Fire with Fire
閃く二振りの白刃、それを受け止める鈍色の斧。
グンダリと戦っているのは、リョウマと丈瑠の二人だ。
「世界を静止させて、何を企んでいるんだ!?」
「ま、ろくな事でないのは確かだろうがな」
それぞれの剣を弾かれ、グンダリと距離を取りつつも、二人は相手に向かって問いかける。すると、相手は三つの目をすっと細めた。
その表情は……一言で言うならば、愉悦だろうか。口元は歪に歪み、クカカと言う笑い声が漏れている。
「我はただ、世界を破壊できればそれで良い。スザク様の本懐は、永遠の支配だがな」
「永遠の支配だって?」
振り下ろされた斧を受け止めつつ、リョウマはギロリと相手を睨みつける。グンダリ自身の目的も許せないが、それ以上にスザクとか言う存在の目的も許せない。
この様な手段に出るような輩の支配など、血と恐怖に彩られた物になるに決まっている。
「そんな事、させるものか!」
「貴様らの意見など必要ない! 邪魔をする者は、すべて破壊するで候!」
リョウマに向かって怒鳴ると同時に、残る五本の斧をリョウマに向かって振り下ろす。だが、それを見止めると同時に、リョウマは大きく後ろへ跳び退り、その斧の追撃をかわす。
標的を失った斧は、派手な音と共に床を抉り、蜘蛛の巣状のひびを入れるだけに留まるが……まともに食らったら、確実にやられていた。
グンダリは、その一撃一撃が重い。リョウマが受けられるのは、六本の斧のうちせいぜい二本まで。恐らく丈瑠も同じだろう。それに、斧を持っていない残りの二本の腕も気になる。
相手が炎に弱い事は分っているが、こちらが炎の攻撃を繰り出すよりも先に斬りかかってくるため、致命的な一撃を放てない。
「破壊なんてさせるものか! 勝つのは正義だ!」
再びリョウマは己の武器……星獣剣を構え、相手をきつく睨みつけた。
その様子に、丈瑠は軽く笑い……彼もまた、自身の武器であるシンケンマルを構えた。
「どこかの素人が言っていた事だが……『正義の味方は、世界を守ってナンボ』なんだそうだ」
「え?」
「俺が奴の攻撃をどうにかする。お前はさっきの攻撃を仕掛けろ。……守るぞ、この世界を」
「……ああ! 勿論だ!」
リョウマが言うと同時に、二人が駆ける。丈瑠はもう一度シンケンマルを烈火大斬刀に変え、リョウマはギリギリまでアースの力を高めながら。
「無駄で候!」
突っ込んでくる二人に向かって怒鳴りながら、グンダリは六本のうち二本の斧を二人めがけて投げ飛ばす。だが、その斧は烈火大斬刀の巨大かつ幅の広い刀身によって阻まれ、軽い音と共に地に落ちる。
「ば、馬鹿な……!? では……腕ずくで候!」
武器を投げた事で空いてしまった二本の腕と、残る四本の斧を振り上げる。その刹那、今まで印を組んでいた二本の手も解かれ……そして、グンダリの体に巻きついていた蛇が空いた四本の腕の中に納まり、大振りのハンマーと化した。
「叩き潰してやるで候! 死ねぇぇぇっ!」
突っ込んでくるリョウマと丈瑠に向かってそのハンマーを勢い良く振り下ろすグンダリ。だが……
――潰した手応えがない!?――
確かに頭上に落としたと思ったのに、人間を潰した時特有の手応えがない。
かわされたのだと認識すると同時に、グンダリは三つの目で周囲をきょろきょろと探す。
右……いない。左……やはりいない。前にもいない。では、どこに……?
