明瞭な夢、曖昧な現実

【その21:なげく ―泣言―】

 ZECT本部にある大会議室。その部屋の中央には男がたった二人、部屋の広さに不釣合いにも思える程こぢんまりとそこに存在していた。
 一人は眼鏡をかけた、どこか陰鬱な表情を浮かべた青年が立っており、その傍らには不思議な笑みを浮かべた壮年の男性が、議長席とも言える場所に座している。
 壮年の男性……加賀美陸こそ、このZECTの総指令的存在であり、同時にこの世界の支配者でもあった。
 織田大道と言うイレギュラーを「こちら側」に呼び入れる事は適わなかったが、金の仮面ライダーは完全にこちら側に引き入れる事が出来た。
 それだけで充分、「ワームを呼び、人間をこの地上から消し去る」と言う計画を成就させる事が出来る。そして今まさに、彼の悲願とも言えるその計画が、願い通りに進行している。
 彼が浮かべる、どこか楽しそうな笑みは、その願いが叶う瞬間を待ち侘びているからかもしれない。
――とは言え、不安要素が多いのもまた事実――
 心の中でのみ呟きを落とした、その刹那。
 滅多な事では開くはずのない樫の扉が、重厚な音を立てて開いた。
「よ」
 当然のように入って来たのは赤い髪の少年。まるで、友人の家に訪ねてきたかのような気安さで、片手を上げながら陸に声をかける。
――紅い……まるで、全てを焼き尽くす炎――
 少年の赤さ加減に、青年……三島正人はそんな事を思う。だがすぐに気を取り直して少年を睨みつけると、追い出すべく口を開いた。
「何者だ貴様。ここはお前のような子供の来る所じゃ……」
「良いんだ」
「しかし……」
「アンタが話の分かる奴で助かるよ」
 陸に止められ、渋々引き下がる三島とは対照的に、少年は口の端を軽く吊り上げると、楽しげな声でそう返した。
 明らかに陸の方が年長者なのに、少年のこの気安さは一体何なのか。
 陸には、息子はいるが、こんな年齢の孫がいるとは聞いていない。そこまでの年齢でもなかったはずだ。
 ……では、顔見知りだろうか。服にZECTのロゴが入っていない事を考えると、ZECTに属する者では無さそうだ。そもそも、自分が知らぬZECTの隊員がいるとは思えない。
 三島が訝しく思っているうちに、いつの間にか少年は三島と陸の間に入り、陸を見下ろすような形で言葉を交わす。
「久し振り。んで、悪いけど、奪われっ放しは性に合わないんで、返してもらうから」
「……ん。『皇帝の下僕』である君がここにいると言う事は、既にその下準備は済んでいると言う事かね」
「その通り。ま、残念ながらアンタの思うようには行かないって事だな、『隠者』さん」
「そうか……」
 少年の言葉に、心なしか残念そうに、だが楽しそうにも聞こえる声で呟く。
 この少年とその仲間の存在は、陸にとって大きな「不安要素」であった。裏でコソコソと何かをしているのは知っていたし、一応の足止めも「呼んだ」つもりだった。
 ただ、呼んだつもりの「足止め」は何者かによって奪われ、更にその「足止め」から更なるイレギュラーが現れると言う不慮の事故はあったが。
――どうやら、私の悲願成就は、またお預けのようだ――
 心の中で再び呟きを落とし、嘆息にも自嘲にも聞こえる息を漏らすと、唐突に陸は三島の方に向かって、不思議な問いを投げかけた。
「君は、白昼夢……と言うのを知っているかね?」
「は……?」
 問われた意味が分からず、思わず呆然とした表情と、間の抜けた声を返す。
 時折投げられる陸の唐突な問い……迂遠な言い回しには慣れているが、流石に今回はその意図が汲めない。白昼夢。昼に見る夢、幻。それは分かる。だが……それを問うて、どんな答えを引き出したいのか。そもそも、少年が言う「隠者」とは何なのか。陸のあだ名のような物なのかも知れないが、これと言って通り名を持つような趣味は持っていなかったはずだ。
 分からぬまま黙っていると、少年が苦笑混じりの表情で陸を見やり、三島の代理と言わんばかりにその口を開く。
「今、現時点……この状態が、アンタの望んだ幻。……って事だろ」
「ん。手に入れたと思った瞬間、消えてしまう。儚いと、思わないかね?」
 その問いには答えず、少年は不敵に笑うと、くるりと踵を返す。ここにはもう、用がないと言わんばかりに。
