灰の虎とガラスの獅子

【少女とT/怖いもの】

 風都野鳥園。そこに以前、私が助けた……正確には、「病院へ連れて行った」少女がいると聞き、私は霧雨さんを連れて遊びに来ていた。
 なお、霧雨さんの処遇を、先日折を見てキングにお伺いした所……ビショップの奴は周到にも既に手を回していたらしく、「私が面倒をみる事」に既に決定していたらしい。
 ……まあ、良いんですけれどね。「クイーンの守護」はルークの本職ですから。ただ、これに関してはキングに預ける、預けないで一悶着あるだろうと予想していただけに、少々肩透かしを食らった感じではある。大体ビショップの奴は何を考えて……
「しょこちゃんしょこちゃん! あの鳥さん、なぁに?」
「ああ、あれは白鷺です。正式にはカラシラサギと言います」
 霧雨さんの純粋な問いに、私は彼女の指の先にいる白い鳥を見ながら、その名を告げる。
 かつてはその羽毛が装飾品として重宝されていたのだが、今は乱獲による個体数の激減によって準絶滅危惧種に指定されている鳥だ。
「日本には、越冬……冬を越す為にやってくる渡り鳥なんだ。夏場は嘴が橙色なのが特徴かな」
「あ……」
「こんにちは」
 にこり、と笑いながら話しかけてきたのは、目的の少女だった。
 ここに来たのは霧雨さんの散歩と言う意味合いもある。だが、本来の目的としては、この少女の事が気にかかっていたからだ。
 白騎士に襲われ、目の前で父親を殺され、コネクタを打ち込まれ、かなり精神的に追いつめられていた。退院したとは聞いていたが、大丈夫なのかと心配していたのだが……今はその顔に悲愴感はない。この空と同じ、晴れやかな表情と、未来への希望のような物が見て取れる。それに……彼女と出会った時には存在していた、「白騎士に打ち込まれたコネクタ」が消えている。
 と言う事は、もうあの白騎士が彼女を狙う理由がなくなったと判断して良いだろう。
「こんにちは。お元気そうで、安心しました」
 これは本心からの言葉だ。私が見つけ、そして病院で目が覚めた時の彼女は本当に酷かった。
 私に近付くな、どうして放っておいてくれなかった、死なせてくれれば良かったのに。
 そんな言葉をかけられ、悲しみと憎しみと恐怖でいっぱいになっている目で睨みつけられたのは、割と記憶に新しい。
 ……直後、病院内で力の限り一喝し、医者と看護師に怒られたのも、記憶に新しいが。
「私の心を守ってくれた人がいたんです。あの時、あなたが言ってくれたみたいに」
「…………その節は、大変な失礼を」
 思い出しても恥ずかしい。いくら白騎士と人指し指の二人に襲われ、気が立っていたからとは言え、恐怖に呑まれていた彼女を怒鳴りつけるなど。
 彼女だって、壊れそうな自分を必死に押さえ込んでいたのに。
「う? おねーちゃん、しょこちゃん何ゆったの?」
「ん? 『この世には、必ず、自分の心を守ってくれる者が存在するのです。そして、あなたが誰かの心を守る事も出来る。その可能性を放棄するなど、誰が許しても、この私が許しません!』ってね」
 言った当時は、分ったような口を利くな、と言われたものだが、今は所謂「いい思い出」なのか、彼女は晴れやかな笑顔で霧雨さんの問いに答える。
 しかしまあ……彼女が元気になったのは良かったと思う。何があったのかは知らないが。
「あ、噂をすれば」
 言うと同時に、ぱあと彼女の顔が綻び、思い切りその手を振る。恐らくは、彼女の心を守った人物とやらが、彼女の視線の先に存在しているのだろう。
 ……少し、興味がある。
 と言う訳で、彼女の視線を辿ってみると…………そこには、ある意味見慣れた顔があった。ただ、普段は赤いジャケットを着ている事が多い彼が、今日は黒いジャケットを着ている。ブランドは同じものらしく、逆さハートに燃え盛る炎を象ったデザインは健在。
 顰め面と言うイメージが強かったのだが、今はそうでもない。少し……いや、結構穏やかな顔つきに見える。
 瞳の奥には、何かを吹っ切ったらしい、確固たる色が見て取れる。
 清掃のバイト先の課長さん……照井竜警視。
 成程、彼なら納得だ。彼女の心を守り、そして……彼女が彼の心を守ったのだろう。
 ぺこりと頭を下げると、彼は私がいるとは思っていなかったのか、一瞬だけぎょっとしたようにその目を開き……だが、すぐに表情を元に戻すと、軽く口の端を上げ、短く言葉を紡いだ。
「井坂は、倒したぞ」
 …………はい?
