生者の墓標、死者の街

【その8:人類の敵 ―オソウ―】

「いらっしゃい……あら、良ちゃん。お帰り。今日はいつになく遅かったわね?」
「ただいま、姉さん。……ちょっと、色々あって」
 どこか疲れたような表情を浮かべて帰ってきた弟を、愛理はいつも通りのにこやかな笑顔で出迎えた。
 一方の良太郎は、奇跡的に無事だった買い物達を姉に渡し、仕事用のエプロンを着ける。
「良ちゃん、後ろの方々は、お客様?」
「あ、うん。どうぞ、こちらへ」
 自分の後ろで、どこか険悪な雰囲気を醸し出している二人を、できるだけカウンターから遠い席に案内し、良太郎は二人の方に向き直った。
「僕は、特性ブレンドを頼もうかな。……君は?」
「……アイスコーヒー」
「分かりました。ちょっと、待ってて下さい」
 そう言って、カウンターの方へと向かって行く良太郎を見送ってから、太牙は目の前にいる青年をじっと観察する。
 自分より、少し年上くらいだろうか。人生の酸いも甘いも経験しきったような、奇妙な貫禄が感じられる。だが、厭世的な雰囲気も否めない。
 良太郎や、先ほど出会った「仮面ライダー」達も、同じ様な雰囲気を持っていたし、そう言えば彼も変身していた。
 確かファイズ、と呼ばれていたか。
 その視線に居心地の悪さを感じているのか、青年の方はあからさまに嫌そうな顔で太牙の事を睨み返してくる。
 胡散臭そうにも、関わって欲しくなさそうにも見える、奇妙な目で。
「なんだよ。そんな珍しいもんでも見るような顔して」
「変身できる存在なんて、充分珍しいだろう」
「……それ言うなら、お前だってそうだろうが」
「否定はしないな」
 にこやかな笑顔で返す太牙に、青年は再びそっぽを向く。
 嫌われているのだろうか、そう思った瞬間。
「お待たせしました。特性ブレンドと、アイスコーヒーです」
「ありがとう、良太郎」
「……おう」
 やって来た良太郎から、それぞれ注文の品を受け取りつつ言葉を返す二人。
 机の上には、なぜか角砂糖をカリカリとかじっている黒い蝙蝠……キバットバット二世の姿。
「えっと……助けて下さって、ありがとうございました」
「あ? ……ああ。別に。……オルフェノクが襲ってきたのは、俺のせいだしな」
 オルフェノク、と言う単語に、太牙の眉が跳ね上がる。
 オルフェノク。人類の、進化した姿。
 それが、何故彼を……彼の変身した姿を見て、襲い掛かってきたのだろうか。
「それにしても……気になるのは、お前らだ。さっきのあれは、何なんだ? 『ファンガイア』……とか言ったか?」
「……そうだ。人の命を吸って生きる存在。それがファンガイアだ」
 周囲の人間に聞かれないよう、低い声で青年の問いに答える太牙。
 あまり、ファンガイアの存在を人に知られたくはない。まして、自分がその王である事など。混乱を生むだけだし、王としての自分を狙ってくる不逞の輩がいるだろう事も、分かっているから。
「だけど、今は人と共存するために、人の命を吸わずに、生きていける方法を模索している」
「……『共存』、ね」
「オルフェノクは、違うのかな?」
 何の躊躇もなく、彼はオルフェノクを倒した。
 襲ってきたのは確かだが、もしも「オルフェノクだから」という理由だけで倒したのだとしたら、ファンガイアにとっても危険な存在になりうるかも知れない。
 そんな考えもあって、太牙は更に言葉を紡ぐ。
「以前、出会ったオルフェノクらしい人物がそう言っていたから」
「……出来るって、信じてる奴もいるみたいだけどな」
「君は?」
「さあな」
 上手く、はぐらかされたような気がする。
 だが何となく、彼も共存できると信じている……そんな印象を、良太郎は受けた。
 彼の言葉は、どことなく出会ったばかりの頃の侑斗を髣髴とさせる。巻き込む訳には行かないから、突き放したような物言いをする。
 そんな思いが、あるように感じたのだ。
