灰の虎とガラスの獅子
【失いたくないL/命も、想いも】
仮面ライダーに変身した翔太郎の攻撃をかわし、ウェザーは極力近付かないように、雷や竜巻と言った攻撃を仕掛けてくる。
翔太郎の変身した姿に武器はない。距離をとられると、攻撃する事自体が難しくなる。
「やっぱこの格好 じゃ厳しいか……」
『なら、これはどうだい、翔太郎?』
ポツリと漏らされた翔太郎の声に答えるように、あいつの右半身からフィリップの声が響く。
だが、フィリップ本体は俺の脇で、亜樹子さんに抱えられて気絶している。
……まさか……フィリップの意識は、今は翔太郎の中に存在しているって言うのか!?
そんな馬鹿な、と思う一方で……何となく、それが真実のような気がしていた。オルフェノクの存在や、彩塔さん達ファンガイア、それにドーパントの存在だって、何も知らない人間から見たら「そんな馬鹿な」と思う事柄だ。案外、現実とは人間の想像出来る事を軽々と超えるものだ。
などと思っているその時。俺の頭上を、小さな影が過ぎる。
「んあ?」
不審に思い、その影の主を見やると……それは鳥の形をした「何か」。そいつはフィリップの上で旋回すると、クルルと鳴き声じみた音を上げ、緑の光を彼に向かって放つ。その光を浴びたフィリップの体は、すぅっとその「何か」に吸い込まれていく。
目を凝らせば、その足と思しき部分は二本の端子。光と思ったのはデジタル数字の羅列。
SFなどで見かける表現だが、恐らくあの鳥は自律型のガイアメモリで、フィリップの体をデジタルに変えて取り込んでいるのか。
だが、何故!? 亜樹子さんが慌てている様子がない事を考えると、あの鳥型のメモリは敵ではないのだろうが……フィリップの確実な安全の為、なのか?
そんな事を考えている間にも、フィリップの体はどんどんデジタルデータと化して、気が付けば完全にメモリの中に収められていた。
「何が……起こるって言うんだ?」
誰にと言う訳でもなく呟く俺に、メモリはまるでフフンと嘲笑うかのように軽くこっちを見やる。だが、すぐにくるりと旋回すると、翔太郎の腰にあるバックル部分へと勝手に嵌り込んだ。
今まで、赤で「W」を模していたそのバックルは、鳥のメモリが挿さった事で一回り大きい「X」の文字に見える。
――Xtreme――
ガイアメモリを使用する時特有の音声が響き、翔太郎の姿が変わる。
今まで左が黒、右が緑だったその身には、中央に銀……いや、正確にはクリスタルのような物が入り込み、装甲も少しごつくなった。仮面も、今までの「W」から「X」を連想させる触角もどきが付いている。
「エクストリーム」……直訳すると「極端」だ。思わず総毛立つ程の力を感じる。正直に言って、あれを敵に回したいと思えない。
『プリズムビッカー!』
翔太郎とフィリップの声が宣言すると同時に、その中央のクリスタルから盾と剣らしき物のセットが飛び出す。
……どこから出した、ってツッコミは入れちゃあいけないんだろうな、うん。俺の弓もそうだし、彩塔さんの棍棒も同じだ。
思いながらも、俺はじっとその戦いを見つめる。
取り出した剣で攻撃する翔太郎に対し、ウェザーはそれをかわしながら霧や雷、氷と言った物で目くらましをしかけている。しかしその行動をも読んでいるのか、翔太郎の振るう剣の切っ先は、掠る程度ではあるが、確実にウェザーの体を薙いでいる。
相手の僅かな動きで、次の行動を予測しているのか? いや、それにしては出掛りが早すぎる。
「先読みでもしてるのかよ、翔の奴……」
「何でも、あのダブルだと、常に相手の動きを察知できるらしいです」
「ダブル……?」
「今の翔太郎君達の格好です。仮面ライダーダブル」
俺の問いに、亜樹子さんが答える。
ライダーの名前が「ダブル」で、持ってるメモリが「ジョーカー」? おいおい、斉藤、まさかこれを見越して、「ダブル・ジョーカー」なんて名前の小説を書けとか言ったんじゃないだろうな!?
いや、それより今は翔太郎……いや、ダブルとウェザーの戦いだ。常に相手の動きを察知って……ある意味、対処のしようがなくないか?
