灰の虎とガラスの獅子

【Eの気配/忍び寄る影】

 「人差し指」の攻撃で麻痺した視覚、聴覚、触覚のうち、最初に取り戻したのは視覚。見たのは、白騎士ウェザーが灰猫さんに向かって、灰色の何か……「アッシュメモリ」とやらを放り投げる所だった。
 私の頭は白騎士に踏み躙られている。女の頭を踏むとは何事だと言ってやりたいが、この状況は己の招いた結果。屈辱よりも先に、己の浅慮に対する悔しさが強い。
 おまけに、どうやら私を交渉の材料にしているらしい。大方、私の命を救う代わりに灰猫さんにメモリを挿すように要求でもしているのだろう。
 しかし、その要求は灰猫さんの命を差し出せと言っているようなものだ。灰猫さんにそんな要求をしたところで、彼には呑む義務もなければ義理もない。私はただの「隣人」であり、しかも勝手に捕まってしまっただけなのだ。
 彼にこっぴどく怒られる状況でこそあれ、彼が自分の命を投げ出すような状況ではない。
 私は死んでも構わない、など殊勝な事を言うつもりは毛の先程も存在しないが、助けて欲しい訳でもないのだ。
 だから……どうか、拒否して欲しい。
 願った瞬間、灰猫さんの唇が微かに動く。
――……俺は、死ぬのはごめんだ――
 聴覚は回復していないが、唇の動きや、その直後の周囲の反応からそう判断する。中でも、白騎士の反応は顕著だった。
 ギシリ、と私の頭にかかる体重が増し、どこか苛立たしげに体を震わせている。
 だが……それは当然の反応だ。彼は一度、「死」を体験している。だからこそ、私には理解できていない「死の恐怖」を知っているはず。
 そもそも、仮に交渉に応じてメモリを挿したとして、この狡猾な白騎士が私を解放するとは思えない。
 だから、だろうか。私は無意識の内に笑みを浮かべ、押さえつけられた頭を何とか相手の顔に向け……
「私に……人質としての価値など、皆無、です。見当違いも、甚だしい」
 上手く息が継げないのは、触覚の麻痺の影響か、それとも頭を踏み躙られているせいか。どちらにしろ、ぷつぷつと途切れる自分の声を骨伝導で聞きながら、フンと鼻で笑ってやる。
 それが気に入らないのだろう、白騎士の足に、更に力がかかり、私の首は強制的に灰猫さんの方へと向けられる。
 視界に入るのは、苦しそうに顔を歪める彼の顔。
 ……灰猫さんは、悪ぶっているけれども、基本的には良い人だ。お人好しと言っても良い。だから多分、私を「見捨てる」と言う選択をした事に対して苦しんでいるのだと、勝手に推測してしまう。だって、他に彼がそんな顔をする理由なんて思いつかない。
――彩塔さん。……ごめん――
 その表情のまま、灰猫さんは深々と頭を下げて私に謝る。
 だけど……何故だろう。その瞬間、私の内に妙な違和感が芽生えた。頭を下げた瞬間、先程までの苦しそうな表情が消えたからかもしれない。
 ……まさかこの「ごめん」の意味は、私を見捨てるからではなくて……
 その考えに到った瞬間、灰猫さんは口の端に悪役めいた笑みを浮かべ、足元のアッシュメモリをひょいと拾い上げる。
 その行為に、そしてその表情に。どうやら、自分の考えは正解らしいと言う事に気付き、愕然とした。
 ……灰猫さんが謝ったのは、私を見捨てるからではなく、私が最も望んでいない行動に出るから。
 やめてくれと目で訴えるも、顔を上げた灰猫さんの顔は、悪人その物と言って良いような歪んだ表情をしていて……その顔からは似合わない一言が、彼の口から放たれる。
「今、助けるから」
 未だ耳鳴りが酷く、他の音を拒絶する中。
 そう言った彼の声だけは、やたらはっきりと聞こえた気がした。
 直後、灰猫さんは拾ったメモリを左腕に向かって、投げるようにして端子部分をあてがった。メモリの先が腕に刻まれた受け入れ口である模様部分に当たり、彼の皮膚が微かにその侵入を拒むようにたわむ。しかしそんな拒絶を物ともせず、メモリは水に沈むかの如くするりと灰猫さんの中へと侵入し、彼の体を侵食し始めた。
「灰猫さん……あなた、何を!?」
 「何を」の先が続かない。
 何をしているのか、何を考えているのか、そして……何をする気なのか。
