生者の墓標、死者の街

【その38:狂王崩御 ―アクマ―】

「うをををぉぉおおぉぉっ!」
 怒れる咆哮。それが轟き、倒れていたアークは起き上がって、喜びに沸いていた面々を見下ろす。
「何!?」
「勘弁してくれ!」
 名護と真司の声が重なるが、それでも瞬時に戦闘態勢に入れるのは流石と言うべきか。
 立ち上がったアークに、もはや余裕の色はない。やはり先程の真司と渡の同時攻撃が効いているのだろうが……
「まるで……手負いの獣だな」
 侑斗が再びデネビックバスターを構え、天に向かって吠え続けるアークを睨む。彼の言葉が示す通り、吠えるアークの瞳に冷静さは存在しない。ただ痛みと怒りに任せ、声を上げているだけ。
 そんな彼らなど意に介さぬように、アークは一通り吠え終わると……両腕を天井に向けて伸ばし、まるで神に縋るかのように叫んだ。
「我が一族に……最後の力を!」
「ぅぅウェイクアップ!」
 アークキバットがフエッスルを吹くと、アークの胸を覆っていた鎖……カテナが解放され、今まで封じてきた胸の中のブラックホールを開放する。
「な、何が……!?」
 唐突に起こった出来事に、誰かの疑問の声が上がる。だがその声すらも、周囲の空気と共にアークの胸に宿る闇に吸引され、消えていく。密閉された室内もまた、その威力に耐えきれず崩壊、瓦礫は地に落ちる前に全てアークの胸へとその姿を消してしまう。
 屋根が消え、青い空と、満月に取り付いた「眼」が彼らの視界に入り……違和感を覚えたのは、その時だった。
 「月の眼」が近付いている。まるで、アークに呼ばれているように。そして……アークは僅かにその身を浮かせると、そのまま落ちてくるようにやってくる「月の眼」をも、その身の内に取り込んだ。
 吸い込まれた「眼」は、アークの体の一部だったのだろうか。それまで月に張り付く為に存在していた触手がアークの背から突き出すと、蔦のように絡み合い、悪魔の羽を連想させる「翼」を成す。直後、やはりアークの背に巨大な「腕」をも構成する。
 そこで維持する力を使いきってしまったのか、胸のブラックホールはカテナによって再び封じられ、今まで生み出されていた衝撃も消えた。
「嘘だろ、飛んでやがる……!」
 呆然と呟く真司を、アークは今しがた作り上げた「翼」を羽ばたかせながら、爛々と輝く瞳で見下ろす。
 ただでさえ悪魔を連想させるような外観を持っていたのだが、翼と巨大な腕が加わった事でより一層悪魔と言う単語を連想させる。
「Go to Hell!」
 衝撃で外装が剥がれ落ち、真の姿を現したアークキバットのその宣言を聞き届けると共に、アークは凄まじいスピードで渡達に向かってその巨大な腕を振りぬく。
 突然の事に反応しきれなかったのか、全員その攻撃に吹き飛ばされ、大地にひれ伏す形となって倒れる。
 そこを追撃するように、今度は腕から火球が連射され、彼らの周囲に着弾した。幸いにも直撃は免れたが、それでも余波は凄まじい。
「楽には死なせん。貴様らは……苦しんで死ねぇぇぇっ!」
 宙を舞い、怒り狂ったように叫ぶアークを睨みながら、それでも仮面ライダー達は絶望していなかった。
 策を探し、考えを巡らせる。
 目の前の異形を野放しに出来ない事を、ひしひしと痛感しているから。
「宙を舞う相手か……どうすれば良い……!?」
「くそっ。ゼロライナーがあれば、何とかできるのに……!」
 よろよろと立ち上がりながら、名護と侑斗はアークを睨みつけながらそう呟く。
「……僕が、やります!」
 渡は宣言と同時にタツロットのスロットを連続で引き、その身を「ファンガイアとの混血の証」とも呼べるもの……蝙蝠の姿を模した飛翔態、エンペラーバットへと変化させた。
