生者の墓標、死者の街

【その40:灰王封印 ―ワカレ―】

 レジェンドルガの王、アークを倒した真司達が、一真達の元へ戻って来た時に見たのは。
 よろめきながらも、まだその場に立つアークオルフェノクの姿と、既に息を切らせていた海堂と琢磨の姿だった。
「まだ!」
 終わっていなかった。そう思い、助太刀に入ろうとしたその瞬間。
 赤い背の、鎖と扉しか描かれていないカードが、彼らの前を横切った。
 ……ラウズカード。
 不死の生物であるアンデッドを封じる事の出来る、唯一の存在モノ
 それが今、よろめき、倒れかけたアークオルフェノクの胸部に突き立った。
 そして。
 アークオルフェノクに突き立ったカードが、緑色の光を放つ。
 それはアンデッドを封印する時と、同じ光のように見えたが……僅かにオルフェノクが死に逝く時に発する炎と同じ、青い色が混じっているようにも見えた。
「お……おおおおオオオオォォォォォォっ!」
 その光に吸われまいと、アークオルフェノクも必死に抵抗する。だが、それもラウズカードが持つ封印の力の前には無意味らしく、その体は徐々にカードの中へと吸われ、封じられていく。
「こんな……こんな、力にっ! 我が……っ!」
 最後まで、カードの外でもがいている右腕が、まるで救いを求めているようにも見え……
 だが、その一瞬後には……音すらもカードに封じられたかの様な静寂が、場を満たしていた。
 目標を完全に飲み込んだカードは、己が役目は終わったと言わんばかりにひゅっと風を切り、元の持ち主の手元へと戻っていく。
 ……カードを投げた、ブレイド……剣崎一真の元へと。
「やっぱり、そうだ……」
「ちょっ、おい剣崎? お前……何やったんだ?」
 変身を解き、信じられないと言わんばかりの表情で、海堂は一真の顔をしげしげと眺めた。後ろで呻いていた琢磨もまた、あんぐりとした顔でそれを眺めている。
「相手が不死の生き物だと言うのなら……アンデッドと、同じ扱いが出来ると思ったんです」
「アンデッドと、同じ?」
「はい。つまり……」
 くるりとそのカードを二人に向け。一真はにこやかに笑いながら、言葉を続ける。
「ラウズカードへの封印です」
 アンデッドを封じるはずの「それ」には、「Ark Orphenoch」と書かれている。アンデッドが描かれているはずのその場所には、白灰色の、どこかバッタを髣髴とさせる生物が描かれているが、アンデッドとはデザインが異なるように見える。
 ……間違いなくそこに描かれているのは、オルフェノクの王、アークオルフェノクだと理解出来る絵柄。
「は……ははっ! 何だよ、そう言う事できるんならさっさとやれっちゅーんだよ!」
「すみません海堂さん、俺もさっき気付いて……」
 ぎゅうと首に腕を回され、更にはヘッドロックをかけられながらも、一真は苦笑いを浮べて説明する。
 戦っている最中……ライトニングソニックを喰らわせた直後、アークオルフェノクの腰にあったバックルが、どういう訳か開いていたのに気付いた事。そしてそれが、戦っている最中に閉じた事も。
 ……それは、アンデッド特有の症状のはずなのだが……とにかく、それに賭けてみたのだ。
 相手が「不死」で、ベルトのバックルが開くと言うのなら……アンデッドとして扱えるのではないかと。
 そして、結果としてその賭けに勝った。あまりにも無謀な賭けではあったが、それは口には出さず。
「封印されている以上、この中で眠った状態ではありますが……少なくとも、これ以上人間に害を為す事は出来ないと思います」
 そう言って、一真がそのカードを懐にしまおうとした瞬間。
 周囲を取り巻く安堵の空気を引き裂くように、黒い影が彼らの前を横切り、疾風を巻き起こした。
