明瞭な夢、曖昧な現実

【その16:たたかう ―大戦―】

「なあ、今の帽子の怪人……何だったんだ?」
「あれは、イマジンです。簡単に言えば、過去を変えて、現在も未来も変えてしまおうとする、未来からの侵略者」
 呆然と、まるで傍観者になった気分で士とイマジンの戦いを見つめていた加賀美の問いに、ハナがその愛らしい顔を顰めて答えを返す。その瞳に、ほんの僅かな怒気と憎悪を込めて。
「じゃあ、門矢さんが超変身した姿は? 『デンオウ』って呼ばれていましたけど」
「電王は『時の守護者』の一人。イマジンみたいに過去を改竄しようとする連中を相手にする仮面ライダーだよ。普段はハナちゃんと一緒に行動しているんだけど、今は別件で動いてもらってる。……さて、イレギュラーはあったけど、それじゃあそろそろ本当に先回りに行こうか」
「先回りって、さっきも言ってましたけど、どういう事です?」
「うーん、まずは軌道エレベーター。そこに向かおうか」
 五代の問いに、いつも通りにこりと笑いながら玄金はそう言うと、彼はぱちりと指を鳴らして、久し振りに緑色の列車、ゼロライナーを呼ぶ。
 牛の鳴き声に似た汽笛の音が響き、彼らの前に久々に現れたその列車は、誰もいないはずなのに、まるで意志を持っているかのように彼らを受け入れるべくその扉を開ける。
 どことなくこの男に踊らされているような印象を受けつつも、「為すべき事」が分からない以上彼の言葉に従う他ない。
 全員が乗り込み、緩やかにゼロライナーが宙を舞いだした頃、玄金はにこやかな笑みを崩さぬまま、乗客達に深々と一礼し……
「それでは、凄く簡単にこの先の出来事を教えてあげよう」
「え?」
「……ネオZECTは今、このタイミングで『天空の梯子計画』を乗っ取るべく、動き出す。ZECTの予定では、決行は数日後の予定だからね」
 そう言うと、彼はパチンと指を鳴らす。
 そこには、ドレイクの資格者である風間と、ネオZECTの女幹部、修羅の姿が映し出された。
 白い壁の建物と、その後ろに非常に大きな塔のようなものが見える。
「既に、襲撃は始まっている。あのやたらと高い建物が、軌道エレベーターさ」
 にこりと笑いながら説明する玄金の言葉に軽く頷きながら、加賀美はじっと、その映し出された映像を見やる。
 ……自分の知る風間大介は、自由を愛する男だった。それ故に、ZECTに組せず、ただひたすら、その名の通り風の如く、気の赴くままに行動していた。
 その彼が、何かの組織に属するなど……正直、意外に思えた。それがZECTに敵対する組織であるとしても。
 そんな加賀美の思いとは裏腹に、風間はその身をドレイクに変え、派手に周囲の建物を撃ち抜き、移動していく。
「成程、風間が陽動で、こっそり天道達が動くって訳か」
「だが、妙だ」
 妙に納得顔の加賀美に対し、橘は軽く眉を顰めてその映像を見る。正確には、その映像のすぐ隣にある、窓の外。
 いつの間にかゼロライナーは、軌道エレベーターの近くまで来ていたらしく、足元では丁度その戦いが繰り広げられている所であった。
「妙って……何がですか、橘さん?」
「この場所にいるZECTの連中が、それ程慌てていない。奇襲を受けているはずなのに、だ」
 加賀美の問いに冷静に答えつつ、橘はにこやかな笑顔の玄金に視線を向ける。
 ……玄金は、この世界の未来を知っている。知っているからこそ、自分達をここに連れてきたのだろうし、こんな映像を見せているに違いない。
 そんな彼に気付いたのか、玄金はフフと軽く笑う。裏しかないような、そんな笑みに、面々の背に冷たい物が走るが、そんな事お構いなしに彼は再びパチンと指を鳴らす。
 反応するように、壁に映し出された画面が切り替わり、いつの間にかライダーフォームにキャストオフしているドレイクが、どこか……恐らくは中枢部分と思しき場所に到着した所だった。
 しかし、そこはもぬけの殻。シンと静まり返った空気に、見ている加賀美達も……そして風間も不審に思ったらしい。
「誰もいない? ……何故だ?」