「あの、それはどう言う意味でしょう……?」
「俺に質問をするな」
 問いかけた私に、心底不快そうに照井警視は言葉を返すと、そのままスタスタと野鳥園の奥へ、少女と共に歩いていってしまった。
 ……いや、今の言葉は質問するなと言う方が無理です、照井警視。
 呆然と、そしてどこか釈然としない感情を抱きつつも、私は霧雨さんと一緒に野鳥園を見て回る。
 まあ、白騎士……井坂が倒されたと言うのであれば、別に構わない。
 照井警視がそんな嘘を吐くとは思えないし、何よりあの少女の様子を見るとそれが真実なのだろうと理解出来る。脅威の内の一つは去ったのだ。何があったのかは知らないし、恐らく知る機会も巡ってこないのだろうが、彼が来ないのは非常にありがたい。
 となると、今現在私が気をつけねばならないのは……聖守とレオの二人と言う事か。
 しかも、恐らくこの二人は手を組んでいる。大元の目的は何なのかまでは読めないが、少なくとも当面の目的は霧雨さんの拉致、そしてざっくり一月後に来る「二重束縛の夜」における、彼女の殺害。
 ……聖守とて、何が起こるか知らない訳でもなかろうに。
 呆れ混じりに思いはするが、あの男が何を考えているのかなど、分るはずもないし分りたくもない。
「しょこちゃん、おでこにシワシワ」
「ああ、申し訳ありません。つい」
 無意識の内に寄ってしまった眉間の皺を指摘され、ぐいとそれを伸ばす。
 ……何だか最近、こんな顔をする事が多くなった気がする。その内、この顔で固まってしまうのではなかろうか、私。
 などと下らない事を考えながら。私と霧雨さんは、いつの間にやら野鳥園を抜け、港の側まで来ていた。
 ……我ながら、考え事に集中しすぎるこの性分は、いかがな物かと思うのだが。
 しかしまぁ、霧雨さんは楽しそうにしているので別に良いか。
 ぼお、と船の汽笛が遠くで聞こえる。バシャンと言う派手な水音は、大きな魚でも跳ねたのだろうか。揺らめく水面は、陽の光を弾いて銀のスパンコールを散らしたように煌いている。
 霧雨さんも、その景色に見とれるように、おお、と感嘆の声を上げてはしゃいでいた。
 ……最初の内は。
 だが、すぐに別の物に興味を抱いたらしい。私の後ろに視線を向けた瞬間、彼女の顔がぱぁっと輝き、嬉しそうに私の袖を引くと、見ろと言わんばかりに空いている方の手で何かを指差し……
「しょこちゃん! ニャンコさん!」
「猫ですか?」
 霧雨さんに言われ、彼女が指した方向を見やり……私は思わず大きく目を見開いてしまった。
 確かに、猫に見える。猫に見えるが、だがしかし。
 あれを「猫」と呼ぶには、色々問題があるだろう。
 二足歩行……はまあ、教えれば芸としてやる猫もいるだろうから良い。しかし、人間と同程度の大きさと言う時点でツッコミを入れたい。猫科の生物かもしれないが、「猫」ではない。おまけに口元には二本の鋭く長い牙、腰には球体の埋まったベルトらしき物。
 「ニャンコさん」と呼べるような可愛らしさは、悪いが微塵もない。おまけに誰かを襲った帰りなのか、随分と殺気立っている上に、爪には血が付着している。
「ねこねこ、にゃー」
『ぶにゃぁぁぁぁぁっ!』
 無邪気に近付こうとする霧雨を警戒しているのか、そいつは威嚇の鳴き声を上げる。鋭い爪と牙を霧雨さんに向け、今にも彼女を切り裂きそうな勢いだ。
 って何を呆然としているか、私は!
