Fire with Fire

 集めなければならない。
 俺の故郷を救うためにも。
 ……あの力を持つ者達を……

 屋敷の庭、一人の青年が袴姿で木刀を振っている。おそらくは剣術の稽古だろう、随分と慣れた感じで素振りをしていた。
 彼の名は志葉丈瑠。志葉家十九代目当主であり、この世を守る「侍」……「火のモヂカラ」を操る、シンケンレッドである。
 その彼が、日課の素振りをこなしていた最中。ふと何かを感じ取った様にその手を止めた。
――見られている――
 視線を感じたらしい。彼はその身にピリリとした緊張感を漲らせると、意識を集中させてその視線の元を探るかの如く、周囲を見回し……そして、一人の青年の姿を見止めた。
 深紅の髪、同じ色の瞳。年齢は自分よりも少し年下だろうか。わざと破いたらしい服の右袖からは、炎を模ったと思しき模様の刺青の入った右腕が覗いている。吊り目気味で、随分と勝気な印象だ。服や髪色のせいか、全体的に「赤い」という印象を抱かせる。
 第一印象を挙げるなら、燃え盛る「炎」だろうか。悪戯っ子という雰囲気ではあるが、丈瑠達シンケンジャーの敵である外道衆が持つ様な邪悪な印象はない。
「何者だ? どうやってこの屋敷に入った?」
 二つの問いを重ねながら、丈瑠は油断なく青年に木刀を向ける。
 邪悪な印象がないとは言え、無断でこの屋敷に入り込んだ事には相違ない。
 だが、青年はその問いには答えず、やれやれと言いたげに軽く肩をすくめ……やおら、懐中から一枚のディスクを取り出した。
 それを見て、丈瑠は思わず殺気立つ。そのディスクは、きちんと保管していたはずの「恐竜ディスク」と呼ばれる、強大な力を持つディスクなのだから。
「何故それを持っている!」
 詰問するかの様な丈瑠の口調にも堪えた様子はなく、青年は口元に悪戯っぽい笑みを浮かべ……丈瑠の頭上をひょいと飛び越えた。
 一瞬の隙を突かれた形となり、思わず丈瑠は硬直する。だが、すぐに青年の方に向き直ると、今まさに屋敷から逃げようとする青年の後を追った。
――何が狙いだ?――
 恐竜ディスクをはじめとする「ディスク」は、文字の力……モヂカラが使えなければ何の役にも立たない、ただの飾りだ。青年からはモヂカラを感じる事は出来ない。それに、わざと自分を追ってこさせている様な印象がある。
 自分をおびき出そうとしている、と言う考えに至ったその時……青年が、一軒の家の中へと逃げ込んでいくのが見えた。

 小津家。それは住宅街にひっそりと佇む白い家であり、家族の絆が深い事でご近所に有名な一家である。
 しかし、この小津家には秘密があった。
 家族全員、魔法が使えると言う「魔法家族」であるという秘密が。
 そんな一家には、当たり前の様に魔法で作られた秘密の部屋、通称「魔法部屋」があり、今は久々に里帰りしていた魁が、懐かしそうに寛いでいた。
 小津魁。先も述べた様に、魔法家族の末っ子であり、「炎のエレメント」を扱う魔法使い、マジレッドでもある。
 かつてはこの地上を侵略しようと企んでいた地底冥府インフェルシアと、家族で戦っていたのだが、そのインフェルシアとも和解。今はこの地上界の親善大使として、インフェルシアと地上界の親睦を図っている。
「魁ちん、お疲れ様でござりますです」
 魁に声をかけたのは、この部屋に置いてある鉢植えの植物……マンドラゴラのマンドラ坊やである。白い鉢植えに植わった、顔の付いた植物を想像して頂ければ良いだろう。
「やっぱり、家が一番落ち着く~」
 インフェルシア特有の民族衣装から、マジジャケットと呼ばれる赤い服に着替えた魁は、部屋のソファに身を沈めると、ぐっと大きく伸びをした。
 インフェルシアが落ち着かないと言う訳ではないのだが、やはり「我が家」と言うのは無条件に息を抜く事の出来る場所らしい。
 そう思い、マンドラ坊やが温かい視線を魁に向けた瞬間。
 この魔法部屋に、見知らぬ青年が入って来た。そして、その存在を不審に思うよりも先に……青年はにっこりとマンドラ坊やの方に微笑みかけると、一直線にこちらに向かって駆けて来た。
「え……?」
 ようやく視界に入った「赤い影」に、魁が不思議そうな声を上げる。と同時に、青年は魁が見ている目の前でマンドラ坊やを鉢ごとひょいと持ち上げると……バイバイ、と言うかの如く手を振って、魁の横を通り過ぎた。
 青年が、マンドラ坊やを攫ったのだと気付くと同時に、魁は慌ててその青年を追う。
「待てよ泥棒……って言うか誘拐犯!!」
「はわわわわわっ! 僕ちんをどこに連れていくつもりでござりますですかぁぁぁ!?」
 魁の声とマンドラ坊やの悲鳴に対し、彼はにっこりと優しげな笑顔を浮かべ、ちらりと後ろを振り返る。マンドラ坊やも、それにつられた様に彼の後ろを見やると、魁の他にもう一人、別の青年がこちらを追ってきているのが見えた。
 魁も、自分の隣で走る青年に気付いたらしい。不思議そうな視線をそちらに向ける。すると、青年はちらりと魁を見やると……状況を把握したらしい。妙に真剣マジな声で問いかけて来た。
「お前も、あの男に何か盗まれたのか?」
「お前もって事は……あんたも?」
「ああ」
 魁の言葉に、青年は軽く頷く。つかず離れずの距離を保ったまま、今度深い森の中へと誘い込まれて行った。

