灰の虎とガラスの獅子

【少女とT/記憶と灰と虎】

――馬っ鹿だなぁ弓。何でわざわざ、絶好の機会を自分でふいにするかねぇ――
「絶好の機会? 何の?」
――勿論、硝子を押し倒す機会だよ。据え膳だったろ、アレは――
「押したっ…………おま、もう本当に死ねっ!」
 パソコンの前で文章を捻り出そうとする俺の頭の中で、俺と同じ声がからかうように響く。
 原因は分っている。昨夜、彩塔さんが俺の部屋に上がっていったアレだ。
 霧雨を狙う理由と言うのを聞き、そしてその後……彼女には、帰ってもらった。霧雨はすっかり寝入っていたのでこっちで面倒を見ると言って、心配そうな顔で泊まるとか言いだした彼女を強引に帰したのだ。
 ……あのままでは、いつまでこっちの理性が保つかわかりゃしない。惚れていると自覚している女を前にして、心拍が上がらない男がいるなら見てみたい。
 更に言えば、心拍がうなぎのぼりで上がった挙句、何をするか自分でも分らなくなった。
 上手く話せないとか、動きがぎこちなくなる程度ならまだ良い。かなり挙動不審ではあるが。
 しかし……「頭に響く声」が言うように、押し倒すとか、そう言う、その……色々とすっ飛ばした行為に及ぶのは、俺としても避けたい。だから、何かをしでかす前に帰ってもらったのだ。泊まられたら、確実に俺は無体を働いただろう。
 だが、別れ際の彼女の不思議そうな顔や、今朝方霧雨を引き渡した時のにこやかな表情を見る限り……俺、彩塔さんに男として意識されていないんじゃなかろーか。
 はぁ、と深い溜息を吐き出しながら、改めてモニターを見て……やっぱり文章を打つには身が入らなくて。
 いや、打てない訳ではない。しかしこのままでは作中の主人公とヒロインに、俺の願望をまるまる投影しそうで怖い。それは、流石にどうかと思う。
――いいじゃねーか。どうせ誰もお前の願望だなんて気付かねーよ――
「……能天気で良いな、お前。他人事だと思って」
 俺はガシガシと頭を掻き毟り……そして、もう一度溜息を吐くと、自分でも驚くくらい真剣な声で「頭に響く声」に向って話しかけていた。
「それからいい加減、俺のフリして頭の中で喋るのはやめてもらおうか?」
――あん?――
「流石の俺も気付く。……誰だ、お前」
――へえ? てっきり永遠に気付かずに、過去の自分だと思ってくれてるかと思ったけどな――
 「頭に響く声」が、楽しげに……と言うか嬉しげに揺れる。
 正直な話、昨日の昼までは、この「声」は過去の俺の記憶なんだと思っていた。
 実際に、かつて俺も同じ事を言っていたし、自覚も多少はあった。だが……同時に違和感もあった事は確かだ。俺はあんなに乱暴な口調じゃない……と思う。
 そしてその疑いを決定付けたのは、昨日。声は、レオが退散した後、俺に向かってこう問いかけた。
 ……「その傷を治してやろうか? 硝子には心配かけたくねーんだろ?」と。
「……過去の俺が、『傷を治してやろうか?』とか言うか。それに、俺は誰かにそんな事を言えるような立場にない」
 だから気付いた。「声」の正体は、俺とは違う「誰か」であると。
 過去の俺の記憶をひっくり返しても、誰かを治す事もなければ……彩塔さんを「硝子」などと呼び捨てにした記憶もない。
――ああ、確かに。アレは致命的だよなぁ――
 言いながらも、「声」はクックと楽しそうに笑う。
 ……こいつ、実は自分の存在隠す気なかったんじゃないか?
「それで? 結局お前は誰なんだ?」
――俺か? 俺は……そうだな、「アッシュ」とでも呼んでくれ――
「アッシュ?」
――スゲーざっくり言っちまえば、この地球が持つ「灰燼の記憶」その物ってトコだ。でも、いちいち「灰燼の記憶」だなんて呼びにくいだろう?――
 は?
 地球が持つ「灰燼の記憶」?
 訳が分らない。いつだったか誰かから、「ガイアメモリは、地球が内包する何らかの記憶を抽出したデバイス」みたいな事は聞いた事があるが、それと何か関係しているんだろうか?
