明瞭な夢、曖昧な現実

【その20:とまどう ―投影―】

 薄い殻の中で眠るワームごと、容赦なく隕石を破壊しながら、加賀美はふと無言で弾丸を放ち続ける橘の方に目を向けた。
 自分もそうだが、橘の攻撃にはそれ以上に躊躇がない。まるで、ワームと何か別の物……憎んでやまない存在を、重ねているように。
「人間の歴史を、終わらせる訳には行かない。新、僅かで良い。その岩盤に亀裂を入れてくれ」
「あ、はい。ライダーカッティング」
『Rider Cutting』
 橘の指示で我に返った加賀美は、言われるまま彼の指し示した場所をガタックの武器、ガタックダブルカリバーで、その場にあった岩壁を切り裂く。
 乗り込んだ場所とは異なり、彼らのいるここは、随分と固い鉱物でできているらしく、生半可な攻撃では傷一つ付けられない。それこそ必殺技クラスの攻撃を使わなければならなかった。
 ガタックの必殺技の一つであるライダーカッティングを用いても、本当に僅かな……それこそ4、5センチ程度の切れ目しか入らない。
 しかし、橘にとってはそれで充分だったらしい。正確にその切れ目に狙いをつけると、彼は醒銃ギャレンラウザーにラウズカードを読み込ませる。使用するカードはダイヤの2と8、封印されているのはアルマジロの祖であるアルマジロアンデッドと、蝙蝠の祖であるバッドアンデッド。その効果は……
『BULLET』
『SCOPE』
 バレット。ギャレンラウザーの弾丸の威力を強化させるカード。
 そしてスコープ。狙いを定めるのに使用する、ある意味補助の意味合いの強いカード。普段あまり使わないカードだが、今回ばかりは重宝した。
 「スコープ」によって完璧な狙いを定められ、「バレット」によって強化された弾丸は、加賀美のつけた傷から岩壁の内側に潜り込み、この近辺の岩壁の中で最も脆弱な一点を破壊し、付近の隕石を崩壊させた。
 ……通常、岩壁の「弱点」とも言うべきそのポイントを見抜く事など不可能に近いのだが……そこは長年の経験と勘からか、橘は正確にそれを見抜き、そして的確にその隕石を縮小させていっていた。
「……あの、橘さん」
「何だ、新」
「……橘さんは、『シブヤ隕石』を……どうしたいと思いますか?」
 唐突にかけられた問いに、一瞬橘の言葉が詰まる。
 どうしたいも何も、破壊すべきだと思っている。だから、今こうやって、問うて来た相手と共に、破壊活動に勤しんでいるのではないか。
「あ、勿論、『今』は壊すべきだと思ってます。だけど、俺達の世界……元の世界に戻った時、俺達はシブヤ隕石が『あった』か『無かった』か……決めなきゃ、いけないんですよね」
 そうだった。
 確か玄金は、自分達を連れ出した理由をこう言っていたではないか。
 ……「シブヤ隕石」をどうするかを決めて欲しい、と。色々ありすぎて忘れがちになっていたが、判断材料を得るために、わざわざ「異世界」とやらに赴いてまで、戦っているのだった。
 この世界に関しては、予定外の出来事だったらしいが……図らずも、「シブヤ隕石があった場合の、最悪の状況」を見る事ができた。
 もしも、シブヤ隕石など「無かった」事になったならば、ここにいる加賀美新は、仮面ライダーになる事などなく、人並みの人生を送る事が出来ただろう。
 逆に、シブヤ隕石が「あった」のならば……橘は、「ギャレン」になっていたのだろうか。自分だけならまだ良い。だが、問題は彼のかつての仲間達だ。