 問い質したいのにそれが出来ない。まるで焼けた鉛でも流し込まれたかのように、喉が痞えて言葉が出ない。
 瞬きも出来ずに見つめる私の……いや、私達の目の前で、彼はその姿をもう一つの姿であるタイガーオルフェノクへと変じた。
 ほんの少しだけ違うのは、いつもよりもやや凶悪な顔つきになっている事、腹部に球形の「何か」が存在している事、そしてその体から陽炎が揺らめき立っている事。まるで、たった今燃え尽きた灰のように、その身に膨大な熱量を宿しているように見える。
 オルフェノクの力とドーパントの力が、彼の中で暴れているのだろうか。狂気と正気が綯い交ぜになった瞳が、ちらりと私の姿を捉えた。
 ……ああ、今の私は、なんて酷い顔をしているんだろう。
 灰猫さんの瞳に映った自分の姿を見て、呑気にもそんな事を思う。
 擦り傷、切り傷だらけの体、泥に塗れた顔、何よりも、今にも泣き出しそうな情けない表情。そもそも、何が悲しいのだろうか。混乱して、上手く考えが纏まらない中で、灰猫さんがニヤリと瞳を細めて、黒緑……が多分強化したのであろう戦士の肩を叩いて、何かを囁くようにその耳元に口を寄せた。
 ドーパントやオルフェノク、ファンガイア……もっと言えば黒緑と言った「鎧を纏った者」は、口元の動きが読めない。だから、灰猫さんが何を言っているのかは分らない。
 だが恐らく、雰囲気的に考えても、黒緑となった翔太郎さんを宥めるような言葉をかけているのだろう。どんな言葉をかけているのかは、分らないが。
 しかし、次の瞬間。灰猫さんがこちらを見たと認識するよりも先に、本人が私の眼前に立ち、その拳を白騎士に向かって突き出していた。
 拳は白騎士の心臓の真上辺りだろうか、そこに当たって相手は体をくの字に曲げて吹き飛ぶ。同時に、私の顔に乗っていた足が消え、視界がよりクリアになる。頭上では、怒り狂ったように矢を連射する灰猫さんの姿があった。
 オルフェノクの攻撃は、掠っただけでもその毒が相手を蝕むと言って、当てないようにとしていた彼が、今は容赦なくその矢を当てるつもりで放っている。
 ……メモリを挿した事で、中途半端にドーパントの力を取り入れ、オルフェノクの毒性を抑えた……と言う事だろうか。だとしたら、何という無謀な賭け。得る物なんて何もない。むしろ、リスクの方が高すぎる。
『あんたの言う通りだったよ。俺は、人間を憎んでる。この上なく、ドス黒い感情を抱いていた。それを認めざるをえないさ。だけどな、同じくらい、好きなんだよ、人間が! どれ程忌み嫌われようと、どれ程絶望しようと、常に光は射してる。俺を好きでいてくれる奴がいる』
 微かだが聴覚も戻りつつあるのだろうか。吠えるように言う彼の声が頭上から降ってきた。
 耳鳴りのせいか、それともメモリを身の内に収めているせいなのか、灰猫さんの声が反響して聞こえる。
 人間だったのに異形と……「化物」と罵られ、蔑まれた過去を抱く彼が、人間を憎まないはずがない。それを押し殺して、それでもヒトであり続けたい、ヒトと共にありたいと願っている……そんな思いが、彼の言葉の端々から聞き取れる。
 最初から異形として生きている私とは違う。自ら望んで異形になったドーパントとも違う。望まずに異形になった者の叫びが、そこに響いていた。
 愛しているけど、憎い。憎んでいるけど愛おしい。相反する気持ちを抱き、もがくその様は正に「ヒト」その物。……例え姿が変わっても、彼の心は「ヒト」だ。それは、誰にも否定させない。
『そう言う思いに、そしてそう言う奴らに報いる為に、俺は生きてる! こんなメモリに、くれてやる命はねぇ! だから……失せろ、井坂深紅郎! そして二度と、俺の……俺達の目の前に現れるな!!』
 ひゅん、と。灰猫さんの渾身の一撃とも言える一矢が、白騎士の右耳を掠める。そこが相手の弱点なのか、掠った耳をあわただしく押さえ、白騎士は殺気立ちながらもこちらとの距離を取る。
 恐らく、これ以上灰猫さんや黒緑の相手をするのは不利と判断したのだろう。相変わらず、引き際だけは心得ている。
