灰の虎とガラスの獅子

【決着のB/越えられないなら】

「俺が愛している女に、手ェ出そうとしてんじゃねぇっ!」
 灰猫さんが、叫ぶ。
 それも、物凄い形相で。
 憤怒とか、憎悪とか、そんな言葉ではきかないのではないかと思えるくらいの顔。
 ……聖守が私を狙う理由が、子を産む為の道具にする為だと言う事は分ったし、その行動に納得も行った。ファンガイア氏族としては、ある意味当然の考え方とも言える。
 最たる例がキングとクイーンの関係。彼らは純血で正当なる後継を残すために婚姻する。そこに本人の感情は伴わない。互いに想い合う関係に陥る事などごく稀だ。
 何代か前のキングとクイーンは、互いに愛はなかったと言う。時のキングから見れば、クイーンはただ、正当な後継を産み落とすだけの存在。そしてクイーンから見れば、キングは己の生活を保障するガーディアンでしかなかった。
 当然、愛なんてないから互いは外に愛人を作り、飽きたら捨て、捨てては作り、また飽きて捨てるを繰り返していたらしい。
 少なくとも、そう言う関係であった世代はあったのだと、父は言っていた。
 実際、相思相愛のキングとクイーンは少ない。ひょっとすると、そんなカップルはいないかもしれない。良くてせいぜい片想いだ。
 トップからしてそんな種族だ。聖守の言い分は理解できる。理解したし納得もしたが、生理的に受け付けないので奴の子を産むなど断じてお断りしたい。生まれてきた子供が可哀想過ぎるし、愛せる自信が微塵もない。
 ……いや、話がずれた。つまり何が言いたいかと言うと、ファンガイア氏族にとって「胎を貸せ」と言われる事は、よくある……とまでは言わないが、少なくとも腹を立てるような事ではないのだと言う事だ。
 にもかかわらず。灰猫さんはこれ以上ないくらいに怒り狂っている。言われた本人である私よりも腹を立て、躊躇なく聖守の目と口目がけて銃弾を放っている。
 ……灰猫さんが物凄く怒っているせいなのか、まあまあ私は落ち着いてしまうのだが。
 …………えーっと、あの、すみません灰猫さん。今、一番聞きたい事を挙げても良いですか?
 ……「愛している女」って……それって…………わ、わた、わたわたっ……
 思考ですら、その先の単語を出すのが恥ずかしい。全身の血が顔に集中していくようでぼんやりとする。人間に擬態している時の姿であったら、きっと今頃、物凄く赤面している事だろう。分りにくい本来の姿で良かった。
 などと思っているのも束の間、視界の端に指を伸ばしたレオの姿が見えた。
 ああもうっ! 物凄く恥ずかしいけど幸せな気分に浸らせてくれない……
 私は伸びてくる指を咄嗟に掴むと、それをぐいと引っ張って本体をこちらに引き寄せる。掴んだ手に鈍い痛みが走るが、気にしている場合ではない。引き寄せた勢いで、私は自分の膝をレオの鳩尾に突き込み、相手の体が「く」の字に曲がった所で、そのうなじに向けて踵を振り下ろす。
 ゴッと言う鈍い音に混じって、レオの呻きが小さく漏れる。
 人間の首には神経が集中している。それは多分、人間から変化した種であるオルフェノクも同じだろう。自分の足越しに見たレオが白目を剥き、直後左手で喉元を押さえて咳き込む。
 その間にこちらも僅かに距離をとり、ピリピリと痛む自分の手足を軽く擦る。
 レオの指を掴んだ掌と、レオに掴まれていた足首は、自分でも気付かないうちに表皮と呼べる部分が灰化させられていたらしい。とはいえ、あくまで「擦りむいた程度の傷」だ。それほど酷くはない。
 しかし、痛みと言う感覚は集中の妨げになる事が多い。こちらが圧倒的有利と言うなら瑣末な事と言い切れるが、そうでない場合……実力が拮抗しているとか、あるいはこちらが不利な場合に関しては、集中が途切れるのは大きな痛手となる。
 今回は勿論後者。おまけに霧雨さんを抱えている為、片腕は使えない。
「やはり、短期集中で決着を付けた方が良さそうですね」