不審に思った瞬間、後ろからひゅん、と風を切る音が聞こえた。
「後ろであり候!」
音に反応し、グンダリは楽しげに反応しながら、その風きり音の正体を叩き伏せるべく四本の斧をその場に振り下ろし……しまったと、後悔した。
風きり音の正体は木でできたブーメランで、それを叩く為に、今は全力で斧を振り下ろした。残る四本の腕は、今だハンマーを振り下ろした体勢のままだ。
ぞわりと、グンダリの体を妙な感覚が襲った。
全身の毛穴が開き、冷や汗が吹き出るようなそんな感覚。グンダリがその感覚の名を知っていたかどうかは知らないが……少なくとも、人はそれを「恐怖」と呼ぶそれを感じ、彼は思わず天を仰いだ。
「残念だが、俺達は上だ」
視界に入ったのは、真っ赤な刀。それが自分の腕の半分を斬り落とすのを視認すると、グンダリは声にならない悲鳴をあげ、思わずその場にのけぞる。
だが、相手は容赦などしてくれないらしい。今度は炎を纏った剣が自分めがけて振り下ろされており……
「炎一閃!」
リョウマの宣言と共に、グンダリの体を熱い何かが駆け抜けた。
自分が燃える、消えていく。その感覚を味わいながら……グンダリは、狂ったような哄笑を上げた。
「これが、我が破壊される瞬間……! 悪くない! 悪くないで候!! くははははは……はーはははははは!!」
こうして、様々な世界を破壊してきた異形は、己の破壊されていく音を聞きながら、真っ白い灰になって燃え尽きたのであった。
一方、こちらはトウテツと戦う魁。
パワーファイターのグンダリとは異なり、トウテツはどうやら魔法に似た力を扱うらしく、魁は相手に近付けずにいた。
炎の魔法による攻撃をかましても、トウテツに届く直前、何かに吸い込まれるようにして消えていくのだ。
「何なんだよ、こいつ……!」
「うーん、炎はちょっと遠慮したいでし。ボクも一応は闇の住人でしからねぇ」
その言葉と同時に、トウテツの姿が消える。
「消えた……!?」
「いやいや、ここにいるでしよ」
トウテツの声が、魁の背後から聞こえた。そう認識すると同時に、魁は本能的に、身を低くして前に跳んでいた。
その刹那、彼の頭上を何か鋭い円錐状の物……トウテツの舌が通り過ぎる。
――体を低くしてなきゃ、確実に貫かれてた――
ぞくりと、体に冷たい物が駆け抜けるのを感じながら、魁はもう一度相手を見る。
さっきまで、確かに自分の前にいた。そのはずなのに、いつの間にか背後に回られていた。一体、何があったのか……
「小津、殿。奴は……闇の、幻術師、だ」
「焔!?」
「口は、動き難いが……まだ、動けるから、な。俺も……戦、う」
「おやぁ~ん? 老陽の者自ら殺されに来たでしか。良い心がけでしね」
ケタケタと笑うトウテツに対し、焔は何も言わずに視線をトウテツから外す。
だが、魁の方は相手をキッと睨みつけ、声を荒げて問いかけた。
「お前達の……いや、お前の目的って何なんだよ!? 焔を殺して、この世界を止めて、どうする気だ!?」
「ボクは見たいだけでし。静止した世界に渦巻くであろう嘆きを。知ってましか? 静止するのは体等の物質だけで、意識や精神は残るのでし」
その姿を現しては消し、消しては現ししながら、トウテツは心底楽しそうに声を上げる。
幻術師、という事は、今目に見えているトウテツの姿は幻と言う事だろうか。そう言えば、今見えているトウテツには影がない。と言う事は、今の相手は幻だ。
本体の居場所が分らなければ、攻撃を仕掛けても無意味に終わる。
どうすべきか、と悩む一方で、魁は焔の不自然な動きに気付く。視線はトウテツから外しているのに、右手の人差し指は見えているトウテツを指している。