『くっ……まさかメモリがそんな反応を示すとは……』
『諦めろ、井坂。俺の命はメモリになんて渡さない。俺の命は俺の物だ』
『……仕方ありません。今日はここで退きましょう』
 言葉と同時に雷が落ち、白騎士はドサクサに紛れてその姿を消す。
「……体……マジで痛ぇ……」
 気を緩めるように呟き、その場で膝をついた灰猫さんの腕から、ようやく灰色のメモリが抜け落ち、力を使い果たしたかのようにバキンと音を立てて壊れた。
 その一瞬後、彼はその姿をオルフェノクから人間に戻し……安心しきったように笑うと、そのままゆっくりと地面に伏せた。
 ……私が想像している以上に、体力を消耗していたのだろう。地面の上だと言うのに、すぅすぅと安らかな寝息を立てて眠っている。
 視界の端では「黒緑、真ん中銀」の戦士がその変身を解き、翔太郎さんとフィリップさんがこちらに向かって心配そうに近付いてくるのが見える。多分、倒れた灰猫さんを心配しているのだろう。そんな彼らに僅かに遅れて、仲間と思しき女性がこちらに駆け寄り、未だ座り込んでいる私の体を支えた。
「大丈夫? 大きな怪我とかない?」
「…………心に深い傷を負わされました」
 心配そうに問いかけた彼女に、わたしは眉を顰め……しかし口元には茶化すような笑みを浮かべて言葉を返す。勿論、「体には大きな怪我はない」と言いたかっただけなのだが……彼女は私の言葉をそのまま受け取ったらしい。大きめの瞳をキッと吊り上げ、白騎士の消えた方向を忌々しそうに睨みつけ……
「おのれぇぇぇ、女性の頭を踏み躙るなんて……許せん!」
 何故か我が事のように怒り、どこからか緑色のビニールスリッパを取り出して、やや甲高い声で怒鳴った。ちなみに、スリッパには金文字で「このド外道が!」と言う文字が印刷されている。
 ……あんな物、どこで売っているのだろうか。しかもこんなピンポイントな場面に合うような一言付きで。というか、よくこんな物を持ち歩いていたものだ。予知能力でもあるのだろうか。それとも、彼女の鞄は異次元につながっているとか?
 うーん、やはり世の中、私の知らない事が多すぎる。百年や二百年で理解しきれる自信がない。まあ、理解しきってしまったら、きっとつまらない人生になるだろうけれど。
「それにしても……私のせいとは言え、灰猫さんもなんと言う無茶を」
「そう言えば、そうだよね。刃稲さんって、確か過剰不適合者って奴なんでしょ?」
「その通りだ、アキちゃん。灰猫弓はアッシュメモリとはとことん合わない体質。以前も言ったが、本来なら怪人態になる事は出来ない」
 翔太郎さんに担がれた灰猫さんに視線を寄せながら、女性……アキちゃん、と呼ばれている彼女に、フィリップさんが言葉を返す。
 そう。確か以前、灰猫さんはアッシュドーパントと呼ぶべき存在にはなれないと言っていた。灰猫さんとアッシュメモリの相性が、最高に悪いため、互いに拒絶反応を起こす為に。事実、多少はドーパントの要素を持っていたとは言え、今だってオルフェノクとして戦っていた。
 心の中でのみ納得しつつ、ちらりと灰猫さんの顔を見た、その刹那。翔太郎さんが、声を荒げた。
「じゃあ、何でさっきドーパントになったんだよ!?」
 その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が跳ねる。
 ……そうか。彼らは、灰猫さんがオルフェノクであるという事実を知らない。私は知っていたから、あれが彼のもう一つの姿だと理解しているが、彼らから見ればあの姿はアッシュドーパントであると認識してしまったのだろう。
 まして、灰猫さんがあの姿に変わったのは、アッシュメモリを自分に挿した直後だ。ドーパントになったと思わせるには、絶好のタイミング。
 しかし、「灰猫弓はドーパントになれない」と言う前提がある以上、彼らは当然混乱する訳で……
「可能性は二つある。一つはそこにいる人物が『灰猫弓』ではない可能性、そしてもう一つは……さっきの姿が、ドーパントではない可能性だ」
「ドーパントじゃねぇって……じゃあ、一体何なんだよ……?」
「さあ? 検索するかい、翔太郎」