「もう、帰るのかね?」
「流石に俺も、『世界の終わり』に巻き込まれたくはないから。それに、ここに来た理由だって……アンタに挨拶に来ただけだし」
「そう、か。ああ君。『運命の輪』には、気をつけたまえ」
 今まさに帰ろうとしていた少年が、陸の言葉に振り返る。その表情はどこか驚いているようにも、嘆いているようにも、苦笑しているようにも見えて……不思議と三島の印象に残る。
「……会ったのか? 俺にとって……そしてあんたにとっても、『最大の不安要素』の一つである、あいつに」
「直接は会っていない。しかし、紫の石を持つ青年とは会ったからね」
 「世界の終わり」や「運命の輪」と言った言葉の意味は分からないが、恐らくは何かの暗号なのだろう。少年が陸を「隠者」と呼び、陸が少年を「皇帝の下僕」と呼んだように。
「ご忠告、どうも。けど、一番俺が気をつけなきゃいけない相手は別にいるみたいだ」
「……『世界』。もう一つの『最大の不安要素』か」
「そう言う事。俺に言わせりゃ、あいつの方が性質悪い」
 それだけ返すと、今度こそ少年は扉の外へ歩き出し……まるで存在その物が幻だったかのように、その痕跡を完全に消し去った。
 ゆらりと、陽炎だけ残して。

 何故こんなにも、ディケイドに対して憎しみを抱いているのか。そして、その理由が思い出せないのは何故なのか。
 心の片隅でそんな疑問を抱きながらも、織田大道は前に並び立つ四人の戦士に対する殺意を顕わにする。
 それに反応するかのように、周囲の「殻」から、大道が属する組織「SHADE」の改造実験体に似た生物が這い出すのが視界の端に入るが、彼はそれを不思議に思う事もなく、その場でただニタリと笑う。
 きっと周囲の生物は、徳川が用意した「駒」に違いない。
「徳川? どこのどいつか知らないが、そんな奴もSHADEとやらにも、狙われる心当たりはない……多分」
「多分かよ!」
 心底不思議そうに言う士に、加賀美が思わずツッコミを入れる。
 そのやり取りも、気に入らない。この上なく気に入らないのに、自然と嫌な笑みが浮くのは、癖のような物かもしれない。
「さて。それじゃぁ……プレイボールっ!」
 高らかな大道の宣言と共に、大道の周囲に群がっていた「駒」……ワームが、一斉に四人めがけて飛び掛る。
 だが、彼らは別段慌てた様子も見せずにワームと対峙すると、各々が手持ちの武器や拳で応戦し始めた。
「ワームがあの男に従っていると言う事は、奴がこの隕石の『責任者』か?」
「それは分りません。でも……少なくとも、普通とは言えないと思います」
 橘の不審げな声に、加賀美もまた、己の双剣を走らせながら、不審その物の声で返す。
 加賀美の後ろでは、背中合わせになる格好で五代がワームを蹴散らしており、士も橘の横に並んで相手を撃ち抜いていく。
 しかし減らした数と同じだけ、周囲の卵からはワームが孵化。先程まで行っていた隕石破壊の影響で狭くなった空間を埋めるように、サナギ態の薄緑が視界を埋める。
「くそっ。限がねぇ!」
「おまけにこれだけ狭いと、身動きもとり難いですしね」
 士の悪態に溜息混じりに答えつつ、五代は再び襲い来るワームを殴り飛ばし、その感触に仮面の下で顔を顰める。
 勿論、ワーム特有の硬い感触が気色悪く感じると言うのもあるだろう。だが……やはり五代の心の中では、どんな相手であれ拳を使うのは気が引けるのだろう。
 そんな五代の心の内に気付いているのか、加賀美は出来る限り五代の方へワームが向かわぬよう、必死に相手を斬り裂いていく。
「なかなか粘るじゃないか。だが、そう簡単に俺から三振を取れると思うなよ?」
 この「有利な物量作戦」に興奮したのだろうか。鼻息荒く、そして心底楽しげにそう言葉を放つと、大道の姿が……歪んだ。
 胸部には髑髏のような模様。頭の両脇から突き出る、昆虫の足を連想させる触覚。銅色の躯体を持つその姿は、脱皮したワームその物。その姿は、アブラムシの類だろうか。
「ワームの擬態か!?」
「擬態だと? この姿は我がSHADEが誇る肉体改造の賜物! 裏切り者のナンバーファイブは、俺をフィロキセラと呼んでいたなぁっ!」
