灰の虎とガラスの獅子

【蠢くD/We're gonna save you】

 ……ああ、良い天気だ。空が嘘臭いくらいに青い。
 こんな日にパソコンの前で唸って、出ない文章考えるとか、アホらしくてやってられるか。
 ……と、文章が降りて来ないと言う現実から逃避しつつ、俺はいつもの散歩コースを歩いていた。
 この所「散歩中に何者かと遭遇」と言う、どこかで誰かが仕組んでいるんじゃないかと思えるくらいマンネリな展開が待っていたせいか、散歩のはずが全く気分転換にならない……むしろ余計に疲れると言うこの現状。
 今日は今のところ何も起こっていないが、きっと何かあるに違いない。何となくそんな予感がする。でもまぁ、どうでも良いか。だって空はこんなに青い。
 ……って、俺は一体いくつの現実から逃避してりゃあ良いんだ。
――全くだな――
 自分自身にツッコミを入れつつ、俺は大きな溜息を一つ吐き出した。
 彩塔さんはビショップからの言伝を聞いて以降、家を空ける事が多くなった。一度ベランダ越しにそれとなく聞いてみたら、バイトの空き時間はクイーンとやらの探索に充てていると言っていた。
 その時の彼女は、どこか寂しそうな……そして盲目的な決意を秘めているように見えた。
 彼女の持つルークと言う肩書きがそうさせているのか、それとも彼女自身の意思なのかは不明だが、とにかく今の彼女は「クイーンを見つける」と言う目的だけで生きている気がした。
 どうしてそこまで思い入れがあるのかは分らないが、何っつーか……ちょっと盲目的過ぎて心配になる。彼女は、自分の事を後回しにする傾向がある。俺も大抵その傾向が強い方だと思うが、それでも彼女には負ける。
 彩塔硝子という女性には、「自分がやりたい事」がないように思うのだ。欲望など何もない、中身のないガラス瓶のような人物。
 彼女が来てから一月以上経っているが、今になってそれがわかった気がする。
 そうだと気づくと、何だか少し寂しくなった。
 俺には欲がある。「生きていたい」、「存在していたい」と言う欲が。それが転じて「死にたくない」、「死なせたくない」と言う欲にだって発展している。
 けれど、彼女にそれがあるだろうか。
 俺から見た彼女が持っている物は「死にたくない」とか「生きていたい」と言う「欲望」ではなく「死ぬ訳には行かない」、「生きなくちゃいけない」と言う「義務」だ。義務と欲望は全く違う。
 でも、もし彼女が「死にたくない」と言う欲望を得るとしたら……その「欲望」を植えつけるのは、誰なんだろう。
 ふと、そんな事が頭を過ぎる。それと同時に、何故か妙な感覚が胸の中に広がった。彼女に欲を植え付けるであろう、見知らぬ「誰か」に対し、殺意と嫉妬と羨望を混ぜ合わせたような……ジリジリと身の内と心を焦がして、冷静な判断を灰へと変えていく、そんな激情を覚えた。
 ……考えただけで、頭を掻き毟りたくなる。
 おかしい。おかしいだろ。何でこんな……よく分らない感情を抱いているんだ?
 何だろう。強いて挙げるなら独占欲って呼ぶのか? 何だ、これ。何なんだ?
――いや、だから「好き」なんだろ、彩塔硝子って存在が。恋焦がれ、自分の理性を灰に変えても良いと思えるくらいにさ――
 いやいやいやいや、待て待て待て。何だ今の。
 誰が、誰に、何だって?
――だから。灰猫弓が、彩塔硝子に、惚れてるって言ってんだよ――
「惚れ……へ?」
 まるで自分の中に別人でも居るかのような印象。
 慌てふためく俺の頭の中で、冷静に返す俺の声。それもまるで、「いい加減自覚しろ」と言わんばかりの呆れ声だ。
 ……「自覚する」?
