Fire with Fire
「火の神殿は、まだ落ちませんか」
黒い靄の中、玉座に座る一人の青年が、どこか呆れたように声を上げた。
見た目は普通の人間だが、放つ気配は人間のそれとは明らかに異なる。異様なまでの邪気を纏い、右手に持つ漆黒の石からはどこか澱んだ力が溢れていた。
そんな彼の前には、二人の異形が傅いている。
一人は一面八臂、六本の腕は斧を持ち、残る二本で何かの印を結んでいるように見える。顔には三つの目、体に巻き付いているのは蛇だろうか。
もう一方は羊のような体に人間とほぼ同じ顔の造り。ただし、頭に曲がった角、口に虎の牙、そして目が腋の下になければの話だが。
「申し訳ありませぬスザク様。思いの外、あの男がしぶとくて候。……のう、トウテツ」
「グンダリの言う通りでし。……しかもあの男、外界から助っ人を呼んだようでし」
一面八臂の方はグンダリ、羊の体の方はトウテツと言うらしい。
そんな二人の言葉を聞きながら、青年……スザクと呼ばれた彼は、口元に冷たい笑みを浮かべると、これまた呆れた様な溜息を一つ吐き出した。
「言い訳は結構。使えない部下を持った覚えはありませんよ」
「も、申し訳ありませぬで候!」
「おおお、お仕置きは勘弁して欲しいでし~」
相手の気配に押されたのか、二人の異形はその額にダラダラと脂汗を浮べ、その場に平伏する。
スザクを怒らせてはいけない事を、二人はよく知っているからだ。
こことは異なる次元で生まれた彼らは、闇を母に生きてきた。それ故なのか、彼らは他の存在よりも破壊衝動が強く、次元を渡っては破壊と殺戮を繰り返してきた。
その中でも、スザクは特に凶悪であった。女子供関係なく、「平等」の名の元に全てを破壊、そして恐怖で人々を支配する。少しでも気に入らない事があれば、塵一つ残さず消し去る。それをするのに、スザクには躊躇いはない。
根本的に、誰かの表情が恐怖で歪むのを見るのが好きなのだ。それこそ、永遠に見ていたいと思う程に。
だからこそ……彼は「ここ」に来た。ここには、自分の望む永遠を実現させてくれる方法があるから。
その方法こそが、彼が手に持っている宝玉なのだ。
「この宝玉 の力を最大限に発揮する為には、後は『老陽の者』の命が必要なのです。この意味……分りますね?」
「……はっ。必ずやご期待に応えますで候」
「確実に仕留めるでし。我々が行くでし」
スザクの言葉に、二人はニヤリと口の端を歪めて答えると、その場からすっと姿を消した。
「……もうすぐです、焔。その忌々しい火の神殿ごと、あなたを……」
スザクのその呟きは、宝玉から溢れる「闇」に溶けて、誰の耳に届くでもなく消えて行った。
焔に案内され、リョウマ、魁、丈瑠の三人は、焔曰く「神殿」の奥にある祭壇らしき物の前に来ていた。
正直な所、焔の事を信用している訳ではない。何しろ彼は志葉家から恐竜ディスクを盗み出し、さらに小津家からはマンドラ坊やを盗む……と言うか誘拐しているのだ。
ここに到着する前に、恐竜ディスクは返してもらっているし、マンドラ坊やも銀河の森にいるとは言え、何も言わずにここに連れて来られたと言うだけで、少々腹立たしく思うのは事実。流石に、いきなり突っかかるような事はしないが。
そんな不信感を押し隠しもせず、魁は焔とその祭壇を交互に眺める。
祭壇の中央には、銀盆の上に乗った炎が置かれているのだが……銀盆や祭壇の大きさに比べて、炎の勢いは明らかに弱い。今にも消えそうなその炎に視線を送り、焔はどこか悲しそうに顔を歪めた。
「また、神火の勢いが弱くなっているな……」
「神火? それって、あの今にも消えそうな火の事かよ?」
「そう。あれでもこの神殿の『ご神体』とも言える、聖なる炎なんだがな」
魁の言葉に、苦笑気味に焔は答えた。
確かに、ただの炎とは違う、特殊な力を感じられるが……炎の勢い同様、その力も弱々しい。
そう言えば、この神殿の周囲も、弱いながらも炎に囲まれていた。その切れ目を縫うようにして、先程の「影」のような連中が襲ってきたような気がする。