「すまん、今ひとつ分らない」
――だよなぁ。じゃあさ、お前が「アッシュメモリ」の過剰不適合者だってのは知ってるよな?――
「ああ。だから井坂に狙われて、殺されかけたんだろ? 俺がメモリを絶対的に受け付けない体質だから」
――過剰不適合者の、表向きの意味は、お前の言う通り「メモリを受け付けない体質」って事だが……――
「……違うのか?」
 過剰不適合者。「メモリを挿しても、すぐに拒絶反応が出て、メモリが排出される体質の持ち主」の事。少なくとも、俺はそう聞いていたし、翔太郎や説明をしてくれたフィリップなんかもそう思っている事だろう。
 だが、アッシュは今、「表向きは」という言い方をした。って事は当然、表向きじゃない、「本当の理由」があるはずだ。
――完全な間違いでもねぇ。ただ、過剰不適合者の本当の意味は、「メモリと言う媒体がなくても、特定の記憶とその力を引き出す事が出来る存在」を意味する。むしろメモリって媒体が邪魔なんだ――
「……だから、『メモリを受け付けない』って言える訳か」
――そう言う事。メモリっつー「不純物」が入るから、生命力を削がれる。きっかけさえあれば、メモリなしでいくらでもお前はオレを呼べる。要するに、お前自身が「アッシュメモリ」の役割を果たしてるってこった――
 ……いやいや、待て。ちょっと待て。流石にそれはないだろう。だって俺、井坂にメモリを挿されるまで、「灰燼の記憶」なんて垣間見た事すらないし。
 と言うか、俺自身が「アッシュメモリ」?
 何だそれ、何が起こってるんだ?
――だから、「きっかけさえあれば」っつったろ? お前の場合、きっかけが「アッシュメモリの挿入」だった訳だ。……要は、自覚の問題だな――
 そう言う問題なのか?
 と力の限り突っ込みたい気持ちを抑え込み、俺はこの日何度目かの溜息を吐き出す。
 事実、こうして俺の中には「アッシュ」と言う名の「別人格」みたいな者が存在しているんだから、否定のしようがない。水掛け論になるだけなら、いっそ「そう言う物だ」と受け入れてしまった方が早いだろう。
 ……世の中、人間の想像力では思いもつかないような不可思議現象が溢れ返っていると言うのは、自分がオルフェノクになった時に充分思い知ったはずだ。
「お前の事は、まあ理解した。だが、『灰燼の記憶』を引き出したからと言って、何の役に立つ? 俺にはその役立て所が分らないんだが」
――結構オレは役に立つぞ? 例えば、この間……硝子がレオのヤローに襲われた瞬間、映像が見えたろ? アレはあの場に存在した「灰」の記憶だ――
「じゃあ、俺はその記憶を垣間見たって事なのか? お前のお陰で?」
――正解。「灰」があれば、その時点でそこはオレの領域テリトリーであり、それは同時にお前の領域でもある――
 自慢げに放たれる言葉に、俺はふむ、と頷く。
 アッシュが「地球に内包される灰燼の記憶」なら、確かに「灰が存在する場所」がこいつの領域になるだろう。「生まれたばかりの灰」……と言うと何だか不思議な感じだが、そう言った物に関する記憶も、こいつの中に蓄積される。
 灰を通してアッシュは物事を見聞きする事が出来、更に俺はそんなアッシュを通して感覚を共有する、と言ったところか。
――オレの力はそれだけじゃないぜ? この前、お前の傷を治せたのはくらった攻撃がオレの属性だったのと、お前の体が限りなく灰に近いからだ――
「レオも俺もオルフェノクだからな……つまり、オルフェノク同士としての戦いなら、お前は俺を治す事が出来るって事か」
――そ。だが、相手がファンガイアだった場合、連中は「グラス」とかその辺の属性であって領域が違う。お前がファンガイアに怪我を負わされても、即完治ってのは無理――