「渡君!?」
「渡……!」
 名護と真司の声に応えるように、渡は一瞬だけ自分の後ろに立つ三人の仮面ライダーを見やると、大丈夫と言わんばかりに小さく頷いて……その身を宙へ躍らせ、アークへと向かう。
 先程見たキャッスルドランに比べればかなりの小型だが、飛行スピードはアークと同等、小回りの点では相手の上を行く。
 翻弄するように飛び回り、口から火球を吐きながら、黄金の蝙蝠となった渡は街に相手を出さぬように旋回し、牽制する。
 ……だが、それだけでは決め手に欠けるのも事実だった。
 渡の攻撃はアークの「巨大な腕」に薙ぎ払われ、逆にアークの翼から放たれる光線に、渡の方が押されているようにさえ見える。相手は満身創痍とは言え、元の大きさから鑑みても、持久戦に持ち込まれた場合、渡の方が先に疲弊するだろう。
「渡に任せ放しって訳にも行かないよな……」
 呟くと同時に、真司は一枚のカードを取り出す。
 サバイブになる前に使用し、サバイブになってからは使っていないカード。
 ……「龍の力」を引き出すには、うってつけの一枚。
『ADVENT』
 電子音が響き、呼ばれた存在……ドラグランザーがアークに負けまいと大きな咆哮を上げ、真司の側に控える。
「啓介、侑斗、乗れ!」
 明らかな体格差で挑む渡に感化されたように、真司は他の二人を誘ってドラグランザーの背に飛び乗る。
 それしかないと思ったのか、侑斗と名護も一瞬の逡巡の後……大きく頷いてドラグランザーの背に飛び乗った。
 一瞬だけ、赤い龍は嫌そうに唸るが、仕方ないと言わんばかりにふわりと飛び上がる。
「……絶対に、倒す!」
 真司のその言葉に答えるように、ドラグランザーはアークに向かって火球を連続で放つ。
 唐突なその攻撃に怯んだのか、一瞬だけアークの動きがビクリと止まり、その隙を突くように渡の額にある三つの緑色の石……魔皇石と呼ばれるそれを、何かを呼ぶように光らせながら音を鳴らす。
 その音に、城戸達は聞き覚えがあった。
 ここに来た時、渡が一度使った笛。キャッスルドランを召喚するための音。
「あいつ……またあの城っぽいドラゴンを呼ぶ気なのか!」
 狙いに気付き、どこか嬉しそうに言う真司。
 そして……何かを思いついたのか、彼はぽんと手を打つと、後ろでささやかな援護を続ける侑斗に声をかけた。
「侑斗、お前のカード貸してくれ!」
「はぁ!?」
 何を言われたのか、一瞬理解に苦しんだ侑斗が、素っ頓狂な声を上げる。
 名護も、真司の意図が読めなかったのか首を傾げて真司を見つめた。
「一真のカードが使えたんだから、お前のカードが使えない筈がない!」
「その論理、どこから出てくるんですか?」
「……勘?」
「何だよそれ……」
 中途半端な真司の言葉に呆れつつも、今のままでは打つ手がないと悟ったのか。侑斗は、賭けに出る事にした。
 分の悪い賭けかもしれないが、何もしないよりはマシだと判断したのだろう。
 ベルトからゼロノスのカードを引き抜き、それを吹き飛ばされないよう慎重な手つきで真司に渡す。
 その間にも、アークと渡、そして召喚されたキャッスルドランの攻防は激しさを増している。
 真司は、迷う事なく受け取ったカードをバイザーにベントインした、その瞬間。
『FULL CHARGE』
 ゼロノスの電子音と、同じ音が宣言。バイザーから放たれたフリーエネルギーが、ゼロノスだけでなく龍騎とイクサ、そしてドラグランザーまでをも駆け抜ける。
「……本当に使えた……」
「まだまだ、もう一丁!」
『SHOOT VENT』
 今度は自分のカードをベントインし、バイザーから放たれるポイントをアークに向けてセットする。