 そんな考えに到る時点で、「声」の言う事を認めてる様なものだ。って事は、俺は、彼女の事……
 ………………
 瞬間、火が出るかと思うくらい顔が熱くなる。全身の血が顔に集まっているんじゃなかろうか。ああ、今の俺の顔は、凄く情けない感じになってるはずだ。
 意味もなく口元を押さえ、何とか自分を落ち着かせようと深呼吸をする。
 ひっひっふー、ひっひっふー。
 ……ってこれ深呼吸じゃないだろ!? どれだけ動揺してるんだ、俺!?
 落ち着け、落ち着けよ、俺。
 「一体いつから」……なんて考えたってどう考えても無駄だ。多分、「気が付いたら」って奴なんだろう。少なくとも、現在進行形で「好き」なんだからそれで良いじゃないか。
 じゃあ「どこが」? ……これも考えても無駄だ、今の俺は彼女の事を僅かに思い出しただけでも茹で上がる。これまたありきたりだが、「全部」と言っても差し支えないのかもしれない。何をしても「可愛い」とか「放っておけない」とか、そんな考えにつながってしまう。
 ……いいや、待て待て。これはきっとアレだ。最近斉藤に刷り込まれていたからそう勘違いしてるだけだ。所謂「恋の熱病」って奴だ、そうだそうに違いない。ほら、俺ってまともな恋愛経験した事ないし。
――何でそんなにムキになって否定するんだよ? お前、馬鹿か?――
 人が必死で否定する傍らで、蔑むような声が頭の中で響く。ああ、そう言えば昔、恋愛相談された時に、そんな回答を誰かにした事があったっけ。
 ああ、今はあの時相談してきた奴の気持ちがよく分る。自分と彼女じゃ吊り合わないと本気で思っている。「俺なんかじゃダメだ」と言う考えが頭にこびりついているのに、「彼女に好かれたい」と言う我儘を消し去る事もできない。
 ……駄目だ、末期だ。この症状になっちまった友人を何度も見ているから間違いない。……俺は、完全に、堕ちている。しかもさっきまで無自覚だっただけに、自覚した際の反動がでかすぎる。
「ああ、もう。俺、阿呆だ……」
――何を今更――
 煩い黙れ。明日から……いや、今日から、俺、どんな顔して彼女に会えば良いんだよ……
 と、身悶えながら散歩は続行する。周囲に人がいなくて良かった。いたら、今の俺は間違いなく不審者扱いされていた事だろう。
 ああもう、何でホントにこんな唐突に自覚したかな、俺。気付かなければ、きっとこんな……こんな、忙しくて苦しい感情を知らなくて済んだのに。
 彼女の事を思い浮かべては浮上し、その直後目の前にある問題に気付いて愕然とする。その繰り返しだ。
 だが……俺が自覚したのと同じように、これまた唐突に、それは起こった。
 何度目かの感情の滑落を味わい、無意識の内に絶望の溜息が口から漏れた瞬間、すぐ脇の家から、ガシャンとガラスの割れる音がした。
 それだけなら、俺だって何も気にせず通り過ぎるところだ。近くの家人が間違ってコップを割ったとか、外でボール遊びしていた子供が、どこぞの窓を割ってしまったとか、そんなシチュエーションを想像する。
 だが……その直後に、女の悲鳴と子供の泣き声が聞こえたとあっちゃ話は別。
 浮上と滑落を繰り返していた感情の起伏は、一気に普段の平坦な物へと変わる。同時に冷静さも取り戻したらしい、音と声がした方へ回り込み、悪いとは思いつつも「吾妻」と言う表札のかかったその家の中を覗く。
 他人が端で見ていたら不審者扱い、パートツーのシチュエーションだが、幸か不幸か俺以外に人の気配はない。
 ……いや、人の気配がないのはおかしいだろ。この辺は確かに住宅密集地って訳じゃないが、それでもいつもは数人のおばさん達が井戸端会議とかやってるはずだ。それすら気付かない程悶えてたのか、俺。うわ、改めて気持ち悪っ!
