灰の虎とガラスの獅子

【失いたくないL/触れてはいけないモノ】

 久し振りの休日だと言うのに、私の心は冴えなかった。
 理由は明快だ。あの井坂とかいう、頭にドが付く変態「白騎士」と、彼を慕っているらしい「人差し指」こと冴子の二人との交戦が昨夜。
 そこで言われた「ちょくちょく、お邪魔します」宣言のせいだ。
 灰猫さんが未だ全快していないのは、ベランダ越しに行う会話の端々からも窺える。その状態で来られたら……今度こそ彼は命を落とすかもしれない。
 折角自分の正体を明かしても態度が変わらない、稀有な人と仲良くなれたのに。その人がいなくなってしまうと考えると、ひどく苛立たしく思える。
 今までに、私の正体を知っても、態度が変わらなかった人間がいなかった訳ではない。ただ、そんなのは私の人生経験の中でも両の手の指で数えられるほどしかいなかったし、その人達はごく普通の「人間」であり、心のどこかで彼らとも一線を引いている自分がいたのは確かだ。

 ふぅ、と深い溜息を一つ吐き出し、私は必ず来るであろうあの人への対処法を考える。
 相手が井坂一人ならば、いくらかの対処法はある。蜃気楼対策と言う点では「夜」を選べば問題ない。蜃気楼は太陽光がなければ成立しない現象だ。いくら相手が天候を操る力を持つとは言え、太陽光までは流石に操れないだろう。
 それに……昨日戦ってみてわかった事だが、井坂は確かに厄介な相手ではあるが、腕力と言う点では確実に私より劣っている。力押し、ごり押しで行けば、何とかならなくもないのだが……問題はもう一人、冴子の方。
 彼女の能力が未知であり、なおかつ昨日の戦い方を見る限りは遠距離攻撃系である以上、私にとって非常に不利な相手と言えよう。
 仮に井坂の懐に潜り込めたとしても、彼女に邪魔をされる可能性が高い。
 再び深い溜息を吐き出し、どうすべきか考えた瞬間。
 ピンポンと、ドアのチャイムが鳴った。
 ……誰?
 軽く眉を顰め、ドアスコープを覗く。だが……そこには誰の姿もない。悪戯なのか、それとも聞き間違いか。訝しく思いながらも、私はゆっくりと扉を開く。
 ……勿論、チェーンはかけている。チェーンもかけずに扉を開けよう物なら、後で灰猫さんに「だからあんたは何でそんなに無用心なんだ!?」と厳しいお叱りを受けそうだ。
 それに……これは限りなく低い可能性ではあるが……井坂の襲撃、と言う事も考えられるのだ。
 まあ、あの男ならチャイムなど鳴らさず、壁なり窓なりを破壊して乗り込んでくるだろうが。
 思いつつ、そろそろと扉を開けた……瞬間。
「かんらかんらかんらっ! 突撃、隣の晩ごはぶっ!?」
 聞き覚えのありすぎる笑い声と共に、井坂などよりもなお性質の悪い顔が視界に入り、脊椎反射的に勢い良く扉を開けて相手の顔面にぶつけてやる。
 その際チェーンがバキンと折れて弾けたが……それは今、気にしてはいけない。修理費は目の前でもんどりうって蹲っている害虫から頂く事にしよう。あるいは害虫その人に修繕させるか。
「何が『晩ご飯』ですか。まだ午前中です、帝虎。なお、本日のメニューに葡萄はありませんので」
「ぬおおおっ!? 硝子ちゃん、ツッコミに一層の磨きが……そもそも、別に僕は葡萄が大好きって訳じゃないよ!?」
 「害虫」……一番下の兄、斉藤帝虎を見下ろしながら、私は思い切り顔を顰めて言い放つ。だが、彼の方はダラダラと鼻血を垂らしながらも、にこやかな笑顔で私の顔を見やった。
 ここに、この男がいると言う事は……どうやら灰猫さんと打ち合わせをしていたらしい。その帰りに、私に会いに来た、と言う事なのだろう。
「何しに来やがりました? 『来たら即叩きのめす』と申しましたよね、帝虎? とりあえず、今の時間が逃げる為の猶予です。あと三秒以内に姿を消さないと潰します。三、二……」
「待って待って待って! 硝子ちゃん、拳を握るのはやめよう。今日はちょっと顔を見に来ただけなんだから、良いじゃないか~」
 良い訳がない。何しろ相手は、現在進行形で仕事中のはずだ。私に構っているなど、給料泥棒も言いところではないか。
 呆れ混じりに思った瞬間、帝虎は真剣な表情になったかと思うと、すっと私の耳元に口を寄せ……そして、囁いた。
「忠告しておくぞ。……人間を愛さない方が良い」
 …………は?
