明瞭な夢、曖昧な現実

【その13:すくう ―枢軸―】

「断る」
 天井の高い、会議室と思しき部屋の中で。この部屋の雰囲気に相応しからぬ格好の男、織田 大道は、目の前で座る紳士然とした男の提案をキッパリと撥ねつけた。
 それに対し、男の秘書だろうか。大道をここにつれてきた銀縁眼鏡の男は、ギロリと彼を睨み付け、敵意を顕わにする。一方で断られた男の方は秘書を片手で制すと、ふむ、と小さく呟きを落とす。
「残念だ。それでは、君はどうあっても、我々ZECTの指揮下には入らないと?」
「当然だ。俺に命令出来るのはシェード創始者、徳川 静山ただ一人!」
 言って、大道は拳銃を引き抜くとその銃口を座る男の額に向ける。
 銀縁眼鏡の男は更に殺気立った様子で大道を睨み、懐に手を入れているが、紳士の方は全く動じた様子も見せず、ただ大道の目を見つめているだけ。
 それが気に入らないのか、大道はゆっくりと引鉄に指をかけ、冷たい声で言葉を放つ。
「まして俺を利用するつもりの貴様に、指図される謂れはない」
「……君は、ピノキオ、という物語を知っているかね?」
「ガキ向けの童話がどうした?」
 自分の言葉には答えず、唐突に無関係な話を振ってくる相手に、更なる苛立ちを募らせながらも、大道は軽く眉を顰めて言葉を返す。
 相手の薄ら笑いに不気味な物を感じるが、それを面に出してはいけないと、本能が告げている。
――俺が引鉄を引けば、この爺は死ぬ。……恐れる事など、何もない。俺が優位にある事は変わらない――
 心の内でそう自身に言い聞かせ、大道は無意識の内にゆっくりと扉の方へ下がる。いつでもこの場から離れられるように。
 そんな彼を見つめ、男は目だけを笑みの形に歪め、言い聞かせるように言葉を続ける。
「『作者』と言う不可侵の存在に操られている事に気付かず、彼は人形という殻から脱し、己の意思で動いていると思い込んでいる。……哀れだと、思わんかね?」
「……貴様……俺が、誰かの操り人形だと、そう言いたいのか!?」
 大道の言葉に答えず、男は相変わらず目元のみで笑う。それがまるで、嘲笑されているように感じられたのか。大道は己の感情に任せ、引鉄を引いた。
 ドンと乾いた音が響き、銃弾は相手の眉間を撃ち抜く……はずだった。
 だが、実際は大道と男の間に、厚い「壁」があったらしい。相手の眉間に届く少し前の空間で銃弾は止まり、そこを中心に真っ白い蜘蛛の巣状の皹が入る。
――防弾ガラス!――
 これがあるから、男は余裕の表情を浮かべていたのか。そう認識し、大道は即座に扉へと駆け抜ける。
 別段、相手を殺さなくても構わない。気に入らないし、死んでくれれば清々するだろうが、確実に殺したい程憎々しい訳でもない。
 最優先は、この世界にいるという「ディケイド」。そして自身の世界でのうのうと暮らしている裏切り者のナンバーファイブ。その二人だけ。
 この男達が持つ情報網は欲しかった所だが、その為に傘下に入るような真似は正直御免被る。
 即座に撤退し、この場から退いていく大道を見やりながら……男は小さく呟いた。
「彼もまた、『運命の輪』の操り糸に絡め取られたピノキオ……という訳か」

 満天の星空の下、その優美な風景に見合わぬ、戦いの音が響く。
「キャストオフ!」
『Cast Off』
『Change Stag Beetle』
 襲い来る数多のワームに、真っ先に反応した加賀美は、仮面の下の顔に焦りの色を滲ませながら、一刻も早くひよりの元に向かうべく、次々とワームを薙ぎ払っていく。
 その勢いに触発されたのか、橘や五代、士も既に変身しており、加賀美が薙ぎ払ったワームに次々ととどめを刺していく。だが……それでもなお、目の前に立ち塞がるワームの壁は厚く、圧されないようにするので精一杯だった。
「ちっ……いくら何でも多すぎだろ」
「だけど、ここで倒される訳にも行きませんよ、門矢さん」
「……その格好で『門矢さん』とか呼ぶな、調子が狂う」
 背中合わせになりながら、どこか軽い印象すら受ける口調で言った五代に、士は苦笑混じりにそう返す。
