明瞭な夢、曖昧な現実
【その10:こまる ―困惑―】
ゼロライナーが次なる目的地へと向かい、時の中を駆け抜けている。その間にもう一度、士に対して彼らは自分の戦いを説明していた。
「グロンギにアンデッド、ワーム……それどころか、仮面ライダーが集結した世界か。大体分かった」
「本当かよ……」
半ば胡散臭そうに呟きつつ、加賀美はきっぱりと言い放った士を見つめる。
自分とそう年の変わらないこの男は、どことなく雰囲気が加賀美の友人……天道総司に良く似ている気がする。
天上天下唯我独尊。まさにそれを地で行くような……それでいて、気を許した存在には甘い所が、微かに似ていたのかもしれない。
五代や橘の方は、そんな士の態度を特に気にした様子もなく、片やにこやかな笑顔で、片や無表情と言っても過言ではない顔で、窓の外に目を向けている。
「それにしても、これがラウズカードか。まともに見るのは初めてだな」
「まるで、見た事があるかのような言い方だな」
紹介の時に渡したカード……ダイヤのキングを弄びながら呟いた士に、ようやく視線を向けて橘は不信感を露に、言葉を返す。
そもそも、ラウズカードを知る存在その物が少ないはずだ。
BOARD関係者か、この場にいる者達。あるいはアンデッド。それ位しか考え付かない。
だが、士はそんな橘を気にした様子もなく、飄々とした態度で、不敵な笑みと共に、言葉を吐いた。
「ああ。『ブレイドの世界』で、遠目にちらりとな」
――「ブレイドの世界」?――
その言葉に、橘がなおも疑問をあげようとしたその瞬間。
がたん、とゼロライナーが激しく揺れた。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
予想だにしていなかった揺れに、五代とハナはバランスを崩し、士は持っていたカードを取り落とす。橘は慌てて出していたラウズカードを回収し、加賀美は派手に転びそうになっていたハナの体を支えた。
「今の、なんだ!?」
この列車の持ち主……玄金も、流石に予想範囲外の出来事だったのか、慌てて窓の外を見やり……
「……あ……あー!! やられたぁぁぁぁっ!」
唐突に、頭を抱えて絶叫したのだ。普段の彼からは思いも寄らない程、悔しげな声で。
刹那、ゼロライナーの外は闇と化す。
……次の世界への入り口……トンネルに入ったのだと、ハナはすぐに気付くが、今はそんな事より普段の彼からは想像がつかぬ程取り乱した様子の玄金の方が気がかりだ。
グシャグシャと髪を掻き毟り、どことなく苛立っているようにも見える彼が、唐突に橘の手を取ると、真剣な表情で彼に問う。
「朔也君、ラウズカード! 全部ある!?」
「カードは、さっき拾って……」
玄金の、悲鳴にも似た問いかけに気圧されつつ、橘は手元にあるラウズカードを数える。彼が持つのはダイヤのスート。エースからキングまでの、全部で十三枚のカードだ。
士が取り落とした分も含めて、全て回収したはず……だった。
だが……カードの枚数を数えていた橘の顔色が、さっと青ざめていく。血の気が引くとはまさに今の橘の事を言うのだろう。
十二枚しか、ない。しかも足りない一枚は、先程士が弄んでいたカード、即ち……
「キングがない、だと?」
「うっわ最悪だ! よりによってキングを奪われたなんて! 抜き差しならぬ状況だよっ!!」
呆然と呟いた橘の言葉に、間髪入れず玄金はオーバーなまでに体をのけぞらせ、吠える。
だが、キングを失う事の危険性を知る者から見れば、そのリアクションは決してオーバーな物でない事は分かっている。
実際、橘も玄金ほどではないにしろ、動揺の色を浮かべていた。
「奪われた? どう言う事だ? どこかに飛んでるんじゃないのか?」
「列車の中にありそうですよね、扉だって開いてないのに」