 と言う事は、この間は運が良かったと言う事か。
 まあ、それはそうだろう。もしもどんな傷でも即完治とか言う事だったら、我ながら相当不気味だ。それに……相性と言うのもあるだろうし。
 それにしても……俺の人生も数奇な物だ。五年前に死んで、オルフェノクに覚醒したかと思ったら、今度は「アッシュメモリ化」? おまけにその「灰燼の記憶」とやらは俺の中に居座っていると来た。
 「地球が持つ記憶」なんだから、さっさと地球に還れと言いたい。
 そんな俺の思いを読み取ったのか、アッシュはうーんと困ったように唸り……
――帰れって言うが、お前とオレが完全にリンクしちまってるんだよ。だから、オレがどこにいようが、お前が生きている限りはつながりっぱなしだ――
「……マジか」
――マジ。だから諦めろ。……ああ、ちなみにオレと会話するのに、お前が声を出す必要は全くないから――
「は?」
――オレは「個人」じゃなくて「記憶」だから、お前の頭ン中の声も聞こえてるんだよ。それに、今のお前……端から見たら相当アブないぞ? 独り言ぼやいているとしか見えねーからな――
 …………確かに。アッシュの声は、俺の頭の中で響いている。つまり、他人にはこいつの声は聞こえていない。そんな中で俺が声を出して喋っていたら確かにブツブツと独り言をほざいているように見えるだろう。
 それに……確かに今までも、頭の中だけで会話が成立していたんだから、声を出す必要もない。そんな簡単な事に、今更気付くとは……自分では分らないが、俺も随分と混乱しているらしい。
 はぁ、と無意識の内に溜息を吐き、キーボードの上に額を乗せた……刹那。
「弓にーちゃ、おでこデコデコになるよ?」
「あー、それ言うなら凸凹だなー霧雨」
 後ろからかかった霧雨の無邪気な声に、こちらは振り返りもせず地を這うような声で返し……
 いやちょっと待て。なんで今ここで霧雨の声が!? 彩塔さんの所にいたんじゃなかったのか!? って言うか俺玄関に鍵かけてたはずだよな!?
 ガバッと身を起こし、これまた物凄い勢いで声がした方を振り返る。
 そこにいたのは、予想通り栗色の瞳でこちらを見上げている霧雨と……その後ろで、何故かニヨニヨしている俺の担当、斉藤帝虎だった。
 ……もう一度言おう。斉藤の表情は「ニヨニヨ」だ。決して「ニヤニヤ」という生温い表現できくような笑みではない。
 だが、これで「鍵をかけたはずなのに」と言う点に関しては解決した。斉藤が合鍵を使って開けたのだろう。
 こいつは曲がりなりにも俺の担当。「万が一の居留守」とか「万が一の衰弱死」とかに備えて、合鍵を持っている。だから、霧雨も一緒に入って来れたんだと思う。
「……チャイムくらい鳴らして下さい、斉藤さん」
「驚いて頂こうかと思いまして。いやーそれにしても、先生にこんな大きな隠し子がいらっしゃるとは思いませんでしたよー。かんらかんらっ!」
「彩塔さんと同じ冗談をかますのはやめて下さい」
 さすが兄妹と言うべきか。本当に同じような冗談を言ってきた斉藤に、俺は軽くこめかみを押さえながら言葉を返す。
 ただ、こいつの方が、顔にでかでかと「冗談です」と書いてあるだけマシかもしれない。彩塔さんは真顔で冗談を言う分、本気かどうかがわからないという欠点がある。その点だけは、こいつを見習って欲しい。
「そもそも霧雨、お前、彩塔さんと一緒にいたんじゃ?」
「しょこちゃん、おしごとだって」
「これから本屋のバイトだそうで。それで、先生にこの子を預けようと廊下に出てきた所で、ばったりと私と遭遇した次第です。かんらかんらかんらっ」
――託児所扱いか、お前――
 と言うか、最初に霧雨を連れて来たのは俺だから。逆に彩塔さんが育児してくれてる事の方がありがたいんだぞ?
