Fire with Fire

――俺は、何をしているんだ――
 世界が彼らに応じたと言うのに、自分は何をしているのか。
 後ろでただ見ているだけ? 自分はそんな臆病な存在だったか?
――違うだろう、焔。俺の役目は――
 動けるようになった自分を自覚し、焔は自分の左胸をぐっと掴む。
 伏せていた目をゆっくりと開き、彼は真っ直ぐに苛立たしげに三人の赤き戦士を睨むスザクへ視線を向ける。
 まるで、何かを決意したように……

 スザクを中心にして、闇が生まれる。まるで、燃え盛る炎に対抗するかのごとく。その闇が徐々にスザクの体に纏わりつき、やがて漆黒の鎧へと変化した。
 例えて言うなら西洋の甲冑だろうか。仮面こそない物の、スマートだが刺々しい印象を与える。右手の甲の部分に、先程まで掌に収まっていたであろう黒い球……「陰の宝玉」と呼ばれるそれがはまっており、スザクに力を供給しているらしい。
 その彼が、一歩踏み出す度に、妙な圧迫感を覚えると共に、床を踏む硬い音が鼓膜を叩いた。
「陰の力を……物質化させたのか!」
「流石、陽の力を司る者。見ただけで私が何をしたのか理解できるとは」
 にこ、といっそ綺麗にさえ見える笑顔を向けながら、スザクは焔の声に答える。
 焔の言葉が何を意味するのかは分らないが……少なくとも、あまりよろしくない事が起こっている事だけは確からしい。
 油断なく、三人はそれぞれの武器を構えながら、相手の顔をきつく睨みつけた。
 その様子が不快なのか、スザクは再びその顔を顰め……
「そう、その忌々しい炎。あなた方が陰陽の影響を受けないと言うのなら、物理的に動けなくして差し上げれば良い」
 スザクの、吠えるような声と同時に。彼の背から、翼の形をした「闇」が展開し、そこから羽根がひらひらと舞う。
 戦士の勘だろうか。三人はそれに「嫌な物」を感じ取り、大きくその場から跳び退った……刹那。舞っていた羽根は、彼らに向かって、それぞれが意思を持っているかのように襲い掛かる。
「くっ……炎の鬣!」
 リョウマが咄嗟にアースを放ち、殆どの羽根を焼き尽くす。しかしそれでも残った羽根は、真っ直ぐに彼らに向かう。
――しまった!――
 焼ききれなかった事を悔むが、次のアースを放つ暇はない。星獣剣で切り払うにも、先程アースを放った為に、両手は剣の束から程遠い。恐らく自分が抜ききる前に、羽根が我が身に突き立つだろう。
 そう判断し、リョウマは来るであろう衝撃を覚悟した……次の瞬間。
「石の床よ、壁になれ! ジルマ・マジーロ!」
 魁の声が聞こえた。その声に応える様に、床の一部が競り上がり、羽根を防ぐ壁へと変化した。
「ついでだ、これもつけてやる」
 トストスと羽根が突き立つ音を聞きながら、今度は丈瑠がそう言うと、持っていたショドウフォンで魁の生んだ壁に、「鉄」と言う字を書き記す。
 その文字の効力なのだろうか、壁が一瞬だけ光ったかと思うと、今まで石で出来ていた壁は、瞬時に鈍色に光る鉄へと、その姿を変えた。
「すっげー……錬金術みたいじゃん! それも文字の力なのかよ!?」
「油断するな。次が来るぞ」
 感嘆の声を上げる魁に向かって、軽く丈瑠は視線を送るだけにとどめる。
 何しろ、今は相手の攻撃を防いだだけであり、こちらからは何もしていないのだから。それが分っているのか、魁も軽くちぇっと呟くだけで、すぐに油断なくスザクの方に向き直る。
「無意識の内に陰と陽の力を使い分けているのか、それとも元々が陽の属性の攻撃を仕掛ける事が多いのか……どちらにしろ、あまり喜ばしい状況ではなさそうですね」
「お前にとっては……だろう?」
 唐突に、スザクの背後から声が聞こえた。
 リョウマも魁も丈瑠も、スザクの前に立っている。では一体誰が自分の後ろにいるのか。