不思議そうな加賀美に次ぐように、五代もまた同じように不思議そうな表情で、何やら涙目になっている玄金へ問いかける。
玄金は、窓の外を見てから橘に問いかけた。と言う事は、「奪った」という何者かは窓の外の砂漠……即ち時間の中にいた事になる。
しかしながら、この列車の扉が開き、誰かが降りていった気配はなかったし、何よりノンストップで走り続けている。仮に最初からこの列車の中に潜入していて、カードを奪って飛び降りたのだとしても、無事でいられるはずもない。
それに何より、仮に本当に奪われたと言うのなら、引き返して取り戻せば済む事のような気もするのだが……
そんな加賀美達の考えをよそに、玄金は心底悔しそうな表情で彼らに向かって答える。
「さっきちょっとだけ見た。……今回の元凶と思しき存在が、すっごいムカつく笑みを浮かべて、一枚のラウズカードをひらひら振って見送ってたトコをね。何をどうやってここからキングのカードを奪ったのかは知らないけど……あーもうっ! 本当にムカつく!」
普段、表情と言葉が一致する事の少ない玄金だが、今回ばかりは本当に……物凄く悔しいのだろう。
ガンガンと窓ガラスに頭をぶつけ、物凄い形相で窓の外を睨みつけている。
カードの持ち主……橘も軽くパニックに陥りかけていたのだが、それ以上にパニックを起こしている玄金を見ると、かえって落ち着いてしまうのだから奇妙な物だ。
……勿論、落ち着いている場合ではないのだが。
「今回の元凶って……確か、世界をぶつけようとしたって奴よね。何者なの?」
「さっき見たのは『運命の輪』って呼んでる奴。滅多に動かないけど、動いたら厄介な敵」
頭をぶつけまくった痛みで、ある程度落ち着いてきたのか、玄金はいつもの優しい声でハナの問いに答える。
「運命の輪」……その単語は確か、先程の「クウガの世界」とやらでも聞いた名だ。玄金曰く、「全ての世界の融合」を望む者。
そんな事をして、何になるのかと問いたくなるが、グロンギのように純粋に戦いたい種族という物を目の当たりにした以上、目的などないのかも知れない。
或いは……いつの間にか、目的を忘れたのかもしれない。手段であったはずの「世界の融合」が、いつの間にか「目的」になったのかもと……そうとも思えてしまう。
どちらにせよ、そんな危険人物の手にダイヤのカテゴリーキングが渡ったとなると、ろくな事に使うはずがない。早く取り戻すべきだと言おうとするハナに先回りするように、玄金は悔しげに外を見つめたまま、乗客達に言い聞かせるように呟いた。
「おまけにこのルートは、強制的に切り替えられた路線でね。予定外のアクシデントって事なんだ。戻りたくても戻れない」
何らかの目的を果たすまではね、と付け加え、彼は一つだけ、深い溜息を吐き出すと……
「あんの野郎……絶対僕じゃ勝てないけど、それでもいつか叩きのめす!」
瞳に暗い決意を宿し、そう宣言した。
その瞬間。ゼロライナーはトンネルと言う名の闇を抜け、じりじりと陽炎の立つ大地へと降り立った。
見える景色は……乾いた大地。砂漠のような砂や、ひび割れた地面。日差しはそんな大地を更に焼き、水の存在を許さないかのように燦々と照りつける。
「しかもここ!? よりにもよって、こんなトコ!?」
その場に座り込むように……それこそ、どこまでも床にめり込むのではないかと思う程に、玄金はその場に額をつけて蹲る。
その声に悲鳴にも似た色があるのは、橘の気のせいだろうか。
「な、何だよ? そんな壮絶にがっかりして……」
「……『何でハイパークロックアップは新君じゃなきゃダメか』……って前に聞いてたよね?」
「……ああ」
顔も上げず、玄金は心配そうに声をかけてきた加賀美に向かって、唐突に言葉を返す。
