明瞭な夢、曖昧な現実

【その15:そいとげる ―相愛―】

 外は良く晴れていて、適度に空に浮かぶ雲が、まだこの星に、僅かにでも水分と言うものが存在しているのだと実感させる爽やかな日。
 その空の下、白く洗濯されたシーツ達のはためく屋上で、車椅子に乗ったひよりと、それを押す新が、真剣な表情で言葉を交わしていた。
 ……プロポーズ。一度は断られたそれを、新は再び言葉にしていた。病気の事など気にしないと。
「病気の事も、二人で一緒に乗り越えよう?」
「……ありがとう。でも……ホントにもう良いんだ」
 背を向け、諦めを含む声と共に車椅子を進めてしまう彼女に、新は決意に満ちた表情で駆け寄ると、彼女の前で跪くようにして彼女と視線を合わせた。
 強い意志の宿った瞳が、彼女の目を捉える。
「俺、ひよりを思う気持ちだったら誰にも負けない! これから、俺に、ひよりを守らせてくれ」
 その一言一言を噛み締めるように……そして自分自身に言い聞かせるように、新は自分の決意を彼女に伝える。
 この言葉は、紛れもない彼の本心である。
 だが、それでも弱いと思ったのか。彼は一瞬だけ目を伏せると……すぐに先程以上に決意に満ちた瞳をひよりに向け、言い放った。
「いや……俺がひよりを守る」
 と。例え断られても、何が起きても、ひよりを守る。
 そんな彼の優しい決意が満ちた声に、ひよりは何を思ったのか。嬉しそうな……それと同時に悲しそうな表情で俯く。
 新の決意が眩しくて、真っ直ぐに彼を見る事が出来ない。
 自分の弱さを、思い知らされるようだ。そう思いながら、彼女は新に向かって、泣きそうな声で言葉を返す。
「あと、何日生きられるか……」
「その一日一日を、大切に過ごそう? ……一緒に」
 きゅっと彼女の手を優しく握り、彼は笑顔と共に言葉を落とす。
 ……彼女への、尽きせぬ愛を込めてたった一言。
「家族として」
 「家族」。
 それは、ひよりが欲しいと願って止まなかった物。
 そして……彼女の夢、そのもの。
 その言葉に、ひよりは嬉しそうに頬を緩め、新の手を握り返すと……気恥ずかしげな声で、囁く。
「僕、夢があるんだ。とても贅沢な夢」
「夢?」
 一度だけ、この病院に運ばれる前、新に向かって言ったような気がする。ただ、ひょっとしたら、自分の願望が見せた幻だったのかもしれない。
 だから、もう一度。もう一度だけ、彼自身に伝えよう。自分の持つ、贅沢な夢を。
 ……それを今、叶えてくれたのは目の前にいる彼……加賀美新、その人なのだから。
「家族と、ささやかだけど幸せな生活がしたいんだ。隣に愛する人がいて、その人も自分を愛してくれてる」
「その夢は……俺が叶えるし、守る。絶対に」
「うん。信じてるよ、新。これからは、新が僕の家族なんだね」
 その、とても幸せそうな二人を祝福するかのように。
 空は青く、輝いていた。

 一方、そんなプロポーズを物陰でこっそり聞いていた面々。
 五代とハナは我が事のように喜びながら加賀美を祝福し、その祝福されている方は今まで以上に恥ずかしそうに……だがどことなく嬉しそうな表情で悶絶し、橘は軽く笑みを浮かべながら生温かい視線を加賀美に送り、士は何気に首から提げているトイカメラで新とひよりを写真に収めていた。
「……ってだから何を撮ってんだよ、門矢!?」
「後で現像して送ってやる。……歪んでいるだろうけどな」
「いるか! ああもうっ! 何でこんなに『自分』に用心しなきゃいけないんだよ」
「病院の中では静かにしておけ」
 階段を下りながらそう騒ぐ士と加賀美を窘めつつ、橘は奇妙な笑顔を浮かべている玄金に目を向ける。
 この男はここに来てからと言うもの、ちょくちょくその姿を自分達の前から消している。
 この世界に来る直前の彼の事を考えると、この世界で「約束」などあるはずがない。何しろここに来る事自体、「予定外中の予定外」らしいのだから。
――なら、その「予定外の世界」で、この男は一体何をしている?――
 アンデッドが開放される前……自分がまだ、BOARDの中でも一介の研究員だった頃からの知り合いだが、今回ばかりはこの男の行動が読めない。
 単純に面白がっているようにも見えるし、裏で何か糸を引いているようにも見える。
 もしかすると自分達が動きやすいように何らかの根回しをしているのかもしれないが、それを行うにしても伝手はないはず。
 そんな風に不信感を抱く橘の視線に気付いていないのか、それとも気付いていて無視をしているのか。玄金は橘の方へは目を向けず、そのままスタスタと病院の扉を抜け、人気の少ない方へと歩き出す。