 分らず、混乱した状態で、スザクは大きく宝玉のはまった右腕を振るって、背後の「誰か」に攻撃とも呼べぬ攻撃を仕掛けた。
 そこにいたのは……焔。その顔に不敵な笑みを浮かべ、彼はスザクの腕を屈んで避けると、そのままの勢いで相手の胸板を思い切り蹴り飛ばした。
「がっ!?」
「ここは、俺の世界、俺の故郷だ。他の世界から来た客人だけに任せるなど、失礼の極み」
「焔!? 君……動けるのか!?」
「あなた方のお陰で、一時的にだが」
 驚いたように言ったリョウマに、焔はふっとその吊り気味の目元を緩めてニヤリと笑う。まるで、何かを企んでいる策士の如く。
 だが、その笑い方は悪人の様な嫌な物ではない。どちらかと言えば、悪戯を見つかった悪ガキの様な印象を持たせる。
「俺達の……?」
「スザクも言っていた通り、あなた方の攻撃には、多分に陽の力が含まれている。陽は陰の逆の性質……動く力、進める力を持つからな。その影響だろう」
 魁に言葉を返しながらも、焔は三人に背を向け、スザクをじっと見つめた。
 だが……何故だろうか。丈瑠はその姿に、妙な違和感を覚える。
 一瞬……それこそ瞬きよりも短い間ではあったが、焔の体が透けて見えたような気がしたのだが……
 気のせいかと思い、ちらりと横にいる二人に目を向けると、どうやら二人もその事に気付いていたらしい。軽く顔を顰め、不審そうな視線を、焔の背に向けていた。
「無理、してるんじゃないだろうな?」
「正直、少しだけな。しかし客人の後ろで守られているだけと言うのは、俺の役割じゃない。そう言うのは、良く似合う『お姫様』の役割だ。残念ながら、俺は『お姫様』とは程遠い」
「戯言を。今更あなたが動けた所で、何の進展があると言うのです? 不完全とは言え、陰の宝玉を操るこの私に、たかが老陽の者と言うだけで対抗できると思っているのですか?」
 焔の蹴りのダメージなど、殆ど無かったのだろうか。スザクはゆっくりと起き上がると、余裕気な声で言葉を放つ。
 その単語一つ一つに、リョウマは深い闇の気配を感じる。まるで、スザクと言う存在が、闇その物に変化しているような……そんな印象さえ抱く。
――何だ、この嫌な感じ――
 魁も、本能的にその「闇」の気配を感じ取っているのだろう。ぞくりと自らの体を駆け抜ける悪寒に抗いながら、じっと見つめた。
「『たかが老陽の者』……? 何か勘違いしていないか、スザク?」
「何ですって?」
「お前は陰の宝玉を奪った。なら、その対である陽の宝玉は、どこにあると思う?」
 スザクの醸しだす闇など気にしていないかのように、焔は不敵な笑みを崩さぬままに問いかける。
 それとは対称的に、スザクの方はその余裕気な表情を崩し、驚いたように目を見張る。恐らくは、焔の言いたい事を、いち早く理解した為だろう。
 その直後、丈瑠もその言葉の意味を、ぼんやりとだが理解し……
「焔、お前……持っているのか?」
「ああ。…………ここにあるよ。陽の宝玉が、な」
 丈瑠の言葉に答えるようにして、焔がすっと左手を差し出す。
 その掌には、確かにスザクの持っている「陰の宝玉」によく似た、純白の球が、ちょこんと乗っている。
「スザク。陰の宝玉を奪ったお前なら分るよな? ……俺が何をしようとしているのか」
「黙りなさい! 今更そんな物、無意味です!!」
 焔の言葉を最後まで聞かず、スザクは感情的にそう叫ぶと、再び闇の羽根を撒き散らし、四人に向かって放った。
 先程と異なるのは、その数。先程よりも圧倒的に多く、凶悪な雰囲気を纏っている。
「先程よりも強化を加えています。防げませんよ!」
「そう簡単にやられてたまるか!」
 スザクの哄笑混じりの声に返しつつも、魁は心の中で、不味いと舌打ちをした。
 確かに、これは防ぎきれそうにない。リョウマのアース、魁の錬金術、そして丈瑠のモヂカラを使っても、いくらか喰らいそうだ。
