生者の墓標、死者の街

【その後:日常回帰 ―イキル―】

 西洋洗濯舗、「菊池」。その前でガオウライナーは停車し、乗客達の人生で一番長い二日間を終えた。
 向こうの世界の菊池啓太郎が言った通り、トンネルを出る直前くらいから、ガオウライナーで内側を破壊すると、トンネルは意外なほどあっさりと閉じていってしまった。
 ……そう言えば「西暦二〇〇五年のトンネル」が閉じたのは、ガオウライナーがそこから出てきた時だったっけと、良太郎は今更のように思ったらしいが。
 乗客達が降りた後、まるでそれを確認したかのようにガオウライナーはひとりでにどこかへと消えてしまった。
 乗客達は疲れたように、はぁ、と溜息を吐くと……
「あー! もぉ、たっ君! 昨日は一体どこに行ってたのさ? 帰ってこないし連絡もつかないし、心配したんだよ?」
 心配そうな顔と、不満そうな声でそのクリーニング店からそう出迎えたのは、トンネルの向こうでは「神」であった、菊池啓太郎。
 何も知らず、ただ文句を言いたげな顔を浮かべる彼は、巧の後ろで不審そうに自分を見る始達を見やると、心底不思議そうな顔をして……
「その人達は、たっ君の知り合い?」
「……まあな」
「そうなんだ。初めまして。菊池啓太郎です。この店を切り盛りしています」
 言葉を濁した巧を、特に気に留めた様子もなく、後ろの面々ににこやかな挨拶を返す啓太郎。
 その顔を見ただけで……同じ笑顔のはずなのに、巧には帰って来たという実感が湧いた。
「……そう言えばお前、昔随分とオルフェノクと遭遇してたよな?」
「ああ、うん。今から考えると、良く無事だったなぁって思うよ。やっぱり、お守りのお陰かな?」
 ふと頭をかすめた疑問が、そのまま口をついて出てしまったが、啓太郎は薄ら寒そうにしながらそう答えながら、彼の言う「お守り」を取り出す。
「前に、占い師さんに貰ったんだ。このカード」
 そう言った彼が見せたのは、赤い背の、どこかトランプを連想させるカード。……間違いなくそれは、巧達が渡された「PRISON」のラウズカード、その物。
「様々な出来事に巻き込まれるだろうからって、タダでくれたんだ。そう言えば、これを貰った直後じゃないかな、たっ君や真理ちゃんと会ったのって」
 これって、偶然なのかなぁと言いながら、啓太郎はそのカードをしまい、何かを思い出したような表情になって……
「そうだ、言い忘れてた!」
「……何だよ?」
 ぽんと手を打つと、彼は満面の笑みをその全員に向け……
「お帰り!」

「お帰り、たっ君、真理ちゃん」
 泣きそうな、それでいて嬉しそうな笑顔を向け、「戦車」こと菊池啓太郎は、向こう側から戻ってきた二人に向かってそう言った。
「お前……どうしたんだよ、その傷!?」
「本当、傷だらけじゃない!」
「何でもないんだ。ちょっと……転んじゃっただけ」
 首を横に振って、啓太郎は二人に向かって飛び切りの笑顔を向ける。
「俺、二人が帰ってきてくれただけで嬉しいよ」
 もうしばらく、このままで。
 それがこの世界の神の願い。
「ありがとう、二人とも」
「はぁ?」
「改まって……何よ、急に?」
「俺、二人に会えて、本当に良かった」
 人間も、まだまだ捨てたもんじゃないって分かったから。