 あれはどう見てもドーパントだ。何のドーパントなのかは知らないが、腰に巻いているベルトは以前遭遇した人指し指……冴子と同じ物。
「霧雨さん、私の後ろにさがって下さい!」
「う? なんで?」
「いえ、この状況で何でと聞かれましても。引っかかれたら痛いで済まされないのは、見てわかるじゃないですか」
「うー? ニャンコさん、ちっちゃくてかわいいよ?」
 緊張感の欠片もない声で言われ、私は軽くこめかみを押さえる。
 いやいやいや、全然小さくないです。と言うかむしろ大きいくらいです。あれで小さいと呼んでしまったら、世の中の猫全てが小型になってしまいます。
 と、心の中でツッコミの嵐を巻き起こしながらも、私はゆっくりと霧雨さんを自分の後ろに回す。その行為で、ようやく彼女もその「猫」に近付いてはいけないと理解したのか、大人しく背後に回ると、きゅっと私のズボンを掴んだ。
『ふぅぅぅぅっ! なあぁぁぁっ』
 まるで、本当の猫のような声を上げながら、相手は威嚇するようにこちらに向かって構える。
 こちらが一体何をしたと言うのか。無差別に誰かを襲うつもりにしては、感じ取れる物は殺意とか敵意とか、そんな物だけだ。愉快犯特有の、愉悦、傲慢、そして見下すような感じはない。
 とは言え、ドーパントなのだからやはり相手は人間だろうとは思うが……それにしては、妙な印象も受ける。
 全身の毛を逆立て、牙を剥き出している仕草は猫そのものだし、何より二足で立っている時間が少ない。
 猫になりきっているとでも言うのだろうか。とにかく、霧雨さんを安全な場所に移動させなければ。
 咄嗟に判断し、ゆっくりと……しかし相手から目を反らすような事はせず、互いの距離を開かせる。
 仮に相手が猫になりきっているとしても、その仕草は野良ではなく家猫の物。と言う事は、私がこの格好のまま全力で威嚇をしても、逃げない可能性が高い。
 と言うか、逆ギレされて襲われても困る。
 少しずつ……本当に少しずつ下がっていく私に気付いたのか、相手はそうはさせじと一気に距離を詰めにかかった。
 ……思った以上に、早い!
 爪を振り上げ、それを私の顔めがけて思い切り振り下ろす。
 かわしたら霧雨さんに怪我を負わせる。それはまずい!
 思い、咄嗟に私は自分の腕で顔を守るようなポーズを取った……刹那。
『やめなさい、ミック』
 どこからか、そんな声が聞こえた。声の主はドーパントなのだろう、特有のくぐもった声だ。そしてその声が聞こえた瞬間、「猫」の爪は私の腕に触れるか触れないかの位置で、ぴたりと止まった。
「……何が……?」
 何が起きたのか。分らず、思わず声を上げた瞬間。
 「それ」は、地中から滲み出るようにして現れた。
 龍を模したであろう、巨大な青の冠。黒く伸びるマント。青黒い粘液状の「何か」から、せり上がるようにして現れた「そいつ」は、ふわりと宙に浮きながら、その視線を私の前にいる「猫」と、私達二人に向けた。
 足元に、「そいつ」が生んだと思しき粘液が纏わりつく。慌てて霧雨さんがそれに触れぬよう、彼女の体を抱き上げるが、既に彼女の足元にもそれが広がっていた。だが、彼女はあまり気にしていないらしい。むしろ私に抱き上げられた事が嬉しいのか、キャイキャイと嬉しそうにはしゃいでいる。
 しかし、私は……はしゃげない。無駄に心拍数が上がる。額からは冷や汗が流れ落ち、呼吸が浅く、そして回数も多くなる。まるで見えない手に首を締め上げられているかのような錯覚。
「あ……はっ、あ、ああ……」
 かつて、こんな風にまともに言葉が紡げなくなった事があっただろうか。
 寒い。
 今すぐに逃げたい。
 それなのに、私はその場に縫い止められたかの如く、動く事が出来ない。
 せめて相手から目を反らせば良いものを、それすらも出来ないとは、一体どう言う事か。
「あなたは……何者、ですか?」