「小津殿。本体を、炙り出します。その後は……頼みました」
「大体、外界の者であるお前には関係のない事ではないでしか。別にお前達の世界が静止する訳でもない。なのに、何で邪魔するんでし?」
魁に聞こえる程度の声で言った焔の声にかぶせるように、トウテツは不思議そうな声を響かせてくる。
焔の言う、「炙り出す」とはどういう事かと、思わなくもないが……今は彼の言葉を信じ、賭けてみようと思う。何しろ、後は頼むと、託されたのだから。
そのためには、気取られてはいけない。魁はトウテツに返すように、声を上げた。
「確かに、ここは俺の住んでる世界って訳じゃない。けど、誰かを助けるのに、理由なんて要らないんだよ!」
そう、言い切った瞬間。焔の口から、低い声が漏れた。
「Black Flame, White Flame, Double Dear」
その声に応えるように、漆黒の炎と純白の炎……二つの相反する色の炎が、そこを中心に、太極図を描くようにしてぶわりと広がる。
だが、その炎に不思議と熱は感じられない。むしろ、気分が落ち着いていくような……
魁がそう思うのと、ほぼ同時だっただろうか。少し離れた所から、ぎゃあ、と言う悲鳴と共に、白い炎に抱かれているトウテツが姿を見せたのは。それを見て、すぐに魁は何をすべきか理解したらしい。
「ジー・ジジル!! レッドファイヤー・フェニックス!」
呪文を唱え、自分の身に炎を纏うとそのまま相手に向かって体当たりを食らわせた。技の名の通り、フェニックスの様に宙を舞って。
まともに食らった相手は、白と真紅の炎に抱かれ、絶叫しもんどりを打つ。
同時に、少し離れた場所で、グンダリの最期の哄笑が聞こえてきた。
「よし、これで……」
勝った。そう言おうと、魁が口を開きかけた、その瞬間。
魁の……いや、魁達の体を、激しい衝撃が襲った。立っていられぬまま、彼らはその体を近くの柱に叩きつけられ、変身も解除されてしまう。
同時に闇が神殿を覆い、周囲の空気が一気に重苦しい物に変わっていくのを実感した。
「何だ、この濃厚な闇の気配は……!?」
「くそ……インフェルシア以上に、きついかも……!」
「どうやら、本命の登場のようだな」
打ち付けた体が痛むのか、よろりと立ち上がりながらも彼らは特に闇の濃い一点を見つめる。
そこに立っているのは一人の青年。一見すると優男のように見えるが、右手に持つ黒い宝玉と、本人が醸し出す濃厚すぎる闇の気配が、見た目通りの存在ではない事を物語っている。
「全く。遅いと思って来てみれば。何と言う体たらくなのでしょうね」
やれやれ、と首を横に振り、呆れたようにそう言うと……青年はにこりと綺麗な笑顔を焔に向ける。まるで、この重い空気など気にも留めていないかのように。
「こんにちは、焔。そして外界の戦士達」
「スザク……」
「こいつが……あの連中の親玉かよ!」
「否定しませんよ、赤き魔法使い」
ころころと鈴の鳴る様な声で笑いながら、スザクと呼ばれた青年は魁の言葉にそう返す。
笑顔は綺麗だが、それ故にどす黒い何かを感じる。特に、焔を見る視線には、決して正の感情は含まれていない事が分る。
憎悪、殺意、憤怒……そう言った感情が、すべて焔に向けられているような気がした。
その視線は、あるいはゼイハブ、あるいはン・マ、あるいは血祭ドウコクと同じ物。違うのは、スザクの表情が見た目だけとは言え笑顔である点だけだろうか。
「ねえ焔。あなたの命が、この陰の玉を完全に解放する鍵であるである事は知っています。ですから、死んで頂けませんか?」
有無を言わさぬ口調で言うスザクに、焔が断る意思を見せるよりも先に。
一つの影が、よろめきながらスザクの足元に縋りついた。