 アンデッドが解放されなかった場合、自分がギャレンにならないばかりか、彼の仲間……上城睦月は普通の学生生活を送っていただろうし、相川始ことジョーカーは未だラウズカードの眠りの中。そして、戦いの果てにジョーカーと化してしまった剣崎一真は……きっと、人を守るため、今でも戦っていただろう。……「人間」として。
 それを思うと、何とも言えない思いが彼の胸を過ぎった。
 シブヤ隕石を存在させたなら、剣崎は人間のままだが「始」と言う存在は消えてしまう。
 だが一方で存在させない……自分の知るままの歴史に決定付けたのなら、その時は剣崎が人間でなくなる。
 シブヤ隕石とはほぼ無関係の橘一人でもそれだけの影響が出るのだ。密接に関係している加賀美にとって、今回の「決断」如何では、彼の「それまで」が大きく変わってしまうだろう。
「……俺は、無かった事にしても良いと思うんです。あっても、悲しむ人が増えるだけですし」
「今のようにか?」
「今は極端な例ですけど……でも、シブヤ隕石のせいで亡くなった人がいるのは確かです。ひよりの両親や……俺の弟とか」
 仮面の下で、加賀美が悲しげに言った刹那。彼の脇を、エネルギーの銃弾がかすめた。
「へ?」
 間の抜けた声を上げると同時に、その銃弾の出所を探るべく振り向く。そしてその出所は……
「門矢、いきなり何を!?」
「それに、五代さんも!? 何で?」
 銃弾の主、ディケイドと、その横には赤の金のクウガ。
 その二人は僅かに肩で笑うと、訝る橘と加賀美に向かって再び攻撃を仕掛けてきたのであった。

『Maximum Rider Power』
 黄金のライダーが天道に止めを刺すべく、その力を足に集中させている。
 止めたいのに、体に力が入らない。
 ダメだ……このままじゃ、やられちまう。俺も……天道も。それはダメだ、きっとひよりが天国で悲しむ。
「ライダー、キック」
『Rider Kick』
 電子音の無情な宣言。そして相手の足が、天道目掛けて振り上げられた。
 ……おかしいな、クロックアップもしてないのに……何でこんなに、相手の動きがスローに見えるんだ?
――あなたに、会えて……良かった――
 ……ひより?
 彼女の最期の言葉が、俺の頭にこだます。
 ああ……俺も、お前に会えて、良かった。幸せだった。この「幸せ」の記憶は、きっと誰も擬態できないし、されたくもない。
 この記憶は……この想いだけは、俺の物だ。だから……
「うおおおおぉぉぉぉっ!」
 自分でも不思議に思う。俺のどこに、こんな力が残ってたんだろう、と。
 ……なあひより、お前が力を貸してくれたのか?
 相手のキックが天道に極まる直前、俺は相手との距離を一息で詰めて、振り上げられた足を両腕でしっかりと抱え込む。
 けど……流石に、キツイか。何しろ天道を……カブトを倒すつもりの一撃だ。もっと言えば、ハイパーゼクターの力もある。纏った力は半端じゃない。
 その力を、天道の代わりに受けているようなものだ、そりゃあキツイに決まってるか。
 押さえ込んでいる間に、天道は黄金のライダーから、銀色のプラスパーツをもぎ取り、相手を自身の後ろ……船外排出口へと押し入れ、そのまま容赦なく相手を宇宙に放り出す。
 ……ハハ、最強の仮面ライダーの割には、随分と呆気ない終わりじゃないか。
 声に出して笑いたかったが、流石にダメージが大きすぎてそれも出来ない。と言うか、指一本動かないんじゃないか、これ。ガタックゼクターも壊れちまったし。
 一応生きてはいるみたいだけど……生身のままじゃ、地球には帰れないよなぁ。
 思った俺の体を、天道が抱え、緊急脱出艇へ向けて運ぶ。
 天道、お前だって傷だらけで、俺を運ぶのなんて辛いはずだろ?
