生者の墓標、死者の街

【その37:元凶顕現 ―ムダイ―】

 人間解放軍のアジトに戻るのだと思っていた矢先。
 ガオウライナーは唐突に、その道の真ん中で停車した。
「……は?」
 その突然の停車に、思わず頓狂な声をあげる巧。
 他の面々も、どこか不思議そう……とう言うか不審そうな顔で互いの顔を見るが、じっとしていても仕方がないと思ったのか、次々に降車していく。
 前も後ろも、ただ道があるだけ。他には何もない。
 ……いや、ないと思っていた。
 訳がわからず、苛立たしげに巧が足元の石を蹴った、その瞬間。
「たっくーん! 帰ってきたんだね!」
 千切れんばかりに手を大きく振って、大量の武器を載せたバイクを押している啓太郎が、嬉しそうに声をかけてきたのだ。
「啓太郎……!?」
「良かった。俺、もう帰ってこないかと思ってたんだよ、たっ君!」
「お前……」
「俺、たっ君がオルフェノクでも、全然気にしないよ。一緒にいてくれれば、それで良いよ!」
 巧の困惑をよそに、啓太郎は心底嬉しそうに……それこそ泣きそうになりながら、巧の両手を握る。
 本当に、何も気にしていない様子で。
「あれ? 真理ちゃんは? 一緒じゃないの?」
「何で……!?」
 不思議そうに問いかけた啓太郎に、思わず巧は絶望的な表情で呟きながら、彼の手を振りほどく。
 ……できる事なら、嘘だと思いたかった。
 ……啓太郎が、「自分」に話しかけている事など。
――皆さんの姿が見えるのは、この世界の『神』と、その力をと~っても濃く受け継いでいる者だけ――
――お姉さん以外の人が、皆さんを見てたら、それが敵だって事になりますね――
 スマートレディの言葉を思い出し、巧は……そして他の面々もまた、警戒したように目の前の男を見やった。
 ……「菊池啓太郎」と言う名の、「人間」を。
「え? どうしたの、たっ君、そんな怖い顔して? あ、ひょっとして俺の手、汚れてた!?」
「お前、俺の姿が……」
 認めたくない、信じたくない。そんな思いが表れたのか、尻すぼみになる巧の言葉に、啓太郎は一瞬だけ不思議そうに首を傾げ、きょとんとしたが……すぐにその土で汚れた顔に笑みを浮かべた。人の良さそうな、情けないような、そんな笑みを。
「……ああ、そっか。ひょっとして目の前のたっ君は、『ゲスト』の方のたっ君だったのかな?」
 浮かべている笑みと同じ、気弱そうな声で言いながらも、武装した菊池啓太郎は巧に手に持った武器を向ける。
「それなら、謝っとかないと。……ゴメンねたっ君。俺が今回の元凶なんだ」
「まさか、お前が……」
「そう。俺がこの世界の『神』。他の『神』からは『戦車』なんて呼ばれてる存在。……びっくりした?」
 さも当たり前のように、あっさりと啓太郎の口から述べられた「真実」に、全員が信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる。
 この世界は、オルフェノクによって支配された世界だ。
 と言う事は、この世界の「神」も強力なオルフェノク……巧に至っては、アークオルフェノクと同じ姿をした存在だとさえ考えていた。
 だが、実際は違う。「変身一発」と言う名の怪しげな薬品を用いなければ、カイザにも変身できない「人間」……しかも、常に乾の側にいた「親友」とも呼べる存在が、今回の元凶だなど彼らは微塵も疑っていなかったのだ。
「あ、安心してよ、たっ君。君の世界の『菊池啓太郎』は、紛れもなくただの人間だから」
 そんな彼らの衝撃を、少し勘違いして受け取ったのか。彼は変わらぬ口調で、言葉を放つ。
 同じ姿、形をしているとは言え、目の前に立つ「自分」と、巧のよく知る「菊池啓太郎」は全くの別人だと言いたいのだろう。
「何で、人間の中に……?」
「だって、つまんないだろ。オルフェノクの中にいたって、ライダーズギアの持ち主でなきゃ、オルフェノクは倒されない。……スリルがない、僕はスリルが欲しいんだよ」
 心底楽しそうに言いながらも、その顔にどこか暗い影が落ちている事に、良太郎が気付く。
 心の底では、そうは思っていないような……そんな表情をしているように、良太郎には見えた。