「おいハガネ。どこへ行く気だ?」
「玄金だってば、士君。いや、新君も一通り悶えてくれた所で、ちょっと先回りを……と言いたかったんだけど……」
 苦笑めいた声を返すと同時に、玄金はその足も止める。
 その事を不思議に思い、加賀美は玄金の視線を辿った。
 そこにいたのは一体のワーム。しかも角がない……加賀美にとって見慣れた方のワームだ。
 しかし、様子がおかしい。一般的なワームならば、通常はこちらを襲うなり逃げるなり、何らかのアクションをとってくるはず。だが、目の前のワームはただぼんやりとその場に立っているだけ。
 訝りながらも襲ってくる気配のない相手をじっと見つめ……そして、加賀美はふと気付く。相手の体から零れ落ちる、白く、細かい砂に。
「ワームから、砂?」
 今まで、色々なワームを見てきた。
 「月光の虹ムーンボウ」が見たいと願った少年に擬態したワーム。擬態した相手の憎悪に飲まれ人間だと思い込んでいたワーム。そして、自分の弟に擬態したワーム。
 しかし、どのワームもサナギ態から脱皮する時は、高温になって外皮が銅色に染まっていたのだが、目の前のワームのように、砂を撒き散らしていた事はない。
 だが、目の前のワームの体……正確にはその外殻の隙間からは、実際に砂がザラザラと零れ落ち、彼の足元で小さな山を作っていく。
「そんな……まさか!?」
 その「砂」の正体に真っ先に気付いたらしい。ハナの驚愕の声が上がるのと、その砂が盛り上がりワームとは別種の異形へと変貌したのはほぼ同時。
 シルクハットのような顔の形、ピエロが履くような爪先の反り上がった靴、右手にティーカップを持ち、ボロボロのタキシードのような服には無数の帽子の絵柄。顔を兼ねている帽子には「MAD」の文字がデザインされているように伺える。
「ちょっと待て、イマジンだと?」
「嘘でしょう、どういう事!?」
 士とハナの声に反応するように、砂の異形……イマジンはちらりとこちらを見やると、僅かにその首を傾げる。
 ハナの知る限り、今の現れ方は契約完了時の物だ。と言う事は、イマジンの前でぼんやりしているワームは、この先の時間でイマジンと契約、そしてそれを履行してしまった事になる。
 しかしそれはおかしい。ここはそもそも、イマジン達が現れるような要素のない場所。この先の時間にイマジンが現れ、目の前のワームと契約しない限り。
――そうよ、ここは異世界のはずだし……――
 不審と言うよりは不思議に思い、ハナが軽く眉を顰めたその刹那。
 それまでぼんやりと佇んでいたワームを、銀色のオーロラが覆ったかと思うと、次の瞬間にはその姿は跡形もなく消えていた。
「消えただと!?」
「今のは、俺達が世界を渡る時と同じ……」
 驚く橘に、士が微かに眉を顰めて言葉を紡ぐ。
 その言葉でようやく何かを理解したのか、玄金が心底忌々しげに舌打ちを一つ鳴らし、すぐ脇の壁に拳を叩きつけた。
「あの野郎、いくらこっちを足止めする為とは言え、念を入れすぎじゃないか? ワームと契約したイマジンって、僕の仕事じゃないんだけど」
「契約者が消えるとは。ふぅむ、困った事になってしまった。私は奇襲をかけるのは得意だが、奇襲をかけられるのは苦手でねぇ……ふぅむ、どうした物か」
 あまり緊張感のない声でイマジンはそう言うと、何を思ったのか視線をこちらに移し……
「ふぅむ。どうやら、これは一人で戦わなければならないようだねぇ。実に面倒だ」
「何だと?」
 イマジンの言葉に、真っ先に反応したのは加賀美。だが、そんな彼の詰問に似た声すらも無視し、イマジンは懐から帽子を取り出すと、それをまるでフリスビーを投げるかのように面々に向けて放つ。
 その風切り音に違和感を覚え、全員がその場に伏せ、その帽子が己の頭上を超えるのを見つめる。
 目標を見失った帽子は、なおもひゅるりと飛び……そして、さくりと軽い音と共に、近く壁に突き刺さった。
「帽子って、刺さる物なのか!?」
「いや、よく見ろ新。鍔の部分が刃物になっている」
 橘に言われ、加賀美は改めてその帽子を見やると……確かに、鍔の部分は鈍い金属光沢を放っている。伏せていなければ、恐らく今頃は首を刎ねられていただろう。
 そう思うと、ぞっとした。
 加賀美は……そして五代や橘も、こんなふざけた様子の相手と対峙した事はない。ふざけているのに、強い。それが反って恐ろしい。
「ふぅむ、かわされたか。首と胴体が別れる位では死なないと言うのに」
「普通に死ぬだろっ!」
「ふぅむ、そうかね? そちらの彼は、死にそうにないと思うが?」