まあ、相手が今の翔太郎よりも早く動けると言うのなら、話は別かもしれない。純粋なスピードが上なら、どれ程察知されようが、攻撃を掻い潜る事が出来るはず。
察知できる事が、無敵であるとは限らない。
『その力……やはり、なかなかやりますねぇ』
「今日と言う今日こそ、メモリブレイクしてやるぜ、井坂」
腕を押さえ、軽く息を切らせながら言うウェザーに対し、ダブルが真剣な声でそう返す。
だが、その瞬間。
俺の本能が、警告を鳴らす。不味い、逃げろ、何か来る、と。
凶悪な力を感じ取って、俺は隣にいた亜樹子さんを抱え、出来るだけその場から離れるべく全速力で駆ける。ひょっとすると顔にオルフェノクとしての表情が浮かんでいたかもしれないが、今はそれを気にしている余裕はない。
少しでも、遠くへ。
今の俺の頭の中には、それしかなかった。
そしてその異様な力を、ダブルも感じていたのだろう。はっとしたようにその力の方を振り返ると、慌ててシールドに四本のメモリを挿入、大型のエネルギーシールドを展開した。
その少し離れた場所では、ウェザーも氷の壁を作って、くるであろう衝撃に備えている。
そして、次の瞬間。
見えない巨大な風船が破裂したような音が響き、近くの木々が薙ぎ倒される。恐らく、俺が感じ取った力はここから少し離れた位置で破裂、今のような轟音と衝撃を生み出したのだろうが……離れていて、この威力。恐らく爆心地辺りは、かなり大変な事になっているだろう。
「え……!? 何!? 何が起こったの!? 私、聞いてない!!」
「俺も聞いてない」
腕の中でもがく亜樹子さんの言葉に返しながら、俺はそっと彼女を放し、ダブル達へと視線を戻す。
ダブルもウェザーも、ギリギリでその衝撃を耐え抜いた、と言った所か。ダブルはシールドを持っていた左手を軽く振り、ウェザーは薄皮一枚分だけ残った氷を割って、軽く首を振っていた。
とりあえず、翔太郎が……いや、翔太郎とフィリップが無事だった事に安堵したのも束の間。
俺は、ウェザーの足元に転がる人物に気付いてしまった。
短く切られた髪、シャツにジーンズと言うラフな格好の女性。だが、その服も今はボロボロに破れており、腕や足に数多の擦り傷、切り傷がある
「彩塔さん!?」
「……く……うっ」
俺の声に応えたのかは定かではないが、彼女は小さく呻く。
恐らく、先程の爆心地付近にいたのだろう。がくがくと震える体を起こそうとするが、力が入らないのかすぐに大地に平伏してしまう。
何度か目を瞬かせ、周囲を見回すようにきょろきょろと首を振っているが、やがて諦めたような溜息を一つ吐き出すと、すっとその目を閉じた。
「何やってんだ、彩塔さん! すぐそこにウェザーが居るんだ、逃げろよ!!」
精一杯声を張り上げ、呑気にも鼻をヒクつかせる彼女に向かって怒鳴る。多少距離は開いているとは言え、流石に聞こえているはずだ。
それなのに……彼女は俺の声に反応しない。
『おやおや、これはまた……珍客の登場ですか』
クックと喉の奥で笑いながら、ウェザーは自分の足元にいる彩塔さんを見下ろし、興味深げに眺める。一方眺められてる方はと言うと、ウェザーの方に顔を向け……そして、ピクリとその綺麗な顔を顰めた。
「湿った空気と、屍肉の臭い……まさか、『白騎士』!?」
『どうやら、目が見えていないようですねぇ。それに耳も聞こえない様だ』
「な……に!?」
腐っても医者。彼は今の彩塔さんの状態を診断すると、するりと彼女の頬を撫でる。だが、彼女はそれに反応する事なく、ただひたすらその場から離れようともがくだけ。
一方で……彼女を逃がすつもりはないようだ。ウェザーは彼女の腕を捕え、放さない。それでも逃げようとする彼女の行動に違和感を覚え……
『どうやら、今は触覚もないようですねぇ。私に触れられている事に気付いていないとは』
爆心地の近くにいたのだろう。きっと襲ってきた衝撃で体が一時的に麻痺しているに違いない。視覚と聴覚も、爆発の衝撃で生まれた閃光と轟音で、一時的に機能していないだけだ。だから彼女は、しきりに鼻をヒクつかせていたのか。残った嗅覚を使って、この状況を把握する為に。
翔太郎もヤバイと思ったのだろう。慌ててウェザーの手から彼女を引き離そうと、相手に向かって駆け寄ろうとするが……ウェザーの動きの方が、一瞬だけ早かった。奴は彼女の腕から手を放すと、今度は彼女の頭を思い切り踏み、彼女の顔面を地面に叩き付けた。
「がっ!?」
「彩塔さん!」
口の中に土が入ったのか、小さな呻きと共に彼女の顔が歪む。
触覚がなくても、痛覚はあるのかも知れない。だとしたら、彼女は今、顔面に物凄い痛みを感じたのではなかろうか。
体 の良い人質を手に入れたと思っているらしく、ウェザーは楽しそうに彼女の頭を踏み躙りながら、顔をこちらに向けている。
俺の横では、そんなウェザーの行為に苛立っているのか、鞄の中から緑色のビニールスリッパを取り出し、今にも殴りかかろうとしている亜樹子さんの姿がある。
ちなみに、スリッパには金文字で「髪は女の命です!!」と書かれているが……あれは何か意味があるのだろうか。
『さて、取引と行きましょう。この女性を殺されたくなければ、このメモリを挿して貰いましょうか』
嘲笑うようにそう言ってウェザーが俺に見せたのは……言わずもがな、アッシュのメモリ。それをぽぉんと、俺の足元に放り投げた。
相手の足元では苦しげに呻く彩塔さんの姿がある。
……彼女は、ただの隣人だ。しかも、俺の正体を知っている。
彼女自身も怪人で、危険に首を突っ込む傾向にある。今回の事だって、きっと自業自得。おおよそ俺の心配をして後をつけていたが、別の誰かの強襲を受けて今の状態に至るのだろう。
そう、ただの隣人。特別な関係じゃない。だから、人質としての価値はない。彼女が苦しもうが、踏まれて呻こうが、もっと言うなら命を落とそうが関係ない。関係ない……はずなんだ。
それなのに、どうしてこんなに苛立つ? 彼女の苦しむ顔を見て、今すぐにでも殴りかかりたい衝動に駆られる?
