明瞭な夢、曖昧な現実

【その19:てらう ―転機―】

 人気のない砂漠の真ん中。風に吹き上げられる砂など気にしないように、一人の少年がそこで楽しそうに笑いながら高々と手の中にある石を天に向かって掲げ、ぴょんと飛び上がる。
「二つ目ゲット」
 口元にどこか悪戯っぽい笑みを浮かべるその様は、まるで欲しかった玩具を買ってもらったようにも見える。
「いやぁ、この世界にあいつら諸共飛ばされた時は、流石に焦ったけど……結果オーライって感じか? 終の行き場が次の往き場なら良いんだけどなー、俺としても」
「何故だ!? 何故死なん!?」
 服を自身の血塗れにしておきながら、それでも平然とした表情で立つ少年……朱杖を見て、彼から少し離れた場所に立っていた豹……と言うよりもサーベルタイガーを連想させる異形は、上擦った声でそう言った。
 何度となく、致命傷を負わせた。口に出すのもおぞましい方法で、確かにあの少年を八つ裂きにしたはずだ。
 それなのに目の前の少年は、転がり落ちた自分の首を拾い上げ、本来の位置にくっつけて……にんまりと邪悪に笑っている。
 ……人間ではない事くらい、最初に傷を負わせた時に気付いていた。
 血の色が、人間のそれとは違っていたから。
「緑色の……しかも濁った色の血液を持つ生物など、聞いた事がない! いや、仮に存在するとしても……首を刎ねられ、心臓まで刺し貫かれて、生きていられるはずがない!」
「へぇ? 悪の秘密結社ゴルゴム。その大神官サマでも、俺達の事は分からないか。あ、今は俺が『海の石』を奪っちゃったから、ただの大怪人だっけ?」
 朱杖はにやりと笑いながらそう言うと、サーベルタイガーの異形……大神官バラオムに向かって、その間合いを詰めるように駆け出した。
 その行動に警戒したのか、それとも未知なる存在への恐怖からか。
 バラオムは俊敏な動きで後ろへと飛び退り、朱杖との距離を開ける。殺しても死なない、そんな化物相手に、どう戦うか……思考を巡らせながらも、バラオムはただひたすら彼に捕まらないように逃げ回るが……
「遅い遅い」
 いっそう笑みを深くした少年の顔が、間近にまで迫ったと理解した瞬間。胸部に痛烈なキックが炸裂し、バラオムの体は砂の中に半ば埋もれるように叩きつけられた。
「がはっ!」
「あれ? もうおネンネ? 早くね? ビシュムのババァですら、もうちょっと長持ちしたぜ?」
 少年の顔が、残虐に歪む。
 ……バラオム達「大神官」は、三万年前にその座を、それぞれが持つ「石」と共に引き継いだ、ゴルゴムの中でもエリート中のエリート。
 それをこんな子供に虚仮にされるなど……屈辱以外の何者でもない。
 一瞬の内にバラオムの頭には血が上り、カッとその目を見開き、跳ね上がるようにして起き上がる。
 その様子に、少年は感心したような拍手を送るが、それすらも癪に障る。
「おのれ……ぅおのれぇぇぇっ!」
「あーもう、うるせぇなぁ、バラオムの旦那。猫は黙って木から飛び降りてりゃ良いんだよ」
「サーベルタイガーだ!」
「あっそ」
 バラオムの正体など興味ないかのように、朱杖はつまらなそうな顔で短く言葉を返す。
 彼は、わかっていて挑発している。普段のバラオムならそんな安い挑発に乗るような事はないのだが、今ばかりは違った。
 子供の姿をした者に馬鹿にされたと言うのも多分にあるが、それ以上に……恐怖していたのだ。殺しても死なない……得体の知れない、目の前の存在に。
 バラオム本人は、間違いなくそんな事を認めないだろうが。
「三万年……三万年生きたこの俺の力……たっぷりと味あわせてやるぞ、小僧!」
「三万年? まだまだ甘いぜ、ガキが」
 鼻で笑う少年の姿をしたそれが。底冷えする声で、言葉を放った。
 こちらに送る視線は蔑みしかなく、その言葉には生きてきた年数に裏打ちされた自信のようなものを感じる。
 ……自分が生きた三万年など、取るに足りぬと言いたげな雰囲気が、バラオムの本能に警報を鳴らす。
 逃げろ、関わるなと。
 しかし、それはバラオムの大神官……「ゴルゴムの幹部」としてのプライドが許さない。
 本能と自尊心の鬩ぎ合いの中、バラオムには目の前の少年を睨みつける事しか出来なかった。
「こちとら何十回……いや何百回も歴史を見てるんだ。たかだか一回の歴史の、三万年ぽっち、あっという間なんだってぇの!」