 そう。彼は陽動…つまり、この場に敵をひきつけるための囮。それなのに、敵の姿はおろか、人一人いない。
 不審に思って呟いた瞬間。背後に数多の気配を感じたのか、風間はくるりと振り返る。
 そこには、ゼクトルーパーと呼ばれるZECTの一般兵と、自分が連れてきたはずのネオゼクトルーパーと呼ばれるネオZECTの一般兵士。
 そして、彼らを率いるようにして立っているのは……先程別れたばかりの、北斗修羅。
「何のつもりだ?」
「女が花なら……裏切りは甘い蜜。……覚えておけ、風の坊や」
 訝る風間にそう答えると、修羅は軽く手を挙げ……それが、合図になったらしい。
 彼女の後ろに控えていた兵士達が、一斉にその銃弾を風間に浴びせた。
 ……いかにマスクドライダーシステムと言えど、銃弾の雨を耐え凌ぐ程の硬度はない。仮にあったとしても、システムを通じて体に加わる衝撃は、大きい。
 その事に気付いたのか、加賀美ははっとしたような表情で、画面に手を伸ばす。
 だが……そうしたところで、現実に風間が助かる訳でもなく。
「私はただ……風に……なりたかった、だけ…………」
 それが彼の……風を名乗る男、風間大介と言う男の、最期の言葉になった。
「……とまあ、こんな感じで。ネオZECTの中に、裏切り者がいたって事だね」
――まあ、こうなるように仕向けたのは僕だけど――
 心の中でしてやったりと思いながらも、表面上はにこやかな笑顔を浮べて玄金が言い放つ。
 人が死んだというのに、大して堪えている様子もない。
 重い空気など気にしないように、ヘラヘラとしているこの男の神経が、他の乗客達には分からなかった。
 笑顔を第一とする五代ですら、その使い時を弁えていると言うのに。
「今のが『陽動部隊』のライブ映像。そんでもってこっちが『本隊』……総司君と信也君の方のライブ映像さ」
 再びパキンと指を鳴らすと、画面が切り替わり、銃弾の雨を避けるべく、バイクの陰に隠れて様子を見ている天道と、ネオZECTのリーダーである織田の姿が映し出された。
 その視線の先には、黒いマントを羽織ったザビーの資格者……矢車想の姿。そしてそこから僅かに離れた鉄塔には、既に攻撃態勢を整えた修羅。
「もはやお前達に勝ち目はない! これこそが『完全作戦』……『パーフェクト・ミッション』だ」
 完全に包囲したと言う自負があるのか、どこか陶酔したように言い放つ矢車。そんな彼を忌々しげに見つめた後……織田は、その視線を天道の方に戻し、提案する。
 天空の梯子……軌道エレベーターへ向かえと。
「お前は?」
「あいつら皆ってやる! 俺が地上を制し、お前は天を制するんだ!」
 その言葉に、天道は不敵に笑い……再びバイクに跨ると、カブトへ変身して軌道エレベーターへと一直線に向かって行く。
「あの人……こっちに、向かってきてるの?」
「正確には、軌道エレベーターの行き着く場所へ向かっているのさ。……さて、それじゃあ僕等も行こうか」
「行くって……まさか!」
「もちろん、宇宙」
 事もなげに放たれた言葉に、全員が一瞬、驚きの表情を浮かべる。
 目に見えて誰よりも驚いていたのは加賀美だが、それと同じ位驚いたのが、ハナ。時の列車で宇宙へ行く事ができるなど、聞いた事がない。
 ……聞いた事がないだけで、実際は行けるのかもしれないが。
「俺、宇宙にはまだ行った事ないんです。面白そうだなぁ」
 一人心底ワクワクしたように言う五代に、少々呆れたような視線を向けている士もまた、どこか楽しそうな表情で、既に大気圏に突入しつつある列車を見やる。
 摩擦で外装は赤くなっているが、中にいる分には温度変化や重力の変化は感じられない。
 大気圏を出るのだから、それなりの加速をしているはずなのだが、体にはそれ相応の負荷がない事。それが、橘には不可解であると同時に、驚きに値していた。
「おまたせ。宇宙ステーション……『天空の梯子計画』の、『位相空間』……いや、『移送空間』を生むための施設」
「ここが『天空の梯子計画』の要なのね」
 窓の外に見える巨大なステーションを眺めつつ、ハナはほうと溜息を吐きながら小さく呟く。