 その照準に合わせる様に、ゼロノスはデネビックバスターを構え、イクサはライザーフエッスルを使用すると同時にイクサライザーを構える。
 その瞬間、だったかもしれない。
 蝙蝠と化した渡と、キャッスルドランが合体し、その身をアークと同じくらい巨大なキバと化したのは。
「っしゃあ! ……行けぇぇぇ!」
「ぅおおりゃあっ!」
「はあああああっ!」
 ゼロノスのカードでフルチャージされた、龍騎のメテオバレット、ゼロノスのバスターノヴァ、イクサのファイナルライジングブラストの三つを背に、そして巨大なキバのエンペラームーンブレイクを胸に受け、今度こそ、完全に。
 四人の必殺技を受け、アークの体は灰燼と帰した……

 アークオルフェノクの影を確認した瞬間。レジェンドルガの王、アークによって、今までいた「地下室」が破壊された。瓦礫は全てアークに吸い寄せられているが、土煙だけが、アークの吸収に逆らうかのように濛々と立ち込める。
 土煙から悠然と現れたアークオルフェノクに、思わず三人は無意識の内に一歩だけ後ずさる。その存在感に気圧されたのかもしれない。
 三人の必殺技を喰らっても、まだ平然としているその異形に、思わず心が折れそうになる。
 が……最初に違和感に気付いたのは、一真だった。自分でも気付かないうちについた癖が、その違和感に気付かせたのかもしれない。
「フン!」
 いつの間にか近付いてきたアークオルフェノクに殴り飛ばされ、吹き飛ぶ三人。しかしその攻撃を喰らいながらも、一真は冷静にアークの腰にあるバックルらしき部分を見やる。
「……やっぱり、そうだ」
 自分の仮説を確信し、彼は地面に叩きつけられながらも、仮面の下で不敵に笑う。
 もしも、本当に自分が考えている通りなら、打つ手がある。
 純粋な勝利と言えるかは微妙だが、少なくとも野放しにするよりは遥かに良い。
 衝撃で変身を解除されたらしい海堂と琢磨の側に寄りつつ、一真もまた変身を解いて彼らを支える。
「どうすりゃ良い? 何かあいつに弱点はないのかよ……!」
「海堂さん、琢磨さん!」
「剣崎……」
「剣崎君……」
 ぼやく彼らに、一真は決意を秘めた目を向ける。そして……力強く、言い放った。
「戦うんだ、もう一度! 俺達の力で!」
「……何か、策があるんですね」
 一真の決意を読み取ったように、琢磨は静かに言葉を返す。
 その手にしっかりと、サイガフォンを握ったままで。
 それに大きく頷くと、一真は真っ直ぐにアークオルフェノクを睨むと、囁くような声を返した。
「……もう一度……もう一度だけで良い。あいつに、俺達の全力の必殺技を叩き込みます」
「奴は死なねぇ。それでもか?」
「死なないからこそ、打つ手があるんです」
 こちらもまた、オーガフォンをしっかりと握り締めた海堂に、一真はスペードのキングのカード、「エヴォリューションコーカサス」を構えて答える。
 最初から、金色のブレイド……キングフォームで戦うつもりなのだろう。
 本能で戦うアークオルフェノク相手に、ジョーカーである自身の闘争本能が刺激されないとも限らない。まして扱うカードの力は強大な物。それを押さえ込んだ上での戦いに、自分の理性が持つかは不安なところだが、それでも今は強力な力が必要だ。
「あ~あ……こんな事ならさっさとあいつに付いて、人間を殺しまくってりゃ良かったぜ」
「そんな事、思ってないくせに」
「うるせえよ」
 軽口を叩き合いながら、海堂と琢磨もゆっくりと立ち上がる。
 その顔に、不敵な笑みを浮かべて。
「これ程に追い詰められても、まだ彼我の差が分からぬか」
「どうだかな。窮鼠猫を噛むってことわざ知ってっか? 追い詰められた方が、本領発揮できるって場合もあるぜ?」