――だって先生、硝子ちゃんの事、好きでしょう?――
好きだから、苛立っているのか。それともなけなしの正義感のせいで苛立っているのか。
仮にウェザーの足元にいるのが、翔太郎だったら? やっぱり苛立っただろう。
だけどそれは、今感じている物と同じ感情か? 答えは否。翔太郎には悪いが、踏まれているのが翔太郎だった場合、これ程までの殺意は湧かない。
斉藤に言われたからそう思うのか、それとも言われて初めて自覚したのか。
分らないが、少なくとも……今は、彼女が大切だと思える。この上なく大切な存在だと。それが果たして恋愛感情から来ている物なのか、それとも家族を思うのと同じ「大切」なのかは、女々しくも鈍感な俺にはまだわからないが。
だが、「自分の命と引き換えにしてまで守りたい女性」かと問われれば……それも否。
俺は……
「……俺は、死ぬのはゴメンだ」
「刃稲さん!?」
「弓さん……」
信じられない、と言わんばかりに目を開く亜樹子さんと、苦しそうに俯く翔太郎。そして……聴覚が回復しだしたのか、ウェザーの足元にいる彩塔さんが、笑った気がした。
まるで、当然だと言わんばかりに。
『ほう? この女性を見捨てるというのですか? あなたにとって特別な存在だと思っていたのですが……』
「私に……人質としての価値など、皆無、です。見当違いも、甚 だしい」
首を無理矢理ウェザーに向け、踏まれて苦しいはずの彩塔さんが、馬鹿にしたような声で彼に言う。
こんな時でも、彼女は実に誇り高い。敵に足蹴にされ、顔を踏みつけられると言う屈辱的な格好であるはずなのに、彼女はきっぱりと言いきっている。下手をすると、死ぬかもしれないのに。
……俺は、死ぬのはごめんだ。あんな苦しい思いは、二度としたくない。闇の底に引き摺られるようなあの感覚。暗く、冷たい何かが俺の体を襲い、作り変えていくようなあの恐怖。
誰にも会えない、誰とも話せない、孤独と虚無と喪失感と。ただひたすらに暗く深いどん底に落とされる感覚は、それを経験した者にしか分らない。
あんな物……正直一度で充分だ。しばらくはご遠慮願いたい。
だから……俺は、死にたくない。
「彩塔さん。……ごめん」
深々と頭を下げ、俺は彼女に謝る。
そしてそのまま、足元のメモリを拾い上げ……ニ、と笑った。
その笑みの意味は、ウェザー達には分らなかったのだろう。ウェザーは軽く首を傾げ、ダブルは俺を不思議そうな声をあげ、そして亜樹子さんは思い切り顔を顰めている。
分らなくて良い。
これは、俺の自己満足だ。
「今、助けるから」
謝ったのは、彼女を見捨てるからではなく……彼女が恐らく望んでいないであろう行動に出るから。
言うと同時に、俺は自分の左袖を捲くり上げ、メモリのスイッチ部分を軽く叩く。
――Ash――
その音を確認し、すぐさま俺はそのメモリを左腕のコネクタに向かって軽く投げる。
端子がコネクタに当たり、皮膚は微かに異物の侵入を拒むが、コネクタが存在する為にその抵抗も空しく、灰色の大きなメモリはずぶずぶと俺の体内に向かって侵食していく。
「弓さん!」
「灰猫さん……あなた、何を!?」
遠くで、翔太郎と彩塔さんの声が聞こえる。だが、既に俺の体内に潜り込んだメモリは、その力を解放するが、体の方はそれを受け付けまいと精一杯の拒絶を見せる。それが激痛となって俺を襲い、声にならない絶叫を上げさせる。
オルフェノクの力がメモリを拒絶し、メモリの力がオルフェノクを拒絶する。メモリから流れ込む、膨大な灰燼の記憶。燃え尽き、それでもなお形を存在し続ける、脆い物。
オルフェノクだって、同じだろ? 命が燃え尽き、それでもなお生きていたい、存在していたいと願う脆い存在。だったら、相反する必要はない。受け入れろ。同じ部分を受け入れて、違う部分を拒絶しろ。これしきの痛み、堪えろ、俺!