「え!?」
「何だ!?」
 一瞬、何が起こったのかわからなかった。
 そして、アークオルフェノクを封印したラウズカードが奪われたのだと気付いたのに、そう時間はかからなかった。
 瓦礫の山の上に、影の主が仁王立ちで立っており……しかも、アークオルフェノクを封じたラウズカードを高々と掲げていたからだ。
「君達が彼を封じてくれるのを、待っていた甲斐があった」
「何?」
 船虫のような、しかし黒いせいで家庭内害虫にしか見えないデザインのコスチュームを纏った男が、一真からアークオルフェノクを封じたラウズカードを奪い言葉を放つ。
「アークは残念だったが……仕方がない、その穴はキングダークに埋めてもらうとしよう」
「何者だ!?」
「我が名は地獄大使。偉大なる悪の大組織、大ショッカーの大幹部、貴様等仮面ライダーにとっては害悪その物だ! フハハハハハ……ハーッハッハッハッハ!」
 やたら「大」の部分を強調しつつ、地獄大使と名乗ったそいつは、バサリとマントを翻して、何が可笑しいのか高らかに笑う。
 自分で害悪と言い切ってしまう辺り、確実に敵と見て間違いないだろう。
「そのカードを奪うなんて……何が、目的なんですか!」
「フフフ……なぁに、こやつには我等大ショッカーの幹部として、働いてもらおうと思ってな」
「おいおいおい! せっかく封印したのに、解放されてたまるかっちゅーの!」
「それを決めるのは貴様ではないっ! 大首領がお決めになる事だ。さて、出会って早々に悪いが貴様等と遊んでいる暇はないのでな。では、さらばだ諸君! ふははははははっ!」
「待ちなさい!」
 笑いながら、地獄大使と名乗ったその男は、現れた時同様、唐突に現れた銀色の「幕」のような物を通り抜け、その姿を消してしまった。
 そして……入れ替わるように、そこに青尽くめの女性が姿を見せた。
 ……青器龍水。レジェンドルガサーチャーを渡した、青い占い師が。
「あらあら。ひと足、遅かったようね」
 残念そうに呟いた後、ごろごろと転がる瓦礫など気にも留めず、彼女は軽やかな足取りで渡達の前に立つ。
 彼女が履いているらしいヒールの音だけが、その場に響いた。
「青器さん? 何故ここに!?」
「……今回の結末を、この目で確かめに。それによって、私が次に何を為すべきかが決定されるから」
 琢磨の問いに、当然のように答える彼女。
 だが、その目は残念そうに伏せられ、彼女が望んでいた結末とは異なる事が、はっきりと分かる。
 勿論、彼らにとっても、この結末は望んでなどいない事なのだが。
「すまない。アークオルフェノクは奪われてしまった」
「……そのようね。だけど、奪ったのが大ショッカーなら『十番目』が何とかしてくれるはずだわ」
 にっこりと。まるでその先の未来を、本当に予見しているかのように。彼女は名護の問いに、にこやかな笑顔を向けて答える。
「『十番目』……?」
「近い将来、あなたにも分かる事よ。紅。……あなたが彼を旅に導き、あなた達が、彼の最初の世界の崩壊を止めるのだから」
「それは、どう言う……」
「時期が来たら、分かるわ。否が応でも、ね。……さて、私はお仕事をしなくては」
 そう、意味ありげに言葉を吐くと、彼女は一つ伸びをした後、ふわりと上へと飛び上がって瓦礫の山に足をかける。
 ……人間の跳躍力ではない。それに足場は、ヒールで立つにはあまりにも悪すぎる場所。にもかかわらず、彼女は奇跡的なバランスでその場に立っている。
「貴女は……一体!?」
「それは、またいずれ。それでは、皆様方の平和をお祈り申し上げております。束の間の、でしょうけれどもね」
 敵意の全く無さそうな笑みを浮かべ、優雅にその場で一礼すると……彼女はくるりと踵を返し、彼らの前からその姿を消した。