 何て事を瞬時に考えるが……俺の視界に入った「とんでもない物」のせいで、その考えも即座に吹っ飛んだ。
 割れたのは庭に出るためのベランダのガラスらしい。中から割れたのか、破片は庭に向かって散らばっている。その欠片に所々付着している赤い何かは血液だろう。
 ガラスと言う壁を失った為か、中の声が通って聞こえるし、割とはっきり見える。
 さっきから聞こえていた通り、子供が泣いている。見た感じでは三、四歳くらいの女の子だろうか。その子を守るように抱きかかえているのは母親だろう。その背には、無数の切り傷がつけられており、既に背は真っ赤に染まっている。
 更にその二人を守るように、女の子の父親と思しき男性が、こちらは全身から血を流しながら、それでも腕を広げて立っていた。
 ……獅子に似た怪人ファンガイアを前にして。
 あれは……彩塔さん…………?
 いや、違う。彼女の「本当の姿」であるライオンファンガイアによく似ているが、少し違う。彩塔さんは白が基調であるのに対し、俺の視界に入っている「そいつ」は黒が主だ。それに彼女には、両肩に天使の彫刻のような物が付いていたが、「そいつ」にはそう言った物は付いていない。
 何より……雰囲気が違いすぎる。彼女はあんなにどす黒い雰囲気を纏っていない。もっと高貴な印象だ。
「その子供、渡してもらおうか?」
 ゆっくりと手を差し出しながら、黒いライオンファンガイアは野太い声でそう言葉を放つ。
 うん、彩塔さんじゃない。今の声はどう聞いても男の物だ。
 彼女じゃなくて良かったと思う反面、まずいとも思う。何が目的かは知らないが、少なくともあのライオン野郎は、女の子を狙っている。しかも、邪魔をしている両親を殺しても構わないとさえ思っているらしい。
 奴の後ろでは命を吸う為の牙……確か吸命牙とか言うらしい、ファンガイア特有の器官が、切っ先を父親の方に向け、ふよふよと宙に浮いている。
 冗談じゃない。彩塔さんとよく似た姿で、彼女とは逆の事をしようとしているなんて。
 冷静さを取り戻していたと思っていたが、どうやらまだ彼女への熱が冷め切っていなかったらしい。
 「彼女と似た姿」と言うその一点だけで俺の中で燻っていた炎のような感情が再び燃え上がり、気付けば足元に転がっていた石を拾い上げ、黒ライオンの顔面めがけてぶん投げていた。
 予期せぬ方向から来た投石に驚いたのか、黒ライオンは左手でその石を払いのけ、こちらをギロリと睨みつけてくる。
 黒ライオンと同じように驚いたのか、その家の住人もぎょっと目を見開いて俺の顔を見つめた。
「事情は分らないが、つい投石しちまったんだが……まずかったかな?」
 わざとらしい声で言いつつも、俺は滑り込むようにして黒ライオンと父親らしき人物の間に立つ。
 不法侵入だが、この場合は緊急事態だ、多分許されるだろう。
「君は、一体……?」
「んあ? 散歩中にたまたま近くを通っただけの、小説家だけど?」
 訝しげに問う「父親」さんに対し、俺は出来るだけ飄々とした雰囲気を作って答えを返す。
 勿論、聞きたい答えはそんな事じゃないんだろうが、この状況で「通りすがりのオルフェノクだ、覚えておけ!」とか何とか、どこかで使われていそうな台詞を言うつもりはない。
 そもそもオルフェノクって言って、この人達に通じるとも思えないし。
「……人間風情が、俺の崇高な目的の邪魔をするな」
「何が崇高な目的だよ。やろうとしてる事は、どう見ても幼女誘拐、もしくは拉致だろ? どこにも崇高さの欠片もないじゃないか」
「ふむ。人間の低能ではその程度の理解しか出来んか」
「ああ、あんたの行動原理は理解出来ないししたくもないね。……けど、こっちの両親が必死で……それこそ死ぬ覚悟で、自分の子供を守ろうとしてる。そっちの気持ちの方が、まだ理解出来る」
 つまらなそうに吐き出す黒ライオンの言葉に、こちらも吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
 小さい者、力無き者を守ろうとするのは、生物の本能として刻まれていると聞いた事がある。まして、彼らは「親」だ。自分の腹を痛めて産んだ母に、何も出来ないもどかしさを十ヶ月も味わった父。その苦しみを味わっているからこそ、「親」は「子」を守るものだ。少なくとも、そう言う物だと俺は思っている。
 ……ひょっとしたら、そう「思いたい」だけかもしれないが。
「フン。親子の情と言う奴か? 下らない」
「何?」
「情などいらぬ。必要なのは絶対の支配者のみ。人間は我らの管理されるべき存在であり、決して対等ではない」
 「人間は、ファンガイアによって管理されるべき」って……確か、「保守派」とか呼ばれる連中がそんな事考えてるとか言っていたか。
 おかしな話じゃないか。その考えとあの子を拉致ろうとする理由がどう関係する?
