明瞭な夢、曖昧な現実

【その17:ちからつきる ―中断―】

 呼び込んでしまった隕石によって崩壊していく宇宙ステーションを見つめながら、加賀美達は一瞬、我を忘れてその隕石に見入ってしまった。
 この世界の人間に、止めを刺す隕石。それを、食い止める術が果たしてあるのだろうかと、考え込みながら。
「皆、呆然と見てるところ悪いんだけど、この世界のライダー……最後の敵の紹介をしていいかな?」
「仮面ライダーが、最後の敵……ですか?」
 ゆっくりと玄金の方を振り返りつつ、五代は心底不思議そうな声で問いかける。
 仮面ライダーは、人を守る者ではないのか。それが敵とは一体どういう事なのだろう。
 ……いや、ライダーを擁するZECTの本音が、「ワームに擬態される事で、人類の記憶を引き継いでいく」と言うものであると知った今なら、それに同調するライダーがいてもおかしくはないのだろうが。
 そう考え直すと、真っ直ぐにこの列車のオーナーに視線を向け、その先を促すかのように五代は……そして橘達も小さく頷いた。知る覚悟が出来たのだ、と。
 それを見届けると、玄金はいつもの嘘くさい笑顔のまま、再び指を鳴らす。その意味が充分に理解できる程、繰り返された仕草ゆえ、彼らは黙って視線を玄金からゼロライナーの壁……正確にはそこに映し出された戦いに目を向けた。
 銀色の甲虫……織田の変身したヘラクスと、黄色の蜂……矢車が変身したザビーの戦闘が、苛烈さを増している所だった。
「まさか、矢車さんが最後の敵……?」
「いいや。彼はここでリタイアだ」
 加賀美の問いに答えるように玄金が呟いた瞬間。織田の持っているゼクトクナイガン・アックスモードが淡く光り……そのまま矢車の体を捕らえ、袈裟懸けに斬り裂いた。
 それが、致命傷になったのが見て取れる。
 矢車の変身は解除され、彼はその場に跪くと、何事か呟き……そのまま、がくりと項垂れるようにして、その命の灯火を消された。
「風間に続いて、矢車さんまで……」
 加賀美にとって、その二人は、元の世界で生きているのを知っている。
 そんな彼らの命が、こうもあっさりと散らされるのは……正直、見ていて辛い物があった。
「知人の死から目を反らすな、新」
 俯きかけた加賀美にそう声をかけたのは、橘。彼もまた、この悪趣味な上映会に苛立っているのか、渋い顔をしているが、それでも画面から目を反らす事はしていなかった。
「お前が目を背けたら、誰が連中の生き様を見届ける?」
「橘さん……」
 言われ、加賀美はその面を上げ、きつく拳を握り締めながらその画像を見る。
 いつの間にか銀色の仮面ライダーは、青いバラを持った、金色の甲虫を連想させる仮面ライダーと対峙していた。
 自分が見ていない間に何があったのかは知らないが、少なくとも、唐突にその金色の仮面ライダーは現れたように思えた。
 確か、ここに来た直後に、玄金に説明された気がする。
 滅多に表舞台に立たない、「黄金のライダー」。確かその名は……
「コーカサス……?」
「その通り。全ては一瞬より更に短い時間で終わる。……よく見ているといい」
 その顔を奇妙に歪め、玄金はどこか悲しそうな声でそう言った。ひょっとすると、この男もこの戦いを嘆いているのかもしれない。楽しんでいるような顔をしているが、本当はうまく感情を表現できないだけなのではないのかと……何故か、ハナにはそう思えた。