 こうして、煮えきらぬ状態のまま。
 二人のアークとの戦いは、その幕を下ろしたのであった……

 持っていた銃器を全て破壊された「戦車」……否、菊池啓太郎は、疲れきったようにその場にぺたんと座り込んだ。
 ファイズのキックをかわしきれなかったせいか、その顔は土で汚れており、服もボロボロ。所々負ったかすり傷からは、ジワリと血が滲んでいた。
 だが……その顔には悔しさなど微塵もなく、どこか清々しささえ感じられる笑顔を浮かんでいる。
「俺ね、たっ君達に負けた事は悔しくなんかないよ。それに、皆の気持ちも分かるし」
「何?」
「自分の世界は、守りたいもんね。だから必死に戦うんだ。たっ君も……そこにいる、仮面ライダーも」
 苦笑いのようにも見える顔でそう言うと、彼は黙って、申し訳無さそうに頭を下げる。
 まるでこの状況を生み出してしまった事を、悔やんでいるかのように。
「俺……『菊池啓太郎』になってみて、始めてこんな気持ちが生まれたんだ」
 自分の両手を見つめながら、語りかけるように……だけど、独り言のようにも聞こえるその言葉に、周囲はただ黙って耳を傾ける。
 気まぐれで「人間」に紛れ込んだその「神」は、いつの間にか「人間」でいたいと願ってしまった。
 「人間」に絶望していながらも、自分が「人間」になった事で、見えなかった物が見えてきたのだと言う。
 いつしか自分が「神」……「戦車」である事を忘れ、平和に暮らしていた時、悲劇が起こった。
「同類……『運命の輪』と呼ばれる存在による無茶な統合と、『隠者』によるこの世界の住人の強奪。そのせいで、俺が押さえ込んでいたはずの自分の力が、暴走した」
 自分が「戦車」と言う名の「神」であると言う自覚を持っていたら、きっとこんな事にはならなかった。
 住人を奪われる事も、彼らの世界と繋がる穴が開く事も。
 そして……開いたその穴の侵食が、広がる事も。
「でも俺は、自分の力が止められなかった。……止めて欲しかったけど、止めて欲しくもなかった」
 その顔を悔し涙で濡らしながら、啓太郎は自分を責めるような口調で言葉を続ける。
「悔しいよ、たっ君。俺は、僕に勝てなかった」
 心底悔しそうに、その拳を地面に何度も叩きつけながら、啓太郎は吐き出すように言葉を紡ぐ。
 今まで溜め込んできた「想い」を、一気に吐き出すかのように。
「あの世界に帰りたい、あの世界が欲しい、あの世界のオルフェノクも守りたい、そう思ってる『僕』と、この世界で、『菊池啓太郎』としての一生を全うしたい『俺』。……結局、俺は神にも人にもなれなかった」
 それは、心からの言葉だったと思う。
 最後の方は自嘲気味に放たれたその呟きに、「客人」の面々は何と言って良いのか分からない様子だった。
 ……かけるべき言葉が見つからない。
 彼に何かを言えるのは、彼と同じ想いをした事のある者だけであり、この場にいる彼らは、そんな想いをする程、まだ人生を歩んでいない。
「……俺、人間のままいて良いのかな? ……『菊池啓太郎』のままで良いのかな?」
「あの……気付いてなかったんですか?」
「え? 何を?」
 おずおずと言った風に上がった良太郎の声に、啓太郎は不思議そうな表情で彼らを見回す。
 何故か彼らも、辛そうな表情を浮かべているように見えるのは、啓太郎の思い過ごしだろうか。
「……お前は、神としての自分を指す時は『僕』と呼んだ」
「だが『菊池啓太郎人間』としての自分を指す時は、『俺』と呼んでいた」
 蓮と始の言葉の意味を理解しきれず、やはり啓太郎は不思議そうな表情のまま彼らを見つめる。
 何が言いたいのか、把握しきれない。
 「俺」と「僕」……そんな風に、一人称を使い分けていただろうか?