 疑問に思うが、それを問うよりも先に。背後にいた少女の母親らしき人物が、声を荒げた。
「そんな事、絶対にないわ。だってこの子は、人間の手を借りてこの世に生を受けたのよ」
「自分が生まれるのを手伝った人間と言う種を、この子が見下すなど……あってはならない事だ」
 ……え? ちょっと待て。何かその言葉、おかしくないか? その物言いだと、まるで……
 今度は俺がぎょっと目を見開き、二人の方へ振り返った瞬間。彼らの首から顎にかけて、ステンドグラスの様な模様が浮かび、直後彼らの姿が怪人へと変化した。
 父親らしい方はどこか水色の体色を持つ鮫を、母親らしい方は紫の体色を持つエイを連想させる。
 まさか、この人達も彩塔さんや黒ライオンと同じファンガイア!? って事は、そこで泣いてる彼女も……?
 訝り、驚く俺の肩に、父親……シャークファンガイアと呼ぶべきその人が、ぽんと手を乗せる。その手の細胞の中に、彼が擬態していた時の姿が浮かび……苦笑めいた表情を見せた。
「私達もこの通りの存在だ。だから……逃げるなら今のうちだよ、『小説家』さん」
 俺の驚きを、負の方向に取ったのだろう。その言葉には「自分達も怪人だから」と言う自嘲めいた色が見て取れた。
 確かに驚きはしたが、それは彼らが「怪人だから」じゃない。いやまあ、確かにファンガイアだった事には驚いたけど、決して悪い方向には受け取って欲しくもない。
 俺が、「怪人だから」と言う理由で怯えられる事を嫌っているのに、同じ事を誰かに返すなどしたくない。
「あなた達もそうだった事には、確かに驚いたけど……でもさ、怪人と係わり合いになりたくないって思ってるなら、最初から首は突っ込まない。黒ライオンの姿を見た時点で逃げ出してるさ」
 ニ、と……彩塔さん曰く悪役っぽい笑みを口元に浮かべながら、ひょいと肩を竦めて言葉を返す。それがおかしかったのだろうか、シャークとデビルフィッシュの二人は、満身創痍ながらもクスクスと笑い……しかしすぐにその笑みを消すと、二人は俺を後ろへとどかし……
「娘を頼む」
 低く、しかしそれ故に真剣さを感じさせる声で、その一言を放つと、二人同時に黒ライオンに向かって攻撃を仕掛ける。
 シャークの方は二振りの剣、そしてデビルフィッシュはその尾を模した鞭。それらが奔り、黒ライオンの体を捕え、引き裂く。いや、引き裂くかに思えた、と言う方が正しいだろうか。それまでのダメージの蓄積のせいか、二人の攻撃はいともあっさりと受け止められると、逆に彼らの腹部に一撃ずつ、強烈な蹴りをお見舞いする。
 直後、黒ライオンはシャークの武器を奪い取り……それを、「最悪の形」で返却した。
 ドス、と言う鈍い音。それと共に、彼らの胸には一本ずつ刃が貫いていた。
「おとーさん! おかーさん!!」
 子供ながらに、何が起こったのか理解したのか。悲鳴にも似た声で、少女は両親を呼ぶ。いや、呼ぶだけではなく、駆け寄ろうとまでしている。
 それは駄目だ。黒ライオンに捕まる。俺は、この子を頼まれたんだ。心を鬼にして、俺は少女がそれ以上進まぬように抱きかかえ、黒ライオンとの距離を取る。……こみ上げる怒りを、必死で押さえ込みながら。
 ああ、まずいな。こんな感情、アッシュメモリを挿して以来だ。これ程まで……「殺す」と決意したのは。
 とても子供に見せられる感情じゃない。
 思いつつ、それでも……彩塔さんを想うのとは、まったく別種の激情に、身を焦がしそうになった刹那。黒ライオンの足元から、紅蓮の炎が吹きあがった。
「な……えっ!?」
「お願い。その子を連れて逃げて!」