 だからと言って、諦める気はない。数発貰うのを覚悟で、魁がマジスティックを構えた瞬間。それを静止したのは、焔だった。
「焔……?」
「あれは、宝玉の力だ。……目には目を、宝玉には宝玉を。」
 言って……焔は襲い来る羽根達をじっと見つめると、やおら右手でパチンと指を鳴らし、呟くように言葉を放った。
「Useless Despair」
 その声に応えるかのように、一瞬だけ焔の手の中にあった宝玉が輝きを放つ。
 スザクの持っていた宝玉が闇や影を放つなら、焔の持っている宝玉は光を放つらしい。放たれた、穏やかだが鋭い光。それがまるで意思を持っているかのように、幾条にも分かれ闇の羽根を撃ち貫き、相殺していく。
「な……!? 馬鹿な、あれを、一瞬で消した!?」
「まだだ、スザク。Crimson Carpet」
 煌、と焔の手の中の球が光る。それを合図に、奥で燃え盛っていたはずの神火がスザクの足元に這い寄り、真紅の絨毯となって相手の身体を舐める様に這い回る。
「う、ぐうっ!」
「陽の力を最大限に引き出す炎だ。……陰の力を最大限に引き出しているお前には辛かろう?」
「闇から生まれた私を……なめるなぁぁぁっ!」
 炎に抱かれながら、それでもスザクは闇を生み、それを剣の形に変えて彼らに襲い掛かる。
 だが、やはり苦しいのだろう。その足取りは覚束ない。
「世界は停止すべきなのです! 私の支配する永遠! 生かすも殺すも私次第。誰も私を拒絶しない、理想の世界を……!!」
 ひゅん、と振られたスザクの剣。それを弾き返し、一旦リョウマは距離をとる。
 倒す為には、全力で相手をしなければならない。
 リョウマも、魁も、丈瑠も、ほぼ同時にそう思ったらしい。リョウマは星獣剣を天に掲げ、魁はマージフォンを取り出し、そして丈瑠は焔から返してもらった赤いディスクをシンケンマルにはめ込む。
「唸れ! ギンガの光!」
 いつもなら、仲間達と五人揃っていないと発動しないはずのその力……「ギンガの光」は、焔の持つ宝玉のお陰で強化されたのか、リョウマの声にきちんと応え、彼の身を獣装光ギンガレッドに変えた。
 星獣剣は光を纏った閃光星獣剣に変わり、左手には黄金色の獣装の爪と獣装光輪、両手足には獣装輪具など、黄金色の装備が彼の身を包んでいる。
「超魔法変身! マージ・マジ・マジ・マジーロ!」

――マージ・マジ・マジ・マジーロ――

 マージフォンに「1006」をコールした瞬間、纏っていたマントが消え、胸に白いアーマー、その上や足には黄金のプロテクターが装着される。仮面はフェニックスの翼のようなものが展開し、魁を伝説の力を持つ魔法使い、レジェンドマジレッドに変える。マージフォンとマジスティックは消えたが、変わりに杖……ダイヤルロッドが現れる。
『恐竜ディスク』
 そして、丈瑠が発動させたディスクは、その中に記録されている力を、その名の通り恐竜の形の刃である「キョウリュウマル」と、丈瑠を包む赤い陣羽織……ハイパーシンケンレッドと言う形でその姿を表した。
 赤に赤の陣羽織なので、遠目にはマントを羽織ったように見えなくもないのだが、陣羽織が加わった事で、より一層「侍」らしさが出たのも確か。
「スザク」
「これで……」
「終わりだ」
 三人の変化に気付き、スザクは慌てて闇の羽根を撒き散らす。だが、その羽根は焔の放った炎と、丈瑠の持つ伸縮自在の刀、キョウリュウマルによって燃やされ、叩き落された。
――拙い――
 そうスザクが思った時には、既に遅く。
 彼の眼前に、三種の「赤」が飛び込み、次の瞬間には妙な「熱」をその身に感じた。
「獣火一閃!!」
「レジェンドファイヤースラッシュ!」
「超・火炎の舞!」
炎三重斬トリプルフレイム!』
「あ……がぁぁぁっ!?」