チカチカする視界を何とか安定させ、俺は下手をすれば腕から抜け落ちそうなメモリを何とか押し留め……そして、本来の姿を晒す。
灰の虎……タイガーオルフェノクの姿を。
『ぅる……おおっ!』
「そんな……弓さんが、ドーパントに……」
俺の咆哮に、翔太郎が呆然とした声をあげる。
確かに、この様子じゃぁドーパントに見えるだろう。おまけに、声もいつもとは違い、ドーパント特有の少し反響したような物になっているし。心の中でのみ苦笑しつつ、俺はダブルの……翔太郎の肩を軽く叩いた。
『そんな声を出すな、翔。俺は、ガイアメモリは嫌いだ。それは変わらない。街の人間を変え、おまけにウェザーみたいな闇すら生む。だけどな、目の前で苦しむ人がいるってのに、それを見捨てるのは…………俺のポリシーに反するんだよ!』
言うと同時に、俺は一瞬でウェザーとの間を詰める。
体は痛いが、いつもよりも早く動けている。どうやら、メモリの力が俺の体質と折り合いをつけ始めてくれたらしい。
ウェザーの方は、まさか俺がこの姿になって襲ってくるとは思っていなかったらしい。俺の繰り出した拳を、呆然とした表情で見つめていた。
『まずは……その汚ぇ足を彼女から退けやがれぇぇぇっ!』
怒鳴りながら、俺は相手の胸板を殴り飛ばす。丁度心臓の真上辺りだろうか。下手をすると殺しかねない場所。
そこに拳を当てられ、ウェザーは低く呻くと、勢い良く大地に叩きつけられた。
それを見るや否や、俺は自分の武器である弓を構え……そして、矢を番えて連射した。普段は当てるつもりのない攻撃だが、今回は違う。当てる為に……当てても相手が灰化しない為に、メモリを使ったんだ。イチバチかの賭け、しかも賭けたのはコインではなく命だが。
メモリの力は、オルフェノクの力を殺ぐ。ならば、それを逆手に取れば良い。オルフェノクの力を殺がれた状態なら、俺の矢は毒性を帯びないと踏んだ。それがどうやら当たったらしい。普段ならかすっただけでも猛毒の矢が、今回はその威力を発揮していない。ただの矢になっている。
『井坂。あんたの言う通りだったよ。俺は、人間を憎んでる。この上なくドス黒い感情を抱いていた……それを認めざるをえないさ』
メモリを挿している今なら分る。
メモリによって引き出された、俺の中にある深くて暗い闇。人間に対する絶望と不安、そして憎悪。これらは植えつけられた物ではなく、元々俺が持っていたもの……俺の罪だ。
『だけどな、同じくらい好きなんだよ、人間が! どれ程忌み嫌われようと、どれ程絶望しようと、常に光は射してる。俺を好きでいてくれる奴がいる』
絶望し、生き返るんじゃなかったと嘆き。
それでも、そんな俺に「生きていて良いのだ」と言ってくれた人がいる。
己の罪を数え、そしてその罪の数だけ贖って生きろと言ってくれた人がいる。
俺の正体を知っていながら、それでも普通に接してくれる人がいる。
『そう言う『想い』に、そしてそう言う奴らに報いる為に、俺は生きてる! こんなメモリに、くれてやる命はねぇ!』
こんな物に命をやるために、生き返った訳じゃない!
俺がオルフェノクとして生き返った理由ってのがあるのなら。それはきっと、絶対、もう一度死ぬ為なんかじゃないはずだ。
『だから……失せろ、井坂深紅郎! そして二度と、俺の……俺達の目の前に現れるな!!』
最後の一矢を井坂の右耳めがけて放つ。そこが、相手のコネクタ部分だと知っているから。
コネクタ部分を攻撃して、メモリが出てくるとは限らない。だが少なくとも、コネクタを傷つければしばらくは変身出来ないだろう。
矢は狙い通り、僅かに相手の右耳のコネクタ部分を掠めたらしい。ウェザーは掠られた耳を押さえ、怒りに滾 った目でこちらを見やった。
『くっ……まさかメモリがそんな反応を示すとは……』
『諦めろ、井坂。俺の命はメモリになんて渡さない。俺の命は……俺の物だ』
『……仕方ありません。今日はここで退きましょう』
『一生来るな』
雷と共に姿を消したウェザーに向かって言い……俺はようやく、ほっとしたようにその場に膝をつく。
同時に、これ以上オルフェノクの力と拮抗出来なくなったのか、限界と言わんばかりにメモリが体外に排出され、俺も自分の姿をタイガーオルフェノクから灰猫弓に戻した。
「……体……マジで痛ぇ……」
その呟きが、俺の体力の限界だったらしい。
そのまま俺は、再び意識を手放した。
仮面ライダーに変身した翔太郎の攻撃をかわし、ウェザーは極力近付かないように、雷や竜巻と言った攻撃を仕掛けてくる。
翔太郎の変身した姿に武器はない。距離をとられると、攻撃する事自体が難しくなる。
「やっぱ
『なら、これはどうだい、翔太郎?』
ポツリと漏らされた翔太郎の声に答えるように、あいつの右半身からフィリップの声が響く。
だが、フィリップ本体は俺の脇で、亜樹子さんに抱えられて気絶している。
……まさか……フィリップの意識は、今は翔太郎の中に存在しているって言うのか!?