加賀美がこのメンバーに呼ばれた理由は、確か「ハイパークロックアップが使えるから」と言うものだったはず。
そして、その時にも問うた。
「何故、天道総司ではいけないのか」と。ハイパークロックアップならば、天道総司……カブトの方が明らかに使い慣れているはず。
それなのに、この男は「天道には資格がない」と答えた。その事とこの世界、何か関係しているのだろうか。
「その理由が、この歴史 なんだよ」
くいと窓の外を指し示しながら、玄金は心底疲れたように言う。
彼の仕草につられたのか、加賀美はもちろんの事、橘達も窓の外を見やる。
窓の外では、半壊した道路の上で、二人の青年が何やら話している。
一人は黒いマントのような物を着て交通整備を行っているらしく、もう一人は白い服装でバイクを押してその横を通り抜けようとしている。じっと目を凝らして彼らを見ると……加賀美は驚いたように目を見開いた。
「あれは……天道と、俺!?」
そう言われ、他の面々も眼を凝らす。白い服の男の事は分からないが、少なくともマントを羽織っている方の人物は、加賀美新その人だ。
何やらマントをつけている加賀美……ややこしいので新と呼ぶ……が制止しているようだが、白い男……加賀美曰く、天道とやらはそれを軽く流して先に進もうとしているらしい。
「ここは一度、世界が完全に『隠者』と言う神に乗っ取られた時の歴史だ」
落ち込みから復活したのか、それでもどこか疲れたような声で玄金が軽くその状況を言葉にする。
「あのマント、まるで悪の組織だな」
「……俺も、正直そう思います。何であんな物着てるんだよ、俺……」
苦笑気味に言う橘に、加賀美もどこかがっかりしたようにそう返す。
肩の部分に「ZECT」の文字が入っている事を考えると、この世界……玄金曰く、「この歴史」におけるZECTの制服なのかも知れない。
……そうだとしても、黒い服、黒いショールのようなロゴ入りのマント、白い手袋にインカム。
……もしも「悪の秘密結社」なるものが実在するとしたら、こんな感じの制服ではないかと思わざるを得ない。
あんな格好をしている、自分と同じ顔の男を見ると、恥ずかしくなると同時に、自分が属していたZECTが、あんな制服を強制していなくて良かったと思えた。
「でも、似合ってますよ。悪人って感じはしません」
「五代さん……すみません、フォローしてもらって」
純粋にそう思っているのかは定かではないが、にこにこ笑顔でサムズアップしながら言った五代に、加賀美は慰められた時特有の、嬉しいような気恥ずかしいような、何とも言い難い気分になる。
本心からの言葉だと思いたいのだが、自分で見ても悪人のようなあの格好は頂けない。
「……この歴史の背景を簡単に説明しておくと、ぶつかったシブヤ隕石はかなり巨大で、出てきたワームの数も元の比じゃぁない。隕石の影響で海は干上がり、僅かに残った水はZECTによって配給される」
「成程、大体分かった。要するに、ZECTによる支配体制が敷かれてるって訳か」
ビシ、と人差し指を窓の外、遠くに見える黒い大型の給水車に向けながら、士はそれが当たり前のように言い放つ。
確かに、海が干上がったこの状況では、水は貴重な物だろう。それを独占し、配給しているのであれば、間違いなくZECTは世界の実権を握っている事になる。
「ZECTは別に、そんなつもりじゃ……!」
「新君の言いたい事は分かる。だけど、士君のように思った一部の人間もいたのさ」
外の景色は再び変わり、窓の外では一台の車をZECTの一般兵……ゼクトルーパーと呼ばれる面々が銃撃している。
その車からは明らかに「レジスタンス」的な格好をした三人の男女が這い出し、もっている武器でゼクトルーパー達に反撃を仕掛けていた。