「あの……さっき、変身してましたよね?」
「あ? まあな」
 あまり触れられたくない所なのか、心底不思議そうに聞いてくる良太郎に、青年は視線を外したまま言い難そうに肯定した。
 視線の先には手元の黒いケースがあり、その中に先程の変身するためのツールが入っているらしい。
 変身解除と共に、ベルトとそれに装着していた携帯電話らしきものをしまっているところを、見たような気がする。
「あなたも、『仮面ライダー』なんですか?」
「何だ、それ」
「人々を脅威から守る存在……という定義付けがされているらしい」
 先程、一真から聞いた都市伝説の内容をそのまま伝え、太牙は青年の様子を探るように見つめる。
 良太郎はあまり、彼を疑っていないように思えるが、太牙は違う。
 人とは異なる姿を持つ者全てを、容赦なく倒しているのであれば、それはそれで自分の敵だ。
 ファンガイアにも、人間と共存できる者がいるし、オルフェノクにもそういう存在がいるらしい事は知っている。
 そんな者まで倒すのであれば、不本意だが戦わなくてはならない。
「ふぅん……だったら、俺はそんな大層なもんじゃない」
「そう、なんですか?」
「ああ、そうだよ。……もう良いか?」
 ぐい、と残っていたアイスコーヒーを飲み干し、青年はケースを抱えて立ち上がる。
 その目には、どこか面倒くさそうな色が浮かんでいた。言外に、これ以上係わり合いになりたくないと伝えているらしい。
 だが、そんな青年の顔よりも……太牙の視線は、彼の持つケースの方に向けられた。
 正確には、ケースの真ん中に堂々と印刷されている、白と黒で構成された、星を髣髴とさせる社章らしきものに。
 それは、ついこの間見かけた、「スマートブレイン社」のロゴだ。
「何で……その鞄に、スマートブレインの社章が……?」
「簡単な事だ。こいつはスマートブレインが作った物だからな」
「それじゃあ、園田さんが……!?」
「園田さん……? お前、真理の事知ってるのかよ?」
 太牙の言葉に動揺したのか、再び青年は席につき、食いかかるように彼に問う。
 その瞳が、敵を見るような光を帯びているように、良太郎には見えた。
 だがその一方で、動揺しているのは、太牙も同じ事だった。
 スマートブレインが作成したと言うそのベルトは、完全に武器とか兵器とか呼ばれるものの類に入る。下手をするとファンガイアをも倒しかねない。
 人の良さそうな園田真理が、そんな物を作っているなど……信じたくはなかった。
 もしも彼女の指示で作った物ならば、ライフエナジーに代わるエネルギーをも、悪用される可能性がある。それは、あまりに危険だ。
「あの、園田さんって?」
「あ……ああ。今の僕のビジネス相手だよ。スマートブレイン社の社長だ」
 何も知らない良太郎の問いに、はやる心を落ち着かせて、太牙は冷静さを取り戻しつつ、そう答える。
 その言葉に、青年はどこかほっとしたような顔をして……
「何だ……お前、真理の言ってた『仕事相手』か」
「何?」
「ライダーズギアは、真理が作ったもんじゃないから安心しろ。あいつはオルフェノクと人間の共存を望んでる、数少ない人間だ」
 その言葉を聞いて、太牙は少しだけ安堵する。
 だが、それならば……一体誰が作ったのかと言う疑問も浮かぶ。
「あの、そもそもオルフェノクって……?」
「詳しい事は俺も良く知らない。ただ……一定の条件を満たした人間が、一度死んでから生き返った存在だ。……本人達は、人類の進化した存在、なんて言ってやがるけど」
「死んだ人間が、生き返ったって……そんな事、あるんですか?」
「……あったんだからしょうがねーだろ」
 ムスっとした表情で、良太郎の問いに返す青年。ぱっと見は不機嫌そうに見えるが、その中にも翳りがあるように思えるのは、良太郎の気のせいか。
 信じられないと言う訳ではないが、あまりにも突拍子がない。