「まずは……改めてお詫びしたい。あなた方を、強引な手段でここに連れてきてしまった事を」
「確かに強引だけど、何か事情でもあるのかよ?」
「それに、さっきの連中……『ナレノハテ』と呼んでいたか。関係がありそうだな」
二人に言われ、焔は静かに頷くと、苦しげな表情で彼の「事情」を語りだした。
……ここは、「五行界」と呼ばれる世界。ここでは、「陰」と「陽」と呼ばれる二種類の力が、互いに影響しあって均衡を保っており、それぞれが「宝玉」として祀られている。
しかしある日突然、陰の力を司る宝玉が「ナレノハテ」を率いるスザクと言う名の男によって奪われ、スザクは陰の力を暴走させた。その結果、陰と陽の均衡が崩れ、陰気の澱む、暗い闇に覆われた世界に変えられてしまった。
更に追い討ちをかける様に、ナレノハテ達とそれを指揮する二人の異形……グンダリとトウテツがこの世界の住人を襲い、人々は恐怖と混乱の渦に落とされた。
無論、焔をはじめとする住人達は、彼らの残虐な仕打ちに抵抗した。
だが、闇から生み出されたナレノハテは実体のない影のような者。ほぼ不死身に近く、どれ程攻撃を仕掛けても立ち上がり、住人を襲う。グンダリ、トウテツの二人も、強力な力を持っており、一人、また一人とその凶刃に倒れていった。
そんな彼らの唯一の弱点が、陽の力。それを最大限に発揮するのが「炎」。
炎は元々陽の力を持っており、それがナレノハテを浄化させる。だが、それに気付いた時には既に遅く……残っていたのは、この「火の神殿」の神官である焔一人になっており、その上彼の扱う炎も、暴走した陰の力によって弱体化させられてしまっていた。
そんな時、彼は知ったのだ。
極めて近い世界に、炎の力を持つ存在がいる事を。
「それで、俺や丈瑠を招く為に、マン坊やさっきのディスク盗んで、リョウマ兄ちゃんの所におびき寄せたって事かよ?」
「そうだ。炎の力がなければ、おそらく陰の玉の暴走を止められない。だからこそ、あなた方の助力が必要なんだ。偏りのない陰陽 をその身の内に持つ、あなた方の」
「炎」によって、ナレノハテとやらを倒せるのは分った。それは先程リョウマが実践した事だ。
どうやってリョウマが炎を出したのかは、魁にも丈瑠にも分らないが……焔の話し方から推測するに、少なくともこの場に呼ばれてしまった三人は、何らかの方法で「火」を呼ぶ事が出来るらしい。
そう思うと、三人は同時に互いの顔を見やり……
「魁と丈瑠も、アースを使う事が出来るのか?」
「リョウマ兄ちゃんと丈瑠も、魔法使いなのか?」
「リョウマと魁が火のモヂカラを使える……と言う訳ではなさそうだな」
ほぼ同時に、そう声に出していた。
それを聞くや、リョウマは不思議そうに首を傾げ、魁はきょとんとした表情になり、丈瑠はやれやれと言わんばかりに溜息を吐き出す。
その後、少しの間だけ互いの力の説明をしたのは、おそらく言うまでもないだろう。
星の力であるアースを扱うリョウマ、天空聖者と呼ばれる存在の力を借りて魔法を扱う魁、そして文字の持つ力モヂカラを扱う丈瑠。
全く異なる種の力でありながら発現する時は「火」と言う形で現れやすいと言う事実に驚きながらも、心のどこかでは納得していた。
だからこそ、焔に集められたのだから。
「焔、一つ聞かせろ」
「何かな、志葉殿」
「陰の力の暴走を止める、と言う事は分った。だが……もしも止まらなかったら、この世界はどうなる?」
「……陰の力は、静の力、止める力。このまま暴走を続ければ、何一つ動く事のない、『止まった世界』になってしまう。生きとし生けるものは勿論、風も、太陽も。何もかもが静止した、ジオラマの様な世界に」
丈瑠の問いに返しつつ、焔は言葉を吐き出しながら、悔しげに拳を握り締める。
三人は、ここ以外の場所を見ていない。だから、「静止した世界」と言う物に対して、いまひとつ実感が沸かないのだが……少なくとも、焔の持つ悔しさは伝わる。それは、本当に自分の世界を想っている者にしか出せない声だと言う事も。