 五代の今の姿は、クウガ。しかし、士にとって「クウガ」は消えてしまった友人……小野寺ユウスケの事であり、多少の違いはあるとは言え、ほぼ同じ姿をした存在に「門矢さん」と呼ばれる事に、どうしても違和感を覚えてしまうのだ。
「泣き言を言っている暇があるなら、一体でも多く倒してくれないか?」
「……ま、正論だな」
 ギャレンラウザーで何とか相手を撃ち抜きつつ言った橘に、ライドブッカーソードモードで敵を斬り付けながら、士は軽く肩をすくめてそう返し……唐突に、一枚のカードを取り出した。
 変身した時に使ったのと同じピンク色に縁取られたカード。しかし変身に用いていた物とは、描かれている写真が異なった。
 ぬばたまの闇のせいでよく見えないが、どことなく赤い何かが描かれているのが、玄金に庇われていたハナの視界に映る。
「相手がワームなら、こいつで良いだろ」
 そう言い放つと、士は軽く二回、トントンとカードの縁を人差し指で叩くような仕草を取り、それをすっとベルトのバックル部分に入れた。その瞬間。
『KAMEN RIDE KABUTO』
 瞬間、電子音が鳴り響き、士の姿が変化する。
 マゼンタ色の仮面ライダーから、電子音が告げた通り……カブト・ライダーフォームへと。
「嘘だろ!? 門矢がカブトになった!?」
 最初に、その変化に気付いた加賀美が、驚愕の声を上げる。他の面々も、加賀美程ではないが、やはりそれなりに驚いたらしい。
 一瞬だけその動きを止め、軽く手を叩く仕草をとっている士に向かって、不思議そうな視線を送る。
 ……フォームチェンジの類ならば、彼らは仲間の……あるいは自身の物を何度も見ている。しかし、士の変化は、「フォームチェンジ」と呼ぶにはあまりにも変化が大きすぎた。
 何しろ、五代や橘、加賀美、そしてハナの知るフォームチェンジは、基本的なフォームがあって、それが相手に合わせた形で僅かに姿が変化する程度の物だ。しかし……士は、違う。
 その姿は完全に違うライダーと化している。ディケイドの名残と言えば、腰に巻いている白いベルトくらいの物だが、他は完全に上で戦っている天道……カブトと、同じ姿。
「驚いてる暇があったら、手を動かせ加賀美」
『ATTACK RIDE CLOCK-UP』
 士の言葉と、彼がベルトにカードを差し込んだのはほぼ同時。次の瞬間には、士の姿が橘達の視界から消える。
 同時にワームの何体かが吹き飛び、次々と緑色の爆煙と共に消えていく。
「え? いなくなった!?」
「いいえ五代さん、あれはクロックアップ……簡単に言うと、高速移動です!」
 いち早く士が消えた……ように見えた理由に気付いた加賀美が、驚いたように言った五代にそう告げると、彼もまた腰の辺りを軽く叩き……
「クロックアップ!」
『Clock Up』
 加賀美のベルトからも電子音が響き、その次の瞬間には彼もまた高速の世界に突入し、次々とワーム達を蹴散らして行く。
「凄いな……どんどん消えて行く」
 自分達が攻撃するよりも先に、次々と緑色の爆炎をあげて倒れて行くワームを見つめつつ、呆然としたように呟く五代。その呟きに同意するように橘も黙って頷く。
 士と加賀美の二人だけで全滅させそうな勢いだと、隠れながら見ていたハナも思う。
 そんなハナを守るかのような形で、玄金は彼女の肩を抱いている。
「ホント……士さんも加賀美さんも、凄い……」
「この世界ではクロックアップのような高速世界での戦いは必須だからね」
「でも、五代さんや橘さんも、戦えているじゃない」
「今の相手は、クロックアップしないサナギ態ばかりだから。だけど……この後に現れる『敵』は、そうも行かない」
 まるでこの先にある未来の出来事を知っているかのような口調で、玄金はどこか忌々しそうにそう呟いた。
 出会ってからそれ程時間が経っている訳でもないのだが、少なくともハナの中にある「玄金武土」という男は、どんな時もヘラヘラと笑う変態というイメージが付いている。
 しかし、ここに……彼曰く、強制的にここの場所に連れて来られてからは、何だか随分と辛そうな表情をしている事が多いように見えた。
「あなた……」
「……ハナちゃんがそんな顔する必要はないよ。これは、僕達の問題なんだ。お願いだから……笑っていて」