「だけど、人間は違う。人間の中で生活しているとね、いつオルフェノクに襲われるかって、ドキドキするんだ。思いもよらない行動をしてくれるし、醜い感情で突っ走る人もいる」
 水原さんみたいにね、と呟く啓太郎の瞳に、妖しい光が宿ったのを始は見逃さなかった。
 ヒトと言う種に絶望したような、蔑むような……かつて戦った天王路に宿っていたのと、同じ光を。
「奴は……人間じゃなかった」
「そうかな? 僕はそこらの人間より、彼の方がずっと人間らしいと思ったよ?」
 太牙の言葉にも、啓太郎は笑顔を崩さず言葉を返す。
「欲望に忠実で、目的の為には手段を選ばず、他人を平気で陥れる。醜くて、汚くて、ずるい。俺は嫌いだったけど、同時にとても人間らしいとも思った」
「奴の目的? 何だ、それは?」
「……水原さんはね、本当はただ、元の世界に帰りたかっただけなんだ」
「じゃあ、何であいつはファイズギアを盗もうとした? 戻りたいってだけで、何で人間と木場達の間に亀裂を入れるような真似をする必要があるんだよ!?」
 怒鳴るような巧に、啓太郎はいつもの彼とはかけ離れた、皮肉気な笑顔を浮かべ……哀れむような声でその問いに答える。
「……帰れないと、分かったからじゃない?」
「何だと?」
「彼ね、もう何年も……ううん、何百年もこの世界で過ごしてきたんだ。最初のうちはこの世界を楽しんでいたけど、そのうち帰ろうと必死に努力した。そしてようやく帰れないって分かって、最後の……この数年で、世界を壊す事を決意した」
「壊す為に……崩壊を早める為に、人間とオルフェノクの溝を広げたっちゅう事か!?」
「そうだよ。とっくに彼の神である『塔』には見捨てられてたのにね。自棄になったのかも」
 その瞳に宿った妖しい光が揺れる。心底哀れんでいる様な……そして、自分の事であるかのように。
 だが、それも一瞬の間の出来事。故に、敵対する巧達には、その僅かな変化を見抜く事は出来なかった。
「彼は確かに『迷い人』だったけど、そう言う身勝手な所が気に入ったから、『塔』に見捨てられても、この世界の影響を受けないよう、僕自身が受け入れてあげた」
「お前……何様のつもりだ、あぁ?」
「……俺はね、世界中の洗濯物が真っ白になるように、人間の醜い感情を、真っ白にしてあげたい。そう思うのは、いけない事?」
 モモタロスの問いかけを軽く流し、どこか寂しげに笑いながら、啓太郎は彼らに問いで返す。
 そしてその言葉に……今更のように、ウラタロスは気付く。
 目の前にいる男の一人称が、「僕」と「俺」の二種類ある事に。
 しかも、それが安定していない。まるで二つの人格の間を、行ったり来たりしているかの様にさえ見えた。
「その為に、僕は全ての人類をオルフェノクに変えてあげるんだ。そうすれば、きっと争いはなくなるよ」
「随分と自分勝手な論理だな」
「オルフェノクになれる人間は、殆どいないのだろう?」
「……多少の犠牲は止むを得ませんって、村上は言ってたよ」
 蓮と始の言葉にも、怯む様子もなく答える啓太郎。
 村上を呼び捨てにした事で、更にはっきりと、目の前にいる存在が「神」……今回の元凶だと、巧にはっきりと自覚させた。
「本当に、お前が……」
「……そう。全部、俺のせい。この世界がたっ君の世界を侵食し始めたのも、俺が使ったカイザのベルトが灰になったのも、帝王のベルトを作るように指示したのも……そして木場さん達を死なせたのも。全部、この僕……『戦車』のせい。だから……」
 その言葉の後に、啓太郎は何かを呟いたが、巧達の耳には届かなかった。
 ……聞こえていたのは、アンデッドである始と、ファンガイアである太牙だけだったかもしれない。啓太郎の言葉に、一瞬だけ驚いたような、戸惑いの色を浮かべた。
「ねえ、たっ君? たっ君もオルフェノクなんだよね?」
「……だったら、何だ?」
「オルフェノクってね、僕の……『戦車』の力を、受け継いだ者がなれるんだ。でも、体の中の力が尽きた時、力そのものに体は耐えきれず、崩壊する」
「崩壊、だと!?」
「本当なのか、乾?」