 だが今は玄金よりも映し出される映像の方が優先。視線をすぐに金と銀のライダーに移した刹那。
「え!?」
 その間の抜けた声は誰の物だっただろう。それは比喩抜きで一瞬の出来事だった。
 織田がゼクトクナイガンを振り上げた瞬間、それまで眼前にいたはずの相手は彼の後ろに立ち……織田の体は、斬られていた。
「何が……起きた!?」
「まさかあいつ…………ハイパークロックアップ!?」
 士の驚きの声に答えるように、加賀美はあからさまに驚いたような顔で叫ぶ。
 ハイパークロックアップ。通常のクロックアップの数十倍のスピードで活動できる、特殊な移動方法。確か、タイムスリップも出来たと記憶している。
 加賀美が知る限り、それを使えるのはハイパーゼクターを持つ者だけ。
 と言う事は即ち……黄金のライダー、コーカサスは、ハイパーゼクターを持っているのだ。そして、その無類のスピードで、ZECTの邪魔になる者を排除している……
 ハイパークロックアップの持つ恐ろしさを知る加賀美の背に、ゾクリと冷たい物が駆け抜けた。
「今回の敵は、アレ。アレを倒さないと、後々厄介な事になりそうって気がする」
「お前、本気であんなのと戦えって言うのか?」
「うん。しかも丁度良いから、あいつからハイパーゼクターをパクって、新君用にしちゃおうと言う算段」
「あんなに早く動く奴から、どうやって盗むって言うのよ!?」
「あ、そこは問題ないよ。流れから行くと、総司君が奪ってくれるはずだから勝手に帰ってくるのを待つだけで良い」
 士とハナににじり寄られながらも、全く問題ないと言わんばかりの口調で答える玄金。まるで、この先に待つ未来を知っているかのようだと、五代は心の片隅で思う。
 ……いつもそうだ。玄金武土と言う男は、常にこの先にある未来を知っていて……それをなぞりながらも、彼は自分の都合の良い方向へと流れを変えていっていると思う。
 そうする理由は、残念ながら分からないが。
 思いながらこの列車のオーナーとやらをじっと見つめていると……彼は唐突に、何かを思い出したかのようにぽんとその手を打った。
「あ、僕ちょっとでかけてくるから。地上の様子は流しっ放しにしておくから、とりあえずこの歴史がどこへ向かうか、見ておいてね」
「……何?」
 思いっきり棒読みでそう告げた男に、全員の目が丸くなる。
 特に橘などは、すぐに片眉をピクリと跳ね上げ、あからさまに苛立ったような表情を見せた。
 付き合いが他の誰よりも長い分、余計にこの男の行動への苛立ちが募っていたのかもしれない。きつい眼差しを彼に向けるが、当の本人は特に気付いた様子もなく既に別の車両へ向かおうと歩き出している。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「ごめーん、先約があるんだ」
「見え透いた嘘吐いていないで……ってちょっと!」
 ハナが拳を作り、構えるよりも先に。
 玄金はにこやかに笑うと、軽く手を振ってその拳から逃げ……恐らく、昇降口へと向かったのだろう。すぐにその姿は見えなくなった。
「あの、外って……宇宙ですよね……?」
 そう。ゼロライナーの外は、広大な宇宙空間。そんな所に普段着で出て行くなど正気の沙汰ではない。仮に、あの男の事だ、何か策を弄して無事に地上へ辿り着く術があるとして……万が一この列車の扉が、どこか一箇所でも開いたら……機密性は失われ、自分達の吸う空気はなくなるのではないか?
