明瞭な夢、曖昧な現実

【その22:にじむ ―忍耐―】

 玄金の言う、「ネイティブの揺り篭」と言う言葉の意味をよく理解できず、加賀美が……否、戻ってきた全員が、変身を解きながらも軽く首を傾げた瞬間。
「君だけは許さない!」
 ゼロライナーの壁に映し出されていた、「新を乗せた脱出艇」と、その窓に張り付く黄金の仮面ライダー……コーカサスと呼ばれていたその存在の声が響いた。
 満身創痍の新の姿を見れば、何があったのか大方の予想がつく。
 四人が隕石を破壊し、更に織田大道と名乗った、「ワームに似た異形」と戦っている間、新と天道もまた、コーカサスと戦っていたのだろう。
 そして今。コーカサスは拳を握り締め、新の乗る脱出艇の窓を叩き割って、中の新を殺そうと画策している。
 窓を割られれば、中の空気だけでなく温度までも、暗く寒い宇宙空間に引き出される。
 圧力が存在しないこの空間では、窒息するよりも先に凍える方が早いだろうし、更にそれよりも早く新の体を駆け巡る血液が凍るか沸くか。
 どの結末であれ、そのガラスが割られた瞬間、新に訪れるのは……死だ。
「ちょっ、あいつまさか!」
 加賀美が声を暇も有らばこそ。
 コーカサスは脱出艇の窓を叩き割り、その中にいた男の命を凍らせた。
「そんな……加賀美さんが……」
「……俺が、死んだ……?」
 呆然と呟く五代と加賀美。そして言葉すら出ない様子の橘と士。
 今、目の前にいる存在と、同じ顔、同じ声の人間が死んだ。
 まして加賀美にとっては、それは「自分」と同じ者。その死を目の当たりにする事は、彼にとって自分の死を目の当たりにするのと同じ事だ。
 不安や憎悪、恐怖といった負の感情が、加賀美の胸の内を占める。「新」はボロボロだった。動く気力もなく、そして反撃すら出来ぬまま死んでいった「自分」。
 その映像が、淡々と車内に流され……
 得体の知れぬ恐怖が、加賀美の心を押し潰した。
「う……ああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 今まで抱えてきた、言葉に出来ない感情が爆発し、彼は頭を抱え悲鳴にも似た絶叫を上げる。今まで風間や矢車、そしてひよりなど、本来の世界では生きているはずの知り合いの「死」を、この世界で何度か見てきた。
 それでも、心のどこかで安堵している自分がいた。
 ……元の世界に戻れば、皆は生きているのだと、そんな言い訳めいた逃げ道があった。
 だが、その「知り合い」が「自分自身」に置き換わった時。今まで必死に耐えていた「死」への恐怖が、改めて加賀美を襲ったのだ。
 ……少なくともハナが、加賀美の絶叫を聞きながら、どこか冷静にそう思った瞬間。
 彼女を奇妙な違和感が襲った。直後の一瞬、周囲の音がぴたりと止み……
「アドゥニス……アゲロ」
「……アグナシマガク……アンノス」
「アカサムチア、オイツ」
「イアナスルヤヘカディミク」
「……えっ!?」
 不自然な言語に、奇妙な声。それに反応を示したのは、ハナだけ。その事実に彼女は軽く目を見開き、きょろきょろと周囲を見回して……奇妙な言語と声の正体が、彼女を除く全ての存在だと気付く。
 おまけに彼らの取る行動も奇異な物へと変じていた。
 加賀美達は後ろ歩きでゼロライナーの乗降口に戻り、解除したはずの鎧が再び彼らの体を覆う。
 慌ててゼロライナーの壁に映る映像に目を向けると、コーカサスは先程割った窓から腕を引き抜いている。更に、割れたはずのガラスが、まるで逆再生の映像のように元の位置へと戻り、修復されていくではないか。
――「まるで」じゃない。時間の巻き戻しが行われてる……!?――