 三人の声が重なり、スザクの体を守っていた闇の鎧が砕け散る。赤き戦士達の放つ三種の炎の斬撃と、焔が放っていた真紅の炎に、彼の纏う闇が耐え切れなかったのだ。
 同時に、スザクの手から漆黒の宝玉が離れ、焔の足元に転がる。それを待っていたかのように、炎達はスザクの体で一気に燃え上がり、小規模な爆発を起こさせた。
 足元に転がった宝玉に向け、一瞬だけ焔は顔を顰め……それでも、彼はそれを拾う。右手に黒、左手に白の宝玉を持ち、佇む焔の姿は、どこか神々しさすら感じられた。
「やったな、リョウマ兄ちゃん、丈瑠!」
「ああ。これでこの世界も平和に……」
「いや、待て! 様子がおかしい」
 魁の言葉に頷きかけたリョウマを制し、丈瑠が緊迫した声を上げた瞬間。
 爆発の向こうから、よろめきながらも怨嗟の瞳を向けるスザクが、ゆっくりとその姿を現した。
 服もボロボロで、顔は煤だらけ。苦しそうではあるが、炎による攻撃をあれ程喰らっていたと言うのに、火傷の痕は見当たらない。
「う……ぐぅっ……ま、まだです! 私はまだ……終わっていない!!」
「あいつ……まだ立ち上がるのか!?」
「直前に、その宝玉の中にある陰の力を取り込みましたからね」
 丈瑠の驚愕の声をフンと鼻で笑い飛ばし、ゆらゆらと体を揺らしながら、スザクは大きくその手を未だ暗雲に覆われている天に向かって突き出す。
「我が身の内に取り込んだ陰の力よ! 闇を……この私に、全てを停止させる力を!!」
 スザクのその声に応えるかのように。
 彼の体から、どす黒い「何か」が溢れるように噴出し、スザクの体を変える。もはや、彼の抱えている物は「闇」等という生温い物ではない。「虚無」と呼ぶべきか、それともその対極に位置するはずの「混沌」と呼ぶべきか。とにかく、「何か」としか表現のしようが無かった。
 「それ」に包まれ、ぐじゅぐじゅと言う鈍い音を響かせながら、変質していくスザクの体。それはやがて、神殿の屋根を突き破り、更に肥大化し……やがて、五十メートル程ある大きな鳥の姿に変化した。
 鋭い嘴に、深い紫色の瞳。鴉の様に黒い羽根の色だが、鶴のように首が長く、猛禽類のように鋭い爪を持っている。
「巨大化した!」
「あれは……黒い……いや、闇の魔鳥!?」
『もう、こんな世界は要らない。支配とかそんな事はどうでも良い! 私がやりたいのはたった一つ……あなた達を、殺す事です!』
 ばさりと翼を広げ、スザクは濁った声でそう叫ぶと、その羽ばたきで神殿の一部と丈瑠達を思い切り吹き飛ばす。
 羽ばたきによって生まれた風によって吹き飛ばされ、柱や壁に思い切り体を打ち付ける戦士達。
 だが、ここで諦める事は決してなかった。
 ゼイハブ、ン・マ、ドウコクなどを相手取った時に比べれば、この程度は些細な事だ。勿論、「日常茶飯事」とまでは言わないが、それでも対処出来ない程ではない。
 打ち身で痛む体を起こし、近付くスザクに対峙した……刹那。
 空から伸びた一条の光が、スザクの体を突き飛ばした。
『な……!?』
 突然の出来事に、驚愕の声を上げるスザク。
 その直後……光は赤い獅子となって、大きく一つ咆哮を上げた。
 それは、リョウマにとって頼もしい仲間であり相棒。星を守る獣、星獣の一体……ギンガレオンであった。
「ギンガレオン! 来てくれたのか!!」
「お前の仲間か?」
「ああ。でも……どうやってここに……!?」
「……陰陽、両方の宝玉を取り戻したから。何とか少しだけ扉を開けて、呼ぶ事が出来た」
 疑問に答えた焔に、礼を言おうとリョウマは振り返り……ぎょっとその目を見開いた。
 焔の額には滝のような汗が流れており、その顔色も青ざめている。明らかに、疲れているように見えた。
「焔、お前……」
「……陰陽、両方の力を扱うのには、少し力が必要なんだ。……ちょっと疲れただけだ。心配要らない。それよりも、奴を……スザクを!!」
 爪が食い込む程強く腕をつかまれ、リョウマはこくりと頷いた。