「彼らは、反ZECT組織、『ネオZECT』を立ち上げZECTから離反、抗戦。新君はこの世界でもガタックだし、総司君もカブトだ。ただ……」
「ただ、何です?」
「この世界のザビーは想君で、君が知るライダーの他に、コーカサス、ヘラクス、ケタロスの三人がいる」
パチンと指を鳴らすとゼロライナーの壁には三人の仮面ライダーが映し出される。
金、銀、銅の、カブトムシを連想させるフォルムの三人。玄金も言っていたが、加賀美の知らないライダー達。
「何か、凄い事になってるな……」
「まあね。三人のうち、金のコーカサスは滅多に現れないし、銀のヘラクスはネオZECTのリーダー、銅のケタロスはZECTに心酔している」
窓の外の景色は、いつの間にか互いに戦い合う仮面ライダー達。
銅、黄、青の仮面ライダーはZECTの戦士として、銀と水色の仮面ライダーはその敵として立ち塞がり、間には赤い仮面ライダーがいる。
「ライダー同士の潰し合いか。結局、どの世界も変わらない」
「主義主張が異なれば、争いは起きるものさ、士君。今回の場合、水不足とワームの大量発生と言う切羽詰った状態も手伝っているけどね」
どこか落ち込んでいるような声で言った士に、玄金は苦笑で返し……そして今度は、五代達に言い聞かせるように言い放つ。
「『シブヤ隕石が落ちた場合』の最悪のパターン。それがこの歴史さ」
言われ、確かにと納得する面々。
加賀美の知るシブヤ隕石は、渋谷を壊滅に追い込みこそした物の、海を干乾びさせるまでには至っていなかった。
この景色を見れば分かる。
どことなく赤味がかった……味気ない風景。土と風と銃弾が飛び交う、危険な世界。
ゼロライナーの壁に映し出される無数のワームの姿も、ここが「最悪のパターン」である事を嫌でも理解させてくれる。
ワームと言う脅威を前にしているにもかかわらず、人間同士……いや、ライダー同士で争い合う。
人間が絶滅するよりもなお性質の悪い世界。それが、この場所だ。いっそ絶滅した方がマシだったかもしれないと思えるほど、「乾いた」世界だと思う。
……土地も、そして人の心も。
「さて、水不足を打開する方法を、ZECTは打ち出した。その名を『天空の梯子計画』」
「それ、どんな計画なんです?」
「ん? クロックアップシステムを一時的に強化させ、彗星をこの星に呼び寄せる。それを月にあるステーションで砕き、氷の塊を回収。それは海を復活させるには充分な量の水を、そこから得る」
「すげー……」
「彗星を使うなんて……随分と壮大な計画ね」
五代の問いに返った答えに、加賀美とハナが感心したように呟く。もしもその作戦が成功したら、この乾いた世界は潤いを取り戻し、元の世界のような人と人とのつながりのある世界になるのではないだろうか。
だが、心底感心する五代、加賀美、ハナとは異なり、橘は不審その物の表情を浮べ、ぼそりと呟く。
「だが、そうなればZECTはますます力を……権力を持つ事になる」
「やれやれ。結局は自分達の天下のためか」
橘に同調するように、士もまた呆れたように肩をすくめてそう言い放つ。
「穿った見方をするなよ、門矢」
「悪いな。俺は純粋な人の好意って物は、信用できない性分でね」
ムッとしたように言葉を返す加賀美もなんのその、士は壁に映し出された景色ではなく、窓の外……自分の目で見る事ができる景色を見やった。
「ZECTと敵対する人間なら、士君や朔也君のように思う。権力の為に水を得るってね。だけど……」
そこまで言って、玄金は考え直すような仕草をとり……ゆっくりと首を横に振ると、乗客達に言い聞かせるように言葉を放つ。
「いや、この先は僕達自身で確かめよう」
どこか悲しそうな笑顔で、玄金が言うと同時に、ゼロライナーはゆっくりと止まった。