 嘲るように言った瞬間。ゆらりと、朱杖の周りの景色が歪んだ。それが、陽炎だと気付くのに、そう時間は必要なかった。何しろ……彼の体から、とんでもない熱量を肌で感じる事が出来るのだから。
「『太陽』の直接の配下なのか、それとも『世界』の配下なのかは知らないが……もう良いや。死んで」
 その言葉は、サーベルタイガーの異形……大神官バラオムにとって、無慈悲な死刑宣告であった。

 隕石内部。
 そこに到着した加賀美達が見た物は……「ワームの揺り篭」と呼ぶに相応しい、おびただしい数のワームの卵であった。
――確かに、こんな物が落下したら、人類はワームによって、完全に殲滅される――
 妙に納得すると同時に、焦りにも似た感情が、ライダー達の胸の内を占める。
「……全員で固まって壊すよりは、二人ずつに分かれた方が良さそうですね」
「そうだな。なら……新と俺はあちらに向かう。五代と門矢は、この辺りで破壊作業に入ってくれ」
 五代の提案に頷きながら、テキパキと橘が指示する。時間がそれ程ないであろう事は玄金の言葉からも察せられるので、全員その指示に文句も言わず従い、二手に分かれて縮小作業を開始した。
「やれやれ。何だってこんな物を呼び込もうと思ったんだか」
「うーん……何でですかねぇ……」
 半ば呆れたような口調で言った士に、五代も心底不思議そうに言葉を返す。
 士はライドブッカーガンモードを連射してワームを撃ち抜きながら、そして五代はライジングマイティフォームで、士が撃ち抜いて脆くなった岩盤を殴りつけて僅かずつではあるが隕石を破壊していく。
 撃ち抜かれたワーム達は破壊された欠片に乗って永遠に宇宙を彷徨う星屑となり、次々にその場から消え逝く。
――こいつらも、来たくてここに来た訳じゃないのにな――
 心の中で思いつつも、士はその銃弾を止めない。
 止めてしまえば、この世界は崩壊するからだ。崩壊させようとする意志を持った者が、この世界にいたとしても……それは人類の総意ではない。
――どうせ滅びるのであれば、人類はワームの中で生きて行くしかない――
 玄金が代弁していた言葉が、士と五代の脳裏を過ぎる。
 恐らく、この世界は放っておいても、いずれ滅びてしまうだろう。どこへ行っても水のない、乾いた世界なのだ。
 ……人も乾いてしまう事が、手に取るようにわかる。……その体だけでなく、心まで。
 ならば宇宙からの侵略者……いや、「来客」に全てを委ね、彼らの中で記憶だけ生きていくと言う考えに至るのも、分からなくはないのだが……
「天空の梯子計画……何で見た目通りの計画を遂行しなかったんでしょうね」
「さあな。最初から諦めていたんだろ……ってどこにいるんだ、お前」
 降って来る声を不審に思い、ひょいと岩壁を見上げた瞬間。士の目に入ったのは、やや上方の岩壁に取り付きながら、正確に岩の部分だけを殴り砕いている五代の姿だった。
 そんな彼に思わずツッコミを入れた士に、五代はすとんとその前に降り立ち……仮面の下で、にこやかな笑顔を作りながら、彼に向かって言葉を返した。
「いや、何かこう……『登ってくれ』って感じの岩肌だったんで、つい」
「『つい』で登るな。大体、それ程重力はないんだから、登らなくても簡単に行けるだろ」
「それじゃあ、つまらないじゃないですか。冒険家としては、ロッククライミングで登るのがベストです」
 サムズアップと共に力説され、士は軽い頭痛を覚える。
 ……いつか、電王のアタックライドのカードを使った時のような、そんな軽い頭痛を。
 この非常時に、そこまで余裕を持てるのは、正直賞賛に値する。同じ「クウガ」でも、ユウスケとは心のゆとりが違うのだと、改めて思う。
 軽く溜息を吐き、もう一度ライドブッカーを構えたその時。その射線上に、二つの人影が立ち塞がった。
「あれ? 橘さんと加賀美さん?」
「どうした、向こうで壊していたんじゃなかったのか?」
 そう。姿を見せたのは、赤い鍬形であるギャレンと、青い鍬形であるガタック。
 不思議そうに首を傾げる五代と士に向かって、二人はゆっくりとその足を進めた。

 「ワームの揺り篭」を破壊するという名目で放たれたミサイル。
 だが、それが実際はワームの眠りを覚ます「気付け」の役割であると……泣きながら伝えてきた北斗修羅の言葉を信じ、天道と新は、並み居るワームを蹴散らしてそのミサイルの中に乗り込んだ。