 後ろでは魁と丈瑠も既に巨大戦を行う為の準備を整えていた。
「ギンガレオン、一緒に頼む!」
 その声に応えるように、ギンガレオンは再び吠えると、その身の内にリョウマを招き入れ。
「マージ・ゴル・マジュール!」

――マージ・ゴル・マジュール――

 呪文を唱えた刹那。魁の体は魔法の力によって巨大な火の鳥、マジファイヤーバードへと変化し。
「折神大変化!」
 五角形のエンブレムに、丈瑠が「大」の字を書き込んだ瞬間、それは獅子を模した何かに代わった。
『どこまでも忌々しい……炎も、あなた達も……生きている物は、皆鬱陶しい!!』
 傲と吠え、こちらに向かって突進するスザク。
 しかし、それを二体の獅子が、両脇から翼に噛みついた事で押さえ込むと、それを待っていたかのように火の鳥が真正面から闇の魔鳥に突進する。
 しかし、炎の鳥の翼に打たれ、獅子の牙で翼を噛まれてもなお、スザクは僅かに退いただけ。すぐに体勢を立て直すと、その口からふぅ、と黒い靄を吐き出し……
 それが、辺りを覆った。
「何だ……?」
――また、闇かよ!――
 緊張した丈瑠の声に続き、魁も思わず毒づく。唐突に現れた闇に、目が慣れるまでは少しの時間を要する。その「少しの時間」が、この場では戦況を左右する。
 その場から動けず、思わず止まってしまった面々に向かって、スザクは何度目かの羽根攻撃を繰り出した。
 どうやら、魔鳥に変化した事で、羽根の切れ味も上がったらしい。ギンガレオン、マジファイヤーバード、獅子折神の三体は、その衝撃で弾かれ、思い切り大地にその身を叩きつけられる。
「く……皆、大丈夫か!?」
――何とか、生きてるよ、リョウマ兄ちゃん――
「こちらも無事だが……無傷とは言えないだろうな」
 それぞれに痛む体を押さえつつも、彼らはもう一度立ち上がる。
 満身創痍とは言わないが、丈瑠の言う通り無傷とも言えない。ギンガレオンや獅子折神の中にいると言う形を取っているリョウマと丈瑠すら、腕や足を負傷している。自身の姿を変えた状態の魁が、全くの無傷とは思えない。自分達以上に傷付いているだろう。
『いい様です。そのまま嬲り殺しにしても良いのですが……やはり、ここは一息に止めと行きましょう!!』
 そう宣言したスザクの前に、三本の闇色をした杭が現れる。それぞれ、先をこちらに向けた状態で。それを、「杭」と呼んでいいのかは分らないが。
 それが、こちらを完全に貫く為に生み出された物だと理解した、その刹那。ひゅんと空を切り、「それ」はそれぞれの眉間めがけて飛来する。
 普段でも、かわせるとは言い難い早さで飛ぶそれは、先程の羽根攻撃によってダメージを受けた彼らには確実にかわせない一撃となって襲い掛かってくる。
 最後の一瞬まで諦めまいと、何とかかわそうと動かすが、切っ先は自分達の眼前に……届く、と思ったのと、その「杭」が燃え散ったのは、ほぼ同時だった。
 直前に、「Fire with Fire」と声が聞こえた気がしたが……
「……まさか……」
「焔!?」
 視線を声の方に寄せる。そこには、やはり顔色の悪い焔が、しかし両手には何も持たず、彼らの足元に立って笑っていた。
『馬鹿な!? 焔、あなたまさか……!』
「……俺からの……そしてこの世界からの、最後の礼だ! 受け取れぇぇぇっ!」
 慌てたような声のスザクに対し、焔がそう絶叫する。
 その瞬間。
 彼の体が、赤い炎と化し、三体の巨獣を飲み込んだ。
「熱くない……?」
「これは、一体?」
「どうなっている?」
 一瞬だけ、意識が飛んだらしい。気付けば三人は、白いコックピットらしき空間で座っていた。
 外の様子が良く見える。ここがどんな空間なのかも、何となくだが把握できる。そして、今自分達が乗っている、この「巨人」の外観も。