 ここ、ギンガの森で、リョウマはのどかで平和な「日常」を噛みしめていた。
 リョウマは、この森の戦士である。それも名誉ある銀河戦士、ギンガマンの一人、ギンガレッド。星の力であるアースを用い、この森を……そしてこの星を守るのが、彼の使命である。
 森の見回りの役目をつい先程仲間と交代し、ようやく休みを取れた状態である。
 そんな彼の目の前には、知恵の木モーク。木の根のネットワークで色々な事を知る事が出来る、この森の「長老」の様な存在である。
 何も知らない者が見たら、巨木の幹に巨大な顔がくっついているとしか言いようのない外観を持っている。
 まどろんでいるかの様に瞼を閉じていたその彼が、急にその目を開くと、緊張した声で目の前のリョウマに向かって声を飛ばした。
「何者かが結界を抜けて、こちらに向かって一直線に走ってきている!!」
「何だって!?」
 この森は通常、森の住人以外が入り込めぬよう、特殊な結界が施されている。しかし、それを抜け、更にはこちらに向かっているとなると、それはただ事ではない。
「人数は三人。邪悪な気配は感じないが……間違いなく外の住人だ」
 モークが言い終わると同時に、彼らの前に白い鉢植えを持った赤い青年が姿を現す。確かに、敵意は感じない。むしろ清く澄みきった気配を感じるが……
 青年の視線がリョウマを捕らえると、安堵したように軽く息を吐き、堂々とした足取りでリョウマとモークの側に近付く。
「君は一体……?」
「ようやく追いついたぞ」
「この泥棒誘拐犯! マン坊とこの人から盗んだ物を返せ!!」
 リョウマが青年に問いかけるよりも早く、その更に後ろから二人の青年が姿を見せた。
 やたらと堂々とした青年と、熱血系の青年。だが、気になったのは彼らの言葉。
――泥棒誘拐犯?――
 きょとんとした表情を見せるリョウマに、モークに近付いていた青年はにっこりと笑うと、手に持っている白い鉢植えをモークの前に置く。その鉢植えを見た瞬間、モークは実に物珍しそうな声を上げた。
「これは……マンドラゴラの子供じゃないか」
「こ……このお方は、知恵の木のモーク様!!」
 あ、喋った。
 この森にいる以上、植物が喋ると言うのは珍しくない。しかし、後から来た青年には驚きに値したらしい。
「木が……喋っただと?」
「マジ? あ、でもマン坊も喋るし……」
「君達は、あの鉢植えの持ち主なのか?」
 きょとんとした顔になり、リョウマが彼らに近付いた……その刹那。赤い青年がクスリと笑うと、リョウマ達の周囲から炎が吹きあがり、彼らを囲った。
「リョウマ!」
「魁ちん!」
 炎の向こうから、モークと「マンドラゴラの子供」の声が聞こえる。しかしその声は、徐々に遠ざかっていくような……
 否、自分の意識が落ちかけているのだと気付いた時には既に遅く。
 リョウマの意識は、優しい眠りにつくかのように、ゆっくりと沈んでいった。

