明瞭な夢、曖昧な現実

【その14:せまる ―切迫―】

 ひよりが収容された病院の待合室。
 電気が消え、非常灯もチカチカとちらついているそこに、新はこの世の不幸を一身に背負ったような表情を浮かべて俯いていた。
 ……ひよりの体は七年前の隕石が原因で、既にボロボロになっていた。その命もあと僅かで……いつまで生きていられるかも不明な状態。
 両親をあの隕石で亡くし、そして今度は自身の命まで奪われる。
 「ひよりが可哀想だ」と、彼女の主治医にはそう言ったが、本当のところはどうだったのだろう。本当に彼女を可哀想だと思ったのか、それとも残される自分が可哀想だと思ったのか。
 とにかく、今の新には……光が見えなかった。
 そんな彼の前に、天道が立ち塞がるようにして現れる。ひよりが倒れた時のうろたえようは消え、今はとても冷静な……いつもの彼に見えた。
 ……そんな事は、今の新にとってはどうでも良い事なのだが。
「織田はお前のくれた情報に食いついたぞ。天空の梯子計画を乗っ取るつもりだ」
 この期に及んで、天道はまだ「天空の梯子計画」や、ネオZECTの崩壊を目論んでいるらしい。
 いつもの新なら、そこで待ち構えて迎え撃ってやるくらいの事を言うのだろうが……今の彼には、天道の言葉に意味はなかった。
 ひよりを失うかもしれないこんな時に、ZECTもネオZECTも関係なかった。
「……そんな事……どうだって良いや」
 ポツリと新の口から漏れたその言葉は、多分彼の本音だろう。
 涙声になりながら、彼は更に俯いて拳を握り締める。ひょっとしたら、泣いているのかも知れない。
 そんな彼らの様子を、ゼロライナーの乗客達……五代、橘、加賀美、ハナ、士の五人も、物陰に隠れるようにその場に居合わせていた。
 落ち込む新の気持ちを、加賀美とて理解できない訳ではない。だが、そこまで落ち込む理由も、彼には分からなかった。
 目の前に、落ち込みたくても落ち込めない存在がいる事を、把握しているせいかも知れないが。
「ひよりがいなくなったら……俺、どうしたら良いんだ……」
「……だらしない奴だ」
 声に、呆れと僅かな怒りを含んで、泣き崩れる新に向かって天道はそう吐き捨てると、無理矢理彼を立たせ、その頬を思い切り殴る。
 それこそ、目を覚ませと言わんばかりに。
「そんな事で、ひよりを守れるのか!?」
 怒鳴るように放たれた天道の言葉にも、新は特に何の反応も示す事はない。
 天道の呆れ混じりのその声と、項垂れる新の様子を見やりながら、加賀美は軽く頷いて……
「今回ばかりは、天道に同意見だな。いくらなんでも情けないぞ、俺……」
「……果たして、そうか?」
「へ?」
 その加賀美に反論をしたのは……意外にも橘だった。
 間の抜けた声を返す加賀美に、どこか苦笑めいた表情を見せる。彼の視線が、ここではない、どこか遠くを見ているように……五代には、見えた。
「俺にはわかる。愛する者を失った悲しみが」
「橘さん?」
「俺も亡くしたからな。支えてくれていた、最愛の存在を」
 彼は、その最愛の存在を失った時、初めてその大きさに気がついた。
 自分の弱音を聞きながらも、それでも支えてくれた。……良い女だったと気がついたのは、自分を利用しようとしていたアンデッドによって彼女が殺された後だった。
 失った原因は自分の心の弱さにあったのだが、きっかけを作ったのはその弱さに漬け込んだアンデッド。
 そいつとの決着はつけたが……喪った者は取り返せない。まして自覚がある新なら、今のあの落ち込みようは当然だと共感できたのだ。
 しかし……共感できるからこそ、新を殴った天道の気持ちも、理解できる。
「ネオZECTは俺が潰す。お前達は天空の梯子計画を成功させろ。……ひよりを守る為にもな」
 天道の言葉に、病院内にはただただ静寂が満ち……それまでの言葉を噛み締めたらしい。新は何かを決意したような顔になる。
 今までの死んだ魚のような目に、生気が宿る。彼女を……ひよりを守ると言う意志によって、再び支えられた。そんな印象を、士は受けた。
 守るべき物があるから……仮面ライダーは何度でも立ち上がる。いつか、誰かが言っていたのを思い出し、やはり彼も仮面ライダーなのだと、改めて思う。