 諸手を広げ、陶酔しきった声を張り上げる大道フィロキセラ。その瞬間、ワームの群れの隙間から彼の首からかかる「紫の欠片」が揺れているのが見えた。
――あの欠片……小野寺さん達と一緒に、〇号と戦った時の物と同じ……!?――
 声には出さず、五代はもう一度その欠片を見て確信する。それがやはり、ダグバ、ガミオが身に着けていた物と同じ、「核」のような物であると。
 ただし、あの時に見た物と違い、欠片は淡く光っており、その光の明滅に呼応するかのようにワーム達が動いている。
――じゃあ、あの時と同じように、あの石を砕けば……!――
 この状況を、打破できるかもしれない。
 そんな考えを抱くが、五代は今、素手の状態。「赤の金のクウガライジングマイティ」のままでは、相手を退かした側から行く手を塞ぐ為、フィロキセラの元まで辿り着く事すらできない。
 「凄まじき戦士アルティメット」になればある意味簡単に群れなすワームを払えるだろうが、それをやるにはこの空間はあまりにも狭い。下手をすると側にいる加賀美や、少し離れた場所にいる橘と士にまで影響を及ぼす可能性が高い。
 出来る事なら腕力面で他フォームより多少優位な「紫」で行きたいが、いかんせんその姿に変わるにしても、何か「切り裂く物」が欲しい訳で……
 そんな風に悩む五代の視界の端に。
 加賀美が持つ、「二振りの剣ダブルカリバー」が映った。
「……加賀美さん! 剣の片方、借りても良いですか?」
「え? あ、はいどうぞ。でも、何を……」
 急に声をかけたせいか、驚いたように返す加賀美。それでもこちらの願い通りガタックダブルカリバーの一方を差し出す彼に、感謝の意を込めて五代はサムズアップを返し……
「行きますよ……超変身!」
 その宣言と共に、五代の姿が「紫の金のクウガ」……即ちライジングタイタンフォームへと変じ、更に彼の「変身」から伝播するように、加賀美から受け取った剣が分解、再構築され、ライジングタイタンソードへと変化した。
 先程ワームに襲われた際、士のライドブッカーを使って「緑」になったのと同じような手段を用いたのだ。
 それに気付くと、加賀美は仮面の下で不敵に笑い、側に来たワームを切り裂きながら五代に向かって声をかけた。
「五代さん、俺も手伝います」
「お願いします、加賀美さん」
 互いに短く言葉を交わすと同時に、真っ直ぐにフィロキセラへ向かって突き進む。
 強化された防御力を生かしてワームの壁を突き進む五代と、クロックアップして彼を援護する加賀美。
 そして、そんな彼らの行動に気付いたらしい。橘と士も、仮面の下で不敵に笑う。
「俺達で新と五代を援護するぞ、門矢」
「……成程な、大体分った」
『RAPID』
『FIRE』
『ATTACK RIDE BLAST』
 周囲の敵を撃ち抜きつつ、更に五代達に群がろうと目論むワームも撃ち抜く。
 四人のライダーの連携技が、いつの間にかフィロキセラまでの道を作り上げていた。
「な……馬鹿な!?」
 まさか「道」が出来るとは思っていなかったのだろう。フィロキセラの声が上擦り、慌てて戦闘態勢に入る。
 だが、それも虚しい抵抗に過ぎないらしい。五代の持つ剣に深く左肩を薙がれ、その身の内にクウガの持つ封印エネルギーが注ぎ込まれる。
 その影響からなのか、フィロキセラの体内に留まりきれなくなったエネルギーが、逃げ場を求めて体外に向かって幾度となく小さく爆ぜる。その余波で、首からぶら下がっていた欠片が澄んだ音と共に砕け散り、宇宙の塵となって消えた。
 欠片と言うコントローラーを失ったせいか、それまで統率が取れていたワームの動きが一斉に静止。糸の切れた人形のように、その場にガクリと崩れ落ち、そのまま再び眠りに就いてしまう。
「そんな、馬鹿な!? ツーアウト満塁で逆転するのは俺のはずだ!? こんな……こんな、こんな、こんなっ!」
「残念だったな! この回、攻撃は俺達だ。そしてこの星は……地球は俺達のホームだ! ここで勝ち越す!」
『One, Two, Three』
「ライダーキック!」
『Rider Kick』
 タキオン粒子を纏った加賀美の足が、五代が切り裂いた左肩に直撃し、フィロキセラはその体内に注がれた膨大なエネルギーを抑えきれなくなった事を自覚する。