 フッと息を吐き出しながら小さく呟くと同時に、先程取った距離を再び縮め、今まさに起き上がろうとするレオの顎を爪先で蹴り上げた。
 抱えている霧雨さんが、何やら微妙な顔で私を覗き込んでいるが、今は苦情を受け付けられないのであえて見ないフリをする。
 まあ、これできゃっきゃと喜ぶようでも困るのだが。
「しょこちゃん、あれ、きっとものすごーく痛いよ? けんかは、めって、先生がゆってたの」
「霧雨さん。世の中には物凄く痛い目にあわないと、悪い事を延々と続けるような方もいらっしゃるんです。それにこれは喧嘩ではなく、お仕置きです」
「おしおき? めって事?」
「はい。……まあ、少々流血沙汰になってはいますが」
 霧雨さんの言葉に返しつつも、私はレオへの追撃はやめない。相手の戦い方はスピード重視の印象を受けた。ならば、スピードに乗る前……体勢が整っていない間に、叩きのめすしかない。
 起き上がったレオは、蹴られた際に唇でも噛んだのか口から一筋の血を流し、衝撃で軽い脳震盪でも起こしているのか、視線はフラフラと定まっていない。それでも反撃と思しき攻撃を仕掛けてくるのは、ある種の本能なのかもしれない。
 レオの右手は再び私の足首を掴もうと宙を掻き、左手はきつく拳を握った状態で私に向かって振り下ろされる。
 しかし、視線の定まっていない状態で拳を振り下ろしたところで、まともな狙いがつくはずもなく、あっさりと私に止められ、その勢いを利用して背負い投げの要領でレオの体を投げ落とす。
「そんなフラッフラの状態で殴りかからないで下さい。霧雨さんに当たったらどうしてくれるんですか、全く」
「Why is she protected? When the girl dies, you might be able to become the Queen!」
「……は?」
 呆れ混じりに言った私の苦情に、レオはよろめきながらも立ち上がると、訳のわからない事を言った。
 ……霧雨さんが死ねば、私がクイーンになるかもしれない?
 何を言っているのやら。私は既にチェックメイトフォーが一人、ルークなのだ。ルークの肩書きを持つ私が、クイーンに選ばれるはずなどないだろうに。
 そもそも、永きファンガイアの歴史の中で、二つ以上の称号を兼任したと言う話は聞いた事がない。それは多分、身の内に宿る力が大きすぎて、一人一つの称号で手一杯だから……だと思う。勿論、権力の分散と言う意味もあるだろうが、それでもファンガイア氏族は未だ絶対王政に近い。
 ……だからこそ、聖守達のような「キングを倒して王位に君臨する」などと言う野心を持つ者がいるのだろうが。
「何を聖守に吹き込まれているのかは存じませんが、私はルーク、防人です。クイーンやキングのような統治には明らかに向いていません」
「Are not you interested in power? Are you satisfied with current life?」
「権力に興味ないですし、今のままの生活で充分です」
 確かに、キングやクイーンには絶大な権力があるし、表社会でも大企業の代表取締役と言う地位に就いている。生活は豊かになるだろうし、我儘だって言い放題かもしれない。
 だけど、私にはそれに見合った責任は取れないし、そもそもそんな生活が私にとっての幸せであるとは思えない。出来る事なら慎ましやかに、ひっそりと暮らしていきたいのだ。
 ……ルークと言う称号を持っている時点で、結構な無理難題だと言う事は分ってはいるが。
「Your power becomes a full thing if giving birth to Seth's child!」
「ですから、権力に興味はないと言ったでしょう? と言うか、あの男の子を産む? 丁重にお断りいたします」
「Your opinion isn't related!」
 半ば怒鳴るように、レオはその顔にオルフェノクの姿をダブらせながら声を荒げる。