「いきなり何を言い出すんです、帝虎」
 言われた意味が分らず、思い切り顔を顰めて返してしまう。
 人間を愛してはいけない。それは一族の掟だ。最近ではその掟も変わろうとしているらしいが、少なくとも今はまだ処罰の対象のはずだ。
 しかし、私には関係のない事のはず。相手が誰であれ、今の私には恋愛をする余裕はない。そもそも、「恋愛」そのものが分らない。
 友人への愛情や、家族への愛情はある。だが……異性に対する特別な感情と言うものは、私にはよく分らない。
「僕は、お前が悲しむ姿を見たくない。それは多分、物磁や斗李も同じだ」
「意味が分りません。掟に反する事になるのはわかりますが……」
「その掟も、変わるだろう? でもね、人間は僕らよりも、遥かに短命なんだ」
 それは、言われなくても知っている。人間は私達よりも短命で脆く、儚い。同時に、とても強い面も持ち合わせているが。
 だが……帝虎は何が言いたいのか。分らずに首を傾げると、彼はふ、と口元を緩ませて……
「分らないなら、良い。けれど、忘れちゃ駄目だ。種族を超えた恋愛は、悲劇しか生まない事を」
 そう言うと、彼は特徴的な笑い声を上げて、すたすたと去って行ってしまう。
 意味が分らない。帝虎は何をあんなに心配しているのか。私には、恋愛の「れ」の字もないと言うのに。
 この日何度目かの溜息を吐き……私は再び部屋に戻り、昼食の下準備に取り掛かろうかと思った……刹那。
 バタン、と不機嫌そうに扉を閉める音が響く。しかも、隣から。
 ……まさかとは思うけれど、灰猫さん、出かけたんじゃ……!?
 そう思い、慌ててベランダから下を覗くと、そこにはどこか苛立たしげな雰囲気を撒き散らしまくっている灰猫さんの姿があった。
 ……しまった。まだ灰猫さんに、「井坂が本格的に動きますよ」って事を伝えていなかった!
 自分の迂闊さを呪いながら、私は慌てて彼の後を追うべく、折角着たエプロンを脱ぎ捨てたのであった。

 信じられない光景が、私の前で広がった。
 灰猫さんを見つけるのは、そう難しい事ではなかった。何しろ私が見つけた時、既に白騎士……ウェザードーパントが彼の前に立っていたから。
 しかし……不思議な事に、灰猫さんとその白騎士の間に、別のドーパントと思しき存在が立ちはだかっていた。
 右半身は緑、左半身は黒。眉のように伸びる仮面の「触角」は、遠目に見ると銀で「W」と書かれているように見える。首には銀のスカーフが風にたなびいており、どことなくだが「疾風」を連想させる。
 脇には以前出会った探偵事務所の無礼な方、フィリップが気絶したように倒れており、その体をやはり探偵事務所にいた女性が支えている。
 と言う事は、あの「黒緑」は残った一人、翔太郎とか言う人だろうか。
 不思議に思う私を他所に、その異形はすっとその左手を白騎士に差し出すと……
『さあ、お前の罪を数えろ!』
 風が私の元まで、その声を運んだ。
 その声は……不思議な事に、翔太郎さんとフィリップさん、二人分の物。
 しかも他のドーパントのようなくぐもった声ではない。
 ドーパントと言うよりも、あれはまるで……「キバの鎧」を纏った者に近いか?