「す……スザク様ぁ……」
「おや、トウテツ。生きていたのですか」
縋りついたのは、人面羊躯の異形、トウテツ。
確かに生きてはいるが……その体からは、魁から受けた魔法の炎が、ブスブスとくすぶっている。それでもなお生きているのは、彼の生への執着からか。
そんな満身創痍の己の部下に、スザクは哀れみなど一切篭っていない瞳を向け、何の感慨もなさそうな声をかけた。
「た、助けて欲しいでし。体が、体が焼けていくでし。このままでは、死んでしまうでし……」
「それは可哀想に。しかしトウテツ、私の言葉を忘れたのですか?」
「へ?」
「私は、『使えない部下を持った覚えはない』と言いましたよね? もうお前に用はありません。消えなさい」
「ひ……ひぃぃぃぃっ!」
冷酷な一言と共に、スザクがトウテツを睨んだ瞬間。
トウテツの身の内で燻っていた炎が一気に燃え上がり、瞬時に彼を焼き尽くした。
「今のは……!?」
「フフ。今の私は陰の力を自在に操る者。トウテツの中の闇……いいえ、陰の力を押さえ込んでしまえば、陽の気の塊とも言える炎が燃え広がるのは当然」
リョウマの上げた驚愕の声に答えながら、スザクは今までトウテツの居たであろう焦げ跡をグリグリと爪先で踏み躙る。
その様子は、トウテツを部下としていたとは到底思えない行為だ。
「お前、あいつは仲間だったんだろ!? なのにあんなにあっさりと……」
「仲間? 勘違いして頂いては困ります。あれは、ただの駒です。私を楽しませる為だけに存在する、ね。私を楽しませられないのなら、存在する価値などない。あれだけじゃない。この世の全ては、私を楽しませる為に存在するんです」
魁の言葉に答え、スザクは楽しそうに顔を歪めた。
それを聞いた為だろうか。
リョウマの、魁の、そして丈瑠の心に、ふつふつと何かが生まれた。陳腐な物言いをするならば、怒りの炎、とでも言うべきだろうか。
「お前は……許さない、絶対に!」
きつく睨みつけるようにしてリョウマは言うと、もう一度自分のギンガブレスを構え……
「これ以上お前の好きにさせるか!」
噛み付くように怒鳴って、魁もマージフォンを取り出し……
「悪いが、俺達は貴様の玩具になってやるつもりはない」
そして最後に、丈瑠が静かな口調でそう告げると、ショドウフォンを手の中に収め……
「銀河転生!」
「魔法変身! マージ・マジ・マジーロ!」
「一筆奏上!」
『はぁっ!』
三人の変身の声が重なる。
瞬間、神殿の奥にあった神火が、彼らの持つ力に答えるように、轟、と勢いを取り戻したような気がした。
炎の柱がリョウマを包み、そこから呼び出されたかのようにフレイジェルの幻影が魁を守護するように現れ、その幻影が生んだ炎が丈瑠の「火」のモヂカラに力を与え、溢れたモヂカラがリョウマの周囲を囲む炎の柱を更に強化する。
互いの力が互いを高め、そしてやがて、彼らを赤き炎の戦士へと変えた。
「ギンガレッド……リョウマ!」
名誉ある銀河戦士の一人にして、そのリーダー。星獣ギンガレオンと共に銀河を貫く伝説の刃。
「燃える炎のエレメント! 赤の魔法使い、マジレッド!」
溢れる勇気を魔法に変える錬金術師。天空聖者フレイジェルの力を借り受けた、勇気ある魔法使い。
「シンケンレッド。志葉丈瑠」
外道と戦う誇り高き侍。火のモヂカラを操る、天下御免の侍戦隊を率いる殿。
立ち並ぶ三人の赤き戦士が、それぞれに名乗りを上げ、スザクを睨みつけたその瞬間。神火は今までで一番激しく燃え上がり、彼らを祝福するように周囲を照らして闇を払う。
「火は『心』を司る。あなた方の熱い魂に、神火が……この世界の命そのものが応じたのか……!?」