「何をする……?」
 俺の渾身の力を込めた問いにも答えず、あいつは黙ったまま、俺を脱出艇の中に放り込み……そのまま地球に向かって脱出艇を発射させた。
 ……自分はミサイルの中に残ったまま。
 どうするつもりなんだと問いかけたかったが……それよりも、俺は気になる物を視界に捕らえてしまった。
 隕石に取り付くように動き回る、細長いそれ。
 宇宙空間において、目を凝らさなければ見えないような黒い色をした……
「あれは……列車……?」
 呟いた瞬間、俺の視界を……黄金のライダーが、塞いだ。

「門矢、五代! いきなり何をする!?」
 襲い掛かってくるディケイドとクウガを相手にしながら、橘達はその攻撃をかわしながら、戸惑うように彼は声をかける。
 その中で、加賀美だけは……その二人の醸し出す妙な気配を感じ取っていた。
 それはある意味、戦い続けてきた者特有の、勘のようなものかもしれない。
「橘さん、ひょっとしてこいつら、ワームの擬態なんじゃ!?」
「何?」
 加賀美の言葉に、橘は改めて目の前にいる二人を見やる。
 寸分違わず、門矢士と五代雄介が変身していた仮面ライダーの姿だ。違和感があるとすれば、先程から一言も発していない事だろうか。
 よくもここまで同じ姿になれるものだと感心すると同時に、橘の背に冷たい物が走る。
 この世界に来てから彼が見たワームは、ただの怪人の姿の物だけだった。故に、ワームの擬態と言うのを始めて目の当たりにするのだ。こんな物が地球に現れれば、確かに混乱が生じるだろう。疑心暗鬼を呼び、人間は勝手に自滅する。
 ……以前、天王路と言う欲望に塗れた男が生み出した存在……ティターンと呼ばれるそれが、自分の仲間に成りすまし、互いに争わせたように。
「……余計に、この隕石を認められなくなってきたな」
 橘はそう小さく呟くと、今までの躊躇いを捨て、ギャレンラウザーにカードを読み込ませる。
『BULLET』
『FIRE』
 弾丸強化のバレットのカードと、それにファイアーによる火力の強化を加え、炎の弾丸を三連射。一発はクウガに、一発はディケイドに、そして残りの一発を岩壁に撃ち込むと、それに続くように加賀美がガタックダブルカリバーで相手に向かって切りかかる。
 だが、加賀美のその刃をディケイドが受け止め、無言のままその攻撃をはじき返した。
「くそっ! ライダーその物に擬態できるなんて話、初めて聞くぞ!」
「何?」
「今まで俺が見てきた奴は、ライダーの資格者に擬態する事はあっても、ライダーその物に擬態する事はありませんでした」
 そう……加賀美の記憶にあるワームは、基本的に人間に擬態し、その上でZECTのマスクドライダーシステムを用いて変身、と言う手段を取る事が多かった。だが少なくとも今は、仮面ライダーその物に擬態している……そのように見えた。
 この世界のワームが特殊なのか、それとも自分が今まで出会ってきたワームがその実力を隠していたのかは定かではないが……どちらにしろ、倒すべき相手が目の前にいる事には変わりない。
「橘さん、ここは短期決戦で行きましょう」
「ああ、分かった」
 加賀美の言葉に小さく頷くと、橘は二枚のカードをラウズアブゾーバーと呼ばれる、腕につけていたプラスパーツの方に読み込ませた。
 使用カードはダイヤのクイーンとジャック。その効果は……
『ABSORB QUEEN』
『FUSION JACK』
 電子音が告げると共に、橘の……ギャレンの姿が変わる。胸部の装甲と仮面の色が銀から金に変わり、背には孔雀を思わせる羽根のような物が生えた。
 ……ギャレンのもう一つの姿。ジャックフォームと呼ばれる、強化された姿に変わると、彼は躊躇う事なくギャレンラウザーにカードを3枚読み込ませる。
『BULLET』
『RAPID』
『FIRE』
『BURNING SHOOT』
 読み込まれたカードの組み合わせにより、火炎を纏った高速の弾丸……「バーニングショット」が発動、橘は宙を舞い、上空からのその弾丸をディケイドとクウガに向かって放った。