そんな馬鹿な、と思う一方で……何となく、それが真実のような気がしていた。オルフェノクの存在や、彩塔さん達ファンガイア、それにドーパントの存在だって、何も知らない人間から見たら「そんな馬鹿な」と思う事柄だ。案外、現実とは人間の想像出来る事を軽々と超えるものだ。
などと思っているその時。俺の頭上を、小さな影が過ぎる。
「んあ?」
不審に思い、その影の主を見やると……それは鳥の形をした「何か」。そいつはフィリップの上で旋回すると、クルルと鳴き声じみた音を上げ、緑の光を彼に向かって放つ。その光を浴びたフィリップの体は、すぅっとその「何か」に吸い込まれていく。
目を凝らせば、その足と思しき部分は二本の端子。光と思ったのはデジタル数字の羅列。
SFなどで見かける表現だが、恐らくあの鳥は自律型のガイアメモリで、フィリップの体をデジタルに変えて取り込んでいるのか。
だが、何故!? 亜樹子さんが慌てている様子がない事を考えると、あの鳥型のメモリは敵ではないのだろうが……フィリップの確実な安全の為、なのか?
そんな事を考えている間にも、フィリップの体はどんどんデジタルデータと化して、気が付けば完全にメモリの中に収められていた。
「何が……起こるって言うんだ?」
誰にと言う訳でもなく呟く俺に、メモリはまるでフフンと嘲笑うかのように軽くこっちを見やる。だが、すぐにくるりと旋回すると、翔太郎の腰にあるバックル部分へと勝手に嵌り込んだ。
今まで、赤で「W」を模していたそのバックルは、鳥のメモリが挿さった事で一回り大きい「X」の文字に見える。
――Xtreme――
ガイアメモリを使用する時特有の音声が響き、翔太郎の姿が変わる。
今まで左が黒、右が緑だったその身には、中央に銀……いや、正確にはクリスタルのような物が入り込み、装甲も少しごつくなった。仮面も、今までの「W」から「X」を連想させる触角もどきが付いている。
「エクストリーム」……直訳すると「極端」だ。思わず総毛立つ程の力を感じる。正直に言って、あれを敵に回したいと思えない。
『プリズムビッカー!』
翔太郎とフィリップの声が宣言すると同時に、その中央のクリスタルから盾と剣らしき物のセットが飛び出す。
……どこから出した、ってツッコミは入れちゃあいけないんだろうな、うん。俺の弓もそうだし、彩塔さんの棍棒も同じだ。
思いながらも、俺はじっとその戦いを見つめる。
取り出した剣で攻撃する翔太郎に対し、ウェザーはそれをかわしながら霧や雷、氷と言った物で目くらましをしかけている。しかしその行動をも読んでいるのか、翔太郎の振るう剣の切っ先は、掠る程度ではあるが、確実にウェザーの体を薙いでいる。
相手の僅かな動きで、次の行動を予測しているのか? いや、それにしては出掛りが早すぎる。
「先読みでもしてるのかよ、翔の奴……」
「何でも、あのダブルだと、常に相手の動きを察知できるらしいです」
「ダブル……?」
「今の翔太郎君達の格好です。仮面ライダーダブル」
俺の問いに、亜樹子さんが答える。
ライダーの名前が「ダブル」で、持ってるメモリが「ジョーカー」? おいおい、斉藤、まさかこれを見越して、「ダブル・ジョーカー」なんて名前の小説を書けとか言ったんじゃないだろうな!?
いや、それより今は翔太郎……いや、ダブルとウェザーの戦いだ。常に相手の動きを察知って……ある意味、対処のしようがなくないか?