全てが乾き、ワームに支配される寸前にまで追い込まれたこの世界に。
ゼロライナーが次なる目的地へと向かい、時の中を駆け抜けている。その間にもう一度、士に対して彼らは自分の戦いを説明していた。
「グロンギにアンデッド、ワーム……それどころか、仮面ライダーが集結した世界か。大体分かった」
「本当かよ……」
半ば胡散臭そうに呟きつつ、加賀美はきっぱりと言い放った士を見つめる。
自分とそう年の変わらないこの男は、どことなく雰囲気が加賀美の友人……天道総司に良く似ている気がする。
天上天下唯我独尊。まさにそれを地で行くような……それでいて、気を許した存在には甘い所が、微かに似ていたのかもしれない。
五代や橘の方は、そんな士の態度を特に気にした様子もなく、片やにこやかな笑顔で、片や無表情と言っても過言ではない顔で、窓の外に目を向けている。
「それにしても、これがラウズカードか。まともに見るのは初めてだな」
「まるで、見た事があるかのような言い方だな」
紹介の時に渡したカード……ダイヤのキングを弄びながら呟いた士に、ようやく視線を向けて橘は不信感を露に、言葉を返す。
そもそも、ラウズカードを知る存在その物が少ないはずだ。
BOARD関係者か、この場にいる者達。あるいはアンデッド。それ位しか考え付かない。
だが、士はそんな橘を気にした様子もなく、飄々とした態度で、不敵な笑みと共に、言葉を吐いた。
「ああ。『ブレイドの世界』で、遠目にちらりとな」
――「ブレイドの世界」?――
その言葉に、橘がなおも疑問をあげようとしたその瞬間。
がたん、とゼロライナーが激しく揺れた。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
予想だにしていなかった揺れに、五代とハナはバランスを崩し、士は持っていたカードを取り落とす。橘は慌てて出していたラウズカードを回収し、加賀美は派手に転びそうになっていたハナの体を支えた。
「今の、なんだ!?」
この列車の持ち主……玄金も、流石に予想範囲外の出来事だったのか、慌てて窓の外を見やり……
「……あ……あー!! やられたぁぁぁぁっ!」
唐突に、頭を抱えて絶叫したのだ。普段の彼からは思いも寄らない程、悔しげな声で。
刹那、ゼロライナーの外は闇と化す。
……次の世界への入り口……トンネルに入ったのだと、ハナはすぐに気付くが、今はそんな事より普段の彼からは想像がつかぬ程取り乱した様子の玄金の方が気がかりだ。
グシャグシャと髪を掻き毟り、どことなく苛立っているようにも見える彼が、唐突に橘の手を取ると、真剣な表情で彼に問う。
「朔也君、ラウズカード! 全部ある!?」
「カードは、さっき拾って……」
玄金の、悲鳴にも似た問いかけに気圧されつつ、橘は手元にあるラウズカードを数える。彼が持つのはダイヤのスート。エースからキングまでの、全部で十三枚のカードだ。
士が取り落とした分も含めて、全て回収したはず……だった。
だが……カードの枚数を数えていた橘の顔色が、さっと青ざめていく。血の気が引くとはまさに今の橘の事を言うのだろう。
十二枚しか、ない。しかも足りない一枚は、先程士が弄んでいたカード、即ち……
「キングがない、だと?」
「うっわ最悪だ! よりによってキングを奪われたなんて! 抜き差しならぬ状況だよっ!!」
呆然と呟いた橘の言葉に、間髪入れず玄金はオーバーなまでに体をのけぞらせ、吠える。
だが、キングを失う事の危険性を知る者から見れば、そのリアクションは決してオーバーな物でない事は分かっている。
実際、橘も玄金ほどではないにしろ、動揺の色を浮かべていた。
「奪われた? どう言う事だ? どこかに飛んでるんじゃないのか?」
「列車の中にありそうですよね、扉だって開いてないのに」