 ハナの心配そうな表情に気付いたのか、いつもの底抜けの笑顔より、人間らしい……困ったような笑顔を向け、玄金はまるで懇願するような口調で囁いた。
 その声は、先程ひよりに拒絶された直後の、新を連想させる物で……何となく、ハナも押し黙ってしまう。
 この時はじめて、ハナは玄金武土という存在を気にかけたのかもしれない。気にかけても良いと思わせる程、彼の様子は切羽詰っていた。
 心なしか、自分の肩を掴む手に、力が込められたようにも感じる。
「……あんた、ダメ男って言われない?」
「…………よく言われる」
 わざとらしく呆れたような口調で言ったハナに、玄金がそう返した瞬間。
 地上でも……そして橋の上でも、ワームとの決着が着いた。
「これで、何とかなりましたね」
「ひよりは天道が守ってくれたはずだけど……」
「だが……妙にに、静かだな」
 各々変身を解きつつ言葉を交わし……しかし、橋上の雰囲気に何かしら違和感を覚えたらしい橘が、緊張したような声で言う。
 先程のまでの状況を考えれば、ひよりが守られた事に対する喜びがあってもおかしくはない。それなのに、歓喜の気配よりも……悲壮感の方が強く感じられるのは何故なのか。
 そう思った刹那。顔面蒼白のひよりが、彼らの前にフラフラとした足取りで現れた。
「ひより!?」
「新……僕……」
 彼女の名を呼んだ加賀美を、「彼女が知る加賀美新」だと思ったのか、苦しそうに眉を顰めながら……それでもどこかほっとしたような表情を浮かべ、その場にがくりと崩れ落ちた。
「ひより!? 大丈夫か? どこか怪我でも……」
「新……ぼく、ね……」
 助け起こした加賀美に、ひよりは今にも消え入りそうな声で囁く。
 まるで、内緒話をするかのような、照れ笑いにも似た表情を浮べた彼女は、心底心配そうに自分を見る加賀美に、うっすらとだが笑いかけ、更に言葉を紡いで行く。
「ぼく、夢が、あるんだ。とても……とても贅沢な夢」
「…………夢?」
「うん」
 青白い顔に、照れのせいか僅かに赤みが差すが……それでも、彼女の容態が悪いであろう事は、周囲で見ていてすぐに分かる。
「僕ね、家族が、欲しいって……思ってるんだ」
「家族?」
「そう、家族。好きな人と、ささやかだけど幸せな生活がしたいっていう……贅沢な、夢」
 どこか遠くを見るような目で、そう呟く彼女の言葉は、どこか諦めているようにも聞こえて……それが、加賀美の胸を抉った。
 ひよりは、何か訳があって新のプロポーズを断ったらしい。それはワームに襲われる前に聞いた、彼女の呟きからも分かる。
――けど、何でだよ?――
 そんな疑問が加賀美の中に浮かぶ。
 何故彼女は、そんなささやかな……そして、ごく当たり前のように感じる「夢」を、贅沢だと言って諦めるのだろう。
 泣きそうになるのをぐっと堪えながら、加賀美は出来るだけ笑顔を作って……彼女に問いかける。
 もしもこの場にいるのが、ひよりが思う通りの「加賀美新」だったらと、考えながら。
「……なら、俺が……加賀美新が、家族になっちゃ駄目か?」
 その言葉に、ひよりは悲しそうに目を伏せ……
「でも……ぼくは、もう……」
 それだけ言うと、彼女の体力と気力の限界が来たのか、糸が切れたようにふつりとその意識を手放した。
 青白かった顔色が、更に悪くなり、呼吸も浅く、弱々しい物になっていく。
「ひより!?」
「気を失っているだけだ。だが、この症状は……」
 冷静にひよりの様子を見ながら、橘は苦々しげな表情で気絶したひよりを見つめる。
 彼は医者ではない。しかしそれでも、ひよりの命が危険な状態である事くらいは分かる。すぐに病院へ運ぶべき状態である事も。
「……皆、言い難いんだけど……僕達は隠れなきゃ」
「ひよりをこのままにしておけって言うのかよ!?」
「もうすぐ、総司君と新君がここに来る。今ここで、彼らと君達が鉢合わせする訳には行かないんだ」
 聞きようによっては冷たくも聞こえる玄金の言葉に、加賀美は今にも彼を絞め殺しそうな視線を向けるが……流石に「自分と遭遇」と言う状況を作ってはまずいと思ったのか、渋々近くの物陰に身を潜める。
 その僅か後。一瞬や刹那よりも、まだ短い時間の差で、天道が街灯に照らされた、倒れたひよりを見つけ、彼女に駆け寄ったのが見えた。