感極まった様に呟く焔。
彼自身、どうやらまだ気付いていないらしい。止まりかけていた自分の体が、再びスザクによる静止の呪縛から解き放たれている事に。
「この炎、どこまでも忌々しい……! 良いでしょう、まずはあなた方から先に始末して差し上げます!」
焔とは逆に、心底苛立ったような声をあげ……スザクは初めて、その顔を歪めた。
グンダリと戦っているのは、リョウマと丈瑠の二人だ。
「世界を静止させて、何を企んでいるんだ!?」
「ま、ろくな事でないのは確かだろうがな」
それぞれの剣を弾かれ、グンダリと距離を取りつつも、二人は相手に向かって問いかける。すると、相手は三つの目をすっと細めた。
その表情は……一言で言うならば、愉悦だろうか。口元は歪に歪み、クカカと言う笑い声が漏れている。
「我はただ、世界を破壊できればそれで良い。スザク様の本懐は、永遠の支配だがな」
「永遠の支配だって?」
振り下ろされた斧を受け止めつつ、リョウマはギロリと相手を睨みつける。グンダリ自身の目的も許せないが、それ以上にスザクとか言う存在の目的も許せない。
この様な手段に出るような輩の支配など、血と恐怖に彩られた物になるに決まっている。
「そんな事、させるものか!」
「貴様らの意見など必要ない! 邪魔をする者は、すべて破壊するで候!」
リョウマに向かって怒鳴ると同時に、残る五本の斧をリョウマに向かって振り下ろす。だが、それを見止めると同時に、リョウマは大きく後ろへ跳び退り、その斧の追撃をかわす。
標的を失った斧は、派手な音と共に床を抉り、蜘蛛の巣状のひびを入れるだけに留まるが……まともに食らったら、確実にやられていた。
グンダリは、その一撃一撃が重い。リョウマが受けられるのは、六本の斧のうちせいぜい二本まで。恐らく丈瑠も同じだろう。それに、斧を持っていない残りの二本の腕も気になる。
相手が炎に弱い事は分っているが、こちらが炎の攻撃を繰り出すよりも先に斬りかかってくるため、致命的な一撃を放てない。
「破壊なんてさせるものか! 勝つのは正義だ!」
再びリョウマは己の武器……星獣剣を構え、相手をきつく睨みつけた。
その様子に、丈瑠は軽く笑い……彼もまた、自身の武器であるシンケンマルを構えた。
「どこかの素人が言っていた事だが……『正義の味方は、世界を守ってナンボ』なんだそうだ」
「え?」
「俺が奴の攻撃をどうにかする。お前はさっきの攻撃を仕掛けろ。……守るぞ、この世界を」
「……ああ! 勿論だ!」
リョウマが言うと同時に、二人が駆ける。丈瑠はもう一度シンケンマルを烈火大斬刀に変え、リョウマはギリギリまでアースの力を高めながら。
「無駄で候!」
突っ込んでくる二人に向かって怒鳴りながら、グンダリは六本のうち二本の斧を二人めがけて投げ飛ばす。だが、その斧は烈火大斬刀の巨大かつ幅の広い刀身によって阻まれ、軽い音と共に地に落ちる。
「ば、馬鹿な……!? では……腕ずくで候!」
武器を投げた事で空いてしまった二本の腕と、残る四本の斧を振り上げる。その刹那、今まで印を組んでいた二本の手も解かれ……そして、グンダリの体に巻きついていた蛇が空いた四本の腕の中に納まり、大振りのハンマーと化した。
「叩き潰してやるで候! 死ねぇぇぇっ!」
突っ込んでくるリョウマと丈瑠に向かってそのハンマーを勢い良く振り下ろすグンダリ。だが……
――潰した手応えがない!?――
確かに頭上に落としたと思ったのに、人間を潰した時特有の手応えがない。
かわされたのだと認識すると同時に、グンダリは三つの目で周囲をきょろきょろと探す。
右……いない。左……やはりいない。前にもいない。では、どこに……?