 あまりの出来事に出て行くきっかけを失い、思わず私はその場で呆然と彼らの戦いを見てしまう。
 黒緑が拳を繰り出すと、それを白騎士はひょいひょいとかわす。その間も、反撃と言わんばかりに幾筋かの雷を落とし、相手の動きを止めつつ灰猫さんに近付いていく。それに気付いているのだろう、灰猫さんも、近付かれた分と同じ距離だけ相手から離れる。
 ……黒緑はスピードがある。しかし素手である分、どうしても間合いを詰めなければならない。それを相手もわかっているのだろう、出来るだけ距離を詰められないような攻撃を仕掛けていた。
 恐らく、黒緑では勝てないかもしれない。元々のメモリの性能差なのか、それとも戦闘経験の差か、とにかく彼の方が劣勢なのが見て取れた。
「ここは手を貸すべきでしょうか……?」
「やっぱり来たわね、小娘」
 呟いた瞬間、答えになっていない言葉が返ってくる。その声に、私は思わず振り返り……そして、一人の女性を見つけた。
 白い女物のスーツ。キリとした顔立ちに、軽くウェーブのかかった髪は高く結われている。私を小娘と呼んではいるが、彼女も充分に若い。恐らくは二十代後半から三十代前半だろう。その顔に浮かぶのはそれまでの経験から培われた自信だろうか。
 しかし、その声は……昨日会った「人差し指」の物。と言う事は……
「こんにちは。……確か、冴子さん、でしたか?」
「あなたに軽々しく名を呼ばれる覚えはないわ」
 苛立たしげに彼女はそう言うと、その手に金色のメモリを持ち、私に見せびらかすようにそのマークを向けた。
 真ん中に描かれているのは、「T」の文字だろうか。いくつか見てきた他のメモリよりも、遥かに凶悪な印象を受ける。それに、彼女の腰に巻いているベルトも気になる。今まで出逢ったドーパントは、あんなベルトなど巻いていなかった。
「これが何か、流石に分るわよね?」
「ガイアメモリと呼ばれている物ですね。それによって、人間は『ドーパント』と呼ばれる異形へと変化する」
 少し離れた所で鳴り響く戦闘の音を聞きながらも、私は冴子さんから目を背けずに言葉を返す。
 ……目を背けずに、と言う表現は適切ではない。正確には、目を背ける事が出来ずに、だ。今、きっと目を反らしたら……られる、もしくはされる。
 私の答えに満足したのか、彼女はその艶やかな口元を笑みの形に歪め、見下すような視線を向けた。
「ふふ。分っていてそこまで堂々としていられる度胸は買ってあげる」
「お褒めに預かり光栄です」
「だけど、この状況ではあなたの死は確実。……ねえ、私の部下になりなさい」
「……突然何を?」
「そうすれば、見逃してあげるし、あなたに合ったメモリを渡してあげても良いわ。正直に言えば、あなたのような度胸も見所もある女は、嫌いじゃないの」
 だから、私につきなさい、あんな男など見捨てて。
 甘い声で、囁くように彼女は言う。
 普通の女性なら、彼女のその誘いに乗るのだろう。どれ程気の強い女性でも、目の前に圧倒的な力があるなら、それに与した方が良いと考える。女とは、常に現実を忘れない生き物だ。
 下手に逆らって自分の命をなくすよりも、彼女に従って生き延びて甘い蜜を吸うのも、悪くない人生かも知れない。あるいは、彼女に付くフリをして、いつ寝首を掻いてやろうかと狙うのも良い。
 ……と、普通の……人間の女性なら考えるだろう。
 だが、何度も言うが私は「普通」ではない。誇り高きファンガイア氏族に名を連ねる者であり、ましてその頂点に位置するとされるチェックメイトフォーの一員、「ルーク」なのだ。私が忠誠を誓うのは、我らが「キング」と「クイーン」だけ。他の者に捧げる剣は、生憎と持ち合わせていない。