 顔面部分は獅子折神を利用したのか、兜のないシンケンオー、背中にはマジレジェンドと同じ赤い翼、胸の部分にはギンガレオンの顔がある。右手には恐竜折神、左手には超装光銀鎧剣。恐らく「ジー・ゴル・ジジル」の呪文でスクリューカリバーも召喚できるだろう。
『炎の……巨人だと!?』
「これは……」
――火炎獣神。別名はフランベルク。俺の……本当の姿だよ――
 思わず漏れた丈瑠の呟きに、どこからか焔の声が聞こえる。
 言葉から察するに、今の自分達を形成しているこの巨人そのものが、焔という事らしい。
『焔……あなた、あなたはぁぁぁぁっ!』
 スザクの絶叫を遮るようにして、右手の恐竜折神が伸び、相手の左翼を薙ぐ。切り落とされた翼は、そのまま実体化の核から離れたせいか、影となって地と同化、そのまますっと音も立てずに消えてしまう。
 それを認識するよりも早く、今度は左手の超装光銀鎧剣が右翼を断ち切り、同じ様に影へと返す。
『ごああああぁぁぁっ!』
 魔鳥の口から迸る悲鳴。それを聞きながらも、魁は呪文を唱え、スクリューカリバーを召喚、悲鳴と共に生み出された闇を、スクリュー回転させる事で吹き飛ばす。
「これで終わりだ、スザク!」
 力を込めて、リョウマが吠える。それに応えるように、三種の武器がふわりと淡い光を放ち……一本の、深紅の剣へと変化。
 ゆらゆらと揺らめく炎を纏う刀身は、真っ直ぐにスザクへと向けられ……
『炎剣一文字斬!!』
 リョウマ、魁、丈瑠、そして焔の声が重なる。
 そして……スザクの体に、横に一本の赤い線が刻まれる。
「チェックメイト!」
 すれ違い様に、魁がパチンと指を鳴らす。星の力と、魔法と、文字の力。そして人を支える役目を持つ力。その四種の炎を、斬撃と共に受け、魁の鳴らした指に反応するように、スザクの体は崩壊していく。
 だが、何故だろうか。不思議と彼は、穏やかな気持ちで己の死を受け入れていた。
 ひょっとすると、彼は初めて……闇以外の物に、抱かれたからかも知れない。
『そうか、永遠に停止するのは……私の方、でしたか……』
 ジリ、と自分の意識が燃え尽きていくのを感じながら、ゆっくりと彼は前のめりに倒れ……その意識が完全に途絶えた瞬間、彼の体は大爆発を起こし、完全に無へと還った。
「……これにて、一件落着」
 無へと還ったスザクの姿を確認して……最後に丈瑠が、そう静かに言葉を落とす。
 そう、本当に……全てが終わったのだと、言わんばかりに……


「本当に……ご迷惑をおかけ致しました」
 元の姿に戻り、焔は深々と彼らに頭を下げた。
 恐竜折神を志葉家から盗み、マンドラ坊やを小津家から誘拐し、そして銀河の森で三人を無理矢理この世界に連れてきた事を、詫びているらしい。
「んー……もう良いって」
「だが、今度からは少し方法を変えるべきだ。スザクよりも、お前の方が敵だと思うところだったぞ」
 にかっと笑う魁と、苦笑気味に言う丈瑠。リョウマも、爽やかな笑顔で軽く焔の背を叩いた。
「そうそう、小津殿。あのマンドラゴラの少年は、少し日に当ててやった方が良い。少し、元気がなかった」
「え、マジ!?」
「あははっ。そう言う事なら、いつでも森に来てくれよ。魁達なら、歓迎するからさ」
「それから志葉殿、黒子の格好をすれば誰でも屋敷に入れるのは、防犯上いかがな物かと思うが?」
「……考えておく」
 軽く笑いながら、そう言い合う四人。
 だが……焔は、何かに気付いたのだろう。ふと顔から笑みを消すと、軽く左腕を振って、炎に照らされた光の道を作り上げた。
「この『道』を辿れば、あなた方は元の世界に戻れる」
「焔……?」
 急に真面目な顔になった彼を、訝しく思ったのだろう。少し怪訝そうな声で、リョウマが彼の名を呼ぶ。
 だが……呼ばれた方は、三人を半ば強引にその道の上に乗せ、もう一度深く頭を下げた。