不思議そうな加賀美に次ぐように、五代もまた同じように不思議そうな表情で、何やら涙目になっている玄金へ問いかける。
玄金は、窓の外を見てから橘に問いかけた。と言う事は、「奪った」という何者かは窓の外の砂漠……即ち時間の中にいた事になる。
しかしながら、この列車の扉が開き、誰かが降りていった気配はなかったし、何よりノンストップで走り続けている。仮に最初からこの列車の中に潜入していて、カードを奪って飛び降りたのだとしても、無事でいられるはずもない。
それに何より、仮に本当に奪われたと言うのなら、引き返して取り戻せば済む事のような気もするのだが……
そんな加賀美達の考えをよそに、玄金は心底悔しそうな表情で彼らに向かって答える。
「さっきちょっとだけ見た。……今回の元凶と思しき存在が、すっごいムカつく笑みを浮かべて、一枚のラウズカードをひらひら振って見送ってたトコをね。何をどうやってここからキングのカードを奪ったのかは知らないけど……あーもうっ! 本当にムカつく!」
普段、表情と言葉が一致する事の少ない玄金だが、今回ばかりは本当に……物凄く悔しいのだろう。
ガンガンと窓ガラスに頭をぶつけ、物凄い形相で窓の外を睨みつけている。
カードの持ち主……橘も軽くパニックに陥りかけていたのだが、それ以上にパニックを起こしている玄金を見ると、かえって落ち着いてしまうのだから奇妙な物だ。
……勿論、落ち着いている場合ではないのだが。
「今回の元凶って……確か、世界をぶつけようとしたって奴よね。何者なの?」
「さっき見たのは『運命の輪』って呼んでる奴。滅多に動かないけど、動いたら厄介な敵」
頭をぶつけまくった痛みで、ある程度落ち着いてきたのか、玄金はいつもの優しい声でハナの問いに答える。
「運命の輪」……その単語は確か、先程の「クウガの世界」とやらでも聞いた名だ。玄金曰く、「全ての世界の融合」を望む者。
そんな事をして、何になるのかと問いたくなるが、グロンギのように純粋に戦いたい種族という物を目の当たりにした以上、目的などないのかも知れない。
或いは……いつの間にか、目的を忘れたのかもしれない。手段であったはずの「世界の融合」が、いつの間にか「目的」になったのかもと……そうとも思えてしまう。
どちらにせよ、そんな危険人物の手にダイヤのカテゴリーキングが渡ったとなると、ろくな事に使うはずがない。早く取り戻すべきだと言おうとするハナに先回りするように、玄金は悔しげに外を見つめたまま、乗客達に言い聞かせるように呟いた。
「おまけにこのルートは、強制的に切り替えられた路線でね。予定外のアクシデントって事なんだ。戻りたくても戻れない」
何らかの目的を果たすまではね、と付け加え、彼は一つだけ、深い溜息を吐き出すと……
「あんの野郎……絶対僕じゃ勝てないけど、それでもいつか叩きのめす!」
瞳に暗い決意を宿し、そう宣言した。
その瞬間。ゼロライナーはトンネルと言う名の闇を抜け、じりじりと陽炎の立つ大地へと降り立った。
見える景色は……乾いた大地。砂漠のような砂や、ひび割れた地面。日差しはそんな大地を更に焼き、水の存在を許さないかのように燦々と照りつける。
「しかもここ!? よりにもよって、こんなトコ!?」
その場に座り込むように……それこそ、どこまでも床にめり込むのではないかと思う程に、玄金はその場に額をつけて蹲る。
その声に悲鳴にも似た色があるのは、橘の気のせいだろうか。
「な、何だよ? そんな壮絶にがっかりして……」
「……『何でハイパークロックアップは新君じゃなきゃダメか』……って前に聞いてたよね?」
「……ああ」
顔も上げず、玄金は心配そうに声をかけてきた加賀美に向かって、唐突に言葉を返す。