「残念ですが、誰の下に付くかは自分で決めます。それに、申し訳ありませんが、既に私は自身の主を決めている。……あなたの下に就く事は、出来ない」
「そう。なら、仕方ないわね。危険な芽は、早めに摘み取っておかなければ」
 私の言葉に応えるように、彼女の殺気がぶわりと膨れ上がる。同時に彼女はかちりとメモリを叩き……
――Taboo――
 電子音が、私の鼓膜を叩く。「タブー」……「禁忌」、「禁句」、「禁止」などを意味する単語。それが聞こえた直後、彼女はメモリを腰のベルトらしきものに挿し……その姿を、昨日見た「人差し指」……タブードーパントに変えた。
『あの世で後悔なさい』
「何をですか? 井坂の邪魔をした事? それともあなたのお誘いを蹴った事?」
『両方よ!』
 彼女の掌から生まれたプラズマ弾を次々と放ちながら、彼女は必死で攻撃をかわす私を見下ろす。
 彼女の放つ攻撃は、多少の自動追尾能力はあるらしいが、完璧に追尾すると言う訳でもない。私と言う目標を見失い、地面に当たってはその場で爆ぜ、その地を深く抉る。
 しかし、かわすだけでは勝負は付かない。体力に自信がある物の、こうも左右に振られるように動かされては、いつかはバテる。
 彼女がエネルギー弾を生み出すのに苦労していると言うならともかく、特にこれと言った力を要しているようには見えない。どちらかと言えば、呼吸するに等しい感覚なのだろう。だとすれば、私が先に力尽きる方が早いように思う。
 何とかして、彼女を私の攻撃範囲内に引き摺り下ろした方が良さそうだが、生憎と彼女の位置は私の手が届かない上空。仮に本来の姿に戻り、武器である棍を飛んで振るうと言う手段に出たとしても、空中で自在に動ける彼女にかわされる可能性の方が格段に高い。
 このまま灰猫さん達のいる方へ逃げると言うのも一つの手ではあるが、それだとあの黒緑が白騎士と人差し指の両方を相手にしなければいけなくなる。それでは灰猫さんが危険にさらされる可能性が上がってしまうので却下。
 と、なると残る方法は……やはり、「アレ」しかないか。あまりやりたくはないのだが、今回はそうも言っていられない。
 ふぅ、とこの日何度目かの溜息を吐きつつ、私は自分の持つ、「唯一の遠距離武器」を彼女の背後に出現させる。
 その瞬間に現れた、私の異変に気付いたのか、彼女は一旦攻撃の手を止め……そして、はっとしたように振り向く。
 だが、遅い。既に私の放ったソレ……吸命牙は、彼女の首筋を捕え、振り下ろした勢いそのまま彼女を大地に叩きつける。
『うっ!?』
「ようやく、私の手の届く範囲にお越し下さいましたね」
 にこと嘘の笑みを浮かべながら、私は落ちて来た彼女の背を踏みつけ、彼女の首に刺していた吸命牙を外す。
 主にヒトのライフエナジーを吸う為の器官である吸命牙だが、私はこう言った「遠距離武器」として扱う事が多い。特に今回のように、自分の射程から離れた位置で戦う相手に対しては、自分の近くに引き寄せる意味も兼ねて扱う。
 ……そりゃあ、多少はライフエナジーを吸っていないと言ったら嘘になるが。
『こんな屈辱……!!』
「足蹴ですからね。そりゃあ屈辱的でしょう。でも、こうしなければあなたを抑えられない」
『……抑える? 笑わせるわね。この程度で私を抑え込んだつもりなのかしら?』
 怒りに震える声でそう言うと同時に、彼女の体から膨大なエネルギーが溢れ出す。その大きさに、嫌な予感が走り……思わず彼女の背にかけていた足を下ろし、大きく後ろに跳んで彼女との距離を広げた。
 「禁忌に触れる」とはよく言うが、先程の私は、それを体現していたのではなかろうか。
 底なしに膨れ上がる彼女の「怒り」がエネルギーとなり、こちらに向かって突きつけられている。多少腕に自信のある程度の人間なら、彼女から感じるプレッシャーだけで気絶ものだろう。あるいは脱兎の如く逃げ出すに違いない。腰が抜けていなければの話だが。