だからこそ、彼は強引に三人をここに呼び寄せたのだろうが……
「でも、だったら何で最初から俺達にそう言ってくれなかったんだ?」
「リョウマ兄ちゃんの言う通りだよな。最初からそう言ってくれれば、ちゃんと協力したのに」
「……俺は、この神殿以外では声を発してはいけない決まりでね。だからこそ、あんな手段しか思い浮かばなかった。俺が、動ける間に……って制限も、あったし」
苦笑混じりに言いながら、焔は自分の左手に視線を落とす。その手は中途半端に握られていた。見ようによっては拳を開こうとしているようにも見えるし、逆に拳を握ろうとしているようにも見える。
先程まで握り締めていたのだから、開こうとしているのだろうとは思うのだが……
「焔、君のその手は……」
「そろそろ、静止する力に……耐えられなく、なっているらしい。左手と、口が……上手く動かない」
リョウマの問いに、焔が言った……刹那。
どこからともなく、おおんと言う声が響いた。
「今の声は!」
「ナレノハテか」
魁と丈瑠が緊張した面持ちで周囲を見回し……そして、見つけた。遠巻きにこちらを見る、数多の闇の力……ナレノハテと呼ばれる者の姿を。
そしてその奥には、二人の異形の姿もある。
方や一面八臂で斧を持つ者、方や人頭羊躯の者。
「おお。老陽の者も、流石に固まり始めたで候」
「良い感じでし。ちょ~っと小蝿が鬱陶しそうでしが」
「グンダリと……トウテツ、か!」
「こいつらが!」
ニヒヒと下卑た笑い声を上げる二人に対し、魁は真剣な表情でいつでも戦えるように身構える。同じ様に、リョウマと丈瑠もそれぞれ構えていた。丈瑠に至っては、やはりどこからか刀を出している。
「ほう? できると見受けたで候」
「でも、邪魔するのなら殺すでし」
「どの道殺すつもりだろう。なら……倒すまでだ」
言って、丈瑠は近くにいたナレノハテを叩き斬る。だが、すぐにナレノハテは何事も無かったかのように起き上がると、再び丈瑠に向かって襲い掛かる。
それを見て、ケラケラとトウテツが笑い……
「無駄でしよ。そいつらは闇の住人。名前の通り、その『なれのはて』でし。光の力、陽の力がないと倒せないでし~」
「……そうか。なら、こうすれば良い。一筆奏上」
トウテツに返しつつ、丈瑠は持っていた赤い携帯電話……ショドウフォンを「筆モード」に変形させ、宙に「火」の文字を書いた。
書かれた文字は、何故か赤く色付いており、リョウマや魁、それにグンダリとトウテツの二人にもはっきりと読める。
「はっ!」
気合と共に、文字をくるりとこちらに向けると……その「火」の文字が丈瑠の体を包むようにして、彼を赤い剣士に変えた。
顔面には黒く「火」の文字、腰には鞘のない日本刀。雰囲気はどことなく「侍」と言う印象だ。
「それじゃあ俺も! マージ・マジ・マジーロ!」
――マージ・マジ・マジーロ――
変身した丈瑠につられたように、今度は魁が金色の携帯電話……マージフォンを取り出し、「106」をコール。その瞬間、天から荘厳な声が響き、魁の背後に、彼に力を貸す天空聖者フレイジェルの幻影が現れ、彼を赤い魔法使いに変えた。
顔面にあるのはフェニックスだろうか。一瞬だけ、彼の周囲に炎が舞った。
「何と……よもや三人の内二人までもが、炎の力を扱える者とは! 驚きに値するで候。のう、トウテツ」
「そいつはどうかな」
「俺達二人だけだと、本気で思ってるのかよ!」
「何ぃ?」
丈瑠と魁に言われ、グンダリは驚きを隠さずにそう声を上げる。
同時に、リョウマもまた、己の手にはまっているギンガブレスを構え……
「銀河転生! はっ!」
ブレスのダイヤルを赤に合わせ、気合と共に両手を挙げる。
刹那、リョウマの周囲に炎の柱が現れ、リョウマを中心に円を描くように回転。その柱がぶわりと散ると、そこには赤い戦士と化したリョウマの姿があった。
面の造形は獅子に似ており、腰にはやや大振りの剣。低く構えた姿は、どことなく獣に似ている。