 本当にその計画が上手く行って……そして海が蘇ったなら、それ程喜ばしい事はないはずだ。少なくとも、この世界にとっては。
 思っていたその時、ステーションから何か……ソーラーパネルのような物が展開しはじめる。
「あれ、何でしょう?」
 不思議そうに言った五代の問いは、すぐにその装置自身によって解答が導き出された。
 何もない空間に向けて、そのパネルからビームが照射され、そこに穴のような物……移送空間が作り出されたのだ。
「あれが、クロックアップマシーン!?」
「……おい、何か来るぞ!」
 興奮したように放たれたその言葉は、誰の物だったか。知らず知らずのうちに窓に張り付くようにして外を見ていた彼らの視界に、移送空間から白っぽい……大きな「何か」が姿を見せた。
 ……そしてその「何か」が彗星であると気付くのに、そう時間はかからなかった。巨大な氷の塊が、その欠片をこの漆黒の宇宙に僅かに撒きながら、真っ直ぐに宇宙ステーションへ向けて進んでいる。
「凄い……本当に彗星が!」
「これで、この世界は救われるんですね」
「俺達がここに来た意味がない気がするが……ま、こう言うのも有りだろ」
 加賀美、五代、士の順で放たれたその言葉に。
 玄金は堪えきれないように、ククッと馬鹿にしたような笑い声を上げる。その目はどこか狂気じみており、それをすいと細めると、耐え切れなくなったかのように言い放つ。
「本当に……君達っておめでたいよね」
「玄金?」
「ほらぁ。良く見てごらんよ。彗星の、う・し・ろ」
 いつもの彼とは違う、どこか邪悪さすら感じる声にびくりとしながらも、彼らは玄金に言われた通り彗星の背後に眼を凝らし……そして、見た。
 彗星の大きさなど比ではない、巨大な石の塊……隕石を。
「隕石……それもあの大きさは半端じゃない!」
 その危険性をいち早く察知したのか、橘が顔を歪めて、怒鳴るように言う。
 その直後だっただろうか。彗星は後ろから現れた隕石によって破壊されたのは。
「そんな……彗星が!」
「まさか……彗星じゃなくて、あの隕石を呼ぶ事が、本来の目的だったの!?」
「その通り。もっとも、その『真の目的』に関しては、ZECT上層部の、ごく一部の人間しか知らない。つまり、天道君達が戦う相手はワームとZECTそのものと言う訳さ」
「けど、何だってそんな事する必要があるんだよ!?」
「『どうせ滅びるのであれば、人類はワームの中で生きて行くしかない』」
 そう呟いた玄金の声に、何か違和感を覚えたのか。ようやく窓から目を離し、振り返った彼らが見た、玄金の顔には……笑みが、無かった。
 いつものような楽しそうな笑みも、ついさっき見た、悪魔のような邪悪な印象の笑みもなく。
 ただ、何の感情もない、人形のような無表情が、そこにあった。
 だが、すぐにその顔を消すと……彼はいつも通りにこやかな、嘘くさい笑顔を浮かべ、忌々しそうな口調で声を紡ぐ
「それが、ZECT上層部の意見って訳さ。実に……『隠者』らしい作戦だ。僕、そういう顔してるよね?」
 そう、言うのであった。

「そこにいたか、俺の敵……」
 宇宙ステーションの奥、人目につかぬ場所で。大道はクックと楽しげに笑う。
 改造人間である彼にとって、軌道エレベーターにしがみついてこの月まで来るなど造作もない事。乗り手が目的の部屋に一目散に向かって行った事も相まって、大道は簡単に身を潜められる場所を探し当てる事が出来た。
 そして、その窓から見える景色に笑う。
 呼び込まれた彗星と、その後を追う隕石。そしてその隕石の側で身をくねらせる、黒い車体の列車。
 その中に、ディケイドと言う存在がいる。銀の男に渡された「紫色の欠片」のお陰か、大道の「門矢士に対する感知能力」は格段に上がっていた。
「延長十二回裏、ツーアウト満塁、こちらの攻撃。こんな所で予選落ちなど、冗談じゃない」
 ギシリと奥歯を噛み締めて。
 彼はその顔に、「ワームに似た表情」を浮かべるのであった。
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