『塵一つ残さず、消滅させてあげる』
 優雅な仕草で自分の顎を軽く撫で、彼女は今までで最大級のエネルギー弾を生み出した。
 直径は二メートル程だろうか。禍々しい色を湛え、バチリバチリとプラズマがその球の表面を奔っている。純粋な殺意で構成されたその球は、間違いなく私の頭上に落とされるだろう。
 昨夜のように石を投げて直前で爆発させる……と言う手に出るには大きすぎる。恐らく投げた石は球にぶつかるよりも先に熔解してしまうだろう。
 流石にあのエネルギーを喰らって無傷でいられると思う程、自惚れてはいない。下手をすれば、死んでしまう事だってありうる。では、その限りなく高い「死の確率」を減らすにはどうすれば良いか。
 一つ、泣いて謝る。しかしそれで彼女が攻撃を止めてくれるとは思えないし、そもそも私のプライドが許さない。
 二つ、その辺の木を折ってエネルギー弾を打ち返す。しかしそれも、打ち返すよりも先に爆発、彼女ごと吹っ飛ぶ可能性大。下手するとこの辺り一体の地形が変わりかねない。
 そして三つ、灰猫さんの近くまで行く。近くに白騎士がいる以上、彼を巻き込む攻撃はしないはずだ。黒緑や灰猫さんへのリスクも上がると言う欠点もあるが。
「……やはり、三番でしょうか」
 呟くと同時に、私は即座に剣戟の音がする方へと向かう。無論、人差し指から視線は外さずに。しかし、エネルギー弾が出来上がる方が早かったらしい。大きく膨れ上がったその力が、凝縮されきってしまう。
『逃がさないわよ、小娘』
 彼女の言葉と同時に、そのエネルギー弾は緩慢な動きでこちらに向かって放たれた。
 作戦変更を余儀なくされた私は、仕方なしに近くに生えていた木を圧し折る。バキバキと音を鳴らしながら、それでも簡単に折れてくれたその木に感謝しつつ、私はそれを槍投げの要領で思い切り放り投げる。
 仮に打ち返した場合、爆発に伴う衝撃だけでなく、木を伝う衝撃も加算されると踏んだからだ。同じように衝撃を喰らうなら、少しでも軽減される策をとるのが、戦士の定石。
「っあああぁぁぁっ!」
『そんな、まさか!?』
 まさか、私が木を折るとは思っていなかったらしい。彼女の驚愕の声が聞こえた。
 その次の瞬間。私の投げた木は、エネルギー弾を貫いた。貫かれた方は、予期せぬ力によって、球状に纏まった力が曲がり、暴走。その場で大爆発を起こす。
 反射的に耳を塞ぎ、出来る限り襲ってくる衝撃から免れる為に体を丸める。相手も、同じように自分の身を衝撃から守るべく、腕を胸の前で交差させているのが見えた。
 だがそれも、爆発と共に生じた閃光によって掻き消される。ドン、と言う空気の悲鳴が聞こえたのは、閃光によって眼をかれた一瞬後。塞いだ手越しでも大きすぎるその音に、くらりと意識が飛びそうになる。大音量のせいで、耳の奥でキィンと耳鳴りがする。
 視覚と聴覚を持っていかれた!
 だが……私は失念していた。直後に襲う、衝撃波の事を。そしてその結果失う、もう一つの感覚を。
 それは即ち、触覚。衝撃によって体はビリビリと痺れ、全ての感覚が麻痺してしまうのを自覚する。
 仕方なく、残った嗅覚と味覚をフルに活用する。失った感覚の代用を務めるかのように。
 土埃の臭い、口の中に広がる、砂の味。自分が地面に突っ伏していると理解するが、痺れた体は動かない。
「く……う……?」
 小さな呻き声だけが、喉から漏れるのを感じながら。私は必死に体を起こそうとしていた。
 今、自分の置かれた状況を何とか探る為に。
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