 呆れ声のアッシュに心の中で返し、俺は諦めたようにパソコンの電源を落とす。
 流石に霧雨を無視して仕事に励むと言うのは、心苦しい。霧雨もそれを本能的に察したのか、きゃっきゃと笑いながら俺に向かって全力で突進してきた。
 そしてそんな俺達を、斉藤は相変わらずニヨニヨと見つめている。
「……何ですか、その何とも言えない厭らしい目は」
「いやー、先生は随分と子煩悩でいらっしゃるんだなぁと。見ていて微笑ましい」
「その顔は微笑んでるとは言えませんよ……」
「ええっ!? これでも最大の慈愛に満ちた微笑を浮かべているつもりなんですが」
「はっきり言って、幼女誘拐を企む変質者にしか見えません」
 思い切り心外と言わんばかりの声で言う斉藤に、俺は正直な感想を述べる。
 あれで「最大の慈愛」とか言われても、正直胡散臭い。いや、この人が胡散臭いのは元からなんだが、胡散臭さに更に拍車がかかると言うか。
「それにしても、本当に可愛らしいですね~。ご親戚のお子さんですか?」
「……え? 彩塔さんから聞いていないんですか?」
「硝子ちゃんからですか? 何を?」
「いや、霧雨がその……斉藤さんと同じ『ファンガイア』で、その……『クイーン』とか言う存在らしいって話」
 俺がそう言った瞬間。斉藤はへ、と間の抜けた声を上げた後、その場で完全に硬直した。目を大きく見開いて霧雨の顔をまじまじと見つめ、何か言いたげに口をもごもごと動かしている。だが、結局それは言葉にはならずに吸気と共に喉の奥に押し込まれているらしい。
 ようやく動き出したのは、彼が硬直してからたっぷり数分かかってからだった。
 戦慄わななくように自分の両手を見下ろした直後、その手を自分の胸にあて……
「え……ぅえぇぇぇぇぇぇぇっ!? ちょっ、何ですかそれ!? 今はじめて……って、あああぁぁぁ、ぼ、僕、手をつないじゃいましたよ!? ああっ、クイーンに何と恐れ多いっ!」
 ……いやー、この人とは数年来の付き合いになるけど、ここまで動揺した姿を見るのは初めてだわ。
 そんなに驚くような事なのか、霧雨がクイーンだって言うのは?
「う? テトにーちゃ、どしたの?」
「さぁ……どうしたんだろうな」
 正直、俺にも斉藤がここまで動揺する理由がわからない。
 彩塔さんは確かに霧雨がクイーンである事に驚いてはいたが、流石にここまでの動揺は見せなかったし、案外普通に……それこそ親戚の子供か何かのように霧雨と接している。
 同じ「チェックメイトフォー」という立ち位置で一括りにされているとは言え、キングとクイーン、そしてルークとビショップの間は天地程も差があるという話も聞いている。その上で、彼女はごく普通の子供に接するのと同じように霧雨を扱っている。
 だが、斉藤の方は違うらしい。妙に畏まっており、未だふるふると震えている。
 ……ひょっとして、こっちがファンガイアとしては普通の反応なのだろうか。
 あり得るなあ。彩塔さん、ちょっとどこかズレてるところがあるし。
「も、申し訳ありません。少々、個人的に『クイーン』には思い入れが深く。つい狼狽してしまいました。大丈夫、今はもう冷静です。ドキドキドキドキ」
 いや、口でドキドキ言ってる辺り、絶対に冷静じゃない。
 ……どう言う思い入れなのかは知らないが、まぁ、霧雨を見る目にやましい所はなさそうだから、悪い「思い入れ」ではないのだろう。
 それは霧雨も感じ取っているのか、不思議そうに小さく首をかしげた後、今度は斉藤めがけて思い切り突進を繰り出した。
「どーんっ」
「はぐふっ!」
――お、鳩尾にモロ――
 容赦ない霧雨の突進により、彼女の頭部が斉藤の鳩尾に綺麗にめり込み、斉藤は目を白黒させる。
 あー……本気で子供って容赦ないな。しかも本人に悪気がないのがまた切ない。ちなみに、俺もあの霧雨の頭突きを何度か食らっているので分る。あれが綺麗に鳩尾に入ると、かなり苦しいんだ。
 叱りたくても、本人に悪気がないから力一杯叱る事も出来ないし。
 それはさて置き。
 最近この人の特徴的な笑い声を聞いていなかったから忘れかけていたが、そもそも何でこの人ここに来てるんだ? 原稿……の締めはまだ先だったと思うが。
「ところで斉藤さん、今日はまた何をしに? 原稿の催促ですか?」
「いえいえ、今日は原稿を頂きに来た訳じゃありませんよぉ。そりゃあ、出来上がってるなら貰いますけど」
「原稿じゃないなら、何ですか?」
 よっこらせ、と言いながら霧雨をちょっと脇にどかすと、斉藤は急に真顔になり……
「六月下旬頃から、ちょっと長めの休暇を頂きますので、そのお知らせに」
「長め? どれくらいですか?」
「いやなぁに、ほんの三週間程度ですよぉ。かんらかんらっ!」
 ……三週間?
 いや、流石に長すぎないか、それ。会社の休暇事情ってのがどんな物かは知らないが、少なくとも有休って奴をほぼ全部使うんじゃないのか?
