明瞭な夢、曖昧な現実

【その11:さまよう ―左遷―】

「ここは……どこだ?」
 乾いた世界の中央で、一人の男が不審げに呟く。
 男の顔には、縦に大きな傷があり、着ている物は軍服だろうか。自衛官のようにも見えるが、纏う雰囲気からして誰かを守るという役目を担っているようには思えない。
 粗暴で横柄、暗い色の宿る瞳は、何を見ているのだろうか。
「あの時俺は……ナンバーファイブの攻撃で……」
「ええ。あの男の攻撃の衝撃で、この世界に飛ばされて来たようです」
「……誰だ、貴様?」
 声のした方を睨み、男はその言葉を放った存在を見つける。
 銀色のスーツに、僅かながら顎に髭を蓄えている。口調こそ丁寧だが、どうしてか男はその相手を信用できずにいた。
 本能的に察したのかもしれない。目の前の存在が、見た目通りではないと。砂を巻き上げる風が取り巻く中、男のスーツが全く汚れていないのも、不信感の一因となっている。
「私の事よりも、この状況なのでは? 織田大道さん」
「何もかも知っているようなその口ぶり……気に入らんな」
 男……織田大道と言うらしい彼は、名乗らぬ銀スーツの男に向かって、持っていた拳銃を放つ。
 だが、その銃弾はどこからか取り出した赤い刀身の剣によって遮られ、二つに割れて地に落ちた。
「私はあなたの敵ではない。むしろ、味方と言っても過言ではないでしょう」
「なぁにぃ?」
「この世界は、あなたの本来住まう世界とは違う。言うなればあなたは……ビジターだ」
 ビジター。野球用語では敵地に乗り込んできたチームの事。
 何でも野球に絡めて言うのは、大道の癖だが、それを他人に真似られると非常に腹立たしい。相手の態度も、妙に癇に障る。
「俺の住む世界ではない……だと?」
「ええ。あなたの言う『ナンバーファイブ』の攻撃の際、一瞬だけこの世界とあなたの世界がつながり……そしてあなたは、ここに来てしまった」
「ナンバーァァァファァァァァイブ……あの裏切り者が!」
 憎々しげに呟くと、大道の顔に異形の影が浮ぶ。
 この世界に住まう異形、ワームに似た影が。
 しかしそれは一瞬で消え、大道は目の前の男に集中する。今いない存在に対して怒りを顕わにするよりも、目の前に立つ怪しげな男の正体を探る方が先だと判断したらしい。
 思いの外、自分も冷静らしい。
 苦笑しながら、大道は心の中でのみ呟く。曲がりなりにも一部隊を率いていた身だ。多少は冷静でなければ勤まらない。
「フフ……その裏切り者を相手にするためにも、あなたはこの世界から脱出しなければならない」
「……ホームベースを踏む為に、か?」
「ええ。その為には、この世界に来ている、ある存在を倒さなければいけません」
「もったいぶるな。誰なんだ、そいつは?」
「あなたも一度はご覧になったはずです。……ディケイド。世界を渡る存在」
 大道の問いに答えながら、スーツの男は懐中から一枚の写真を取り出してそれを見せる。
 ピンク色の、なんとも言えない格好の戦士。
 微かにだが、それに見覚えがある。
 いきなりやってきて、裏切り者にエールを送った挙句、いきなり去って行った正体不明の存在だ。
――ああ、そうか。こいつさえいなけりゃあ、俺は……俺はあんな裏切り者に負ける事は無かった――
「どうやら、思い出されたようですね」
「ああ……ナンバーファイブも忌々しいが、こいつも充分忌々しい。コールド勝ちしてやりたい気分だ……!」
「それは良かった。丁度、あなたの手助けをしてくれそうな存在が、やって来たところです」
「……ああん?」
 男の言葉の意味が理解しきれず、軽く眉を顰めたその時。黒いローブを纏った銀縁眼鏡の男が、その場に姿を現した。

「とりあえず、降りてこの世界を見る事になるんだけど……」
 ゼロライナーの昇降口を塞ぐように立ちながら、玄金はようやく落ち着いたのか、いつものにこにこ笑顔で言葉を紡ぐ。僅かにこめかみがヒクついている物の、先程までの彼に比べれば随分とマシである。
 ……自棄になっただけかもしれないが。
「降りる前に、このカード持っててね」
「ラウズカード? ……だが、これは……?」
 橘も見た事のないカードに、思わず戸惑う。トランプで言うダイヤのマークが書かれているが、メインとなるはずの動物の絵が描かれていない事から、何も封印されていないのだろうと推測できる。
 しかしテキストボックスには「PRISON」の文字が、かろうじてではあるが書かれている。それはまるで、力だけが封印されているかのような印象。