まあ、相手が今の翔太郎よりも早く動けると言うのなら、話は別かもしれない。純粋なスピードが上なら、どれ程察知されようが、攻撃を掻い潜る事が出来るはず。
察知できる事が、無敵であるとは限らない。
『その力……やはり、なかなかやりますねぇ』
「今日と言う今日こそ、メモリブレイクしてやるぜ、井坂」
腕を押さえ、軽く息を切らせながら言うウェザーに対し、ダブルが真剣な声でそう返す。
だが、その瞬間。
俺の本能が、警告を鳴らす。不味い、逃げろ、何か来る、と。
凶悪な力を感じ取って、俺は隣にいた亜樹子さんを抱え、出来るだけその場から離れるべく全速力で駆ける。ひょっとすると顔にオルフェノクとしての表情が浮かんでいたかもしれないが、今はそれを気にしている余裕はない。
少しでも、遠くへ。
今の俺の頭の中には、それしかなかった。
そしてその異様な力を、ダブルも感じていたのだろう。はっとしたようにその力の方を振り返ると、慌ててシールドに四本のメモリを挿入、大型のエネルギーシールドを展開した。
その少し離れた場所では、ウェザーも氷の壁を作って、くるであろう衝撃に備えている。
そして、次の瞬間。
見えない巨大な風船が破裂したような音が響き、近くの木々が薙ぎ倒される。恐らく、俺が感じ取った力はここから少し離れた位置で破裂、今のような轟音と衝撃を生み出したのだろうが……離れていて、この威力。恐らく爆心地辺りは、かなり大変な事になっているだろう。
「え……!? 何!? 何が起こったの!? 私、聞いてない!!」
「俺も聞いてない」
腕の中でもがく亜樹子さんの言葉に返しながら、俺はそっと彼女を放し、ダブル達へと視線を戻す。
ダブルもウェザーも、ギリギリでその衝撃を耐え抜いた、と言った所か。ダブルはシールドを持っていた左手を軽く振り、ウェザーは薄皮一枚分だけ残った氷を割って、軽く首を振っていた。
とりあえず、翔太郎が……いや、翔太郎とフィリップが無事だった事に安堵したのも束の間。
俺は、ウェザーの足元に転がる人物に気付いてしまった。
短く切られた髪、シャツにジーンズと言うラフな格好の女性。だが、その服も今はボロボロに破れており、腕や足に数多の擦り傷、切り傷がある
「彩塔さん!?」
「……く……うっ」
俺の声に応えたのかは定かではないが、彼女は小さく呻く。
恐らく、先程の爆心地付近にいたのだろう。がくがくと震える体を起こそうとするが、力が入らないのかすぐに大地に平伏してしまう。
何度か目を瞬かせ、周囲を見回すようにきょろきょろと首を振っているが、やがて諦めたような溜息を一つ吐き出すと、すっとその目を閉じた。
「何やってんだ、彩塔さん! すぐそこにウェザーが居るんだ、逃げろよ!!」
精一杯声を張り上げ、呑気にも鼻をヒクつかせる彼女に向かって怒鳴る。多少距離は開いているとは言え、流石に聞こえているはずだ。
それなのに……彼女は俺の声に反応しない。
『おやおや、これはまた……珍客の登場ですか』
クックと喉の奥で笑いながら、ウェザーは自分の足元にいる彩塔さんを見下ろし、興味深げに眺める。一方眺められてる方はと言うと、ウェザーの方に顔を向け……そして、ピクリとその綺麗な顔を顰めた。
「湿った空気と、屍肉の臭い……まさか、『白騎士』!?」
『どうやら、目が見えていないようですねぇ。それに耳も聞こえない様だ』
「な……に!?」
腐っても医者。彼は今の彩塔さんの状態を診断すると、するりと彼女の頬を撫でる。だが、彼女はそれに反応する事なく、ただひたすらその場から離れようともがくだけ。
一方で……彼女を逃がすつもりはないようだ。ウェザーは彼女の腕を捕え、放さない。それでも逃げようとする彼女の行動に違和感を覚え……
『どうやら、今は触覚もないようですねぇ。私に触れられている事に気付いていないとは』
爆心地の近くにいたのだろう。きっと襲ってきた衝撃で体が一時的に麻痺しているに違いない。視覚と聴覚も、爆発の衝撃で生まれた閃光と轟音で、一時的に機能していないだけだ。だから彼女は、しきりに鼻をヒクつかせていたのか。残った嗅覚を使って、この状況を把握する為に。
翔太郎もヤバイと思ったのだろう。慌ててウェザーの手から彼女を引き離そうと、相手に向かって駆け寄ろうとするが……ウェザーの動きの方が、一瞬だけ早かった。奴は彼女の腕から手を放すと、今度は彼女の頭を思い切り踏み、彼女の顔面を地面に叩き付けた。
「がっ!?」
「彩塔さん!」
口の中に土が入ったのか、小さな呻きと共に彼女の顔が歪む。
触覚がなくても、痛覚はあるのかも知れない。だとしたら、彼女は今、顔面に物凄い痛みを感じたのではなかろうか。
俺の横では、そんなウェザーの行為に苛立っているのか、鞄の中から緑色のビニールスリッパを取り出し、今にも殴りかかろうとしている亜樹子さんの姿がある。
ちなみに、スリッパには金文字で「髪は女の命です!!」と書かれているが……あれは何か意味があるのだろうか。
『さて、取引と行きましょう。この女性を殺されたくなければ、このメモリを挿して貰いましょうか』
嘲笑うようにそう言ってウェザーが俺に見せたのは……言わずもがな、アッシュのメモリ。それをぽぉんと、俺の足元に放り投げた。
相手の足元では苦しげに呻く彩塔さんの姿がある。
……彼女は、ただの隣人だ。しかも、俺の正体を知っている。
彼女自身も怪人で、危険に首を突っ込む傾向にある。今回の事だって、きっと自業自得。おおよそ俺の心配をして後をつけていたが、別の誰かの強襲を受けて今の状態に至るのだろう。
そう、ただの隣人。特別な関係じゃない。だから、人質としての価値はない。彼女が苦しもうが、踏まれて呻こうが、もっと言うなら命を落とそうが関係ない。関係ない……はずなんだ。
それなのに、どうしてこんなに苛立つ? 彼女の苦しむ顔を見て、今すぐにでも殴りかかりたい衝動に駆られる?