「さささ、三人とも炎使いでしか! これは少々厄介でしよ~」
「だが、ここで退けばスザク様の目的……永遠の静寂と永遠の支配が叶わんで候! 怯むな、行けぃ、ナレノハテ共!」
慌てるトウテツに対し、グンダリの方は大仰に腕の一本を振り、ナレノハテに襲えと指示を出す。
勿論、その指示に具体的な案などない。ただひたすらに、「突っ込め」と命令しているに過ぎないのだ。統率も何もない。
そんな彼らを相手に、丈瑠は刀……シンケンマルに獅子ディスクをはめ込むと、それを勢い良く回す。すると、ディスクに込められていた力が解放され、シンケンマルを赤い大刀……烈火大斬刀に変え、何の苦もなく振り回す。
見た目程重くないのか、と思わなくもないのだが、少なくとも重心を取るのは難しいだろう。
――俺には絶対無理だな、あの刀振り回すの――
心の中で思いながら、魁もまたマジスティックをマジスティックソードに変え、呪文を唱える。
「ジー・ジジル。レッドファイヤー!」
魔法によって生み出された炎を剣に纏わせ、その勢いで魁は、直線状に並ぶナレノハテを次々と断ち斬り、浄滅させていく。
これは魁の機動力の賜物、とでも言うべきだろうか。
「炎一閃!」
魁の後ろで、リョウマの声が響く。
こちらも、彼の持つアースによって生み出された炎と共に、剣を縦一閃に振り下ろす。
魁のように連続で攻撃する訳でもなければ、丈瑠のように周囲の敵を薙ぎ払う訳でもないが、その一撃だけで数多の敵を葬るには充分な威力があるらしい。
あっと言う間に、無数に存在していたナレノハテは両手で数えられる程度にまで減り、その中心にグンダリとトウテツの二人がいるような状況だ。
「嘘ぉん。こんなのってありでしか?」
「ぬぬぬ……甘く見すぎていたで候。しかし、我らとて何としても本懐を遂げねばならぬで候」
「なら……暴れるでし、壊すでし、全てを食ってやるでし!!」
腋の下にある目をぎらつかせ、怒鳴るトウテツと、それに応える様にその顔を楽しそうに歪めるグンダリ。
……その二人を、三人の戦士達は迎え撃つ。その様子を見ながら、焔は……ままならぬ己の体を、悔しげに見下ろしていた。
黒い靄の中、玉座に座る一人の青年が、どこか呆れたように声を上げた。
見た目は普通の人間だが、放つ気配は人間のそれとは明らかに異なる。異様なまでの邪気を纏い、右手に持つ漆黒の石からはどこか澱んだ力が溢れていた。
そんな彼の前には、二人の異形が傅いている。
一人は一面八臂、六本の腕は斧を持ち、残る二本で何かの印を結んでいるように見える。顔には三つの目、体に巻き付いているのは蛇だろうか。
もう一方は羊のような体に人間とほぼ同じ顔の造り。ただし、頭に曲がった角、口に虎の牙、そして目が腋の下になければの話だが。
「申し訳ありませぬスザク様。思いの外、あの男がしぶとくて候。……のう、トウテツ」
「グンダリの言う通りでし。……しかもあの男、外界から助っ人を呼んだようでし」
一面八臂の方はグンダリ、羊の体の方はトウテツと言うらしい。
そんな二人の言葉を聞きながら、青年……スザクと呼ばれた彼は、口元に冷たい笑みを浮かべると、これまた呆れた様な溜息を一つ吐き出した。
「言い訳は結構。使えない部下を持った覚えはありませんよ」
「も、申し訳ありませぬで候!」
「おおお、お仕置きは勘弁して欲しいでし~」
相手の気配に押されたのか、二人の異形はその額にダラダラと脂汗を浮べ、その場に平伏する。
スザクを怒らせてはいけない事を、二人はよく知っているからだ。
こことは異なる次元で生まれた彼らは、闇を母に生きてきた。それ故なのか、彼らは他の存在よりも破壊衝動が強く、次元を渡っては破壊と殺戮を繰り返してきた。
その中でも、スザクは特に凶悪であった。女子供関係なく、「平等」の名の元に全てを破壊、そして恐怖で人々を支配する。少しでも気に入らない事があれば、塵一つ残さず消し去る。それをするのに、スザクには躊躇いはない。
根本的に、誰かの表情が恐怖で歪むのを見るのが好きなのだ。それこそ、永遠に見ていたいと思う程に。