 そんな想像をしてしまい、やはり彼の後を追おうとした刹那。
「よくも俺を騙したな」
 壁に映し出されていた映像から、新の声が響いた。
 怒気を含んだその声に、全員が映し出された映像に目を向ける。そこには、声同様怒りの表情を隠そうともしない新が、いつの間にか戻ってきたらしい天道に詰め寄っている所だった。
 ネオZECTを潰すと、確かに天道は言っていた。天道はネオZECTと行動を共にし、ZECTの「天空の梯子計画」を乗っ取ろうとしていた。その事実だけを見れば、裏切られたといっても過言ではないかもしれないが……
 ただ、天道は「ZECTに加担する」とは一言も言っていない。それを考えれば、裏切るも何も、最初から「手伝う」つもりもない。彼は彼の目的の為だけに新と言う「情報源」を利用し、ネオZECTと言う「力」を利用したに過ぎないのだ。
 第三者としての視点に立てばわかるその事実も、当事者である新には分からないだろう。
 「同じ存在」である加賀美にとって、新の気持ちも天道の考えも、ある程度分かるだけに、言葉を発する事は出来なかった。
「騙されていたのはお前らの方だ。あの隕石を見たろう?」
「黙れ!」
 感情に任せ、新はその拳を天道の左頬に向かって突き出し、思い切り殴り飛ばす。
 天道の「俺様」と言っても過言ではない性格から考えれば、殴られたら殴り返すくらいはするだろう。そもそも、殴られる前にかわすか受け止めるかするだろう。
 それなのに、天道は殴り返す訳でもなく、ただ黙ってそんな新を見つめるだけ。
「……何故殴り返さない……?」
「……ひよりを……悲しませたくない」
 その言葉に、新は驚きの顔を見せ……そしてその一瞬後には、どこか申し訳無さそうな……そして今までとは別の敵愾心の混じった表情に変わり、一言。
「まさか、お前もひよりの事……」
 その先を口にするのが怖いのか、新はそのまま黙り込んでしまう。仮に、目の前の男がひよりに好意を寄せているのだとしても、彼女を渡す気などさらさらないのだが。
 しかし、そんな新の思いとは裏腹に。天道は軽く笑うと……たった一言だけ、胸に下げているペンダントを弄びながら呟いた。
「あいつは……俺の妹だ」
 その呟きがゼロライナーに流れた瞬間。ハナはポカンとした表情を作り、五代は大げさに驚き、士もどこか面白く無さそうな表情で映されている映像を見やった。
 元々知っていた加賀美は今更のように苦笑し、橘は何となく気付いていたのか、やはりなと小さく呟くだけだったが。
「えぇぇぇぇっ!? 似てないじゃないですか!」
「……俺も同じ意見だ。どういう事だ?」
「いや、どういう事も何も、そのまんま。天道とひよりは血のつながった兄妹なんだって」
 それからしばらくの間、ゼロライナーの中では「ひよりショック」による騒ぎが収まらなかったとか……

 北斗修羅は、逃げていた。
 ZECTの真の目的……この星をワームに捧げる代わりに、彼らに擬態させる事で、人類の記憶を引き継いでもらい、それを「人の生きた証」とする計画。
 滅びてしまうのであれば、ワームの中で「人間の記憶」だけでも生き続ける。
 上層部にとって、知られては不味い計画を、知ってしまった。故に彼女は、忠義を尽くしたはずのZECTに裏切られ、追われていた。
「殺されて……殺されてたまるか……っ!」
 そう呟きながら走る彼女の眼前に、唐突に黒い影が立ちはだかる。
 闇から現れたような、黒い影が。
「裏切り者が、裏切られる。因果応報だよねぇ」
「お前、あの時の……!」
「言っただろう? 君は『殺される』って」
 影の正体は、いつか、病院の前で出会った黒衣の男。今日は白衣を上から羽織った状態で、修羅の前に立っている。
 早くしないと、ZECTからの追っ手に捕まってしまう。この男に構っている暇など、どこにもない。そう思い、男の脇をすり抜けようと周囲を見回すが……既に彼女の周囲はゼクトルーパー達に取り囲まれており、こちらに向けて銃を構えられていた。
「畜生……追いつかれたか!」
「嫌だなあ、このままじゃ僕も彼女も蜂の巣だ」
 軽く肩を竦めながら、男は特に危機感もなくそう言い放つ。
 それが、修羅には奇妙に思えて仕方がない。この状況下で、何故か出会った時と同じ……思わず恐怖を覚えるような笑顔を浮かべている事も。