 言っている事は、聖守と同じだ。私の意見は求めていない。霧雨さんと私を連れ去り、私に聖守の子を産ませると言う結果だけを望んでいる。
 グイと口元を拭い、その場に血と、折れてしまったらしい自身の歯を吐き捨て、レオはきつく私を睨む。
 その視線が怖いのか、霧雨さんが小さく体を震わせて、顔を埋めるようにして私にしがみついてきた。
 ……それくらい、今のレオは殺気立っている。
「……Still, there is only taking you even if your hands and feet are chopped off」
 手足を切り落としてでも連れて行く。
 そう言った瞬間、彼の姿はオルフェノクの物へと変わった。ただ……彼の左腕だけは、なぜか人間の姿のまま。凄く歪で……不自然な印象を抱かせる。
 どうやら、自己の細胞とやらを使って左腕を作ったは良いが、「失くす前」……つまりオルフェノクとしての自身までは再現できなかったと見るべきだろう。
 それはそれでありがたい。注視すべきは右腕だけと言う事なのだから。
 とは言え、やはり霧雨さんを抱えた状態での戦闘は危険だろう。私は意識をレオに向けたまま、そっと霧雨さんを地に下ろす。
「う?」
「申し訳ありません。少し……ほんの少しの間だけ、ここで待っていて下さい。早々にあの男、叩き潰して参ります」
 不思議そうに見あげて首を傾げた霧雨さんにそう言うと、私はすぐさま棍でレオの左腕を横薙ぎに殴りつけた。
 人間のままである部分に卑怯な、と思われるかもしれないが、仕方がない。何しろ私が右から左に振れば、それは自然に対面に立つ相手の左から右に向かう攻撃になってしまうのだから。
 そしてその攻撃を、レオは反射的に左腕で受けようと構え……だが、すぐにそれが「再生された物」だと気付いたらしく、慌てて右腕で棍を止めようと構え直した。
 ……本人まで変化していない事を忘れる腕と言うのもいかがな物か。
 そんな事を思うが、今回は「忘れていた事」に感謝する。何しろ、彼が忘れてくれていたからこそ、「受ける手を変える」と言う、ある種最大の隙を作ってくれたのだから。
 先も言ったが実力は拮抗している。そんな中で今のような大きな隙は、彼にとって致命的。レオもとっさに右手を構えはしたが、こちらの力を流しきる事は出来なかったらしい。ごっすと嫌な音を鳴らし、その体は横に回転しながら石畳に叩きつけられる。
 そこで動きを止めてくれるような輩ならともかく、レオは聖守同様、そう甘い相手ではない。相手が起き上がるよりも先に、私は「ヒトのままの左腕」を踏みつけ、更に棍の先でレオの腹を思い切り突く。
「…………!!」
 声にならない声を上げ、レオはその場で軽く跳ねる。私が押さえていなければ、受身のような物は取れたかもしれない。バウンドする事で衝撃をいくらか和らげる事も可能だっただろう。
 だが、左腕を踏みつけられ、体の一部を固定された現状では、衝撃を上手く逃がす事も出来ない。棍を通じて得た「破壊した感触」は、気持ちの良い物ではないが……それでも、これ位しなければ動きを止める事など不可能だろう。
 足で腕を踏みつけ、更に棍で腹を押さえつけた状態のまま、私はぜえぜえと息を荒げるレオを見下ろし……そして、かねてから疑問に思っていた事を彼にぶつけた。
「そもそも、何故ファンガイア氏族でもないあなたが、聖守の野望に加担したがるんです? あなたには何の利益もないでしょう? Why do you want to participate in his ambition? Anything will not have profits to you」
 それを問うた刹那、彼はハン、と鼻で笑い……
「Ha! I want to experiment how it becomes it if the Orphenoch and the Fangaia hybridize」
 オルフェノクとファンガイアが交配したらどうなるかを、実験……?