加賀美がこのメンバーに呼ばれた理由は、確か「ハイパークロックアップが使えるから」と言うものだったはず。
そして、その時にも問うた。
「何故、天道総司ではいけないのか」と。ハイパークロックアップならば、天道総司……カブトの方が明らかに使い慣れているはず。
それなのに、この男は「天道には資格がない」と答えた。その事とこの世界、何か関係しているのだろうか。
「その理由が、
くいと窓の外を指し示しながら、玄金は心底疲れたように言う。
彼の仕草につられたのか、加賀美はもちろんの事、橘達も窓の外を見やる。
窓の外では、半壊した道路の上で、二人の青年が何やら話している。
一人は黒いマントのような物を着て交通整備を行っているらしく、もう一人は白い服装でバイクを押してその横を通り抜けようとしている。じっと目を凝らして彼らを見ると……加賀美は驚いたように目を見開いた。
「あれは……天道と、俺!?」
そう言われ、他の面々も眼を凝らす。白い服の男の事は分からないが、少なくともマントを羽織っている方の人物は、加賀美新その人だ。
何やらマントをつけている加賀美……ややこしいので新と呼ぶ……が制止しているようだが、白い男……加賀美曰く、天道とやらはそれを軽く流して先に進もうとしているらしい。
「ここは一度、世界が完全に『隠者』と言う神に乗っ取られた時の歴史だ」
落ち込みから復活したのか、それでもどこか疲れたような声で玄金が軽くその状況を言葉にする。
「あのマント、まるで悪の組織だな」
「……俺も、正直そう思います。何であんな物着てるんだよ、俺……」
苦笑気味に言う橘に、加賀美もどこかがっかりしたようにそう返す。
肩の部分に「ZECT」の文字が入っている事を考えると、この世界……玄金曰く、「この歴史」におけるZECTの制服なのかも知れない。
……そうだとしても、黒い服、黒いショールのようなロゴ入りのマント、白い手袋にインカム。
……もしも「悪の秘密結社」なるものが実在するとしたら、こんな感じの制服ではないかと思わざるを得ない。
あんな格好をしている、自分と同じ顔の男を見ると、恥ずかしくなると同時に、自分が属していたZECTが、あんな制服を強制していなくて良かったと思えた。
「でも、似合ってますよ。悪人って感じはしません」
「五代さん……すみません、フォローしてもらって」
純粋にそう思っているのかは定かではないが、にこにこ笑顔でサムズアップしながら言った五代に、加賀美は慰められた時特有の、嬉しいような気恥ずかしいような、何とも言い難い気分になる。
本心からの言葉だと思いたいのだが、自分で見ても悪人のようなあの格好は頂けない。
「……この歴史の背景を簡単に説明しておくと、ぶつかったシブヤ隕石はかなり巨大で、出てきたワームの数も元の比じゃぁない。隕石の影響で海は干上がり、僅かに残った水はZECTによって配給される」
「成程、大体分かった。要するに、ZECTによる支配体制が敷かれてるって訳か」
ビシ、と人差し指を窓の外、遠くに見える黒い大型の給水車に向けながら、士はそれが当たり前のように言い放つ。
確かに、海が干上がったこの状況では、水は貴重な物だろう。それを独占し、配給しているのであれば、間違いなくZECTは世界の実権を握っている事になる。
「ZECTは別に、そんなつもりじゃ……!」
「新君の言いたい事は分かる。だけど、士君のように思った一部の人間もいたのさ」
外の景色は再び変わり、窓の外では一台の車をZECTの一般兵……ゼクトルーパーと呼ばれる面々が銃撃している。
その車からは明らかに「レジスタンス」的な格好をした三人の男女が這い出し、もっている武器でゼクトルーパー達に反撃を仕掛けていた。