 言われ、イマジンの指の先にいる相手を見やる。
 勿論と言うか何と言うか……「相手」とは玄金の事なのだが、何故だかいつもの余裕は感じられない。イマジンの登場もまた、彼にとってイレギュラーなのだろう。先程の行動と言い、妙に苛立っているのが見て取れる。
「そりゃあね、簡単に死ねない体だし、僕」
――認めるのか――
 と、心の中でのみツッコミを入れるが、声に出したら限がないと、今更になって理解したらしい。士は呆れたような溜息を一つ吐き出すと、ディケイドライバーを腰に当て、変身する為のカードを構えた。
 銀色のオーロラへ消えたワーム。そしてワームから現れたイマジン。
 ……滅びの現象。そんな単語が士の頭を過ぎり、それに突き動かされたのかも知れない。
「ふぅむ? 電王やゼロノスとは違う戦士。と言う事は、君も『愛された子』の一人かな?」
「それが何の事だかは知らないが、俺は通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ! 変身!」
『KAMEN RIDE DECADE』
 イマジンに返すと同時に、士は即座に変身。すぐさまライドブッカーで斬りかかるが、イマジンはひょいとその剣先をかわすと、感心したように自身の頬に当たる部分を撫でる。
「ふぅむ、『覚えておけ』か。他人の記憶に残る事で、自分の歴史を作ろうとする辺り、我々に近しい気がするねぇ、ふぅむ」
「何を言いたいのか知らないが、イマジン相手ならこいつの出番だろ」
 イマジンの言葉を軽く流し、士が一枚のカードを取り出す。
 そこに描かれているのはハナにとっては見慣れた、電王・ソードフォームの絵。ピンクの縁取りをされている所から考えるに、あれは電王にフォームチェンジ……士曰く、「カメンライド」するためのカードだろう。
 ハナがそこまで考えた瞬間、士はそのカードをベルトに挿し込み……
『KAMEN RIDE DEN-O』
 これまたハナにとっては聞き慣れた……そして他の面々にとっては聞いた事のないミュージックホーンが響き、士の姿を「ディケイド」から「電王」に変えた。
 本家の電王と異なるのは、ベルトがディケイドの物のままである事くらいか。
 パンパンと二回自身の手を叩くと、電王と化した士は即座にもう一枚のカードをベルトに差し込む。
『ATTACK RIDE DEN-GASSHER SWORD』
「行くぜっ!」
 その音と共に、士の持っていたライドブッカーが、電王の武器であるデンガッシャーへと変化。そのままイマジンに向かって真っ直ぐに振り下ろす。
 だが、その切っ先は相手の持つ杖に止められ、ギリギリと鍔競り合う音を鳴らすだけに留まった。
――力押しは無理か――
 咄嗟に判断し、一旦距離をとる士。そんな彼に、イマジンはひゅんと杖を振り、僅かに怒気の混じった声を上げる。
「ふぅむ、電王に変われるのか。……面白いが、忌々しい」
 今までのどこか馬鹿にしたような態度を一変させ、イマジンはギロリと士を睨み付けると、先手を取るようにして再度帽子を投げる。
「何とかの一つ覚えだな」
「それはどうかな?」
 投げられた帽子をかわし、余裕気に言った士に対し、イマジンが面白そうに返したその瞬間。
「伏せろ、門矢!」
「何!?」
 何かに気付いたらしい加賀美の声に反応し、士は咄嗟にその身を低くする。同時に、彼の頭上を細長い「何か」が巻き付くような形で通り過ぎた。
――今のは、メジャー?――
 端で見ながら、冷静に判断する五代。もしもあのまま加賀美が声を上げなければ、士は今頃、あのメジャーに首を締め上げられていただろう。
 帽子と一緒にメジャーの先も投げ、帽子でその攻撃を見えにくくしていたらしい。
「へえ? 案外頭を使ってるな。それじゃ……こいつはどうだ?」
『FINAL ATTACK RIDE D・D・D DEN-O』
「あいつのとは武器が違うが……俺の必殺技、パート2……ってな!」
 士の持つデンガッシャーの刃先が、赤く光って宙を舞う。
 本体から切り離されたはずの刃先は、まるで見えない糸でつながっているかのように、士の手の動きに合わせて動いた。
 まずは縦、次に横、そしてもう一度縦の順で相手を叩き斬る。その結果、イマジンの体には赤い筋が残り……
「ぐぅぅぅぅっ! マーチヘア……後は、頼む……っ!」
 両手を天に突き上げ、イマジンはその場で大きな爆音を立てて散っていく。
 それと同時に、士の姿は電王からディケイドへ、まるでモザイクが散るかのように戻ったのであった。
15/30ページ
スキ