不審に思った瞬間、後ろからひゅん、と風を切る音が聞こえた。
「後ろであり候!」
音に反応し、グンダリは楽しげに反応しながら、その風きり音の正体を叩き伏せるべく四本の斧をその場に振り下ろし……しまったと、後悔した。
風きり音の正体は木でできたブーメランで、それを叩く為に、今は全力で斧を振り下ろした。残る四本の腕は、今だハンマーを振り下ろした体勢のままだ。
ぞわりと、グンダリの体を妙な感覚が襲った。
全身の毛穴が開き、冷や汗が吹き出るようなそんな感覚。グンダリがその感覚の名を知っていたかどうかは知らないが……少なくとも、人はそれを「恐怖」と呼ぶそれを感じ、彼は思わず天を仰いだ。
「残念だが、俺達は上だ」
視界に入ったのは、真っ赤な刀。それが自分の腕の半分を斬り落とすのを視認すると、グンダリは声にならない悲鳴をあげ、思わずその場にのけぞる。
だが、相手は容赦などしてくれないらしい。今度は炎を纏った剣が自分めがけて振り下ろされており……
「炎一閃!」
リョウマの宣言と共に、グンダリの体を熱い何かが駆け抜けた。
自分が燃える、消えていく。その感覚を味わいながら……グンダリは、狂ったような哄笑を上げた。
「これが、我が破壊される瞬間……! 悪くない! 悪くないで候!! くははははは……はーはははははは!!」
こうして、様々な世界を破壊してきた異形は、己の破壊されていく音を聞きながら、真っ白い灰になって燃え尽きたのであった。
一方、こちらはトウテツと戦う魁。
パワーファイターのグンダリとは異なり、トウテツはどうやら魔法に似た力を扱うらしく、魁は相手に近付けずにいた。
炎の魔法による攻撃をかましても、トウテツに届く直前、何かに吸い込まれるようにして消えていくのだ。
「何なんだよ、こいつ……!」
「うーん、炎はちょっと遠慮したいでし。ボクも一応は闇の住人でしからねぇ」
その言葉と同時に、トウテツの姿が消える。
「消えた……!?」
「いやいや、ここにいるでしよ」
トウテツの声が、魁の背後から聞こえた。そう認識すると同時に、魁は本能的に、身を低くして前に跳んでいた。
その刹那、彼の頭上を何か鋭い円錐状の物……トウテツの舌が通り過ぎる。
――体を低くしてなきゃ、確実に貫かれてた――
ぞくりと、体に冷たい物が駆け抜けるのを感じながら、魁はもう一度相手を見る。
さっきまで、確かに自分の前にいた。そのはずなのに、いつの間にか背後に回られていた。一体、何があったのか……
「小津、殿。奴は……闇の、幻術師、だ」
「焔!?」
「口は、動き難いが……まだ、動けるから、な。俺も……戦、う」
「おやぁ~ん? 老陽の者自ら殺されに来たでしか。良い心がけでしね」
ケタケタと笑うトウテツに対し、焔は何も言わずに視線をトウテツから外す。
だが、魁の方は相手をキッと睨みつけ、声を荒げて問いかけた。
「お前達の……いや、お前の目的って何なんだよ!? 焔を殺して、この世界を止めて、どうする気だ!?」
「ボクは見たいだけでし。静止した世界に渦巻くであろう嘆きを。知ってましか? 静止するのは体等の物質だけで、意識や精神は残るのでし」
その姿を現しては消し、消しては現ししながら、トウテツは心底楽しそうに声を上げる。
幻術師、という事は、今目に見えているトウテツの姿は幻と言う事だろうか。そう言えば、今見えているトウテツには影がない。と言う事は、今の相手は幻だ。
本体の居場所が分らなければ、攻撃を仕掛けても無意味に終わる。
どうすべきか、と悩む一方で、魁は焔の不自然な動きに気付く。視線はトウテツから外しているのに、右手の人差し指は見えているトウテツを指している。
「小津殿。本体を、炙り出します。その後は……頼みました」