 何故、そんな事をしたがるのかは分らないが、この話の流れから、その「実験」に使われる「ファンガイア」が誰なのかくらいは理解できる。
 ……無論、私だ。何をどうしたらそういった考えに到るのかは分らないが、レオも聖守も、私に「自分の子供」を産ませたいらしい。
 ……冗談ではない。人を何だと思っているのか。怒りを通り越して呆れすら覚える。それがいけなかったのだろうか。ふと棍に入れていた力が緩んだらしく、レオは空いている右腕で腹の上の棍を払い除けると、そのまま強引に立ち上がった。
 ちぃ、と軽く一つ舌打ちした後、慌てて後ろに飛んでレオとの距離をとる。だが、気付けばその距離を即座に縮めたレオの右拳が眼前に迫っていた。
 あれだけ派手に叩きのめしたと言うのに、レオのスピードは殆ど衰えていない。しかも灰猫さんによって両肩を撃ち貫かれて、右手にも銃弾を浴びていたにもかかわらず、だ。
 厄介な、と眉間に皺が寄るのを感じながら、ギリギリの距離でその拳をかわし、もう一度棍を振ってレオの脇腹を殴り飛ばす。
 ゴッと鈍い感覚が棍越しに手に伝わり、レオの体にかなりのダメージを与えた事が分る。
 ……今の感触で平然としていたら、私、流石に逃げますよ? 霧雨さん連れて。
 と、思ったのだが……どうもそれは杞憂だったらしく、レオはその姿を人間の物に戻すと、忌々しげにこちらを睨みつけて、宣言した。
「The catastrophe of a grand crossing is caused, and man is exterminated. And, it is we that rule the ground who accomplished further evolution! It doesn't accept carrying out my obstacle!!」
 ……「グランドクロスの大災害」を引き起こす目的は、人間の根絶。そしてその後にオルフェノクによる支配を目的にしているらしい。
 ……その野心が、彼の原動力なのか。
 それにしては、なんだか妙に……鬼気迫るものがあるような気がするのは気のせいか。そもそも、その野心とオルフェノクとファンガイアを云々の実験はどう関係するのか。
「野望を持つ事を悪いとは言いませんが、私達まで巻き込まないで下さい。Don't involve us in, although it doesn't matter to have ambition」
「No……No!!  You are necessary for that. ……So that we may survive!」
 巻き込むなというこちらに対し、レオはギリ、と奥歯を噛締めながら怒鳴り散らす。
 「自分達が生き延びる為に、必要だから」と。
 …………「生き延びる」? それは一体どういう……
「……Do not talk, Leo」
 不思議に思ったのと、低い声で灰猫さんが言ったのはほぼ同時。直後に、再び銃声が聞こえ、レオの体が傾いだ。
 灰猫さんの持つ銃口からは薄く硝煙のような物が上がっており、レオの脇腹から幾筋か血が流れているのを考えると、恐らく灰猫さんが放った弾丸が彼の脇腹に命中したのだろう。
「灰猫、さん……?」
「Your word is unpleasant」
「Kyu Haineko……I don't permit you. I let you whom I obstructed regret many times!」
 まるでこちらの声など聞こえていないかのような反応を示す灰猫さんに、レオはレオで幾度となく邪魔をしてきたと言う理由で彼に殺意を向けている。それでもヒトの姿のままなのは、ダメージの大きさ故だろうか。
 こちらの事を失念してくれているのはありがたいが、今度は灰猫さんの様子がおかしい。
 ……ガイアメモリを打ち込まれた直後の様子に、よく似ている。いや、あの時よりも酷い。表情は暗く、陰鬱で……レオへの殺意を隠そうとしていない。
「余所見をするな、灰の虎よ」
「テメェもごちゃごちゃうるせぇ」
 横から襲い来る聖守の声に返しつつ、灰猫さんは銃口をレオに向けたまま引鉄を引く。
 だが、ガイアメモリの力を使った銃弾だからなのだろうか。放たれた弾丸はレオには飛ばず、くるりと聖守へ向って軌道を変え、奴の両の腿を撃ち抜いた。
「うぐっ!」
 低く漏れる聖守の声で、銃弾が奴に当たった事を把握したのだろう。灰猫さんはちらりともそちらに視線を向けず、ただひたすら、レオに向って冷たい視線を送っている。
 ……まさか、またしてもガイアメモリの副作用が灰猫さんを蝕んでいるのだろうか。自分に挿して使用している訳ではなくとも、何らかの影響を彼の身に及ぼして……
「Don't say an excessive thing. ……Would you like to die?」
「Even an excessive thing? Although it will be a fact which doesn't have time to us!」
「時間が、ない……? それって、どういう……」
 レオの言う「俺達に時間がない」とはどういう事なのか。自分でも驚くくらい掠れた声で投げた問いに、灰猫さんは忌々しげにチイと一つ舌打ちを鳴らすだけで、答えてはくれない。
 灰猫さんは、何かを隠しているのだろうか。オルフェノクに関する、何か重大な事を。
 灰猫さんが苛立っているのは、本当にメモリの影響? それとも……彼の言う「余計な事」を私達に知られたくないから?