 ……もはやZECT上層部は、ワームと手を組んだ事を、彼らに隠すつもりなどないらしい。
 絶望にも呆れにも似た感情を抱きながら、新は戦った。
 上層部……自分の父、加賀美陸を敵に回してでも、彼はこの「地球」を……人間を、守りたいと願った。
 だから、ここまで来た。ひよりの兄であり、天の道を往く男……天道総司と共に。
「出迎えは一人だけか」
 やや呆れたような……だがどこか緊張したような天道の声が響く。
 ミサイルの番人……最後の砦が、目の前に立っている。
 新も見た事のない、黄金の仮面ライダー。それが静かに、こちらを見つめ……次の瞬間、彼らの体を衝撃が襲う。
 次に知覚したのは、目の前にいたはずの黄金のライダーが、いつの間にか自分達の後ろにいた事、そして衝撃によって変身が解除され、壁に叩きつけられた時の痛み。
「がっ」
「ぐあっ!」
 青い薔薇の花弁が舞い散る中、気付けば天道と新は、白いマントを着た、体躯の良い男の姿を見止める。
 彼の名は黒崎一誠。黄金の仮面ライダー……コーカサスの資格者にして、最強のライダー。
 いつの間に変身を解いたのか……そもそも、変身を解く理由はどこにあるのか。こちらを見下しているとしか思えない。
 重力が低いせいか、薔薇の花弁はゆっくりと宙を舞い、彼らの戦いに彩を添えているようにすら見えた。
 傷だらけになりながらも、ゆっくりと身構える二人を前にしてもなお、黒崎は余裕の表情を崩さず、何の感慨も無さそうに持っていた薔薇を構え……
「私の薔薇に彩を加えましょう。裏切り者の赤い血と、屈辱の涙を!」
 その言葉が合図になったように、天道と新は呟くように宣言する。
 ……「変身」と。
 それに応えるように、黒崎もまた、空手の型のようなポーズをとり……堂々と、二人と同じ宣言をする。
 何処からか飛んできた黄金の甲虫に似たメカが、彼の手首に止まり、その体に黄金の鎧が装着される。
 最強の仮面ライダー、コーカサス。
 すれ違うようにして現れたカブトゼクターとガタックゼクターも、二人の手の中に納まり、ベルトへと装着される。
 最初から、本気で戦うつもりらしい。変身すると同時に、天道と新は防御に長けたマスクドフォームから、スピードに長けたライダーフォームへとその姿を変える。
 そうして、その戦いの火蓋は切って落とされた。
 先手必勝と言わんばかりに、天道と新の二人は、同時に腰の部分を軽く叩く。
『クロックアップ!』
『Clock Up』
 自分の周囲の時間の流れを遅くさせ、超高速で移動する特殊移動方法……クロックアップを発動させ、一気に決着をつける……つもりだったのだろう。
 しかし、次の瞬間、コーカサスも自らの腰にあるスイッチに触れ……
『Hyper Clock Up』
 普段彼らが聞く電子音より、幾分高い音が響く。
 そして、彼らの視界から標的が……消えた。
 馬鹿な、と驚くより先に最初の一撃同様、いつの間にか眼前に黄金のライダーがいた。直後、天道の体は見えぬ速さの拳によって吹き飛ばされ、続いて新も同じように吹き飛ばされる。
『Clock Over』
 二人の……いや、三人のクロックアップは解かれ、そこに立つのは黒崎のみ。
 天道と新は、その場によろめきながらも何とか立ち上がる程度であった。
「俺達のクロックアップより早いなんて……」
 信じられないと言わんばかりに、落とされた新の言葉に、再び黒崎はクロックアップの更に上、ハイパークロックアップの世界へと飛び込み、二人を一方的に叩きのめす。
 速さが違うだけではない。恐らく、実戦経験の差もあるだろうし、単純に力の差もあるのだろう。
 天道がぶつかった衝撃でどこかがショートしたのか、周囲はパチパチと火花が散り、新が叩きつけられた配管からは蒸気のようなものが漏れ出している。
 殴られたと知覚した次の瞬間には、まだ宙を舞う自分の体を別方向に殴り飛ばされ、ぶつかる直前にもまた殴られる。
 再び相手のクロックアップが切れた時、二人の体に蓄積されたダメージは予想以上に大きかった。
――何か、方法はないのか? 何か……――
 ぐるぐると考えながら、新が見つけたのは……重力発生装置。
 本来の目的としては、無重力状態で促進される細胞の自食作用を押さえるためのものだろう。