 苦しそうに吐き出す翔太郎さんに、フィリップさんはひょいと肩をすくめながら答えた。
 「調べられない」から分らないというよりは、「調べていない」からわからないと言った雰囲気だ。逆を返せば、その気になれば灰猫さんの正体を調べられるという事か。
 だが、返された言葉に対し、翔太郎さんは首を横に振った。
 それは、知りたくないと言う意思表示なのか、それとも知ってはいけないと言う自制なのか。きつく目を閉じ、苦しげに唇をかむその姿からは、どちらとも判断が付かない。
 そのまま、彼らは何も言わず……探偵事務所へと足を進めた。

 成り行きで私も探偵事務所について来てしまったのだが……灰猫さんは、一向に目を覚まさない。
 呼吸はしているから、生きている。体力をかなり消耗したのだろう、泥のように眠っている。
 その間に、私は「アキちゃん」こと鳴海亜樹子さんのご好意でお風呂を頂き、体に付いた埃や泥を落とした。爆風に巻かれ、その上あの白騎士に足蹴にされたのだ。これで泥だらけにならない方がおかしい。むしろ泥だらけ程度で済んだ事は奇跡に近い。
 とは言え、それは私の体の話。服は流石に人差し指の攻撃によってボロボロになっていた為、亜樹子さんの服を借りている。サイズは……基本的にはぴったりだ。うん、次兄の持ってくる服とかに比べれば、まともなデザインなのだ。何の文句もない。
「すみません、お風呂を頂いたばかりか、服までお借りしてしまって……」
「良いって。それより硝子さん、サイズ大丈夫?」
「………………大丈夫ですよ」
「それ、私の目を見て言える? ん?」
「いや、あの……正直に言えば、少々胸がきついです」
 にこやかな、しかし目には怒気を含んだその顔に気圧され、私は思わず本音を漏らしてしまう。
 そう、基本的にはサイズは合う。丈は少々短いが、困るほどではない。二の腕、足などはほぼ同じサイズなのですんなり入った。が、やはり身長差やらその他の要因やら、とにかく胸囲に関してだけは……苦しい。
「……悔しい」
「いや、そう言われましても。私の場合、胸板が厚いだけですし」
 軽く頬を膨らませながら言う彼女に、私は困ったように言葉を返す。
 通常、女性の場合は「胸囲が大きい」と「カップが大きい」が同意語になるが、私の場合はそれが当てはまらない。
 戦う事の多い人生を送っているせいか、私の胸囲の七割方は筋肉、残りの三割はまあ、女性ホルモンがきちんと作用した結果と言うものだ。大体、胸なんて大きいと戦いの邪魔になる。
「何か釈然としないけど……」
 未だブツブツと言いながらも、彼女はそれ以上こちらには何も言わず、奥にいる翔太郎さんの側に向かう。
 翔太郎さんはというと、タイプライターでカチカチと今回の一件を打ち込んでいるようだ。時々、内容を声に出して呟いている。
 そして残るフィリップさんは……分厚い本を片手に持ち、それをパラパラとめくりながら、フムフムと何かを納得している。
 不思議なのは、その本には何も書かれていないにも拘らず、彼にはまるで、そこに文字が書かれているような反応を示している事。
 ……愚か者には見えない文字なのだろうか。正直、理解に苦しむ。
「……彩塔さん、だったよな」
 ふいに翔太郎さんに声をかけられ、私はきょとんとした表情で彼の顔を見やる。
 タイピングが終わったのか、何かを探るような視線をこちらに向け、真剣な表情を見せている。
「あんたに聞きたい事があるんだけど、良いか?」
「答えられる範囲内で、と言う条件が付きますが」
「それでも良いさ」
 私の答えに軽く苦笑を返しつつ、彼は真っ直ぐにこちらを見据えて再び言葉を吐き出す。
「あんた、『ビショップ』って人を知ってるか?」
 あまりにもいきなりなその問いに、一瞬私の思考は停止した。
 てっきり灰猫さんに関する質問でも飛んでくるかと思ったのに……何故にチェックメイトフォーの一人である「ビショップ」の名が、彼の口から出てくるのか。
 まさか、彼も同族? いや、それはない。同族ならば気配で分るが、彼……いや、彼らからそれは微塵も感じられない。
 ならば、何故?