 いや、まあそれはこの人の事情だから……
 ……って、六月の下旬から三週間……?
「……ひょっとして、グランドクロスがどうこうって関係ですか?」
「え? あれ? 何で先生がそんな事ご存知なんです? まあ、その通りなんですけど」
 あ、やっぱり。
 彩塔さんが、「我が家の基礎知識」とか言っていたから、この人がそう言う事を知っていてもおかしくはない。むしろ、知らない方がおかしいのだろう。
 だが……その頃に休みとって、何する気なんだ?
 俺の疑問が顔に浮かんでいたのか、斉藤は困ったような笑みを浮かべると、うーんと小さく唸り……
「今回のグランドクロスは、ちょっと本業の方が忙しくなりそうでして。恐らく、硝子ちゃんを除く彩塔家総出で仕事に当たらないといけなくなりそうなんです」
「へぇ……本業ってのがどんな物なのかは知りませんし、きっと教えてくれないんだろうなと思うんですが、何で彩塔さんだけ除外なんです? やはり彼女がルークだからですか?」
「いえ。硝子ちゃんは……あー何と言うか、戦闘能力、特に腕力に秀でている分、『本業』の方に対する技術が、ごく控えめに言って、からっきしでして……」
 技術が必要な本業? 何だ? 匠か? 彩塔家って実は匠の一族か? 話の流れから考えても、流石に「芸能関係」ではないだろう。
 もしも芸能関係なら、色々とびっくりだ。斗李さんの立ち居振る舞いは、歌舞伎の女形に通じる物がなくもないが、あんな派手な女形は流石にないだろうし、何より斉藤がそう言った事に造詣ぞうけいが深いとも聞かない。
「まあとにかく、そう言う事ですから。僕がいないからって、執筆サボったら……殺しますよ? 社会的に。ちなみに硝子ちゃんに手ェ出したら、本格的に殺しますんで」
 本性を示す虹色の瞳で俺を睨みつけながら、斉藤は基本的に笑顔に見えなくもない顔でざっくりと釘を刺す。
 ……おいおい。どう考えても本気だよな、こいつ。シスコン!? かなり重度のシスコンなのか!?
「ま、そんな事にならない事を祈ります。それじゃあ僕はこの辺で。かんらかんらかんらっ!」
 びくりと慄く俺とは正反対に、物凄く楽しそうな声をあげ、斉藤はひらひらと手を振って玄関の扉を開け…………何故か、固まった。
 くる、バタン!
 そういう擬音がしっくり来るくらいの俊敏さで開けた扉を閉め直し、蒼い顔をしながら鍵とチェーンをかける。まるで、何か……とてつもない「何か」が部屋の外にいて、それから隠れるように。
「斉藤さん……?」
「先生、お願いですから今だけ匿って下さい。一生のお願いです、これ聞いて下さったら硝子ちゃんに手ェ出していいですから!」
 何だその前言撤回!? さっきまでの本気はどこに消えた!?
――それだけ、外の奴は脅威って事なんじゃね?――
 俺の訝る表情とは反対に、アッシュの楽しげな声が俺の頭で響いた瞬間。外から声が響き渡った。
 良く言えばよく通る、悪く言えば近所迷惑な大きな声が。
「お主がそこから現れたと言う事は……愚息その三よ! そこにマイ・ドーターが居るのじゃな!?」
「いやいやいやいやいや、硝子ちゃんはここにはいませんよ! ここはお仕事相手の方の部屋です! 本当です!」
「フン、黙れ愚弟。この辺りから愚妹の匂いを感じる。隠そうとしても無駄だ」
「それはまぁ、当然と言えば当然なんですけど……って何か扉ミシミシ言ってません!? 本当にこの部屋の方とかご近所様とかに迷惑……」
 悲鳴にも似た斉藤の声を無視するかのように、バァンと派手な音を立てて扉が開く。いや、開くと言うか……無理矢理引っぺがされると言うか?
 あ、チェーン飛んだ。
 いや待て、ここ、俺の部屋だからね!? 何で扉ぶっ壊されなきゃならないの!?
 思い、扉の向こうに立つ人影を俺はきつく睨む。そこにいたのは、白衣を着た眼鏡の青年と筋骨隆々で肩から大きな袋を提げた中年男性の二人。
 …………いや、この人達……誰?
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