 もしも後者だとしたら、彼は一体何を隠していると言うのか。
 それは、「生き延びる」とか「時間がない」とか……半ば強引に自分の子孫を残そうとしている事に関係しているのか。そうだとしたら、考えられるのは……
「ま、さか……オルフェノクは、短命種……だと?」
「…………ファンガイアから見たら、どんな生物も『短命』なんじゃないか?」
 思わず漏れた声に、灰猫さんはその顔に微かな苦笑を浮かべ、茶化すような言葉を返す。
 だけど……微かに苦笑の浮いた表情は、やはりどこか陰鬱なまま、レオと聖守の二人を捕えており、私と霧雨さんの事は視界に入れないようにしている。
「I'm not accepted. Only life which waits for a downfall! He is me no matter what it may sacrifice……Only I survive!」
「We're once dead. ……Downfall? It only returns to the dead」
 「何を犠牲にしても、自分だけは生き残る」と吼えたレオとは対照的に、灰猫さんは静かに言う。
 ……「死者へ戻るだけだ」と。
 それは、彼らオルフェノクが酷く短命な存在である事を意味しているに他ならない。
「そんな……そんなのって……!!」
「理解したか、白城の獅子。オルフェノクは我らと比して、実に脆い。だが、貴様が母胎となり、新たな種の母……クイーンとなれば、脆き彼奴らにもほんの僅かな希望が見えるという物」
 両の腿を撃ち抜かれているにも関わらず、聖守の声は楽しげに聞こえる。こちらに向かってジリジリと距離を詰めてきている事も、視界の端に映っている。
 だけど……そんな事は、どうでも良い。
 灰猫さんが、消える? そんなのは、嫌だ。でも……どうすれば良いのか、愚かしくも異なる種に恋をしてしまった私には、分らない。
――忘れちゃ駄目だ。種族を超えた恋愛は、悲劇しか生まない事を――
 いつだったか、帝虎がそんな事を言っていたのを思い出す。
 彼は、ひょっとしてあの時から気付いていたのだろうか。
 私が灰猫さんに恋をして……そして、こんな想いを抱く事になるかもしれないと言う事を。
「さあ、その胎を貸せ。我が子の後はオルフェノクの子を産み落とせ」
「You should just merely be kept by us」
 狂気に彩られた聖守とレオの顔が、視界に入る。私が呆然としたまま立ち尽くしているのを機と捕えたのかも知れない。「道具」を見るような目で、私を見ている。
 片やキングを倒す駒を手に入れる為に、そして片や、己の種を……あるいは命を、存続させる為に。
 ……私と言う存在が、ただの道具であったなら……どれ程楽だっただろう。
 きっと、こんな苦しい思いはしなかった。ただの道具として、良いように弄ばれるのも運命として受け入れられていたかもしれない。
 だけど……
「残念ながら……あなた方に飼われるつもりも、ましてあなた方の子を産むつもりもありません。私は愛玩動物ではありません。まして『モノ』でもない」
「……一つの個として、脆き灰の虎を想うという茨の道を選ぶか、白城の獅子」
 顔をあげ、私は姿を「ライオンファンガイア」から「彩塔硝子」に変えて言い放つ。それをどう思ったのか、聖守もまた、自身の姿をヒトと同じ物に変え、ニヤニヤと笑いながらそう言った。
「茨の道? 種族を超えた恋愛は、悲劇しか生まない? 上等じゃないですか。……私、障害を破壊するのって大好きなんです。ですから……」
 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべて。
 私は霧雨さんを抱え、するりと灰猫さんの横に立って……そして、彼に言った。はじめて井坂と対峙した時にかけたのと、同じ言葉を。
「灰猫さん。一緒に、戦わせて下さいませんか?」
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