――だって先生、硝子ちゃんの事、好きでしょう?――
好きだから、苛立っているのか。それともなけなしの正義感のせいで苛立っているのか。
仮にウェザーの足元にいるのが、翔太郎だったら? やっぱり苛立っただろう。
だけどそれは、今感じている物と同じ感情か? 答えは否。翔太郎には悪いが、踏まれているのが翔太郎だった場合、これ程までの殺意は湧かない。
斉藤に言われたからそう思うのか、それとも言われて初めて自覚したのか。
分らないが、少なくとも……今は、彼女が大切だと思える。この上なく大切な存在だと。それが果たして恋愛感情から来ている物なのか、それとも家族を思うのと同じ「大切」なのかは、女々しくも鈍感な俺にはまだわからないが。
だが、「自分の命と引き換えにしてまで守りたい女性」かと問われれば……それも否。
俺は……
「……俺は、死ぬのはゴメンだ」
「刃稲さん!?」
「弓さん……」
信じられない、と言わんばかりに目を開く亜樹子さんと、苦しそうに俯く翔太郎。そして……聴覚が回復しだしたのか、ウェザーの足元にいる彩塔さんが、笑った気がした。
まるで、当然だと言わんばかりに。
『ほう? この女性を見捨てるというのですか? あなたにとって特別な存在だと思っていたのですが……』
「私に……人質としての価値など、皆無、です。見当違いも、
首を無理矢理ウェザーに向け、踏まれて苦しいはずの彩塔さんが、馬鹿にしたような声で彼に言う。
こんな時でも、彼女は実に誇り高い。敵に足蹴にされ、顔を踏みつけられると言う屈辱的な格好であるはずなのに、彼女はきっぱりと言いきっている。下手をすると、死ぬかもしれないのに。
……俺は、死ぬのはごめんだ。あんな苦しい思いは、二度としたくない。闇の底に引き摺られるようなあの感覚。暗く、冷たい何かが俺の体を襲い、作り変えていくようなあの恐怖。
誰にも会えない、誰とも話せない、孤独と虚無と喪失感と。ただひたすらに暗く深いどん底に落とされる感覚は、それを経験した者にしか分らない。
あんな物……正直一度で充分だ。しばらくはご遠慮願いたい。
だから……俺は、死にたくない。
「彩塔さん。……ごめん」
深々と頭を下げ、俺は彼女に謝る。
そしてそのまま、足元のメモリを拾い上げ……ニ、と笑った。
その笑みの意味は、ウェザー達には分らなかったのだろう。ウェザーは軽く首を傾げ、ダブルは俺を不思議そうな声をあげ、そして亜樹子さんは思い切り顔を顰めている。
分らなくて良い。
これは、俺の自己満足だ。
「今、助けるから」
謝ったのは、彼女を見捨てるからではなく……彼女が恐らく望んでいないであろう行動に出るから。
言うと同時に、俺は自分の左袖を捲くり上げ、メモリのスイッチ部分を軽く叩く。
――Ash――
その音を確認し、すぐさま俺はそのメモリを左腕のコネクタに向かって軽く投げる。
端子がコネクタに当たり、皮膚は微かに異物の侵入を拒むが、コネクタが存在する為にその抵抗も空しく、灰色の大きなメモリはずぶずぶと俺の体内に向かって侵食していく。
「弓さん!」
「灰猫さん……あなた、何を!?」
遠くで、翔太郎と彩塔さんの声が聞こえる。だが、既に俺の体内に潜り込んだメモリは、その力を解放するが、体の方はそれを受け付けまいと精一杯の拒絶を見せる。それが激痛となって俺を襲い、声にならない絶叫を上げさせる。
オルフェノクの力がメモリを拒絶し、メモリの力がオルフェノクを拒絶する。メモリから流れ込む、膨大な灰燼の記憶。燃え尽き、それでもなお形を存在し続ける、脆い物。
オルフェノクだって、同じだろ? 命が燃え尽き、それでもなお生きていたい、存在していたいと願う脆い存在。だったら、相反する必要はない。受け入れろ。同じ部分を受け入れて、違う部分を拒絶しろ。これしきの痛み、堪えろ、俺!