 二人のアーク、そして「西暦二〇〇三年のトンネル騒動」から一週間程経ったある日。
 再びここ、スマートブレイン本社社長室に、登太牙と紅渡が訪ねていた。
 太牙が「戦車」から聞いたヒントを頼りに、ライフエナジーに関する研究を進めるために。
「何かのエネルギーに、ラの音……」
「その、何かのエネルギーが、未だ分かりません。しかし、進展はあったと思います」
 真剣な声で言った真理に、太牙もまた、真剣な表情で答える。
 ……真剣な話のはずだ、なのに……何故だろう。あまりそんな気がしないと、渡には思えてしまうのは。
「……あのなぁ真理」
「何よ?」
 真理の前に座っていた巧が、その真剣な空気をぶち壊すかのような、呆れた声で彼女に声をかける。
 それもそのはず。何故なら今、真理は……
「会議するか俺の髪切るか、どっちかにしておけよ」
「だって、気になったんだもん」
 社長室で。シートを広げ、伸び始めた巧の髪をしゃきしゃきと切りながら。
 彼女はこの会議に臨んでいたらしい。
 仕上げの段階に入ったのか、彼女はぱんぱんと巧の頭を払いだす。
 そんな中でも真剣な表情で考え込めるのだから、案外太牙と琢磨は大物かもしれないと、心の内で巧が呟きながら。
「しかし分からない。神の怒りに触れた『塔』が、何によって破壊されたのか……」
「それ、バベルの塔ですよね?」
 一人ごちた太牙に答えたのは、苦笑いの琢磨。
 サイガとオーガのベルトは再び封印し、また、真理の秘書としての仕事に復帰した。
 アークオルフェノクと戦った二日間は、真理の権限で有休扱いになったらしい。随分と寛大な社長だと思うが、その間溜まっていた仕事の多さに、気が遠くなりかけたというのはここだけの話。
「ええ。僕も、そこまでは分かったのですが……」
「確か、雷によって破壊された……そう記憶していますけど」
「雷? ならば、人のライフエナジーとは……」
「雷……電気に、ラの波長に合わせた物じゃ!?」
「俄然、やれるような気がしてきたね、兄さん!」
 可能性が、見えた気がした。
 人は微弱な電気で動いている。可能性は、限りなく高い。
 可能性が見えた喜びから、一気に全員のテンションが上がり……
「そうと決まれば、早速研究所の方に報告して! 試してみるわよ!」
「承知いたしました、社長」
「……お前ら、何でそんなにやる気なんだか……」
 一人冷めた様子で呟く巧だが……その顔には、滅多に見せない、優しい笑みが浮かんでいる。
「何言ってるの! 自分も関係あるんだから、もう少し自覚してよ」
「……ああ、そうだな」
――ヒトとの共存を望む、オルフェノクの王……か――
 向こう側の啓太郎に言われた言葉を思い出し、巧はふと口元を引き締める。
――なら、俺は王として戦う。それで良いんだろ、啓太郎?――
「なあ、真理」
「何?」
「今の仕事が終わったらさ……俺、スマートブレインの社長になるよ」
「……は!?」
 唐突な巧の宣言に、言われた本人はポカンと口を開けた。
 今まで、面倒臭いの一言で、社長職から逃げてきたこの男が。
 いきなりそんな事を言い出すとは、正直思ってもみなかった。
「それで、人間を襲うオルフェノクを説得する」
「巧……」
 真っ直ぐに前を見つめて。揺らがぬ決意をその目に秘めて言い切った巧に、真理は感動したような声を出す。
 巧は、そんな彼女にくるりと向き直ると、いつも通りの、飄々とした顔で……
「で、お前は会長な」
「ちょっと! 何勝手に決めてるのよ!?」
 スマートブレイン。そこに新社長が就任する日は、そう遠くないのかもしれない……

「一真、始!」
「遅い」
 喫茶店、「花鶏」にて。二人と待ち合わせしていた真司は、働いていた蓮にばっさりと切られる。
 その様子を、呼ばれた二人は苦笑気味に見つめていた。
「悪かったって。編集長がさ、なかなか離してくれなくて」
 やれやれと溜息を吐きながら、真司は二人と同じテーブルに腰を下ろす。
「あ、俺も紅茶ね。茶葉は何でも良いや、多分わかんないし。……で、この間の件なんだけどさ……考えてくれた?」
「BOARDの……アンデッドの話を記事にするって話か」
 ギロリと睨みつけるような目つきで真司を見つつ始は呆れたようにそう口を開いた。
 この世界に帰ってきても、自分が持つ「PRISON」のカードだけは、そのまま残った。
 蓮も、巧も、良太郎達も、太牙も、ただのコモンブランクに戻ったと言うのに。
 そのお陰かどうかは分からないが、少なくとも始は、こうやって一真と出会っても、自分の闘争本能が掻きたてられるような事はなくなっていた。
 もっとも、一真はまだ、自分の心などに整理がついていないらしく、橘達の前に出るような事は、今の所ないらしいのだが。
「それもあるし、何より仮面ライダーの特集を組みたくてさ。どうかな?」
「やめておけ。余計な厄介事を呼び込むだけだ」
「そうかなぁ……一真はどう思う?」
 始にまで一蹴され、少しだけしょげた様子で、真司は頼みの綱とも言える一真にそう問いかける。
 一瞬だけ彼は、答えに迷ったような顔をして……
「天王路の圧力もなくなった今なら、出来なくはないと思いますけど……」
「けど?」
「俺も、やめておいた方が良いと思います。俺達は、英雄になりたい訳じゃない」
「……そっか。それもそうだな」
 もっと食い下がるかと思いきや、真司はあっさりと引き下がる。
 ……別段、彼らは「ヒーロー」と言う訳ではない。
 自分の想いのために戦い、守る……彼らはそう言う存在なのだから。