 それでも、霧雨さんをぎゅっと抱きしめながら、何とか絞り出すように声を上げる。
 いっそ、気絶してしまえればどれ程楽だろう。だが、私が倒れれば霧雨さんの身柄の保証は出来なくなるし、大人しく気絶出来るような可愛らしさは、生憎と持ち合わせていない。
『私の事かね?』
「あなた以外に、誰がいると言うのです?」
 ゾクゾクと這い上がるような震えを無理矢理押さえつけ、もう一度問いかけた。
 腹部のベルトは、目の前の「猫」と同じ。という事は、彼の人物も間違いなくドーパントだ。人語を解している分、「猫」よりも分り易い。
 そのはずなのに、この這い上がる寒気はなんなのか。叫んで、泣き喚いて、その場に蹲りたくなるこの衝動は、間違いなく彼の存在から感じ取れる。
『ある者は、私を『恐怖の帝王』と呼ぶねぇ』
「恐怖……『Terror』、ですか」
 成程、確かに今私が感じ取っている衝動は「恐怖」から来る物と言って差し支えない。
 しかし、正体がわかればこちらの物だ。
 ……誰が得体の知れぬ恐怖になど、負けてやる物か。
 私が怖いのは、自分の使命を全う出来ぬ事。無関係の人間を巻き込む事。そして、大切だと思える人を失う事。この三点だけだ。こんな、強制された恐怖など耐えてみせる。
 一度だけ深く息を吸い込み、そして一気にそれを吐き出すと、私はきつく相手……「恐怖」を名乗るそいつを睨みつけた。ひょっとすると、虚勢を張っているように見えているかもしれないが。
「何の御用かは存じませんが、早々にお引取り下さい。そうして頂けない場合は、こちらも全力でお相手する事になります」
『ほう……』
 「猫」は「恐怖」と顔見知りなのか、控えるように彼の後ろでゴロゴロと喉を鳴らしている。
 一方で「恐怖」は……私の態度に何を思ったのか、はっはっはと高らかに……そして朗らかに笑いながら、ゆっくりと地上に……否、私の眼前に降り立つ。
 その瞬間。それまで黙っていた霧雨さんが、嬉しそうに……そして楽しそうに、きゃっきゃと笑いながらその手をパチパチと叩いた。
「すごい! おじさん、ういてた! 手品みたい!」
 その行為に、呆気にとられたのだろうか。「恐怖」は……そして私もまた、驚いたように霧雨さんの顔を覗き込む。
 霧雨さんは、彼の与えてくる無条件の恐怖を感じなかったのか?
 と言うか、おじさん? いや、確かに声は男性の物だが……
『お嬢ちゃんは、怖くないのかね?』
「こわい? なんで? ニャンコさんかわいーし、おじさんは優しそう」
『はっはっはっはっはっは。恐怖を知らぬ年頃、と言う訳だ』
 霧雨さんの言葉は、彼にとって非常に愉快な物だったらしい。温和そうに聞こえなくもない笑い声を上げ、そして大きく上半身を震わせて笑う。
 しかし……果たして彼の言う通り、「子供だから」と言う理由で、生み出されている恐怖を感じないのか。
 ……多分、それだけじゃない。恐らく、彼女の中に眠るクイーンの力が、本能的に告げているのだ。相手は恐怖する程の存在ではない、と。目の前に立つ「恐怖テラー」という名のドーパントよりも、自分の力が……そしてキングの力の方が余程怖いと。
 そしてもう一つ。私の中には、ある仮説が浮かんでいた。ただ、それを裏付ける証拠はない。そして、本当にそんな「力」が存在するのかどうかも。
 そんな事を思っている間に、「恐怖」は「猫」をちょいちょいと手招きし……そのメモリを抜き取った。直後、彼は自身のメモリも抜き去り、人としての……本来の姿を私達に表した。
 初老の紳士、と言う呼び方がこの人物に当てはまるのかどうかは分らない。少なくとも、「恐怖」である彼の姿を知った後では、とてもではないがそんな評価は下せない。
 白髪混じりと言うよりも「黒髪混じり」と言うべき灰色の髪に、黒いサングラス。服も、表現し難い模様だが上品な布を使っているのは分る。仕草もどこか洗練されており、上流階級の匂いを感じさせる。恐らく、社会的地位も充分にある人物なのだろう。