「う……」
 小さな呻き声を上げ、リョウマはふと目を覚ます。
 何だろう、パチパチと炎が爆ぜるような音が聞こえる。
――何があったんだっけ――
 まだ少しぼんやりとする頭で考え……そして、自分の身に起こった事を思い出した。
 唐突に現れた炎の壁。それに囲まれた瞬間、自分の意識は遠のいた。一緒に二人の青年が巻き込まれた事を思い出し、彼ははっとしたように周囲を見回し……見つけた。近くで倒れる、二人の青年を。
「君達、無事か!?」
「ん……?」
「ここは……どこだ?」
 揺さぶられて目が覚めたのか、二人とも軽く周囲を見回してから、リョウマに問いかけた。とは言え、リョウマも目が覚めたばかり。ここがどこなのかと言う問いには答えられそうにない。
 そう思い、首を横に振って答えると、問いかけてきた方の青年は、そうか、と短く言葉を返すだけだった。
「ところで……名前を聞いても良いかな? 俺はリョウマ」
「……志葉丈瑠だ」
 堂々とした方の青年は、丈瑠と言うらしい。赤を基調としたチェックのジャケットに、赤茶色のズボン。ポケットから覗いている赤い携帯電話が印象に残る。
「俺は、小津魁。よろしくな、リョウマ兄ちゃん」
 一方の熱血系の青年は魁。兄ちゃん、と呼ばれた事はくすぐったいが……反面、弟のいないリョウマにとって、少し嬉しくもある。こちらは金色の携帯電話と、鮮やかな赤色のジャケットが特徴か。
 それにしても、随分と落ち着いている。いきなりどこかも分らない所に……しかも辺りは小さいながらも炎に包まれていると言うのに。何と言うか、こう言う状況に慣れているような印象を受けた。
「ここでじっとしてても仕方ないや。とにかく出ようぜ」
 そう言って、魁が立ち上がった瞬間。
 彼らの周囲を、黒い「何か」が取り囲んだ。
 全身タイツのような服装に、三角を作るように位置する三つの目。影から生まれたのか、体のラインはのっぺりしている。口など見当たらないのに、怨嗟にも似たおお、と言う唸り声も聞こえる。
「何だ、こいつら!?」
「これは、闇の力……!? 丈瑠、魁、逃げるんだ!」
 本能的に、相手の抱く「闇」の気配に気付き、リョウマは二人に向かって声をかける。
 自分一人なら、何とか戦って蹴散らせるかも知れないが、二人は戦士とは違う。下手に巻き込むよりも、一旦逃げて……
「逃げるったって、囲まれてるし……それに、こんな奴ら、簡単に蹴散らせるって!」
「何だって!?」
 魁の言葉に驚きの声を返すと同時に。
 斬、と言う音がリョウマの耳に届いた。
「え……!?」
「蹴散らす事に異論はない。だが、やれるのか?」
 視界に入ったのは、刀を振るう丈瑠の姿。一体どこにそんな物を持っていたのか、と問いたくなるが、それ以前に彼の動きが気になった。
 何の気なしに振るわれている様に見えるその刀は、的確に相手を捕え、切り裂く。それは戦い慣れた者の動きだ。
 魁も、素手だが的確に相手を叩きのめし、不利と判断すると即座に距離を置いて相手の出方を見ている。
 彼らのそれは、自分達と同じ「戦士」としての動きだ。
――ひょっとして、丈瑠と魁は戦士なのか?――
 思いつつ……そして、妙な違和感を覚える。それは丈瑠と魁も同じなのか、リョウマに背を預けるようにして彼らが近付くと……その違和感の正体を口にした。
「何なんだよあいつら、全然減らねーじゃん」
「ああ。それどころか、増えているな」
 心なしか、二人の声に焦りの色が混じっているように聞こえる。確かに、攻撃しても倒れてくれている様子がない以上、いつかは体力が底をつく。その事を理解しているのだろう。
 依然「相手」はおおんと声を上げながら、こちらに向かって襲い掛かってくる。それ程動きが早い訳ではないが、数が多いのは流石に辛い。
――こうなったら、一か八かだ――
 あまり人前で使いたくはないのだが、背に腹は代えられない。リョウマは一瞬だけ意識を掌に集中させると、それを一旦腰の方に寄せ……
「炎のたてがみ!」
 気功を発するかのように、相手に向かってその手をかざした瞬間。彼の手からは「星の力」……アースが、「炎」と言う形で具現化され、相手を焼き尽くす。
 かつて彼が戦った相手の中に、「闇の力」を扱う者がいた。それを完全に消すには、アースが必要だった事も覚えている。恐らくは今回の相手も、そう言う存在だと踏んでいたのだが……どうやら正解だったらしい。
 完全に消し炭と化した相手は蘇る事はなく、難を逃れた者達はビクリとその身を震わせて彼らの元から逃げていく。
「退いたか……」
「流石、炎の力を持つ者だな。『ナレノハテ』をああも簡単に消し去るとは」
 ほっとしたのも束の間、拍手と共に彼らの前に、一人の青年が現れた。
 ……それは、彼らが来る前に出会った「赤い青年」。魁からは、泥棒誘拐犯と呼ばれていた人物だ。
「手荒かつ強引な真似をしてすまない。緊急事態だったんだ」
 そう言うと、青年は優雅に一礼をし、敵意のなさそうな、綺麗な笑顔リョウマ達に向け……そして、すぐに真剣な表情になると、こう言葉を放った。
「俺はほむら。この神殿を守る者。……あなた方の力を……炎の力を貸して欲しくて、強引ながらもここに招いた」
 と。
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