「あなた方がいてくれて、本当に良かった。…………ありがとう」
 にっこりと、今までとは違う綺麗な笑顔を、焔が浮かべたかと思った瞬間。彼らの視界を、炎がさえぎり……
 …………
「魁ちん!?」
「リョウマ!」
「殿!?」
「……え?」
 自分達の名を呼ぶ声が聞こえ、彼らはゆっくりと辺りを見回す。
 一面に広がる草原、吹きぬける風、そして人の顔を持つ大木と鉢植え。そこに不似合いな和服の男性が、黒子を従えている始末。
「帰って……来たのか……?」
 そう呟いたのは誰だったのだろうか。消える前はまだ高かった日が、今は傾いて空を赤く染めている。
 それはまるで、彼らの帰還を祝福する炎のようで……
「何があったんだ、リョウマ?」
「魁ちんも、今までどこに行っていたでござりますですか!? 僕ちんもモーク様も、心配してたんでござりますです」
「えーっと……話すと少し長くなる、かな……?」
 モークとマンドラ坊やに言われ、リョウマと魁の二人は、困ったように頭を掻く。
 その後ろで、丈瑠がいつからかいたらしい男性に纏わりつかれている。
「殿、おお、良くぞご無事で……」
「……って言うか、どうして爺がここにいるんだ?」
「実は、黒子の一人が殿の後を追っておりましてな。森の中で殿を見失ったと騒ぎ立てたので、急ぎこの森へと足を踏み入れた次第でございます」
「そこで、私達とリョウマ達の帰りを、一緒に待っていたんだ」
 男性……日下部彦馬の言葉を継ぐように、モークが声をかける。
 どうやら彼は……というより彼らは、待っている間に随分と意気投合したらしい。
 ふう、と呆れ混じりに溜息を吐きながら、丈瑠は……否、丈瑠達は、再び夕日に目を向けたのであった。

 こうして、三つの炎は交わり、一つの邪悪を倒した。
 この出会いが何を生み、またその後に何かの物語を生むのか……それとも、互いに親友としての関係を築くだけに留まるのか。
 何はともあれ、一旦の幕引き……


 三人の姿が消えたのを確認し、焔は疲れた様にその場で膝をつく。
 その姿は徐々に透けており、向こう側……神殿の中が見える程に。
「陽の宝玉を出したからなぁ……俺が消える前に、何とかなって良かったよ」
 ふ、と自嘲気味に呟きながら、焔は天を仰ぐ。先程まで覆っていた暗雲は去り、夕暮れ時の赤い空が視界に入る。
 焔は、いくつか彼らに嘘を吐いた。その一つが、宝玉の保管場所。
 彼らには「どこか」と言ったが……実際は、在り処は分っていた。何しろ、自分の心臓その物が、陽の宝玉であり、「焔」と言う存在は、陽の宝玉を保管する為の器でしかなかったのだ。
 それを取り出すと言う事は、即ち自分の心臓を取り出すのと同義。今の彼は、陽の宝玉の力で存在を維持していた人形のような物だ。
「おまけに俺は……掟を破った」
 ふ、と軽く目を伏せ、彼は眠そうな声を出す。
 いや……もう、声を出す気力もないのかもしれない。
――神官は、その力の大きさ故に、神殿の外では声を発してはいけない――
 それは彼の、真の姿であるフランベルクに由来する。あの力はスザクの纏った闇の鎧と同じ。周囲の気を奪って、炎と言う形に変えてしまう姿。
 それを防ぐ為の「掟」……と言うよりは呪いだった。真の姿に戻れば、死を迎えると言う、全ての神官にかけられた呪い。
 だが、焔は既に、陽の宝玉を取り出していた。
 同じ死を迎えるのなら、少しでも彼らの役に立ちたいと思った。だから……彼は、フランベルクの姿に戻った。
――ああ、物凄く……眠いや――
 そう思う彼の意識が、深い眠りの中に落ちたのと、彼の姿が完全に消えたのは……同時だった。
 そして……神殿の奥で、新しい「火の神殿」の神官が生まれたのもまた…………
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