 呆れたように言い放ったアークオルフェノクに、海堂はいつもの口調でそう返し……
「変身!」
『Complete』
 変身コードは「000」。黄金のフォトンブラッドに、漆黒の鎧。赤い瞳をした戦士が、「冥界の剣」を構えた姿はまさに死神。
 地の帝王、オーガとして、再び海堂はその剣を構える。
「これが、最後になる事を祈ってるよ。変身」
『Complete』
 変身コードは「315」。青のフォトンブラッドに、純白の鎧。紫の瞳をした戦士が、ジェット音と共に宙を舞いあがる。
 天の帝王、サイガとして、琢磨は王に反逆する。
「……変身!」
『EVOLUTION』
 使うカードはスペードのキング。十三のアンデッドの力に、黄金の鎧。緑の瞳をした戦士が、大振りの黄金の剣を携える。
 剣の王、ブレイド・キングフォームとして、剣崎は不死の存在に立ち塞がる。
「愚かな。汝らは自ら退路を断った」
「どうかな!」
 再び高速移動し、琢磨と海堂は前後で挟み撃ちにするようにアークオルフェノクに向かって牽制攻撃を仕掛ける。
 その中を一真が駆け抜け、キングラウザーを真っ直ぐに振り下ろす。
 だが、その剣をアークオルフェノクは左手で掴むと、鬱陶しそうに放り投げた。
「羽虫共が、騒ぐな」
 溜息混じりに呟きながらも、アークオルフェノクは海堂と琢磨の二人をまとめて右手で払う。
 だが、その力が先程まで喰らっていた攻撃より劣っているのが、二人には理解出来た。
 ……先程までの自分達の攻撃が、効いているのだ。それなりに。
 そうと分かると、俄然やる気が出てくるのが人間と言うもので……「帝王のベルト」を持つ二人は仮面の下で小さく笑うと、吹き飛ばされた事も気にせず再びすっくと立ち上がる。
 一真の方も、それ程大きなダメージを受けていないのか、ゆっくりと立ち上がり……
「これで……終わりにさせてもらう!」
 一真の、その宣言と共に。
『Exceed Charge』
 二つの電子音が重なり、青と金のポインターがアークオルフェノクを捕捉する。
「無駄だと、言った」
 淡々と呟きを落とすと、アークオルフェノクは無理矢理にその拘束を打ち壊し、身体の自由を取り戻す。だが、三人の仮面ライダーは、特に驚いた様子も見せず……
ハナからポインターの拘束には期待してねえよ!」
 叫びつつ、海堂と琢磨はキックを放つ体勢を整えている。そして、一真もまた……
『SPADE TEN、JACK、QUEEN、KING、ACE』
 キングラウザーに、対応するカードを読み込ませると同時に、アークオルフェノクの眼前に、カード型のエネルギーが展開される。
 黄金色のカードが、ライダーズギアのポインターに代わってその標的を捉えた、刹那。
『ROYAL STRAIGHT FLASH』
 ブレイドがアークオルフェノクの胴を横薙ぎに斬り、サイガが胸を、そしてオーガが背を蹴り、貫いた瞬間。
 この日何度目かの轟音と共に、アークオルフェノクの体が爆煙に包まれる。
 通常なら、それで勝利を確信するが……海堂は息を荒げながらも、油断なく煙の向こうを見つめていた。
 ……相手が、不死身である事を知っているから。
 そして。やはりと言うか、何と言うか……
 アークオルフェノクは、その場に立っていた。だが確実にその身にダメージを受けた様子ではある。
 ふらつきながらも、威厳あるその姿は、流石「王」を名乗るだけはあると、手放しで称賛したくなる程堂々としている。
「……で、剣崎。この先、どうする気だ?」
 体力の限界が近いのか、肩で息をしながら問いかける海堂に……
 一真は静かに……笑った。
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