 その弾丸の速さに、流石にまずいと感じたのか、相手はその擬態を解き、クロックアップでそれを回避する物の……遅かった。
 既にそこには加賀美がおり、タキオン粒子がその足にチャージされている。そして……
「ライダーキック!」
『Rider Kick』
 とび蹴りの要領で、加賀美はディケイドに擬態していたワームにその攻撃を当てる。
 必殺のキックを喰らったワームは、一瞬大きくのけぞると、すぐに緑色の爆炎を上げてその場で散る。
 しかしクウガに擬態していた方は間一髪で加賀美の攻撃をかわし、逃げの体勢に入ったまさにその瞬間。その胸が、光の矢によって貫かれていた。
「……え!?」
 頓狂な声を上げ、矢の出所を確認すると……そこにいたのは、ボウガンのような武器を構え、サムズアップしていた緑色のクウガと、呆れたように肩をすくめるディケイドの姿。
『Clock Over』
 クロックアップの世界から戻ってきた加賀美を出迎えたその二人は、軽い溜息と共に周囲を軽く見回し……
「やれやれ。そっちにも擬態したワームが出てきたか」
「門矢……本物か?」
「本物ですよ。玄金さんから預かったカードもあります」
 ほらね、と言いながら、緑色のクウガ……五代が見せたのは、確かに先程玄金から渡されたラウズカード。淡く光り、彼らを無重力から守るそれだった。
 それに、よく見ると彼らの周囲には、自分達と同じように薄紫の粒子が取り巻いている。
「俺達が見かけたワームは、お前らに擬態していた。ま、このカードを持っていなかったから、すぐに偽者って分かったんだがな」
「その前から門矢さんは、『大体分かった』とか言って攻撃してましたけどね」
「結果オーライって奴だ。……どうでも良いが、早く俺のライドブッカーを返せ」
「あ、すみません。どうもありがとうございました」
 緑から赤の、見慣れたクウガの姿に戻ると同時に、五代の手にあったボウガンも、その姿を変える。
 ……それは、士のライドブッカーガンモード。どうやら手元にあった「撃ち抜く物」がこれだったらしい。
「それにしても良かったです。二人とも無事で」
 仮面の下でにっこり笑いながら、五代がそう言ったその時だった。
 近くの岩壁が、ビシリと音を立て……血走った目で見つめる一人の男が、こちらに近付いてきたのは。
 それも生身で。当然、「その辺の一般人」ではないだろう。
 顔には額から顎にかけて斜めに入った大きな傷があり、着ている迷彩柄の服から自衛官と言う職業を連想させる。しかし、その身から放たれる邪悪な気配は、自衛官と言うよりもテロリストに近い。
「ククク……ようやく見つけたぞ……」
「な、なんだこいつ……!?」
 ゆらりと近寄ってくる相手に、思わず加賀美の声が上擦る。
 ここにいると言う事は、相手もワームなのだろうか。仮にそうなのだとしたら、相手は一体「誰に」擬態しているというのか。
「はじめまして、と言うべきかなぁ、三人の鍬形クウガ? それからディケェェェイド! お前は久し振りに見るなぁ……」
「奴を知ってるのか、門矢?」
「……いいや。悪いが、覚えてない。お前とどこかで会った事があったか?」
 橘の言葉に、士は静かに首を横に振る。
 士の記憶には曖昧な部分があるとは言え、これだけ特徴的な男なら流石に覚えているはずだ。顔にあれだけ大きな傷のある男など、そうそうお目にかかる物でもない。
「クックックック……そうか、覚えていないか……なら! 改めて自己紹介と行こう。俺は織田大道。偉大なるSHADEと、その創始者である徳川静山に絶対の忠誠を誓う戦士! 四番バッターナンバーフォー!」
 声を張り上げ、織田大道と名乗った男は、完全に陶酔しきった声で宣言する。あたかも「ナンバーフォー」である事が己の誇りであるとでも言いたげに。
 そして……彼はニタリと笑って士達を見やると、己の胸元に手をあて、さらに言葉を続けた。
「貴様らを……『徳川静山の命』により、マウンドに沈めに来てやった。『願いましては死んで下さい』……って所かなぁ?」
 と。
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