 藁にも縋る思いで、彼はその赤いレバーを一気に降ろす。
 ……今まで感じなかった「重さ」が一気に全員に襲い掛かり、宙を舞っていた花弁は床に落ち、倒れこんでいた二人は何かに押さえつけられているかのような感覚を覚える。そして黒崎もまた、僅かにだががくりと膝を崩しかける。
――やったか!?――
 淡い期待が新の頭をかすめるが……現実はそう甘くはない。
 黒崎は落ちかけた膝を再び伸ばすと、心底つまらなそうにポツリと声を落とす。
「重力装置など、つまらん……!」
 その言葉と同時に、この戦い三度目のハイパークロックアップ。そして再び容赦ない攻撃の嵐が、天道達を襲った。
「重力場など、私のハイパークロックアップは破れません」
 悠々と近付きながら言う黒崎を睨みつけながら……天道に至っては、その首を締め上げられながら、二人は必死に考えていた。
 ……どうすればこの男に勝てるのかを……

 ゼロライナーの客室に残され、落ち着かない様子で周囲を歩くハナ。
 隕石に向かって行った四人の仮面ライダーの事も気になるし、一人運転席に篭っている玄金の事も、違う意味で気になる。
 そして、目下気になっている事は……壁に映し出されている「この世界」のカブトとガタックのピンチだ。
 黄金の仮面ライダー、コーカサス。
 それが、一方的に二人を叩きのめしているのが分かる。
 カブトとガタックの動きも早すぎて見えないのだが、コーカサスはそれを上回る速さで動いているらしい。ハナにも見える速さになると、カブトとガタックが苦しげに喘いでいるのが分かる。
「どうするのよ、あんなの……!」
 銀色の仮面ライダーと戦っていた時から分かっていた事だったが……やはり、あの黄金のライダーの速さは群を抜いている。
 ありえないと思える程に。
 通常のクロックアップではついていく事など出来ず、重力を発生させても動きを完全に止められない。
 そんな存在相手に、一体どこまで戦えるというのだろう。
 焦りにも似た感情が彼女の胸を占める中、映し出されたコーカサスは悠然と言葉を紡ぐ。
「あなたの目的は最初から、このハイパーゼクターだったんですね」
 彼の腰に着く、銀色の機械。それを撫でるようにしながら、彼はカブトに向かって感情の篭らない声で言う。
 締め上げていたカブトを、放り捨てるようにして。
「これを奪う為にわざわざライダー同士を潰し合わせ、私が現れるのを待った。しかし無駄でしたね。ワームの卵を運ぶ揺り篭はもうすぐそこです」
「隕石は……眠れるワームを運ぶ揺り篭……!」
 解放され、まだ息苦しいであろうにも関わらず、カブトはそれでも諦めていないらしい。コーカサスに向かって殴りかかりながら、言葉を続けた。
「ミサイルは、眠りを覚ます、王子様のキスと言う訳だな……!」
「その通り。もうじき圧倒的な数のワームが人類を滅ぼします」
「お前は……それで良いのか!? 地球を、ワームに、奪われても……!」
「ワームであろうが人間であろうが関係ありません」
 カブトの問いに淡々と返されたコーカサスの言葉。
 その一言に、ハナは奇妙な違和感を覚えた。
 ……こういう時、人間なら……無意識のうちに、自分の種族を先に言うのではないのか。
 「人間であろうがワームであろうが」と言うならともかく、彼はワームを先にした。と言う事は、彼もワームであるのだろうか。それとも、単純に人間と言う種を諦めているだけか。
 今の一言だけでは完全に理解する事は不可能だが、ひょっとしたら……と言う考えが彼女の頭の隅に残る。
「薔薇が見つめてくれるのは、もっとも強く、最も美しい……私は、その為に戦うだけです。薔薇の花言葉は『愛』。愛と共に、散りたまえ!」
 考えている間にも、コーカサスはとどめを指す準備に取り掛かっていた。
 ハイパーゼクターと言うらしい、銀色のプラスパーツの角の部分を倒すと、低い電子音が画面から響く。
『Maximum Rider Power』
「ライダー、キック」
『Rider Kick』
 無情な宣言がその場に響き渡り、その足がカブト目掛けて振り上げられ……
「や……止めなさい!!」
 苦し紛れに放たれたハナの、悲鳴にも似た制止が、ゼロライナーの中にこだました。
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