 オルフェノクが短命な種である事を知らなかった蓮と始が、驚いたように問い詰める。
 その問いに、巧は苦しそうな表情で頷いた。
「……急激な進化によって無理の生じた体は、やがて崩壊する。そう聞いていたが……」
「そう、思うしかないよね。でも、この世界のオルフェノクは、自然崩壊しないだろ? それに、この世界に来てからのたっ君は、崩壊が止まってるはずだよね?」
「……それが、どうした?」
「僕の力が世界中に及んでいるからさ。僕がここにいる以上、『戦車』の力は尽きない……当然だろ?」
 だから、この世界に残れ。
 言葉にはしていないが、啓太郎は間違いなくそう言っていた。巧の知る啓太郎と、全く同じ……情けない笑顔で。
 だが、それを呑む事は出来なかった。
 崩壊しかけながらも、精一杯生きている海堂や琢磨、そして崩壊そのものを止めようとしている真理を、知っているから。
「……一つだけ聞かせろ」
「何?」
「俺は、元の世界で細胞の崩壊を早められた。なのに、今日まで生きてきている。……これは何故だ?」
 そう。巧は一度、崩壊促進剤を打たれている。そのせいで、彼自身の崩壊は一時的に早まった。……王であるアークオルフェノクと戦い、それを打ち倒すまでは。
 だが王を倒した直後、彼の崩壊は止まった。少なくとも、そう思える程度に崩壊速度は緩やかになった。
 それが彼自身、腑に落ちなかったのである。とうに尽きてもおかしくない命。それがまだ、こうやって生き長らえている事に。
「……多分たっ君は、君達の世界である『始まりの地』に僅かに残る『戦車』の力を、引き出す事が出来ているんだよ」
「何?」
 意味が分からず、思わず眉を顰める巧に、啓太郎はいつもと同じ優しい笑顔を向ける。
 そう言えば、ここに来る前にスマートレディが言っていた言葉……自分達の世界は、様々な神が協力して作り上げたと言う事を思い出す。
 つまり、自分の世界はその「様々な神の力」が残った特殊な世界らしい。その中に、「戦車」と名乗る目の前の存在の力も含まれているのだろう。
 だが……自分がどうして、そんな奇妙な事ができると言うのだろうか。
「たっ君は、自分の世界でアークオルフェノクと戦った。その時、無意識の内に、彼の持つ知識……『戦車』の力の引き出し方を受け継いだんだと思うよ」
「どう言う……意味だよ!?」
 掴みかからんばかりの勢いで問いかける巧に、啓太郎はやはりにこやかな笑顔のまま、自分の言葉を説明しだす。
「オルフェノクの王はね、人間との共存が不可能と判断したなら『ヒトを捨てる代わりに崩壊を止める方法』を、可能と判断したなら『あの世界に残る『戦車』の力を引き出して崩壊を止める方法』を用いてオルフェノク崩壊を弱める存在として、僕が残したんだ。……そしてたっ君は、結果として後者の力を受け継いだ。人間と共存すると決めた、もう一人のオルフェノクの『王』になってしまった」
 納得できた? と付け加え、啓太郎はショットガンを油断なく始達に向ける。
 普通に見れば……そして、彼の正体を知らなければ、ささやかな抵抗にしか見えなかったかもしれない。
「馬鹿言え。俺が王なんてガラかよ?」
「そうかな? 案外俺はそうだと良いなって思うけど。……でも、残っている力なんて残りカスみたいな物だから、完全に崩壊を止める事まではできない。やがてはやっぱり崩壊する。だからさ、たっ君。この世界の住人にならない?」
「え?」
「そうだよ! そうすれば、たっ君の崩壊は完全に止まる。この世界で、俺と、真理ちゃんと、この世界のたっ君と、一緒に仲良く暮らそうよ! あの世界を捨ててさ! 今ならそこにいる皆も、この世界に受け入れてあげる! ねぇ、そうしようよたっ君!」
 いつもの啓太郎の口調で。
 名案を思いついたかのように、興奮気味に巧の手を取ってそう言い放つ。
 この光景を見て、誰がこの青年を神だと思うだろう。言われている巧でさえ、信じられないでいる。
 だが……それでも、目の前にいる「菊池啓太郎」は敵なのだ。
 簡単に、生まれた場所を捨てろと言う、この男は。
「……ふざけるな」
「交渉決裂か。俺、たっ君の事、大好きなのに」