「ひより!」
 戦慄きながら……まるで触れれば壊れてしまうとでも思っているように、天道は泣きだしそうな表情で、その手をゆっくりと彼女に伸ばす。
 心配げに……そして、切実な声で彼女の名を呼びつつ、その体を軽く揺さぶる。
「あ……うああっ! しっかりしろぉっ!」
 かつて、これ程取り乱した天道を、加賀美は見た事があっただろうか。
 泣きそうな声でひよりの名を呼ぶ彼など、少なくとも加賀美の記憶の中には存在しない。いつも堂々としていて、時々不遜すぎてムッとする事もあるが、それでも彼の中にある一本通った芯は投げる事なく、人々を救っていた。
 ……それなのに……今、加賀美の視線の中にいる天道は、一介の好青年に過ぎず、いつのも余裕が消え失せている。
 ひょっとしたら、元の場所でも、ひよりがあんなふうに倒れていたら……加賀美の知る天道も、目の前の存在のようにうろたえるのかも知れない。
 ……そもそも、そんな状況にひよりを置くとは、全く考えられない。「俺が側にいる」という、決して忘れえぬ約束を、彼は全力で果たすはずだから。
 そんな天道の必死さが通じたのか、ひよりは小さく呻くと、少しだけ意識を取り戻したらしく、うっすらと目を開けた。
 目の前にいるのが、新ではなく天道であると認識すると、弱々しく……それでも、何だか不思議そうな声で言葉を放つ。
「なんで、ぼくのこと……?」
 その後に続く言葉は何だったのか。助けてくれた理由を問うているのか、それとも、そもそも彼女の名を知っている理由を問いたかったのか。
 結局再び彼女はその意識を手放してしまったが為に、聞く事は出来なかったが……天道にとっては、どうでも良かったらしい。
 しっかりと彼女を抱え上げると、じっとその顔を見つめ……
 今になってようやく駆けつけてきた新の方を見向きもせず、怒鳴るように指示を出す。
「病院へ運ぶ! 連絡を取れ」
 その声に弾かれたように、携帯電話で病院へと新は連絡し……やがて、話がついたのか、泣きそうな表情をした男二人は、夜闇の中へ、一人の少女を抱えて消えていった。
 それを確認するや否や、加賀美が静かな……それでいて、はっきりと悲しみを湛えた声で口を開く。
「玄金、教えてくれ。ひよりは……一体どうしたんだ?」
「……この歴史のひよりちゃんはね、シブヤ隕石の落下の影響で余命幾許もない状況なのさ」
「そんな……」
 玄金の答えに、ハナもショックを受けたらしく、軽く目を見開いて呆然と呟く。
 五代と士も何を言ったら良いのか分からないらしく、口を開いたり閉じたりしながら、ゆっくりと加賀美から視線を外す。
 橘も、何か嫌な事を思い出しでもしたかのような、そんな苦い表情を浮べて玄金を睨むように見つめている。
「酷な事を言うようだけど、今のひよりちゃんは、いつ、その命の灯火が消えてもおかしくない状況だ」
「……そんなの、嘘だよな? ひよりの命が、あと僅かだなんて」
「残念だけど……この歴史の場合、七年前、シブヤ隕石が原因で。ひよりちゃんには、既に医師から伝えられているよ」
 無表情に……感情をどこかに置き忘れたような、淡々とした口調で述べられるそれらは、恐らく事実であろう。
 そうは分かっていても、加賀美には俄かには信じられなかった。しかし……心のどこかで、納得もしていた。
 彼女が先程、加賀美に向かって囁いた言葉を思い出して。
「だから……家族を持つのが、贅沢な夢だって言ったのか? 自分の命が、あと僅かだからって……」
「……彼女は、自分の体の事を知っていたから、プロポーズを断ったのか?」
「今回の歴史の場合、彼女がただの人間であるって事もあるだろうけど、それ以上にこの歴史のシブヤ隕石の爪痕は大きすぎた」
 加賀美と橘の、自問にも似た問いには答えず、玄金はただ、静かに言葉を放つ。
「……言っただろう? シブヤ隕石が落ちた場合の、『最悪のケース』がこの歴史なのさ」
 その一言を最後に、再びその場を静寂が支配する。
 空の満天の星達が、事の成り行きをただ静かに見守っているだけであった。
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