チカチカする視界を何とか安定させ、俺は下手をすれば腕から抜け落ちそうなメモリを何とか押し留め……そして、本来の姿を晒す。
灰の虎……タイガーオルフェノクの姿を。
『ぅる……おおっ!』
「そんな……弓さんが、ドーパントに……」
俺の咆哮に、翔太郎が呆然とした声をあげる。
確かに、この様子じゃぁドーパントに見えるだろう。おまけに、声もいつもとは違い、ドーパント特有の少し反響したような物になっているし。心の中でのみ苦笑しつつ、俺はダブルの……翔太郎の肩を軽く叩いた。
『そんな声を出すな、翔。俺は、ガイアメモリは嫌いだ。それは変わらない。街の人間を変え、おまけにウェザーみたいな闇すら生む。だけどな、目の前で苦しむ人がいるってのに、それを見捨てるのは…………俺のポリシーに反するんだよ!』
言うと同時に、俺は一瞬でウェザーとの間を詰める。
体は痛いが、いつもよりも早く動けている。どうやら、メモリの力が俺の体質と折り合いをつけ始めてくれたらしい。
ウェザーの方は、まさか俺がこの姿になって襲ってくるとは思っていなかったらしい。俺の繰り出した拳を、呆然とした表情で見つめていた。
『まずは……その汚ぇ足を彼女から退けやがれぇぇぇっ!』
怒鳴りながら、俺は相手の胸板を殴り飛ばす。丁度心臓の真上辺りだろうか。下手をすると殺しかねない場所。
そこに拳を当てられ、ウェザーは低く呻くと、勢い良く大地に叩きつけられた。
それを見るや否や、俺は自分の武器である弓を構え……そして、矢を番えて連射した。普段は当てるつもりのない攻撃だが、今回は違う。当てる為に……当てても相手が灰化しない為に、メモリを使ったんだ。イチバチかの賭け、しかも賭けたのはコインではなく命だが。
メモリの力は、オルフェノクの力を殺ぐ。ならば、それを逆手に取れば良い。オルフェノクの力を殺がれた状態なら、俺の矢は毒性を帯びないと踏んだ。それがどうやら当たったらしい。普段ならかすっただけでも猛毒の矢が、今回はその威力を発揮していない。ただの矢になっている。
『井坂。あんたの言う通りだったよ。俺は、人間を憎んでる。この上なくドス黒い感情を抱いていた……それを認めざるをえないさ』
メモリを挿している今なら分る。
メモリによって引き出された、俺の中にある深くて暗い闇。人間に対する絶望と不安、そして憎悪。これらは植えつけられた物ではなく、元々俺が持っていたもの……俺の罪だ。
『だけどな、同じくらい好きなんだよ、人間が! どれ程忌み嫌われようと、どれ程絶望しようと、常に光は射してる。俺を好きでいてくれる奴がいる』
絶望し、生き返るんじゃなかったと嘆き。
それでも、そんな俺に「生きていて良いのだ」と言ってくれた人がいる。
己の罪を数え、そしてその罪の数だけ贖って生きろと言ってくれた人がいる。
俺の正体を知っていながら、それでも普通に接してくれる人がいる。
『そう言う『想い』に、そしてそう言う奴らに報いる為に、俺は生きてる! こんなメモリに、くれてやる命はねぇ!』
こんな物に命をやるために、生き返った訳じゃない!
俺がオルフェノクとして生き返った理由ってのがあるのなら。それはきっと、絶対、もう一度死ぬ為なんかじゃないはずだ。
『だから……失せろ、井坂深紅郎! そして二度と、俺の……俺達の目の前に現れるな!!』
最後の一矢を井坂の右耳めがけて放つ。そこが、相手のコネクタ部分だと知っているから。
コネクタ部分を攻撃して、メモリが出てくるとは限らない。だが少なくとも、コネクタを傷つければしばらくは変身出来ないだろう。
矢は狙い通り、僅かに相手の右耳のコネクタ部分を掠めたらしい。ウェザーは掠られた耳を押さえ、怒りに
『くっ……まさかメモリがそんな反応を示すとは……』
『諦めろ、井坂。俺の命はメモリになんて渡さない。俺の命は……俺の物だ』
『……仕方ありません。今日はここで退きましょう』
『一生来るな』
雷と共に姿を消したウェザーに向かって言い……俺はようやく、ほっとしたようにその場に膝をつく。
同時に、これ以上オルフェノクの力と拮抗出来なくなったのか、限界と言わんばかりにメモリが体外に排出され、俺も自分の姿をタイガーオルフェノクから灰猫弓に戻した。
「……体……マジで痛ぇ……」
その呟きが、俺の体力の限界だったらしい。
そのまま俺は、再び意識を手放した。