 それに気付いた次の瞬間、時間は元の流れに戻る。ゼロライナーに乗車する四人の仮面ライダー達は「巻き戻された事実」を知らぬまま、変身を解きつつ玄金の言葉に首を傾げており、それを待っていたかのように、脱出艇に張り付いたコーカサスが拳を固め、憎悪の篭った声で新に向かって宣言する。
「君だけは許さない!」
「ちょっ、あいつまさか!」
 入り口に立つ加賀美が声をあげ、画面に向かって駆け寄る所まで一緒。
 だが、その先は……先程見た物とは、まるで異なっていた。コーカサスが振り下ろした拳を、ハイパーカブトが止めていたのだ。
「まさか……時間を戻したのか!?」
 コーカサスの焦りの声が響く。
 時間を戻す……確かに今の流れは、そう説明せねば納得の行かない現象だった。だが、果たしてカブトにそんな事が可能なのだろうか。
「ハイパーゼクターは、使い方によっては時間を戻す事が出来るパーツなんだ」
 疑問が顔に出ていたのだろうか。ハナにむかって、玄金がにこやかな笑顔で囁く。それが、どう言う意味なのか問い質したい気持ちに駆られるが……画面の中は、それ所ではなかった。
 カブトが、その腰に付けたハイパーゼクターの角の部分を倒し、コーカサスに向かって慈悲なき宣言を下していたのだから。
『Maximum Rider Power』
「ハイパー、キック!」
『Rider Kick』
 電子音が宣言し、コーカサスは蒼白い光を纏ったカブトの足に囚われ、真っ直ぐミサイルに向かって吹き飛ばされる。
 宇宙空間において、摩擦と言う物はほとんど存在しない。それ故、静止した物体は永遠に静止しているし、加速した物体は永遠に加速し続ける。
 キックにより加速をつけられてしまったコーカサスの体は、凄まじい勢いで宇宙を飛び……そして、ワームの目を覚まさせるために放たれたミサイルに衝突、そのまま爆発に巻き込まれた。
 「最強の仮面ライダー」と謳われていた割に、随分と呆気ない最期だなぁと加賀美は心の中で呟く。声に出さないのは、戦っていない……傍観者という立ち位置にいる自分が、そんな事を言える立場ではないのが理解できているからだろう。
――それに俺、ほとんど天道とあいつの戦いを見てないし――
 戻ってきた時には、既にハイパーカブトがハイパーキックの体勢に入っていたところしか見ていないのだから。
 そんな中、コーカサスが爆発に巻き込まれ、戻ってこない事を確認したらしいカブトは、真っ直ぐに隕石へ向かって飛んで行く。
 ……ハイパーゼクターが持つ「特性」を、フルに活用するために。
「天道、何を……?」
「お祖母ちゃんが言っていた。卓袱台をひっくり返していいのは、余程飯が不味かった時だってな。ちょっと七年前まで行ってひっくり返してくる」
 まるで、加賀美の声に答えるかのようなタイミングで、映像の向こうのカブトが言葉を返す。
 その言葉に、乗客達は様々な反応を見せた。
 不思議そうに首を捻る者、言葉の意味を理解し慌てる者、そして……どこか楽しそうに眺める者。
「俺達が小さくしたとは言え、今更何をする気なんでしょう?」
「……大丈夫です。あいつは、天の道を往き、総てを司る男です」
 五代の、独り言にも似た呟きに。加賀美は確信めいた声で返す。
 彼は、カブトの言葉の意味をきちんと理解していた。
 クロックアップは自分の周囲の時間の流れを操作し、高速移動しているかのように見せかける方法。ハイパーゼクターの力を用いれば、時間の流れを「遅くする」どころか……「巻き戻す」事も可能だろう。
 天道は、この世界の歴史をひっくり返す気なのだ。今ある隕石と共に、シブヤ隕石が落ちた「七年前のあの日」へ飛び、この「最悪な状況」を打開する。
 ……全ては、妹である日下部ひよりを救う為に。
「さあ、一緒にドライブだ。七年前のお仲間に会わせてやる」
 言いながら、カブトが隕石に触れる。その刹那、ハイパークロックアップした事を告げる電子音が冷たい空間に響き渡り、隕石もろとも、彼の姿はこの空間から掻き消えた。