だからこそ……彼は「ここ」に来た。ここには、自分の望む永遠を実現させてくれる方法があるから。
その方法こそが、彼が手に持っている宝玉なのだ。
「この
「……はっ。必ずやご期待に応えますで候」
「確実に仕留めるでし。我々が行くでし」
スザクの言葉に、二人はニヤリと口の端を歪めて答えると、その場からすっと姿を消した。
「……もうすぐです、焔。その忌々しい火の神殿ごと、あなたを……」
スザクのその呟きは、宝玉から溢れる「闇」に溶けて、誰の耳に届くでもなく消えて行った。
焔に案内され、リョウマ、魁、丈瑠の三人は、焔曰く「神殿」の奥にある祭壇らしき物の前に来ていた。
正直な所、焔の事を信用している訳ではない。何しろ彼は志葉家から恐竜ディスクを盗み出し、さらに小津家からはマンドラ坊やを盗む……と言うか誘拐しているのだ。
ここに到着する前に、恐竜ディスクは返してもらっているし、マンドラ坊やも銀河の森にいるとは言え、何も言わずにここに連れて来られたと言うだけで、少々腹立たしく思うのは事実。流石に、いきなり突っかかるような事はしないが。
そんな不信感を押し隠しもせず、魁は焔とその祭壇を交互に眺める。
祭壇の中央には、銀盆の上に乗った炎が置かれているのだが……銀盆や祭壇の大きさに比べて、炎の勢いは明らかに弱い。今にも消えそうなその炎に視線を送り、焔はどこか悲しそうに顔を歪めた。
「また、神火の勢いが弱くなっているな……」
「神火? それって、あの今にも消えそうな火の事かよ?」
「そう。あれでもこの神殿の『ご神体』とも言える、聖なる炎なんだがな」
魁の言葉に、苦笑気味に焔は答えた。
確かに、ただの炎とは違う、特殊な力を感じられるが……炎の勢い同様、その力も弱々しい。
そう言えば、この神殿の周囲も、弱いながらも炎に囲まれていた。その切れ目を縫うようにして、先程の「影」のような連中が襲ってきたような気がする。
「まずは……改めてお詫びしたい。あなた方を、強引な手段でここに連れてきてしまった事を」
「確かに強引だけど、何か事情でもあるのかよ?」
「それに、さっきの連中……『ナレノハテ』と呼んでいたか。関係がありそうだな」
二人に言われ、焔は静かに頷くと、苦しげな表情で彼の「事情」を語りだした。
……ここは、「五行界」と呼ばれる世界。ここでは、「陰」と「陽」と呼ばれる二種類の力が、互いに影響しあって均衡を保っており、それぞれが「宝玉」として祀られている。
しかしある日突然、陰の力を司る宝玉が「ナレノハテ」を率いるスザクと言う名の男によって奪われ、スザクは陰の力を暴走させた。その結果、陰と陽の均衡が崩れ、陰気の澱む、暗い闇に覆われた世界に変えられてしまった。
更に追い討ちをかける様に、ナレノハテ達とそれを指揮する二人の異形……グンダリとトウテツがこの世界の住人を襲い、人々は恐怖と混乱の渦に落とされた。
無論、焔をはじめとする住人達は、彼らの残虐な仕打ちに抵抗した。
だが、闇から生み出されたナレノハテは実体のない影のような者。ほぼ不死身に近く、どれ程攻撃を仕掛けても立ち上がり、住人を襲う。グンダリ、トウテツの二人も、強力な力を持っており、一人、また一人とその凶刃に倒れていった。
そんな彼らの唯一の弱点が、陽の力。それを最大限に発揮するのが「炎」。
炎は元々陽の力を持っており、それがナレノハテを浄化させる。だが、それに気付いた時には既に遅く……残っていたのは、この「火の神殿」の神官である焔一人になっており、その上彼の扱う炎も、暴走した陰の力によって弱体化させられてしまっていた。
そんな時、彼は知ったのだ。
極めて近い世界に、炎の力を持つ存在がいる事を。
「それで、俺や丈瑠を招く為に、マン坊やさっきのディスク盗んで、リョウマ兄ちゃんの所におびき寄せたって事かよ?」
「そうだ。炎の力がなければ、おそらく陰の玉の暴走を止められない。だからこそ、あなた方の助力が必要なんだ。偏りのない