 そして……驚くべきは「猫」。
 「恐怖」だった男性の腕には、灰色の毛並みに黄色い目をした、ブリティッシュショートヘア。
 気高い雰囲気はあるものの、不機嫌そうにこちらを見ているのは、気が立っている証拠だろうか。しかしまさか……
「……猫もドーパントになるなんて……」
「ミックは、我がミュージアムが誇る処刑人だからね」
 呻くように言った私に、答えになっていない答えを返し、「恐怖」だった人物は軽く猫……ミックと言うらしいその子の頭を軽く撫でる。
 ……「ミュージアム」……それが彼らの組織の名なのか。おまけに、猫までもが「処刑人」として存在するなんて。
 ……あ、でもこっちも霧雨さんが「処刑人」の立ち位置だから、人の事言えないかも知れない。まあ、本人まだその力を扱いきれる訳じゃないのだけど。
 ってそう言う問題ではない。そもそも、使用者に制限とかないのか、ガイアメモリ。どこまで「使用者」になれるのだろう。「無機物に挿しても可」とか言われたらどうしよう。
「しょこちゃん、ニャンコさん!」
「抱いて、みるかね?」
「ん!!」
 「恐怖」に問われ、霧雨さんは私の腕の中で目一杯腕を伸ばし、ミックをそっと抱きかかえる。
 ……随分と大人しい猫なのか、それとも疲れているだけなのか。先程までの不機嫌は消え、黙って霧雨さんに撫で回されている。
「ふわふわ! かわいー!」
「……抱かせて頂けて、良かったですね、霧雨さん。お礼を言わなくては」
「うん! おじさん、ありがとう!!」
 にっこりと、心底嬉しそうな笑みを向けた霧雨さんに、「恐怖」は上辺だけは優しそうな笑みを浮かべ……
「なぁに、構わんよ」
 霧雨さんの手からミックを受け取り、そして軽く彼女の頭を撫でる。ミックを撫でていた時と、同じような手つきで。
 その一方で私に向かっては決して好意的とは言えない……だけど悪意も感じられない視線を向け、彼は小さく嘲笑わらった。私など、敵ではないと言う事か。それはそれで腹立たしい。
「会いたくなったら、博物館に来ると良い。歓迎しようじゃないか」
「その『歓迎』が、『ドーパントの皆さんによる総攻撃』と言う意味でないのなら。……いつかお伺いしたいと思います」
「はっはっはっはっは。面白い事を言う」
 朗らかに……「恐怖」はそれだけ言うと、くるりと踵を返してこの場から立ち去った。まるで、散歩に来たのだとでも言いたげに。
 ……正直に言えば、助かったとしか言いようがない。もう一度あの姿になられたら……果たして私は、『霧雨さんを守る』と言う使命を果たせただろうか。
 まあ「そうならなかった事」を考えても仕方がない。今考えるべきは「分った事」に関してだ。
 私の予想通りなら、霧雨さんには、恐らく「相手の普段の姿」、もしくは「相手の本質」が見えているのだろう。それなら、タイガーオルフェノクの姿をしていた灰猫さんを、即座に灰猫さんだと理解した理由も、ミックのドーパント姿を見て「小さい可愛い猫」と表現したのも納得出来る。そして、その力が常に発動している訳ではないと言う事も。
 何故なら、彼女は私を「白いライオンさん」と呼んでいた。つまり、ライオンファンガイアとしての私の姿も見えていると言う事だ。
 確かにそれは便利かもしれないが……同時に、今回のような危険も孕んでいる。
 ならば、やはり「誰か」が守らなければならないではないか。
「……帰りましょうか、霧雨さん」
「おー!」
 多分、きっと。その「誰か」と言うのは、私なのだろう。
 そんな事を思いながら、私達は帰路に着いた。
 ……私達の背後に、ひっそりと佇む人影になど、まったく気付かずに。
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