 人類の進化した存在とか、生き返ったとか……現実味に欠ける。もっとも、目の前で未だ角砂糖と格闘しているキバット二世の存在も現実味がないし、時の列車その物も現実味から程遠いのだが。
「なら、どうしてオルフェノクは人間を襲うんだろう?」
「……何?」
「僕は、この間襲われかけた。そこを救ってくれたのが蛇を連想するオルフェノクだ」
「蛇……って事は、海堂か」
 太牙の言った人物に心当たりがあったらしい。青年は苦笑めいた表情を浮かべ、そう呟いた。
「彼は言っていたよ。人間と共存できると思っている、と。なのに、なぜ……」
「オルフェノクの中には、『人間はオルフェノクに支配されるべき』って考えてる奴が多いんだよ」
 小さく溜息を吐きつつ、青年がぼやく。どうやら、その考え方には賛同できないらしい。
 帰る機会を逸したせいか、青年はその場に再び腰を下ろし、砂糖を齧り終わり満足そうにしているキバット二世をつつく。
 聞きたい事は山ほどある。
 スマートブレインが開発したと言う、彼の持つベルトの事や、彼がオルフェノクと戦う理由。それに、彼が先程、「裏切り者」と呼ばれていた理由も。
 しかし、どこから聞こうかと逡巡し、会話が途切れたその瞬間。
 ドアベルが鳴り、別の客が入ってきた。それは、先程までmal D’amourで一緒だった、仮面ライダーの一人……剣崎一真。
「剣崎さん」
「良太郎、それに、太牙君も」
「こんにちは、一真さん。どうしたんですか?」
 良太郎達を見つけると、空いている席に腰を下ろし、一真は疲れたような溜息を吐いて……
「城戸さんがさ、別の喫茶店に行こうって言い出したんだけど……そこには顔を出し辛くて」
「別の……?」
「ああ。『JACARANDA』って店」
 店の名前を言った時、どこか寂しそうに見えたのは太牙の気のせいだろうか。
 そこまで言って、ようやく気がついたのか、一真は険しい表情で、見知らぬ青年の顔を見つめた。
「良太郎、太牙君、そっちの彼は?」
「あの、何て言うか……途中、助けてもらったって言うか……」
 カウンターにいる姉の方をちらちらと見つつ、良太郎は言葉を濁す。
 それだけで、一真には何か……恐らく、異形に襲われたのだろうと言う事が理解できた。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。僕は登太牙」
「僕は、野上良太郎です。さっきは本当にありがとうございました」
「俺は剣崎一真」
「乾巧だ」
 勢いに押されたのか、巧と言う名の青年は、むすっとした表情のまま、自分の名を告げた。
 一真の訝るような視線に耐えられなくなったのか、心底機嫌悪そうな表情になって……
「何なんだよ、さっきから。言いたい事があるなら言ったらどうだ?」
「君は……人間じゃないな?」
「だったらなんだ?」
 否定するかと思いきや、巧があっさりと、だが間接的にその問いを肯定する。
 その答えに、一真の視線は更に険しくなる。同時に、良太郎と太牙は巧の答えに非常に驚いていたが。
「君は……人類の、敵か?」
「はぁ? 何だそれ?」
 素っ頓狂な声をあげ、巧は訝しげな表情で一真を見やりつつ、更に言葉を続ける。
「俺は、俺の敵を倒すだけだ。俺が敵だと思ったら、人間だろうがそうでない者だろうが関係ない」
「……そう、か。悪かった、妙な事を聞いて」
「仮に俺が、人類の敵だとしたら……どうする気だった?」
「倒す」
 それまでの柔和な笑みを消して、一真がきっぱりと言い放つ。
 それが、彼の持つ「芯」だと、その場にいる全員に確信させるほど強い眼差しで。
「俺は、人類の敵を倒す。そう、決めたから」
 一真の口から放たれたその言葉を、外で聞いている者があった。
 ……者、という言い方はおかしいかもしれない。
 それは……青い羽根の蝶だったのだから。
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