「炎」によって、ナレノハテとやらを倒せるのは分った。それは先程リョウマが実践した事だ。
どうやってリョウマが炎を出したのかは、魁にも丈瑠にも分らないが……焔の話し方から推測するに、少なくともこの場に呼ばれてしまった三人は、何らかの方法で「火」を呼ぶ事が出来るらしい。
そう思うと、三人は同時に互いの顔を見やり……
「魁と丈瑠も、アースを使う事が出来るのか?」
「リョウマ兄ちゃんと丈瑠も、魔法使いなのか?」
「リョウマと魁が火のモヂカラを使える……と言う訳ではなさそうだな」
ほぼ同時に、そう声に出していた。
それを聞くや、リョウマは不思議そうに首を傾げ、魁はきょとんとした表情になり、丈瑠はやれやれと言わんばかりに溜息を吐き出す。
その後、少しの間だけ互いの力の説明をしたのは、おそらく言うまでもないだろう。
星の力であるアースを扱うリョウマ、天空聖者と呼ばれる存在の力を借りて魔法を扱う魁、そして文字の持つ力モヂカラを扱う丈瑠。
全く異なる種の力でありながら発現する時は「火」と言う形で現れやすいと言う事実に驚きながらも、心のどこかでは納得していた。
だからこそ、焔に集められたのだから。
「焔、一つ聞かせろ」
「何かな、志葉殿」
「陰の力の暴走を止める、と言う事は分った。だが……もしも止まらなかったら、この世界はどうなる?」
「……陰の力は、静の力、止める力。このまま暴走を続ければ、何一つ動く事のない、『止まった世界』になってしまう。生きとし生けるものは勿論、風も、太陽も。何もかもが静止した、ジオラマの様な世界に」
丈瑠の問いに返しつつ、焔は言葉を吐き出しながら、悔しげに拳を握り締める。
三人は、ここ以外の場所を見ていない。だから、「静止した世界」と言う物に対して、いまひとつ実感が沸かないのだが……少なくとも、焔の持つ悔しさは伝わる。それは、本当に自分の世界を想っている者にしか出せない声だと言う事も。
だからこそ、彼は強引に三人をここに呼び寄せたのだろうが……
「でも、だったら何で最初から俺達にそう言ってくれなかったんだ?」
「リョウマ兄ちゃんの言う通りだよな。最初からそう言ってくれれば、ちゃんと協力したのに」
「……俺は、この神殿以外では声を発してはいけない決まりでね。だからこそ、あんな手段しか思い浮かばなかった。俺が、動ける間に……って制限も、あったし」
苦笑混じりに言いながら、焔は自分の左手に視線を落とす。その手は中途半端に握られていた。見ようによっては拳を開こうとしているようにも見えるし、逆に拳を握ろうとしているようにも見える。
先程まで握り締めていたのだから、開こうとしているのだろうとは思うのだが……
「焔、君のその手は……」
「そろそろ、静止する力に……耐えられなく、なっているらしい。左手と、口が……上手く動かない」
リョウマの問いに、焔が言った……刹那。
どこからともなく、おおんと言う声が響いた。
「今の声は!」
「ナレノハテか」
魁と丈瑠が緊張した面持ちで周囲を見回し……そして、見つけた。遠巻きにこちらを見る、数多の闇の力……ナレノハテと呼ばれる者の姿を。
そしてその奥には、二人の異形の姿もある。
方や一面八臂で斧を持つ者、方や人頭羊躯の者。
「おお。老陽の者も、流石に固まり始めたで候」
「良い感じでし。ちょ~っと小蝿が鬱陶しそうでしが」
「グンダリと……トウテツ、か!」
「こいつらが!」
ニヒヒと下卑た笑い声を上げる二人に対し、魁は真剣な表情でいつでも戦えるように身構える。同じ様に、リョウマと丈瑠もそれぞれ構えていた。丈瑠に至っては、やはりどこからか刀を出している。
「ほう? できると見受けたで候」
「でも、邪魔するのなら殺すでし」
「どの道殺すつもりだろう。なら……倒すまでだ」
言って、丈瑠は近くにいたナレノハテを叩き斬る。だが、すぐにナレノハテは何事も無かったかのように起き上がると、再び丈瑠に向かって襲い掛かる。
それを見て、ケラケラとトウテツが笑い……