「彼らは、反ZECT組織、『ネオZECT』を立ち上げZECTから離反、抗戦。新君はこの世界でもガタックだし、総司君もカブトだ。ただ……」
「ただ、何です?」
「この世界のザビーは想君で、君が知るライダーの他に、コーカサス、ヘラクス、ケタロスの三人がいる」
パチンと指を鳴らすとゼロライナーの壁には三人の仮面ライダーが映し出される。
金、銀、銅の、カブトムシを連想させるフォルムの三人。玄金も言っていたが、加賀美の知らないライダー達。
「何か、凄い事になってるな……」
「まあね。三人のうち、金のコーカサスは滅多に現れないし、銀のヘラクスはネオZECTのリーダー、銅のケタロスはZECTに心酔している」
窓の外の景色は、いつの間にか互いに戦い合う仮面ライダー達。
銅、黄、青の仮面ライダーはZECTの戦士として、銀と水色の仮面ライダーはその敵として立ち塞がり、間には赤い仮面ライダーがいる。
「ライダー同士の潰し合いか。結局、どの世界も変わらない」
「主義主張が異なれば、争いは起きるものさ、士君。今回の場合、水不足とワームの大量発生と言う切羽詰った状態も手伝っているけどね」
どこか落ち込んでいるような声で言った士に、玄金は苦笑で返し……そして今度は、五代達に言い聞かせるように言い放つ。
「『シブヤ隕石が落ちた場合』の最悪のパターン。それがこの歴史さ」
言われ、確かにと納得する面々。
加賀美の知るシブヤ隕石は、渋谷を壊滅に追い込みこそした物の、海を干乾びさせるまでには至っていなかった。
この景色を見れば分かる。
どことなく赤味がかった……味気ない風景。土と風と銃弾が飛び交う、危険な世界。
ゼロライナーの壁に映し出される無数のワームの姿も、ここが「最悪のパターン」である事を嫌でも理解させてくれる。
ワームと言う脅威を前にしているにもかかわらず、人間同士……いや、ライダー同士で争い合う。
人間が絶滅するよりもなお性質の悪い世界。それが、この場所だ。いっそ絶滅した方がマシだったかもしれないと思えるほど、「乾いた」世界だと思う。
……土地も、そして人の心も。
「さて、水不足を打開する方法を、ZECTは打ち出した。その名を『天空の梯子計画』」
「それ、どんな計画なんです?」
「ん? クロックアップシステムを一時的に強化させ、彗星をこの星に呼び寄せる。それを月にあるステーションで砕き、氷の塊を回収。それは海を復活させるには充分な量の水を、そこから得る」
「すげー……」
「彗星を使うなんて……随分と壮大な計画ね」
五代の問いに返った答えに、加賀美とハナが感心したように呟く。もしもその作戦が成功したら、この乾いた世界は潤いを取り戻し、元の世界のような人と人とのつながりのある世界になるのではないだろうか。
だが、心底感心する五代、加賀美、ハナとは異なり、橘は不審その物の表情を浮べ、ぼそりと呟く。
「だが、そうなればZECTはますます力を……権力を持つ事になる」
「やれやれ。結局は自分達の天下のためか」
橘に同調するように、士もまた呆れたように肩をすくめてそう言い放つ。
「穿った見方をするなよ、門矢」
「悪いな。俺は純粋な人の好意って物は、信用できない性分でね」
ムッとしたように言葉を返す加賀美もなんのその、士は壁に映し出された景色ではなく、窓の外……自分の目で見る事ができる景色を見やった。
「ZECTと敵対する人間なら、士君や朔也君のように思う。権力の為に水を得るってね。だけど……」
そこまで言って、玄金は考え直すような仕草をとり……ゆっくりと首を横に振ると、乗客達に言い聞かせるように言葉を放つ。
「いや、この先は僕達自身で確かめよう」
どこか悲しそうな笑顔で、玄金が言うと同時に、ゼロライナーはゆっくりと止まった。
全てが乾き、ワームに支配される寸前にまで追い込まれたこの世界に。