 ……同時に、自分が先程まで持っていた「欠片」に、良いように操られていた事も。
――操られている事に気付かず、己の意思で動いていると思い込んでいる……か――
「ふ……ハハハハハハッ! そうか、俺も所詮は……」
 思い出すのは地上で会った男の言葉。そしてその次の瞬間に見えたのは、彼が忌むべき裏切り者と、敬愛する隻眼の男。それらが互いに剣を……そして拳を交え、争っている姿。
 自分にとって、唯一不可侵の存在。今際の際の幻の中で、冷たく見下す視線が、妙に懐かしい。
「偉大なるSHADEに……栄光あれぇぇぇぇぇっ!」
 その声と共に、織田大道と言う名の改造人間は、凄絶な笑みと共に、その存在を消したのであった。

『Hyper Cast Off』
 カブトが、コーカサスから奪ったハイパーゼクターを装着し、その真の力……ハイパーキャストオフを発動させたのは、新を乗せた脱出ポットがゼロライナーの脇を通り過ぎた瞬間だった。
 電子音と共に、カブトの角はひと回り程大きくなり、銀の追加装甲がその体を覆う。マスクドフォームからライダーフォームへのキャストオフとは異なり、装甲が「追加」されたと言う事は……恐らく、装着者への負荷をより軽減させるためなのだろう、とハナは勝手に考えていた。
『Change Hyper Beetle』
 電子音が告げると、ハイパーカブトと呼ぶべき彼は、躊躇する事なく宇宙空間へと赴いていく。
「あの姿、宇宙での活動が出来るの!?」
「うん。そもそも、この歴史のマスクドライダーシステムは、最初から対宇宙戦も考えて作られた物だからね。ハイパーカブトになったのは、多分、普通のカブトではハイパーキャストオフに装甲が耐えられないからだ」
 一人で驚いたつもりだったのに、いつの間にやら運転席から出てきたらしい玄金が、ハナの言葉ににこやかに返す。
 隕石の減速とやらを、どういう方法で行っていたのかはわからないが、その額にはびっしりと玉の汗が浮き、笑顔もどこか弱々しいように見える。
「あんた……大丈夫なの?」
「あ、ここまで来たら減速しても変わらないから」
「隕石の事じゃなくて、あんた自身の事よ。顔色、悪いけど……」
 自分の問いを、「仕事しろ」と捕らえたらしい玄金に、心底心配そうにハナは言葉を紡ぐ。
 自分の体調も分からないほど、目の前の男も愚かではあるまい。だが、彼は心配無用と言わんばかりに微笑みを向けると、軽く彼女の頭を撫で、残る一方の掌で自身の顔を覆い隠しながら、言葉を返す。
「僕も多少は無茶をしないとね。それでなくても色々とサボってるし、この辺できちんと仕事しないと」
 顔を隠している事と、頭を撫でる手がさりげなく玄金を見るのを遮っているせいで、声からしか相手の様子が分らない。
 ただ、小刻みに震える手の感触と、嘆息混じりに落とされた声から、自分が思う以上に辛いのではないかと思えた。
 それでも……彼は、彼の言う「仕事」を全うせんとしているのだろう。大きく息を吐き出すと、すぐさまいつもと同じ表情を作り、ハナの顔を覗き込んだ。
 先程まで見えていた疲労の色は、もう見えない。本当に回復したとは思えないので、恐らくは上手く隠しているのだろう。分っていても、彼が疲れている事を忘れそうになるくらい、その笑顔は妙に綺麗だった。
「さあ、そろそろこの歴史の終焉だ。彼らが巻き込まれる前に……回収してあげないとね」
「彼らって、加賀美さん達の事?」
「そう。もう充分小さくなったし、これ以上破壊されると、それはそれで困るんだ。……歴史が、狂う」
 玄金が、そう言葉を発した瞬間。ゼロライナーは戦闘用車両であるドリルを展開し、一気に隕石に向かって突っ込み、車体の一部を隕石内に滑り込ませる。
 その衝撃で、中にいた彼らも気付いたのだろう。即座に列車の中に乗り込み、再びゼロライナーは漆黒の空間で身をくねらせ、踊る。
「おいハガネ、もう良いのか?」
「うん。ワームの……いや、『ネイティブの』揺り篭は、この歴史の総司君に、任せるべきだよ」
「……え?」
 さらりと落とされた発言に、彼らはきょとんとした表情を返すだけであった。
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