「蜂の巣にされるって事は、即死って事だ。けどそれじゃぁ……困るんだよ」
 心底鬱陶しそうに、男がすいと目を細めてそう言った瞬間。ドンとかズンとか、そう言う腹に響く音がしたと認識すると同時に、囲んでいたゼクトルーパー達が苦しげな呻き声を上げて地面に半ばめり込みながら倒れている。
「お前、何を……!?」
「良いから。今はこいつらから逃げようね。Let’s go」
 いっそ爽やかにすら見える笑顔を彼女に向け、男は悠然とゼクトルーパーの間を歩いていく。
 その後ろを、恐る恐る……やがて相手が動けないと分かるや、堂々と修羅も歩き出す。
 この男が何をしたのかは分からないが、とにかくあの場を切り抜ける事は出来たらしい。後はZECT上層部の本当の目的を阻止すれば、万事解決だ。
 口元に不敵な笑みを浮かべながら思っていると……ふと、前を歩いていた男が立ち止まった。
 修羅の不敵な笑みとは対照的な、にこやかな笑顔をこちらに向けて。
「さて、この辺で良いか」
「この辺って……誰もいないだろ!?」
 どこかの路地裏。人目も何もない場所。
 逃げ隠れするにはうってつけだが……何故だろう、目の前にいる男は、逃げるつもりも隠れるつもりもないように思えた。
「うん。だから都合が良いのさ」
「何……?」
 不審そうな表情を彼女が男に向けた瞬間。脇腹に強烈な痛みが襲う。直後には、熱い何かがそこから伝っている。
「……え?」
「言ったよね? 君は、泣きながら助けを請う」
 押さえた脇腹からは、ぬるりとした赤い液体があふれ出している。それが自分の血だと認識するまで、そう時間はかからなかった。
 それはとめどなくあふれ出し、彼女の手を、腹を、足を、そして大地を濡らす。
「あ……あああああっ!?」
「君は、殺される。…………この僕にね」
 そう言って男は、修羅に見せつけるように自身の手を……否、正確にはその手に持つ物を見せた。
 月と星の微かな光の下、何故か異様に輝いて見えるそれは、修羅自身の血に塗れた大振りのナイフだ。
 それを見てようやく、自身はこの男に刺されたのだと認識した。それと同時に、今までギリギリのところで耐えていた「何か」が切れたのだろう。彼女の体を、一気に倦怠感や悪寒、そして耐え難い絶望感が押し寄せた。
「お前……お前、ZECTの回し者だったのか!? 最初から、お……オレを殺す気で……!」
「やだなぁ。僕はZECTなんか、崩壊しちゃえって思ってるよ? 最初から君を殺す気だったって事は否定しないけどね。僕がいつも、何の為に黒を着てると思ってるの? 誰かを殺して返り血が付いても、目立たないようにするためだよ?」
 にこにこと。
 まるで世間話でもするかのような笑顔で、男は何の罪悪感もないように言い放つ。
 それがかえって、物凄く悔しい。
 結局はこの男の思うように踊らされていたのだと、今更のように気付いてしまう。
 ……ネオZECTを裏切ったのも、そしてこの場で襲われたのも……ひょっとしたら、彼女がZECTの考えを知ってしまった事すら、この男のシナリオの一部だったのではないだろうか。
「貴様……貴様ぁっ!」
「ああ、暴れちゃダメダメ。死ぬのが早くなっちゃう。ほら、早く助けを請わなきゃ。この星を、ワームに乗っ取られて良いの?」
「お前は……悪魔、だな……」
「まさか。そんな大層なものじゃない。僕はただのバジリスク。羽の生えた、蛇の化物さ」
 月が翳り、彼が自分を化物と評した時の顔は見えなかったが……それでも、修羅には彼が泣いているように見え……
「お前の、思い通りになるのは……悔しいが……」
 吐き出すように呟き、彼女は最後の力を振り絞って、電話をかける。
 ……天の道を往き、総てを司ると言う男に……

「はい、ご苦労様。……もう、怖がらなくていいからね」
 息を引き取った修羅に、男……玄金は、顔から笑みを消して、慈しむように彼女の頭を撫でながら呟く。それこそ、小さな子供をあやすかのような……慈愛に満ちた声と表情で。
「次の人生では……ちゃんと普通の女の子として生きるんだよ。僕なんかに目をつけられないような、ね」
 その言葉に込められた感情はなんだったのか。
 彼の本心を知る者は、誰もいない。
 ……心の持ち主であるはずの、彼自身さえも……
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