「大体、外界の者であるお前には関係のない事ではないでしか。別にお前達の世界が静止する訳でもない。なのに、何で邪魔するんでし?」
魁に聞こえる程度の声で言った焔の声にかぶせるように、トウテツは不思議そうな声を響かせてくる。
焔の言う、「炙り出す」とはどういう事かと、思わなくもないが……今は彼の言葉を信じ、賭けてみようと思う。何しろ、後は頼むと、託されたのだから。
そのためには、気取られてはいけない。魁はトウテツに返すように、声を上げた。
「確かに、ここは俺の住んでる世界って訳じゃない。けど、誰かを助けるのに、理由なんて要らないんだよ!」
そう、言い切った瞬間。焔の口から、低い声が漏れた。
「Black Flame, White Flame, Double Dear」
その声に応えるように、漆黒の炎と純白の炎……二つの相反する色の炎が、そこを中心に、太極図を描くようにしてぶわりと広がる。
だが、その炎に不思議と熱は感じられない。むしろ、気分が落ち着いていくような……
魁がそう思うのと、ほぼ同時だっただろうか。少し離れた所から、ぎゃあ、と言う悲鳴と共に、白い炎に抱かれているトウテツが姿を見せたのは。それを見て、すぐに魁は何をすべきか理解したらしい。
「ジー・ジジル!! レッドファイヤー・フェニックス!」
呪文を唱え、自分の身に炎を纏うとそのまま相手に向かって体当たりを食らわせた。技の名の通り、フェニックスの様に宙を舞って。
まともに食らった相手は、白と真紅の炎に抱かれ、絶叫しもんどりを打つ。
同時に、少し離れた場所で、グンダリの最期の哄笑が聞こえてきた。
「よし、これで……」
勝った。そう言おうと、魁が口を開きかけた、その瞬間。
魁の……いや、魁達の体を、激しい衝撃が襲った。立っていられぬまま、彼らはその体を近くの柱に叩きつけられ、変身も解除されてしまう。
同時に闇が神殿を覆い、周囲の空気が一気に重苦しい物に変わっていくのを実感した。
「何だ、この濃厚な闇の気配は……!?」
「くそ……インフェルシア以上に、きついかも……!」
「どうやら、本命の登場のようだな」
打ち付けた体が痛むのか、よろりと立ち上がりながらも彼らは特に闇の濃い一点を見つめる。
そこに立っているのは一人の青年。一見すると優男のように見えるが、右手に持つ黒い宝玉と、本人が醸し出す濃厚すぎる闇の気配が、見た目通りの存在ではない事を物語っている。
「全く。遅いと思って来てみれば。何と言う体たらくなのでしょうね」
やれやれ、と首を横に振り、呆れたようにそう言うと……青年はにこりと綺麗な笑顔を焔に向ける。まるで、この重い空気など気にも留めていないかのように。
「こんにちは、焔。そして外界の戦士達」
「スザク……」
「こいつが……あの連中の親玉かよ!」
「否定しませんよ、赤き魔法使い」
ころころと鈴の鳴る様な声で笑いながら、スザクと呼ばれた青年は魁の言葉にそう返す。
笑顔は綺麗だが、それ故にどす黒い何かを感じる。特に、焔を見る視線には、決して正の感情は含まれていない事が分る。
憎悪、殺意、憤怒……そう言った感情が、すべて焔に向けられているような気がした。
その視線は、あるいはゼイハブ、あるいはン・マ、あるいは血祭ドウコクと同じ物。違うのは、スザクの表情が見た目だけとは言え笑顔である点だけだろうか。
「ねえ焔。あなたの命が、この陰の玉を完全に解放する鍵であるである事は知っています。ですから、死んで頂けませんか?」
有無を言わさぬ口調で言うスザクに、焔が断る意思を見せるよりも先に。
一つの影が、よろめきながらスザクの足元に縋りついた。
「す……スザク様ぁ……」
「おや、トウテツ。生きていたのですか」
縋りついたのは、人面羊躯の異形、トウテツ。
確かに生きてはいるが……その体からは、魁から受けた魔法の炎が、ブスブスとくすぶっている。それでもなお生きているのは、彼の生への執着からか。