 ……そんな事、絶対に口にしないが。
「……お前に言われなくても……ひよりは俺が守る」
「……ああ。それで良い」
 蘇った新を、どこか嬉しそうに……そして同時に悔しそうに見つめながら、天道はそれだけ言うと、くるりと踵を返し、病院の外へと向かって行く。
 その背を見送った新もまた、天道とは対照的に……病院の中へと戻って行った。
「行っちゃいましたね」
「案外と復活が早かったな。拍子抜けする程に」
 闇の中へ消え行く新を見送り、五代達は小声で言いながら待合室の椅子に座る。
 拍子抜けすると言っておきながらも、口の端に微かな笑みを浮かべている士に到っては、ちゃっかり消え行く新の後姿に向かって、シャッターを切っていた。
「……何撮ってるんだよ、門矢」
「いいだろ。減るもんじゃない」
 この場に夏海がいたら、間違いなく「現像代とか用紙とかフィルムとか、色々減ってます!」と突っ込みそうな物だが、生憎ここにはそんな事を言ってくれる人はいない。
 代わりに……思い出したような顔で、加賀美はずずいと士に詰め寄ると、不思議そうに問いかけた。
「そう言えば門矢。さっきのフォームチェンジ……あれ、何なんだ?」
「……何なんだとは、こっちこそ何なんだって感じだが?」
 どう表現して良いのか分からないらしく、加賀美は言葉に詰まったようにぐぅと喉を鳴らす。
 あの、どこから見ても「カブト」にしか見えないフォームチェンジ。そして、カードの力だったとは言え、クロックアップした事。
 正直、ZECTのマスクドライダーシステムをあそこまで再現されると、元ZECTのメンバーとしては凹む。
「あれは……カメンライドだ。今回はカブトにカメンライドしただけで、他にも九人のライダーにカメンライドできる」
「……カブトの他に、まだあるのか!?」
「機会があれば、是非見たいですねぇ。俺の超変身よりも、ホント、『超』変身って感じでしたし!」
 驚きの声を上げる加賀美とは対照的に、あははと楽しそうに笑って言う五代。そして、橘は研究員の性なのか、興味深そうに考え込み、ハナは……電王になっちゃったらどうしようと、考えていたとかいないとか。
 そして……彼女はふと気付く。
 白衣の変態……もとい、玄金の姿が見えない事に。
――またあいつ、ふらふらとどこかに出かけて――
 沸々と湧き上がる怒りを極力抑えながら……彼女は、次に玄金を見かけたら、確実に殴ろうと、白みつつある空を眺めながら、心に決めたのであった。

「やっぱりあいつ、ネオZECTを潰す気か」
 病院の外、大雨の中、そして病院の中ではまだ、天道が新を諭していた頃。北斗修羅は、どこか親しげにも見えるその二人を睨みつけながら、独り言のようにそう呟く。
 その口の端に、僅かながら笑みを浮かべて。
「ネオZECTを潰す、か。それは君の方なんじゃないの?」
「誰だ!?」
 まさか自分の独り言を聞かれているとは思わなかったのか、彼女は一瞬ビクリと体を震わせると、すぐにその声のした方を油断なく睨みつける。
 そこにいたのは奇妙な笑顔を浮かべた男。闇の中に溶け込むような、黒一色の服装の中、腕にかけている白衣だけが、ぼんやりと明かりに照らされていて、余計に不気味な印象を与えた。
 ずぶ濡れになる程の雨だと言うのに、何故だろう、この男の周りだけ、見えない壁に雨が弾かれているように見える。
「過去ではなく、異界へ。異界ではなく、過去へ。それらを渡る者だよ。でも、僕の事なんてどうでも良いのさ。……ねえ、知ってる? 君はもうすぐ死ぬ。……殺されるんだよ」
「……何だ、それ?」
「君は色んな人を裏切ってる。その報いを受けるんだ」
 首を僅かに傾げながら紡がれる男の言葉は、突拍子もないのにどこか彼女の心を抉る。彼の言葉の一部に、真実が混ざっている事を知っているからか。
 そうだ。確かに修羅は裏切っている。
 自分を信じている織田や風間、そして「表向きの裏切り」とは言え、彼女が信じてやまないZECTすらも。
 そんな彼女の気持ちを察したのか、彼は更にニィっと笑みを深めると、彼女の顔を覗き込むように……鼻の頭がぶつかるほど近い距離に顔を寄せ、心底哀れむような声で、そして底の知れない闇色の瞳で、彼女に囁いた。
「フフフ……可哀想な子ネズミちゃん。君は、やっちゃいけない事をやったんだ」