 実際、その通りなのだが、そうとは知らない面々からすれば奇妙と言う以外表現が見つからないカードだ。
「それは、この歴史の影響から守る……一時的に君達を、『特異点』と同じにする役割を持つカードかな。ハナちゃんはなくても大丈夫だろうけど、身を守る意味も兼ねて、そのまま持っててね」
 前の「クウガの世界」で手渡したカードを、引き続き持っていろという事らしい。笑顔ではあるが、真剣なその眼差しに気圧され、思わずハナはこくりと頷いた。
 五代や加賀美も不思議そうにそのカードを眺めるが、ハナ同様玄金の真剣な眼差しを受けて、そのカードを懐にしまう。
 士だけは、カードをしまわず、興味深そうにそれを弄んでいたが。
「ま、とにかく降りよう。……この歴史を見つめるためにも、ね」
 言いながら、玄金はひょいとゼロライナーから降り立ち、他の面々も順に降り立つ。
 瞬間、カードが淡く光り、彼らの周囲を快適な空気が包む。適度な温度と適度な湿度を持った、乾燥しているはずのこの世界に到底似つかわしくない空気が。
「これは!?」
「言ったろ? 身を守るカードだって。一応、僕らはイレギュラーだから、何が起こるか分からない。極力干渉しないように、そのカードが君達をこの歴史から守っているのさ」
「……逆に言えば、この世界を俺達から守ってるって事だろ?」
「ま、否定はしないよ士君」
 士の言葉に苦笑いで返しながら、玄金はスタスタと商店街らしき中を歩く。
「俺達から、守る?」
「僕達はここでは異分子、異端だ。そのつもりがなくとも、何かしらの影響は与えてしまう。僕ら側に被害が及ぶなら、それは自業自得と言えるかもしれないけど、ここの住人に被害が及ぶ可能性も少なからずあるからね」

 その街並みを、加賀美は良く知っていた。
「ここって……」
「うん。新君は知ってるよね。この先に、何があるか」
 フフ、と軽く笑いながら、玄金は軽やかな足取りで歩き……やがて、一件の店の前で立ち止まった。
 ……そこもまた、加賀美の良く知る……いや、知りすぎている店。名を「Bistro La Salle」と言う。この店の看板を見ると、かつてここでアルバイトをしながら、ZECTのメンバーとしてワームと戦ってきた日々を思い出す。
「さて、ここでお昼でも食べながら情報収集しよう。あ、新君はこのサングラスかけてね」
「へ?」
「だって、この歴史の新君と勘違いされたくないでしょ? 下手するとワームだと思われて攻撃されちゃうかもよ?」
「……それもそうか」
 納得しながら、加賀美は差し出された濃い色のサングラスをかける。警官としての制服から、何故か用意されていた私服に着替えているとは言え、物凄く……合わない。
 用意されたサングラスが、悪人を連想させるような、細くシャープなフォルムを持っているからだろうか。
「うーん、似合わないですね、そのサングラス」
「……自覚してます」
 五代に言われ、若干凹みつつも、加賀美は店内へと入っていく。
 乾燥しきった外とは違い、この店に大きな変化は見受けられない。ごく普通の店で、ごく普通に皆、食事を摂っている。
 日常の風景が、まるでここだけ元の場所から切り取られていたかのように、広がっている。
 厨房の見える座席に案内され、それぞれメニューを眺めるが……唯一加賀美だけは、厨房の中にいる一人の少女に目を向けた。
「あれは……この世界のひよりか」
 日下部ひより。彼の住まう世界でも「Bistro La Salle」で腕を揮っていた存在だ。
 だが、加賀美の知る彼女とは、僅かに違う。表情はどこか明るく、鼻歌混じりに料理へソースをかけている。髪には軽くパーマをかけているらしく、毛先にゆるくウェーブがかかっていた。
「あれ……あそこにいるの、加賀美さんよね?」
 ハナの言葉にようやく気付いたのか、彼らが視線を向けると、「この世界の加賀美」……新が、厨房の入り口で、何やら店長の女性に叱咤されており、その背をドンと押されている所だった。
 厨房に入ろうとしているようだが、何故か怯えたようにその場に一瞬留まり……すぐに、意を決したような表情になって、厨房へと入っていく。
「……何で厨房に入るのにびびってるんだ、俺?」
「その前に俺、あっちの加賀美さんが手に持ってる物が気になります」
 不審そうな加賀美とは対照的に、どこか楽しそうな顔で五代は新の持つ小さな箱に視線を向ける。