そんな満身創痍の己の部下に、スザクは哀れみなど一切篭っていない瞳を向け、何の感慨もなさそうな声をかけた。
「た、助けて欲しいでし。体が、体が焼けていくでし。このままでは、死んでしまうでし……」
「それは可哀想に。しかしトウテツ、私の言葉を忘れたのですか?」
「へ?」
「私は、『使えない部下を持った覚えはない』と言いましたよね? もうお前に用はありません。消えなさい」
「ひ……ひぃぃぃぃっ!」
冷酷な一言と共に、スザクがトウテツを睨んだ瞬間。
トウテツの身の内で燻っていた炎が一気に燃え上がり、瞬時に彼を焼き尽くした。
「今のは……!?」
「フフ。今の私は陰の力を自在に操る者。トウテツの中の闇……いいえ、陰の力を押さえ込んでしまえば、陽の気の塊とも言える炎が燃え広がるのは当然」
リョウマの上げた驚愕の声に答えながら、スザクは今までトウテツの居たであろう焦げ跡をグリグリと爪先で踏み躙る。
その様子は、トウテツを部下としていたとは到底思えない行為だ。
「お前、あいつは仲間だったんだろ!? なのにあんなにあっさりと……」
「仲間? 勘違いして頂いては困ります。あれは、ただの駒です。私を楽しませる為だけに存在する、ね。私を楽しませられないのなら、存在する価値などない。あれだけじゃない。この世の全ては、私を楽しませる為に存在するんです」
魁の言葉に答え、スザクは楽しそうに顔を歪めた。
それを聞いた為だろうか。
リョウマの、魁の、そして丈瑠の心に、ふつふつと何かが生まれた。陳腐な物言いをするならば、怒りの炎、とでも言うべきだろうか。
「お前は……許さない、絶対に!」
きつく睨みつけるようにしてリョウマは言うと、もう一度自分のギンガブレスを構え……
「これ以上お前の好きにさせるか!」
噛み付くように怒鳴って、魁もマージフォンを取り出し……
「悪いが、俺達は貴様の玩具になってやるつもりはない」
そして最後に、丈瑠が静かな口調でそう告げると、ショドウフォンを手の中に収め……
「銀河転生!」
「魔法変身! マージ・マジ・マジーロ!」
「一筆奏上!」
『はぁっ!』
三人の変身の声が重なる。
瞬間、神殿の奥にあった神火が、彼らの持つ力に答えるように、轟、と勢いを取り戻したような気がした。
炎の柱がリョウマを包み、そこから呼び出されたかのようにフレイジェルの幻影が魁を守護するように現れ、その幻影が生んだ炎が丈瑠の「火」のモヂカラに力を与え、溢れたモヂカラがリョウマの周囲を囲む炎の柱を更に強化する。
互いの力が互いを高め、そしてやがて、彼らを赤き炎の戦士へと変えた。
「ギンガレッド……リョウマ!」
名誉ある銀河戦士の一人にして、そのリーダー。星獣ギンガレオンと共に銀河を貫く伝説の刃。
「燃える炎のエレメント! 赤の魔法使い、マジレッド!」
溢れる勇気を魔法に変える錬金術師。天空聖者フレイジェルの力を借り受けた、勇気ある魔法使い。
「シンケンレッド。志葉丈瑠」
外道と戦う誇り高き侍。火のモヂカラを操る、天下御免の侍戦隊を率いる殿。
立ち並ぶ三人の赤き戦士が、それぞれに名乗りを上げ、スザクを睨みつけたその瞬間。神火は今までで一番激しく燃え上がり、彼らを祝福するように周囲を照らして闇を払う。
「火は『心』を司る。あなた方の熱い魂に、神火が……この世界の命そのものが応じたのか……!?」
感極まった様に呟く焔。
彼自身、どうやらまだ気付いていないらしい。止まりかけていた自分の体が、再びスザクによる静止の呪縛から解き放たれている事に。
「この炎、どこまでも忌々しい……! 良いでしょう、まずはあなた方から先に始末して差し上げます!」
焔とは逆に、心底苛立ったような声をあげ……スザクは初めて、その顔を歪めた。