃない。あんたみたいな修羅の道でもない。俺は俺の……新たな道を、自分の足で!」
深紅の瞳で灰色の異形を真っ直ぐに捕らえ、青い鎧に覆われた足で大地を踏みしめるように、加賀美は大きく足を踏み出して床を鳴らすと、再びコーカサスに向かって奔る。
それを見るや、コーカサスは彼を迎え撃つべく剣を振り下ろし……その切っ先は加賀美の体に触れる直前、バキンと鈍い音を立て、刀身の半ばから砕け散った。
そして刀身を砕いた「犯人」は、その銀色の躯体をくるりと反転させると、静かに加賀美の手の内に収まる。
「あれは……」
「ハイパーゼクターよね」
加賀美の手の中でじっとしているそれの正体に気付き、五代とハナが小さく呟く。
天道が過去へ飛ぶ際に使った、強化ツール。かつてコーカサスが使っていた「最強の証」が今、加賀美の手の中で己の出番を今か今かと待っている。
「そんな、馬鹿な。あなたまで……ハイパーゼクターまで、私を見捨てると言うのですか!?」
「……俺に、力を貸してくれ。俺の道を往く為に」
混乱し、絶望の声をあげるコーカサスとは対照的に、加賀美は静かに掌に乗る「それ」に声を落とすと、すぐさま自身の腰に取り付け……
「ハイパーキャストオフ!」
『Hyper Cast Off』
『Change Hyper beetle』
音声と共に、ガタックの鎧が変化する。
二本の角は更に一回りほど大きくなり、横幅も普段に比べて太くなっている。胸部は赤く染まり、それまでの「キャストオフ」とは対照的に、鎧が追加されているが、それはその身に纏う強大な力を制御する為の追加装甲なのだろう。
姿が変じたと同時に、加賀美はハイパーゼクターの角を倒す。カブトが先程、コーカサスに……黄金のライダーの姿をとっていた彼にしていたのと、同じように。
『Maximum Rider Power』
「ハイパーキック!」
『Rider Kick』
電子音と共に、加賀美がトンと軽く飛ぶ。いつもの彼のライダーキックは飛び蹴りだが、今回はそこに回転を加えコーカサスの首……延髄の部分にその足の甲を思い切り蹴りこんだ。
蹴られた方はその口から小さな呻きを吐き出し、加賀美の回転をそのまま受け継いだかのように空中で回転しながら、勢い良く壁に背を打ちつける。
並の異形ならば、今の一撃で爆散していただろうが、コーカサスはその姿を保ったまま、苦しそうに咳き込みつつもその場に留まっている。足元はふらつき、杖となる剣も既に折られていると言うのに、それでもまだ倒れないのはもはや最強への執念と言って良いだろう。
よろりと足元が覚束ない印象を持たせながら、それでも彼は加賀美に向かって拳を握り、突き出そうと構える。
……だが。
「奴の体が灰に……」
「それに、青い炎が上がってますけど」
構えたはずの拳は灰となって彼の足元にわだかまり、歩む体の内側からは青白い炎がバチバチと燃え上がっていた。
彼が一歩前進する度、体を組成していた灰が零れ、残った部位も炎が嘗め上げて灰へと変えていく。
「……あれが、オルフェノクの最期だ」
橘と五代の声に答えながら、士は静かにその「最期」を見届ける。
「私は……わた、し、こそが……さいきょ、う……」
加賀美の直前で言いながら。
そこでコーカサスは力尽き……薔薇の花弁のように舞う炎に抱かれながら、彼はゆっくりとその全身を灰へと変えた。
その最期に何を思ったのか。加賀美は玄金に頼んでゼロライナーの扉を開けさせると、コーカサスの亡骸とも言える灰を、
――……最後まで、倒れなかったな、あんた――
決して膝を折らぬと言った彼に、心の中でそう呟きながら。