「大体分った。つまり、あいつは過去を変えに行ったって事か」
「そう。でもそれは……時間の流れを変える事は、死を与えられてもおかしくない大罪だ」
 士の言葉に、何故か笑顔のまま玄金は返す。ゼロライナーの外では、カブトが……いや、天道総司が過去を変える事に成功したのだろう。「世界の終末」とも呼ぶべき、大きな改変が行われ始めていた。
 宇宙なのに雪が舞い散り、人の姿の輪郭は薄れ、空気に溶けるようにして消えていく。
 最初から、こんな時間など存在していなかったと言いたげに。
「……ご覧の通り。天道総司は『過去を変えて、現在も未来も変える事』を成功させた。今回落ちてくるはずだった隕石を使って、本来落ちてくるはずだったシブヤ隕石を破壊し、被害を『それなり』に抑え、結果人類は守られた。だけど、時間変革の反動で、さっきの隕石の欠片が『時間の歪み』を通り、更なる過去……一九七一年へ落ちた」
「えーっと、つまり……?」
「簡単に言えば、この歴史で落ちてくるはずだったシブヤ隕石は縮小され、規模は新君が知っている程度の物になったって事。そして、持って行った隕石の欠片が、時間を飛び越えて、『過去』に落ち、いるはずのないネイティブを生んだ」
 全然簡単ではない、と心の中でツッコミを入れつつ、五代は言われた事を頭の中で整理する。
 玄金の話を統合すると、加賀美達の物語の起点は「ここ」。
 一九九九年に落ちた隕石によって、海が消え、人の心が乾ききった世界。
 その世界を……そして妹を救う為、カブトが、二〇〇六年に落ちてくるはずだった隕石を、一九九九年へ運び、隕石同士をぶつけ合う事でその規模を縮小させた。結果、本来なら海を干上がらせるはずだった隕石の被害は、渋谷一帯を犠牲にする程度で済んだ。
 だが弊害として、一九七一年と言う時間へ、今回の五代達が壊した隕石の欠片が落ち……中にいたワームと同種の生命体を野に放つ結果となった。それが、ネイティブと呼ばれる者らしい。
 もしも、この整理した情報が正しいのだとしたら、この世界がこの後辿るであろう歴史は……
 気付いたのは、五代だけではなかったらしい。玄金を除く全員が、はっとしたようにその面を上げ……代表するように、加賀美が震える声で問う。
「まさか、この世界は……」
「ねえ、君達は何を聞いてたの? 僕はずっと、ここの事は『この歴史』って呼んでいて、『この世界』とは殆ど呼んでいないんだよ?」
 にんまりと、邪悪その物の笑みを浮かべ、玄金は彼らの問いを肯定する。だがそれは即ち、今まで見てきた事が全て……
「これはかつて『実際に起こった事』だ。……殆どの人間は、忘れているけれどね」
 その言葉と同時に、彼の手の中に銀色の甲虫型の機械、ハイパーゼクターが納まる。
 恐らく、「過去へ飛んだ天道」が変身を解き、そして役目を終えたと判断したゼクター自身が本来の時間である「ここ」に戻ってきたのだろう。この「西暦二〇〇六年」に。
 ざらりとした、何とも言えない嫌な感覚が彼らの胸の内を占めていく中、玄金は短く一つ、溜息を吐き出して言葉を紡ぐ。
「ま、過ぎた事は仕方がない。やり直された歴史も順調に進んでいるし、この寄り道のお陰で、ハイパーゼクターも苦労せずに手に入った。次への道も開いたみたいだし、この場から離れようか」
 いつも通りの楽しそうな声で、玄金は言う。だが……声だけだ。表情はどこか泣き出しそうで、非常に申し訳なさそうで……それでも、笑顔でいようとしているように乗客達の目には映った。
 ひょっとすると、彼にとってはこの世界……いや、この「歴史」は不本意だったのかもしれない。
 そんな考えが、乗客達の心に落ちた、まさにその瞬間。
「そうはさせませんよ」
 低く、憎悪に満ちた声が、ゼロライナーに響いた。