「その、上から物を言ってる態度も気に入らないんだよ!」
 握られた手を払いのけ、ファイズフォンを構える巧。
 他の面々も、既にいつでも変身出来る体勢に入っている。
「じゃあ、しょうがないよね。……出ておいで」
 啓太郎がそう言うと同時に。
 地響きが鳴り、地中から全長五十メートルはあろうかと言う異形……「怪獣」とか「巨人」と呼ぶに相応しい「それ」が、姿を現した。
 基本色は白。体に入ったラインは五線譜のように見え、どことなく鬼気迫る雰囲気を感じさせる。
「うわー、何あれ! 大きい! 欲しい!」
「何だ!? あのデカイ奴!?」
「ドラグレッダーの比じゃない……!」
「先程見た、巨大なオルフェノクの更に上を行く大きさだな。フォーティーンより大きいか?」
 呆然と「それ」を見上げつつ、口々に騒ぐ。
 動く度、そいつの体からパイプオルガンの音が聞こえるような気がする。
「ちょっと待て啓太郎! 何なんだよ、これは!?」
「これはね、『こことは違う世界』を侵略しようとした存在が作った物の、結局日の目を見る事が叶わなかった侵略用生命体」
「何だと……?」
「創作者が、どうしても日の目を見せたいんだってせがんできたから、ここでアバレさせてあげようと思って」
 差し出された「巨人」の掌に乗りながら、啓太郎……いや、「戦車」は心底楽しそうに言葉を放つ。
「紹介するよ。こいつはギガノイド『第7.5番』。名前は『無題』」
「何や、その中途半端な数字は?」
「キンちゃん、突っ込むトコはそこじゃないって!」
 パチンと啓太郎は指を鳴らす。それが合図であったかのように、「無題」と呼ばれた巨人は、呻き声を上げながら前進を始める。
 その瞬間、今まで呆然としていた仮面ライダー達は、我に返ったように走り出す……と言うより、逃げる。
 こんな巨人相手に、普通に戦ってどうにかできる訳がない。例えこの場にいる全員が必殺技の集中砲火を浴びせたとしても、せいぜいがかすり傷程度ですまされてしまうだろう。
「おいおいおいおい! やべえぞ、この状況!」
「そんな事、モモタロスに言われなくても分かってるよ!」
 慌てた様に言うモモタロスに対し、リュウタロスが怒った様に……だが、明らかにモモタロスと同じくらい慌てた声で返す。
 とりあえず、全員ガオウライナーに向かって走っているのは、それに乗れば何とか対抗できるかもしれないと思っているからか。
「創作者が、どうしてもこいつをアバレさせたかったらしくて。ずーっと枕元で『頼む、こいつを出してやってくれー』って煩かったから」
「そんな理由で貰ったのか!?」
「しょうがないでしょ? あの目玉の化物、割と見た目に怖いんだよ。それに、貰わないと毎日毎日パイプオルガンを鳴らすし。下手するともう一体押し付けられそうだったんだから」
 確かに、それは迷惑かもしれない。
 一瞬、同情的な空気が流れるが、それもすぐに「無題」の生み出す地響きによって掻き消される。
 とにかくさっさとこの巨大な異形ギガノイドを倒さない事には、自分達の身も危うい。
「皆、早く乗って!」
 いち早く乗り込んだ良太郎が手招きをし、イマジン、太牙、蓮、巧、始の順で乗り込んでいく。
 その間にも良太郎は、自分にモモタロスを憑依させ、ガオウライナーの操縦桿をかねるバイク、マシンガオウストライカーに跨る。
「おい、大分揺れるぞ! 覚悟しとけよ、お前ら!」
 全員が乗り込んだのを確認し、ソードフォームに変身済みの良太郎……と言うかモモタロスが宣言すると同時に、「無題」の手から逃れるように緊急発進させる。
「畜生……何でこんな事になってんだよー!」
 吠えるように言ったモモタロスの問いに答えられる者は……少なくとも、この列車にはいない。
「さあ、頑張って倒してね。そうしたら、俺と戦えるんだから」
「余裕ぶっこいてんじゃねえぞ、あの野郎!」
 ギャア、と言う鳴き声のようなものと共に。
 ガオウライナーは今、「無題」に向かって突き進んでいった。
 全てを時間に変える、その牙を剥いて。
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