「無駄でしよ。そいつらは闇の住人。名前の通り、その『なれのはて』でし。光の力、陽の力がないと倒せないでし~」
「……そうか。なら、こうすれば良い。一筆奏上」
トウテツに返しつつ、丈瑠は持っていた赤い携帯電話……ショドウフォンを「筆モード」に変形させ、宙に「火」の文字を書いた。
書かれた文字は、何故か赤く色付いており、リョウマや魁、それにグンダリとトウテツの二人にもはっきりと読める。
「はっ!」
気合と共に、文字をくるりとこちらに向けると……その「火」の文字が丈瑠の体を包むようにして、彼を赤い剣士に変えた。
顔面には黒く「火」の文字、腰には鞘のない日本刀。雰囲気はどことなく「侍」と言う印象だ。
「それじゃあ俺も! マージ・マジ・マジーロ!」
――マージ・マジ・マジーロ――
変身した丈瑠につられたように、今度は魁が金色の携帯電話……マージフォンを取り出し、「106」をコール。その瞬間、天から荘厳な声が響き、魁の背後に、彼に力を貸す天空聖者フレイジェルの幻影が現れ、彼を赤い魔法使いに変えた。
顔面にあるのはフェニックスだろうか。一瞬だけ、彼の周囲に炎が舞った。
「何と……よもや三人の内二人までもが、炎の力を扱える者とは! 驚きに値するで候。のう、トウテツ」
「そいつはどうかな」
「俺達二人だけだと、本気で思ってるのかよ!」
「何ぃ?」
丈瑠と魁に言われ、グンダリは驚きを隠さずにそう声を上げる。
同時に、リョウマもまた、己の手にはまっているギンガブレスを構え……
「銀河転生! はっ!」
ブレスのダイヤルを赤に合わせ、気合と共に両手を挙げる。
刹那、リョウマの周囲に炎の柱が現れ、リョウマを中心に円を描くように回転。その柱がぶわりと散ると、そこには赤い戦士と化したリョウマの姿があった。
面の造形は獅子に似ており、腰にはやや大振りの剣。低く構えた姿は、どことなく獣に似ている。
「さささ、三人とも炎使いでしか! これは少々厄介でしよ~」
「だが、ここで退けばスザク様の目的……永遠の静寂と永遠の支配が叶わんで候! 怯むな、行けぃ、ナレノハテ共!」
慌てるトウテツに対し、グンダリの方は大仰に腕の一本を振り、ナレノハテに襲えと指示を出す。
勿論、その指示に具体的な案などない。ただひたすらに、「突っ込め」と命令しているに過ぎないのだ。統率も何もない。
そんな彼らを相手に、丈瑠は刀……シンケンマルに獅子ディスクをはめ込むと、それを勢い良く回す。すると、ディスクに込められていた力が解放され、シンケンマルを赤い大刀……烈火大斬刀に変え、何の苦もなく振り回す。
見た目程重くないのか、と思わなくもないのだが、少なくとも重心を取るのは難しいだろう。
――俺には絶対無理だな、あの刀振り回すの――
心の中で思いながら、魁もまたマジスティックをマジスティックソードに変え、呪文を唱える。
「ジー・ジジル。レッドファイヤー!」
魔法によって生み出された炎を剣に纏わせ、その勢いで魁は、直線状に並ぶナレノハテを次々と断ち斬り、浄滅させていく。
これは魁の機動力の賜物、とでも言うべきだろうか。
「炎一閃!」
魁の後ろで、リョウマの声が響く。
こちらも、彼の持つアースによって生み出された炎と共に、剣を縦一閃に振り下ろす。
魁のように連続で攻撃する訳でもなければ、丈瑠のように周囲の敵を薙ぎ払う訳でもないが、その一撃だけで数多の敵を葬るには充分な威力があるらしい。
あっと言う間に、無数に存在していたナレノハテは両手で数えられる程度にまで減り、その中心にグンダリとトウテツの二人がいるような状況だ。
「嘘ぉん。こんなのってありでしか?」
「ぬぬぬ……甘く見すぎていたで候。しかし、我らとて何としても本懐を遂げねばならぬで候」
「なら……暴れるでし、壊すでし、全てを食ってやるでし!!」
腋の下にある目をぎらつかせ、怒鳴るトウテツと、それに応える様にその顔を楽しそうに歪めるグンダリ。
……その二人を、三人の戦士達は迎え撃つ。その様子を見ながら、焔は……ままならぬ己の体を、悔しげに見下ろしていた。