「黙れ……」
「裏切り者の君にお似合いの、薄暗ぁい場所で泣きながら、助けを請うんだ」
「黙れ」
「そして、泣きながら……君は、死ぬ」
「黙れ!」
 思わず、男に向かって平手が飛ぶ。だが、男はその手を見向きもせずに受け止めると、気味の悪い笑みのまま、どこか楽しそうな声で彼女に囁き続ける。
「怖い? 怖いよねぇ。死ぬのは怖いよね? でも、君は裏切り者だってばれる方が、もっと怖いのかな?」
「やめろ……」
「総司君に疑いの目を向けておいて、自分は安全な場所に立つ。それは確かに賢いやり方だけど、君みたいな神経の細い子はやっちゃダメだよ」
「や、やめ……」
「あははっ、その怯えた顔。僕、嫌いじゃないよ? 色んな恐怖に押し潰されそうになってる。実に良い表情だ。好きになりそう」
「き、気色悪い事言うな!」
「あはは。必死に我慢してる顔も良いねぇ。いつまでその虚勢が持つか。見物みものだなぁ……」
 それだけ言うと、男はぱっと修羅から距離をとると、軽く手を振って再び、闇の中へと消えた。
「……オレが……殺される、だと……?」
 いつもの彼女なら、男の言葉をそのまま鵜呑みになどしなかっただろう。だが今回は、違う。
  あの男が見せた、悪魔のような笑みと独特の雰囲気が、彼女を恐怖に駆り立てる。
 死にたくない、殺されたくないと、ただそれだけが頭の中でぐるぐると回っている。
「殺されるもんか。オレが内通者だって、あいつらにばれてたまるか……!」
 そう呟くと、彼女はギロリと、狂気すら孕んだ視線を、病院の中にいる天道に向けた。

「まーたアンタ、一体どこに行ってたのよ!?」
 一夜明けて、既に太陽が中天に差し掛かった頃。病院の待合室に、どこからともなくふらっと現れた玄金を見つけるや否や、ハナは怒りの表情をその顔に浮かべ、容赦ない拳を彼の鳩尾に叩き込んだ。
「こぶしっ!? あ、いや、あのね、僕にもね、約束とか予定というものがね……」
「異世界で、おまけに予定外のルートで、約束や予定なんてある訳ないでしょ!」
 ふるふると涙目になりながらも言い訳をしてくる玄金に、再びハナの制裁が下る。しかも今度はパンチではなく、キック。
「はぐっ。ちょっ、今のは結構効いたかも……」
「『効いたかも』じゃないわよ! あんたがいない間、何があったかわかってんの!?」
「あー、アレでしょ? この歴史の新君がめっちゃ落ち込んで、総司君に殴られたんでしょ? ……そもそも、ひよりちゃんが倒れたから、この『天空の梯子計画』は早まったのにね」
 わざとらしく殴られた鳩尾を押さえつつ、玄金はハナの怒声など気に留めた様子もなく、凄まじいまでににこやかな笑顔で、またしてもさらりととんでもない事を言い放った。
――ひよりが倒れたから計画が早まった……?――
「ひよりと『天空の梯子計画』……何の関係があるんだよ?」
「ひよりちゃんを唯一救う方法。それが、『天空の梯子計画』の裏側に存在する」
 疑問に思ったらしい加賀美に対し、にこぉっと嘘くさい笑顔を浮かべそう言うと……玄金はぽんと、何かを思い出したように手を叩き……
「あ、そろそろ新君とひよりちゃんの婚約が屋上で成立する歴史的瞬間だー。行かなきゃー」
「行かんで良いっ!」
 物凄い棒読みでそう言った玄金に、今度は加賀美が、顔を真っ赤にしながらツッコミと同時に、ガタックのライダーキックを髣髴とさせる飛び蹴りをくらわせる。
 それも、うまい具合に、顔面に。ぐきりと奇妙な音が鳴っていたので、多少筋を違えたかも知れない。
「そ……そうよ、覗きは悪趣味……よ、ねぇ?」
「良いんじゃないか? めでたい瞬間なんだろ」
「門矢は純粋に楽しんでるだけだろ! 顔が笑ってるぞ、顔が! ハナちゃんも、何ソワソワしてるの!?」
 口では駄目だと言いながらも、物凄く気になっているらしいハナと、あからさまにからかう気満々な様子の士にツッコミを入れ、病院から出ようと踵を返した瞬間。
「皆さーん、何してるんですか? 早く行かないと終わっちゃいますよー?」
 ノリノリな五代の声が、屋上へ続く階段から響いてきたのであった。
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