 不思議に思うが、ここで詰まってしまっては、知っていると言っているような物だ。不自然にならないくらいの間を空け、私は当たり障りのない答えを返す。
「チェスの駒としてのビショップなら存じています。けれど、人間となると、生憎と」
 ……嘘は吐いていない。実際にビショップと呼ばれる「人間」は知らない。
 知っているのは、この上なく忌々しい「ファンガイア」のビショップだ。
 先代のビショップもねちっこくて神経質で、正直早く消えて代替わりしてしまえば良いのにと心の奥で秘かに思った物だが、当代のビショップは更に輪をかけてねちっこくて神経質。しかも、保守派……つまり、「人間はただの食事であり、管理すべき存在」と認識をしている奴なので、どこまでも馬が合わない。正直な話、生理的に受け付けない存在だ。
 それは向こうも同じらしく、偶にではあるが、彼の放ったと思しき刺客がお越しになる。直近で言うと、風都に越す直前だったか。あの時は「引っ越し祝いです」と書かれたカード共に、新記録な数の刺客が贈られてきたものだ。ああ、思い出しただけも腹立たしい。
 もっとも、そんな事を顔に出す程、私も若くはないので、空っとぼけた表情を作ったままではあるが。
「本当に知らないのか?」
「はい。存じ上げません。……どなたでしょう?」
 真っ直ぐに私の目を見る翔太郎さんを、こちらも真っ直ぐに見つめ返してそう答える。だが彼は、私の問いに答えるでもなく溜息を吐き出し……
「本当に知らないか? こいつなんだが」
 見せられた写真に映っているのは、牧師を連想させる黒い法衣を身に纏い、ナルシズム全開と言わんばかりに前髪をかき上げて横目でこちらを見やる男の姿。間違いない。写真からでも「自分大好き」感がだだ漏れているこの男は、当代のビショップその人だ。
「……はい。存じ上げません。この方が、何か?」
 すっとぼけてはみた物の、何故翔太郎さんがこんな写真を持っているのかと言う疑問は浮かぶ。
 考えられるのは、彼らが仕事関連でビショップを探している場合。
 彼らは探偵だ、人探しの仕事もあるだろう。となると、どこかの誰かがビショップを探している? というか、ひょっとしてひょっとすると、あのビショップがこの街に来ている?
 そこまで思った瞬間、翔太郎さんは深く溜息を吐き出し……
「ウォッチャマンやサンタちゃん、クイーンとエリザベスの情報網を駆使しても、全く引っかからねぇ」
「僕の方もキーワードが少なすぎて、その人物に辿り着く為の糸口がつかめない。分っているのは『ビショップ』と呼ばれていると言う事と、彼が牧師だと言う事くらいだ」
「それで、街の外から来たあんたなら……と、藁にもすがる思いで聞いた訳だが……」
 外れだったみたいだな、と言いながらも、翔太郎さんの目は鋭く私を観察している。
 ……納得したフリをしているけれど、どうもまだ信じきってはいないらしい。事実、こちらも嘘を吐いているのだから、その判断は正しいのだが。
 ……実は、彼が私をここまで疑う理由があったのだが……私がそれを知るのは、もう少し後の事になる。
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