 両手にすっぽり収まるサイズの、白い小さな箱。それを大切な物であるかのように扱う新が、どこか微笑ましい。
「ひより……」
「どうした?」
 耳を澄ますと、多少上擦った声で彼女に新が声をかけている。
 振り向きもせず、ひよりは自分に声をかけてきた新にそう返す。さも、それが自然であるかのように。
 一方の新は、これ以上ない程に緊張しており、どもりながらも言葉を紡ごうとしている。心なしか、顔も赤いように見える。
「俺と……お、俺と。一生のバッテリーを組んでくれ」
 言いながら、新は手の中の箱を開ける。
 そこに収まっているのは……女物の、指輪。俗に言う「給料三ヶ月分」と言う奴か。料理に集中し、振り向いていないひよりの視界には、残念ながらそれは入っていないようだが。
「……ちょっと待て」
「何?」
「何で俺が、ひよりにプ……プププ、プロポーズなんかしてるんだ!?」
「何でって……この歴史じゃ、一年前から恋人同士だし、君とひよりちゃん」
「んなっ……!」
 玄金に言われ、厨房の中の新と同じ位顔を真っ赤にする加賀美。
 それもそうだろう。彼からしてみれば、自分のプロポーズをビデオにとって見ているようなものなのだから。それも、本来の場所でも憎からず思っている女性に。
 自分の事ではないはずなのに、恥ずかしいやら緊張するやらで、どんどん顔が紅潮していく。顔から火が出るとは、まさにこの事だろう。
「まるで、茹蛸だな」
「悪かったな。恥ずかしいんだよ」
 士に指摘され、口を尖らせて言いながらも、新とひよりから視線を外す事ができない。
 ひよりの方は、相変わらず料理に集中していて真っ赤になってどもっている新には気付いていない。
 それどころか、言われた意味が理解できなかったのか、小首を傾げて……
「バイクのバッテリーでも壊れたのか?」
「違うよぉっ! バッテリーって言うのは、ピッチャーと、キャッチャーの事で……ああ、そ、そのつまり。お、俺と……俺と……けっ、け……け……」
 「け」から先の単語がなかなか出せないらしく、新はひたすら「け」を連呼する。
「初々しいな」
「微笑ましいですよねー」
 橘、五代の順に言われ、加賀美はめり込みそうな勢いで、顔をテーブルに押し付け、真っ赤になって悶絶する。
 そんな彼を、ハナは温かい目で見ているし、士は底意地の悪そうな……玩具を見つけた猫のような視線で眺めていた。
 どうやら士は、ユウスケに代わるからかいの対象を彼に定めたらしい。
「な、なななな? 何でそんな事に!?」
「何でって……僕に聞かないでよ、君達の恋愛事情まで知ってるはずないじゃないか。まあ、強いて言うなら、僅かな歴史の違いで、価値観も抱える感情も変わるって事じゃない?」
 たった一人、この状況に何も感じていないらしい玄金に掴みかかりながら、加賀美は恥ずかしさのあまりうっすらと涙を浮かべて問い詰める。
 が、それを軽く流すと、玄金は思い出したような表情を作り……声を顰めて、言葉を放った。
「言い忘れてたけど、この歴史には、ネイティブはいないから」
「え?」
「一九七一年に、隕石は落ちなかった……って事。とは言え、類は友呼ぶ、異形呼ぶって状況には変わりないんだけどね」
 にんまり笑いながら、そう玄金が告げた瞬間。
 店内に、白い服装の男が入って来た。脇にはクーラーボックスと思しき箱を抱え、釣竿を担いでいる所を見ると釣りの帰りか。
 この乾いた世界のどこかに、まだ釣りができる場所があるのなら、だが。
「って、天道!?」
 思わず加賀美は男の名を呟く。
 彼の友人であり、カブトゼクターの資格者……天道 総司。彼は真っ直ぐにカウンターと思しき場所に向かうと、しばらくの間、じっとひよりに視線を送った。
 傍で見ていても分かる。暖かい、慈しみ、愛しむような眼差し。
 やがて彼は口元を緩めると、持っていたカゴをどすりと置き、未だまごつく新を軽く無視してひよりに声をかけた。
「おい! 鯖味噌だ。作ってくれ」
「何で僕が?」
 訝しげに天道の言葉に返しながらも、ひよりも気付いたらしい。
 ……天道の目に潜む、優しい色に。それが、自分に向けられた物だと、はっきりと自覚できる程。
 だが、彼女には目の前の白い男に心当たりなどない。ないはずなのに……何故だろう、心の内に、暖かい何かが溢れてくる。
 好意……と言うよりは、懐かしさに似た、何かが。
「お前……誰だ?」
「お祖母ちゃんが言っていた」
「ちょっと来い。話がある」