 驚く俺の声を掻き消すように、デビルフィッシュの、泣き出しそうな声が聞こえる。その手には、どこに隠し持っていたのか百円ライター。そしてシャークの手には、燃えやすい上に煤が出やすいサラダ油。
 彼ら自身が、この家に火をつけたと言う事か。その事に黒ライオンも気付いたのか、忌々しげに奥歯を噛み締め……騒ぎになり始めたのをまずいとでも思ったのか、ギロリと俺と少女を睨みつけると、慌ててその場から姿を消した。
「あなた達も一緒に逃げろ! 多分、あなた達専門の医者だっているだろ!?」
「もう、無理なの。私達は」
「何を言って……」
 そこまで言って……気付く。デビルフィッシュ……いや、母親らしきその人物の体に、無数の皹が入り始めた事に。
 同じように父親であるシャークの体も、パキパキと音を立てて皹が入り、一片、また一片と散っていくのが見えた。それでも二人は、彼らの娘に向かって必死に手を伸ばし……
「ムウ。あなただけは……幸せになってね」
「遊園地……連れていけなくて、ごめんな」
 そして。
 まるで周囲の熱に耐え切れなくなったかのように、二人はバキンと派手な音を立てて砕け散る。
 そこに残ったのは、細かいステンドグラスの破片。これが、ファンガイアの亡骸と言う事なのか。死んだら灰となるオルフェノクもそうだが、ファンガイアもまた、ヒトから「亡骸」として扱われそうにない残骸を残すとは。
「おとーさん! おかーさん!!」
「危ねぇ!」
 両親の「死」を受け入れられないのか、少女はその残骸に手を伸ばす。だが、そんな彼女の短い腕は、俺の体と炎に阻まれ、彼女の両親まで届かない。
 火の広がり方が早くなってきている。じっとしていたら、俺も、そしてこの少女も死んでしまう。
 託されたって言うのに、死なせる訳には行かない。
――オレの見立てじゃ、この家はすぐに灰になる――
 バチリと爆ぜる炎に目をやると同時に、俺は右腕で少女の体を抱きかかえ、左手を伸ばして彼女の両親の欠片を一つずつ掴み取る。
 普通のヒトなら、たぶんこれが遺骨って扱いなのだろう。気持ちの良い物ではないが、跡形もなくなって、彼女の思い出から消えるよりは余程マシだ。
「悪いな……我慢してくれ」
 静かに放った俺の言葉に、少女は素直にこくりと頷くと、ぎゅっと俺に抱きついて……大声で、泣いた。
 その声が外にも聞こえたのだろう。オレンジを纏ったレスキュー隊員の声が聞こえ……俺達は燃え落ちる前の家から脱したのだった。

 その後。……俺は少女、吾妻あづま 霧雨むうの「従兄」のフリをして、彼女を連れて帰る事になった。その際、助けに来たレスキュー隊員と、その弟を名乗るお巡りさんと一悶着……俺に一切の怪我がない事とか、本当に従兄なのかとか、そもそもこの火事放火じゃないの? とかはあったが、些細な事だ。うん、そう言う事にしておこう。
 しかし……黒ライオンに襲われる懸念から、連れて帰る事にしたとは言え……どうするよ、俺。
 子供の扱いなんて分らないぞ? しかもこの子、懐いているのか俺から離れようとしないし。
「……とりあえず、帰って相談するか。……彩塔さんに」
 果たして今の俺が、彼女を前にしてまともに喋れるかは甚だ不安だが……そうも言っていられないだろう。何しろ、ファンガイア関係は、彼女に聞くのが一番早いのだろうから。
 ……はぁ。しかし「好きだ」と自覚して早々これとは。
 俺って、斉藤の言う通りヘタレの駄目男なのかなぁ……
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