「僕達と会ってから、あなたは何度か『僕』と『俺』を使い分けていましたが……」
「お前、『俺』って言ってる数の方が、多かったよ」
 太牙の言葉を、リュウタロスが継ぐ。もはやその瞳に敵意はなく、どこか悲しそうな目で啓太郎の顔を覗き込んでくる。
 ……何故だろう。
 自分は「神」であるはずなのに。
 彼らの言葉を聞いていると、今まで堪えてきた物が溢れ出しそうになる。既に涙でぐちゃぐちゃになった顔が、今度は嬉涙で濡れてしまいそうになる。
「わかる? つまり君は『神』でいるよりも、『人間』でいようとしてたって事」
「無意識の内なんやろうけどな」
「そんな奴ぶちのめす程、俺らも暇じゃねーんだよ」
 ウラタロス、キンタロス、モモタロスに畳み掛けるように言われ……彼、菊池啓太郎は、小さく笑った。
「そう、なんだ……」
 ほっとしたような、そして憑き物が落ちたような顔で。
 彼はこの日何度目かの涙を流した。眼球が溶けて流れ出すのではないかと思う程の涙を。
「俺……やっぱり、人間でいたかったんだ……」
「優しすぎるんだよ、お前はいつも」
 ほら、とぶっきらぼうな態度でハンカチを差し出し、巧は泣き止まぬ「神」の頭を撫でる。
 ……いや、そこにいるのはもう、「神」ではない。
 「菊池啓太郎」と言う、一人の人間だけだった。

「お別れの前に、一つアドバイスしてあげる」
 全員がガオウライナーに乗ったのを確認し、啓太郎は窓の外からそう声をかけた。
 たった一人の見送りとして、彼らの帰る「道」を用意した上で。
「ヒトの産声は、『ラ』の音なんだって」
「それが、どうした?」
 「ラ」。楽器の調律に使われる音叉も、その音である。
 人が生まれた時に発する音、全ての始まりの音。
 しかし、今そんな事を言って、一体何になると言うのだろうか。そう不思議に思いつつ、巧達は啓太郎の言葉を待つ。
 すると彼は、いつも通りの、気弱そうな笑みを浮かべて己の言葉を補完する。
「あるエネルギーにその音を重ねると、擬似ライフエナジーが出来るんだ。オルフェノクの崩壊を止めるには、それをある割合で引き伸ばす。それで、『戦車の力』に似たエネルギーが生まれる」
「あるエネルギー!? それは一体!?」
「そこは自分で考えなきゃ。大丈夫、すぐに見つかるよ。君達が、『塔の駒』の子孫なら」
「それは……どう言う意味だ?」
「……神の怒りに触れた『塔』は、何によって壊されたでしょう?」
 まるでクイズの出題のようだ、と思う。
 だが……今までゼロの状態だったのが、多少進展したのだ。
 片端から様々なエネルギーを試すなり、このクイズの答えを自分なりに探すなりすればいい。
 そう思い、重大なヒントをくれた啓太郎に向かって、太牙はぺこりと頭を下げた。
「あ、あともう一つ!」
「アドバイス、一つじゃねーじゃねーか……」
「これは罪滅ぼし! そんな事言うと教えてあげないよ、トンネルの入り口を塞ぐ方法」
「わー!! 嘘! 嘘です、すみません、ごめんなさい」
 突っ込まれ、むくれたように言う啓太郎に、突っ込んだ張本人……モモタロスがその場で土下座をしながら謝る。
 ……周囲の冷たい視線を一身に受けて。
 それを見て、啓太郎はくすりと笑うと……
「冗談だよ。今回は俺のせいで皆が来たんだからね。何度も言うようだけど、一番手っ取り早いのは力の源……つまり、俺を殺す事なんだけど……」
「それはやらないって言ってるだろ。いい加減別の方法を教えろ、啓太郎」
「せっかちだなぁ……実は、たっ君達の乗っている列車を使えば、このトンネルへの入り口は塞がるよ。これは、その為の列車なんだ」
「何だって?」
「そいつは、『空間』を『時間』へと還す。……簡単に言えば、唯一、異なる世界の入り口を破壊できる列車」
「それじゃあ……」
「トンネルの中……出口近くを、そいつで攻撃すれば良い。……俺を『殺す』と言う手段よりも時間は少しかかるけど、俺の力が弱った今なら、それだけで入り口は塞がる。物理的にね」
 にこりと笑いながら、そう啓太郎が言い切った瞬間。
 ガオウライナーは、ゆっくりと走り出した。この世界でのやるべき事は終わったと、言わんばかりに。
「それじゃあ……バイバイ、たっ君。『君』とはもう二度と会えないだろうけど……それでも、俺、会えて嬉しかった」
「……ああ」
 徐々にスピードを上げるガオウライナーに並走し……やがて追いつけなくなると、その場に立ち止まって大きく彼は手を振る。
「バイバイたっ君、皆ー! 俺、この世界で頑張るから! 皆の事、応援してるから!!」
――あの世界に住む以上、そして「彼女」が動いている以上、きっとこの先も何かあるだろうけれど――
 心の中で呟きつつ。
 この世界の「菊池啓太郎」は、ガオウライナーの姿が見えなくなるまで、その手を大きく振り続けた。
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