 答えようとした天道を、新は怒ったようにもそうでないようにも見える表情で表へと連れ出してしまう。
 自分達の脇を抜け、店の外へと出て行く新と天道を見送って……ほぼ一斉に、「来客」は加賀美に向かって言葉を放った。
「プロポーズの邪魔をされたからって、あの態度は大人気ないですよ」
 渋い顔をして、五代が放ち。
「そもそも、あのタイミングでプロポーズし切れない新が悪い」
 呆れたような口調で、橘が駄目出し。
「全くだな。しかも、あの男も、ひよりって女を狙ってるようだし」
 半ばからかうように、士は追い討ちをかけ。
「強力なライバル出現ね。私、加賀美さんの事、応援してますから!」
 最後にハナが、ぐっと加賀美の手を握り、目を煌かせる。
 しかし……言われる側としては、如何ともし難い。何しろ彼女にプロポーズをしたのは自分と同じ姿をした「加賀美新」であって、自分自身ではないのだから。
「何で俺に言うんですか! それに天道とひよりはそんな関係じゃないですし、俺とひよりだって……」
「さて、僕等も追おうか」
 からかうようなそんな空気をぶち壊すかのように、玄金はカタンと席を立ち……未だ真っ赤になって悶えている加賀美を引きずるようにしながら、その店を出て行った。

 「Bistro La Salle」からそう遠くない公園で、新は白い服の男……天道に詰め寄っていた。
 その表情は、完全に敵を見る物。今にも襲い掛かりそうな、殺気じみた視線を送るも、天道の方は特に堪えている様子もなく飄々とした雰囲気でそこに立っていた。
「お前、織田と手を組んだのか?」
「ああ、案外いい値段を付けてくれた」
 織田秀成。ネオZECTを立ち上げた張本人であり、銀色の仮面ライダー……ヘラクスの資格者。
 天道は、そいつに付いた。自分と言う戦力に、高値をつけたと言う理由で。
「あいつらネオZECTは『自由の為』とか言って、好き勝手な事をやってる連中だぞ」
「お祖母ちゃんが言っていた。強きを助け、弱きを挫けってな。強い者だけが生き残れば良いんだ」
 その言葉に、新は天道に掴みかかる。今にも殴りそうな勢い。
 だが、それを止めたのは女性の……いつの間にか近くに立っていた、ひよりの声。
「新。僕、喧嘩は嫌いだ」
 その言葉に、新たは渋々と言った風に天道から手を離す。それを見届けると、ひよりは視線を天道に移し……
「お前、本気でそう思ってるのか? 強い者だけが、生き残れば良いって」
「それが進化の法則だからな」
「じゃあ……僕はダメだな」
 天道の、断ち切るような言葉にそう返すと、彼女は眩暈でもしたのだろうか、一瞬ふらりとよろめく。
 それを心配したのか、新は彼女に駆け寄ると、助け起こすように彼女の体を支える。
「ひより!」
「大丈夫。ちょっと、疲れただけだから」
 それだけ告げると、彼女は何事も無かったかのような足取りで店へと戻って行く。
 その背を見送り……やがて天道は、視線を新に向けなおすと、冷徹な声で一言。
「教えてやるよ。織田と手を組んだのは、ネオZECTを内側から潰す為だ」
 訝しげな新に、天道はそのまま言葉を続ける。
「それには、お前の協力が必要だ」
 と。

 玄金達が到着していた時には、新と天道の会話は既に終わっていたらしい。新が神妙な顔で、「Bistro La Salle」へと戻っていく所だった。
 その後姿が完全に消えたのを確認し……玄金は、ニヤニヤと奇妙な笑みを浮かべながら、加賀美を引きずり天道の前に立つ。
「何だ? まだ俺に何か用か?」
「あ、いや、俺は別に……」
「ねえ、知ってるかい、天道総司君?」
 慌てて否定する加賀美をよそに、玄金は悪魔のような凄絶な笑みを浮かべて、天道に問いかける。
「何をだ?」
「ZECTはねぇ。黄金のライダーを飼ってるんだよ」
「何……?」
「最強のライダー。高速の上を行く高速を手に入れた者。使い方によっては、現在いまだけでなく、過去も未来も支配できる存在。興味深いだろう? ネオZECTだって、噂くらいは知ってるはずだ。聞いてみると良い」
 低く笑い、玄金はくるりと踵を返す。言うべき事は言ったと、告げんばかりに。
「何故、そんな事を俺に教える?」
「今のままじゃ勝てないって事、教えておいてあげようかと思ってさ。そう言う顔、してるだろ?」
 相変わらずの凄絶な笑みのまま。玄金は顔だけを天道へ向け直して……そう、言った。
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