 その声に驚いたように、全員が……玄金までもが、声の方を振り向いた瞬間。信じられない人物の姿が、彼らの視界に飛び込んできた。
 一体どこから入ってきたのか。それは、黄金の仮面ライダー……コーカサスの姿。
「馬鹿な!? ミサイルに突っ込んだはずじゃなかったのか!?」
 驚きの声を上げながらも、加賀美はそのライダーを見つめる。
 外装は先の爆発の影響からか、所々剥げている。仮面にあった三本の角の内、髭のように伸びていた二本が折れているが、ゾクリとする程鬼気迫る物を醸し出していた。
 直接会ってはじめて分る。この存在は強いと。無意識の内に加賀美の目付きは険しくなり、ガタックゼクターを手の中に納めていた。
 その一方で、気圧され、一歩後退るハナ達には目もくれず、コーカサスこと黒崎一誠はその変身を解くと、彼もまた真っ直ぐに加賀美の顔を睨みつける。
 目の前に立つ加賀美が、自分が敗北した原因を作った男と同じ存在であると認識しているのか、その眼差しには怨嗟すら篭っている。
「終わらない。終わらせません、この、私が! もう一度やり直すのです! ここにあるハイパーゼクターを使って!」
「そんな事させるか。天道が……それこそ全てを賭けて俺達の『今』につなげたんだ!」
「君さえ……君さえ邪魔しなければ! 私は彼を倒す事が出来た。こんな結末にはならなかった。そう、やはり全ての元凶は、『あの男』が言っていた通り、君なんですよ!」
 黒崎はじりじりと加賀美に近寄りながら幽鬼を思わせる表情を浮かべ、その表情とは対照的にはっきりとした……雷鳴を思わせる声で怒鳴った瞬間。
 その指が伸びた。まるで蛇のようにのたうちながら、その先は加賀美の胸板を貫かんと真っ直ぐに伸びていく。
「しまっ……」
「加賀美さん!」
「新!」
 避けきれない。そう殆ど全員が思った瞬間。
「あのさ、ライバル再見ってトコで水を注すようだけど、僕もここにいるんだよね」
 玄金の声が聞こえると同時に、相手の「指」が床の上に沈む。その様は、まるで重力装置を作動させた時のように見えた。
 そして、彼の物言いから察するに。どうやら玄金が「何か」をした事によって、この現象が起きたらしい。
 ……正直、何をしたのかは分らないが、加賀美が助かった事にほっと胸を撫で下ろすと、面々は改めて黒崎を見やる。
 指が伸びたという事は、普通の人間ではないだろう。しかしだからと言って、ワームでもなさそうな印象を受ける。
 ならば、この人物は一体何者なのか。
 疑問に思う面々に答えらしき物を返したのは……玄金だった。
「まさか、この歴史の中にオルフェノクがいるとは。しかも仮面ライダーとして存在するなんて、びっくりだ。僕、そういう顔してるでしょ?」
 呆然とする黒崎や加賀美達とは対照的に、玄金は言葉に似合わぬ、にこやかな笑顔を黒崎に向ける。加賀美をはじめとする殆どの面々は、玄金の言葉の意味を理解出来なかったのだが……
 唯一、「オルフェノク」と言うその単語に聞き覚えがある士が、軽く眉を顰めた。
「オルフェノクだと? そいつが? まさか」
「うん、正真正銘のオルフェノクだよ。ただし、君の知る『ファイズの世界』の住人じゃない。それとは別の『ファイズの世界』……『パラダイス・ロスト』からのお客様だ」
「……オルフェノクを知っているという事は、あなた方は随分と厄介な存在のようですね」
 言葉と同時に、黒崎の瞳が白く濁る。
 それだけではない。その顔に一瞬だけ、甲虫のような影が浮かんだのが見えた。だがすぐに元の「黒崎一誠」の姿に戻すと、彼は懐から青い花弁を持つ薔薇を取り出し……
「まあ良い。薔薇と共に、散りなさい」
 憎しみの篭った声で、そう呟きを落とすのであった。
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