「こら亀! テメエまた俺のプリン食いやがったな!?」
「証拠でもあるの、先輩?」
 デンライナーの中。
 ようやく返還されたそこに、いつもの光景が繰り広げられていた。
 もはやプリンを食べた、食べないのこのやり取りは、何度目になるだろうか。
 そう、頭の片隅で思いつつも、結局は最後にはハナの鉄拳制裁が飛んでくるのだが……今日は、違った。
 鉄拳制裁の主は、客席の隅で疲労困憊の様子でぐったりと身を沈め、虚ろな目でモモタロスとウラタロスのやり取りを眺めているだけ。
「あれ、ハナちゃん、殴んないの?」
「……疲れたのよ。笑顔が作れないくらい」
 リュウタロスの言葉に、どこか投げやりな様子で返すハナ。そして……それに同意した人物が、もう一人。
「俺も」
「幸太郎、そんな様子だから、彼に『鍛えろ』と言われるんだぞ」
「煩いなぁ……」
 良太郎の孫、野上幸太郎もまた、ハナの近くの座席でぐったりとしていた。……その横に立つテディは、いつもと変わらぬ様子であるのだが。
「何で天丼がここにいるんだよ」
「さっきまでデンライナーに乗って、過去へ飛んでいたので。それから、私は天丼ではなく、テディです」
「これから帰るよ」
「え? もう帰るの?」
 会ったばかりなのに、と言葉を付け加え、良太郎は驚いたように言う。
 だが、幸太郎は弱々しく笑うと……心底申し訳なさそうにぽつりと一言。
「悪いね。元の時間で、祖父ちゃんと待ち合わせしてるんだ」
「そう。気をつけてね」
「アンタもな」
 幸太郎のその言葉に、ハナはにこやかな笑顔と、サムズアップを返したのだった。
 今日も今日とて、デンライナーは平和である……

「ただいま~」
 「青器」と言う表札のかかった家に、赤毛の少年が元気良く入っていく。
 十二、三歳くらいだろうか。「ただいま」とは言っていたが、この家の子供ではない。そもそも家の主……青器龍水は未婚者で独り暮らしなので、この年齢の子供が出入りする事自体奇妙な事なのだが。
「お疲れ様。結局、あなたの方はどうなったのかしら?」
「それがさぁ、なんと現状維持! すっげーよなぁ人間って」
 彼女は、待っていたかのように穏やかな笑みを浮かべ、少年に声をかける。
 少年は、心底感動したように言葉を放つと、勧めらた紅茶に口を付けて微笑む。
「やっぱ龍水の淹れた紅茶って最高だよな。俺が淹れると、こうはならねーもん」
「あら、お褒めに預かり光栄だわ」
「俺にできる事があったら言ってよ。気分良いんだ。今なら何でもするぜ?」
 少年のその言葉に、彼女は笑みを深くすると……真剣な表情となり、宙を睨んだ。
 それだけで、彼には何が起こったかの察しがついたらしい。年不相応な、苦虫を噛み潰したような顔をして彼女を見やる。
「……大ショッカー、か」
「封じたアークオルフェノクを奪われたわ」
「そいつは厄介だな。完全覚醒したアークオルフェノクなら、連中の言う事を聞くとは思えねーけど、封印された直後じゃあ……」
「ええ。解放された場合、彼らと手を組み、オルフェノクのまとめ役となる可能性は、充分にある」
 そう言った彼女のその身が、一瞬だけ青い、龍を連想させる異形へと変じたのだが、少年は気にした様子もなく紅茶をすする。
 むしろ、彼女がその姿を見せるのが、当たり前であるかのように。ただ……その場合、何気に彼女が怒っている事も、彼は知っているのだが……
「……了解。暫くしたら、俺の方でも手を回してみる。『十番目ディケイド』が何とかするとは思うけど、保険として当面は『ダブル』の方が動けるように、かな。後は、『アギト』も当たってみる」
「お願いねフェニックス」
「おう。任せとけよ!」
 妖艶な彼女の笑顔に赤面しつつ、フェニックスと呼ばれた少年は、任されたことが嬉しいかのように胸を張った。
 最愛の女性……青器龍水ドラゴンアンデッドに任される事が、彼にとって何よりの幸せなのだから。

 この世を護るは人の意思。
 人とは、種族ではなく心の有り様。
 運命の輪は動きを止められ、恋人に成りすました隠者は審判を下された。
 曖昧な境界はそのまま保たれ、邂逅するはずのない戦士達は、いずれまた呼ばれる事だろう。

 抽象的と言われようと、私が言えるのは占いの結果だけ。
 この言葉が何を意味しているのかは、どうぞ、彼らに聞いて頂戴な。
 ……不死鳥の名を持つ者と、獅子女の名を持つ者の、二人の「皇帝の下僕」に……
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